ちょんまげインプの部屋

ちょんまげインプの部屋

いらっしゃいませ、変態(いろんな意味で)の部屋へ。
これであなたも立派な変態。
今後ともどうぞよろしくっす。

(以前、ちょんまげのついたインプレッサに乗っていたのでこんなタイトルです)


[20式小銃スリングレプリカ]


今回は丙さんはお休みです・・・。

 

【コマ数・受入先が増えたものの】

(※東部方面の話)

この4月に、今年度第1回の予備自補の試験を受けた(受ける)方も多いと思います。

結果発表が待ち遠しいですね。

私の地元は東部方面隊管轄なので、東部管内のいくつかの地本HPを見てみると、4月中旬には今年度の予備自補訓練日程が公開されていました。他の方面でも、4月中旬以降にどんどん日程が公開されているようですが、東部方面の中では東京地本の日程表がいちばん全体を把握しやすい。

 

 

特筆すべきは、この日程表だと分からないのですが、いくつかAタイプが、2個中隊で40人ずつ受け持ち80名の定員となっていること(上図の注1)

なのでコマ数は、Aタイプはこの日程表だと6コマに見えますが、実際は7コマ分になりました。

第一段階でボトルネックとなっていたCタイプも、R6,R7年度の年3コマからR8年度は5回・6コマに増えています。

これで、R6と7年度のようにCタイプの予約が取れずに先に進めない…という状況はかなり改善され、今年採用の人も年度内に第一段階をクリアできる人も増えると思います。

もう1点は、東部方面での受け入れ駐屯地が、武山だけでなく、相馬原と新町という群馬の駐屯地2か所も加わったこと(上図の注2)。

群馬なら、群馬県民だけでなく埼玉の人も、神奈川県の南端の武山より出頭しやすいでしょう。

新潟県民は武山に行くのはもはや一泊旅行レベルなので、相当に助かる人もいると思います。

おまけに群馬の2か所は、定員が50名と、武山の1コマ40名より少し多くなっています。

うち以外でもいろんな経験者のブログで東部方面の予約の取れなさは話題になっており、当然ながらそれは方面隊でもさんざん苦情を受けているはずで、ようやく解決に向けて動き出したということでしょうか。

ちなみにR8の東部方面は、Aから一気に最終のJまでいける日程が組まれてはいるのですが(昨年は無理な日程だった)、逆に第二段階のFとGが2コマと絞られていてそこがかなりのボトルネックとなっており、今年採用の人が一気に第三段階までクリアするのは不可能でしょう。

なぜなら、東部では第一段階のDタイプがない代わりにEラーニングの受講が必須で、Eラーニングの受講を修了しないと出頭の予約ができない仕組みだから。

ちなみに昨年度第二回試験で採用された人も、今年一気にクリアは難しいと思います。

それは、Eラーニングは常時受講できるわけではなく、どうも毎年度の契約か何かの都合で、昨年第二回試験の採用者も、今年度に入らないとEラーニングを受けられないっぽいため。

(※いちおう地本の人に確認してください)

なので東部方面の予備自補の皆さんは、1年で一気通貫するのは諦めるしかないようです。

他の方面隊では毎年、採用初年度の1年で卒業する人をSNSでちらほら見かけるので、行ける人は頑張ってください。

 

【2年目以降でも油断するな】

予備自補2年目以降の人には、4月初旬~中旬くらいには地本から訓練予約の連絡が行っていると思います。

ただ、特に四月という年度初めは、就職や転職、または人事異動などで先の予定が見えない人も多く、すぐに年間ぜんぶ予約…というわけにはいかないかもしれません。

とはいっても「後で変更は可能」なため、とりあえずでもいいので先に取りたいタイプの予約はしてしまったほうが得策。

ただし予約後、自分の仕事や学業の日程でどうしても都合がつかないところが出てきたら、あとで予約を変更するのですが、実際にはそれもけっこう難しいかもしれません。

なぜなら、予約した日程が都合つかなくなったとしても、代替の日程がそうたくさん用意されてるわけでもなく、さらにその代替にと思った日程も、年度途中にはけっこう埋まってしまうからです。

なので、可能であれば最初に予約した日程で突き進められるよう、予備自になるまでは仕事や私生活のほうをどうにかするしかないようです。

「でも仕事が休めなくて…」という人も多いと思いますが、仕事なんて、仮にその本人が亡くなったら絶対に誰かが代わりに担うことになるわけで、本当に絶対に休めない…ことはないと言えます。

正しくは「休みたいと言い出せない」というところではないでしょうか。

いいんです、有給休暇は労働者の権利です。

勇気を出して「休みたいのですが」と発声してみましょう。

自営業や経営者の方は・・・なんとか都合つけてください(笑)

ちなみに東京地本の予定表を見ると、第三段階が年度の後半寄りになっていました。

ということは、昨年度に第二段階をクリアした人は、下手をすると実弾射撃の前に1年くらい期間が開いてしまうことになります。

第二段階のHタイプは、実弾射撃の前の大事な科目で、自衛隊のほうでも「第二段階は順不同だけどなるべく最後に受けるように」と言っています。

こういう所も、東部方面はもう少しなんとかならなかったのかなあ・・・と言うのは余計なお世話でしょうか。

 

【公務員が出頭しやすくなる法案】

今年、内閣が国家公務員・地方公務員が予備自衛官等での有事・災害時の招集の際に出頭しやすくなるよう、兼業の規制を緩める特例を作ろうという法案が閣議決定され、ニュースになりました。

これは予備自衛官の充足率の低下を改善するための一案で、まだ国会に提出されたばかりでどうなるか分かりませんが、もし成立すれば国家・地方公務員が予備自の招集に応えられやすくなり、それによって公務員の予備自衛官補への志願も増加する効果があると言われています。

民間企業には関係ないということはなく、まず公務員がそうなれば、いずれ民間企業にもじわじわと波及していくため、いずれはこれまで出頭の度に肩身の狭い思いをしていた人や、あるいは職場の反対によって志願を諦めていたような人も予備自補に志願がしやすくなるかもしれません。

実際に地本の人に聞いた話では、とある地方公務員がせっかく予備自補の試験に受かったのに、その役場で兼業許可が下りずに辞退することになったケースがあったそう。

あとは丙さんから聞いた話では、丙さんと同じ訓練に出頭していた地方公務員の中で、兼業許可が下りずに報酬を受け取らずに出頭している人もいたりするそうです。

もちろん地方自治体はその自治体の態度次第ですが、少なくとも法制化されたとすれば自治体も無視はできないので、「やる気はあるのに制度がない」という公務員が予備自補に志願しやすく、訓練にも出頭しやすくなりそうです。

ちなみに面白いのは、このニュースに対して「とうとう公務員を強制的に予備自衛官にするつもりだ!戦争への道だ!」という趣旨の反応が多く現出していること。

どうしてああいう人たちは、中身をよく見ないで反応してしまうんだろう。

 

今年度の最初の予備自補訓練が始まるまでまだ数か月ありますが、それまでの間に鍛錬と暑熱順化を進めて、万全の状態で訓練に臨むようにしてくださいね!

