穴と橋とあれやらこれやら -246ページ目

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

昨年から仕事でちょいちょい行くようになった(あれ?昨日も似たようなことを…・笑)阪急西院駅だが、これはその初めての日に通りかかって撮った物件。正直、これまであまり気にしたことなかったものだったが…。2020年10月3日のこと。

 

 

 

その物件とは…

これであります。…って言われても、って感じか。

 

シャッターが遅れて阪急電車が見切れておるけど(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

ズームしてみると、こう。

コンクリブロックと扁額が見えますな。そして背後には二本の…塔?

 

 

 

 

 

 

 

 

改めまして、

近くからの全景を。現在地コチラ

 

これは、阪急京都本線が地上から地下へもぐるまさにその場所。実はこの地下線、1931(昭和6)年開業と関西で最古の、全国でも二番目に古い(最古は1927年開業の東京メトロ・銀座線)地下鉄道なのである。

建設は新京阪鉄道の手によって行われたが、完成前の1930年には京阪電気鉄道と合併、当路線は京阪電気鉄道新京阪線となった。工法は、隧道を仕上げてから埋め戻す開削工法が用いられ、京阪京都駅(現・大宮駅)までの地下線路1,992mが完成した。この場所から現在はもちろん地下化されている西院駅上までは、開削工法の名残りが細長い用地となってハッキリと残っている。

 

 

 

 

 

 

坑口上に掲げられているのは、

当時の京阪電気鉄道社長、太田光の揮毫による「天人併其功」の扁額である。

 

そんな背景と歴史的価値のもと、この地下線路と大宮駅は、「阪急大宮駅と大宮・西院間の地下線路」の名称で、土木学会の選奨土木遺産に選定されている。

 

 

 

 

 

 

 

この、翼を広げた鷲のモチーフ、

実にカッコよろしいなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして最後に、坑門上に建つこの「塔」。

これ、ある意味親柱のような(トンネルだけど)存在なのじゃないだろうか。記念碑的な、あるいはモニュメント的な?ちょっと変わった材質の石(?だと思うんだけど)でできている。

 

フェンスの中なので、舐めるように観察はできないが、見たとこなんらか文字が彫られているようではなかった。やはりモニュメントじゃないかなあ。

 

 

 

これが土木遺産だというのは知っていたけど、それほどそそられる感じではなかったのでこれまではノーマークだったが、思いのほかカッコ良かった、というのが正直な感想。どうもすいませんでした(笑)。

 

 

 

 

 

以上。

 

 

2016年7月15日、この当時仕事でよく行っていた愛知県稲沢市で、空き時間にちょっと駅周辺を歩いてみた際に見つけた橋をご紹介。

 

 

 

まさか、駅からすぐの一発目で

すぐにイイ橋に出会えるとは。現在地コチラ

 

クラシカルな高欄の感じが実にイイ。戦前橋だったり…するのかも?

 

 

 

 

 

お名前は、

「元橋」。

 

 

 

 

 

 

 

右側の親柱には、河川名。

「大江川」。

 

いや~、シンプルだけど上品で素敵な親柱じゃないの~。

 

 

 

 

 

 

 

そして、サイドアングル。

あるようで、なかなかなくない?この感じ。好きだわ~。

 

 

 

 

 

 

 

これは橋上から見た上流側。

あっちにもイイのがあるぞ~。まあアレはまた別の機会に。

 

 

 

 

 

 

 

 

渡って南側より。

こういう橋が架けられたということは、(元橋という名前を考えても)この道は重要な道路だったんだろうか。

 

 

 

 

 

 

お誕生日があったが…むむ?

(見えないだろうが)「昭和三十七年三月竣工」。

 

おや、こんなに新しいのか。人造石っぽい仕上げを見ても、ほぼ間違いなく戦前橋だと思ってたのに。昭和三十年代においての、レトロ志向でデザインされたのか?不思議。

 

 

 

 

 

 

 

こちらは「もとはし」という仮名表記。

ほんとこの高欄、昭和37年モノには見えないなあ。

 

 

 

 

 

 

 

「思ったより古い」は時々あるけど、

「思ったより新しい」はさほどないんだけどなあ、わたくしの場合。

 

 

なんにせよ、とても美しい橋であることは確か。好きだ(笑)。

 

 

 

 

 

以上。

 

 

2016年5月3日、石川県シバキまわしツアー最終日。この日のネタで記事にしているのは、手取川第三ダム新旧・濁澄橋と豪華オプションライントンネルと珍?現象暮見のスノーシェッド

 

今宵ご紹介するのは濁澄橋の約1時間前、通りすがりに出会った物件。

 

 

 

国道157号を南下中に、

傍らに残る明らかな旧橋に気づいて停車。

 

開放されているのが嬉しいね。場所はコチラ

 

 

 

 

 

手前には、年季の入った駒止があったが、

肝心の親柱はなぜかのっぺらぼう。全然情報がない。

 

 

 

 

 

並行する現橋のお名前は、

瀬波橋。ってことは、間違いなく旧・瀬波橋ということで良かろうかと。

 

ちなみにこの現橋、「昭和五十九年六月架」の銘板があった。

 

