第58回「Paint It, Black」(1966)/The Rolling Stones | 柑橘スローライフ

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1963年にメジャーデビューしたローリングストーンズが、
真にイギリスを代表するようなロックアーティストになったと言えるのは、
大体いつぐらいでしょうか。

私が思うに、それはずばり「1966年」だと思います。
前年65年の「Satisfuction」や「Get Off of My Cloud」がNo1シングルとなり、
その勢いのままに、66年に発表されたアルバムが「Aftermath(アフターマス)」。
そして、すぐに続けて出たシングル「Paint It, Black(ペイントイットブラック)」。
邦題「黒くぬれ!」。

ストーンズらしい音楽の凝集とも言えるアルバムの発表に続く、
アルバム内容を象徴するようなシングル「Paint It, Black」の発表。
まさにこの時こそ、ストーンズが名実ともに、
堂々としたブリティシュロックアーティストとしての存在感を
確立した時あたりだろうと感じられるのです。

デビュー当時から数年、オリジナル曲というものに乏しく、
カヴァーに頼らざるを得なかったストーンズが、
はじめて全曲オリジナル作品としたのもアルバム「アフターマス」。
そして、そのイギリス盤のオリジナルアルバムにこそ収録されなかったものの、
(アメリカ盤では第一曲目に収録)
当時のストーンズのバンドとしての雰囲気や音楽性そのものを体現している、
と言っていいのが、今回の「Paint It, Black(ペイントイットブラック)」だと思います。



詩作が重要と思われるため、珍しく触れてみることにします。
以前交流させて頂き、深い考察から抉り出される鋭い解釈が魅力的な
洋楽ブログである「ひとつのポケットから出た話」の太郎さんの訳詞で、
一部だけこの曲の詩を見てみたいと思います。


I see a red door and I want it painted black
赤いドアを見ると、黒く塗ってしまいたい
No colors anymore I want them to turn black
他の色じゃ駄目なんだ、黒に塗り替えてしまいたいんだ
I see the girls walk by dressed in their summer clothes
夏服を着た女の子達が歩いているのが僕には見えるけど
I have to turn my head until my darkness goes
自分の頭から闇が去るまで、顔を背けずにはいられない

I see a line of cars and they're all painted black
僕の目に車の列が映る、その全てが黒く塗られた車は
With flowers and my love both never to come back
捧げられた花と一緒に恋人を連れ去って戻って来ることはない
I see people turn their heads and quickly look away
周りにいる人達は僕と目が合うと、慌てて視線を逸らす
Like a new born baby it just happens every day
赤ん坊が生まれてくるように、それは毎日起こること


この歌詞をミックとキースのどちらが書いたのかはよく分かりません。
また、詩作のもととなる社会的背景や個人的背景もよくわかりません。
死別や失恋などの個人的な恋人との別離を表現しているのかもしれませんし、
ベトナム反戦やフラワームーブメントの前哨的時期という事はわかりますが、
関連性を云々言うまでのストーンズへの個別的知識が私にはありません。

ただ、詩作内容から直截に理解できるのは、
ここで表現されている主人公は、自己の内側にある何らかの「闇」を、
社会や世間に対して、そのまま投影させてしまいたいと思っているということと、
世間の「明るさ」に対して、自己の「陰質」をネガティブなものとして、
意識しているさまです。

この詩を見て思ったのですが、当時これを聴いた10代の若者の中からは、
明らかに、このいわば「不良っぽいある種の先導」に薫陶のようなものを感じ、
社会に対して、斜に構える者たちが生みだされたのだろう、という印象を受けると共に、
Beatles的な、いわば「聖人的・陽質的」なテイスト感とは違う、
いわば「不良的・陰質的」な雰囲気を表現することにより、
不良的資質を持つ一部の若者達と「リアルな肌感」で繋がったのだろうということが、
何となく理解されるのです。

しかし、その方向性は必ずしも社会的・穏健的なものではなく、
解釈によっては、反社会的・暴力的な方向性を覚醒するものをも孕んでおり、
このあたりが、ストーンズを一般に「不良」とみる要因の一つと思われるのです。

