追憶の中津一之橋 (大阪市北区中津) | 穴と橋とあれやらこれやら

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初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

 

【中津二之橋】を後にして数百m。

 

 

 

見えてきたのが、二之橋の兄弟とでもいうべき橋。

その名も、中津一之橋。

 

これまた風情があるでしょ?場所はコチラ

 

 

 

 

 

 

 

二之橋と同じく下路平行弦鋼ワーレントラス、土木学会選近代土木遺産Cランク。

似ているが、二径間だった二之橋に対してこちらは三径間である。

 

中央の橋脚は後年の改修なのか、トレッスル的なつくりとなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

中央径間のトラス部分。

このあたりはまさに兄弟橋。「一」だけにこっちがお兄ちゃんか。

 

 

 

 

 

 

 

埋められた長柄運河跡の下流方向を望む。

この隆起したようなマンホール、こういう仕様なようだった。面白かったが、詳細は不明。

 

 

 

 

 

 

 

渡った先は、淀川堤防へと続く。

いやほんと、いい雰囲気やったのにねえ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お誕生日も二之橋と同じく、

大正十四年十月架設。下端の「NIPPON BRIDGE Co. OSAKA」も同じ。

 

比較すると、この一之橋のほうが塗装が剥げていて、よりくたびれた印象。扱いの差はなんですのん?

 

 

 

 

 

 

まあ、今となってはそんなことは関係なくなってしまった。

 

この中津一之橋、

 

先に撤去された二之橋から遅れること12日、2019年12月17日に撤去されたということだ。

 

 

これらの歩道橋の撤去は、どうやら阪神高速淀川左岸線の工事のためであるらしい。伴ってこの一帯の淀川堤防は立ち入り禁止になるらしい…ってか、もうなってるんだろうな。

 

 

 

 

 

 

ともあれこの橋も、

95年の務めを終え、その姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

淀川堤防から上流側を望めば、

訪問の4年後、これらの橋に先立って撤去工事が始まった(完了したのかな?)本庄水管橋が遠くに見えた。この一帯、皆殺しですやん…。

 

 

 

 

 

改めて中津一之橋、お勤めご苦労さまでした。

 

 

 

 

 以上。