 

 

 

 

その現橋からは少し見下ろす位置にある旧橋だが…

おおっ。上路トラス橋だったか。

 

 

 

 

 

上路のワーレントラス…いや待て。

これはプラットトラスだ。間違えそうになった。

 

 

 

 

 

このプラットトラス越しに、

小さな滝が見えた。いいね~。ちなみに川の名前は瀬波川。

 

 

 

 

 

南詰より。

なんか解放感があって、いいですなあ。

 

 

 

 

 

で、お気づきだったかもしれないが、

この橋、ちょっと曲がってるんですな。

 

現代の橋ならもっとなめらかな曲線になると思うのだが、二ヶ所の頂点がある。古い橋なのかと調べてみたら、どうやら昭和30年架橋らしい。微妙なお年頃やなあ…(笑)。

 

 

 

 

 

改めて、橋上から見下ろす小滝。

あんな滝でも、名前とかあるのかなあ。

 

 

 

 

 

最後に、新旧瀬波橋の並列っぷりを。

現橋に舗道が設けられなかったことが幸いして生き延びている状況だと思うが、まだ当分は活躍してくれそう。

 

 

ほどよく隠居、ほどよく現役な旧・瀬波橋でありました。

 

 

 

以上。

 

 

以前も記事にしたことがあるDREAM THEATER。今宵はふと思い立ってもう一度採り上げてみようかと。

 

 

なんでかといえば、最近改めてよく聴いてるアルバムが

こんなジャケットなんよね~(笑)。

 

2003年リリースの彼らの7作目のアルバム、「Train of Thought」で、欠円アーチの石造隧道の、いわゆる「鉄板の構図」と、こちらを凝視する巨大な単眼という、わたくしの趣味にはぴったりなアートワークでしてね(笑)。

 

 

 

まあ、このジャケットをお見せしたかっただけなんだけれども、せっかくなんで本作で一番のお気に入り曲を。4曲目の“Honor Thy Father”。

 

 

プログレ・メタル好きならずとも非常に認知度は高いバンドなんで、聴いたことあるって方は…いないか(笑)。

例によって解説はしない(できない)のだが、個人的にはこのイントロ、オールマイベスト10に入るかも。曲トータルとしても、ヘヴィで複雑だけれど、とにかくカッコいいな~と。4分58秒くらいからの展開にはドーパミン出まくり(ほら、こんなことしか書けない・笑)。

 

 

 

 

そのうちまたやるかも、DREAM THEATER。

 

 

2013年4月19日、最初で最後の岩手県探索。

 

この日のネタは、かなりたくさん記事にしている。時系列で小屋野の廃?橋落合の吊り橋区界トンネル第9閉伊川橋梁平津戸橋川井橋桐内橋追憶の岩手県北バス川井第10地割の流れ橋第25閉伊川橋梁鹿内沢橋梁押角駅雄鹿戸隧道松野隧道

 

 

今宵ご紹介するのは、鹿内沢橋梁から35分後、通りすがりに見つけた物件。ノーマークだったので、すぐさま停車した次第。

 

 

こんなん見たら、

停まらんわけにはイカンでしょう。現在地コチラ

 

明らかに廃橋であり、残念ながら金属フェンスで封鎖されている。それはいいのだが、親柱より手前で封鎖されちゃってるのが、ちょっとちょっと。

 

 

 

 

 

フェンスの隙間から、えーと…

「昭和廿六年十一月竣功」か。

 

 

 

 

 

 

お名前は…

うーん、「日向橋」か?

 

現道の橋名を確認したら、果たしてアタリだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その現・日向橋からの景。

すなわちこれが初見の景でもある。この優美な姿に、思わず感動したっけ(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

で、上の写真の左端、橋の右岸側には、

現道に踏んづけられた旧道の痕跡が。一段低いところにあるガードレールがそれだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

見おろしてみると、こう。

もはや旧道を歩くことは難しい…つうか、歩く意味もない。

 

 

 

 

 

 

 

つうわけで、旧橋とは大きな高低差が生じているのだが、

どういう目的で造られたのか、現道から旧道敷きへと降りる階段が。これ…意味ある?

 

 

 

 

 

 

 

階段上からの旧・日向橋。

当然、こっちも封鎖されてるな…。

 

お気づきのようにわたくしお仕事スタイルの服装だったので、もとより乗り越える気もなかったからいいんだもんね(笑)。

 

 

 

 

 

 

こっちも親柱手前で封鎖されてるのがめんどくさい。

「ひなたばし」ですな。

 

 

 

 

 

 

そして残る親柱にあったのは、

「北山林道」。これ、林道の橋だったのか。

 

調べてみると、ここから東方向へ分け入る支流が北山沢というそうなので、この橋から北山沢に沿って延びる林道だったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

最後に、フェンス越しの橋上を。

お仕事スタイルじゃなくっても、有刺鉄線まで張られちゃあ、もうイカンわ。おケツでも破れちゃったらどうすんだ(バカ)。

 

 

「橋の日」となったこの日において唯一のガチな廃橋、しっかり堪能した。

 

 

 

以上。