 

※R8.4.25追記

【やっぱり東部は厳しかった】

*年度スタート直後に埋まりまくる枠

東京地本の今年度の予備自補日程が更新されました。

この図の数字は申込人数で、赤くなってる枠は既に上限を超えたので申込が終了したことを示しています。

しかしこれは、四月初旬から新年度の申込を受け付た後の、4/24時点での表。

なのにすでにこれだけの満杯枠があるのです。

さすが、人数の最も多い東部方面といった感じです。

R8年度第一回試験による予備自補の新規採用者は、申込できるのが早くても夏なので、その頃にはもっと予約が埋まっているでしょう。

*R8はどこまで行けるか

東部方面では、今年度は2年ぶりにA→Jが可能な日程となったものの、既に予約がこれだけ入っているため、一気通貫は不可能。

もし今年度採用の人がAタイプを夏に取れて出頭したとしても、Bは1月まで待たなければならず、そこで今年度は終了です。

次に昨年Aだけを済ませた人が、今年度のBを7/27~で取り、Cを8/31~で出頭できたとしても、今年度はその先がなくEが翌年となります。

昨年に第一段階をクリアした人は、本来は順不同でいい第二段階なのですが、日程の都合でEFGHという順序でしか取れません。

そしてEタイプを7月に取ることができれば、うまくいけば第二段階を今年度中にクリアできるでしょう。

問題は、昨年度に第二段階をクリアしたものの、予約で出遅れた人。

なんと、四月下旬の時点で、第三段階が全て埋まってしまったのです。

そうなるとキャンセル待ちをするしかなく、おまけにそのキャンセル待ちも既に多数のエントリーがされているので難しい。

こういうことがあるから、「本業の予定が不明確でも、とにかく早く予約をしておこう」と書いたのです。

東部方面隊はいろいろと工夫してくれたようですが、東部方面の予備自補採用者を受け止めるだけの風呂敷がないようです。

いくら意欲や意識が高くても、訓練に行ける日程が用意されていなければ何にもなりません。

いくら予備自衛官を増やしたいと言ってもこれでは難しい。

この辺り、どうにかならないものでしょうか・・・(もちろん常備隊員が不足していれば受け入れできないので、そもそもは常備自衛官を増やさないといけない話)

※ワシが神奈川県民なので地元の方面隊の話題にしました。

他方面はそんなことはないと思います。

 

 

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1「衣食住」

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3「第一段階の訓練内容」

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5「情報収集」

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6「熾烈な闘い」

7「酷暑の話」

8「25kmハイキング」

9「ハプニング」

10「いろんな思い」

11「第二段階の訓練内容」

12「オフシーズンも暇じゃない」

13「今年のもろもろ」

キラキラネーム全盛時代にうまれたうちの娘は、DDG179という妙ちくりんな名前です。

で、気づいたら娘と全く同じ名称の護衛艦が就役し、そのうえその母港が地元というではないですか。

それで娘には同じ名前の護衛艦といつかは対面させたいなと思い続けていたのですが、ミリ友の「あっくん」さんがいろいろ手を尽くしてくださり、その伝手で訪問が実現しました。

 

この駅前に来るのは40年振りか・・・

目の前の公園、こんなに綺麗に整備されてたっけ。

そしてこんなのがドーン。

爆沈した陸奥の40cm主砲の砲身だそうです。

でけえ・・・

海自の潜水艦のエリアには、何隻か泊ってました。

 

そして反対側には、海自の護衛艦たち!

 

ここから海自の基地内に入り。テクテク歩いている途中でこんな艦が。

新しい構想により、レーダー探査されにくい形状&省力化を図った現代の護衛艦、「もがみ」です。

ちなみにこのバースは、ひゅうがが泊められるように海底を浚渫して新たに設けたものだとか。

 

ここで、今回いろいろと案内してくださる中の方が迎えにきてくださり、目的のフネに向かいます。

そしていよいよご対面!

いや鳩のカポーはどうでもいい!

こっち!

おおう!

いろんな型の護衛艦が!

そして本命はこれ!

でかいなあ!

東京湾フェリーよりでかい!

娘が、同じ名前の前でパシャり。

 

それではいよいよ、中の方につき従って乗艦します。

(ちなみに撮影許可を得ているところでしか撮影していないので、ここで掲載している画像は全て許可内のものです)

こんなふうに船に乗るのは、30年以上の三宅島以来かな。

港内だし風もないので、ラッタルは全く動きませんでした。

当直の方たちが敬礼で迎えてくれる舷門をお辞儀で入ると、なんと女児たちに帽子のプレゼントが。

なんと素晴らしい・・・

さっそく2人とも帽子をかぶり、まずは前甲板に出ていろいろ見せていただきます。

 

うん、わしもこないだココの光景をTVで観た!

 

女児たちはなんかはしゃいでいます。

 

5インチ単装砲。

ずいぶん小さい砲塔だなと思ったら、無人なんだそうです。

一般公開では立ち入れない舳先の先っぽまで行くことができました。

見たことない景色!

てっきり錨を降ろしているのかと思ったら、港では錨は入れないのだそう。

 

高雄型重巡とまではいかないまでも、十分にお城のような風格のある艦橋。

 

そこからは艦内を案内してもらいます。

ああこのマットほしい…玄関に置きたい…。

 

あ、この筒は分かります、僕詳しいんで。

大きい図面を丸めて入れておくケースですよね!

え?魚雷ってなんですか?

 

いやあ・・・こういうアングルから見ると、いかにも軍艦っぽくていいですねえ!

 

ここからラッタルで上に上がります。

日頃から外で遊ぶ習慣のない娘はへっぴり腰で恐る恐る…

 

おお!

ここからの眺めもいいですねえ!

 

ヘリ甲板を眺めます。

ちなみに向こうの山裾は横須賀線の線路で、もはや防諜もなにもあったもんじゃないですね…。

艦橋の前にもあった、20mmの機関砲。

手前の長細いスリット入りの箱(見切れてる)は、艦の「左右の揺れ」と「水平」を示す表示器。

この2本の棒で、荒天下でもヘリが着艦できるようにしてるそう。

 

左舷にいくと、隣の「いかづち」のディテールがよく見えます。

こっちのほうがいかにも軍艦という雰囲気です。

その後下に降りて、ヘリ格納庫へ。

ただ実際にはDDG179はヘリを搭載せず、代わりに筋トレ部屋になっていました。

記念に1枚いただきました。

 

また関内に戻って、浴場へ。

さすがに浴槽は小さいですね。

また浴槽に張られるのは海水だそうで。

あったまっていいそうですが、擦り傷とかある時に入りたくないなあ。

隊員用の居住区。

寝台は、人数によって2段と3段に可変できるようです。

3段寝台は昔の夜行列車みたいですね。

けっこういろんな人の寝台に、お菓子が置いてありました。

航海中に切らさないよう、買いだめするんだそうです。

 

食堂。

陸自の駐屯地と違い、艦内では給養員が食事を作るそうです。

この時も昼食の準備が行われていました。

そしてカズレーザーのサインが。

別にあの番組を観たからではなく、以前から乗りたかったんです。

そのあと、艦内で何階分ものラッタルを上り、いよいよ艦橋へ。

艦橋のわきのポケットで、20倍の双眼鏡を覗きます。

ふつうはこういうの100円を入れて数分しか見れないので、すごくイイ!

おまけに遠くのフネまでくっきり見える!

そして艦橋の中に入り、恐れ多くも艦長席で、艦長様の帽子と双眼鏡をお借りして・・・

ちなみにこの双眼鏡は8倍?とのことですが、これもまたくっきりみえる!

ほしい!

ちなみにわし。

いちおう何となくそれっぽい(笑)

艦橋は青函連絡船より狭いのが意外でした。

 

ちなみに個人的にもっとも興味があるのがコレ。

88式鉄帽の2型ですね!

 

いちおう慣れたものの、娘はおっかなびっくり。

いたるところに「おお!」というアイテムが。

あとは「操縦室」へ。

操縦室って艦橋のことじゃないの?と思ったら、ビルの中央監視室みたいなところで、いろんな表示パネルがあって、ダメコンをするような部署のようでした。

ここで隊員さんが「じゃあ、試しに火災発生の警報を出してみると…こうなります」とか実演してくださったり(ここは撮影はしないほうがよさそうだったので画像なし)

 

軍港巡りの遊覧船は満員でした。

人気のようですね。

でも思えば公開日でもない日に、近くから護衛艦を見ることができるので、いいかもです。

 

いろいろ質問をして、教えてもらっている「未来の自衛官」?

 

・・・というわけで見学は終わり、離艦。

ちなみに錨、右舷になくて先端だけかと思ったら、ソナーの位置の関係で、先端と左舷にあるそうです。

菊のご紋章はないんですね。

 

お隣のいかづち。

 

案内してくださった隊員さんにお別れ。

ああ帰りたくない。

ちなみにあちこちペンキの匂いがすると思ったら、休日だというのに乗員さんたちがあちこちでペンキ塗りをしていました。

お疲れ様です。

 

ありがとう!

また乗りに来る日まで健在でいてね!

 

それからヴェルニー公園を歩いて、あれ?

コースカ?

なんすかそれ?

ショッパーズはどこへ行ったの?

