静岡県道249号掛川大東大須賀線・風吹峠旧廃道【後篇】 (静岡県掛川市入山瀬~岩井寺) | 穴と橋とあれやらこれやら

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初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

【前篇】より続く。

 

 

 

 

「第二隧道」を抜けてしばし、明るい場所へ出た。

取り残された「幅員狭小」標識があった。

 

左上の柵は、県道現道路肩のもの。ここからしばらくは、現道最接近パートとなるが、このように高低差が。谷筋を隧道でクリアした旧道に対し、現道は山を切り開いて高度を上げていく、そんな構図。

 

 

 

 

 

少し進んで右カーブしたところでは、

現道擁壁が迫って切り通しのようになっているところがあった。

 

結論から言えば、どうやらここに隧道があったようだ。三本のうちの真ん中、すなわち本来の「第二隧道」の位置がこのあたりだったらしく、前回冒頭の碑文(「風吹トンネルの由来」)には書かれていなかったが、昭和の二度の改修のいずれかで開削されたものと思われる。

 

先ほど抜けてきた「後の」第二隧道(本来は第三隧道だったということになる)の扁額には昭和三十二年とあったので、この改修時に撤去されたのではないだろうか。知らんけど。

 

 

 

 

 

「エア第二隧道」を抜けたと思われる(もちろん当日現場ではそんなん知る由もなかったが)あたりで、

あー見えた。

 

 

 

 

 

なぜかこっちはしっかり封鎖されてしまっている、

「第一」隧道。

 

 

 

 

 

傍らには、掛川市のカントリーサインが。

現在でこそこの旧道全て掛川市内だが、2005年3月までは小笠郡大東町だった、その名残か。

 

 

 

 

 

ここもまた、面白みのないビジュアルに改修されており、扁額には

「風吹隧道」と。

 

真ん中が開削されて二本になった段階で、もう一方を「第二」と名付ければ、こちらは「風吹隧道」ってネーミングで事足りるわな、それは。

 

こちらも年代など刻まれてるのかもしれないが、金属フェンスが邪魔で見えない。

 

 

 

 

 

金属フェンスといえば、

他の方のレポだと、こっちのフェンスが空いていて入れた、みたいなものが散見されたが、もしかしてカギ開いてたんだろうか?試してみることさえしなかったと思うが。

 

なのでこれはもちろん、フェンス越しの一枚。

 

 

 

 

 

 

入れないならば、反対側に回ってみよう…

本来そうなるところだが、実は…もう行ってきた後なんだわ、実は(笑)。

 

 

 

 

 

 

およそ18分で、また戻ってきた。

 

そう、風吹隧道の反対側、実は一番最初に見に行ったのだが、あっちの旧道はまるで採石場への専用道路みたいな感じで、非常に入りづらかった。実際ダンプも行き来してたし。

 

 

しかも砕石場のところで旧道は封鎖され、進入不可。誰も付近にいなければお邪魔するところだったが、ここはとてもじゃないがレンタカーを停めて入って行ける雰囲気じゃなかった。

 

なんとかお姿だけでも見えないかと、あれこれ撮った中で一番マシだったのが、これ。

わかりにくいだろうが、なんとかスパンドレルまでは見えた…ようだ。これが限界だった。

 

 

つうわけで、結局わたくしは風吹隧道には入れなかったのだが、入れないもんだと思ってたので、当日はそこまで残念じゃなかった。後日他の人が入ってるのを見て、ええ~…となっただけで(笑)。

 

いや~しかし、もう12年も前の話なのねこれ…。

 

 

 

以上。