穴と橋とあれやらこれやら -96ページ目

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

2016年10月16日、奈良県の気になってたネタ回収。この日のネタは実はめっちゃ記事にしていて、まず第一部的な奥玉谷出合の橋二題とオプション、そして第二部的な北股林道徒歩遡上の旅(全5回)と、そのプレ連載として二乃股橋ゴウシギ橋(仮)奥玉橋三之公橋と三之公上橋(仮)北股川橋(仮)じやくら橋ともう一本かまのたにばし丸山谷橋名称不明隧道

 

今宵ご紹介するのはいわば第三部、帰りに寄り道した宇陀市の橋たちのひとつ。

 

 

 

まずはこれ。

タメなく正対…なんだが、いかんせんボケとるな。現在地はこちら

 

 

 

 

 

常夜灯を模したような、凝った親柱が目を引く。お名前は、

「太右衛門橋」。

 

 

 

 

 

左の親柱には

「宇陀川」。

 

 

 

 

 

橋上から望む、上流側。

Rの異なる二つのアーチを重ねた意匠がいい。

 

 

 

 

 

そしてこちら、下流側。

向こうにもう一本ヤバそうな橋が架かっているが、この頃のわたくしのセンサーには反応しなかったようだ(笑)。

 

 

 

 

 

渡って正対。

この親柱、マジでオリジナルは常夜灯的な火袋が付いていたのかもしれないな。

 

 

 

 

 

左の親柱、

「たゑもんばし」。

 

 

 

 

 

右の親柱、

「うだがは」。

 

こうして親柱では残念ながらお誕生日が判明しなかったのだが、Q地図によれば、なんと完成年が1985年(S60年)とのことで、イヤイヤイヤイヤ、それはないわ~。

 

もちろんこれは、宇陀市の台帳でそのように記録されているからだろうが、おそらくこれは改修された年なのではと推察される。

 

 

 

 

 

高欄のこのテイスト、

 

 

 

 

 

そしてこの意匠。

見るからに、昭和初期~戦前の橋のかほりが漂っているもんね~。

 

 

 

 

 

どこかに銘板でもないものかと、

限られたアングルから覗いてみれば…あっ。あれは!?

 

 

 

 

 

銘板発見んん!!

しかし小さい~(泣)。

 

ズームして見たものの、夕暮れ迫る中の光量不足でこれが精一杯。せめてもっと大きい銘板にしてくれてたら…。あと、せめて親柱側面とかに設置してくれてたら…。

 

細かい文字は判読できないが、どうやら工事に関わった人名と役職が刻まれているようで、竣工年などはなさそうに見える。

 

 

宇陀にはけっこうステキ橋が多いのだが、あんまり紹介できてない。まあ気長にやっていこう。

 

 

 

以上。

 

 

【前篇】より続く。

 

 

 

 

「第二隧道」を抜けてしばし、明るい場所へ出た。

取り残された「幅員狭小」標識があった。

 

左上の柵は、県道現道路肩のもの。ここからしばらくは、現道最接近パートとなるが、このように高低差が。谷筋を隧道でクリアした旧道に対し、現道は山を切り開いて高度を上げていく、そんな構図。

 

 

 

 

 

少し進んで右カーブしたところでは、

現道擁壁が迫って切り通しのようになっているところがあった。

 

結論から言えば、どうやらここに隧道があったようだ。三本のうちの真ん中、すなわち本来の「第二隧道」の位置がこのあたりだったらしく、前回冒頭の碑文(「風吹トンネルの由来」)には書かれていなかったが、昭和の二度の改修のいずれかで開削されたものと思われる。

 

先ほど抜けてきた「後の」第二隧道(本来は第三隧道だったということになる)の扁額には昭和三十二年とあったので、この改修時に撤去されたのではないだろうか。知らんけど。

 

 

 

 

 

「エア第二隧道」を抜けたと思われる(もちろん当日現場ではそんなん知る由もなかったが)あたりで、

あー見えた。

 

 

 

 

 

なぜかこっちはしっかり封鎖されてしまっている、

「第一」隧道。

 

 

 

 

 

傍らには、掛川市のカントリーサインが。

現在でこそこの旧道全て掛川市内だが、2005年3月までは小笠郡大東町だった、その名残か。

 

 

 

 

 

ここもまた、面白みのないビジュアルに改修されており、扁額には

「風吹隧道」と。

 

真ん中が開削されて二本になった段階で、もう一方を「第二」と名付ければ、こちらは「風吹隧道」ってネーミングで事足りるわな、それは。

 

こちらも年代など刻まれてるのかもしれないが、金属フェンスが邪魔で見えない。

 

 

 

 

 

金属フェンスといえば、

他の方のレポだと、こっちのフェンスが空いていて入れた、みたいなものが散見されたが、もしかしてカギ開いてたんだろうか?試してみることさえしなかったと思うが。

 

なのでこれはもちろん、フェンス越しの一枚。

 

 

 

 

 

 

入れないならば、反対側に回ってみよう…

本来そうなるところだが、実は…もう行ってきた後なんだわ、実は(笑)。

 

 

 

 

 

 

およそ18分で、また戻ってきた。

 