あのワシの青春の日々は、ショッパーズと共に消えていたのでした・・・

ああ、30年前にあのゲーセンの奥のバーであのコに告白して断られたっけなあ。

あとは25年前にあのコと何度か映画を観に来たっけなあ。

それから20年前にあのコとは暗くなってから岸壁にあるベンチに座ってイチャイチャしたっけなあ。

あ、15年前にヨメとも映画を見に来てたの危うく忘れるとこだった、イカンイカン。

 

そのあと激混みのフードコートでランチにして、神奈川地本の広報センターにお邪魔し、ネコを触って解散したのでした。

 

恥ずかしながら、護衛艦に足を踏み入れたのはこれが生まれて初めて。

こんな機会を作ってくださったあっくんさん、そして休日にも関わらず案内してくださった乗員様、どうもありがとうございました!

 

さあ、こんどはミサイル艇に乗りたいな!(乗りたくない)

昨日は久々のジェロニモ・ファスガン定例に。

ところでサバゲに行くと、必ず何かしら忘れ物をしてしまいます。

それは、一気に準備をしないで、時間がある時に少しずつ準備をするからですが、過去にやらかした地味ながらダメージのでかい忘れ物は、戦闘服のベルト。

その時はジーンズのベルトでどうにか対処しましたが…

まあ中にはズボンまるまる忘れて、わしがジーンズを貸したこともありましたが(当然、汗でぐちょぐちょになったジーンズが返ってきた)。

あとは銃を忘れてバックアップの銃で不本意な闘いをしたり。

そういう残念なことにならないために今回は気を付けたはずが、あやうくやらかすところでした。

それは、戦闘靴のインソール。

家を出る時に「一応確認」と思ったら入ってなくて、慌てて取りに戻ったりしました。

それでほっとしてサバゲに向かいましたが、結局忘れ物はしていました。

痛恨の忘れ物は、花粉症対策の病院で処方してもらってる鼻シュッシュ。

そして日焼け止め。

それらはサバゲには直接関係ないものの、結果的にかなりのダメージを残したのでした。

 

今日は近年すごい人気のファスガンでしたが、開催決定が急だったので20人ちょいという少人数(10年前のファスガンなら大人数だった)

天気はすごく良く、まさに文字通りの快晴。

持ち込んだのは前回同様、ショートバレルにしたファスガン専用の電動89。

もう15年選手でBB弾サバゲだと戦力にはなりませんが、ファスガンだとちゃんと使えます。

あとはヤナギさん特製のファスガンデバイスポーチを鉄帽につけます。

 

そしてゲーム。

ふつうの復活2回ありフラッグ戦では、広すぎる&冬でも植生モリモリのジェロニモのおかげ(?)で、一度突出しすぎて復活すると、もう戦線がどこなのか分からず、自分でも不本意なやられ方をするばかりでした。

人数は少な目なもののファスガン・ジェロニモ共に初という方がけっこういて、「面白いっす!」と口々に言っていたのが印象的でした。

 

ちなみに今日は、目のゴロゴロとかゆみを防ぐために、シューティンググラスをしてゲームをしたのですが、意外に曇らず、視界は邪魔されずで、けっこういい感じ。

ただしマスクをすると曇ってしまうので、マスクはせず。

昼食の前あたりからクシャミがたまに出るようになったのですが、予想していたよりは楽で、「ああもう花粉のピークも過ぎたかな」と安心。

しかしそれは気のせいなのでした。。。

定番の瓶コーラ。

走り回ると暑いのでうまい。

 

午後はまず攻防戦の裏(表は午前やって瞬殺)。

攻撃側は山から進発して、セイフティ側を攻めます。

一度山を下りかけて、ロープにひっかかってウロウロしているところを狙撃され負傷。

そのあと5分待って復活し、敵の姿が全く見えないので慎重に周囲の音を頼りに進みます。

木を伝いそろりそろり。

交戦があればその音がしている最中にサササと移動して、ようやくセイフティの崖を上り、ネットをくぐってセイフティに侵入。

防衛する敵の声がして、物陰からそーっと顔を出すと、いた。

向こうを向いているが、たまにこちらを向く。

でもこちらには気づいてなさそう。

物陰で銃を左にスイッチして構えると、88式鉄帽2型あごひものバックルが銃床に当たって構えにくい。

バックルを外し、構えの姿勢のまま、物陰からそおっと身体を出して狙う、パパパン!

伏せた!それでもまだ狙える、パパパン!倒した!

その後、他の敵の様子をうかがうわし。

(画像はジェロニモ様から。ありがとうございます)

よし、他の敵は視界内にはいない、いくぞ!・・・というところで時間切れ。

ああアドレナリン出まくった!

 

・・・とわしはここで時間切れとなり、3時には失礼しました。

渋滞は少しだけで、花粉の影響も・・・・・・と思っていたら、夕方からクシャミ出まくり、さらに鼻が片方つまってそこから鼻水があふれ、そして喉も痛み、眠くて寝たいのに寝ると鼻がつまって苦しくて眠れず・・・

おまけにかなり陽射しが強く、頬の辺りに紫外線焼けかポツポツができてひりひりしたり・・・

 

花粉症でもないのにこの苦しさはなんなのだ!

まったくこの時期にサバゲにいくといつもこれだ・・・

 

(おしまい)

 

-オフシーズンも暇じゃない-

 

しばらく丙さん(甲方面隊・乙地本採用・おっさん)からのレポートがないなと思っていたところ、新たなレポートが届きましたので紹介します。

それではどうぞ・・・。

 

「こんにちは、丙です。少し空きましたが元気です。

しばらく訓練がありませんが、その間もイメトレがてら、こうして記事を書いています。

長いですが、お付き合いください。

 

【所得税が戻る話】

これはその人の就業状況によって変わってくるので、全員が全員ではないのですが・・・

出頭からしばらく経って振り込まれた報酬を確認すると、所得税が引かれているので「少し金額が安くなってるな」と気づくと思います。

ですがこの時の所得税は、源泉徴収税額表・日額表の乙欄適用で、「多めに引かれている」のです。

例えば本業が会社員の人は、年末に勤め先で所得税の年末調整も済み、基本的には特に何もすることはありません。

副業となる予備自補の収入も、別途自衛隊から税務署に資料が送付されているので、ふつうは何もしないでも問題はありません。

ですが、そのままだと前述のように予備自補の報酬から高い所得税が引かれたままなので、損をするケースもあるのです。

そこで、翌年2~3月の確定申告で予備自補の報酬と引かれた所得税を申告するのです。

申告の結果「あ、所得税もらいすぎてたわ、メンゴ」となれば、払い過ぎていた分の所得税が還付になる…という流れ。

大学生等でアルバイトしてる人も、同様に還付が発生するケースが多いと思います。

無職や主婦で予備自補しかないという人は、年間所得でいえば本来は所得税がぜんぜんかからないはずなので、まるまる還付になるでしょう。

自営業の方は、予備自補の収入も含めて確定申告することになるので結果はそれぞれだと思いますが、少なくとも「一般的には」確定申告をしてみるといいよ、という話。

どこの地本でも、年が明けた1月の末くらいまでには「源泉徴収票」を郵送してくれるので、その源泉徴収票を使って確定申告をしてみましょう。

医療費控除やふるさと納税の寄付金控除がある人は、一緒に申告できます。

もちろん全員が全員還付になるというわけでもないので、詳細は事前にWEB等で確認しましょう。

といっても、本業と予備自補をまとめての総収入から計算した本来の所得税額の結果と、実際に引かれた所得税額との差額が還付…となるので、本業の収入が多い人だとぜんぜん還付されないと思います。

ちなみに僕は、予備自補から即自に行った人に教えてもらってこの件を知ったのですが、もともと毎年医療費控除をしていて、その際に予備自補の分も申告書に記載していたので、知らないうちに予備自補の報酬の分も確定申告を済ませていたのでした(でも僕の場合、ぜんぜん還付にはならなかった)。

(ちょんまげ注:スマホで申告もできるけど、PCのほうが便利。それにはマイナンバーのカードリーダーが必要っす)

 

【飲み会の話】

昨年の春にも予備自・予備自補の先輩と情報交換の飲み会をしましたが、こないだはその予備自補先輩の知り合いの、別の予備自補(現予備自や即自)の先輩たちと飲んで情報交換をしました。

