第51回「This Boy」(1963)/The Beatles | 柑橘スローライフ

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60年代以降の他のロックアーティストと比べて、
ビートルズが明確に「優位性」を持っていたと思われる魅力はいくつかあります。

その中のひとつとして挙げたいのが、
多くの曲で当然のように行われる「マルチパートのハーモニー」の魅力です。
デュオによるハーモニーは、いろいろなアーティストでも見られますし、
コーラスにおいては、中にはスリーパート程度までは見られそうなのですが、
多くのロックバンドではヴァ―スは一人、コーラスで一人がつく程度と思います。
ハードロック分野などはこのパターンが多いですね。
例えば、数人がコーラスについても、コーラスパートがユニゾンだったりします。

ビートルズの場合、スリーパート以上(多重録音含めて)のマルチハーモニーが、
ごく普通に、ヴァ―スからそうであったり、ブリッジ的な場所であったり、
バッキングコーラスであったり、様々な場面で当然のように見られるのです。
そういう意味では、コーラスハーモニーを当たり前の取り組みとしていたわけで、
ロックの世界では、風変わりといっていいバンドだったのかもしれません。
そして、ビートルズの場合、それはあくまで自然な流れの中で淡々と行われ、
ハーモニー専門のグループやハーモニーを売りにしているバンドのように、
いかにも共鳴感を強調したりするようなことはなく、むしろ、わざとそれらを
出さないようにしているようなラフさとさりげなさが、また良い点だと思います。

「優位性」のひとつとして、もうひとつ挙げておきたいのが、
非常にエモーショナルでセンス溢れる「展開部=ミドルエイト」の魅力です。
ポールとジョージ、そして自ら(多重録音)のコーラスを従えて、
ジョン・レノンがリードヴォーカルをとるシャウト含みのパターンが多いです。
これはサビであったり、サビとは別の展開であったりしますが、
閃きのような展開センスと歌唱そのものが持つ、いわば感覚訴求の魅力といえます。

しかし、これらの魅力はビートルズの持つ「飛躍的な独創力」というよりも、
彼らに元々備わっていた「ファンダメンタルな魅力」と言ったほうが適切かもしれません。

そのような彼らの二つの「ファンダメンタルな魅力」を同時に楽しめる曲、
それが「This Boy/ディス・ボーイ」です。





「もうちょっと、聴きたいな」というところで、
すぐに終わってしまいます。サビも一回しかやりません。
ビートルズの曲は、ギュっと濃縮したような、僅か2分前後、
いや1分台の曲も多いのですが、こうした短い尺が、食傷気味にならずに、
いつも、そしていつまでも退屈しないで聴ける要素なのかなと、
ビートルズを聞くたびにしばしば思うのです。

それでは「This Boy」の楽曲をかなり細かく分析していきたいと思います。
前回のプリーズ・プリーズ・ミーと同じジョン・レノンの作曲、
Dキーで、12/8拍子の作品です。
この曲は、ソウルアーティストのスモーキー・ロビンソンに影響を受けたと
自他共に認めている曲ですが、どんなところがそうなのかということも興味深いので、
そのあたりとの関係性を含めて見ていきたいと思います。

【イントロ】
アコースティックギターによるコードストロークで始まります。
ロックらしいビートとは違い、C&Wを彷彿させるようなナチュラルな雰囲気です。
ビートルズはあらゆるジャンルの音楽に影響を受けているということがありますので、
デビュー直後でもすぐにこうした曲をつくり、発表することができたわけですね。

一番始めの3ストロークは、一般的には、D→Dadd9→Dとする楽譜などが多いと思います。
しかし、音構成として間違いではありませんが、若干正確さに欠けていると思われます。
ここでは、聴感的にギターのバス音のF♯とEの動きがポイントになっていますので、
私は恐らく世界初(笑)として、この部分を「DonF♯ → DonE → DonF♯」と発表します。

Dキーにおけるadd9はE音ですが、この表記だと中間音か、
9thのトップノートして置くというように誤解されかねません。
E音を最低音に置くということが、上記のコード表記で私が強調したいポイントで、
実際の演奏では、ジョンとジョージの二人のギターがいるという事を見逃せません。
この部分はポールのベース音が入っていないので、ここに限っては、
ギターのバス音の強調的な表記が必要だろうという意味で、こうしました。
おそらくジョージがF♯とEのバス音を弾いているとは思いますが、
上記のコードは、全体的なギター音ということで理解して頂ければと思います。
また当然、上記の分数コードでも十分に一人で弾くことも可能だと思います。

