第60回「I Get Around」(1964)/The Beach Boys | 柑橘スローライフ

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ロック音楽は、総じて「夏」に親和性がありますが、
とりわけ夏を感じさせるのは、
やはり、The Beach Boys(ビーチボーイズ)でしょう。
代表曲の一つである「I Get Around」(1964)です。



個人的な話になりますが、今から30年ほど前の80年代前半は、
湘南の鵠沼や茅ヶ崎辺りで、毎朝のように波乗りに勤しんでいました。
しかし、その頃、私が海などで聞いていた洋楽の多くは「AOR」の系統で、
サーフロックの代表とも言えるビーチボーイズではあるのですが、
彼らを聞くということはほとんどありませんでした。

というのも、デビューから20年以上もたった80年代前半においては、
既に彼らはロック史の中でのクラシック的な位置づけになっていて、
どちらかというと、懐メロに近いものであったため、
30年も前の若者であっても、よほどのコアなファンでない限り、
ビーチボーイズをカジュアルに聞くという事は無かったと思います。
80年代前半というのはAOR全盛の時代だったのです。

しかし、今あらためてビーチボーイズを聞いてみると、
何とも瑞々しい若さに溢れていて、
これほど夏の海に合うサウンドも無いなと感じます。
とにかく、驚かされるのはそのマルチパートのコーラス。
ひとつの旋律をマルチパートにしているわけではないですが、
いくつかの交錯する旋律の声部の合計が4~5パートで、
結構アレンジと練習が大変だったのではないかと思います。

60年代におけるビーチボーイズは、
ビートルズの最大のライバルという位置づけで見られ、
ビートルズ自身が一番ライバル視していたのも彼らだと思います。
それは、彼らの卓越したコーラスハーモニーと作曲力のためであると思います。
とにもかくにも、湧水のようにいい曲を作っていく印象で、
そんなビーチボーイズの楽曲の秘密を少しでも分析できればと思います。

一般的にビーチボーイズの最高傑作は、
ビートルズにも多大な影響を与えた「Pet Sounds(ペットサウンズ)」と
される場合が多いと思いますが、私的には「ペット」はブライアン色が
強すぎて、むしろブライアン・ウィルソンの作品という気さえします。
よって、よりビーチボーイズというパーマネントなグループ色のある、
「I Get Around」を選択しました。
しかし、「ペットサウンズ」からも後日何か取りあげようかなとは思います。

【イントロ~サビ】
G音一発のギター音に続けて、
Round round get around.I get around♪

出だしから、いきなり「ビーチボーイズ全開」のコーラスワーク。
瞬間的に「海だ!」という雰囲気にさせてくれます。

しかし、この「海を感じさせる」、
というのは一体どういう事なのでしょうか。

映画やテレビなどで、海のシーンというと、彼らの曲が多用されます。
そうした視聴の積み重ねによって、イメージが記憶として潜在化し、
彼らの曲を聴くと条件反射的に「海」を感じるということなのだとは思うのですが、
私はどうもそれだけではないのではと思い始めました。

それはビーチボーイズの楽曲やハーモニーそのものに、
「海」を想起させる何かがある、という仮説です。
そんなことを含めて、楽曲を更に分析していきます。

この曲でのコーラスは、他の曲とも共通しているといえますが、
始めに歌われる比較的低音部のコーラス三、四声と、
降ってくるかのような、ブライアン・ウィルソンによる、
「ooh~eeh」という高音ファルセットの単音一声が絡み、
このファルセットがすぐに主旋律になって、
コーラスをリードしていくという構成です。

ここで重要なのは、ブライアンの高音ファルセットでしょう。
まさにこれこそがビーチボーイズを特に感じさせる「音」だと思います。
それでは、低~中音部のコーラスに対して、
ファルセットはどんな絡ませ方をしているのでしょうか。

低~中音の三声は、転回させた三和音の集積ですが、
ルートをオクターブで重ねたりした構成をしているようです。
それに対して、高音ファルセットは、
音取りが和音のルートも出ますが、ほぼ3rd(第三音)主体です。
よって、三声の一番低いバスパート(ルートの最低音)からは、
2オクターブ~+3度の音程を基本的に持たせていると聞こえます。