ちなみにこの皆さんの中には僕が予備自補になる直前にサバゲーで知り合った人もいて、僕の予備自補1年目の時に売店でバッタリ会ったり、別の人は食堂で並んでいる時に手を振ってくれたりして、心強く思ったものです、

そんな先輩の皆さんと話して感じたのは、予備自補は「年齢要件拡大の前と後とではけっこう雰囲気が変わったんだな」ということ。

先輩たち(と言っても20代やせいぜい30そこそこ)、新型コロナの自粛ムード中は別にして、出頭の最終日には必ず飲み会があったそうです。

その飲み会も要員(班長さんたち)を交えてだったりで、予備自、あるいは即自になってからも未だにそのメンバーで飲むことがあるとか。

でもそれは、予備自補の年齢が20代メインだったからこその「まとまり」だったのではないでしょうか。

僕の場合、飲み会があったのは1回だけ、おまけにそれも最年長の僕が幹事になって皆さんを誘ってようやく・・という感じでした。

もちろん周囲では、班によっては飲み会があるところもちらほらありましたが、それでもおっさんおばさんが混じってる班はそういう流れにはなりにくい感じでした。

予備自補全体としての一体感を、年齢拡大がいくらか疎外しているのかもしれません。

・・・という話はまあ置いておいて、やはり予備自補の先輩にいろいろ教えてもらうのはプラスになります。

僕の場合は、この先に受ける予定の第三段階のコツ、特に射撃の際のもろもろを聞くことができたり、予備自任官後の話をいろいろと聞けたのがとても良かったです。

 

【一気にいくか、じわじわ行くか】

SNSを見ると、ちょくちょく「1年で一般公募の予備自補をクリアして予備自に任官しました!」という人を見かけます。

ただし、人数が多い割に受け入れ駐屯地が1か所しかない東部方面隊では、前年度採用の人が先に予約するため当年度採用の人が一気通貫するのは不可能で、さらにR7年度はそもそも一気通貫できない日程だったそうです。

それでも普通は、頑張れば年度内に一気通貫できる日程が組まれていて、サラリーマンだと物理的に無理ですが、予定を組みやすい職業あるいは無職の人だと、うまくいけば一気にクリアできるかも?という誘惑にかられるかもしれません。

そんな「自由度の高い人」で、特に制約がなくどちらも選べるとしたら、一気にクリアして予備自になるのと、基本に従って通り3年かけるのと、どちらがいいでしょうか。

(行けるなら一気に行くべし)

僕のような50代だとしたら、歳を重ねるごとに身体の衰えが進み、またいつどんな病気になるかもしれないので、年度内で一気にクリアしたほうがいい・・と言えると思います。

それに若い人でも、今は生活・就業環境が大丈夫でも、来年も絶対そうかとは限りません。

それに出頭と出頭の間の空白期間が長くなると、せっかく覚えた作法や所作を忘れてしまいそう。

あと収入で言えば、予備自に任官したら出頭が年1回(分割の場合は2回)に減る代わりに毎月の手当てが出るので、そういう意味でも早く卒業するほうが得です。

なので、現時点で出頭に困らない程度の時間に余裕があり、そして翌年に回すことができないという人なら、一気にいくのがいいでしょう。

(ゆっくりでも悪くない)

僕も当初はなんとかして1年、それが無理でも2年でクリアしようと思っていたものの無理になり、結局基本的な3年コースになりました。

もちろんあんまり空白期間を開けたくない、早く任官したい、という気持ちはありました。

でも考え方を変えると、ゆっくりがダメというわけでないことに気づいたのです。

ふつうの人は、予備自補でいる間は「予備自に任官する」という目標を持っています。

でも予備自に任官すると、もちろん願っていた目標がかなうものの、一方ではそれまで自分を動かしていた目標を失うことになり、緊張の糸がほどけてしまうかもしれません。

そして長い空白期間も、自己鍛錬だと思えばいいのです。

例えば僕の場合、初年度の後の半年の空白期間は、いつ取締(※いつかは回って来る役職。全員の前に立って号令をしなければならない)に当たってもいいように基本教練の所作を反復練習し、そのうえで取締の予習を繰り返しました。

そのおかげで2年目で2度も取締りに当たり、もちろん緊張はしたしミスもしましたが、何もわからずオロオロするようなことにはなりませんでした。

またその合間にいい整体に巡り合い、悩みだったヒザや足首の問題を改善することができました。

そして今は3年目までの長い空白期間の中にいるのですが、今度はその整体でこれまで悩みだった肩の不調を改善してもらい、ここ何年も肩の痛みのせいでできなかった腕立て伏せができるようになり、自己流ですが筋トレを再開できるように。

あとはこれから必須になる分解結合や作動確認の流れも、ガスガンの89式で繰り返して予習をしています。

もし一気に1年でクリアすることができたとしても、なんとなく勢いに流される感じで、中途半端な状態で任官することになっていたかもしれません。

なので、3年かかかるのも悪くはないなと自分に言い聞かせています。

 

【防衛省の宣伝動画】

今年のあたまに、防衛省がYouTubeにこんな動画をUPしました。

いろいろ聞いてみると、昨年秋に映像製作会社のクルーが東部方面隊(武山駐屯地)の第二段階・Gタイプに密着したそうで、そのせいか多くが行軍訓練と歩哨(昼・夜)訓練の模様です。

一部、他のタイプや、技能公募の車両整備中らしき場面も出てきます。

短い動画なので仕方ないですが、贅沢を言えば、食堂での喫食の光景や、居室の様子も少し紹介してくれると、実際の予備自補の雰囲気がまるまる伝わるのにな、と思いました。

とはいってもこれはなかなかいい動画で、実際よりもかっこよく編集されており、他人に予備自補ってどんな感じと説明する時には、この動画を教えたりできるようになりました。

もっと50歳のおっさんが志願してくれることを願ってます」

 

丙さんありがとうございました!

 

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11「第二段階の訓練内容」

12「オフシーズンも暇じゃない」

思えばビレッジワンは、何年前だったか、昭和自衛隊サバゲで参加したのが最後でした。

それまでも何度か定例会やJSOLでお邪魔したことはありましたが、大好きな起伏あり植生豊かな森フィールドではあるものの、出会いがしらの咄嗟戦闘が生起しやすく、怖い(痛い)思いをすることも多く、それからは脚が遠のいていたのでした。

それが、サツさん企画の「小部隊戦闘錬成会」がファスガンで開催されるということになり、ファスガンなら痛くない!ビレッジワンを楽しめる!ということで参加したのでした。

思えば買い物や駅までの送迎でないそこそこ遠距離を運転するのも久しぶり。

だってサバゲだって3か月ぶりですもん。

しかし2週間前には関東南部でも雪が降ったくらいなのに、今日は暑い!

早朝こそ寒かったものの、日中は20度いきました。

寒暖の差が激しいんですけど…

ちなみに何度来てもビレッジワンの入口は見落としやすく、今回も行き過ぎて戻りました。

 

受付の後ろがシューティングレンジで、そこにファスガンのゼロイン用のマトを置きました。

しかし思えばファスガンの初期はマトが2つしかなく、またデバイスも30組くらいがせいぜいだったのに、マトは4つになり、デバイスは100個以上と、ファスガンの認知が広がり参加者が増えるのに比例してそれらも増えることになりました。

初期の頃に数人とかでファスガンで遊んでいた頃も楽しかったですが、大人数でも楽しいですね。

ちなみに今回、主催のサツさんに許可を得てデバイス受付支援をしました。

ところで今回、ファスガン専用銃を持ち込みました。

電動89。

ここしばらくは、ファスガン専用でガスブロ89を使ってきました。

外部ソースCO2なのですが、マガジンにつなげるホースが絡まったり、ホース抜けによるガス漏れとか、あとはガス残量が分かりにくいとか、そういう悩みがありました。

そこで今度は、使い古しで性能も怪しい電動89を、ショートバレルに交換して持ち込んだのでした。

BB弾用としてはすでに初心者への貸し出し用に成り下がっていて、HOPも怪しいしタマもばらける個体ですが、ボディとしては問題なく、ショートバレルなのでファスガンデバイスを装着しても全長は長くならず取り回しがしやすくなり、そして電動なので動作は安定・・・というものです。