そして、続けてポールのベースとリンゴのハイハットワークを交えて、
「D → DonB → Em7 → A7」と進行します。
DonBの部分も一般的にはBm7としている楽譜がほとんどだと思いますが、
実際のギターによるコードストロークはDonBと思われます。

【ヴァ―ス】
♪That Boy、took my love away、と始まる歌詞ですが、
歌詞には「何の意味もない」というジョンの言葉を信じ、一切触れない事とします。

ギターとベースによる和声は、ディグリーネームで表すと、
Ⅰ → Ⅵ → Ⅱm7 → Ⅴ7(1・6・2・5)あたりで、循環的なコード進行ですね。
実際のコード進行として表記すると、「D△7 → DonB → Em7 → A7」
といったところが一番近いでしょうか。この循環を何回か繰り返します。
DonBの部分はディグリーネームでは、Bのバス音を重視して便宜上Ⅵ(6)としました。
(ヴォイスハーモニーと合わせた、全体の和声表記は後で述べます)

歌のほうは、ジョン・ジョージ・ポールによる、
スリーパートのクロースハーモニーが展開されます。
この3人のコーラスは、基本的に「3和音」の構成音を主体とした動きですので、
クローズハーモニーでもあります。少しややこしいですが、
「クローズハーモニーであり、クロースハーモニーでもある」ということです。
クローズハーモニーとは、ハーモニー全体の音程が1オクターブ内にあるものをさし、
クロースハーモニーとは、ヴァースの全ての歌詞を違う音程で歌うハーモニーのことで、
前々回のエヴァリー・ブラザーズが確立させたと言われる、
軽音楽、特にカントリー分野における歌唱法の一つです。
ただし、カントリーなどにおいては、通常はデュオが主だと思います。

この曲のハーモニーは、エヴァリー・ブラザーズなどによるカントリー風のものと、
スモーキー・ロビンソンのミラクルズやプラターズのようなソウルグループによる
スリーないしフォーパートハーモニーのどちらの影響も受けていると考えられますが、
実際の聴感的には、そのどちらにも実はあまり似ていないと私には感じられます。

それは、ハーモニーの面でいうと、エヴァリーブラザーズは近接した3度音程のデュオ。
そしてソウルグループは、独特のファルセットを含んだ広い音程の「オープンハーモニー」
で行われることが多く、そのどちらにも音程感として似ていないと思われるからです。
ご存知のように、スモーキー・ロビンソンなどはあのハイトーンです。
つまり、ビートルズのオリジナリティがぐっと感じられる5度~7度集積の音程感なのです。
ビートルズは、様々な音楽の影響を受けているものの、それらの音楽を全く自分たちの
オリジナルなものとして更新してしまうというような不思議なパワーを持っています。
こうした曲こそ、まさに新たな「創作」の場面そのものなのだと思います。

音どりは、ジョンは一番下で、ベースペダルポイントのような「F♯」主体のポジション。
ジョージは中間音で、「A」が主体のポジション。
ポールは一番上で、「C♯」が主体のポジション。
この3人の主体の音を組み合わせると、DキーのⅢmであるF♯mとなります。
ギターなどの楽器による和声は、トニックのD主体で動きますが、
この曲のヴァ―スにおけるハーモニーの基調となる動きの和音は「F♯m」です。
もっとも、ギターによるD△7の音構成は、F♯mとほぼ同じではあるのですが。

そして、この3人のパートは基本パラレル(平行)に移動しますが、
途中、いくつかの箇所で装飾音的な動きを加えます。
この曲はギターという器楽が放つ和声のみならず、
スリーパートハーモニーというヴォイスハーモニーが必ずしも器楽と完全に
同化して進むわけではないため、より厚みのある和声が全体では動いています。
その全体の和声という捉え方で、私なりにまとめてみますと、

①F♯monD → D6onB ②Em7 → F♯m → GonA → A
③F♯monD → D6onB ④Em7 → F♯m → GonA → A
⑤F♯monD → D6onB ⑥Em7 → F♯monA → Em7 → D → D6
(Voicing by tachibana1)

