Twin Peaks : The Return

監督/脚本/制作総指揮:デヴィッド・リンチ

脚本/制作総指揮:マーク・フロスト

カイル・マクラクラン

2017年5月21日〜9月3日放送(米国)

 

これは、2017年放送のツイン・ピークス新シリーズについて、最終章まですべて見終えた上で、様々な謎について考察を試みる記事です。

ですので、第18章まですべての部分のネタバレを含みます。ご注意ください。

エピソードごとのストーリーや考察を読みたい方、その際に先のエピソードのネタバレを知りたくない方は、エピソードごとの記事がありますのでそちらをご覧ください。

ツイン・ピークス The Return 第1章 ネタバレ考察とレビュー

各エピソードごとのリンクは、この記事のいちばん下にあります。

 

この記事は「謎の考察 その1」からの続きです。

 

 

①ボブとは何か

 

1945年の核実験の爆発の中で、エクスペリメントが吐き出した煙の中に、「ボブの玉」が出現しました。第8章のこの描写が、ボブの誕生を示しているようです。

核実験が次元に歪みをもたらし、別次元から怪物がやってきて、地球にボブと呼ばれる悪の象徴をもたらした…というのが、このシーンのSF的な解釈でしょう。

 

 

一方で、1945年前後はリーランド・パーマーが生まれた年でもあります。

設定を調べると、リーランドは1944年生まれになってますが、これは旧シリーズの後で書籍などで後付けされた設定でしょうから、リンチがあらためて1945年としたとしても不思議ではありません。その場合、これはリーランド=ボブの誕生を描いているシーンであるとも受け取れます。

 

旧シリーズでは、ボブはあくまでもリーランドの別人格であると見なしても成立する描写がされていました。

超常現象を除外して見るなら、旧シリーズは娘を虐待する父親の物語だったと言えます。リーランドはローラが12歳の頃から、彼女に性的な虐待を加えていました。睡眠薬でセーラを眠らせて、その隙に娘を犯すという鬼畜な行為を繰り返していました。

 

表向きは優秀な弁護士であり、良き父親であったリーランドがそのような異常な性癖を持つに至ったのは、彼の幼少期に原因があったようです。

リーランドの少年時代、パールレイクにある祖父の別荘から空き地一つ隔てたとなりの白い家に、ロバートソンという男が住んでいました。男はリーランド少年に火のついたマッチを投げつけて、「火と遊ばないか、坊や」と呼びかけてきました。(旧シリーズ第9章、第10章)

「私は子どもだった。奴は遊ぼうと言った。招くと、奴は私の中に入ってきた。奴が中にいる時、私は意識がない。奴が出ていっても、思い出せない。奴は私にいろんなことをやらせた。恐ろしいことをだ」(旧シリーズ第16章)

 

推測ですが、少年時代のリーランドはこの時に、ロバートソンという男に暴力で脅され、性的な虐待を受けたのではないでしょうか。

そのトラウマがリーランドの心に深い傷を残し、彼に恐怖を与えた男の暴力的な人格がリーランドの中に居座ってしまった…。

それがすなわちボブなのだと思います。ボブが、宇宙的なスケールの存在の割には、(ツイン・ピークスの道具係そのままの)現実的なジージャンスタイルであるのも、実在の人物の投影であるからでしょう。

 

 

愛する父から犯されるという現実に直面することは、ローラの心にとって耐え難いものだったでしょう。だからローラは現実を直視することを拒んで、「自分を犯しているのはボブという男である」という幻想を作り上げました。

だから、「ある意味ではボブを生み出したのはローラである」とも言えます。

 

そして、ローラの死後にボブを幻視し、ボブの見た目のイメージをクーパーやツイン・ピークスの人々に共有させたのはセーラです。

事あるごとに睡眠薬で眠らされていたセーラは、夫が怪しいことに気づいていたでしょうし、娘が虐待を受けていることにも薄々気づいていたでしょう。そんな彼女が現実から目を背けるためにも、ボブの存在は必要だったと言えます。

 

つまり、ボブはリーランドの幼少期のトラウマに起因する人格障害を直接の原因として、被害者であるローラの自己防衛反応や、セーラの現実逃避などの集積として、パーマー家の皆によって作り出されたのです。

その意味では、ボブはいわば「パーマー家が共有する妄想」なのだけれど、リンチ世界では精神世界の物事と現実の世界とは等価です。

イメージは時に現実の存在以上のパワーを持ち、現実に影響を与えるのです。

 

②ジュディとは何か

 

一方のセーラは旧シリーズでは基本的に被害者として描かれていますが、前述したように、夫の行動に薄々気づいていた節があります。

 

