穴と橋とあれやらこれやら -12ページ目

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

2021年5月4日、廃村狂小屋とその奥探索を完遂した後のブラブラで拾ったネタ橋をご紹介。ずっと前にインスタではチラッと紹介済みなんだけど。

 

 

いきなりドン…って、

正直、ビジュアルはどうでもいいのよね。場所はこのへん

 

 

 

 

お名前ありきのこの物件、

「不徒路歩危橋」という。

 

 

 

 

それだけではない。

 ションダニ!?「ション谷」でもなく!?

 

 

 

 

突然ですが、ここで不徒路歩危橋のすぐ手前にあるもう一本の橋もご紹介。

 見た目、見分けつかないレベルで似てるんだが、

 

 

 

 

こちらの橋でも

ションダニ。なんですな。

 

 

 

 

で、この橋のお名前が

 ションダニ鳴瀬橋。なんなのションダニー!

 

これをバッチリ説明してくれるサイトがある。狂小屋の記事でもリンクを貼ったが、徳山ダム管理所HP内のこちらのページだ。そこから、この両橋の名称に対する解説を引用させていただくと…

 

ションダニ鳴瀬橋
「ションダニ鳴瀬橋」の名は、橋の架かる谷名と揖斐川に架かっていた鳴瀬橋に因み名付けられました。谷名の由来は定かでありませんが、初谷と想像されています。
ションダニは、シッ谷に、シッ谷は揖斐川に注ぎ、揖斐川には「鳴瀬橋」が架かっていました。
湖底に眠る(旧)鳴瀬橋は、通称「徳山橋(とくやまはし)」と呼ばれ、西谷の集落(門入・戸入・上開田・下開田)と東谷の集落(塚・櫨原・山手・本郷)を結ぶ大切な橋で、橋の袂には、風が吹くと鳴く「鳴岩(なるいわ)」という岩があり、徳山村の名物となっていました。

 

…ということで、ションダニはやはり谷の名前。でもシッ「谷」では漢字が使用されていることから、もともとカタカナでションダニと言い(書き)慣わされていたものなんだろう。

 

旧鳴瀬橋の記述が気になるが、近年よく話題になる異常渇水もここ徳山湖には無縁。その遺構を拝めるような機会は絶無だろう。

 

 

 

 

ションダニ鳴瀬橋の上から望む、徳山湖。

意外と眺望ない。

 

 

 

 

ずっとカーブしている橋で、

 向こうに見えてるのが不徒路歩危橋。すなわち1枚目写真撮影位置を見てる感じ。

 

 

 

 

お誕生日は

平成9年10月竣工。

 

 

 

 

ひらがなで読むとまた破壊力ある。

しょんだになるせはし。

 

 

 

 

 で、見た目まったく同じなのでややこしいが

もとに戻りまして、不徒路歩危橋を渡り切るところ。

 

 

 

 

お誕生日は、さすがに同じ。

 まあすぐ隣り合ってる橋だからね。

 

 

 

 

そして多分皆さん気になってた、この橋の読み方。

 「ふつろほきばし」。

 

先掲の同サイトより引用。

不徒路歩危橋
「不徒路歩危橋」の名は、橋が架かる周辺の呼称地名「不徒路(ふつろ)」と、祖先が危険を伝える「歩危(ほき)」地名に因み名付けられました。
当地には、不徒路のほかに蛇抜け・マキホキなどの警告地名が残されています。アラシ・ムツシと呼ぶ山畑に、険しい山道を行き来した、祖先の苦労が偲ばれます。

 

道路好きとしてインパクト非常に強い名称だ。「●●歩危」は徳山村だけでなく全国あちらこちらにある険路の呼び名だけど、「不徒路」って凄いよな~。これ以上「名が体を表す」のもなかなかないだろう。「蛇抜け」「マキホキ」なんて呼び名も、グッとくるなあ~(個人の感想です

 

どうでもいいけど…「しょんだになるせし」と「ふつろほきし」。濁点の有無は何が基準なんだろうか??

