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三次元と四次元の狭間 に関しての記事と生命の科学と宇宙の法則
について語ります。



コメント


今日は朝から洗脳効果の高い薬品を撒いては
脳への周波数帯洗脳強化に勤しんでいる人間達がいます。


おかげで朝から不快な気分で居続けるような
状態にされていますし、


兎に角自分達にとって邪魔な存在を
早々とこの社会から排除したいというその思いだけは
伝わってきます。


悲壮感や不快感、怒りに近い感覚
そんなものを意図的に強化しているのは
創価学会の心ない人間達、


今は近所に住む高橋、羽田、柳川といった住民達と
その協力者のようです。


脳に強い熱や刺激を受け続ける事も
苦痛で仕方がないのですが


この近所の住人達は早々と私を死なせたいようで
それを意図的に誘導しているのではないかと想像しています。


「夫婦でまとめて上げてしまえ(殺してしまえ)」



と語っているそうで、音声送信でそんな実態を
語りかけてくれる人間達もいます。


劇場型洗脳も強くて暗示強化も受けています。


さらに下の部屋には私達夫婦にとって
危険な人間達が入り込んでいると
語りかけの人間達も語っています。



2015年4月16日A。M 11:42


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今日は過去記事から私が仏教に関して取り上げ
宇宙の法則を引用して書き上げた記事を再公開します。



特殊な仏教信者達への理解を求めるのがその目的ですが
組織の狂信者ではなくて
真理を求める信者であれば



仏教の教えであってもそれがそのまま
宇宙の法則=まだ私達が気がついていない
私達周辺の四次元区分に存在する法則の説明であることに
気がつくはずです。



そして仏教というものの原点も
結果的には真理と私が呼んだものであることを
是非とも理解していただきたいです。



http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11361245976.html

アプローチの違い 仏教と覚醒
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11361455669.html
アプローチの違い 仏教と覚醒 後書き



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今日はまた仏教に関して取り上げてみます。


仏教というよりもイエスキリストの先輩でもある
ブラザーズの指導者でもある”お釈迦様”の教えに関してです。


諸行無常、諸法無我という言葉が
仏教では釈迦の悟りの一つとして捉えられているので


私達はそれを生命の科学、宇宙の法則と関連させて
まずは理解して見たいと思います。


最初は少し難しい話からですが辛抱して頂ければと思います。


大切なのは後半です。


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まず諸行無常であるが、諸行無常の諸行とは、
森羅万象、物質的現象、精神的現象をとわず一切の現象を指す。


このような一切もろもろの有為現象は、常に生滅変化を続けて、
瞬時といえどもとどまることなく、
常住不変のものはないという原理が諸行無常である。

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宇宙空間の万物は元々は四次元空間の創造主の残像想念を、
物質としての元素で三次元空間で具現化させたものであり、


宇宙空間に存在する万物は同じ形状に留まる事はなく
常に創造と崩壊を繰り返している。


私達が生きている100年程度の時間ではなくて
もっと長い時間で測れば


この三次元において同じ形のまま留まっている物は存在しなければ
不滅の存在もない。


そのため全ての存在は
存在と言うよりは現象に過ぎないと言うのが
私達の理解でもありますが、


宇宙の法則の原理と
諸行無常が同じことを語っていると言う事が
ここでは容易に認識できるのではないでしょうか。


一方、先日から気になっているのが”無我”なる言葉の意味と
それが指し示すものが何であるのかと言うことです。


”自我”とか”無我”と言われたものが
何を指し示しているかを理解しなければ
私達は釈迦の教えの意味が理解できないかもしれません。


当初、”諸法無我”という意味は


”万物や自然界の理において
それ自体が独立して存在しているものはない”


と言う意味であると理解していたのですが


”自我”という物の捉え方が
必ずしも私達の想定しているものと同じであるとは限らないことも
仏教徒同士の論争を見ていて気がつきました。

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諸法無我とは第一の諸行無常より当然導きだされる印であり、
全てのものには固定した実体我というものがないという原理である。


 諸法とは全てのものであり、
第一の「諸行」は因縁所生の有為法たる現象を指しているが、
「諸法」は有為法のみならず、真如法性という無為法をも含めている。


 「無我」の「我」とは何を意味しているのか。
釈尊以前のインド哲学者たちは、我々の中に、


不生不滅の固定的実体があるように考え、
それをア-トマン(我)と名づけた。


ア-トマンとは「常一主宰」のという意味で、
単独でなりたち、常住で変化しない存在で、自身全体を支配しているものである。


 しかし諸行無常を顕かに観た釈尊は、
この我の思想を根底からくつがえし諸法無我を主張した。

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仏教知識の無い私にとって
何よりも言葉の難しさが理解を妨げます。


私達は言葉から教えを理解する時には
その言葉の意味する物がどのようなものであるかを
認識する事が大切です。


ここでは諸行無我についての説明になっていますが、
有意法とか真如法などと言う言葉が出てきます。


”諸法無我”以前に”我”と言われるものの意味
”自我””無我”の意味を理解することが前提のようです。

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後には、形而上的な思惟によって「法」を有為法と無為法とに分けて考えられる。
「有為法」は無常変転する存在として、それを色法、心法、不相応法などと説き、
「無為法」として常住不変の法を説く


真如(しんにょ)は、「あるがままであること」という意味があり、真理のことを指す

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諸行無常から諸法無我が導き出されると触れられていることからも、
万物が移り変わればそれに伴い諸法則も真理も


そして万物の存在も固定して存在することはできないと言う前提があって


固定して存在するものが無いと言うことは、
そこには固定を前提とする自我と言うものは存在しないと
言っているのだと解釈すれば良いのでしょうか。


ここで問題となってくるのが”自我”なる存在です。


人間を想定すれば自我と言うのは
”物思う自分と言う存在”
を示すことになるのだと思います。


もしくはその自分が持っている意識です。


万物が不滅ではあり得ず、
常に変化している存在と言う前提ですから


万物の意識もそれらと共に存在している
人間の意識も変化せずには存在できない。。。


つまり固定的に存在する自我など無いと考えれば
自我は存在しないとなる。


そう解釈するのでしょうか。


しかしこのような理解もあるようです。

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スッタニパータ』などの最初期の韻文経典では、無我はさかんに説かれる。
それらによれば、「無我」は我執の否定を意味し、


そのように、あらゆるものが我ではない(諸法無我)と観察し、
これを智慧によって理解すると、


清浄(しょうじょう)で平安な涅槃の理想に到達できるとする。

初期の散文経典では、我(自我)を


「私のもの」
「私」
「私の自我」


の3種に分かち、いっさいの具体的なもの、
具体的なことのひとつひとつについて、
「これは私のものではない」「これは私ではない」「これは私の自我ではない」
と3つの立場から観察する。

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無我とは我が存在しないことを意味するのではなくて
我執を否定することだという理解です。


これを見ると、仏教はどうやら無我という言葉の原点になった
”自我”なる存在を無いものとして否定しているのではなくて、


自我に執着することを否定的に捉えたものが”無我”であり
元々は自我の存在を前提として、
”無我の境地”などという話が派生していることが判ります。


では自我と言うものは一体何を象徴したものでしょうか。。


コギト・エルゴ・スム 我思う故に我あり


全ての現象を、幻や実在しないものとして捉えようとしても
思考する自分の意識を否定することはできない。


有名なデカルトの言葉です。


私達が何かを認識する時にそこには思考する自分が存在していて
三次元の現象の全てを存在しない幻のように認識しても


思考する自分の意識に関しては
それを存在しないものと認識することはできない。


当たり前の様で
実は究極の解答がここにあるのだと思います。


つまり自我なるものは存在している。


そして問題はその自我と言うものを具体的に
どのように認識し定義するかです。

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お釈迦様はイエスキリスト同様に
太陽系の兄弟たちのマスターだったそうです。


つまりは創造主の法を理解している存在で、
イエスキリストが自らの教えを福音する前に密教などを学んだことも
それとは無関係ではないはずです。


地球社会で教えを与えた先人の知恵をイエスは受け継いで
その後、自分なりの手法で創造主の法を語ることになった。


その手本となったお釈迦様が、創造主の法を前提に
自我や無我をかたったのであれば


自我なるものが、”心”もしくは”魂”と言う
私達が意識として感じているものに触れた内容であろう事も
想像がつきます。


そしてその”我”に執着することを否定したのですから
それが私達が”心”と呼んでいるものであろう事も
想像がつきます。


私達が自分を他人と区別して、そこに自分を感じるために
使用しているのは間違いなく心だからです。


魂が共通意識であり創造主の分身であることは
繰り返し触れていますので取り上げません。


そしてお釈迦様は当時の人間に対しては
三次元と四次元を語ることなく、


魂と言う創造主の分身に関しては
具体的な説明はしなかったのだと思います。


イエスの時代でさえそれは理解されませんでした。


まして更に昔の時代に釈迦がそれを説いたところで
理解できる人間はいなかったのだと想像がつきますし


お釈迦様の教えの目的は、
心の暴走をいかに抑えるかを私達に教え
そのための道徳を実践させることだったのだと思います。


つまりは心の煩悩を抑えた先に存在するのが
無我の境地だという話になってくるのではないでしょうか。


お釈迦様の”悟り”に拘った後の人間達が、
お釈迦様の語った具体的な人のあり方については
それを当たり前の生き方だと捉えたのか重視することなく、


悟りなるものを意識しては
誰もが釈迦の到達した域へと自分たちが進むことを目的としたのが、
仏教といわれる宗教の始まりだったのではないでしょうか。


つまりお釈迦様がこの地球の中で自ら宇宙的覚醒を果たすことで
一般の人間に創造主の法への導きをはじめた時に


その一連の全ての様子が周囲の人々に認識されていたために、
お釈迦様のその宇宙的啓示をも含めた全ての過程こそが
地球に生きている人間にとっても必要であると認識され、


お釈迦様の到達した領域こそが
私達地球社会の人間に求められているものであると
理解されてしまったのではないかということ。


しかし、お釈迦様の域に達することのできる人間は
勿論この社会には存在せず、


そのためにも、お釈迦様の悟りの領域に到達するための
あらゆる手法が模索されて後の仏教として発展して行った。


それが現代にまで伝わっているのではないでしょうか。


しかし元々のお釈迦様が身近な人間に語った内容は
実際はもっと簡単なものであったことは
私の宇宙の法則の一番最初の記事で取り上げました。


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11009631713.html
宇宙の法則


お釈迦様は人としてあるべき姿を実践した先に
”ブッタ”を想定していたのではないでしょうか。


再び引用して創造主の法と比較して見ます。


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―生きとし生ける者は幸せをもとめている。
もしも暴力によって生きものを害するならば、


その人は自分の幸せをもとめていても、
死後には幸せが得られない―(真理のことば)

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これなどは組織的犯罪行為などで
他人を攻撃している人間たちに聞かせてやりたい言葉です。


人間や動物に危害を加えることは良くないことだと
人としての当たり前の理を語っています。


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森に住み、心静まり、清浄な行者たちは、
日に一食を取るだけであるが


過ぎ去ったことを思い出して悲しむこともないし、
未来のことにあくせくすることもなく、
ただ現在のことだけで暮らしている 

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宇宙の法則の、
現在こそが重要であり真理だという話につながる意識です。


過去を思い出しては悔やむのではなくて
将来を不安がるのではなくて今を精一杯生きる。


これは明日を思い悩むなというイエスの言葉にも通じますし
創造主の意志そのものなのだと思います。


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今日われらは美しい太陽を見、美しく晴れた朝に逢い、
気もちよく起き上がった


煩悩の汚れのなくなった覚った人に
われらは見えたからである
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ここで釈迦は”覚った”状態として
煩悩の汚れが無いことと触れています。


”覚醒”は煩悩、すなわち心のエゴから開放されることで
齎されるという前提での言葉と認識できます。


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われらは一物をも所有していない。大いに楽しく生きて行こう。
光り輝く神々のように、喜びを食む者となろう


かれらは快楽を求めないからである~かれこそ実に最上の人である―

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お釈迦様に関する言い伝えの中に
天からの声とお釈迦様が会話する場面があります。


その声の主をお釈迦様が神々と触れていたのだと想像できますし、
その時天から語りかけたのは
勿論、霊的な存在ではなくて天使達のはずです。


つまりここで光輝く存在とされていたのは
スペースブラザーズの事かもしれません。


最上の人と言っているので
それが創造主である可能性も否定はできません。


彼らはものを所有しませんし
心の欲する快楽を求めず生きています。


生の中で、私達が感じているものとは違った

本当の意味での喜びを感じ続けながら生きている存在でした。


アダムスキーの著書の中でブラザーズを語った一節です。
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万物が奉仕し合っていることにたいして感謝をすること。


これは日々新たにはじめられることで、
彼らは創造主に奉仕するために日々がもたらす多くの機会を
喜びと熱心さをもって迎えるのである。


彼らは自分自身や自己の想念とか印象などを調べているので、
地球人が陥りやすい偏見でそれらを歪めるよりも、
純粋なままにそれらを認めてそれに従って行動することを知っている。
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これがブラザーズの持っている意識の一環です。

そんな彼らを釈迦が取り上げた一節だと想像していました。

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すべて悪しきことをなさず、善いことを行い、
自己の心を浄めること、これが仏の教えである。
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仏=ブッタだとすれば
仏の教えというのは、そのまま私達がブッタとなるために
実践すべき教えと言うことになります。


善悪の概念で私達のあるべき姿を説明してくれていますが、
結局は釈迦は良心を持って正しい行いをすることを奨励し、
心の改善を求めている事がここからも理解できます。


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わかち与える人には功徳が増大する


そなたのために仕事をしてくれる人々がいるのではない
誠実をつくして名声を得、何ものかを与えて交友を結ぶ

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他人は自分のための存在ではないと認識すればよいのでしょうか。