といったような感じとしました。
丸数字は小節ですが、②④⑥では少しコードチェンジをメロディ風にします。
このヴォイシングで弾くと、楽器による和声とスリーパートのメロディの和声を
合わせた全体的な和声をメロディに近い形で再現できると思います。
実際このコードをピアノで弾くだけでもかなりそれらしく聞こえると思いますし、
ジャズ的なソロピアノにも応用がきくと思います。
実際、私も分析そっちのけで、このハーモナイゼーションによる進行で、
ジャズピアノの演奏に暫し没頭してしまいました。このチャートは結構面白いのです。
(①のF♯m/Dは、D△7の基本形でもいいと思いますが、コーラスパートの強調と
いうことで、F♯monDの表記をとりました)

【サビ】
一旦トニックの「D」に戻ったヴァースですが、そのまま9thのテンションを
引っかけたような音をかき鳴らして、サビに進み、
ヴァ―スではバスをとっていたジョンのリードヴォーカルが跳躍し、
かなり高いポジションでダブルトラックでシャウトします。
また、バックコーラスはジョン自身の多重録音を含めたスリーパートとなり、
今度はジョンが真ん中、ジョージが下、ポールが上となります。
このようなポジションチェンジもビートルズのハーモニーの面白いところで、
バリエーションのあるハーモニーと声質の組み合わせが様々に表現されます。

ヴォーカルハーモニーは、合計で5声部となっており、
非常に豊かでかつエモーショナル、美しい流れです。
バッキングの3声部は、基本的には3和音の5度集積を主体としますが、
途中ポールが上にいき、セブンスの7度、オクターブの8度も見せます。
ただし、オクターブを超えることはありません。
また、ジョンのリードボーカルはユニゾンの2声部で、
バッキングの一番上のポールの音階の位置あたりを上下に動きます。

楽器進行は、Ⅳ→F♯7→Ⅵ→Ⅰ/Ⅳ→E9→Ⅴ→Ⅴ6(4・F♯7・6・1/4・E9・5・5)
という感じが近いでしょうか。ディグリーで表せないアルファベットは、
Dキーのメジャースケール上に構成できない和音です。
それらは分析するのに必ず苦労し、逃げ出したくなりますが、
一つ一つ見ていくことにします。

まず、「F♯7」。
ジョン自身がコーラスで、この構成音(3rd)のB♭を2小節目で出していますが、
本来、この場所に配置されるべき和音は「F♯m7」(本来の3rdはA)。
ヴァースで、ハーモニーの基調となっているⅢの和音です。
そんなこの曲にとってはとても親和性のある和音を反故にして、
F♯7とはどうしたものか、その心は?

これはズバリ「ジョン・レノン・モード」といってもいいものだと思います。
ジョン・レノンの曲を何曲かピアノやギターで弾いたことある人には、
この流れの響きに「おっ!」と感じるものがあるはずです。
流れというのは、ずばり「平行和音」で、この部分の場合は、
サビ始めのサブドミナントのGからの半音下降スライドの平行和音です。
ジョン・レノンはこの進行のように、何か聴感的にズシンとくるような、
平行和音の展開感が好みのようで、逆にどうにも平行和音を作りにくい「Ⅲm」は、
あまり好みではなかったような気がします。

次に、「E9」。
これこそ、実に悩ましく、かつ、すごい和音です。
ここに本来配置されるべき和音はわかりません(創作領域のため)。
この和音配置に関しては、完全に納得できるような解析はできませんでしたが、
私は、実は既にこの場面では、一時転調がなされているのではと思っています。
続く、Ⅴ(Dキーの中で)とした「A」がDキーのドミナントのため、
あやうく、通常のドミナントモーションによる解決と思いそうになりましたが、
この「A」はDキーのドミナントであるまえに、Aキー、つまり本人=トニックであり、
ドミナントが「E9」なのだと思います。

ジョンが、won't be happyと歌うこの「happy」の部分で、
DキーからAキーに一時転調したと思われるのです。
この「E9」はDのサブドミナントの「G」から突然転調を委託された、
Aキーのドミナントだと思います。近親調のため違和感はないと思います。
そして、Aはトニックであり、Dキーのドミナントでもあるから、
Aに戻ってからは、通常のドミナントモーションとなった、
というように理解しました。