ちょっとモーターが怪しい(交換済ですが)のですが、ちゃんとゼロインは出るし、撃ち味がイマイチなのは我慢すればいいし。

今回の参加者でも、同じような改造で臨んでる人がちらほらいました。

 

今回は50人の参加。

いまのファスガンなら80人も100人もいけるようですが、セイフティの広さ的にはこれくらいがちょうどいいでしょう、

しかしどうみても、参加者はソッチ系(笑)の方ばかり。

Vショーやあちこちのミリタリ物販でも、ソッチ系の人はだいたい分かります。

でもソッチ系の方々はこういうサバゲではお仕事感モリモリの装備はしないもので、ガッツリ陸自装備はワシくらいのものでした(逆に恥ずかしい)。

でもやっぱり動きはいいですね。

といってもサバゲ的ないい動きではなく、統制と連携、そんな感じです。

ちなみに全員にこんな地図が配布されました、

その他、受領した命令などを防水メモ帳に記入したりします。

 

今回は2チームに分かれ、それぞれが小隊となって小隊長を置き、小隊は3個分隊で編成されてそれぞれに分隊長が置かれます。

戦闘行動は分隊ごとで行われ、復活ありの場合は復活ポイントに5人集まったら新たな分隊を編成し復活再出撃・・・・というものです。

当然、各分隊は小隊長の指示のもとに行動しますが、ゲーム前には小隊長・分隊長が集まって作戦の命令下達があり、今度は分隊長が分隊員に指示を出します。

「とにかく撃ちまくりたい!」という人は嫌がると思いますが、サバゲでもなんでも「与えられた状況でどのように行動するか」というのを考えるのが好きなので、こういうのは面白い。

とはいえ、小隊長や分隊長は大変です。

なんといっても最前線で行動する分隊長は、瞬時瞬時の判断・指示が求められますし…。

ちなみに人間、ゲームといっても焦るとどうしても他人に強く当たってしまうこともあります。

分隊長が部下に強く言うこともありますが、逆に分隊長が優柔不断だと分隊員から「次の指示を!」「分隊長!まだですか!」などと分隊長が詰められる(?)場面もありました。

でもそれはこの貸し切りの特性上仕方ないことなので許容すべきで、普通の定例会で撃ちまくりたい人はもともと参加しないので大丈夫でしょう。、

 

午前はフラッグ戦。

真冬でもこの植生。

とにかく指示の通りに動くことと、バディの動きを気にすること、その中で敵を警戒すること、それらがとっても大変。

おまけに外周を小走りで回ったりして、交戦なんて一瞬ですが、とにかく移動量が多くて疲れました。

思えば年末以降は足首を痛めてしばらくジョギングをやめていたので、走るととても腿にキます。

周りが走るのに自分だけ走らないわけにもいかず、運動不足を痛感します。

 

ちなみに最初のゲームの際、「あれ?マガジンがささんない」と思ったら、こうでした。

マグキャッチが割れてました。

自宅でショートバレルに替えた時は作動チェックしかしてなかったのでコイツには気づきませんでした。

昼休みに、予備で持ってきていた電動89から取り外して移植しましたが・・・

亜鉛ダイカストは弱いですが、5~6年も持ったので強度はあるというべきか・・・

最初はマガジンなしでゲームしましたが、物理弾が出ないサバゲなのでできる芸当ですね。

※マガジンなしの図(画像はサツ様から。ありがとうございます)

こう見ると、89の長さはファスガンデバイスが銃口についても自然な感じですね。

 

しかしここで不思議な現象が。

周囲の皆さんが、一様に目をしょぼしょぼさせ出して、そしてクシャミを連発するようになったのです。

なんだろ、みんな大変だなあと思ったら、ワシも目がゴロゴロしだし、そしてクシャミが出始め・・・。

何かの伝染病でしょうか。

 

午後はいろいろなシチュエーションゲーム。

まずは攻防戦で、防御側。

小隊の中で各分隊の受け持ち範囲や警戒方向などが示され、分隊内で「あなたはそこであっち方向を、あなたはここでこっち方向を…」などと配置されます。

塹壕から、決められた範囲を警戒します。

敵が浸透してきて、そこかしこで散発的な交戦のの音が。

しかしうちの分隊の警戒方向は異変なし。

これが普通のサバゲだったら、「ここじゃつまんないから音のする方にいってみよう」となるところですが、ここでは個人は勝手な行動はできないし、分隊も小隊長の指示なしで勝手な行動はとれません。

それに、勝手に持ち場を離れてもし敵が来たら大変なことになります。

そういえば事前に示された状況として、偵察に出た他分隊が敵と接触したら後退してくるから同士討ちに気を付けるとなっていたのですが、一向に味方が後退してくる様子がありません、

そうなるとこの後に警戒方向から現れるものが味方か敵か分からないことになり、少し厄介。

そのまましばらく警戒していると、左翼方面に敵影、それらが我の後方に浸透しようとしています。

その数2、いや3・・・4!

「左翼、敵が後方に浸透してきてます!」

「敵を確認したら撃ってよい!」

しかし藪の隙間に一瞬でしか視認できなかったので、撃てず。

割り当てられた前方の警戒をやめるのは良くないものの、敵が後方を扼そうとしているので無視できません。

なので敵が回り込みを企図している方向を監視していると、いた!

1人、2人、スパパン!倒した!「左翼に敵!」と報告。

そのうち分隊員もそちらの敵の存在を知った様子なので、また元の方向を警戒。

すると今度は右翼方面で敵が接近している気配。

右翼を警戒している味方が交戦を始め、そちらを援護しつつ発砲を繰り返すも、敵は主力で押してきたようで、やられてしまいました。

うーん、難しい!

ちなみにこの時右翼の味方が敵主力と接触したこと、交戦したことなどを後方(我々のほう)に報告したようですが、うまく逓伝されず我々としては奇襲を受けた形になったようでした。

※攻撃側の記憶はなし・・・

 

ゲームの前には分隊長から指示を受けます。

(画像はサツ様から。ありがとうございます)

頭は重く、目はシバシバ、そしてクシャミが連発。

攻撃前進の時にはクシャミが出ないのはなぜだろう。

(画像はサツ様から。ありがとうございます)

 

次は要人護送戦。

最初は妨害側で、分隊長の指示で小隊で決められた方面に行動。

しかし敵の気配がなく、分隊長の判断で大きく回り込みます(小隊長には無線で報告してたと思う)。

回り込んだ先で、敵の蠢動する気配を探知し、隠密で接近していきます。

そしてこちらは藪の中、敵は森の中というところで散発的に交戦が始まりました。

わしはバディを組んでいた人の後衛として、分隊の最右翼にいました。

先鋒のバディが敵の様子を窺っています。

しかしこの時、いつもジェロニモでとにかく外側へ外側へ…というゲームをしてきた勘で、どうしてもさらに右側へ出たくなってしまいました。

※敵を窺うわし(画像はサツ様から。ありがとうございます)

そこでこの貸し切りの趣旨からは大きく逸脱してしまうのですが、まあ分隊内の行動エリアの中での自衛の行動だと割り切り、すっと後衛を離れて藪を抜け、道路を抜けて森の端に取り付くと、森の中に敵の主力の気配が。

何人かの敵がうろうろするのが見えますが、みなうちの分隊主力の方向を見て、わしに気づく敵はいません。

そこに、3人の人影が背中を向けて森の奥に移動するのを発見。

要人を直接護送している!

そこでパパン!パパン!パパン!

2人の護衛兵を倒し、最後の要人を・・・と思ったところで敵の反撃に遭って被弾し戦死。

ああ。。。と思ったら、同時に要人も倒せていました。

ゲーム終了!

