ワシの自衛隊装備レプの代名詞とも言える、89式小銃の「官品3点スリング」レプリカ。
当初版レプの試作は2013年からスタートしたので、コイツに関わってからもうかれこれ10年以上にもなります。
(最初期レプリカ。今にして思えば大したこともないが、当時はどれほど苦労したことか)
ほとんど手探りでおっかなびっくり(=失敗したら1パーツにつき数十万の損失となるので)やってきたのですが、それから経験を積み伝手(つて)を広げ、二度のフック金具の改良を経て、とうとう2020年に「極(きわみ)」バージョンに昇華させたのでした。
(フックの鋳鉄化と自在スライドのリアル化の「極(きわみ)」)
レプリカとしてはもうこれ以上ムリ!というところまで到達し、お蔭様で部材もかなりハけ、89の3点スリングはもうこれで終わりだな・・・と思いつつ、しかしそれでも満足していたわけではなかったのです。
心残りだったアレやコレ
満足していなかった点の1つめは、この伸長用「ワンサムバックル(サム=親指。親指で開放する)」。
(上がレプに採用していたACW社のバックル。下が官品)
当然ながら官品は入手できず、官品同等品も存在しません。
…というか、実はなぜか官品スリングを所有している某民間人(笑)サマに、当初から各種データを頂戴していたんですけどね、うん時効時効。
まあワシもその後に官品スリングを何度かヤフオクでGETしていますが。
で、これまでは、米EAGLE社の実銃用スリングにも使われていたACW製のものを探し当て、個人輸入したのでした(そこに到達するまでも苦労の連続でしたが)。
…が、近年の目の肥えた自衛隊装備勢の方々からは、しょっちゅう
「でもバックルが違うよね」
なんていう感想を頂戴してしまいます。
心の中で(当たり前だろが~!)とは思うものの、次第に(でもやっぱ違うよな…)という思いもムクムクと頭をもたげてくるようになりました。
2つめの不満点は、ナイロン。
前回は10年前と5年前に某業者さん(仮にA社とする)で特注したのですが、個人的にはずっとモヤモヤしていたことがあったのでした。
それは、A社の対応がイマイチだったこと。
初回はまだしも、2回目の特注の際には最初の担当者サマが定年退職してイチからのやり直しになってしまったうえ不良品も多く(←捨てるしかない)、近年になって顎紐用のテープの特注をするようになったB社の懇切丁寧な対応を知ってしまうと「B社に依頼しておけばよかったな」という後悔が。
もちろん当初はB社を知らなかったから仕方ないのですが、どうにも気になってしまい、たまに「あ~!」となってしまうのです。
あとは色味で、↑の画像でも分かる通り、同じ黒でもナイロンの色味がちょっと違います。
それに再現できたのは見た目と質感だけで、中身(織り方)までは追及していません。
仕様書がないので当然ですが、この辺りも気になっていたのでした。
もし仮に3点スリングのレプリカを改修するなら、そこら辺を直したいよね~やらないけど!と思ったのが1年半前。
とはいえ、改修というのもそう簡単なことではありません。
なぜなら、特注部材は1つにつき十数万~数十万の出費がかかるから。
特注部材の集合体であるこのスリングは、部材だけで軽自動車が新車で買えてしまほどの費用がかかったし、ワシのような個人にはそんな資金の余裕はありません。
そしこの3点スリングレプリカは、2014年夏のVショーでのリリース以降9年の間に
・フック小型化版
・リアル形状ステンレスフック版(この途中でナイロン尽きて再特注)
・極(きわみ)版
と3度の改良を経ていて、相当数が陸自装備勢の手に渡っています。
※アルミの初期フック(奥)と亜鉛ダイカストの小型フック(手前)
となると、今更新しく作ってもすでに界隈の需要を満たしきっているので、もうハケない可能性が大。
それにリニューアルというのも、より良いものが提供できるとはいえ、従来品を持っている方にすれば面白くないハズ。
ああみんなにこれ以上嫌な奴だと思われたくない!
これ以上「このイケメンめ!」と嫌われたくない!
・・・そんなわけで、3点スリングの改修については1年近くもウダウダと悩んでいました。
しかしワシは相当な阿呆だったのです。
阿呆だから仕方ないですよね!