このサビの最後の、ジョンが「cry,ha,ha,ahh」とF♯(A6の6)でシャウトする部分、
何となく、ドミナントに引っかかっているだけというよりは、
若干、終止感も感じないでしょうか?
ここは、Dキーのドミナントでありながら、Aキーのトニックに今まさに解決したという
ニュアンスも漂わすという、非常に不思議な部分と言えると思います。

この「This Boy」のような、どちらかというとコンサバティブなイメージを醸す曲中にも、
ビートルズの持つ「不確定な調性感」が既に現れているようです。
このような、おそらく感性から生じた一時転調の閃き、ということも、
ビートルズを、他のロックバンドと違う次元のアーティストにせしめた一つの要因であり、
ジョン・レノンやビートルズの素晴らしい魅力といえると思います。
実に唐突なのですが、実に絶妙なのです。

第52回「All My Loving」(1963)/The Beatles



※楽曲分析は、独自のもののため誤りがある可能性があります。
後日ゆっくり丁寧に検証し、誤りは修正していきますので、ご了承ください。



ロック名曲百選/過去記事一覧

★第1章「ロック名曲・アトランダム編」
第1回「Sexy Sadie」(1968)/The Beatles
第2回「Ask Me Why」(1963)/The Beatles
第3回「Epitaph」(1969)/King Crimson
第4回「Speak To Me~Breath」(1973)/Pink Floyd
第5回「You Never Give Me Your Money」(1969)/The Beatles
第6回「Achilles Last Stand」(1976)/Led Zeppelin
第7回「Babylon Sisters」(1980)/Steely Dan
第8回「What A Fool Believes」(1978)/The Doobie Brothers
第9回「New Kid In Town」(1976)/Eagles
第10回「Your Mother Should Know」(1967)/The Beatles
第11回「Take It Away」(1982)/Paul McCartney
第12回「Pretty Maids All In A Row」(1976)/Eagles
第13回「I'm Not In Love」(1975)/10CC
第14回「A Whiter Shade Of Pale」(1967)/Procol Harum
第15回「Give Me Strength」(1974)/Eric Clapton
第16回「We Are The Champions」(1977)/Queen
第17回「Honky Tonk Women」(1969)/The Rolling Stones
第18回「Miss You」(1978)/The Rolling Stones
第19回「My Ever Changing Moods」(1984)/The Style Council
第20回「Hey Bulldog」(1968)/The Beatles
第21回「Here Today」(1982)/Paul McCartney
第22回「Alone Again(Naturally)」(1972)/Gilbert O'Sullivant
第23回「Good Night」(1968)/The Beatles
第24回「The Nightfly」(1982)/Donald Fagen
第25回「It's Too Late」(1971)/Carole King
第26回「Happy Xmas」(1971)/John Lennon
第27回「Better Make It Through Today」(1975)/Eric Clapton
第28回「Tell Her About It」(1983)/Billy Joel
第29回「Don't Look Back」(1978)/Boston
第30回「Don't Stop The Dance」(1985)/Bryan Ferry
第31回「Eggplant」(1975)/Michael Franks
第32回「Words」(1982)/Bobby Caldwell
第33回「Everybody Needs Love」(1978)/Stephen Bishop
第34回「Born To Be Wild」(1968)/Steppenwolf
第35回「I Keep Forgettin'」(1982)/Michael McDonald
第36回「Come On Eileen(1982)/Dexys Midnight Runners
第37回「Alive Again」(1978)/Chicago
第38回「Roxanne」(1978)/The Police
第39回「How Deep Is Your Love」(1977)/Bee Gees
★第2章「ロック名曲・ロックの創始期編」
第40回「Rock Around The Clock」(1954)/Bill Haley & His Comets
第41回「Johnny B Goode」(1958)/Chuck Berry
第42回「Rock And Roll Music」(1957)/Chuck Berry
第43回「Long Tall Sally」(1956)/Little Richard
第44回「Heartbreak Hotel」(1956)/Elvis Presley
第45回「Blue Suede Shoes」(1956)/Carl Perkins
第46回「Peggy Sue」(1957)/Buddy Holly
第47回「Slow Down」(1958)/Lally Williams
第48回「Only The Lonely」(1960)/Roy Orbison
第49回「Wake Up Little Susie(1957)/Everly Brothers
★第3章「ロック名曲・ロックの確立期編」
第50回「Please Please Me」(1963)/The Beatles



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