2016年10月16日に敢行した、「ある目的」達成のために林道北股線をひたすらに遡っていく旅。
ここまでに記事にしたのが、二乃股橋とゴウシギ橋(仮)、奥玉橋、三之公橋と三之公上橋(仮)、北股川橋(仮)、じやくら橋ともう一本、かまのたにばし、丸山谷橋、そして「ある目的」のひとつであった名称不明隧道。
ひとつの区切りとなった隧道到達だったが、「目的」はこの奥にもまだある。
あとはどこまで車で進軍出来るか、だったが…
ここに置いとくことにした。向こうに見えてるのが探索したばかりの隧道。
ちょっと歩いてロケハンしてみたところではまだ行けそうではあったものの、残りの距離も大したことなさそう(当社比)であり、落ち着いてゆっくりと徒歩で進んでみたくなったのだった。
ちなみに記事タイトルについて、こんだけ連載してきて【1】っつうのもなあ(笑)、とは思ったのだが、他にイイのも思いつかなかったので『「徒歩」遡上の旅」として仕切り直してみた。
身支度を整えて、11時46分、進軍再開。
遡上開始の地・二乃股橋からは2時間10分(ミチクサ込み)が経過していた。
急な登り勾配で始まった徒歩進軍、
テッペンあたりの路面状況が、車を自重した直接的な理由ではあった。ソロでこの奥地、無茶はできない。リカバリーの技術もないし。
登りきってしばし進むと、
何やら建物が見えてきた。
比較的しっかりして見えるこれらの建物、
恒常的に使われている感じではない。
その先には、
北股川に向かって完全に崩落した建物が。
それを過ぎると、
立派な石積み土留め擁壁が現れ、
その股裂き また先に
あやしく傾いた建物。
その内部は、
完全廃墟。どこの床が抜けるかわからないので、立ち入ってはいない。
そこから見下ろした北股川は、大きく屈曲していた。
特徴的なこの地点を地図で見なおすと、おそらく現在地はコチラではないかと。
これら連続した半廃墟群を過ぎてしばし、
行く手に何かの看板が見えてきた。
【2】に続く。