うん、仕方ない!
・・・というわけで、せっかく「極」で最終形態に行き着いたと思ったのに、ついに踏み入れてはならない領域に足を踏み入れてしまったのでした。
ホントに申し訳ない!!
あ~も~!!!!
“finalバージョン”の各部材
【ナイロン再特注】
そもそもの発端は「20式小銃」。
全てアイツのせいです。
まったくもう。
20式の官品スリングは、もともとは25mm幅のナイロンで考案・試作されたのに、配備版では30ミリ幅に変更されたのでした。
これは相当なショックで、89スリングと同じ部材が流用できない…となるとかなりの難関になります。
そこで20式用のナイロン特注について、アレコレ思案をしてみました。
2度もナイロン特注をしてもらったA社は、もう請けてくれないだろうし請けてくれても融通きかないので却下。
そこで例のB社に軽く、ほんとに軽くちょいと打診をしてみました。
B社は顎紐のポリエステルはもちろん、ナイロンでもビニロン(やらないけど)でも特注可能で、またこちらの要望に応えてくれるばかりでなく、「こうしたほうがもっと良くなりますよ」とプロならではの提案をしてくださり、こちらの改修要望を聞いてくださるし、その都度試作品を送ってくれるし、素晴らしい業者さんです。
その中で、ひょんなことから官品ナイロンは特殊な織り方をしていて、ほつれにくくしていたことが判明(ホツれてもホツれが拡大しない織り方)。
さすがに原料までは解析できないので真似ることはできませんが、織り方なら「ウチでもできますよ」と何とも力強い回答。
それで20式スリングのレプリカがようやく動き出せることになったのですが、
「いや、それより89の3点スリングがまた作れるじゃん!」
となったのでした。
で、こだわったポイントは他にもあって、それは色味。
この3点スリングは黒ですが、黒というのは色の指定が簡単のように思えて実はそうでもありません。
なぜなら、同じ黒でも赤みがかった黒と青みがかった黒があるからです(官品ナイロンは後者)。
その要望を、B社は染色やさんにしっかり伝えてくれました。
(上から従来レプ・???・新レプ)
とはいえしっかり要望を聞いてくれすぎてちょっと青みが強くなってしまいましたが、それも特注の悩ましい所で、一度やったものはもう直せません。
それでも、ぱっと見も中身もより官品に近づき、あの「黒いんだけど真っ黒じゃない」ナイロンっぽさをうまく表せたと思います。
ちなみにVでレプを展示していると毎度のように出る「官品はもっと硬い」「官品はもっと柔らかい」論争は、もう結論が出ています。
官品ナイロンも、使用状況や経年で柔らかくも硬くもなります。
なので、みんな正解!
※3点スリングの初期バージョンは、少し固めで織り目も細かいナイロンが使われており、経年も相まって余計に固く感じられるように思います。
【地味な“糸”】
縫製をするには糸が必要。
生地が厚くなるほどに糸も太くするもので、そしてミリタリー物は当然生地が厚い。
なので自然と太い糸が必要になりますが、生地が厚く糸が太くなるごとに縫製の難易度がグンと上がります。
で、ワシは3点レプを作り始めた当初から、まあまあ太目の30番の糸を使っていました。
たかだか30番の糸でも自分としては十分に極太で、しかもこの3点スリングは最大でナイロンが4枚重なり8~9mmもの厚みを持つ強敵のため、ミシンの糸調子の許容範囲がものすごく狭く、ちょっと糸調子を間違えると糸が切れたり縫い目が飛んだり針が折れたりの連続で、慣れないと一向に縫製がはかどりません。
ミシンメーカーのジャノメに「うまく縫えないんですけど~」と問い合わせても
「そんなに厚いものは想定していません」
という回答で、まさに四苦八苦で縫うたびにミスを繰り返し、相当に苦労をしてきたものです。
しかしミシンを始めて十年ちょい、他のスリングや顎紐も量産しまくったせいで、知らぬ間にワシの技量は向上していました(←最初がゼロだから伸びしろしかない)。
おかげで近年は、それまで苦手だった30番の糸でも、あのぶ厚い部分がミスなく縫えるようになっていました。
そんな中、改めて官品3点スリングの糸をルーペで拡大してチェックすると、なんともっと太い20番の糸を使っているではないですか。
うーん、20番はさすがにな…と思って新しいナイロンで試してみると、アラいける!
