穴と橋とあれやらこれやら -12ページ目

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

2025年12月11日、初めまして&お久しぶりツアー@紀伊半島の初日、序盤に訪ねた橋。これももちろん「初めまして」だったが…このタイミングで訪ねて良かった。

 

 

まずはこれ。

写真奥から走ってきて、渡ってから停車した。現在地こちら

 

 

 

 

白く輝くクラシカルな高欄がまぶしいこの橋、

お名前は…「間●橋」。Q地図で見つけてきた橋なので名前は見たはずだが、忘れてしまった。

 

 

 

 

向かって左側の親柱は、

河川名の「江川」。

 

 

 

 

これがその江川、上流側。

向こうに見えているのは、紀勢本線の橋梁である。

 

 

 

 

で…こちらが下流側なのだが、

あ~これは…(察し

 

 

 

 

渡り返して、北側より。

それにしても白い~。

 

ストビューで過去画像を見返してみると、2014年1月撮影の頃には古びた渋い感じのお姿。まあ保守してもらっているおかげでの白塗りなんだから、文句言っちゃイカンよね(フラグ)

 

 

 

 

右の親柱は仮名での橋名のようだが、

読めませーん。

 

 

 

 

左の親柱は…これは読み易そうで、微妙に判読しにくいぞ。

Q地図では「昭和30年完成」となっているのでおそらく「昭和三十年一月架換」なのだろうが、個人的には「昭和三年十一月架換」に見えてしまった。皆様はどう見えますか~?

 

 

 

 

で、このそばにあったのが、

あ~やっぱり…な、「橋の架け替え工事をしています」看板。

 

工期は来年7月いっぱいまでとなっているが、新しい橋の完成/供用まで含むことを考えれば、このクラシカルな現橋の残りライフは限りなくゼロに近いと思われる。もし興味のある方は、可及的速やかに訪問されることをお勧めする。このタイミングで訪ねられたのは幸運だった。

 

そして皮肉にも、この看板で橋名がわかった。間敷橋だ。

 

 

 

 

ちょいちょい書いてることだが、この手の趣深い橋は、どんどんその数を減らしている。

架橋後数十年が経過し、メンテするよりも架け替えた方がコスト面で有利と判断されれば当然そうなるし、重要な橋ならなおさらだ。この橋も、前回の塗り直しまでは補修で生き永らえようという方針だったのだろうが…。

 

 

 

 

少しでも多く、そのような橋を記録しておきたい。

ライフワークって程のもんでもないけど、そう思っている。

 

 

 

以上。

 

 

 

2011年6月1日、房総の隧道王子(当時・笑)ことまききさんと、2回目の合同探索。

 

…ってほどの大げさなものじゃなく、ブラブラしながらまききさんおススメの隧道に連れてっていただくっていう、ゆる~い俺得企画(笑)。この日のネタで記事にしているのは、追憶の池田橋新旧の小食土隧道長谷隧道

 

 

今宵ご紹介するのはこの日の最後にご案内いただいた物件で、ひときわ印象的な思い出がある。先日アップされたSubaru6さんの記事(2025年4月ご訪問)を見て、わたくしも記事にしておきたいと思った次第だ。

まずはぜひ当該記事をご覧いただくと、より対比を実感していただけると思う。リンク許可ありがとうございます!

 

 

接近しながら、まききさんが「あっ、あれーっ!?」と声を上げた。

なんと、ついこの前まで現役だったはずの隧道が、現役を退いてる…らしい。こっちは初見だし、真新しく見えるデカい掘割とも相まって、えっ、そうなんですか?って感じで。

 

まずは、つい先日まで現道であったぽい旧道敷に駐車しての、この景。立入禁止看板がまだ残されていたが、どっからでも入り放題だった。現在地このへん

 

 

ちょっと説明しておくと、真新しく見える掘割は拡幅されたもので、元から(というか平成初め頃かららしいが)隧道は大多喜方向への一方通行。長南町へ向かう北行きは掘割を抜けて…という上下線分離となっていた(県別マップルにもそう描かれていた)。で、その掘割が拡幅改修された結果、隧道はその役目を終えた…という状況のようだった。まさにごくごく最近に。