ちょっと独断専行のケがあったうえに戦死してしまいましたが、最大の目的を達成できたので許してください・・・。

 

次の要人護送側では、うちの分隊が露払いとして敵を蹴散らす役目を担いました。

うちの分隊が外周を回って、油断していた敵の1分隊を蹴散らし、その先で敵の伏兵に翻弄されてわしは戦死。

※敵の待ち伏せを受け伏せる(画像はサツ様から。ありがとうございます)

※やられてうなだれるワシ(画像はサツ様から。ありがとうございます)

しかしそのあと、うちの分隊と直接援護の分隊で敵の妨害をはねのけながら、とうとう要人をセイフティまで護送することに成功しました。

そうやって作戦が成功すると、小隊内、分隊内の仲間意識も急に深まります。

いやあ、いいものですねえ。

最後は施設襲撃戦で、施設を襲撃し爆破するというもので、この爆破の際には爆竹を鳴らすのですが、この時はフィールドのご厚意で、ホンモノの爆破がありました。

「ドン!」という腹の底に響く音と振動でビックリしました。

 

50人の参加者で記念写真。

(画像はサツ様から。ありがとうございます)

 

いやあ、疲れたけど楽しかった!

分隊行動、いいですね!

もちろん合わない人は合わないでしょうけど、わしはとっても面白いと思いました。

もう全部のサバゲがこれでいいんじゃないかと思ったくらいです。

 

もうクシャミが止まらない中、片付けをして撤収し、ファーストスナイパーさんやフォロワーさんとファミレスへ行き渋滞が収まるまで時間調整。

うん、久々のサバゲで、単独参加でしたが、面白かったです。

それでもやっぱり目が痒くゴロゴロし、クシャミが止まりません。

イケメンがかかる新種の奇病だったらどうしよう!

広い大分駅構内。

申し訳ないことに、ここからは消化試合。

本当は大分から久大本線を使ってまた久留米経由で博多まで行く経路を想定していたのですが、帰宅が深夜になってしまうために断念したのでした。

ここから乗るのは特急ソニック。

奥が883系、手前がこれからのる885系。

883系はもう30年も前に登場した車両ですが、当時も今も、なんでこんなかっこ悪いデザインにしたのか首をかしげるばかりな車両です。

新しいほうの885系も、そうはいってももう25年も前の古い車両。

車内はこんな感じで割と広々としています。

しかしこの座席上の荷物置きが、飛行機のようなフタ付きなのです。

このせいで容積が狭くなり、ワシのリュックが入れられない。

スーツケースなんて絶対無理。

なんでフタなんてつけた???

そしてひどいのが座席。

一見、座り心地のよさそうなシートに見えますが、このヘッドレストの位置が最悪で、膨らみが背中にくるのです。

そのため頭をヘッドレストにつけるためにはのけ反るしかなく、全くくつろげません。

誰だこんな設計したの。

子供専用車両か。

 

さて、列車はガラガラのまま大分を発車。

最初はこんなビル街だったのが、次の瞬間こう。

海!

なんなんだこれは・・・。

ちなみに次が別府なのですが、別府で外国人観光客らしき人達でドッと混んで満席に近くなりました。

まあそれだけならいいんですけど、ワシはでかいリュックが座先上の物置入れに入らなかったので車端部の荷物置きに置いたのですが、外国人さんたちがものすごい形相ででかいスーツケースを荷物置きに置きにきたので、仕方なく自分のでかリュックを回収して座席で足で挟むようにする始末。

誰だこんな設計にしたの・・・。

 

途中の景色はいたって単調。

誇張でなく、こんな「いかにも日本の田舎だな」と思える景色が一生続きます。

振り子式なので高速でカーブをクリアする際に車体がぐいっと傾いたり、電車特急らしい強烈な加速だったりは面白いですが、それでも眠くなってしまいます。

なので写真での記録は諦め、眠気が我慢できない時にはストンと寝ることにしました。

途中、アメリカ合衆国を通過。

U.S.A!

そのうち次第に人家が増え、街になり・・・

小倉に到着。

この時わしはミスに気づきました。

わしはこのまま終点の博多まで行き、そこから新幹線に乗り換えて帰宅する予定だったのですが、冷静に考えてみれば小倉でも新幹線に乗り換えられたじゃん・・・。

ワシはてっきり、のぞみは小倉なんぞには停まらないと思い込んでいたのですが、小倉にもばんばん停まるのですね・・・。

正直、小倉~博多間なんて乗らなくてもいい路線で、小倉乗り換えにすれば帰宅は1時間も早まったのでした。

でも仕方ない。

この小倉では進行方向が反対になるので、車内で一斉にシートの向きを替えます。

また、旅行者が一気に降り、ビジネスマンや学生風の人が増えました。

小倉を出たら、また田舎の風景をかっとばします。

25年前に寝台特急の何かで通ったはずですが、全く記憶にありません。

北九州だからもっと都会かと思ったのですが、そうでもないようです。

 

というわけで無駄な行程で博多に着き、新幹線に乗り換え。

お土産を買ったり駅弁を選んだりして、のぞみに乗車。

直前にホームの売店でビールを買ったのですが、キリンの一番搾りに手をやると、ぬるい。

「もしかして冷えてないですか・・・?」と店員さんに訊くと、「すみません、売れ行きがよくて入れたばかりで」と。

というわけで仕方なく、売れ行きの悪く冷えていたアサヒのドライで我慢。

というわけで、飲みながら九州を後にします。

そのうち夕方に近くなってきたので、駅弁を開けます。

うん、なかなかうまいし見た目も楽しい。

東海道新幹線の車窓はつまんないけど、それでも明るければ景色が見えるだけまし。

というわけで、とにかく新大阪に着く前に弁当を平らげ、トイレも済ませておきます。

何故かと言うと、これまでの経験から、新大阪以降は隣にサラリーマンが座る確率が高く、そして中にはイヤホンで何か聞きながら足を組んで寝る人が多いイメージ。

そうなるとトイレに行こうと「あっすみません~」などと小声で言っても聞こえず起こすのに苦労する、あるいは起こしても不機嫌だったり舌打ちされたりするかもしれない、なので嫌な思いをしたくないので、新大阪から先はトイレに行かないようにしようという魂胆です。

で、案の定、隣には若いサラリーマンが座りました。

ほれ予想通りだ・・・と思ったら、そのお兄さんはじゃがりこを開けてぽりぽり食べ始めます。

ここで安心しました。

じゃがりこを食う人に悪人はいないからです。

それでもすでにトイレは済ませていたので、その後寝に入ったお兄さんを起こすこともなく、安心して帰ることができました。

 

ちなみに地元に帰ったら雨でした・・・。

なんでやねん。

 

というわけで九州、来年もまたいくぞ!

お会いしたみなさん、お世話になりました!

 

(おしまい)

 

さあ、ここからが本番です。

しかしまあ・・・熊本に限らずですが、これから乗るのは特急列車ですよ?

なのに構内アナウンスでは一言も触れません。

まあね・・・地元民からすれば、通勤電車が時間通りにきてくれればいいわけで、特急なんかにはまるで関心ないのでしょう。

でも寂しいなあ。

 

で、そんなに運転間隔が短いわけでもないのに、随分と発車時間ぎりぎりに来た、キハ185系「九州横断特急」。

ネーミングはもっとどうにかならんかったのかという気もしますが、まあいいでしょう。

同時にこの真っ赤っかな車体というのもどうにかならんかったのかとも思いますが、それもまあいいでしょう。

車内のこういう部分の内装が真っ黒というのもどうなんだと思いますが、それもまあいいでしょう。

令和の時代に、こんな古い気動車特急が運行されているだけでも奇跡みたいなものなのですから。

車内もかなり年代を感じさせてくれて、シートもけっこうくたびれています。

でも座れるだけましですし、ディーゼルエンジンの咆哮が聴けるだけでも幸せってものです。

しかし驚くのが、2両と寂しい編成なものの一応は特急なのに、ワンマン運転なこと。

なので当然ながら検札もないし。

特急券買わない人がタダ乗りするより、車掌の人件費のほうが高いというコストカットなのでしょうけど、それならもう特急なんて名乗るのやめて、いっそ「快速」にしてほしいものです。

そもそも九州横断「特急」なのに、熊本-大分間の所要時間は前身であるキハ58系急行「火の山」よりも30本も遅くなり、それどころかもっと昔の昭和30年代のキハ55系準急「ひかり」に比べると40分くらい余計に時間がかかっています。

もはや自動車には全くかなわないので競争にもならないにしても、この辺りはどうなのかと思ってしまいます。

 

定刻に、185系はドゥルルン!とうなりつつ発車。

ああ、いいなあこの瞬間。

ちなみに運転席はこのように見ることができます。

マスコンとブレーキハンドルが別って、もう今は見かけません。

 