これはビートルズが通常用いる1オクターブ以内に音程集積のある
「クローズハーモニー」では当然なく、
ソウルグループなどが用いる1オクターブ以上の音程を持たせる
「オープンハーモニー」であるわけですが、
このあたりに、ビーチボーイズのオリジンの一つが垣間見えます。

こうしたオープンハーモニーの多用は、
ビーチボーイズらしい特化であり、
当時はビートルズとの差別化になっていたと思います。
しかし、それだけでなく、
このファルセットを含んだコーラスワークで、
「海」や「ビーチ」そのものを視覚的に表現しているのでは、
と個人的には感じ始めてきました。

簡単に言いますと、
繰り返される低~中音部は、浜辺に断続的に打ち寄せる波のようなもので、
冒頭の、round roundは「うねり」、I get aroundは「飛沫をあげた白波」
そこに、舞いおりてくるかのような高音ファルセットは「海鳥の鳴き声」、
或いは、ビーチで遊ぶ「子供達や女性の喚声」です。

波の音と鳥の声はおそらくかなりの音高の隔たりがあると思います。
彼らのコーラスアレンジとパフォーマンスは、
実際の海岸で聞こえてくる現実音のバランスに似ていると思うのです。
多分に想像力を飛躍させ過ぎているきらいがあるかもしれませんが、
そういう風に聞こえなくもないのです。
(あくまでも、私の個人的なイメージではありますが)

だからオープニングにこうしたコーラスパートがあり、
舞台は「海」なんだよ、という情景を真っ先に提示している、
そんな風に考えると、ここでのコーラスのやり方と
位置づけが結構しっくりくるのです。

もちろん、作者である彼らがそれを意図していたかは不明ですし、
歌詞の持つ意味合いとは別の観点の事でもあります。
(この曲ではあまり詩作内容と海に乖離はありませんが)
しかし私は、結果的・現実的に「サウンドによる視覚化」のような効果を、
彼らのコーラスワークは実現していると思っており、
もしそうだとしたならば、これはとんでもない発明であり、
パフォーマンスだなと思うのです。

ちなみに、ここでの和声(コード進行)は、
Gキーの循環進行と一応言えると思いますが、
置き換えコードを多用しているので、
楽譜に表記するとしたら、臨時記号が多くなります。

冒頭はアカペラで、続くサビの進行も同じですが、
ひとつひとつの和音の尺がサビのほうが長くなります。
①G→②E→③Am→④F→Dで、ディグリー表記にしますと、
①Ⅰ→②Ⅵ(Ⅵm)→③Ⅱm→④Ⅶ♭(Ⅶm♭5)→Ⅴです。
カッコ内が本来のメジャースケールでのコードとなり、
いくつかでコードの置き換えがされています。
例えば②は、本来のダイアトニックスケールコードはEmですが、
ロック音楽、特にギターによる作曲によくあるメジャー和音への
置き換えがされています。

基本的には、「1→6→2→5」という機能的な循環進行の派生形で、
ビートルズも多く用いる進行です。
(すぐに思い当たったのが、This Boyのヴァ―スですが、
この曲とは全く違うタイプの曲に感じると思いますが同じ和声です)
派生形としたのは、置き換えコードの存在と5の前に7♭が存在するためです。

【ヴァ―ス】
サビがドミナントのDとなると、リズムがブレイクし、
リードヴォーカルのマイク・ラブが小気味よく歌うヴァ―スへ。
ハンドクラップも陽気で快活、ノリが最高です。

ここもいかにもビーチボーイズを感じさせる場面ですが、
進行はたった二つのコードの繰り返し。
Am→Dのツーファイプを執拗に繰り返します。
AmはGキーの「Ⅱの和音」、よって「ツー」。
DはGキーの「Ⅴの和音」、よって「ファイブ」です。
Ⅴの和音は「ファイブ」であり「ドミナント」のことです。