 

 

 

こうして見たら完全に現役。

廃の気配は微塵も感じられない。

 

このあたり、Subaru6さんの記事にほぼ同位置の画像があるが、14年経つとこんだけ変わるんだな~としみじみ。今では廃オーラバリバリだもんな~。

 

 

 

 

改めて引きで。

以前は、隧道直前で上下線が分離していたようで、イエローラインと隧道向かって右側に続く擁壁が、旧道位置を示していた。また分離点には天下一品…もとい進入禁止看板が立ち、一方通行であったことを伝えていた。

 

またちょっとわかりにくいのだが、盛大にパッカーンされた現道の歩道が、隧道前からの旧道との接続を無視して整備されており、「こっち側」にはもう用はないのだという事実を冷徹に感じさせられた。

 

 

 

 

北側扁額。

「小土呂隧道」。これで「おどろ」と読むようだ。

 

 

 

 

入洞…して振り返り~の、

鉄板の構図。

 

Subaru6さんの記事どおり、現在は両側とも金網封鎖されているのだが、封鎖時期は早く2011年の暮れごろのようで、9月ごろにはすでに北側坑口に簡易なバリケード封鎖措置がされていたらしい。

 

ちなみにこれらの情報は、パパゲーノ先輩の2度の記事(これこれ)より得たもの。ありがとうございます~。

 

ちなみに最近はすっかりYouTubeに主戦場を移されたP先輩。勝手に宣伝のためリンクを貼っとく。

房総のあんな穴・こんな穴ならお任せ!登録者数2.59万人はダテじゃない。

 

 

さて、洞内もまったくもって現役そのもの。でも…

もはや灯っていない照明が廃の証なのか。

 

トンネルリスト(平成16年度道路施設現況調査)によれば本隧道は昭和24年建設、延長は96mとのこと。台帳上で正式に廃止された時期は不明だが、Q地図の2018年度全国トンネルマップでももう表示されないので、手続きも早々に行われたのだろう。

 

 

 

 

南側、抜ける手前で鉄板の構図。

これはフラッシュ・オンしてますな。

 

 

 

 

抜けて振り返り。

建設年次のイメージ通りの、殺風景なコンクリポータルだった。

 

 

 

 

南側扁額。

北側扁額とほぼ同一の筆致。揮毫者は不明だ。

 

それにしても、南行き一方通行だったことを考えれば、現役中にこの扁額をしげしげと見たという人はまれだっただろうな~。

 

 

 

 

南側旧道。

思えばこの先も行っとくべきだったが、何気に時刻は18時半近く、ここまでで引き返した。

 

 

 

 

戻りの洞内でのひとコマ、

お手製強力照明で照らすまききさん。

 

 

 

 

わたくしのシャドウ。

今となってみれば、貴重な洞内写真…かな?なにもわからんけど。

 

 

 

 

最後、坑口付近から北側旧道を。

現在の廃感満点ムードとはかけ離れた、変な言葉だが「フレッシュそのもの」な旧道。

 

ここまで「フレッシュ」な廃道・廃隧道を訪ねたのは、ここが唯一かも。というか、その稀有なタイミングと連れてってくださったまききさんに改めて感謝ですな…。

 

 

その点で、冒頭に書いたとおりひときわ印象的だった、小土呂隧道でありました。

 

 

 

実は全く同じタイトルの記事を2年前に書いてるのだが…つまり今回も2シーズンぶりに、手に入れましたの。

 

 

「餃子の王将」スタンプをシコシコと貯めまして…

今回も満タンまでは貯められなかったので、35コで特典と交換!

