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土方√
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翌日、源さんたちに合宿中のお礼と全国大会への出場を約束した。
源さん夫婦ににこやかに見送られながら、俺達は宿舎を後にした。
疲れが溜まっているからか、出発後、部員達は静まり返り、寝息を立てている。
土方さん越しに千亜を覗き見ればあの頃と変わらないあどけない顔で眠っていた。
『変わんねぇな』その表情に自然と笑みが零れた。
俺もそのままつられるように目を閉じ、浅い眠りに落ちていった。
帰りの高速のSAの木陰にある喫煙場所で煙草をふかしながら、
ぼんやりと山並みを眺めていれば近づいてきた気配。
ちらりとそちらの方を向けば、千亜が歩み寄ってきたのを見て、
俺は煙草を灰皿へと押し付けた。
「左之、隣いい?」
「どうした?」
「ん、コーヒーでもどうかなと思って」
そう言った千亜はブラックを差し出し、俺はそれを受け取った。
そっと隣に座る千亜。
その表情は部員達と話している時の様な無邪気なものではなく、
凛とした表情で。
柄にもなく高鳴る胸は何かを期待しているのか。
互いにカチと鳴らしながら缶を開ける。
まだまだ蒸し暑い中、冷たいコーヒーを喉に流し込む。
少しの間の後、千亜が口を開いた。
「ありがとね、合宿の間」
「ぃや、礼を言うのはこっちの方だ。雑用やら何やら殆どやってもらったからな。
部員たちも雪村も、勿論土方さんや俺だってお前に助けられた。ありがとな」
「私はお手伝いしただけだから」
俺が礼を言えばはにかむように笑う千亜。
「楽しかった。何か『やっぱり剣道ってかっこいいな』って思った。
学生時代の気持ちが甦った感じ。
頑張ってる皆を見て、私も頑張らなきゃなって思った」
一つ一つ言葉を噛み締めるように、遠くを見ながら話すその横顔はあの頃より綺麗で。
俺はずっとその横顔を見つめていた。
「…どうすんだ?これから」
「とりあえず仕事探さなきゃね~」
俺の問いかけに笑みを零して、千亜は自分のカフェオレをゴクゴクと飲んでいく。
飲み干して、俯きながら小さく一つ息を吐いて、千亜が俺に顔を向ける。
「左之も先生大変だろうけど頑張ってね。あと…彼女さんとも仲良くね」
千亜の言葉に俺は目を見開いた。
身体の熱がスッと奪われていく感覚。
こいつには彼女がいるとか言ってはいないはずだ。
土方さん、か…?
「この前の日曜にね、土方さんに会う前、左之と彼女さん一緒にいるのスーパーで見たの。
彼女さん、凄く綺麗な人だね」
そう言って笑う千亜を俺はそういうことかと納得しながらも吸い込まれるように見つめる。
『お前の方が綺麗だ』という言葉は必死に飲み込んだ。
すっと立ち上がる千亜を目で追う。
「左之、幸せになってね」
「…ああ」
上手く言葉に出来ないくせに溢れ出てくる自分の感情を全て無理やり仕舞い込んで、
俺が言葉に出来たのは短い応えだけで。
「休憩時間もう終わるしもう行くね」
その細い手を掴んでしまいたくなる衝動もぐっと堪え、拳を作った。
踵を返したその小さい背中が離れていく。
「…千亜!」
振り返った千亜が俺を見つめる。
「…元気でな」
花が咲いたように笑いながら「うん」と応えた千亜は今度こそ俺から離れて行く。
『幸せになれよ』とは、今は言えなかった。
今からでもがむしゃらにお前を求めれば、応えてくれるだろうか。
過ぎった思考を自嘲する。
今、アイツが惚れてるのは土方さんだ。
困らせたいわけじゃない。
あの時千亜を散々困らせて悲しませて泣かせて、
別れを告げさせたのは間違いなくこの俺だ。
そんな俺が思うのもおかしい話かもしんねぇが、千亜にはいつも笑っていて欲しい。
離れて行く千亜から目を逸らし、手元に残ったコーヒーを飲み干す。
少しぬるくなったコーヒーはいつもよりほろ苦く身体に染みていった。