この「ツーファイプ」はコード進行の最も重要なものの一つですが、
この曲のヴァ―スのように、これだけを繰り返すというのは、
他のバンドの楽曲ではあまり見かけられません。
ちなみに、ドミナント(ファイブ)はトニック(主和音=Ⅰの和音)に
もっとも強く戻りたがる(解決する)重要和音です。

また、このヴァ―ス部は別の言い方をすると、
「ドミナント一発の場面」と言えるかもしれません。
Gキーのサビへの解決を、自らツーを分解したドミナントが
トニックに引っ張られそうなのを踏ん張り続けている場面。
そう、ドミナントはよく、ツーを分身させる場合が多いです。
よって、この場面はドミナント(Ⅴの和音)一発とも言えるわけで、
本来は、実に単純な作りの場面です。

演奏面では、歌に合わせてリードギターが副旋律のような煌びやかな
オブリガートをしています。若干ベンチャーズのようですが、
通常のロックバンドとは違う独特の雰囲気で、
ヴァ―ス途中の、よりベンチャーズっぽい、
ギターによるブリッジとともに、
独特なビーチボーイズらしさが醸し出されているようです。

【全体】
はじめてビーチボーイズの楽曲の内容を分析してみましたが、
コード進行では、「ツーファイプの執拗な連続」など、
若干興味深いものがありましたが、そうしたことより、
やはり彼らのハーモニーがマルチであり、
4~5パートであるということに、今更ながら驚かされました。

このことは、単純なホモフォニックにどうしてもなりがちな、
一般的なロック曲の落とし穴を回避し、彼らの音楽を味わいのある
ポリフォニックなものにしている要素と言えると思います。
そして、ブライアン・ウィルソンのファルセットの音取りの仕方
なども大変興味深いものです。

しかし、私はかねてより、
このファルセットがビーチボーイズをビッグにさせたと同時に、
彼らを「芸術家」ではなく、あくまで「芸能人」に留めたもののよう
にも感じていました。実は、このファルセットの「軽い」雰囲気が、
個人的に彼らを真剣に聞かなかった理由のひとつでもあります。
男性ファルセットはあくまで「芸能」的であり、
カウンターテナーなどの「本当の高い地声」とは違う、
どこか腹話術のようなものにも似ていると思ってしまったからです。

そう、至極勝手な判断ではありますが、
あくまで「ARTISTE」であり、「ARTIST」という雰囲気を持ち合わせていない、
というように感じていたのです。
(ARTISTEとARTISTの違いが判りますでしょうか)

でも、このファルセットがなければ彼らは成功しなかったと思いますし、
当時のロックシーンの中で、特にビートルズを意識したときに、
彼らにはこの選択肢しかなかったのだろうとも思っていました。

しかし今回私は、記事中に述べた通り、
このファルセットを含んだコーラスワークには、
もっと凄いものが隠されているのではと感じたのです。

それは「コーラスワークによる場面(海など)の視覚化」です。

これが実現できているとするならば、
彼らは間違いなく、ARTISTであり、Eは即刻取り払われます。
つまり、「主観による心象的なイメージ」ではなく、
ソノリティそのものによる「客観的な視覚イメージの創造」
というようなことがなされているのではないかと仮説しておきます。

この曲に特に、強くそう思うのかもしれませんが、
彼らの曲に「海」を強く感じるのは、
決して、彼らの印象の刷り込みによるものだけではなく、
コーラスワークそのものが「海」を感じさせる要素を持つ、
と思ったのです。

それは、もしかすると、
ドビュッシーが、様々な音階と和声の工夫により、
景色や場面を客観的に視覚化した試みと、
結果として、同じことなのかもしれないのです。



(ビーチボーイズ関連記事)
第65回「Wouldn't It Be Nice」(1966)/The Beach Boys




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第5回「You Never Give Me Your Money」(1969)/The Beatles
第6回「Achilles Last Stand」(1976)/Led Zeppelin
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第8回「What A Fool Believes」(1978)/The Doobie Brothers
第9回「New Kid In Town」(1976)/Eagles
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第12回「Pretty Maids All In A Row」(1976)/Eagles
第13回「I'm Not In Love」(1975)/10CC
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第15回「Give Me Strength」(1974)/Eric Clapton
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