ここでの”分かち合うもの”と言うのは
おそらくは物質的なものに限定せず、


思想や知恵や慈しみのようなもの
全般を示しているのだと思います。


名声と言うと私達の社会では地位や名誉のような
捉え方をしてしまいますが


おそらくはここでは”信頼”のような意味で
使用されているのではないでしょうか。


他人を利用するのではなくて
他人に対して奉仕をすることで他人との間に
信頼関係や交友関係を結ぶ事。


そんな話へと繋がって来るのだと思います。

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ことばと心を正しくするようにこころがけ、身に悪事をなさないで、
もしも飲食豊かな富んだ家に住んでいるならば、


信あり、柔和で、よく分かち与え、温かい心でいるならば、
これらの四つの事柄に安住している人は、来世を恐れる要がない

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この辺が釈迦が述べ伝えた道徳の実践の中での
最たるものでは無いでしょうか。


内容は説明するまでも無いと思います。


ただ、ここで”富んだ家”と語っているのは
文字通りの家ではないと思います。


その後に”四つの事柄に【安住している】”という表現もありますし


富んだ家に住んでいると言うのは
間違っても裕福な家に住んでいると言う意味ではなくて


例えば
「豊かな心を持った肉体のフォームに魂を置いているならば。」


のような内容を家に例えて表現したものだと思います。


ここで釈迦は”来世を恐れる必要はない”と語っています。


釈迦は輪廻転生を前提に
このような話をしていたのだと言うことになると思います。
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苛酷なることなく、貪欲なることなく、
動揺して煩悩に悩まされることなく、
万物に対して平等である

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ここでの心のあり方も
そのまま創造主の法に繋がるものです。


心の動きに何かと誘導されることや、
心の動きに従うことでの極端な状況を良しとせず、

その上で万物に対しての平等を語っています。


先述の”分かち合う”、”交友を結ぶ”という言葉とともに
”調和”や”平和”にもつながる意識です。


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自分を楽しませ、喜ばせ、父母~妻子~友人~楽しませ、喜ばせ~

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これは”楽しませ喜ばせ”を”愛せ”に変えると
イエスの言っていた万物への愛に繋がるものです。


楽しませる喜ばせると言う意識は、
いうまでも無く”奉仕の心”だと理解できます。


つまりこの一節は奉仕の意識の重要性を語っていると
認識することもできます。

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愚劣な人が富みを得ると、自ら用いることなく、他人にも与えない。


健き人・智慧のある人は、富を得たならば、
自ら用い、またなすべきことをなす―
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イエスが富を独占するのではなくて
持っているもが持たないものに分け与えろといった意識と
繋がるものです。


所有の概念にイエスは否定的でしたし
先の引用からも釈迦も同様の意識であった事が理解できるはずです。


富を得たならばそれを自分のためだけに利用するのではなくて
知恵ある人間、創造主の意志に従う人間は
それを奉仕のために利用しなさい。


そのように勧めていたのだと想像できます。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

究極の理想に通じた人が、この平安の境地に達して
一切の生きとし生けるものは、幸福であれ、安穏であれ、安楽であれ―

 
母が己が独り子を命を賭けても護るように、
そのように一切の生きとし生けるものどもに対しても、
無量の慈しみのこころを起こすべし~


この世では、この状態を崇高な境地と呼ぶ―
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ここで”崇高な境地”と呼んでいる状態こそが
仏教徒が”無我の境地”と呼んでいるものだとすれば


それは究極の理想としての、これら道徳の実践の元に
存在していると言うことにもなります。


そしてその時私達の有している意識は”慈しみ”の心。


それは創造主の意識そのものに通じます。


イエスはそれを”隣人への愛”として表現していました。


自分を愛するように隣人を愛せと言う言葉の真意は
万物に対しての慈愛の意識を持つ事

つまりは創造主の意志の実践だと私は説明しました。


釈迦はここでそれと同じ事を語っているのではないでしょうか。


ここで釈迦が”崇高な境地”と呼んでいる状態は
”万物に対しての慈しみを持った状態”であるということは
内容からも認識できます。


やはりそれは創造主の意志に他なりません。

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一切の生きとし生ける者をあわれむ修行完成者・ブッダに、
罪過は存在しない。


かれに過失(道から外れること)は存在しない―
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ここで釈迦は究極の理想を実現した存在として
修行完成者という意味で”ブッタ”と語っています。


これに相当する人間は勿論この世には存在していませんし
ブラザーズの社会にも存在してはいません。


存在しているとすればそれは創造主ですが
ここではそれを指しているとも思えません。


釈迦が自ら目指している究極の状態として
一切の過失(過ち)を犯すことの無い存在としての理想としてブッタを語ったか、


もしくは過失=”道から外れること”とありますので、
道徳レベルでの完成者として”ブッタ”という目的を設定し
人はそうあるべきだと皆に説いたかの何れかだと想像できます。


後者であれば勿論、お釈迦様は”ブッタ”に間違いありません。


そしてイエスキリストも”ブッタ”です。


仏や仏の教えの原点がここから見えてくるはずです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
信仰心あり、学び修めた賢明な人は、食物を用意して、
食乞う人々を飲食物をもって満足せしめよ~


貧窮なる人々、旅行く人々、宿無き人々、
乞う人々に施しとして与えよ―

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

旅人をもてなせと
イエスキリストも言っていました。


ここでの例えからも判るのは、


例え相手が社会的権威の無い人間であっても、
その時だけ一時的に関わる人間であっても、


身近な人間や権力者と言われる人間に接するときと同様の
奉仕の心を持って接しろと言うのが
お釈迦様の意識だと言うことです。


持っていない物には分かち、請うものには与え、
人々に対しての施しをすることが


学び修めた”ブッタ”としての
賢明な人間のあるべき姿だと言っているのではないでしょうか。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
  

この世でもの惜しみし、吝嗇(ケチ)で、乞う者を罵り退ぞけ、
他人が与えようとするのを妨げる人々、


かれらは、地獄、畜生の胎内、閻魔の世界に生まれる―
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

一方では悪しき心のあり方、悪しき人間の例として、


他人への施しや奉仕を拒絶し、

その上に他人が人に与えることをも妨げる人間を例にして


そんな人間達は地獄、畜生の体内、閻魔の世界といった
忌まわしいとされている場所に生まれ変わると脅かしています。


天国と地獄はブラザーズにとっては、
人々に創造主の法への深い理解を求めるための手段でした。


人々が恐れている概念をこのように取り上げることで
勧善を勧めたものであると理解すれば良いのではないでしょうか。


そして”畜生の胎内”に生まれると言った例えが、
そのまま人間が動物や他の生物に生まれ変わるという
誤解をも生み出したのだと想像する事もできます。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

悪い行いをした人々は地獄におもむき、
善いことをした人々は善いところ(=天)に生まれるであろう。


しかし他の人々はこの世で道を修して、
汚れを去り、安らぎに入るであろう―

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
直に解釈すると悪人は地獄へ行き、善人は天国に行き、


その他の人間は汚れを取り除いた状態で
それらとは別の状況に置かれるのだと説明しています。


私達の理解を前提に解釈すれば


悪しきと言うのは創造主の意志からかけ離れている状態ですし
良いと言うのは創造主の意志にあっている状態です。


つまり行いの悪い人間達はいずれ地獄へと落ちていく。。。


私達風に解釈すれば何れ魂の消滅を迎える。


良いことをした人間は天に見える別の惑星に
記憶を持って生まれかわる。


そして残りの人間達はその生での心の汚れを
肉体の消滅と共にいったんリセットされて、
記憶もろとも消し去った状態になるわけで


その状態で新しい生をやり直すことになる事を
私達は認識しています(カルマは残りますが)。


【安らぎに入るであろう―】とありますが
私達が天国と呼んでいるところにいくのは善い行いをした人間、


恐らくはブッタを目指し道徳的に賢明に生きた人間なのですから


【安らぎに入るであろう―】と言われた場所は
天国ではありません。


転生の法則を天国と地獄
そして悪人と善人と言う分類で説明すると
このような説明になったと言うことで


生を終えた後に魂の消滅を迎えることなく、
且つ記憶を持っての転生を迎える事の無い人間は


それらとは別の道に進むのだと言う例えであると
認識すればよいと思います。


釈迦が語っているのは
転生の法則そのものであっただろうと
私達は想像できる筈です。


その指し示した進むべき道と、
そのためにあるべき私達の意識や必要とする生き方に関して


お釈迦様の教えとイエスキリストの教えは
何の違いも無いのだと思います。


後にブッタと言われる状態になることが
道徳の実践以上に重視され、


ブッタが道徳の実践の延長に存在していると言う
その実態を忘れ去られ、


修行や瞑想や座禅で自らの肉体に厳しい修行を課す事でこそ
ブッタと言われる状態や悟りや覚醒が齎されるのだと
意識される事となったために、


キリスト教徒が”救い”と”天国”を求めたのと対照的に

仏教徒は”悟り”や”覚醒”を求める事となったのだと想像しています。


しかし両者は同じ事を語っていたのです。


宗教の悲劇は、他の宗教との小さな価値観の違いを強調しては
それについて討論し争ってばかりいる事だと思います。


唯一神の意志を、誰もが自分の心の価値観に照らして
心地良くなる様に解釈してもいると思います。


しかし多くの場合、
真理は宗教の共通項こそに存在していているのだと思います。


ただ、その教えを与えた聖人の背景には、
特有の時代や文明や文化や生活慣習がありますし


そのそれぞれの置かれた環境の中で
異なる人間達に効果的に理解させるために
慣習や生活様式にも気を配り、


それをも盛り込んで日常生活の指針と併せて提示される事になるので
その結果与えるべき知識や説明も異なる手法がとられることになります。


聖人の教えに関する枝葉部分に関しては、
聖人が生まれ育ち、教えを語ることになった場所での
それぞれ異なった習慣や慣習が、


人間の作り上げた戒律として聖人の死後に成長するに至った。


しかしその教えの大元は、人としてあるべき姿を指し示し
意識の改善を求めたものであると捉えれば
全ての宗教は同じ場所へと集約されるはずです。


私達は思想や宗教の相違点に目を向けるのではなくて
共通点こそを追求すべきだと言うことです。


多くの場合そこにこそ真理が存在しているからです。


そしてそれこそが創造主の法であり
宇宙の法則だと言うことです。


このように私は解釈しましたが説得力はありますでしょうか。


多くの方の理解が得られれば幸いです。



【貴方に無限なる力の祝福がありますように】




http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11009631713.html
宇宙の法則
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11014121674.html
宇宙の法則VOL2
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11010770220.html
宇宙の法則VOL3
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11018677686.html
宇宙の法則VOL4
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11019751277.html
宇宙の法則VOL5
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11020622328.html
宇宙の法則VOL6
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11021051601.html
宇宙の法則VOL7
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11023679833.html
宇宙の法則 VOL8
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11040691515.html
宇宙の法則 番外編 私達の進化
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11023680441.html
宇宙の法則 VOL9
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11025364625.html
宇宙の法則 VOL10
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11027180903.html
宇宙の法則 VOL11
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11083897948.html
宇宙の法則 番外編 その2
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11029560737.html
宇宙の法則 VOL12
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11269525578.html
続・宇宙の法則
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11106785529.html
イエスの転生
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11108616691.html
宇宙の法則 番外編 イエスの言葉 前編
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11108619928.html
宇宙の法則 番外編 イエスの言葉 後編


コメント


昨日、この記事で創価学会の事を批判すると
今日は朝からパソコン部屋に
危険な周波数帯洗脳を強化する状態が作り上げられています。


要するに余計なことは書かれたくないわけで
その度に私に記事を書く事
更には被害を書く事を妨害してくる連中がいます。


近所では高橋という創価学会婦人部の婆さん
ほしなという家、柳川という家などです。


室内に仲間を引き込んでは
私への脳への攻撃を強化してきます。


本部からストップがかからないのでしょうし
創価学会本部が私を知らないはずもありません。


なぜにこの連中を止めないのか?


そのことだけは繰り返し主張しておきます。


創価学会は仏教であるということなので
本当は仏教聖典を宇宙の法則で説明したやろうかと思うのですが
残念ながら今の私にはその余力がないのです。


ただ解っている事は有名な仏教用語は
そのまま宇宙の法則を説明しているという事。


彼らの教えが仏教ではありえないことを
示してやりたい、そんな意識にもなります。


仏教は恐らくは金星のマスターが
インドに転生した時に
当時のバラモン教に対して正しい導きをするために
もたらした教えであると想像しています。


2015年4月15日AM11:34

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周辺の住宅に集う創価学会の人間達に
脳機能が正常でいることを妨害され続けています。


この人間達は直接的間接的に
私の記事の作成を妨害し、そして健全に生きることをも妨害しています。


肉体的にも身体は必要以上に衰え
今では老人のような肉体と脳機能に
変貌されている気分です。


例えば歯はかみ合わせも出来ないくらいに
衰えつつありますしその原因は電磁波のために
カルシウム阻害をされていることとも無関係ではありません。


今日は飲食するたびに胃腸が少しでも動くと
排泄を試みたのですが、


その度に排泄は半ば妨害された状態で
栄養だけを小便という形で無理やり排泄され
栄養不足を強要されている気分です。


そしてこれを当たり前のように実行している
創価学会信者たちがいるようです。



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VOL3の続きでもあります。



日本社会に対してコンタクトを仕掛けた天使達への
サイレンスグループの情報操作はこれだけに留まりませんでした。


私の想像では西暦2000年を迎えるその頃に
天使達はこの社会に飛来しては何かを実行しようと
していた気配があります。


何故にそれが日本だったのか?