 

 

 

 

最後に、

 渡りきっての不徒路歩危橋。

 

ほんとに、橋としての面白みは皆無なんだけど、お名前ありき物件の典型例でありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2023年9月10日に敢行したFNS(福岡・長崎・佐賀)三県徘徊、その終盤に出くわした謎物件をご紹介。この日のネタで記事にしているのは、草むらにひっそり。立角橋小岩橋不老洞謎のスケルトン建造物

 

 

タメなくご覧あれ。

はいドーーン!!なんだこれ!?場所はこのへん

 

前に看板が立っているが、この気になるロケットはガン無視な内容。ええ~…。

 

地図の縮尺を広域で見ていただくとわかるが、ここは伊万里湾に浮かぶ島。通りすがりで来る場所ではない。もちろん目的があって来たんだが、その目的物は思いのほかショボく、代わりにこんな謎物件を見つけた次第。

 

 

 

 

見るからに古びた石でできているんだけど、

その造形はまぎれもない、ロケット。

 

 

 

 

これはなんだ?

新種のオーパーツか?

 

記事にするにあたり改めて調べてみたら、これがなんなのかバッチリわかるサイト様を見つけた。管理人様より許可をいただいたので、そちらを引用させていただく。

 

昭和42年~43年頃、そのあたり一帯がテーマパークになっていて、レストランやミニ遊園地、動物園などがありました。ロケット型の石組みの横に、現在も階段が残っていて、そこがテーマパークへの入り口だったようです。歓迎のサインとして、ロケット型の石組みが入り口横に造られたそうです。               「日本の風景」様より引用

 

なるほど、これはわからんわ~。意外と新しいものだった。

 

管理人様は本島にある「土谷棚田」を見に来られた際に同じようにこれを見つけ、ネットで調べても情報がなかったため、松浦市へと問い合わせのメールを送られたところ、こういう内容の回答があったのだそうだ。素晴らしい!


それにしても土谷棚田、美しいな~。この時知ってたら見に行ったかも…。当該記事のリンクを貼らせていただくので、ぜひご覧ください。石積みロケットについては、最後に登場します。

 

これを見られなかったら、まったく「謎のオーパーツ」のままだった。改めて、管理人様に御礼申し上げます。

 

 

 

 

最後に、ちょっと引きで。

右手にあるのが、テーマパークの入り口であったという階段…なのかな。

 

じゃあテーマパーク遺構も残ってるんだろうか、と航空写真を見てみたら…やはりなんかあるっぽい。興味ある方は各自ご確認のほど。

 

 

以上。

 

 

 

2011年1月16日、第五次房総探索。この日のネタで記事にしているのは大庭隧道永井隧道小浦隧道山尻隧道。今宵ご紹介するのは、時系列では永井隧道と小浦隧道の間、通りすがりに見つけたステキ物件。例によってコンパクト記事です。

 

 

ここは千葉県いすみ市。某市道上でのひとこま。

左カーブの手前、左側…なにかある。

 

 

 

 

そこにあったのは、

素掘り隧道…だがただの素掘りではない。急勾配で、真ん中には石段が刻んである。

 

これは…めっちゃ久々に記事にするが、

いわゆるひとつの階段隧道!

 

 

久々なんでご存じない方が大半だろうが、拙ブログは「自称・階段隧道のパイオニア」である。自称よ自称。

これまで記事にしてきた順に、ニコイトンネル住吉隧道古虎渓の階段暗渠龍宮窟の階段隧道一雨の水路隧道。えーと、他にもあったっけ?まさか10年ぶりとは…。けど、そのレアさを考えればまあまあのレパートリーでしょ?

 

そして一応、まださらなるネタは持ってる…けど、そろそろ新ネタも仕入れたいな。

 

 

 

 

そして特筆すべきは、

この階段隧道、どうやら個人宅へのプライベート隧道!なので、一切立ち入ってはいない。撮影したのは今回の3枚のみ。

 

当然場所は公開しないが、地理院地図はじめ各種電子地図にももちろん載っていない。保守は大変だろうけど、憧れるなあ、プライベート隧道…。さすがの房総クオリティ。

 

 

以上。

 

 

2009年9月6日、県東部~北部を徘徊したこの日のネタで記事にしているのは、堂屋敷トンネル旧道(二度目の)横山隧道こね坂トンネル小野ポンプ室

 