そう、風吹隧道の反対側、実は一番最初に見に行ったのだが、あっちの旧道はまるで採石場への専用道路みたいな感じで、非常に入りづらかった。実際ダンプも行き来してたし。

 

 

しかも砕石場のところで旧道は封鎖され、進入不可。誰も付近にいなければお邪魔するところだったが、ここはとてもじゃないがレンタカーを停めて入って行ける雰囲気じゃなかった。

 

なんとかお姿だけでも見えないかと、あれこれ撮った中で一番マシだったのが、これ。

わかりにくいだろうが、なんとかスパンドレルまでは見えた…ようだ。これが限界だった。

 

 

つうわけで、結局わたくしは風吹隧道には入れなかったのだが、入れないもんだと思ってたので、当日はそこまで残念じゃなかった。後日他の人が入ってるのを見て、ええ~…となっただけで(笑)。

 

いや~しかし、もう12年も前の話なのねこれ…。

 

 

 

以上。

 

 

 

 

2011年12月14日、初めての掛川探索。この日のネタで記事にしているのは、竜脇川橋梁百合切隧道牛渕隧道大城隧道檜坂隧道岩谷隧道。今宵ご紹介するのは、時系列では大城隧道と檜坂隧道の間に訪ねた物件…というか道。

 

本来なら「道路トンネル/隧道」テーマでやるような内容だが、ここ最近道ネタをやってなかったので…。

 

 

 

まずはこれ。

静岡県道249号掛川大東大須賀線、同じ掛川市内ではあるが字名が入山瀬から岩井寺に変わるあたりに、この立派な碑が建っている。

 

 

 

 

 

台座には「風吹隧道を讃える」、そして碑文のタイトルは

「風吹トンネルの由来」。

 

内容は各自お読みいただきたいが、かつてここに掘られた隧道群のことと、それを実現した青野卯吉翁への感謝が綴られている。そしてその役目を終えた隧道群が、旧道に遺されている…というのは地図を見れば一目瞭然。

 

それにしても、ここにも隧道物語がひとつ。こういう逸話は各地で目にするが、そのたびに隧道一本の重みが現代とは比較にならないことを痛感する。

 

 

 

 

 

つうわけで、

その旧道入口。場所はこちら

 

 

 

 

 

車止めポールなど立てられて、

四輪はシャットアウトされていた。

 

 

 

 

 

ここを進んでいくと、すぐに…

お出まし~。

 

 

 

 

 

明治35年開通というこの隧道だが、

昭和6年、32年と二度の改修を経て、このような無難なお姿に。

 

 

 

 

 

扁額には、

「第二風吹隧道」と。

 

昭和三十二年二月竣功とあるから、やはりその時の改修によるお姿だということになるが、ここで疑問が。記念碑には「大小三つの隧道」と書かれていたはずだが…「第一」でも「第三」でもなく、「第二」?

 

まあいい。行けばわかるだろう。

 

 

 

 

 

ここで、来た方向を振り返り。

雰囲気は実にいい。

 

 

 

 

 

そのまま、

洞内へ。

 

 

 

 

 

そして、向き直り。

ああ…いいですな~。

 

 

 

 

 

思いのほかしっかりした照明が残っていたが、

もちろん点灯してはいなかった。

 

 

 

 

 

抜けて、振り返り。

ぐぐっと廃感増量。

 

オリジナルの姿(高さ二メートル、幅二メートルで人が車を引いてやっと通れる程度の素掘り”)を想像すると、キューンとなるね(笑)。

 

 

 

 

 

扁額は…同じかなあ。

なんか、間違い探しレベルでちょっと違う気も…(笑)。

 

 

 

 

 

さてさて、この先明るくなってるけど。

どんなんかな~?

 

 

 

【後篇】に続く。

 

 

 

 

 

既にご存じの方も多かろうとは思うが、わたくしは先日ゲバゲバさんに教えていただいて初めて知った。なので一応告知を…。

 

 

来たる11月5日日曜日、我が最愛の隧道である横山隧道の開通100周年記念事業として、朗読、歴史講演会が滋賀県長浜市の西黒田まちづくりセンターにて行われる。その後は里山ウォーキングと称し、隧道への訪問も!

 

 

我々の業界的には、やはり永冨さんの講演!そして横山隧道でお弁当!わたくしももちろん参加する…と言いたいところだが、これが微妙で…。

 

11月はいろいろと予定があって、なおかつちょうどこのあたりで今年最初で最後の遠征に行こうかな~なんて思ってたところで、他の週末に動かすと、いろいろ支障がありそうでなさそうな。そんな感じ(どんな?)で、ちょっと考えあぐねてる。

 

 

ただ、この内容で、かつお弁当までいただけるのに無料だなんて、いいんですか?なレベル。行ける方はぜひどうぞ~。QRからの事前申し込み要につき、ご注意を!