その理由の一つはこの社会の人間こそが
ヘブライの失われた10支族の末裔であり
天使達にとって縁の深い、聖書の民であったこと。


(真の古代日本史は643年頃に火災で損失しています)


更にはこの社会には真の軍隊がなかったこと、
そして日本は経済発展を遂げ
世界でも有数の力を持つようになる事を彼らが予測していたから。


そして日本の社会の人間が
世界の先進国の中では一番戦闘的では無かった事が
その理由だと思っています。


それゆえにこの日本社会にも
多くの天使達が転生していたはずです。


(その多くが創価学会の様な心無い人間達の
手にかかってこの世を去ったことでしょうが)


この社会の意識を改革するキッカケになるためです。


そしてこの地球社会に転生してきた人間達は
天使達の存在をこの社会で正しく広め


彼らがやってくる下地を作る事を目的と
していたのだと想像しています。


勿論、彼らが宇宙船に乗ってきて地球社会を飛び回り
地球の人間が彼らを無視できないような状況を作り上げる。


着陸しては一般市民に交流を求めるという
手段を取れるようにです。


戦闘的な人間の社会に降り立てば
そこで暴動でも起こされてなぶり殺しに逢う事もあるかもしれませんし
人々がパニックを引き起こす事もありえます。


しかし世界で一番道徳的な日本社会において
人々はそんな行動を取る事も無いでしょうし


彼らはこの日本社会に最後の望みをかけて
コンタクトを実現する予定があったのだと予想しています。


アダムスキーも著書の中で
「この世紀の終わりに天使達が地球社会に堂々と姿を現す
そんな機会が有り得る」と著書で触れていました。


この日本が島国であった事は幸いでしたが
米軍基地が作られていた事が彼らにとっての
誤算でもあったのだと思います。


もしかしたら国家単位で天使達に訪問を受け、
その存在を知らせるように
働きかけられた国もあるのかもしれませんが


恐らくは彼らはその天使達の申し出を
拒否したのだと思います。


彼らは西暦になってから2000年目になるその年の前後に
この社会に宇宙時代を齎そうとしていたはずです。


西暦2000年というのは
聖書でイエスキリストが生まれた時から数えて
2000年目の節目であると、地球ではされてる年だからです。


(天使たちに言わせれば正しくは今は西暦2044年のはずで
歴史の中で年数が間違えて計測されそれが続いているということのようです)


2000年という区切りそして26000年という区切りが
宇宙には何らかの法則として働いているようです。


そのタイミングでこの社会に飛来しては
地球社会を一気に改善してしまおうというのが
恐らくは天使達の地球社会への最後の働きかけと
なる予定だったのではないでしょうか。


しかし闇政府の人間達はそんな情報をどこからか手に入れては
この日本社会に偽の宇宙人情報としてグレイの存在を植え付けたのです。


そしてオカルト好きな一般市民には
更なる偽情報を投げかけました。


1973年、日本ではノストラダムスの大予言が
五島勉という人間の著書として発刊され


マスコミもそれをこぞって取り上げては
1999年の七の月恐怖の大王がやってくる


それは地球社会に破滅を誘導するかも知れない

というイメージを私達の社会に齎す事になります。


私は実はこちらも片っ端から書籍を読みあさり
それに深く興味を持ってもいました。


1999年7か月、 空から恐怖の大王 が来るだろう、 アンゴルモアの大王を蘇らせ、
マルスの前後に首尾よく支配するために 。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E5%B3%B6%E5%8B%89


これに不安と恐怖を感じた人間も少なくはなかったかと思います。


もしも2000年の前後に天使達が宇宙船に乗って
この日本社会にやってきたとしたら
一体私達はその宇宙船をどんな目で見つめる事になったでしょうか?


グレイという存在こそがUFOの主人だと信じこまされて
その上に1999年に恐怖の大王がやってくる
それが破滅の使者である。


そんなイメージを持った私達の前に
天使達が現れる事はできません。


日本に対してそして世界に対して
天使達の存在を隠ぺいしたい人間達は
こんな手段をとっていたのです。


更に架空のもう一つのエイリアンの話がこれを
後押しします。


先述の架空のエイリアングレイの話には
更なる続きがあるのです。


それは、地球社会を昔支配していた存在である宇宙人が
この社会に舞い戻る事になり


その存在とグレイとの地球社会における
覇権争いが始まっているという内容です。


「その宇宙人達はドラコニアン種族と呼ばれ
爬虫類が進化したものでレプトイドど呼ばれている。」


その宇宙船が1999年頃をめどに地球に到着するという内容の情報が
宇宙人のリーク情報を出していた人物に語られ
UFO関係の著書で紹介されていました。


その後2000年に何事も無くすぎると
その話題は2012年のアセンション話と合わせるように


2012年に地球社会で二つのエイリアンが
地球社会の覇権をかけて争うという話につながっていったのです。

http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-10883299476.html


つまりは作られた偽情報が、西暦2000年前後に地球社会に
天空から降りてくる存在に恐怖をもたらす事に利用され様としていたわけです。


私は偶然、予言も宇宙人情報も知っていましたが
その意味するところまでは当時は気が付く事もできませんでした。


その両者の共通点は天空から降り立つであろう
天使達の宇宙船そしてその存在を


恐怖の存在であり、私達にとっての危険な存在であると
信じ込ませる物でもあったわけです。


まずこのレプタリアンの話を世界で広報している人間は
デービットアイクと言う名の陰謀論を語っている人間です。


彼の発言の半分は信ぴょう性が高い内容で
この社会の実態を暴いているその姿に私もすっかり騙されて、

しかも太田龍さんがこの人間に影響を受けていたこともあり


元々レプトイドの知識を持っていた私は
一時はレプタリアンまで信じ込むハメになったものです。


しかしレプタリアンのプロフィールを知れば知るほど
その存在がどうやら天使たちの存在を隠し、


一方では天使達とレプタリアンをダブらせて認識させようという
そんな意図まで見えてきました。


例えばレプタリアンの元となった映画があります。


Vービジターズ 


最近は日本でも再び出回るようなった様なので
興味のある方は見ていただければと思います。


この中では爬虫類の進化した知的生命体としての
エイリアンが出てきます。


このエイリアン当初は人の姿をしていて
地球社会には宇宙船の修理と水の供給のために
やってきたと語り、友好的な姿を見せます。


しかしその実態は肉食であり一皮むくと
そこからは爬虫類の醜いウロコがむきだしているという
そんな演出でした。


人間の姿をして見せていたが実際は爬虫類の進化した存在で
人間社会に食料調達と侵略のためにやってきたのが事実で
その後化けの皮をはいだ研究者との争いが始まるわけです。


つまりそんな人間達が1999年頃そして2012年頃に
この地球社会にやってくると言われれば
そして私達がそれを信じ込めば


UFOから天使達が降り立ったとしても
それに友好を感じるどころか


テレパシーも使えない私達は彼らを
レプタリアンのような恐ろしい存在であると
認識してしまう事にもなるわけです。


更にレプタリアンは
大昔から地球社会の地下に基地を設けては
人間を見張っていたなどという話まで付け加えられています。


地球社会の地下に地下基地を儲け
そこで地球の人間を見守っていたのは天使たちです。


有名なのはシャンバラと言われている
チベット付近に存在していたと言われる地下社会で


チベットの人間達はその影響を強く受けているからこそ
生まれ代わりを信じ、精神向上の生き方を実践していると思います。


更にはレプタリアンが月に基地を持っているなどという
そんなデマまでもが流されていました。


月の裏側に基地を持っているのはエイリアンではなくて
天使達の中のボランティアグループ
スペーズブラザーズです。


ここでも天使達は化物の存在に
その実態を隠蔽される事になるわけです。

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1960年代に地球社会でアメリカや
欧州中心にコンタクトをした天使達でしたが
残念ながら彼らは天使達を受け入れてはくれませんでした。


そして1970年代になり日本にも頻繁に現れるようになり、
私達の社会もおくらばせながら
宇宙人を意識する事になりました。


ただ、残念なのは私達が一番最初に受けた
宇宙人のイメージがおどろおどろしいもので


TV番組での取り上げ方が効果音含めて
恐怖と不安を感じさせるものであったこと。


そしてノストラダムスの大予言の存在
更にはレプタリアンとの闘争という偽情報。


これらが天使達の実行しようとしていた
計画を全て台無しにしてしまったのです。


政府機関が彼らを隠蔽するのなら
一般市民の前に直接姿を見せてその実態を知らしめれば良い。


恐らくはそんな意図だってあったでしょうし
それが実行できてさえいれば
この社会の常識を根底からひっくり返し


日本からでも真理と宇宙の法則
更には天使達の実態を広報する事も可能だったかもしれない。


そう考えると残念ですし
私や一緒に転生してきた兄弟姉妹の役目も
恐らくはこれを助ける事だったと思えば


役目をしっかりと果たしきれなかったことが
無念でもあります。


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私にとっての不運は生まれてから約52年間
創価学会の人間達に付きまとわれ続けた事


そしてそのためいつまで経っても
自分の本当の役目に気が付くことができず


ただの一市民として彼らの手による
被害を騒ぎ立てる存在になってもいました。


日本にとっての不運は
ノストラダムスの大予言という偽の情報を


創価関係者と思しき五島勉によって発刊され
それが日本社会で蔓延してしまった事です。


ノストラダムスの大予言の恩恵なのか
創価学会は地道に力をまして行きましたし


私の想像では1999年頃から総体革命は
一気に勢力を増すこととなったはずです。


一方私は一時は暴走させられ
時には社会の中で只管甚振られ
その上に社会から弾き飛ばされてもしまいました。


天使たちもこの社会に姿を現すどころか
すっかり日本社会、地球社会とのコンタクトを
諦めてしまったようでもあります。


私は社会の中から弾きとんだ後に
漸く内面を見つめる機会が出来ましたが、


この人間達に暴走させられなければ
創価学会のような心無い人間達がこの社会の中で力を持つ前に
真理を広報する事もできたかもしれない。


そうすれば今よりは多くの心ある人間が
創価学会の総体革命に巻き込まれる事になる前に真理へと覚醒し、


彼らのような危険な存在を社会に糾弾し
警告し続ける事も出来たかもしれません。


私は今意図的に創価学会を強く叩いています。


その理由の一つはこの人間達こそが
私に対して周波数帯洗脳や劇場型洗脳で
私の意識の変貌を繰り返していたから、


そして何よりも私が”創価学会”という言葉を
使用しないようになっていたのも


彼らの洗脳マインドコントロールの影響であった事に
今では気がついたからです。


私は気が付くと只管民族ばかりを叩いていました。


勿論それは間違いではありません。


しかしその中心でネットワークを広げていたのは
間違いなく創価学会だったはずです。


そしてこの人間達の私に対する介入が
私の本来すべき役目を妨害し続けた


しかも私に強力な洗脳を繰り返しては
反省する事なく私が真理を語る事さえ妨害し続けている。


この事だけは許せないのです。


イエスキリストは相手が謝ってきたら
何度でも許してやれと語っては
寛容の大切さをしましていました。


しかし反省し心を入れ替える意識のない人間の場合は
許す事だってできません。


今ではこの人間達のやり口に便乗しては
多くの在日までもが暴走しているようです。


こうなれば日本の中で改善を図るためにも
その渦中にある組織を叩く事こそが
私にとって出来るこの社会に対しての奉仕ではないかと思います。


この人間達が話してわかるような存在ではないという事、
恐らくは日本の中の彼らの実態を知っている人間であれば
判っていただけるかと思います。


以前の私は人間誰でも話し合えばわかる。


人間同士は理解しあう事ができると信じていたのですが
全く認識不足でした。


それは日本の一般の人間との関係であり
全く異なった意識を持った人間達で占められたこの組織


更には洗脳やマインドコントロールで
その会員までもが汚染されているこの人間達と
語って理解し合えるとは今の私は思えません。


創価学会の組織は上層部や更に上からの命令で
私を幼少時期、もっと言えば生まれた時から狙っていた
のだと想像しています。


恐らくは彼らの凶行にとって将来的に
邪魔な存在となる人間としてマークされていたからです。


そして時にはエゴの強化や脳への刺激等
洗脳効果で私の脳の覚醒をも妨害し続けていたはずです。


私が松果体付近への刺激をはっきり自覚し出しのは
28歳の頃。


彼らの日本へのハイテクによる関与は
おそらく1960には始まっていたはずです。


私は自分の愚かさを暴露していますし
実態を知らない方にはオカルト話でしかないかもしれませんが


闇政府の支配に従い、その恩恵を受けること、
これが創価学会の役割の一つだったと思いますし


そして今とうとう彼らの目標通りの世界が
この社会に誕生しつつあるのだと思います。


彼らにとって暮らしやすい社会が一般市民にとって
異常な社会であることを理解すれば


それを少しでも改善する事が
今私のような人間にとってできる数少ない事ですし


そのためにも日本社会の実態を暴き
彼らの凶行をこれ以上続けさせないためにも
少しでも貢献する事を私の最後の使命とします。


彼らは間違った価値観を生まれてきた子供にまで植え付けては
それを次世代へと繋いでいるのです。


戦う事で敵を倒すと自分達は善になれるという
とんでもない教えを持ちながら
今でもこの社会に悪しき想念をたれながし続け


その上に他人にまで洗脳行為や嫌がらせを持って
悪しき想念を吐き出すように仕向ける人間たち。


その行為が日本社会を暗く荒んだ空間に作り替えている。


その想念がこの日本中に蔓延しては
この社会を更に戦いや憎しみの場と変えている。


その事を何よりも皆には理解して頂きたいと思います。


これを正さなければこの社会は変わることはできない。


ハイテクという科学力を持って
一般市民に圧力をかけ続けているこの人間達と
その組織をしっかりと監視していきましょう。

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ちなみに今の日本人の中で
創価学会や心無い在日関係者の餌食となっている日本人は
その多くが血統で区別された人間の可能性もあります。


つまりは古代の日本人が中東から移動して来た時に
多く受け継いでいたD型血統と言われる血を持っている人間達です。


弥生時代ころにはO型血統の人間が
多く日本列島に入り込んできていますが、


それと同じ血統を持つのが朝鮮半島や中国や
東南アジアの多くの人間達。


D型血統は遺伝子調査によれば
かなり古い分類の祖先を持つ人間達であり

その多くはヘブライの血を引いた人間であると思います。


これを狙って彼らを利用して淘汰させているのは
恐らくは偽ユダヤ人ことWASP(ホワイトアングロサクソン)だと思います。


http://blog.goo.ne.jp/morobosiataru04131222/e/d2b5cb4eacc25828e3a1ae0050e43020
日ユ同祖論は真実か
http://blog.goo.ne.jp/morobosiataru04131222/e/7957cf6a020a41651b5d1b502447750a
日本人の原点
http://blog.goo.ne.jp/morobosiataru04131222/e/d4210fc012d74e97465c8b62be9f5128
日本人の血・旧約聖書の民
http://blog.goo.ne.jp/morobosiataru04131222/e/d63be19b33c64eb8afb5aac68179b697
日本人の血・旧約聖書の民 探求者アイデルバーグ
http://blog.goo.ne.jp/morobosiataru04131222/e/4038fc14187d3028f5aefe3d09604ac2
日本人の血・旧約聖書の民 800年の壁
http://blog.goo.ne.jp/morobosiataru04131222/e/74fe0560860bb2a02a921c62ac51a71a
新コーヒーブレイクVOL2 神と悪魔のチェスゲーム

http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11295636410.html
日本人の血・旧約聖書の民 バイブルランド日本

http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-10596704147.html
遺伝子は語る VOL1
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-10596757564.html
遺伝子は語る VOL2
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-10597935561.html
遺伝子は語る VOL3