そして同時に、ストーンズのセールス上でのポジショニングの明確化ということが、
この辺りから、特にビートルズとの相対の中で確立されてきたのだろうとも感じます。
つまり、ビートルズの持つ言わば「陽・良」というコンテクストに対して、
ストーンズの持つ言わば「陰・悪」というコンテクストを対比させることにより、
両者には「セット」のようなシナジー効果が生まれ、大きなセールスに繋がったわけで、
そうした視点で考えると、両者は実は「一蓮托生」の関係と言えたのかもしれません。

また、タイトルの「Black」の解釈には、彼らのオリジンといえるブルースやR&Bなどの
「黒人音楽」という意味合いにも喩えられているのかもしれません。
つまり、「自分達は白人だけれど、ブルースやR&Bのような黒人音楽が、
やっぱり絶対最高なんだよ、だから俺達は全部これでやる。変な目で見ないでくれよ」
というような主張が、もしかすると、隠されているのかもしれません。

毎度のことながら、ストーンズの楽曲を分析することへの、
大きな抵抗感がありますが、あえて正面きって行ってみたいと思います。

【イントロ】
この曲では、のちに非業の死を遂げるブライアン・ジョーンズによって、
インド楽器のシタ-ルが演奏使用されており、印象的です。

このシタ-ルの使用は、先にこの楽器を使用していたジョージ・ハリスンの家に、
この頃、ブライアンが頻繁に遊びに行っていたことから生まれたものらしく、
ブライアンは元々ストーンズのリーダーであったにも関わらず、
グループの中における「第三の男」になり下がってしまったという境遇、
一方、ハリスンはビートルズの「あの二人」の下に甘んじなければならないという境遇。
そういった同様の立場を持っていたという意味で、ブライアンとジョージ・ハリスンは、
何か鬱積したものを分かち合うような関係だったのではないかと思えます。

この二人のシタ-ルの使用の元々のトリガーは、必ずしも芸術的欲求にあったわけでなく、
グループ内での役割上のやり場の無さに対する一種の「代償的行為」にあり、
「別分野」の楽器を手に取ることにより、精神的な平衡・安定を保つことができた。
実相は、そんなところにあったのではないでしょうか。

イントロの和声はEmのトニックのみで、
まずは、東洋的な旋律にのり、シタ-ルとギターによるリフ。
そして、チャーリー・ワッツのドラムスの強烈なフィルインによって、
リズムが覚醒し、ヴァ―スに繋がっていきます。
ここでのワッツのフィルインは、フロアタムをメインにしていると思いますが、
ワッツのドラミングのストーンズにおける重要性を感じます。

【ヴァ―ス】
I see a red door and I want it painted black
という歌いだしで始まるヴァ―ス。
和声(コード進行)は単純なツーコードの繰り返しで、①Em→②B→③Em→④B。
ディグリーですと、Ⅰ→Ⅰ→Ⅰ→Ⅰ。つまりEmトニック(Ⅰ)とBトニック(Ⅰ)です。

こうしたノンダイアトニック関係にあるツーコードの進行は、
軽音楽、特にロックでは頻繁に見られます。
しかし、ここでのツーコードはお互いノンダイアトニックコードに当たるとはいえ、
決して、関係性が低いものではなく、それぞれのコードを転回した構成音は、
Emは「G・B・E」、Bは「G♭・B・E♭」という関係になり、
真ん中のBは共通音、トップとボトムは半音関係にあることが判ります。

これは共通音の持つ「保続性」と半音の持つ「導音性」による進行と言えますが、
二つのコードは、音的な隔たりが極端に少ないため、非常な閉塞感を覚えます。
この閉塞感は、まさに主人公の「黒くぬりたい」という一連の独白に合っています。
何やら、腹に一物を持つ男がぶつぶつと何か呪文のようなものを唱えているような
雰囲気で、東洋的な旋律やシタ-ルの音がその雰囲気を高めています。

「東洋的な旋律」とさらりと言ってしまいましたが、
実は、この曲を分析し始めて、すぐに壁に当たりました。
それは、このヴァ―ス部におけるスケールが、ふたつのダイアトニック調性の
掛け合わせでも十分に説明はつくにはつくのですが、ひょっとすると、
インドのような東方的な音階の可能性もあるのではと感じたことでした。