あの超ブ厚い部分も30番と同じようにサクサクいける!
というわけで、糸(の太さ)までもリアルにすることができました。
でも従来の30番の糸と見た目にあんまり違いがないので、ほとんどの人には伝わらないと思います・・・。
※3点スリングの初期バージョンは、30番の糸を使用しているようです。おそらく途中から強度を求めて糸を変更したのだと思われます。
【伸長バックル】
官品バックルなんて入手できない…と思っていたところですが、実は近年「みらい装備工房」さんが官同品のバックルの小売りを始めています(こちら)。
で、当然と言えば当然ですが、「みらいさんとこのバックルとゴニョゴニョ…のフックを使って特別にレプを作って」という依頼が5件くらいありました。
一部界隈で「3点スリング・スーパーレプリカ」と呼ばれていたのがソレ。
それならワシもそのバックルを購入してレプリカ作ればいいじゃん・・・と思ったこともあったのですが、こちらは相当な数量が必要だし、単価的にも難しい。
やはりココは自力でなんとかしなければなりません。
たまたま、官品バックルの採寸はすでに10年前、最初期版のレプリカを計画した際になぜか完了しています、なぜか。
しかし当時はそれを具現化する技術もツテも資金もなく、それでACWのバックルの個人輸入という手段を取ったのでした。
しかしあれから10年経った今は違います。
ワシのアンテナも、最初から比べたらかなり長く太く伸びています。
しかし世の中にはできることとそうでないことがあって…
…あれっ!?
ナンデコンナモノガココニ???
仕方ない、これを使おう!
ちなみにコレ、細部は官品と違うのですが、並べて見ないと分からない差異で、しかも官品との互換性があります。
で、よく割れるツメが官品より0.2mm厚いので、ツメが少し折れにくくなっているはず。
そして表面のボツボツ(ザラザラ)はオモテから見ると官品と同じですが、裏返すとサラサラなので、官品との違いが明確。
しかしコレ、特注した人は相当に苦労しただろうなあ、いったい誰だろう。
でもいいや、クリア!
【日の字金具】
今回「final」バージョンの製作に当たっては、もともとあまり数を作る予定がなかったため、コレ(コキ金具)は従来版の金具の残りの流用を考えていました。
しかし数がチト足りなかったことと、それにどうせやるなら一気に完璧を目指さないと…という面倒な性格が災いし、新たに特注することにしました。
改めて特注するにあたって旧タイプの金具をチェックしていたら、なんと内側の隙間がコンマ数ミリ狭いことが発覚。
指示を間違えていたかと思って図面を見直すと、指示は正しく、業者さんがミスしていたことが分かりました(見た目では分からず納品後のサイズチェックをしていなかった)。
その業者さんはワシがレプ作成を始めた時からの長い付き合いで、最近で言えばアクセルスペーサーや戦闘背嚢フレームの特注をお願いしていますが、今のワシを満足させてくれるレベルではなくなってきています。
なので新しい業者さんに特注。
従来品はステンレス板のレーザーカット+真ん中の線だけプレスだったのですが、今回は官品と同じく、全部プレス成型に。
そして内側のサイズも官品と今度こそ同じにしました(ただし外寸は僅かに大きくなった)。
ただ金具は表面処理も悩みどころで、実物はメッキがハゲハゲで銀ギラギンのものしか見たことがなく、そこで前作はステンレスを黒染めしてからウェザリング加工という実に手間と金額のかかる手法を取っていました。
そんな中、たまたま官品の“新品”スリングを見る機会があったのですが、金具を見てみると、なんとステンレスに普通に黒ニッケルメッキをしただけなのです。
それが使用によってメッキが徐々に剥げていって、よくある銀ギラギンになっていくのでした。
そこで今回、官品と同じくステンレスに黒ニッケルメッキを。
こんな目立つ感じで大丈夫なのかと心配してしまいますが、実物の新品もこんな感じなのだから仕方ない。
(左がゴニョゴニョ…、右が今回のレプ。光の加減で見え方が違っていますが、メッキの色味は同じになりました)
コレが徐々にキズハゲになっていくのをお楽しみください。