近所の創価学会婦人部の高橋という婆さんとその関係者
更には下の部屋に入り込んだ創価学会の中の同和部落の人間が
私を殺したくて仕方がないようです。


私をマインドコントロールしては
室内で創価学会を批判的に語らせます。


その目的は仲間集めの様です。


なんと言っても組織の事を批判されると
異常なぐらい反応しては怒り狂う人間達が
大勢いるようですし、人材には事欠かないわけです。


やはり真理とは無縁の人間達のようで、
創価学会の内部で脳まで洗脳された人間だと思います。


危険なのは題目とかいうものを延々と唱える行為。


これは一種のマインドコントロールに使えます。


組織の中でも恐らくは麻薬を密かに使用しては
構成員を無自覚で高揚させたり
洗脳強化にも利用していると想像しています。


同じ同和部落の人間でも私を守ってくれている人間達とは
かけ離れた意識となっているのも


創価学会などに入ってはそこで誤った価値観を
脳にしっかりと植え込んでしまった所為だと思います。


人間をこのように廃人やロボットのごとく変貌し
一方では財務のような名目で多くのお布施を奪い
それをさらなる組織運営に使用する。


そんなお金と使用しては今度はハイテク機器を大量に仕込んでは
敵対者の洗脳や監視管理に使用する。


今では脳へ興味を持っているようですが
自分達の脳みそを改善するために利用したほうが
良いのではないでしょうか。

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千九百数十年前の今日
ユダヤの過ぎ越しの祭りの前夜にイエスキリストと呼ばれた人間が
ゴルゴダの丘で貼り付けになり死んだとされています。


自らが死を迎える事を知ってもイエスは逃げませんでした。


それはこの社会に対するささやかな抵抗でもあったのでしょうし
人間の作った律法は正しく人間を裁いているわけではないという
その実態を身を持って示したかった事もあると思います。


更には真理のためには自分は権力や圧力にも屈しないその姿を
後継者達に示すという目的もあったのだと思います。


そしてその後にイエスの弟子と天使達の手により
イエスの生き方と語った真理は文章として残され


その後はキリストの教え、更にはキリスト教として
後の世界へと伝わることになりました。


しかし残念だったのは、その真意が伝われなかったこと
そして多くの改ざんや誤った解釈が為され
イエスキリストは神様として奉られてしまいました。


当のイエスは恐らくはその事を喜んではいないはずです。


いくらイエスキリストを神と崇めてもそしてその言葉を覚え語っても
私達はイエスの教えを実行しなければ


天国=記憶を持った転生を果たせる他の惑星
へと転生していくことはできないからです。


世界中にクリスチャンも大勢いますが
それでも天国へと進める人間は恐らくは極わずか。


その事を考えれば天使とイエスキリストの教えは
私達の社会の中では正しく理解されていない事にもなります。


ただ、唯一、心のあり方の大切さ、


本音と建前が交差するこの社会のなかにおいて
一番大切なのは私達の良い想いであり


他人や万物への慈愛の意識であるという事を
彼らは私達に伝えてくれました。


しかし今の私達の価値観は宇宙の法則から余りにも
かけ離れています。


そしてイエスの言葉も知識として持っていても
実際には実行されていないこともわかるはずです。


今の私達の常識では真理を唱える人間がいても
それを理解することも難しいかもしれません。


しかし天使達が望むこの地球社会の平和を実践したければ、
私達は新しい精神指導者としてあらわれる
宇宙の法則を語る人間を信じ


その言葉によって導かれることも必要です。
(ユダヤ人から出現するはずです)


私や兄弟姉妹には指針は不要だと思いますが
世界中には進むべき道を求めている人間

もしくは誤った道へと進んで迷子になっている人間が大勢いるのです。


そんな人間達が、真理を語る新しいキリスト
へと導かれることを私や兄弟姉妹は期待しましょう。


この社会は分岐点にあります。


破滅なのかそれとも平和なのかというものです。


地球に天使達から与えられる最後のキリストの導きを多くの人間が受けて

この社会に真の平和が訪れること私達は応援していきましょう。

キリストという言葉は救世主と表現されていますが

正しくは真理もしくは真理を語るものと理解ください。

イエスもお釈迦様も孔子もマホメットもみなキリストです。



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本題です


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心を使用して見るような場合、
私達は視覚神経に頼っていると思います。


そして視覚神経で見ることのできるものは現象に限られてもいます。


もっと言えば、その物体としての三次元的な表現でありしかも
表面的な姿にすぎません。


しかしあらゆる原子は周波数と波動を持っていて
それを魂で認識すれば上辺の姿だけではなくて


その表からは見えない内部まで、
更にはその中に宿る生命的なエネルギーをも確認することが可能なのです。


だからこそ天使達は私達に
目に見えるものと目に見えないものを同時に認識しなさいと
語っていたのです。


私は以前に透視能力はテレパシーであると説明しました。


例えばトランプは見た目にはカードですし
平面的であり、目をつぶって確認できるのは


触覚で手で触れた時のカードの状態と
嗅覚でそのカードの匂いを嗅ぐことくらいです。


しかし実はあらゆる元素が特定の周波数帯と
波動を出しているわけですから


トランプの色とその模様も
同様に特定の波動と周波数帯を発していることになります。


それを魂が受け止めて認識し脳で再現する
そうすればカードを直接見なくても
その模様がわかるということです。


つまりはこれもテレパシーなのです。


説明すれば物質の表面の映像、すなわち私たちが
存在とか現象と呼んでいるもので視覚で確認できるものこそが
三次元的な要素であり、


波動や周波数帯、エネルギーとして感じることになる
内部の目に見えない空間や、更にはその物質から
放射されている周波数帯や波動は
四次元的な存在と認識することにもなります。


私達人間はこの両方を誰もが持っていますし、
この地球社会のありとあらゆる存在は
鉱石に至るまでそれを持っているのです。


だからこそ私達は視覚だけに頼ってはいけないわけで
視覚では認識できない生命力としての波動や周波数帯、
エネルギーなどを同時に認識することで


あらゆる現象を生かしているその大元のエネルギーをも
同時に認識する事が必要なわけです。


アダムスキーは私達人間を「人生の半分しか生きていない」と言いましたし
イエスキリストは「人間は死人である」と語ったのは
まさにここにあります。


視覚を持って現象を認識していますが、
本来すべき、意識を持って生命力を見つめるという作業を
怠っているからです。


そして本来私達が持っている能力を使用できておらず
その使用の仕方も理解してはいなかったからです。


三次元的側面だけを認識したのでは
私達は現象を持って全てを理解したつもりになってしまいます。


その現象を引き起こした原因をも究明しようとすれば
目に見えないものを同時に意識する事が重要であるということ。


生命体であればその生命力であり
見えない内部の機能ですし、


現象であれば、それをもたらした原因を意識することが
私達の本来あるべき思考だと言えるわけです。


つまり、魂と心を合わせた状態で何事をも認識することこそが
私達に求められていることでありますが、


創造主は意図的に
私達が誰でもすぐにそれに気がついて実行できる環境には
置かなかった様です。


私達が自らその事に気がついてそれを実行し
そこから真理を学び自らの意志で進化へと進む事こそを
神は期待していた。


そしてその意味でも地球社会のような未発達の精神性を維持している
人間社会においては、それを誰にでも期待できるわけがなく


新たに生まれてきた生命含めて、
その中の一部でも神の摂理に従って生きていく事を選択してくれる


そんな資質にたどり着いた魂こそがこの宇宙空間で
永遠を生きていく事になる、それを期待したという事のようです。


私達がこの社会を天国にする事ができたならば、
その社会の中で生まれ暮らしている殆どの魂を
おそらくは記憶を持った転生へと導いていく事ができるでしょう。


しかし実態はその逆で、記憶を持った転生を果たすには
かなり厳しい社会を私達は作り上げてしまいました。


神の法則の元、滅んで行ったムー大陸やアトランティス大陸の人間達同様に
この社会も滅びの道を進むのか


それとも真理へと立ち返り
この社会を神の摂理で満ちた世界に変えるのか、


今暮らしている私達の想いと意志とが
それを決めることになる。


そして私達はこの地球社会の未来を担っているという
そんな自覚を持って生きなければならない。


私の兄弟姉妹はその事だけは理解して欲しいと思います。


【貴方に無限なる力の祝福がありますように】

明日、4月13日はユダヤ教のお祭り

過ぎ越しの祭りの前夜にあたります。(2000年前の話ですが)


そしてイエスキリストの十字架に貼り付けられた

命日でもあります。


もしかしたら今日この日に

イスラエルの地でイエスキリストのゆかりのある人間が

覚醒し新たな救世主として啓示を受けているかもしれません。



私にとっては52回目の誕生日。


自称イエスの使徒改め、元イエスの使徒である私も

天使達の最後の切り札がこの社会を改善して

天国へと変貌してくれることを期待したいです。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



アダムスキーが意識に関してそれを拡張することが
私達にとって良い訓練にもなると語っていました。


まずこの場合の意識なるものを簡単に説明したいと思います。


例えば私達には感覚器官があります。


視覚・聴覚・味覚・嗅覚はそれぞれ目・耳・鼻・口として
感覚器官を備えていますが、それらは必ずしも
いつも機能してくれるわけではありません。


目を開いていてもそれを使用して見ているのが私達の意識です。


鼻が備わっていてもそれを強く意識しようとする事で
嗅覚を鋭敏にすることを私達は無自覚に実行しています。


その事を顕著に示すのは、例えば何かに落胆して
呆けているような状態の時には私達は目を開けていても
そこに何も写らないという体験をするかと思います。


この時は私達は視覚を持ちながらそれを意識していないために
強く視覚を利用することができていないわけです。


同様に何かに気を取られ集中しているような時に
例えばTVゲームに集中していて
家族が帰宅したことに気がつかない。


そんな事もあるはずです。


その時に意識がTVゲームへと集中し
その他にはむいてない証拠なのです。


つまり意識が向くからこそ私達は
感覚器官をもうまく利用できる事になりますし


それを今度は心の機能ではなくて
魂へと向ける練習をすることで
私達はそれを感じることもできるようになるわけです。


この意識の拡張は私達でも意図的に練習する事が出来ると思います。


例えば私は頻繁に自分の身体の中を意識していました。


通常はなんも意識することなく
空腹や身体の痛みなどしか気にする事もないでしょうが


私は飲食物がどこまで落ちていっているとか
自分はいま脳のどの辺を意識しているといった感覚を
頻繁に自覚しながら意識しています。


これは私達人間が自らの身体を事細かく
感じるという方法ですが、
これにしても見えないものを見ようとする、感じようとする行為です。


更には特定の箇所を意識するという行為でもあります。


私達も無自覚でそれを実行していることがあります。


隣の部屋で物音がしたという時に
そちらに意識を向けて聴覚を集中することがあるはずです。


近くで人が会話している時に聞き取りにくいと
そこに意識を向けて聞こうとします。


これも私達が意識を使用している良い例です。


以前私が時々やっていたのはイメージの中での外出です。


自分が布団の中で寝ているに関わらず、
自分の意識をどんどんと外へと向けるのです。


隣の部屋を抜けて、玄関にたってドアを開ける。


更には階段を降りてアパートの入口まででて
今度はそこから左手の交差点へと向かう。。


こんな感じで頭の中でイメージしながら
自分の意識はその場所へと飛ばし続ける。


こんなトレーニングも良いかと思います。


私は時には自分の部屋の上空へと自らの身体が
浮かび上がったようなイメージをすることもありました。


自分のアパートの屋根を超えてどんどん上空へと意識を上げていくと
近所の家が見え始めて、その後は練馬全域が見え


更には自分を成層圏あたりまで上昇させると
今度は地球全体が見えてくる。


そんなイメージを繰り返すことが
私達の意識を拡張するトレーニングにもなりますし
イメージ能力を高めることにも繋がります。


アダムスキーはこれをくり返すことで
能力が高まれば、


当初は想像に過ぎなかった物が
現実の姿まで映し出すようなそんな状況にまで
能力を高めることにもなると語っていました。


アダムスキーはそんな意識による旅行で
金星や土星まで体験したことがあるそうですが
それは単なる想像だけではなくて


私達の魂がその実態としての姿を
情報として届けることがありそれをも受け止めての体験を
自らの意識で経験したのだと認識できます。


このような意識を拡張するという事が
私達の脳機能を高めることにもなりますが


それが強いては見えないものを見るための能力
つまりはテレパシーへとも繋がっていくと思います。


視覚・聴覚・味覚・嗅覚に捕われずに
通常意識していない脳の機能を意識する事が
結果的には私達の脳機能を高めることにもなる。


その事を是非とも理解してと思います。


「私達の宝のあるところに私達の心があるのです」

(この場合の心は肉体の心センスマインド
魂オープンマインドの両方を示しています)


