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<原田視点>
腕時計をちらりと見る。
「初っ端から走りこみ1時間にするつもりか…、土方さん」
一週間思い遣られると思いながらも呟きと共に零した溜め息。
グラウンドで走りこむ部員達に視線を移す。
『いや、こいつらが一番大変なんだ。この合宿に耐えて秋季大会でいいとこまでいってもらわないとな』
このキツさを乗り越えたら手に入る強さがある。
実際、この合宿を終えた後は確実に部員それぞれが力をつけ、伸びる。
それを過去には俺も経験し、部活顧問になってからは何人もの部員にそれを感じた。
『俺も多少は鬼にならなきゃな』
背筋がすっと伸びた気がした。
ふと宿舎の方に目をやれば、ドリンクキーパーを抱えてくる千亜の姿を捉える。
あいつのことだ。部員のためにめいっぱい入れてんだろう。
千亜がマネージャーの頃にこの坂でこけたのを思い出して、ふっと笑みが零れた。
土方さんに『悪い』と手をあげて、了承を得た俺は坂の上にいる千亜の元へと急いだ。
<ヒロイン視点>
グラウンドに持っていこうとして用意したドリンクキーパーを抱える。
…やっぱり重い。
『誰か来てもらおう』
そう思いながら玄関を出た。
少し歩けば坂を上がってくる姿を捉える。
「さ…、原田先生」
「千亜、無理するな」
眉根を寄せながら駆けて来た左之はひょいと私の腕からドリンクキーパーを奪う。
「無理してないよ。でも良かった。グラウンドまで持っていこうと思ったんだけど重くて。
誰かに手伝ってもらおうと思ってたとこなの。…一緒に持とうか?」
「このくらい平気だ。千亜はコップ持ってくれ」
「はい」
私は玄関先に置いていたコップ入れのケースを持つ。
私がケースを持つのを確認して、左之は歩き始める。
「こういう時は男に頼れ。ってか俺を頼れよ」
そう言って私を見る左之の瞳は優しい。
優しすぎて…、思わず視線を逸らした。
「…相変わらず優しいね」
そう零して、隣を歩いていく。
「つーか、何で原田先生なんだ。名前で呼べばいいだろ?」
「だって合宿中だし、部員の手前であんまりよくないかなって…」
「じゃあ二人きりの時は先生はナシな」
視線を上げれば、左之の優しい瞳が細まった。
あの頃と変わらない優しさと眼差しに胸がちくりと痛む。
「…わかった」
不意にグラウンドから部員達の勢いある声が聞こえてきた。
そちらに視線を向ければ整列している部員達の姿が見えた。
多分、土方さんの叱咤に応えて返事しているんだろう。
二人して歩きながら坂の上からグラウンドを見渡す。
「懐かしいだろ」
「そう…だね、何か学生に戻った気分」
「この坂で転げそうになった時あったもんな」
「何でそんな事覚えてんのよぉ…」
呆れたような私の言葉に左之が咽の奥で笑いを噛み殺していた。
「千亜といたらどんどん思い出しちまうな」
「そう?」
「あの頃に戻った様な気分になっちまう」
左之の言葉を坂を上ってきた風が攫っていく。
甘く、苦い痛みは胸に一滴の雫を垂らし、波紋を広げた。
今はまだその気持ちには触れちゃいけない。
俯いていた私はまた視線をグラウンドへと戻す。
ごく自然に、土方さんと視線が交わった。