ちなみに官品とはちょっと造形が違いますが、いかにもプレスしましたという形状になったので合格。
ただし「型」は必要なので、エライ金額がかかってしまいましたが・・・
そしてサイズも今度こそ官品と同じになった(内側の隙間が少し広くなった)ため、現職さんが口を揃えて言う「だんだんズレてくる」あのイライラも再現できることになりました(笑)
【自在スライドとフック金具】
これらは「極み」バージョンの余りをそのまま流用・・・と思っていたところ、残数をチェックしてみるとこれまた半端に足りない(;゚Д゚)
予定外の出費をすることになって焦りましたが、改めて追加製作してもらいました。
ただ、追加製作分は側面のヘアライン加工をやめてメッキの乗りがよくなったのか、側面の赤みが改善されました。
フック金具は、実物の後期版はパーカーライジング処理なのでパーカーにしてみたかったのですが、どうにもパーカー処理できる業者さんとマッチングできず、メッキ処理で我慢しています。
まあ、ここが「官品との区別をつけるポイント」としておきましょう。
上がステンレス版、下が鋳鉄版。
※3点スリングの初期はパーカー処理でなく、ビニロン負い紐と同じメッキ処理でした。
※ビニロン負い紐のフック金具と3点スリング初期のフック金具は、形状が僅かに違います。
しかし実物は同じ鋳鉄なのに、あんまり錆びてる個体を見たことがありません。
なんでだろ?
【開放バックル】
ここだけは相変わらず、YKKの市販品。
官品に使われるにしてはちょっとユルいのが不思議です。
まあ間違って外すようなことはないんでしょうけど。
官品もけっこう所々こういう風に市販品が使われているので、どのメーカーの何という品だろう・・・と探すのも楽しいものですね。
【“改”も完全再現】
「極(きわみ)」の時も一部製作したのですが、近年は3点スリングの「改」仕様が出回り出しています。
2020年に隊員さんから「バックルだけ交換できるようになった」という情報を入手し、まさかこんな感じか?と試作したら全く同じ取り回しだった…というアレです。
しかし現物を見る機会がなく、本格量産をしないまま極(きわみ)自体の製作が終わったのですが、今回は「改」も従来型と同じくらい製作することとしました。
(縫製が従来版、金具になってるのが「改」)
部品としては余分に金具が1つ必要になってしまうものの、作る側としては縫製箇所が1か所減るのはとても助かりますし、実際にココを割ってしまうケースはやはり多いので、そんな時にナイロンを無駄にしないで済むのも有難い話。
89の3点スリングが登場したのはおおよそ2005年、改良品が出てきたのがおそらく2020年頃、15年経ってようやく一部の改良とはまあ・・・現場は大変ですね。
それでこうなった
それやこれやの部材を組み合わせると、こうなります。
改仕様(左)と従来仕様(右)。
パッと見では従来レプとの違いは分かりませんし、使い勝手も同じ。
言わなきゃ誰にも気づかれないでしょう。
でも中身は、改修どころの騒ぎでなく、ほとんど新造と言えるものになってしまいました。
しかしこんなヤバいものを生み出してしまったら、怒られちゃう。
あ~も~どうしましょう。
でも大丈夫。
官品と比べたらちゃんと違いが分かるから!
おまけ・官品スリングの仕様の推移
同じように見えるフック金具も、実は細かい改修が加えられています。
↑の画像の上から、ビニロン負い紐用金具・3点スリング初期金具・3点スリング後期金具です。
ビニロン用は背中の部分がちょっとゴツく、3点用は背中の部分がスリム。
表面処理はいずれもグレート黒の中間のような色味のパーカーライジングのようです(以前は初期はパーカーじゃないのかなと思っていましたが、どうも使用による擦れでパーカー特有のザラザラ感が取れただけらしい)。
ナイロンは、初期と後期では織が異なっており、手触りも少し違います。
上が初期、下が後期。
初期のほうがウネが狭く、全体的にゴワついています。
地味に糸も変わっています。
初期では30番の糸が使われていたようです。
後期では糸が20番に太くなっています。
・・・というわけで豊和さん、これで合ってます?
【装備自作量産記事】
※思えばレプ作りすぎでは・・・?