イエスキリストはこんな表現で
私たちの価値観が魂に向いているか
心のエゴに向いているかが私達にとって重要事項であると
触れたのだと思います。


私達の実態は意識の延長にある。


それがエゴではなくて神の意識である事を
心がけたいです。


【貴方に無限なる力の祝福がありますように】



私が日々創価学会と在日関係者に実行されているのは
周波数帯洗脳の他に劇場型洗脳というものがあります。


これは脳機能を暗示が掛かりやすい状態にしておいて
そこに大量に音声送信で語りかけ
暗示を強化する手法です。


私が日々撒かれているらしい
シュウ酸ナトリウムなどは大量に脳へと送り込まれると
暗示の効果が強くなります。


脳の側頭葉に飲食物を貼り付けられても
同様な状態になります。


そんな時は最近飲むのを制限しているコーヒーを
飲むことで暗示効果を防いでいます。


私の一日はまず朝のトイレから始まります。


近所の創価学会信者とそれに協力する
在日関係者のために私は正常に排泄行為が
できなくなっています。


恐らくは日々の磁気回転のために
腸も正常な機能を失っているのだと思います。


そのために早朝5時には起きて
彼らの迫害が強化されない時間帯に
用を足さねばなりません。


協力的な電磁波の回転がある場所を探し
何か引きが強くなる食べ物を食べて


その状態で胃腸の中の排泄物が
下に降りていくのを待つわけです。


そんな状態の中日々何とか用を足して
それから一日が始まります。


少なくともこの一年間数ヶ月は毎日が
そんな感じでした。


問題は朝起きると私はタバコを吸うのですが
決まって大量の酸を数はめになります。


しかしこの酸が曲者で
大量に吸わされた後に直ぐに周波数帯洗脳が
始まるのです。


そのためにその受ける周波数帯の影響により
元々その周波数帯で焼き付いている脳の機能に応じて
私の身体は変調をきたすことになります。


運動神経が麻痺した状態であったり
イラつきの状態であったりなど色々ですが


主として脳機能制限されていて動きが取れなくなる
そんな状況の事が一番多いようです。


身体がフラフラしては歩くのがやっとになったりです。


その酸を中和するために私は塩分を補給します。


オニオンスープなどがあれば良いのですが
そうそう買っていられないので
最近は塩水を飲む羽目にもなっています。


そんな状態で脳機能を整えながら
胃腸の中のコアが下がり用を足せる状態になるのを待っている。


そして何度もトイレに足を運び
時には2時間かかかっても用が足せない事もあります。


放置したいのですが今度は胃腸の中のコアが固くなり
それが回転し出すと電磁波洗脳はとても強くなるのです。


放置できずそれを何とかこなすのですが
ここ2週間ほどは以前にも増して用がたせません。


最近はそのコアがどんどんと高い位置になっている事もあり
それが胸元まで上がると今度は吐き気を模様す事になります。


外部と内部の人間に私の排泄行為を妨害している人間がいるために
いつまで経ってもまともな状態ではいられないのです。


そして頻繁に用を足せないと更なる悲劇があります。


私は食事をすると水分を首に作られた管を通して脳へと
送られるのですが、一方では胃腸の消化物を
糸状に伸ばしては脳に巻かれています。


これによって私の脳には排泄物が
巻き付けられ脳にかぶされた状態になります。


通常ではありえないことですが
血管上の大きな管を首筋に作られていること


そして脳が痴呆症状態のようになっていて
頭骸骨との間に空間が空いている事で実行できる行為です。


脳に大量に排泄物を巻きつけることで
酸での洗脳効果を強化する事もできますし


その糸で脳を締め上げることで
暗示を強化する事もできるようです。


問題は排便がままならない時です。


古くなった排泄物、はっきり言えば糞状のものを
脳へと巻き付けられることにもなるからです。


そんな時は鼻に糞の匂いまでしてくるという
状況にされてしまうことになります。


全ては胃腸にコアを作り上げ
それを回転させては排便妨害している連中の所為です。


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私の一日はその後音声送信による応酬にも合います。


例えば用が足せていない時には、
これに対して声がかかります。


「今すぐトイレにいきなさい。


今なら強い引きが入るから用が足せる。」


こんな感じでです。


私がそれに応じてトイレに行くと
今度は脳へと怒りの周波数帯を焼き付けられる


こんな事もあります。


勿論語りかけがいつも嘘を言うわけではありません。


しかし心無い人間達が語りかけてくる時は私にそうやって罠まで仕掛けては
私にいらつく周波数帯の洗脳を強化したり


とにかく私の精神状態を
とにかく不快にさせようと語りかけまでグルになって
それを実行するのです。


そんな手段はありとあらゆる局面で実行されます。


私は妻が寝ているとその間、妻と私への脳への影響を
常に意識して室内の強い電磁波を蛍光灯などで
調整することで事なきを得ています。


もしも私が何も意識しないと
冷蔵庫や下の部屋から届く電磁波が
私や妻の精神状態を悪くする事に気がついているからです。


私は冷蔵庫のファンがなっているかどうかなど
室内への電磁波の送られ具合を気にしなからが
朝食の準備をしたり、タバコをすったりしては


妻が起き上がるのを待ちます。


寝ていて脳が低い状態の時には
増して電磁波の悪影響が作くなるからです。


そして今度は妻が起き上がると
妻のトイレを妨害しないように
振舞うことにもなります。


私と同様に妻にも心無い連中からの
電磁波の悪影響があり


そのために協力的な電磁波の介入があっても
心無い連中の電磁波が強いと
正常に用を足す事ができなくなるからです。


周囲の創価学会関係者と真下の部屋に入り込む人間によって
頻繁に妨害され続けるために


そしてもしも腸内に硬い排泄物を作られると
それをコアとして回転させられ
それを利用しては強い洗脳を受ける羽目になるので


私はその事にも気をつけねばなりません。


更には気をつけねばトイレなどで脳の塩基を打たれることもありますし
脳を熱で焼かれる事もあります。


脳が熱の影響を受けるとそれだけでも痛みなどで不快にもなります。


そして周波数帯洗脳には常時されされるので
こちらにも気をつけねばなりません。


こんな状態で私の一日が始まります。


私が受けているのは単に電磁波による肉体への
直接攻撃だけではないのです。


洗脳に刺激に熱攻撃、更にはそれを利用した嫌がらせまで


語ればいくらでもこの人間達の実態を
語り続けることが出来るくらいです。


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食事の時にもこの人間達の悪影響が
私達を苦しめます。


例えば同じ部屋にいると私の体内に上昇の電磁波回転がある時は
妻には下降の電磁波回転の影響を受ける事になっているようです。
(そのときどきですが)


つまり一緒に食事をしようとすれば
私か妻かどちらかには飲食時に引きが入らない事になります。


つまり食べたものがその場で脳へと送り込まれてしまうのです。


そして脳に大量に詰め物をされると
今度はそこに大量の酸を染みこませては
周波数帯洗脳を受ける原因にもなります。


そのために私は妻が食事をした後に
朝食を食べることになりますし


ここ数ヶ月間妻と一緒にゆっくり食事をしたことは
数えるくらいしかありません。


例えば目の前で、周波数帯洗脳の中でも
怒りの原因となる乳製品(ヨーグルト)などを妻が食べていれば
間違っても私は自分が食事をする気にはならないわけです。


妻の脳へと乳製品を直接送り込まれるのを
黙って見ているわけにはいかないからです。


それと彼らは怒りなど
感情を引き起こす場所に飲食物を貼り付け
外部から電磁波でそこを刺激するという技術も使用します。


左脳と右脳の側頭葉なのですが
そこに飲食物を貼り付けられ怒りに周波数帯の電磁波で刺激されると
それだけでもイラついてしまうのです。


そんな事もあり夫婦喧嘩なども意図的に
引き起こそうと誘導されるのですが
それを避けるためにもそんな行動を取るはめになります。


そしてこの人間達が厄介なのは
私の思考を読んでいることです。


思考盗聴を常時私に仕掛けているために私が何をしようとしているか
何を食べようとしているかを読んでは
それに対して悪い効果を実行しようと狙ってくるわけです。


そして私が嫌がる事を優先してやってきます。


そして私がイラつき出すとその状態を
電磁波の磁気回転で増幅するという
そんな行為まで実行してきます。


そして名目は私の脳を鍛えていると語るわけです。


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脳の機能が低下され脳に色々な被せもので
特殊な機能を付けられているような状態のために


思考したことが音で発する、そんな状態にもされています。


以前記事でも触れましたが、彼らは敵対者とした人間が
脳内で発する音を受け止めるそんな状態に
自らの脳を改造していると思います。


特定の周波数帯なのですが近くにいると
それを音として聞いている事もあるようですし


その機能を付けていない人間は
携帯でその内容を読んでいる様です。


彼らにとっての監視対象に音の仕込みをすることで
彼らは自分達にとっての敵対者がどこにいるかを把握し


それを監視管理し、時には電磁波に晒し
洗脳強化を組織的に実行しているわけです。


その一方では私のような人間は
語りかけの応酬にあっては意識を変貌されたり
価値観さえ変えられかねない事もあります。


私のような対象者はその周囲に大量の
関係者を誘導されることになるようです。


おおかれ少なかれそんな事が現実的に
実行されているらしい事も気が付いていますし。


数件の家の中では語りかけの人間がいて
私の声や思考を聞いている人間たちがいるわけです。


時には大勢の人間が一箇所で
ターゲットの思考を読んだり語りかけを
楽しみながら実行している。


そんな信じられない状態も現実にはあるようです。


私が実感しているのはまるで周囲の効果音含めて
劇場の真ん中に自分が置かれていて


その周囲に語りかけられ、更には観客に歓声を浴びせらながら
日々を暮らしているそんな感覚を引き起こされています。


そばには誰もいないはずなのに
まるで映画のトゥルーマンショーの
ジム・キャリーの如く多くの人間に生活全般を見つめられている気分です。


その中で語りかけに振り回されては右往左往しては
しまいには一人で怒り出す。


傍から見ればコメディーのようなそんな状態を
室内で日々繰り返され続けているわけです。


行動も制約されます。


外からの電磁波の状況が良いとか悪いとか
効果的であるとかそんな状況に応じては


心無い連中は自分達の誘導に私をはめようと
頻繁に語りかけを実行するわけです。


例えば窓の付近に危険な電磁波が届いているとすると
私に花への水まきを意識させるとか
雀のえさやりを意識させることもあります。


私は脳への刺激に応じて
自らにとって良くない行為を無自覚に実行してしまうわけです。


寝室付近に私が怒り出すような周波数帯を用意しておいて、
そこでゲームをしなさいと語りかけてくることもあります。


私の場合は心ある人間からの誘導で
いかに電磁波の悪影響を受けないで済むかという
語りかけもあるので、


それを取り違えると
電磁波の悪影響を受けてはモロに精神状態を
落とすことにもなりますし、


一見荒唐無稽の内容でも
それが私の脳機能回復に効果的なことも多く
それを実行しようと努めます。


そんな私の意識を逆手にとっては
私に嘘の語りかけを続け
脳や身体への悪影響を強化する。


そんな行為を受け続けているわけです。


脳に磁気回転で飲食物を送る準備をしておいて
私に食欲を誘導させたり、


脳の栄養が足りないからと語りかけては
飲食物を取らせては、その直後に
磁気回転で食べたものを脳へと送り込んだりもします。


勿論時には外部の心無い人間の
脳への熱攻撃から守るために
脳に飲食物を脳に貼り付け防御的な効果をもたらそうとする人間もいますが


心無い人間達の語りかけにハマると
私はその後精神をイラつかせられたり
周波数帯洗脳の悪影響を受ける事にもなります。


更に私にとっての悲劇は、心ある人間からの語りかけを
聞こえなくされておいて


もう一方では心無い人間が二手に分けれては
仲間と敵を演じては私にとって良くない効果を
仕込んでこようとすることまであります。


そしてこの人間たちは決して自分達の組織名を
語ることはありませんし
決まって言ってと良いほど他の組織の名を語ります。


飲食物に関しても最近はそれが効果的に
脳の栄養にはなりません。


頻繁に磁気回転で下へと水分ごと栄養を誘導されて
その状態で身体へと寒い放射線を浴びせられ
その上に膀胱を刺激されてはトイレを強要される


こんな事を繰り返されると栄養が足りなくなりますし
その上に食べたものを膨らませる成分を撒かれては
腹の中だけはパンパンに膨らまされることにもなるわけです。


そして先述のように排泄妨害です。


創価学会及びそれに協力している在日関係者は
そんな事を繰り返し実行しているのです。

彼らが脳に興味を持っていて
しかも思考盗聴で楽しんでいるといった内容を

元創価学会の信者だという人間の
ブログで読んだのですが

まさかここまでその技術を発展させているとは
私も想像がつきませんでしたし、


この人間達は磁界を作り上げたり
周波数帯を変えたり、周波数を屈折させたりする事もできるようで

それを直撃されることでここまでひどい状況にされるとは
想像もしませんでしたし、


その影響がここまで私の脳機能を
低下させることになるとも思いませんでした。


身体などを壊して室内に引きこもるハメになると
私のような状況にされることも考えられます。


彼らの玩具とされないように
出来れば日々外出する事をおすすめしますが


現実に実害を受けている人間は
時間経過と共に室内にこもりがちになりますし


出来るだけ電磁波の影響を受けないためにも
家電から離れた生活をおすすめします。


私の場合は家電とは無関係に
とてつもない強い電磁波に影響されていますが
通常はここまではされないのではないかと思います。


TV、携帯、冷蔵庫、掃除機、洗濯機
電子レンジ、とりわけ気をつけて欲しいと思います。



今は下の部屋に仕込まれた在日関係者
私達は命を狙われている様です。


それを仕込んだのは私のアパート付近の
創価学会信者達。


常軌を逸した人間たちに囲まれることの苦悩は
体験した人間でないとわからないと思いますが


是非ともこんな現実が日本人を苦しめているということを
知って頂きたいと思います。

コメント


練馬早宮付近の創価学会の在日信者達
夫婦揃って排泄妨害を実行されています。


胃腸の中の排泄物が回転し
便が下がりきらず、


その上に意図的にそれを上昇させるので
時には吐き気をもたらされる事にもなります。


何でも彼らの得意技は
その排泄物を利用しては呼吸妨害をすることの様です。


こんな人間達に取り付かれているかと思うと
げっそりします。


2015年4月11日
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ちなみに私を創価学会から守ってくれていたのは
日本の中の同和部落の人間達のようです。