旧シリーズ序章で、寝室に呼びかけ、ローラの不在に気づくシーン(新シリーズのラストシーンで引用された呼び声です)。

ローラがいないことに気づくと、セーラは異様に動揺し、あちこちに電話をかけます。17歳の娘が朝寝室にいないというだけにしては、過剰な反応です。

セーラがリーランドに電話をかけると、ちょうどハリーがローラの死を伝えにきたところでした。その気配を電話の向こうに感じたセーラは、まだ何も聞かない前から、すべてを悟ったように号泣し始めます。

この一連の描写からは、ローラに何か悪いことが起こるかもしれないことを、セーラが予感していたことが伺えます。

 

 

「12歳の頃から」なのでもう5年も続いていたわけで、娘や夫の異常にセーラが気づくのは自然なことだと言えるでしょう。

しかしローラにしてみれば、父親の所業を知っていて母親が見て見ぬ振りをしているというのは、知らない以上に絶望的なことです。家庭の中で、逃げ場所がなくなってしまうわけだから。

 

夫の異常な行為に気づきながら見て見ぬ振りをし、娘ローラを深く愛しながら彼女が傷つけられるのを放置する。そんな歪んだ生活の中で、「ネガティブな力」ジュディが少しずつ育っていったと言えるでしょう。言うならば、ジュディとはセーラの中の暗い部分、ダークサイドです。

彼女は定期的に睡眠薬を盛られていたわけなので、そのドラッグとしての影響もあったと思われます。それに加えて酒とタバコで、セーラの心身はボロボロになっていき、世界を呪うようなネガティブな感情ばかりがセーラの内面を占めていったのでしょう。

まさに、「その馬は白目で中は闇」ですね。

 

新シリーズのセーラはまるで娘を憎んでいるように見えます。

ローラはセーラにとって愛すべき娘ではあるけれど、同時に自分から夫を奪い取った憎むべき“女”でもあります。

夫の娘への性的虐待に気づいた妻が、夫を止め娘を守る方向に向かわず、自分から夫を奪った相手として、娘を憎んでしまう。実際の虐待事件でも、そのようなケースはあるようです。

 

安らぐべき家庭がこんな絶望的な状況では、ローラがドラッグや売春などの悪徳に走ったのも仕方のないことに思えますね。

親の虐待によってローラが非行に走り、そのことでまた虐待がひどくなる。そんな負のループにはまって、パーマー家の闇はこの上なく深くなってしまっています。

その闇の中で、恐ろしい怪物が育ってしまう。それがボブであり、ジュディであるということになるんだと思います。

 

③ローラが死ななかった場合

 

旧シリーズは「ローラが死んだ場合」の物語だったと言えるのですが、新シリーズ(というか少なくともその第18章)は「ローラが死ななかった場合」の物語だと言えます。

父親の性的虐待を受けていた少女が、死なずに生き延びたら。父親だけが死んで、母親が残ったら。その場合は、どんなことが起こるのか。

 

キャリー・ペイジという別人として、テキサス州オデッサで暮らしているローラですが、彼女はやはり今でも暗いトラブルを抱えているようです。

彼女の部屋には、夫と思われる男の射殺死体があります。床には銃が転がっています。状況から、いかにもキャリーが夫を殺したように見えるのですが、キャリーは死体などないかのように振る舞い、訪ねてきたクーパーに「あの人見つかったの?」と尋ねています。

この死体が実は過去の映像などで、クーパーにだけ見えているのか、あるいは殺人のショックで精神を病んだキャリーが死体が見えなくなっているのか、定かではないですが、彼女が男をめぐる深刻なトラブルに陥っていることは確かであるようです。

 

注目すべきは、この死体の腹から「ボブの玉」が飛び出ているように見えることです。

ダギーの腹から飛び出して、フレディーのパンチで粉々になったボブの玉(第17章)。エクスペリメントの吐く煙の中から現れたボブの玉(第8章)ですね。

この男は、ボブに取り憑かれていたようです。

つまり、ボブである父から逃れたはずのローラは、別人になり25年経ってもなお、ボブの取り憑いた男から逃れられていないということになります。

 

 

ここで描かれているのは、親の虐待を生き延びた女性が、自分の配偶者として親とよく似た男を選んでしまっている。そして今度は、夫の暴力に苦しむことになってしまう。そんな負の連鎖です。

これも、実際の虐待案件でよく報告されているケースです。

親のような暴力的な男を憎んでいるはずなのに、なぜかそんな男を選んでしまうんですね。で、自分の子供への虐待に繋がったりもする。あまりに大きなトラウマが心理的抑圧となって、更なる不幸を招いてしまう。