そして、それは一般的な、例えば2ndと6thがフラットする、などの類ではなく、
ふたつのコードの進行の中で、もっとも違和感無いスケールとして、
存在しているようにどうしても感じられたのが、歴史的な西洋音楽にはない、
「8音ないし9音の音階ないし音列」です。
(一般的なダイアトニックであるドレミファは7音です)
それを、便宜上Cから並べてみますと(C≠Route)、
C・C♯・E♭・E・F♯・G・A・(B♭)・B、の8音(9音)です。
ただし、これはあくまで何となく感じられる音列の存在です。

私自身に、ほとんどインド音楽などの知識がなく、
一般的な「西洋音楽的」な解釈しかできないために、
一体、どこの地域の、何という音列・旋法(音階ではないかもしれない)なのかが、
同定できないし、否定すらできないわけです。
インド音楽の音列・旋法(ラーガ)は、とても複雑多岐ですので、
わからないことが、なんとも心残りとなってしまいました。
(後々、もし判ってきたら修正しようと思いますが、EmとBのダイアトニックスケールで
難なく説明はつくので、こうした旋法の存在を疑うのは、単なる杞憂かもしれませんが)

しかし、もし仮にそうした旋法(正確には旋法からの音列)を使用していたとしても、
ミックやキースは無意識的に使っていると思います。
シタ-ルの導入を決めた際に、いくつかインド音楽に触れながら、
何らかの曲にインスパイアされて、旋律を確定していったのかもしれません。
一般的にこの曲におけるシタ-ルの使用は、ただ単純に楽器手法として加味している
だけのものとされますが、煎じつめるとどうもそうではないようで、
楽曲(ヴァ―ス)そのものが「インド的」なものと言えるのではないかと思います。

【サビ】
閉塞的な進行のヴァ―スと対照的に、サビは開放的です。
ヴァ―スの「閉塞性」とサビの「開放性」という弛緩収縮感が、
この曲の躍動的な魅力と言えるかもしれません。
また、このサビの旋律は、明確にダイアトニックスケールと思われるものです。

進行は、Emキーで、Em→D→G→D→Em/Em→D→G→A→B、ディグリーでは、
Ⅰm→Ⅶ→Ⅲ→Ⅶ→Ⅰm/Ⅰm→Ⅶ→Ⅲ→A→B(1・7・3・7・1/1・7・3・A・B)

この進行は、個人的には特に、「7→3」の進行が好みで、
ありそうで意外と少ない、斬新感のある響きを持っていると思います。

後ろのほうの「A」と「B」はEm上においてはノンダイアトニックコードですが、
この手法はビートルズのジョン・レノンも好んで用いる「長2度上昇の平行和音」で、
サビのクライマックスに、強いアクセントを作る手法と言えます。
このふたつのコードは、本来的なEmキーにおけるサブドミナントのAm(Ⅳm)と
ドミナントのBm(Ⅴm)の同主メジャーコードへの置き換えによる進行と言えます。

ここでは、ミックのメインヴォーカルに被せて、
キースと思われるラフなコーラスが絡むわけですが、
一瞬(約3~4秒)の部分転調のため、ハーモニーもすこぶる『カッコよく』感じます。
この部分のハーモニーの音取りは、実はミックの主旋律はEmキーのまま。
そして、キースと思われるコーラスはBキーから、という組み合わせ。
このコーラス場面ではすでにAトニックとBトニックに調性変化していますので、
コーラス側が正しい和音構成音で、ミックの主旋律側がアヴォイドの関係になるという、
実に不思議な状態(瞬間的な複調性)が創りだされているわけですね。
ストーンズ独特のハーモニーの「ミスマッチのカッコ良さ」は、
こんなところにも秘密があったようです。

そして、最終コードの「B」はヴァ―ス部の進行に違和感なく繋がって、
ふたたび、Emとの半音の導音機能による閉塞的なヴァ―スの進行に戻っていきます。

【全体】
いわゆる「ラーガロック」の先鞭となる代表的なナンバーですが、
インド音楽の旋法からとも思われる旋律やシタ-ルの響きが、
「ちょっとワルで呪術的な」詩作と相乗して、独特の雰囲気を生んでいます。
ローリングストーンズというバンドをそのまま体現しているような、
代表的な曲のひとつということで異論は無いと思います。