少なくとも関東における彼らの存在は
日本の人間の良き味方であり


私はそんな人間達に導かれて
以前のような意識を取り戻すに至ったのだと
はっきりと認識しました。


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私達にとって太陽系の他の惑星の人間達は天使というべき存在です。


過去の歴史においても多くの天使達が地球社会に訪れては
神や神の遣いを演じながらこの社会の人々を導きました。


そしてその実態は聖書などからも受け止める事が出来ます。


しかし現代社会においてはその宇宙からの訪問者である天使を
全く別のイメージで受け止めてしまっているという実態があります。


私達の社会では映画などで天使が出てくると
背中に羽を生やし、頭に輪っかを載せた存在として
表現される事になります。


何故にそんな誤った認識が広がってしまったのでしょうか。


その原因は例えば歴史書としての聖書の記述が
時間の経過と共に変貌してしまったこと。


以前にも説明しましたがキリスト教関連の
絵画を書いたらしき中世や古代の絵には
決まってと言って良いほど彼らの宇宙船を連想させる描写がありました。


http://www5a.biglobe.ne.jp/~UFO/ufopic.htm


ここにはまるでイエスの貼り付けの時には
そこに宇宙船が飛来していたような描写や


啓示を宇宙船から受けているという描写


更にはイエスとマリアが
神の国に乗ってやってきているような描写まであります。


しかし私達の社会の聖書解釈には
宇宙船の存在はありません。


恐らくは宇宙船が現れて何らかの反応をしたという描写が
以前の聖書には頻繁に書かれていたのではないかと推測出来ます。


しかしその表現が”光る雲”であったり”天のの軍勢”であったりした事で
私達はその言葉の不明瞭さから独自の天使の乗り物を作り上げ


もしくは天使が天空から羽をもって羽ばたいてやって来たという
イメージを持つ事に至ったのだと思います。


そして過去の時代においては天使達の乗り物=UFOという事が
常識的だったのかもしれません。


それを彼らは宇宙人とかUFOと呼ぶ事はなかったでしょうし
彼らはそれを天使と光る雲と表現したのかもしれません。


何故に私達が天使に羽を生えさせたのかといえば
ルネッサンス期の画家の中にそんな絵を描いた人間がいて
その芸術的なイメージが私達に強い先入観を与えてしまったのだと思います。


しかし聖書に出てくる天使達は頭に輪っかなどをつけてはおらず
それを見て地球社会の人々が天使だと認識できた時は
彼らはいつも天の軍勢、もしくは光る雲を従えていたのだと想像出来ます。


イエスキリストの生まれた時の描写がまさにそれでした。


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ルカ伝二章


またその同じ地方では,羊飼いたちが戸外に住んで
夜間に自分の群れの番をしていた。


すると突然、神の御使いが彼らのそばに立ち,
神の栄光が彼らの周りにきらめいた。


そのため彼らは非常な恐れを感じた。 しかしみ使いは彼らに言った,
「恐れることはありません。見よ,わたしはあなた方に,
民のすべてに大きな喜びとなる良いたよりを告げ知らせているのです。


今日,ダビデの都市で,あなた方に救い主,主なるキリストが生まれたからです。
そして,これがあなた方のためのしるしです。


あなた方は,幼児が布の帯にくるまり,飼い葉おけの中に横たわっているのを見つけるでしょう」。


すると突然,大勢の天軍がその御使いと共になり,神を賛美してこう言った。
「上なる高き所では栄光が神に,地上では平和が善意の人々の間にあるように」。

それで,御使いたちが彼らを離れて天に行ってから,羊飼いたちは互いにこう言いはじめた。

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これを見ても感じることがあると思います。


この時羊飼いがそれを神の御使いであると認識したのは
天使が光と共に現れたから、
そして救世主の誕生を語ったからです。


その姿からその人物を天使と判断したわけではないと思います。


ここでの記述にある、光というのはどうやらあたりを照らした
宇宙船の光でしょうし、


”天の軍勢”を”天使が羽ばたいている”というイメージではなくて
”宇宙船の大群がそこにひしめいていた”と解釈すれば


これはそのまま空から宇宙船が降りてきて中から人が出てきて
この社会の救世主の誕生を告げた場面であると認識できます。


しかしルネッサンスのイメージを持ってここを解釈すれば
光と共に天使が突然現れ

空には天使達が大勢、羽ばたいていたという事になるわけです。


どちらが現実的であるかは言うまでもありません。


天使を羽の生えた神の使いと信じてしまったからこそ
私達は時には天使やその乗り物に遭遇しながらも
それを天使と認識する事が出来なかったわけです。


聖書には天使を旅人と間違えてもてなした
という記述もありますが


ヘブル人への手紙13章


兄弟愛をいつも持っていなさい。
旅人をもてなす事を忘れてはいけません。
こうしてある人々は御使達をそれとは知らずにもてなしました。


創世記には神の子(天使達)が地球人の女性と結ばれ
結婚したという記述もあります。


創世記6章


さて人が地上に増え始め彼らに娘達が生まれた時に
神の子らは人の娘達がいかにも美しいのを見て
その中から好きな物を選んで自分達の妻とした。

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もしも天使達が頭に輪っかをつけて
羽を生やしていたのならば

そして天国という霊魂の社会からやってきた存在ならば


人間と結婚することもできなければ
一般市民と見間違えられもてなされる事もありません。


彼らは実態を持ち、しかも人間と同じ姿をしていたからこそ
もてなされ結婚する事もできたのですし


聖書を信じなさいと言われているクリスチャンであれば
ここの記述をも信じなければならないはずです。


彼らが天使とされた理由
そして他の人間と区別できた理由は、


彼らが当時は人間には思いもつかなかった、
空を飛ぶ事のできる技術を持っていて
それで天空から降りてきたので神の使いであると理解され


そして空から降りてきて空に帰った事から他の人間とは区別され
天使であると看做されたのだと理解できます。


つまりは彼らは見た目はただの人間だったのです。


まずこれこそが私達が宇宙人として認識すべき存在の
真の姿であったということ。


だからこそ近世においては天使達を見たという
公での報告は存在していないわけです。


私達は彼らが宇宙船から降りてきたその現場を目撃していなければ
彼らはただの人間であるからです。


羽を生やした高貴な存在を期待していたとすれば
誰ひとりそれを目撃した人間はいないはずです。

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ところでこの認識不足が私達にとっての悲劇ともなりました。


天使達が頻繁にアダムスキー型UFOで現れるようになった時代に
その実態を表に公表したくなかった人間達がいます。


アダムスキーはそれをサイレンスグループと呼びました。


時には仲間を誘導されては裏切るように仕向けられ
アダムスキーの語った内容を嘘であるかのように
様々な手段でミスりードし続けた人間達でもあります。


その宇宙人問題のすり替えを実行していた人間の中心は
マジェスティック12と言われる人間達のグループで
金持ちや軍人によってその多くが占められていたようです。


その目的は地球社会の現在の社会体制を翻さないために
本当の天使としての宇宙人の存在を
一般市民に認識させない事にありました。


そのために彼らは二重帳簿と言われるような仕組みを作り上げ
表帳簿にはエイリアンとの遭遇とその実態を
いかにも本当のことらしくでっち上げた上に


その内容をまるで極秘事項であるかのごとく隠しているような印象を与えた上で
一方では巧みにその偽情報操作を続け、黒塗された資料が本物であり
その隠蔽内容がエイリアンの実態であるかのようなそんな状況までをも作り上げました。


それが今現在アメリカあたりから一般公開されるようになったと言われている
宇宙人とその実態に関する機密事項全般なのです。


真の宇宙人のデーターは一切表には公表されてはいないはずです。


なぜなら彼らにとって宇宙人の真の実態を知らせる事こそが
自分達の権力を失墜させる事に繋がるからです。


エネルギー問題、宗教問題、社会経済全般においての
脅威となりうるのが天使達の社会でした。


そこで彼らは飛び交うUFOの搭乗者が
本当は人間であり他の惑星の住人であることを無視して
当初はリトルグリーンマンなるエイリアンを登場させ
その搭乗者として情報操作を始めたわけです。


それは名前の通り、緑色の小人と呼ばれる姿をしていたようで
アダムスキーやUFOコンタクティーと言われた人間達が遭遇したと言っている
人間の姿をした宇宙人とは一線を画する存在です。


これがアダムスキーが生きて広報をしている当時に一番最初に
広められたニセの宇宙人像のようです。


その後そのリトルグリーンマンはグレイと名前を変えて、
まるで本当にこの社会に存在しては人間に対して人体実験をも実行している
かのようなイメージまで私達は植え付けられることになります。


彼ら架空の存在は地球人を拐っては人体実験をしているとか
動物にキャトルミューティレーションという行為を仕掛け
自分達の栄養を補給しているという、そんな冤罪まで押し付けられた用です。


一時はハリボテで彼らを演出した人間もいたようですし
恐らくはコアグラフィックでの創作もありそうです。


更には立体ホログラフ映像、
そしてニセの死体やミイラまでと
その騙す手口もますますエスカレートしています。


一方ではサイレンスグループは彼らエイリアンを隠れ蓑として
人間へのマインドコントロール人体実験や
プラズマ兵器の動物実験を繰り返していたようです。


実はグレイに関する嘘の情報をすっかり信じ込んでは
影響を受けていたのが私で


1973年頃に日本社会でも頻繁にアダムスキー型UFOが目撃された頃に
私もTVのUFO番組でその存在を紹介されてから


宇宙人はエイリアンでありグレイであるという話を
その後35年ほど信じ続ける羽目になりました。


何やらUFO問題に惹かれた私は
小学校の頃から大量に宇宙人とUFOの本を買いあさり
大人になるまで散々読みまくることになりましたが


その中に異端な一冊としてアダムスキーの事を記述した
本があったわけです。


それを購入したのは28歳の時、
大量に存在していたUFO関係の書籍の中に
たった一冊だけ存在していた異端の著作。


それに感動しながらも私はアダムスキー全集を
英文だと信じ込み購入することもなく


おかげて真理にたどり着く機会を逃すという
愚かしい行為をしてしまった過去があります。


天使達の作る素晴らしい世界に魅せられながらも
地球社会のひどい現実に
そんなものは理想であり夢なのだろう
そんな意識を持つに至ってしまったわけです。


元々の原因はグレイが存在することを
私の価値観にしてしまった多数のUFO書籍の存在です。


あるべき社会を単なる理想と捉え
一方では存在しない物をあると信じ込んでいました。


世界のUFOラッシュから10年以上遅れて
日本でも起こったその時に私達は何の知識もなかったことから


天使達が身近にまでやってきているという実態に気が付く事ができず
一方ではそんな化物がUFOに乗っているのだと信じ込まされ
UFOをどちらかといえば恐怖の対象として見つめるように
誘導されてしまったわけです。。


アダムスキーの日本公演が実現しなかった事が禍となり
天使たちに対する理解を持っている人間がほとんどいなかったために


日本に初めて紹介された宇宙人である”グレイ”という
架空の生命体を私達はそのまま受け入れてしまった事が
私達日本社会にとっての悲劇なのです。


もっと驚くべきは一時は世界中で知られた
アダムスキーとその講演内容が


今ではアメリカの国民の殆どが知らないという
状況にまでなっているということ。


勿論、アダムスキーに関する情報操作もあったでしょうが
それ以前にその名を見かけることも無いような
そんな状況が作り上げられているのだということです。


時間の経過と共に都合の悪い存在と思想は
完全に人々の脳裏から消し去ってしまう。


アメリカ式の国民マインドコントロールの実態も
見え隠れしています。


誤った情報が蔓延させられた上に
正しい情報が埋もれさせら続けることで


この社会の多くの価値観は誤りだらけのものと
なったのだという事です。


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P.S.

ちなみに今の日本人の中で
創価学会や心無い在日関係者の餌食となっている日本人は
その多くが血統で区別された人間の可能性もあります。


つまりは古代の日本人が中東から移動して来た時に
多く受け継いでいたD型血統と言われる血を持っている人間達です。


弥生時代ころにはO型血統の人間が
多く日本列島に入り込んできていますが、
それと同じ血統を持つのが朝鮮半島や中国や
東南アジアの一部の人間達。


D型血統は血液からの遺伝子調査によれば
かなり古い分類の祖先を持つ人間達であり

その多くはヘブライの血を引いた人間であると思います。


それが狙い撃ちされているとすれば

やはり血に拘りを感じているという事にもなります。
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http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11428295140.html
UFOと宇宙人の実態 前編 
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11428314107.html
UFOと宇宙人の実態 後編

http://uruseiblog2.blog85.fc2.com/blog-entry-249.html
宇宙人とエイリアンと地球人 序章
http://uruseiblog2.blog85.fc2.com/blog-entry-250.html
宇宙人とエイリアンと地球人 VOL2
http://uruseiblog2.blog85.fc2.com/blog-entry-250.html
宇宙人とエイリアンと地球人 VOL3
http://uruseiblog2.blog85.fc2.com/blog-entry-252.html
宇宙人とエイリアンと地球人 VOL4
http://uruseiblog2.blog85.fc2.com/blog-entry-253.html
宇宙人とエイリアンと地球人 VOL5


http://blog.goo.ne.jp/morobosiataru04131222/e/d2b5cb4eacc25828e3a1ae0050e43020
日ユ同祖論は真実か
http://blog.goo.ne.jp/morobosiataru04131222/e/7957cf6a020a41651b5d1b502447750a
日本人の原点
http://blog.goo.ne.jp/morobosiataru04131222/e/d4210fc012d74e97465c8b62be9f5128
日本人の血・旧約聖書の民
http://blog.goo.ne.jp/morobosiataru04131222/e/d63be19b33c64eb8afb5aac68179b697
日本人の血・旧約聖書の民 探求者アイデルバーグ
http://blog.goo.ne.jp/morobosiataru04131222/e/4038fc14187d3028f5aefe3d09604ac2
日本人の血・旧約聖書の民 800年の壁
http://blog.goo.ne.jp/morobosiataru04131222/e/74fe0560860bb2a02a921c62ac51a71a
新コーヒーブレイクVOL2 神と悪魔のチェスゲーム

http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11295636410.html
日本人の血・旧約聖書の民 バイブルランド日本

http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-10596704147.html
遺伝子は語る VOL1
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-10596757564.html
遺伝子は語る VOL2
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-10597935561.html
遺伝子は語る VOL3


