「ユーコン川の流れに乗って 熊谷芳江」 | 「地球探検隊」中村隊長の公式ブログ【ビタミンT】
2016年11月18日(金)

「ユーコン川の流れに乗って 熊谷芳江」

テーマ:秋のカナダ・ユーコンの旅

   結果が、最初の思惑(おもわく)通りにならなくても、
   そこで過ごした時間は確実に存在する。
   そして最後に意味をもつのは、
   結果ではなく、
   過ごしてしまった、かけがえのないその時間である。
   星野道夫


長年お世話になっているSweet River Enterprises代表
カナダ・ユーコン準州ホワイトホース市在住21年、
Yoshi こと熊谷芳江さんが、ユーコン観光局の依頼で記事を綴り、
カナダ観光局ウェブサイトCANADA THEATREに掲載された。

カナダ観光局より転載許可をもらったので紹介したい。

ドライバッグに背中を預け、足を投げ出してカヌーの上に横たわる。身体が、川とカヌーの動きとともにユラユラ揺れる。空を見上げると頭上を白い雲がゆったりと流れていく。川と風の流れを感じる、この瞬間である。この瞬間が、私をユーコンに引き付け、そしてもう21年、この川のほとりの町に暮らしている。

ユーコンからアラスカの大地を流れ、ベーリング海に注ぐ3,000キロの大河、ユーコン。その上流部にユーコン準州の州都、ホワイトホースがある。人口約29,000人のこじんまりした町のダウンタウンに沿ってユーコン川は流れているので、この町に暮らしているとほぼ毎日、その姿を見ることができる。


ユーコン川といえば、日本では「野生地を流れる川」としてカヌーツアーなどで紹介されているけれど、実は人々の暮らしにとても密接した歴史を持つ。例えば、この川はかつて先住民の人々の生活の場であり、村や家、そしてサーモンを獲って燻製にするフィッシュ・キャンプが数多く川のほとりにあった。以前、先住民のエルダー(古老)とこの川を旅する機会を得た時、彼は道路が無かった時代に、妹たちを連れて手作りの筏で川を下って隣の村に通っていたと話してくれた。今でも川をカヌーで旅すると、古いフィッシュ・キャンプの名残や村の跡、墓地などが見られる場所もある(注:墓地には観光客は足を踏み入れるべきではない)。

さらに、ユーコン川は1896年に起きたクロンダイク・ゴールドラッシュ時代にも一攫千金を夢見る人々が筏で旅をしてドーソン・シティを目指し、後には人や物資を載せた蒸気船が行き交う川だった。蒸気船の燃料は薪であり、今でも川には当時薪の補給のために使われていたウッド・キャンプの跡地がいくつか見られる。その他、冬の間の艇庫として蒸気船を引き上げてそのまま船が残っている島「シップヤード」や、座礁した蒸気船の甲板、さらには昔、金を探すために使われた浚渫機が横たわっている場所もある。

これだけの歴史や跡地があるのであれば、公園などに指定され、保存されるのが通例だろう。しかし、そこがユーコンの自由、そして自然体なところ。全てはそこにあるべきものとして、自然とともに時を刻み、今この川を旅する私たちに、色々な物語を語りかけてくれている。

ユーコン川の旅=ウィルダネス・トリップ然り、こういう川の歴史を学ぶと、さらに旅が奥深いものになるだろう。


さて、ユーコン川を旅する一番ポピュラーな方法は、やはりカナディアン・カヌーである。この2人乗りのボートにキャンプ道具と食料、そして釣竿を積み込んで、のんびりと旅するのがいい。ユーコン川ではグレイリング(カワヒメマス)やパイク(カワカマス)などが釣れる。特に清流にいるグレイリングは味も淡白で、絶品である。カナダ人は、魚が釣れるとすぐに頭を落とし、3枚におろしてバターなどでムニエルにしてしまうことが多い。



一度、カヌーツアーの最中にそれを勿体なく思った日本人のお客様たちが、グレイリングを木の枝に刺し、化粧塩をして焚き火で焼き、カナダ人のガイドに供したところ、最初は魚の頭を見て嫌がっていた彼が一口食べた後にそのシンプルな味に感激し、一気に食べ尽くしてしまったことがあった。以来、魚が釣れると彼はお客様にその料理を任せるようになった。自分たちの釣った魚を自分たちで調理して食べる。キャンプ生活の楽しみである。

ユーコンの流れは穏やかで、初心者にも比較的漕ぎやすい川であるが、川幅が広く、水温が3度前後と低いので、やはり注意は必要だ。ただ、カヌーの操作に慣れ、少し余裕が出てきたら、是非とも「のんびり、ゆったり」を思い出して欲しい。日本人のお客様を川でガイドすると、皆さん緊張からか、カヌーを漕いでいても背筋がピーンと伸びている場合が多い。そんな時、私はわざと欠伸をし、そしてカヌーの上に寝そべる。お客様はガイドのその態度に当然驚くし、ちょっと戸惑った表情を見せる。しかし、2日、3日とユーコン川の上で過ごし、段々と「ユーコン・タイム」に身体と心が馴染んでくると、背中が少しずつ丸くなってくる。そして「横たわってみて下さい。私が漕ぎますから」と声をかけると、じゃあ、と恐る恐る背中をカヌーの上の荷物に預ける。その瞬間の「ハアー」という吐息や、「うわあ」という嬉しそうな声を聞くと、私はようやくその人と、このユーコンで気持ちが通じ合ったような気分になる。

ユーコン川の流れに乗ってカヌーに身を委ね、静寂を楽しむ。その静寂の中にある、風の音、木の葉の揺れる音、カヌーが水を切る音などに耳を傾けて感じる自然と一体感。これが、ユーコン川でのカヌーの醍醐味だと、私は思うのだ。

熊谷芳江

カナダ観光局ウェブサイトCANADA THEATRE より抜粋

Yoshiの感性豊かな文章に、ユーコン川カヌー160kmの旅を思い出した。
一人でも多くの人が、ユーコンで静寂の時間を過ごすことを願う。

 

 

   日々の暮らしのなかで、
   今、この瞬間とは何なのだろう。
   ふと考えると、自分にとって、
   それは、自然という言葉に行き着いてゆく。
   目に見える世界だけではない。
   内なる自然との出会いである。
   何も生みだすことのない、ただ流れてゆく時を、
   取り戻すということである。
   星野道夫