 

 

 

 

はー、どうしよ。

 

 

内容的にテーマ分け不可…やむなく「オフ報告、同好の士」で。

 

 

 

 

 

2022年8月26日、中国地方縦断迷走・初日。この日のネタで記事にしているのは稲荷橋簗瀬橋力谷隧道今宵ご紹介するのは、簗瀬橋の直前に訪ねた、この日のメインターゲットの一つ。非常に楽しみにしてきた。

 

 

 

そのファーストコンタクトがこれなんだが…

おおおお~。

 

 

 

 

 

よく見えない?ではもうちょい接近して…どうだ。

おおおおお~。

 

改めて、現在地はこちら

 

この心細さでここまで長大な橋を、アナタ見たことありますか?わたくしは初めて遭遇した。そしてなお重要なことは、この橋がれっきとした現役であり、市道であることだ。決して未認可の勝手橋なんぞではない。たとえそう見えたとしても(笑)。

 

さらに、地図をご覧いただければわかる通り、この橋、国道から直で「生えている」。この写真を撮っている背後には、国道を挟んでスーパーマーケットもあり、まさに「生活の橋」なのだった。しびれる~(死語)

 

 

 

 

 

もうね、のっけから

大丈夫なんか?っていう心細さ全開。とはいえもちろん渡る。問答無用で。

 

 

 

 

 

で、今回はいきなり動画を撮りながら渡った。背景的にこっちからのほうが映えるかな、と思って。なので、まずは動画をご覧いただきたい。むしろこれだけで大丈夫かも(笑)。

 

 

 

 

 

つうわけで、写真は渡りきって動画終わり地点からの振り返り。

改めてこちら側からレポしていきたいが、その前に。

 

 

 

 

 

この道の先(橋を渡った先)をご紹介しておこう。

一度は下草を刈り払いしたものの、また生えてきてる状態、ってとこだろうか。

 

 

 

 

 

左へカーブして、

車道へ出る。

 

 

 

 

 

先述のとおり、橋を含むここまでの細道は、

真庭市道南垂水中央線という立派な名前の市道。

 

よって、全国Q地図にしっかりと掲載されており、この横部橋という名称や市道路線名もそれで判明した。いつもながらにありがたや。

 

 

 

 

 

なので、こんなビジュアルではあるけど、当然メンテはされているということだ。

…信じて…いいんだな?(笑)

 

「2022年度版真庭市道路橋梁/大型カルバート修繕計画一覧表」によれば、直近では2020年に点検されており、対策区分はC(予防的補修実施)、判定区分はⅡ(予防保全段階)と、見た目ほどの不安感を覚えるには当たらないようだ。次回は令和7年度に点検予定とか。なぜ西暦と年号が混在してるのだ。

 

ちなみに、架設年度は残念ながら「不明」となっている。橋長は78m、幅員は5m…って、これはさすがにウソでしょ(笑)。径間数は実に15!

 

 

 

では、

戻りながらの写真でご紹介していこう。

 

そうそう、このビジュアルからして、わたくしおそらくこの橋は●●橋ではないか?と想像してきてたのだが、

 

 

 

 

 

どうやらやっぱりそうらしい。

その状況証拠がこの写真に写っている。

 

 

 

 

 

踏板側面に這わされた、このワイヤー。

やはり。これは流れ橋だ。

 

流れ橋とは、増水した際に流される前提での橋であり、事後にこのワイヤーをたぐって踏板を元通りに戻せば復旧できる…ざっくりといえばそのような橋。そのためこのワイヤーは、岸辺のどこかにしっかりと係留されているはずだ。

 

我が流れ橋の経験値は、全然多くない。記事にしている中だとこれこれこれだが、いずれも極めてささやかな橋たちであり、ここのような大きな流れ橋は初めて目にした。

 

ちなみにたぶん日本一有名な流れ橋は、地元である京都府にあるアレだが、近場の甘えで今なお未訪問だったりする…。

 

 

 

 

 

メンテはされてる、というものの…

ははは…。高さがないので怖さもないが、なかなか心温まる。

 

 

 

 

 

真ん中あたりで振り返り。

いや~これは楽しい。吊り橋のように揺れたりはしないが、楽しい。

 

 

 

 

 

仮設感満載の高欄…

いや、ただの手すりっすな。

 

 

 

 

 

そして、

H鋼と角材で組まれた橋脚がまた良し。

 

 

 

 

 

長い橋だが、いわゆる「川」の部分は半分もない。

これは上流方向。

 

 

 

 

 

そしてこちらは下流方向。

川の名前は備中川という。

 

 

 

 

 

はい、そんな感じで、

戻ってまいりました~。

 

目前を横切るのが、国道313号。けっこう車が通る。つまりこの橋を渡ってる間は、国道を行き交う車から丸見えなんですな~。うん、かな~り目立つ(笑)。

 

 

 

 

 

それを示そうとストビュー画像を見て…気になる状況に気づいた。

国道313号、拡幅工事してますな。これは2023年7月の映像。

 

この感じだと、横部橋にも干渉してくることは必至。次回点検のタイミングが決まってることから撤去はされないのかと思うのだが、国道よりの一部は拡幅部分に飲み込まれるのかも?

 

ちなみにこのストビューで600mほど南下していただくと、簗瀬橋が風前の灯火状態となっているのが確認できる。撤去間近…てか、今頃はもう撤去済みかも…。

 

 

 

 

以上。