コメント


近所の創価学会婦人部の高橋という人間中心の
創価学会工作員たちに排泄妨害と
周波数帯洗脳を受け続けています。


そばの駐車場には工事用設備を積んだトラックが

夜間から止まっています。


アパートの真下の部屋に入り込む人間も
その仲間のようで協力しては私たち夫婦を洗脳したり
苦しめ続けています。


今は胃腸の排泄物をせり上げられては
吐き気の応酬です。


協力的な関与がある時間帯のうちに
トイレに行けと誘導され
毎日朝五時頃には起きる羽目にされていますが


その後二時間かけて何とか多少の用が足せるかどうかで
今日などは朝から胃腸のものを上げられて
その上に酸を沢山撒かれては
怒りの感情を引き出されています。


何でも近所の創価学会会員達は劇場型洗脳での
語りかけを利用しながら私の排泄を妨害し


胃腸のコアを使用しては
私を絞め殺すを実行し続けているということです。


穏やかに生きたいと願っても
この人間達がいるために私は良い想いが持てず
その上に周波数帯洗脳で怒りの感情を引き出され続けています。


2015年4月10日 AM7:07


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今日の記事は理解者・兄弟姉妹には
必読して頂きたいです。


私は肩の荷が下りた気分です。

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まず被害です。


近所の人間が下の部屋に入り込んでは
私や妻に電磁波による洗脳と排泄妨害を
繰り返しています。


電磁波といっても単に物理的熱攻撃ではなくて
今は周波数帯の悪影響を与えるような
そんな関与です。


排泄妨害は例によってコアの回転で
強い磁気を引き起こし脳へと悪影響を与えるためだと
認識しています。


やっている人間達は近所の創価学会の信者達
下の部屋に入り込む人間との共同作業だと思います。


私は一度はこの人間達の手によって
深い洗脳に陥るハメになりましたが


私に好意的な別の人間達によって
それを回復させられたようです。


私が以前から書いている記事を理解し
私のことを正常な状態へと回復しようとしてくれていた人間達が


一時は脳機能さえ極端に低下していた私を
今程度の記事が書けるようになるまで延々と回復してくれたようです。


嘘が多い大量の音声送信を受ける中
一種のテレパシーで私に閃きを利用して
導いてくれた人間達がいるのです。


その人間達がいなければ私は恐らくは
とっくの昔に死んでいた事でしょう。


しかしその人間達は決して姿を見せてはくれませんし
正体を明かしてもくれません。


今でもそんな人間達の援護が
私達夫婦を守り続けている様です。

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本題です。


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久しぶりに天使達らしき存在からとても強い”印象”を
受ける事になりました。


最近は音声送信などの影響もあり
印象を受ける事が殆どなかったのですが


どうやら天使達はこの地球社会に対して
最後の秘策を与える事にしたのだと想像しています。


私が受けた印象はとても驚くべき事でもあり
私にとっては半ば信じがたいものでもありました。


しかしそれが本当ならばこの地球社会は
一気に改革が進む事にもなるでしょう。


それはこの地球社会に救世主といえる存在が
イスラエルから現れるというものでした。


この事が一体何を意味するのかと考えましたが
一つには、古代から救世主を待ち望んでいた人間達の願いが
漸く叶うという事ですし、


そして地球社会の中での権力者層や影響力の強い人間達が
嫌でも真理を理解する時がやって来た事をも意味します。


ユダヤ教徒はクリスチャンと同じ聖書を起源とした
教えを学んでいる人間達ですが


私は正直その人間達の現実的で形式的な側面を
どうしても好きにはなれませんでした。


正直言えばこの社会の中の私にとっての
一番の敵ではないかとさえ感じています。


その事情は以前からの私の記事をくれれば
解るかと思います。


しかし彼らにとっての救世主が現れ、
イエスキリストやお釈迦様のように真理を語ってくれれば


彼らも、自分達の同胞であるその人間の言葉を
きっと真摯に理解し学ぼうとするでしょうし


真理の広報力を考えた時に
彼らほどこの社会の中で強い影響力を持った人間達もいません。


この社会の中で権力を持った人間達の一角ですし
その人間達が真理を知る意味は測りしれません。


私はそのように理解する事にしました。


私は正直この社会を諦めかけていました。


何を語ろうが何を書こうが
それを理解できるのは一部の人間だけだからです。


多くの人間達が昔ながらの誤った価値観と慣習の中で
真理を意識する事もなく、ただ今を何となく流されながら生きている。


そして現実社会の厳しい情勢に囚われて
魂ではなく心ばかりを意識するような状況も進んでいるからです。


一方では国内では創価学会の様な組織が中心となって
日本の人間を片っ端から淘汰するような
そんな流れも続いています。


しかし天使達がそう告げるのなら
(あくまで言葉ではなくて強い印象としてです)


天使達に導かれたと自称してきた私は
それを受け入れて協力しなければいけないのだと思います。


そしてその救世主が啓示を受けて真理を語りだし
(既に語りだしているのかもしれませんが)


多くのユダヤ教徒を従えるようになれば
イスラエルという国だって変わる事になりますし

恐らくは戦争をも放棄するような流れになると信じています。


そして彼らの力を持ってこの社会の中の
ありとあらゆる間違いを改善する事にもなるはずです。


日本国内であれば創価学会のような組織を
放置しておくようなことはないと信じます。


以前の私の価値観からは考えられない意識ですが
国内の酷過ぎる実態を見て


創価学会が一部の外国籍の人間達と連携するように
日本人社会を壊滅に追い込もうとしているその実態を見れば


そしてこのままこの社会を放置すれば単に日本民族だけではなくて
間違いなくポールシフトでこの社会は滅ぶことになる。


その事を意識しているからこそ
今は藁にもすがりたい想いで、
天使達からの私への啓示を信じようと思います。


こんな時期に突然、しかもイスラエルから救世主という話に
驚く方も少なくないかと思いますが、


天使達は聖書の歴史全般に渡って
地球社会に対し介入して来た存在です。


ヘブライの民と言われた私達やパレスチナの人間達
そしてユダヤ人の祖先の時代から今に至るまで
この社会の歴史を見守って来ました。


天使達に導かれてきた存在なのに
古代ユダ王国の中で、私達日本人と同じヘブライの人間でありながら


古代の迫害の歴史という不運から他民族を恨み
イエスキリストを信じることができず
独自の救世主の到来を待ち続けて来たその人間達。

(ホロコーストとか現代の迫害は私は認めません)


そしてイエスキリストを憎んでしまった事で
更なる真理から自らを遠ざけてしまった人間達に
彼らにとっての真の救世主となりうる人間を送る事で


天使達は彼らの社会を根底から変えようとしたのではないかと
理解しました。


彼らが変わるという事はそれに従ってきた人間達
更にはその影響を受けている人間達全員が
それに倣う事にもなるはずです。


今の世界における彼らの力はとてつもなく
強いはずだからです。


キリスト教徒が未だ新約聖書のレベルでの
イエスの教えで留まっているこの現状に


元々賢い人間達が一気に”宇宙の法則”まで学び
それを世界に広報する事になれば
この社会の常識も嫌でも変わっていく事になるでしょう。


そしてこの社会が宇宙の法則を受け入れるという事になれば
勿論、太陽系の実態や天使達、宇宙人の実態も受け入れる事になりますし、


輪廻転生、更には記憶を持った転生の意味さえ
私たちの社会には知らされる事になるはずです。


そしてもしかしたらその後には天使達が再び
今度は堂々とその姿を現すような時代がやってくる事に
なるかもしれません。


それこそが私にとっての願いでもありました。


この事が現実になりさえすれば
この社会は危機からも脱出する事も出来ます。


50年前に天使達によって警告されていた
ポールシフトと言う文明崩壊の危機からです。


私達の誰もが心を入れ替えて暮らし
争いごとや戦争とも無縁となり皆が仲良く平等に生きれば


そして自然や動物と調和し
全ての地球社会の平和を実現するよう働きかければ


地球上にも良い想念が溢れるようになるでしょうし
きっとこの社会の周波数も上がっていく事でしょう。


そして何よりも天使達がこの社会を
見捨てるような事はなくなります。


今現在も恐らくは地球社会を何らかの方法で
危機から救い続けているであろう天使達が、


私にこの意味を悟らせようとしたのだと理解し
彼らの社会の中からの救世主の誕生を祝福し
今後のこの社会の趨勢を見守ろう思います。


私は以前には救世主は人間一人一人
自分自身であると語りました。


この意識は今だに変わってはいません。


天使達が救世主と認めた人間がこの社会にいても
それを受け入れて自ら変わるかどうかは
個々の人間の意識にかかっているからです。


しかしこの社会が真理を知るための
大きなきっかけが出来たのであれば
私達はそれを大いに生かさなければならない。


私は天使達が与えてくれたその導きを
しっかりと受け入れてこの社会の改善を願うことが


私や兄弟姉妹・理解者と言った
覚醒者がすべき事だと思います。


今後、真理が堂々とこの社会の中で語られるようになれば
皆もそれを独自に広報し


この社会の中の良き導き手となって欲しい。


地球社会における真理を知る者への神からの誘導は
間違いなく同胞を真理へと導くことだからです。

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私は以前、自分は聖書にゆかりの深い人間の
生まれ変わりであると触れた事があります。


私は恐らくはアダムスキーの転生です。


と言っても生年月日は少しずれています。


アダムスキーが亡くなったのは1965年の4月23日で


そして私が生まれたのは1964年の4月13日です。


恐らく私が生まれた時に私の肉体には、
聖書に縁のある別の人間の魂が入っていたのだと思います。


実は私の誕生日はイエスキリストが
十字架の上で死んだ日でもあるのです。


私がいつかその事に気がついて自分の役目を果たすように
その日を選んで生まれるように導かれたのだと思います。


そして天使達は私の生で何かの広報をする事を考えていた。。


言うまでもなくそれは宇宙の法則だと思います。


私の生まれた翌年にはアダムスキーが亡くなり
その時に恐らくは私の今の魂は”入れ替わりの法則”で
この肉体へと入って来たわけです。


アダムスキーはイエスキリストの復活の時と同様に
成人の体に転生したという噂もありましたがそうではなかったようです。


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11182629834.html
転生の法則と入れ替わりの法則


やり残した事を次なる天使達の飛来に合わせて実行するために、
その他多くの仲間たちと共に地球社会に生まれた。


西暦2000年を目処に広報を実行するためだったのだと思います。


しかしながら地球社会の低い周波数帯の中、
今度は一切天使達の援助も受ける事ができない状況の中で


私は自分の本来の意識を取り戻すことも
役目を果たす事もできず


悪い意味でこの社会の中にすっかり慣れした親しんでしまい
恐らくは他にも存在しているだろう兄弟姉妹達と同様に
ミイラ取りがミイラになってしまったのだと思います。


一方では地球社会の軍隊に睨まれて
地球社会にやってくる事が出来なくなった天使達は
この社会に介入する術を失ってしまったわけです。


そんな中で漸く一部だけ覚醒した私が
宇宙の法則を語りだした。


勿論アダムスキーや天使達の痕跡である
生命の科学に触れ、天使達から導きを受けながらです。


そして天使達の意識を僅かながら感じるようになり
記事を書き出し今に至るのだと思います。


天使達が今、誘導しようとしている事が
旧約聖書の民の救済がそのまま地球の救済に繋がるというものならば

私もそれに協力しなければならない。


それが私のこの地球社会での役目だからです。


かと言って、闇政府の協力者であるとして
現状で権力を横暴に振るっている人間達を
擁護するというわけではありません。


過去において迷子となったヘブライのもう一方の人間達が
天使達に誘導されて真理へと到達する事を
皆と共に是非とも見守っていきたい。


そしてこの社会が無事天使達の社会の
仲間入りする事を心から願うばかりです。


今こそ真理が地球社会で動き始める。


そしてここにも天国が出来上がるはずです。


【貴方に無限なる力の祝福がありますように】

一段と脳への楽観的な意識の介入や洗脳が強化されているようです。


実行しているのは近所の創価学会の人間達の様で
今日は内部に入り込んだ人間が中心に私や妻に
洗脳効果を強化しているようです。


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私達の社会の中の人間が何故に魂に意識を向ける事が出来ないのか
考えてみてください。


私達はメディアを見過ぎなのかもしれません。


それは言葉通り見るのであり、聞くのであり、
そこには自らの思考は殆ど入りません。


精々、感想がある程度ではないでしょうか。


そして私達はそのような現象と言えるものばかりに
意識を向ける様になってしまってもいます。


「見ているが見ておらず、聞いているが聞いておらず、
自ら思考することもない」


イエスキリストは聖書の中で
一般庶民の事をそう語っていました。


それは丁度、イエスキリストが”神の国の奥義”という言葉を語り
それを教える対象は自分の使徒達であり、他の多くの人間は
恐らくはその力はないであろうと語っていた箇所でです。


イエスキリストがその時に触れたかったのは
民衆が自ら思考する機会を放棄しているということ。


情報でも権力によって与えられた情報を鵜呑みにして
一方では現象と結果ばかりを意識しては


そこに自らの判断や思考を絡ませる事もできない状態にあるのだという事を
何よりも強調していたのだと思います。


そしてイエスキリストは民衆に自ら思考させるためにこそ
ありとあらゆる話を例え話で語って聞かせました。


その例え話にしても一つの話から一つの事しか理解できない人間もいれば、
それを知恵として100を理解できる人間もいると
民衆に対して直接その事を語りかけた事もありました。


