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#11
互いが視線を逸らせずにいた中、言葉を探していれば飛んできた怒鳴り声が耳を貫いた。
「おい、突っ立ってないでさっさと乗れ!」
「っ!はい!すみません!」
土方さんの怒鳴り声に咄嗟に謝りながら視線をそらした千亜は、
雪村の隣の通路側に急いで腰を下ろす。
その動作まで視線で追っていれば、半分遮られた視界。
反射的に視線を上にあげれば土方さんと視線がかち合った。
何をイラついてんのか、眉間には皺が寄っている。
視線をそらした土方さんは部員に向かって声をかけた。
「人数いるかー。点呼取るぞ」
確認を取る土方さんの声とそれに応える部員の声。
ちらりと千亜の方に視線を向けると少し俯いた様子で一点を見つめているようだった。
両手は膝の上できゅっと握られている。
あの様子じゃ千亜も俺がいることを土方さんから聞かされてなかったっぽいな…。
点呼を終えた土方さんが運転手に「じゃあ出発してくれ」と声をかけた。
勢いよくエンジンがかかる。
「原田、窓際に寄れ」
「あ、ああ…」
場所を避ければ、どかりと腰を下ろす土方さんを視線で追った。
声を潜めながら俺は疑問を素直にぶつけてみる。
「なぁ、土方さん。何で…あいつがいるんだ?」
「ああ?高橋か。昨日スーパーで偶然会ってな。暇だって言うから手伝いとして連れて来た」
確かに合宿中のマネージャーの仕事は多い。
いくら部員が手伝うにしても雪村1人じゃ大変だろう。
だからってたまたま会った千亜を捕まえて翌日の合宿に普通連れてくるか?
土方さん、何考えてやがるんだ…。
「何だ、何かまずいことでもあんのか?」
「ぃや…、あいつがいいならいいんだけどよ…」
「なら問題ねぇだろ」
軽く鼻で笑われた気がしないでもない。
腑に落ちないまま、座席に深くもたれた。
千亜の姿を見ようにも隣に土方さんがいるもんだから見れやしねぇ。
1人デカい溜め息を吐いて、出発したバスからの流れていく景色をぼんやりと見る。
耳から入ってくるのは何やら楽しげに雪村と話している千亜の声。
「変わらねぇな」と思わず口元に笑みが浮かぶ。
車窓の枠に腕を置いて、頭をもたれて目を閉じる。
そうすれば会話はより鮮明に聞こえてきた。
どうやら日程表を見ながら、雪村と会話し、雪村からの質問にも丁寧に答えている。
時折会話に入る土方さんに少しイラついてしまう俺は…何なんだ。
いや、イラつくより…千亜に会えたことに感謝するべきなのか?
この湧き上がってくる気持ちをどうすればいい?
懐かしさから来るものなのか、何なのか。
ただ…、久々に聞いた千亜の声がどうしようもなく心地よかった。
不意にポケットにいれていた携帯が震えだす。
届いたメールを見ればそれは君菊からで。
『おはよ。合宿頑張ってね。合宿明けに会えるのを楽しみにしてる』
…そうだよな、今の俺にはコイツがいる。
俺の彼女は君菊だ。
無自覚に漏れた溜め息。
きゅっと唇を結んだ。
『おはよ。行って来る。俺も会うのが楽しみだ』
返信をして携帯をしまう。
そうだ、俺には君菊がいる。
千亜は結婚して…子持ちだろ?
子供たちは親に預けてきたってとこか?
旦那は…。
そこまで考えて自嘲する。
ほらな、何も期待することなんてねぇ。
懐かしさに感傷的になってるだけだ。
ざわめく胸の内が疎ましく、俺はきつく目を閉じた。