185系は熊本を発車してからぐいと左にそれて単線の線路を進みます。

しかし駅という駅で、対向の普通列車を待つので、歩みが遅いったらない。

おうおうこちとら特急様やぞ!っていうのは、もはや通じない時代になったんですかね。

全面眺望があるのはいいですねえ。

ちなみに自分の座席からも、少し頭を高くすると前の景色が見えます。

しかしそれから、今朝の霧が残ってるエリアに入ってしまったようで、こんなふうに。

でもそのうちに霧も晴れてきました。

肥後大津で、また対向の普通列車を待ちます。

でもなんかもう、ゆっくりでいい気がしてきました。

特急料金払って普通列車を待つってのが癪ですけど。

 

そのうち次第に人家が減って緑が増えてきます。

徐々にですが、標高も高くなってきました。

そして次第に線路も右へ左へと曲がるように。

これだけで山に向かっていると分かりますね。

すっかり山の中になってしまいました。

うん、いいなあ。

遠くに見えるのが、阿蘇山でしょうか。

そうこうするうち、列車はけっこう坂を上って立野に停車。

ここで列車は向きを変え、スイッチバックで山を上ります。

運転士さんも後ろの車両に移っていきました。

同時に外国人観光客がどっと乗ってきて、2両目の自由席が埋まりました。

↑の画像の左側から上ってきた列車は、今度は右の上のほうに上がっていくわけです。

そして列車はバックで坂を上っていきます。

右の線路は、さっき上ってきた道です。

そして突き当たりで停車し、また運転士さんが戻ってきます。

こうして、傾斜に弱い鉄道が高度を稼ぐわけです。

Y字の右側が、さっき上ってきた線路。

左側が、これからさらに上る線路。

こうして高度を稼いで、線路は阿蘇の外輪山の隙間からうまいこと阿蘇のカルデラの中に滑り込みます。

もうここは阿蘇のカルデラの中。

もうここは阿蘇のカルデラの中。

「いま火口の中を走ってるんですよ」と言われても「そうなの?」としか思えないほど、そんな気がしません。

ただの田舎の風景の中を走ってるようなものです。

しかし昔の人はすごい。

こんなカルデラのど真ん中に鉄道を敷こうと思ったんですから。

クレイジーです。

遠くに見える、ずっと続く荒れた山肌は、外輪山でしょうか。

ああ、いいなあ。

また途中の駅で、行き違いのため運転停車。

しかしここで外国人団体の代表らしき人が運転士さんにいろいろ問いかけをして「ここで降ろして!」「だめです」「〇〇に行きたいの!」「だめです」などと問答をしていました。

幸いお客がすぐ引き下がったからいいものの、過去にはそんな対応のために数十分列車が遅延したようなこともあったし、他の路線では外国人の誤乗による数分の遅れを見たこともあるので、こういう観光列車でワンマンというのはどうかと思います。

 

しかしホント、ここに人が住んで普通に生活してるんだもんなあ。

この景色だけ見ると、ただののどかな田園風景でしかありません。

はあ、来てよかった。

 

そして列車はカルデラの真ん中の、阿蘇駅に到着。

ここで対向の九州横断特急と行き違いのためしばし停車。

立野で乗ってきた海外からの団体客は誤乗だったようで、ドッと降りていきました。

こうやってしばらく停車時間があるのも、まあ悪くはないですね。

 

阿蘇を出ると、こんどは山を下りるだけかと思っていたら、列車は速度を上げてさらに坂を上っていきます。

何度かカーブを越えて山襞に沿うように高度を稼ぎ、カルデラ内の平地が盆地のように見えます。

いい眺めですが、これが見えるのはわずかな時間。

すると列車は長いトンネルへ突入。

熊本側は外輪山の隙間からカルデラに入りましたが、大分側はトンネルで抜けるようです。

あとはトンネルを抜けたりまた入ったりを繰り返しつつ、坂を下っていきます。

しばらく右に左にウネウネと。

この辺りで11時近くなってきたのでお弁当タイム。

熊本駅で買った幕の内弁当ですが、なかなかにおいしかったな。

そして山を下り切って、豊後竹田へ。

瀧廉太郎が少年時代を過ごしたところのようですね。

あとは田園風景が続いたり、

山や川が現れたり、

と、見飽きることがありません。

駅は、昔は長い編成を飲み込んだであろうことが窺えるものの、今は優等列車でも僅か2両。

そのうち民家が増えてきました。

行く手には山らしいものも見えなくなり、いよいよ海が近づいてきたことが窺えます。

そのうち急に景色が都会になり、右側から架線つきの線路が近寄ってきました。

こうなるともう終点、大分はすぐそこです。

日豊本線と合流し、大分に到着しました。

熊本を出て3時間半、楽しくて一瞬でした。

このキハ185系は、国鉄が最後に設計した特急気動車で、特急のくせに普通列車での運用も考慮され、乗降ドアが1両に2か所となっています。

もともとは四国用として開発されたものの、JR四国で新型車両が導入されて余剰となり、JR九州に売却されて今に至っています。

登場が1986年ということなので、実にもう40年前の車両なのですね…。

この車両も、後継車両の登場の以前に、老朽化でじきに姿を消しそうです。

もっともワシは鉄でもなんでもないので、正直どうでもいいのですが、また来年もコイツに乗りたいと思っています。

九州横断特急よ、ありがとう。

 

(つづく)

日曜の朝。

九ミリ展の2日目に向かうため、初めてタクシーアプリを使ってみるも・・・「近くに空車がありません。別の場所に移動してください」と弾かれ、不案内な中でどうにか大通りに出てまたアプリで検索するも、やはり同じ結果。

使えねーじゃん!

困り果ててタクシー会社を検索して電話したら、5分できてくれました。

ありがとう!

ちなみにタクシー会社に電話する前、コンビニで呆然としていたら、九ミリ展に行くであろう自衛隊の広報の車が買い物に寄っていて、ノドまで「乗せてって!」と出かかりましたが、ぐっとこらえました。

 

2日目の九ミリ展は、さすがに初日ほどの勢いはなかったものの、700人くらいが来場されたそうです。

九州でもこれまで絡んでいただいていた自衛隊系フォロワーさんにお会いしたりして、楽しい時間でした。

ちなみに会場の外では物産展もあり、土産の日本酒やお菓子を買ったり。

そして夕方に盛況のうちの九ミリ展もおひらきとなり、帰ります。

問題はその手段で、タクシーを呼んでも時間かかるし、駅まで歩けるだろ・・・と重い荷物を持って歩いてみました。

すると20分そこらで久留米大学前駅に着いてしまいます。

ここで50分待ちます。

なんかレストラン列車みたいなのが通過。

待ち時間が50分と聞くと気が遠くなる人もいるかもですが、ワシにとっては大した時間でもなく、普通列車で隣の駅に。

昔はここにもキハ40とかが走ってたんだろな~と思いつつ、それでもやっぱり気動車っていいものです。

しかしこの南久留米駅というのも不思議で、駅自体はローカル線そのものなんですが、後ろにどでかいマンションが建ってたり、真ん前にはホームセンターが。

これが新潟だと街の人と鉄道が切り離されてしまっているのですが、この辺りだと案外、鉄道も利用されているようです。

まあ1時間に1~2本の運転間隔なら、時間によっては鉄道を利用してみようという人もいるはずで、北海道とかでよくある1日に数本というのは、もはや話になりません。

ちなみになんでこの駅で降りたのかというと、今日も「下宿」に泊めてもらうからで、独りで飲みにいくのに街に出るか否かと悩み、それなら下宿まで歩ける距離で探してみよう・・・ということにしたため。

さっきの駅で50分も列車を待ったおかげで、開店の1730ちょうどに入店できました。

おお!

昨日に引き続いてキリン、そしてラガー!