イエスキリストが12使徒に与えたものは
宇宙的な知恵です。


それは私達が理解すべき人間の実態であり、
私達は心だけではなくて同時に見えないものを意識するには
魂=意識を用いなければならないということです。


それを実行する事で私達は見えるものと見えないものを
同時に認識するようになり、


それが強いてはテレパシーに繋がり


更には啓示・悟りと呼ばれるものへと繋がっていくのです。


私達の社会の中で暮らす間に私達がその域にまで達する事は無理でも
心と魂を同時に使用し続けて行く事で
宇宙的体験を重ね、宇宙的記憶を積み重ねていく事が


私達が永遠を意識する事が出来るようになるための
きっかけにもなりますし、その生ごとの確実な進化にも
繋がっていくのではないでしょうか。


アダムスキーによれば啓示を受けるための手法は二通りで


一方は宇宙的な記録アカシックレコードのようなものを
読み取る事が得意な人間がそれを実行する場合で、


恐らくは私達が直感が強いとか霊感があると
語っているような人達は無意識にそれを実行している可能性があります。


そして私達凡人が実行すべきは心と魂を同時に意識する事で
ありとあらゆる現象を原因と共に体験する
そんな経験を繰り返す事だと思います。


アダムスキーは魂と心を混和させることこそが
宇宙的な記憶を持つために大切だと触れています。


一つだけはっきり言える事は
心というものに関しては正常に脳を使用できる私達にとっては
視覚や聴覚ははっきりとその様子を確認できますが


一方魂が感じる意識の世界は曖昧であり
ぼんやりとしたものだという事です。


これは残念ながら私達の資質でははっきりと認識できるものではありませんし
殆どの場合なんとなく印象として受け止める事になるはずです。


これを視覚で例えれば、視力が弱いとモノがぼやけて見えて
全体像を鮮明に認識することができない一方、


視力が良い方が何もかも鮮明に三次元の現象を見ることが出来る。
そんな状況とも表現できます。


もっと別の例えをすれば、TVアンテナのない状態では
モニターには荒くて不鮮明な画像が写りますが


アンテナやチューナーを装備すれば
その画像は鮮明になること似ています。


私達はそこに殆ど何も写すことが出来ないから
時折繋げることがあってもそれが魂の意識だと認識できすに
そこに画像を確認しようという作業をする事ができないのです。


それゆえに魂が感じるべきその感覚を
理解することができないのだと思います。


しかしそれを感じようと務める事自体が
私達の脳機能を発達させる事につながりますし
それなしで私達が啓示を意識する事はないと思います。


恐らくは啓示を感じた人間は
何らかの方法で無自覚の内に
見えるものと見えないものを同時に知覚するという行為を
繰り返しているのだということ。


その繰り返しの体験が私達を宇宙的意識へと導くのだという事です。


【私達に無限なる力の祝福がありますように】

コメント



私が意識を正常にしようと勤めれば務めるほど
それを必死になって暗示効果と洗脳効果で
妨害しようとする人間達がいます。



その中心は近所の創価学会会員たちのようです。


この人間達は私が室内で語る事が大嫌いで、
盗聴されていることを前提に私が宇宙の法則を語ると
それに反応する人間もいるようです。


最近はこの人間達に
再び地球社会のポールシフトに関して語ってやっています。


余りにも人間のあるべき姿とかけ離れた価値観を持って
自分達にとっての敵を作っては戦っている
その実態に皮肉を込めてでもあります。


彼らは今度は再び私の洗脳と妻への洗脳を強化しています。


一番気に食わないのは時には排泄を意識しないように誘導し
排泄妨害を誘導してくること。


それを利用しては磁気回転を強め洗脳強化を図ろうとしたり
絞め殺すと語りかけては私や妻への脅しに利用している事です。


暗示での排泄妨害以外にも半ば電磁波回転を使用しての
強制的な排泄妨害の強化もしてきます。


要するに胃腸のなかに大量に排泄物が溜まっていると
薬品を効果的に使用したり、呼吸を妨害したり、脳に対して
周波数帯洗脳をするにも楽だからだと思います。


そしてコアの存在は電磁波の磁気回転の強化にもなります。


そんな事を未だに実行し続けている。


その一方では私や妻の意識を少しでも朦朧とさせては
マインドコントロールを容易に出来るように仕向けているらしいことも
気が付いています。


暗示薬も相変わらず撒かれていますし、
電磁波は止みそうにありません。


「苦しめられたくないのなら、何も語るな」
脅迫まで実行しています。


こんな人間たちに取り囲まれているのが
今の私達の状況です。



2015年4月7日 16:09

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ここからが本題です。


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私達が通常記憶と呼んでいるものは
心の感覚器官が現象として捉えた様々な情報だと言えます。


目が見たもの、耳が聞いたもの、口が味わったもの
鼻が嗅いだもの、そのような情報が現象として記憶され
私達の心に記憶として刻まれることになります。


そして私達の心にとって強い影響を与えたような事柄
強い感情を感じた事柄ほど記憶として残りやすく、


喜怒哀楽という感情を強く感じた時ほど
そんな記憶は残りやすいようです。


一方では日常茶飯的な事実、
例えば一週間前の朝食は何を食べたとか


そのような日々繰り返しとなっているような現象に関しては
私達の記憶は長続きはしないようです。


それは私達がそんな繰り返しの行動に関して、単に現象を眺め
無意識にそれを実行しているからだと想像できます。


一方では自分の心だけではなくて
同時にそこに心の強い反応が入りこんだような場合、


例えば後ろめたい事があったとか
他人を傷つけて後悔した事とか


嬉しくて飛び上がるようなことがあったとか
悲しくて仕方ない事があった
思い出しても恥ずかしい。


そんな過去の記憶は中々失われる事なく
繰り返し思い出すことで記憶も深く残る

そんな経験もあるかと思います。


私達の記憶の中では単なる現象として体験した事よりも
喜怒哀楽といった感情が入り込んだ事のほうが
記憶として残るらしいことも解ります。


一方どんな記憶が宇宙的な記憶へと
変貌するのでしょうか。


それは一つには私達が現象であってもそれを単に現象として
心をもって受け止めた時ではなくて
同時にその現象を引き起こした明瞭ではない原因を意識した時のようです。


同じ体験をした二人の人間がいたとしても
一人にとって些細な出来事がもう一人にとっては
心に深く刻みこまれる事もあるでしょうが


それはその時の現象を単に現象としてではなくて
感情で何らかの強い印象を受け止めたがゆえに
深い記憶となったのだと理解できます。


つまり心の器官をもって受け止めただけの現象は
記憶としては失われやすいのだとも言えます。


一方何らかの感情を持つことで体験した現象は
その想念と共に私達の記憶に植え込まれる事になるために
私達の記憶として残りやすいのだと言えます。


この場合は想念が勿論心のエゴを
強く感じている事もあるでしょうが、


もしもこの時に私達が魂を意識して思考や体験を
繰り返していたとすれば、それは宇宙的な意識に導かれた体験であり
それは宇宙的記憶となるのではないでしょうか。


つまり私達地球社会の人間は
何よりも宇宙的意識を持っての体験が少ないことが
次の肉体に転生した時の前世の記憶が少ない事の原因でもあるということ。


そして一方では宇宙的意識を持っての思考や体験ができないからこそ、
私達は魂の進化を果たせず


次の生においても、再び地球社会での転生に繋がっていると言う
話にもなってくるのだと思います。

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私達の社会の中での常識、つまり人は一度きりの人生であるという意識は
つまりは前世の記憶が存在していない事にその原因があるのです。


もしも私達が前世の記憶を持ち続けることができて
それを次の生にも活かす事が出来るようになれば
私達も自分という存在の永遠性に気が付く事になるでしょうし


一方では確実に私達の精神性=魂は進化し続ける事になります。


今のこの空間がそれを実現できる周波数帯に無いことを意識すれば
私達はこの社会全体の周波数帯が高まること
もしくはこの社会からの卒業を意識する事になるでしょう。


私達が永遠の命を意識できるのは
この地球社会を天国に変貌するかもしくは自らが父の元に帰る事を
意識する事が大切だということ。


個としての自分の意識を高めながら
全体としての地球社会の改善を強く求める。


そんな生き方が私達を永遠へと導くのです。


【貴方に無限なる力の祝福がありますように】



今日は朝から妙な薬品を撒かれていたので
今では胃腸や口の中が薬品の味覚で溢れて
気持ちが悪い状態です。


今日、体感した薬品は体臭の元となるような薬品、

そして過食を促すような薬品です。


こんなものまで撒いては私達を人間的に
能力や魅力で貶め続けている人間達がいます。


そして今日は一段と洗脳が強化された自覚があります。


思考が能天気というか問題を問題として
思考できないような状況にされているのです。


その目的は私に周波数帯洗脳と
劇場型語りかけ洗脳の実態を広報されたくないからだと思います。


私は食べても脳へと栄養が行き届かず
そのくせ下半身などには頻繁ん肉がついて
太りやすい状況にもされています。


「ここまでやるのか?」


と半ばこの人間達の精神性を呆れて見つめてもいます。


記事を書こうとするときの妨害も最近は激しく
とりわけ週末から月曜にかけては最悪の環境です。


そして周波数帯洗脳が強化されるのもこの時が一番かもしれません。


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今日からは生命の科学第七章を前提に
記事を書いていきます。


この辺から私が説明できることと
出来ないことがはっきりと分かれる事になります。


私の理解の範囲で記事を進めますが
以前書いた生命の科学の記事に


アダムスキーの著書の引用がありますので
是非とも参考にして頂きたいと思います。



本題です。

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私達は日々の暮らしの中でありとあらゆる体験を繰り返しています。


その中で感覚器官と心をもって感じた事や体験した事が
今の私達の暮らしの中で記憶として脳に刻み込まれます。


そしてこれこそが本能と併せて、
私達が心と読んでいるものを形成しているのです。


しかし私達の脳はあくまで今現在の私達の生が終わるまでの存在であり、
もしも私達が死ねばその肉体と一緒に
その記憶も消えてなくなるであろう事は想像がつきます。


私達が転生した後にその記憶がほとんど消えている事も
これとは無関係ではないようです。


私達は心と意識を合わせて体験し思考する事で初めて
その記憶を宇宙的な記憶として魂に刻み込む事になるようです。


つまり私達は通常、心を使用して無意識に行動を繰り返し
心と本能の作り上げるエゴにばかり囚われているために
魂はそれを受け止めて記憶として持つ事も無いということ。


アダムスキーの話では私達は宇宙的な体験を持たねば
その記憶は魂に刻み込まれ無いという事でした。


どの程度の記憶が私達が次の生で認識可能なのかという話にもなりますが
個々の肉体を持つ私達が魂を意識した時に容易に取り出せる記憶は
恐らくはアダムスキーが宇宙的な記憶と言っているものだけであり


それを培うためには心と魂を合わせた状態での経験が必要であり
宇宙的体験として認められるのは
私達が真理に導かれて思考した時ではないかと思います。


つまりは魂を意識して正しい判断力の下で
思考や体験をする事が重要だという事です。


私達の社会には独自の真理があります。


それは学問や芸術含めてです。


しかしその多くは地球ならではの真理であり
どこの空間に行っても存在しているものではありません。


例えばアイドルに拘りそれを意識して
そのアイドルの事を何から何まで知っているという知識も


更には地球社会特有の学問を多く学び
その知識を知っているという事も、


私達の社会の中でこそ有効な知識であり
それは宇宙的な知識、つまりは真理ではないのです。


その視点で認識すれば、例えば生物や植物
更には科学全般などはどんな空間であっても共通する知識であり
私達の肉体に対する知識、医療の一部も同様だと思います。


しかしそうではない知識は例えいくら詰め込んでも
それは次の段階の私達の生には役には立ちません。


そしてそのような記憶は心つまりは脳にだけ記憶されて
その後は消えてなくなる事になるのだという事です。


ただ、アカシックレコードのレベルまで
私達が遡る事が出来るようになれば
そんな些細な記憶でも取り戻す事はできるのかもしれません。


しかし賢明な天使達は、地球社会の中などの不要な体験を全て
魂の意識から引き出すことなく


新たな体験と学習の妨げにならないように
意識する事も避けるようです。


それは低い周波数を身体にまとった状態での体験であり
私達の更なる進化には役に立つ事はないからです。


アダムスキーの妻だった人間は
それをアダムスキーの前で実践して見せてくれたようです。


アダムスキーは妻の転生と名乗るその少女に
自分が覚えている事を問いかけて返答をさせました。


しかし彼らは他人の心が読めるので
それをそのまま信じる事はできないと意識する場面もあったようですが


その妻の転生は、アダムスキーが既に忘れていた些細な出来事を思い出して
それをアダムスキーに語って聞かせたという話でした。


その少女が自分の意識を読んでそれを語ったわけではないという事を
アダムスキーは理解し、妻の転生と信じた。


そしてその一件がアダムスキーに
転生の正しい実態を理解させるきっかけとなったようです。


生命の科学の目的の一つは
私達の心を魂と並行して使用する事で


心の価値観を魂の価値観で置き換えて、
その状態であらゆる体験と学習を繰り返す事でした。


一方私達の記憶を宇宙的なものとするためにも
私達は魂と心を合わせて何事をも実行することが
大切なのだという事です。


この事も魂と心のフィードバックの関係を
私達に教える事になります。


進化とは魂の意識を持って心の価値観を真理に置き換えて
それを実行していく事で脳の進化を果たすことでもあります。


進化を果たした脳は今までと違った機能をも
利用する事ができるようになりますし、時には脳細胞も増えて
その事で一層魂を感じやすくもなります。


そして魂を感じてその価値観を心に置き換え続ける中で
多くのエネルギーを至高なる英知と呼ばれる
四次元のエネルギー空間から受け止めることにもなります。


そのエネルギーが私達の脳に更なる進化を齎す。


この繰り返しが私達が物理的に体験できる進化です。


肉体の進化は思考の進化にも繋がり
それはそのまま魂と呼んでいる私達の霊魂の進化にも繋がっていきます。


そして進化した魂は次にはその魂にふさわしい空間そして
肉体へと転生していく事になる。


私達が目標としている”記憶を持っての転生”は
このような流れの中で培われていくものであるということを
是非とも理解して頂きたいと思います。


永遠の命は地道な進化の先にある。


日々真理を生きてください。


【貴方に無限なる力の祝福がありますように】