 

(関係ないですが、映画「IT/イット」に出てくる少女ベバリーがそんなキャラクターでした。今回の映画では彼女は暴力的な父親に悩まされていましたが、大人時代を描く後編では彼女の暴力的な夫が登場するはずです。)

 

そして同時に、彼女はジュディ(母親)にも支配され続けています。

(ジュディのコーヒーショップ、そこにある白い馬、家にある白い馬、家の前の“6”の電柱など)

 

不幸のあった家から遠く離れ、アメリカをほぼ縦断したテキサスまで離れても、そして過去を捨て名前を変えて別人になっていてもなお、母親の呪縛の中に囚われ続けている。

母親への恐怖や憎しみといった感情を消すことができず、それがネガティブな力となって、彼女を支配し続けている。

 

第18章で描かれたのはそのような、親の虐待がもたらす際限のない負の連鎖である、という言い方もできそうです。

クーパーはローラの死を回避したけれど、生き延びた彼女が虐待のトラウマに囚われることまで、避けることはできなかった。

 

クーパーが彼女を母親に会わせようとするのは、それによって彼女を癒そうと考えているのかもしれないけど、ローラにとってはとんでもなく見当違いの行為なのかもしれないですね。

クーパーはシンプルな愛を信じる人だから、母親に会えば当然のように愛を感じると思い込んでいるのかも。彼はローラが父親だけでなく母親も恐れていることに気づいていないのかもしれないです。

そうだとしたら、トレモンド夫人はむしろローラを守ったことになりますね。

 

彼女を心配して呼びかける母親の声は、ローラにとってあんな悲鳴をあげさせるほどの恐怖になってしまっています。

父親の行為を知っていて、なお自分を家にとどめようとし続けた母親。それはローラにとってこの上ない恐怖、ボブ以上の怪物に他ならないんですね。

ラストシーンの悲鳴の意味はそこにあるし、様々な形で描かれたセーラの異常な姿というのも、そんなローラの恐怖を投影したものだったのかもしれません。

 

 

④「家族」という恐怖

 

愛と暴力、甘美なものと恐ろしいもの。“消防士”と小人、マイクとボブ、ホワイトロッジとブラックロッジ。

善なるものと悪なるものが必ずしも別個のものではなく、「同じ一つのもの」であるということ。世界はそのような両面性を持っているということが、ツイン・ピークスの大きなテーマになっていました。

そういう意味では、「家族」はまさに、愛に満ちた心安らぐ場所と、憎しみと恐怖に満ちた呪縛の場所の、両方の属性を持っていると言えるでしょう。

 

母親が恐怖の存在になったのは、ローラにとっては虐待のトラウマが大きなポイントになっているのですが、より普遍的な「親子関係の恐怖」も、ここでは描かれているように思います。

親というものは、時に愛によって子を束縛し、苦しめてしまうこともあるのだということ。

子への過剰な干渉は、子にとっては恐怖にもなり得るし、場合によっては恐ろしい悪夢のようなものにもなり果ててしまうということ。

 

第3章の、ナイドのいた異世界のシーンが、この恐怖を象徴的に表していたと思います。

ナイドがクーパーに触れている背後で、何者かが入ってこようとするように、激しくドアを叩き続けています。

ナイドが去った後で現れた女「アメリカン・ガール」は、「急いだ方がいい。私のママが来る」と言います。

つまり、ドアを叩いていたのは「私のママ」です。

男を助けようとする「アメリカの少女たち」の背後には威圧的で強権的な「私のママ」がいて、常に少女を守ろうと…あるいは束縛、所有しようとしている。

そんな意味合いがあるように感じられます。リンチならではのブラックな視点の親子感ですね。

 

 

旧シリーズでは、主に父親(男)の問題がテーマになっていました。

新シリーズでは、そこから発展して母親の問題、更には家族の問題がテーマになっています。テーマ性がきちんと継承して、発展しているんですね。

家族や、血縁というものがはらむ本質的な「不気味さ、気持ち悪さ」は、「イレイザーヘッド」やそれ以前の短編の頃から、リンチの重要なテーマの一つです。

「ブルー・ベルベット」でもありましたね。愛に満ちた家庭の、美しい緑の芝生のその下に、実は無数の不気味な虫たちが蠢いている…。

 

アメリカ的な、伝統的な家族の素晴らしさ、甘美さを描きながら、その影にある恐ろしさを浮き彫りにする。リンチがずっと追い続けてきたテーマという面でも、今回のツイン・ピークスは集大成と言えるんじゃないでしょうか。

 

→謎の考察 その3 夢を見ているのは誰か?

 

 

 

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