 

 

 

つうわけで、

ぎょうざ倶楽部会員カード、ゲット~。

 

 

 

それと、今回選んだ特典グッズは、

王将オリジナルハードポーチ。意外と王将ロゴの主張が少なく、スタイリッシュじゃないですか~。

 

 

 

開いたら、こんな感じ。

餃子意匠がカワイイ。で、両サイドにネットポケットも付いてて、使い勝手良さそう。いや、何に使うか決めてないんだけど

 

 

 

王将もだいぶお高くなったけどね~。まあ世の中押しなべて物価が上がってるんだから、仕方ない。40年来のサポーターとして、これからもお世話になります~。

 

 

 

【1日目ダイジェスト】より続く。

 

 

「種まき権兵衛の里」にて午前6時起床。

冬場は夜が長い。しっかり寝た~。

 

 

 

 

この日は、ここから北上し…つまり帰宅方向へ進みながら、近年に見つけた気になる物件たち訪問と、かなり久しぶりとなる物件を2ヶ所再訪。では、2日目ダイジェスト。

 

 

 

 

 

 

 

 

奇しくも、両日ともに朝一発目がのっぺりガードレール物件となった。いずれも自力で発見したものだが、念のためのっぺりマップで確認したら、いずれもすでに発見されていて、さすがやな~と。

 

 

 

 

それにしても、いや~新規物件、それぞれ良かった。そして再訪物件、さすがに15年ぶりともなればだいぶ様子も変わり、2件目のほうはほぼ新規探索状態。楽しめた~。大満足!

 

 

 

 

午後まだ早いうちに探索は終了。お腹も減ったのでようやくまともな食事をするべく、「道の駅 紀伊長島マンボウ」へ。

海鮮盛合丼(地みそ汁つき)をいただきました。ウマー!

 

 

 

 

そして食後、

みんな大好き、大内山牛乳ソフト(ミックス)をいただきました。これまた久々でウマー!

 

 

 

あとは、帰りながらもう1ヶ所だけ。

これまた素晴らしかった!

 

 

いつものように、勢和多気~津のみ高速でワープ、帰着は19時前となった。

 

 

実は今回、当初は岡山へ遠征するつもりだった。諸事情によりおなじみの紀伊半島行きとなったが、何度行ってもその魅力は底なし。

 

 

恐らく今年最後となるであろうお出かけは、大満足でありました。

 

 

2025年12月11~12日、活動再開第2弾として、久々に紀伊半島へ行ってきた。


まあ直近では昨年6月、目をヤる前にも宿題回収ツアーに行ってたりはしたが、あれは日帰りだったし。その意味では2022年5月のノートさんラストラン以来3年以上ぶりかな。

 

 

1日目は、半島先端に近い南紀エリア。ここらに限れば、2021年11月の南紀宿題回収ツアー以来4年以上ぶり?これまでなぜか手を付けず空白地帯となっていた某町中心に、いわば「初めまして物件」を巡った。

 

 

まずはダイジェスト。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

那智勝浦町某所でこの日のターゲットは終了。2日目は別エリアで探索するので、ここから移動を開始した。いろいろ迷ったけれど、お風呂はいつもおなじみ、尾鷲市の「熊野古道の湯」に決定~。

御浜で給油し、熊野市からは無料高速はあえて使わず、だ~~れも走ってない旧国道で矢の川峠をのんびり楽しんだ。チョー快適!

 

 

 

熊野古道の湯では、イルミネーションに迎えられた。

いつも通りのいいお湯でございました。が…ここ、もう4~5回は来てると思うが、夜に来たときは毎回道がわからなくてプチ苦労するな~。周囲暗すぎ案内少なすぎアプローチややこしすぎ。

 

 

お風呂の後はお食事…でも店が開いてない!てか閉店間際。以前もこんなことあったな~と思いながら、結局マクドで1時間半近くダラダラと。いや、あとはもう少し移動して寝るだけなんで、時間つぶさないと持て余してしまうのでね…。

 

 

で、今夜の車中泊はこれまたおなじみ、「道の駅海山」。

…でいったん寝る体制に入ったんだけど、うーん、ちょっと工事などで安眠が担保できないかも…。

 

てなわけで、日付変わった頃にまたプチ移動し「種まき権兵衛の里」駐車場へ。ここは初めてだったんだけど、人っ子一人、車一台なくってめっちゃ静か。おかげさまで爆睡できた~。

 

 

 

【2日目ダイジェスト】に続く。