今宵ご紹介するのは、堂屋敷トンネル旧道の後、通りすがりに見つけた物件。てか当時の橋ネタは通りすがりオンリーだったなあ…。

 

 

滋賀県道40号山東本巣線沿いで、

たまたま見つけた、廃された旧橋。場所はこちら。しかし…正対写真の一枚もないとは、ナカナカですな、当時の自分。

 

 

 

 

渡ってようやく正対写真。

意外と広い幅員。となりの現橋が架かる前の旧橋とみて間違いないかと。

 

 

 

 

その現橋のお名前は、久保川橋。

機転の利かない当時のわたくし、お誕生日も撮ってないというね。

 

改めて調べてみたら、現・久保川橋には「平成8年8月竣工」の銘板がある。西暦だと1996年だから、この時点で一線を退いて13年ほど経ってたわけだ。

 

 

 

 

唯一のサイドアングルで(ほぼ)全景を。

こうして見返すと、親柱とか残ってたっぽいのだが、全然写真がない。何も刻まれてなかったってこと…でいいんよね?当時のわたくしよ。

 

本記事執筆時点の最新ストビュー(2025年8月撮影)を見ると、ほぼこの時と同じ姿で今もあるようだ。

奇しくも、一線を退いて今年で30年。この感じだと、当分はこのまま残してくれるのかな?

 

 

 

以上。

 

古ネタは写真が少ないから記事化がラク~。

 

 

 

2011年3月6日、丹後~京都府北部方面遠征。この日のネタで記事にしているのは、新旧日和山トンネル盛上橋気比トンネル第一・第二網野街道架道橋犬ヶ崎トンネルカマヤ海岸バス停津母トンネル旧廃道六部橋撥雲洞道芝隧道大波隧道河辺由里バス停。今宵ご紹介するのは、時系列では犬ヶ崎トンネルの次に訪ねた物件。

 

 

いきなり、ドン。

現在地こちら。丹後半島のほぼ先端である。

 

 

 

 

不愛想なコンクリポータルながらも、ちょっとクラシカルな扁額があった。

そこには「白南風洞」と。

 

「白南風」(しろはえ/しらはえ)は、梅雨明けの時期に吹く南風のことで、いわば夏の到来を告げる風って感じだろうか。ここ丹後半島には多くの海水浴場があり、夏ともなれば近畿圏から多くの海水浴客が訪れる場所だということで、それをイメージした命名なのかな?非常にセンスを感じる、いい名前だと思う。

 

 

 

 

入口から望む、出口側の鉄板の構図。

天気が良ければ青い海が写りこんだはずなのに。でもこれはこれで良し。

 

 

 

 

洞内全然撮ってなくって、

ズームじゃない、リアル画角で。あの木、雰囲気いいなあ。

 

 

 

 

抜けて、東側ポータル。

西側とまったく同じですな。

 

 

 

 

こちらの扁額は、

正式名称の「経ヶ岬隧道」。

 

…と思ったのだが、「平成16年度道路施設現況調査」には、まさかの「シラバエズイドウ」という名称で掲載されている。マジか。「経ヶ岬隧道」が別称??ちなみに1961(昭和36)年建造で、延長は135m。

 

 

 

 

で、ひときわ印象的なあの木とともに、

おまけで紹介しておきたいものが。

 

 

 

 

それがこちら、

トンネル東口バス停。てか、バス停に思いっきり停めちゃってますな。

 

人家の一軒とてない、日本海を見下ろす断崖絶壁にポツンとあったこのバス停、最新2024年11月のストビューを見ると、姿を消している。気になって調べてみたら、どうやら近年に経ヶ岬~蒲入(この先2.5kmほどの集落)間が廃止されてしまったようだ。

 

ちなみに先に記事にしていたカマヤ海岸バス停(冒頭リンクあり)もこの区間に含まれていて、おそらく同時に廃止されたっぽい。あららら…

 

 

別で記事にしようと思ったけど、流れ的に一緒にやっちゃった方がいいかなということで、併せてご紹介し、手向けとする。

 

 

 

以上。