演奏面では、やはりチャーリー・ワッツのドラミングが素晴らしく、
途中ロールプレイや様々なフィルインのスタイルなども聞かせてくれます。
そして、タムタムとフロアタムの使い方が実にうまい人だと思います。
また、後半の「Ah,haha~」というような気だるいコーラス部分では、
ビル・ワイマンの独特のスライド奏法のようなベースプレイが、
この曲の気だるい雰囲気をより際立たせています。

第59回「You Really Got Me」(1964)/The Kinks


ロック名曲百選/過去記事一覧

★第1章「ロック名曲・アトランダム編」
第1回「Sexy Sadie」(1968)/The Beatles
第2回「Ask Me Why」(1963)/The Beatles
第3回「Epitaph」(1969)/King Crimson
第4回「Speak To Me~Breath」(1973)/Pink Floyd
第5回「You Never Give Me Your Money」(1969)/The Beatles
第6回「Achilles Last Stand」(1976)/Led Zeppelin
第7回「Babylon Sisters」(1980)/Steely Dan
第8回「What A Fool Believes」(1978)/The Doobie Brothers
第9回「New Kid In Town」(1976)/Eagles
第10回「Your Mother Should Know」(1967)/The Beatles
第11回「Take It Away」(1982)/Paul McCartney
第12回「Pretty Maids All In A Row」(1976)/Eagles
第13回「I'm Not In Love」(1975)/10CC
第14回「A Whiter Shade Of Pale」(1967)/Procol Harum
第15回「Give Me Strength」(1974)/Eric Clapton
第16回「We Are The Champions」(1977)/Queen
第17回「Honky Tonk Women」(1969)/The Rolling Stones
第18回「Miss You」(1978)/The Rolling Stones
第19回「My Ever Changing Moods」(1984)/The Style Council
第20回「Hey Bulldog」(1968)/The Beatles
第21回「Here Today」(1982)/Paul McCartney
第22回「Alone Again(Naturally)」(1972)/Gilbert O'Sullivant
第23回「Good Night」(1968)/The Beatles
第24回「The Nightfly」(1982)/Donald Fagen
第25回「It's Too Late」(1971)/Carole King
第26回「Happy Xmas」(1971)/John Lennon
第27回「Better Make It Through Today」(1975)/Eric Clapton
第28回「Tell Her About It」(1983)/Billy Joel
第29回「Don't Look Back」(1978)/Boston
第30回「Don't Stop The Dance」(1985)/Bryan Ferry
第31回「Eggplant」(1975)/Michael Franks
第32回「Words」(1982)/Bobby Caldwell
第33回「Everybody Needs Love」(1978)/Stephen Bishop
第34回「Born To Be Wild」(1968)/Steppenwolf
第35回「I Keep Forgettin'」(1982)/Michael McDonald
第36回「Come On Eileen(1982)/Dexys Midnight Runners
第37回「Alive Again」(1978)/Chicago
第38回「Roxanne」(1978)/The Police
第39回「How Deep Is Your Love」(1977)/Bee Gees
★第2章「ロック名曲・ロックのルーツ編」
第40回「Rock Around The Clock」(1954)/Bill Haley & His Comets
第41回「Johnny B Goode」(1958)/Chuck Berry
第42回「Rock And Roll Music」(1957)/Chuck Berry
第43回「Long Tall Sally」(1956)/Little Richard
第44回「Heartbreak Hotel」(1956)/Elvis Presley
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第46回「Peggy Sue」(1957)/Buddy Holly
第47回「Slow Down」(1958)/Lally Williams
第48回「Only The Lonely」(1960)/Roy Orbison
第49回「Wake Up Little Susie」(1957)/Everly Brothers
★第3章「ロック名曲・ロックの確立期編」
第50回「Please Please Me」(1963)/The Beatles
第51回「This Boy」(1963)/The Beatles
第52回「All My Loving」(1963)/The Beatles
第53回「Tell Me」(1964)/The Rolling Stones
第54回「Blowin' In The Wind」(1963)/Bob Dylan
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第56回「Help」(1965)/The Beatles
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