これはうまい店だと確信。

開店直後なのに、わしに続いて地元の方々がぞくぞく来店。

昨日食べたけど今日も焼き鳥。

「おまかせで5串」と逆に面倒であろう注文をして、変なのが出てきたらどうしようと思ったもののそんなこともなく、昨日に引き続き今日もうまかった。

あとは馬刺し(うまい、安い)、ナマコ酢(久しぶりで満足)。

うん、ここも当たりです。

アジ。

食べログとかで過去の投稿を見ると、「本日のおすすめ」はその日によって値段が違うようで、アジは今日はちょっと高かった。

でもうまい。

ビールも進みます。

でも日本酒はやめておきました。

生牡蠣がびっくりで、神奈川で食べる半額以下でした。

・・・というわけで調子にのってこの他にも飲みすぎ食いすぎ、失礼します。

 

そこからラーメン屋を検索してみると、徒歩圏内に見つけました。

なので10分ほど歩いて、昨日に引き続いて久留米ラーメンの「丸久」へ。

うん、これもうまい!

今日は我慢できず、替え玉もいきました。

ふう、満腹!

そこからまた歩いて下宿に戻り、風呂入って片付けして就寝。

 

翌朝は月曜。

有休取ってますが未明に起きて下宿を後にします。

ものすごい霧。

駅舎とその背後のマンションが、不思議な感じになってました。

霧の中、次第に踏切の警報音が聞こえ出し、かすかにタタン、タタン、コ~という音が近づいてきて、列車が到着。

ローカル線はいいなあ。

で、2駅で久留米へ。

新幹線のホームに上がると、次第に夜が明けてきました。

JRのほうの久留米も、駅前は大都会です。

 

ここから生まれて初めての九州新幹線。

といっても車両は見慣れたN700系。

コンビニで買った朝食。

ここ3日とも、朝はこんな感じ。

わずか30分で、熊本に到着。

平日の朝のせいか、通勤客と通学の高校生がワンサと。

いやしかし熊本も美人ばっかだなあ。

路面電車のある風景、いいですね。

 

三角線はいまだにキハ47を使っているようですね。

令和の時代にキハ47と新幹線が同時に見れるなんて。

 

(つづく)

 

神奈川県民が九州に行くとしたらどうするか。

まあ南部だったら飛行機ですかね。

でも北部だったら悩むところです。

空路だとしたら、羽田での搭乗手続きで時間がかかったり、福岡空港から地下鉄で博多に出るなどの手間もあるので、新幹線とそんなに変わりません。

それなら新幹線にしてしまおう・・・というのがワシの考えでした。

 

金曜日。

休暇を取って家の用事と娘のガッコの用事を済ませて夕方に家を飛び出し、東海道新幹線へ。

あっという間に静岡に到達し、富士山に挨拶。

「のぞみ」は西へ西へ、逃げる夕陽を追いかけていきます。

でも背後からは、もっと早い速度で夕闇が迫ってきます。

ビールと駅弁で夕食。

いつもは安定の崎陽軒(失敗することがない)にするのですが、今日は違うのにしてみよう・・・と冒険して、やっぱ崎陽軒のほうがよかったなと。

その後はぼーっとしたり昼寝をしたり。

隣の席は名古屋~大阪まではお客がいたものの、その後は空いていたのでゆったりできました。

5時間弱というと気の遠くなる時間に思えますが、神奈川から福岡まで5時間で行けるというのがもう奇跡です。

というわけで、夜10時前に博多に到着。

シシャモみたいな新幹線が。

ここで在来線に乗り換え。

ホームには立ち食いそばならぬ、立ち食いラーメンが。

博多だなあ・・・。

思えば今日は金曜。

飲み会帰りとおぼしき人がたくさん。

しかし博多、女子は美人しかいない。

そして男子はみんな顔が怖い。

 

で、鹿児島本線の途中で下車し、ちょっと歩いて西鉄に乗り換え。

そのまま西鉄久留米へ。

いやあ、大都会ですね久留米。

本当は新幹線で久留米へ行く気でいたのですが、ビジホがJR久留米の周辺だとあまりなく、そのため西鉄久留米周辺の宿にしたのですが、JRと西鉄はぜんぜん絡んでなくて、そんなわけで途中で乗り換えたというわけでした。

ビジホの部屋はこんな。

ホントはラーメン食うか一杯やるか…と思っていたのですが、荷物を降ろしたらすでに2300過ぎていて、さらに検索しても周辺には飲食店が皆無。

というわけでおとなしく寝ました。

 

で、土曜日。

駅前でタクシーを拾い、向かったのは地場産くるめ。

今日・明日と、九州唯一の大規模ミリタリー展示即売会「九ミリ展」にお邪魔したのです。

この九ミリ展は今回で3回目だそうで、昨年に「おっ?」と思ったもののバレンタインデーと被ってモテモテだったワシには参加できず、それで一年越しの夢がかなったというわけ。

ちなみに見て下さい、これが初日の午前中の賑わいぶり。

もちろん来場者数で言えばVショーのほうが多いですが、Vショーは歴史があるせいで逆に「特にお目当てはないけどなんとなく来た」という方が多い印象。

それに引き換え九ミリ展は、みんな散財する気マンマンのような感じで、どのブースもえらく賑わっていました。

1330を超えると急に空いてきたような感じでしたが、それでもこの九州で、初日は990人が来場したそうです。

すごい。

いやあ、楽しかった。

 

で、夜はフォロワーさんたちに連れられて、「地元の人しか行かないような居酒屋に行きたい」とオーダーしていたところ、その要望をかなえてくれました。

久留米と言えば焼き鳥でしょうということで、久留米の駐屯地に近い焼き鳥屋さんへ。

おお、クラシックラガー!

うまい!

こちらは久留米駐屯地。、そして隣接する幹部候補生学校に近いせいか、自衛官が利用することが多いんだそう。

その歴史が天井に刻まれていて、いろんな自衛官が寄せ書きを天井に残しているそうで・・・

しかしよほど人気のようで、1730に着くともう人が入っていて、1900には満席に近くなっていました。

しかしお2人は車だそうで、ビールを飲んだのはワシだけで申し訳ない!

 

飲みで満足したあとはラーメンでしょう・・・ということで、連れてってもらったのは大砲ラーメン。

うん、うまいなあ!

替え玉は迷ったものの、明日もあるのでやめておきましたが、ああやっぱり替え玉すりゃよかったかな・・・。

 

というわけで最後は宿にまで送っていただいて、ホント有難うございました。

ちなみに2泊目は、宿というか、さっき飲んだフォロワーさんが「幹部候補生が休日に気軽に安く使えるように」と最近始めた「下宿」。

ワシが荷物を散らかしてしまいましたが、静かでいいお部屋でした。

さあ、今夜は1人で寝よう。

 

(つづく)

サムズミリタリヤ主催の物販イベント「ビクトリーショー」に行ってきました。

年に3回ほど開催される中で、年始のこの回だけは2日開催で、当初は土曜だけ参加する予定でしたが、急遽日曜も続けて参加しました。

こっくり工房さん(の中の人)

袴のグラデーションがいいですねえ。

 

わしはコミケに引き続き、楽だし気に入ったしで、もう昨年から廃止されてしまったジャー戦に。

たまたまお会いした相互フォローさんがOD装備時代のジャー戦にしていたので、一緒に撮らせてもらいました。

旧OD時代は、ジャージのズボンにシャツインだったんですね・・・

 

初日はものノフさん、KKさん、もう覆い作らないSさんと一緒で、終わった後に飲みに。

いつもなら館内の居酒屋で飲むところですが、何度も通ってようやく「あそこはダメだ」と認定し(値段も高くなくメニューも味も悪くないのに、店員の男性が軒並みだめ。注文取りに来ない、遅い、なのに呼ぶのが申し訳なく思えるほどいつも機嫌が悪い。いつも混んでるところから立地はいいので胡坐をかいている?)、駅前のふつうの居酒屋に行きました。

こちらは店員さんは普通でしたが、呼べばすぐ来てくれるし、提供は割と早いし、そしてうまいうえに(都心なのに)高くないしで、よかった。

なので次からも、ココに限定することなく、館内の店はやめようと思った次第です。

 

2日目。

2日目は空いてました。

すてんがん工廠さんの新製品(?)、パンジャンドラム。

操縦可能で超信地旋回も可能。

動きがキモい!

これでノルマンディー上陸作戦も成功まちがいなし!

 

というわけで2日間、へろへろになって失礼しました。

2日で4千人の来場があったようですが、肌感覚だと初日3000、2日目1000くらいかな?

次は5/10、皆さんまたお会いしましょう!