京大iPS細胞研究所 世界リード、多彩な布陣 知の明日を築く | 再生医療が描く未来 -iPS細胞とES細胞-

京大iPS細胞研究所 世界リード、多彩な布陣 知の明日を築く

京都大学iPS細胞研究所の所長、山中伸弥(50)のノーベル生理学・医学賞受賞の一報が入った8日夜。休日で、毎日世話の要る細胞の実験担当者らわずかな職員しかいなかった京都市の鴨川近くの研究所には、続々と研究者や学生が駆けつけ、9日朝には100人超が集まり山中と乾杯した。しかしお祝いムードはそこまで。すぐに平常の研究活動に戻った。
所内は部屋の仕切りを取り除いたオープンラボ。研究者が動き回り、どこでも議論ができる。山中が留学先の米国で気に入った環境を反映させた。DNAの高速解析装置や細胞培養装置など最新の機器もそろえる。
設立は2010年。iPS細胞に特化した研究所は世界でもまれだ。約200人の教職員は、細胞培養や工学の研究者から内科や外科の医師まで、様々な分野から集まる。
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設立から10年で達成する4つの目標を掲げる。1つは臨床試験の実施。パーキンソン病の治療を目指した臨床研究を5年以内に始めるほか、輸血に役立てる研究も進む。
次は再生医療に必要な細胞を蓄える「iPS細胞バンク」の実現。移植しても拒絶反応が起きにくいiPS細胞の様々な型をそろえ、臨床応用を支える。10年かけて国民の8~9割に対応できる種類を集める構想だ。
3つ目は難病研究。患者の細胞からiPS細胞を作り、疾病を引き起こす細胞を作製。疾病のメカニズムを解明して新薬開発に役立てる。まず希少疾患の自己炎症性疾患や遺伝子異常による貧血で研究が進む。
さらに基盤技術の開発や知的財産の確保。そのための専門家を製薬会社などから招いた。山中は「知財などの研究支援部隊の充実が研究所の一番の特徴」と胸を張る。
支援部隊は約20人。知財や広報、臨床応用に必要な規制などに関する専門家をそろえた。高度な実験装置を扱う人員もおり、激しい海外との研究競争を支える。特許は国内外に約90件を出願し、26カ国1地域で成立。海外勢に先行している。
支援部隊は研究を支える半面、研究所運営ではアキレスけんでもある。人員のほとんどは3~5年の有期雇用。研究所の予算の9割以上を短期間の研究資金が占めるためだ。山中は「研究者と違い、支援部隊は安定した雇用がなければ優秀な人材を確保できない」と力を込める。
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研究所設立時から「独自に支援部隊を持つのは無謀」との声が京大内にもあった。複数のプロジェクトの終了が迫ったこの1~2年、山中が資金集めに奔走する姿を所員は苦しい思いで眺めていた。ノーベル賞受賞を追い風に感じるだろう。
ただ受賞理由となった研究は、主に研究所設立前の成果だ。その後の成果を問う声はくすぶるが、iPS細胞を確実に実用化に近づけている。安全性の確認や技術の標準化など、ほかが手がけない地道な研究まで取り組む。iPS細胞の欠点を指摘する海外の報告への反証にも手間を惜しまず、社会への説明を重視する。
iPS細胞は作るだけで100万円規模の資金がかかり、一部の大学しか取り組めない。山中も「我々は常に批判の中にある」と自覚する。受賞が決まった後「来週には研究者に戻る」と繰り返したのは、その責任をだれよりも感じているからだ。
(日本経済新聞)
http://www.nikkei.com/article/DGXDZO47367330X11C12A0TCQ000/

iPS細胞、今後の課題は? 山中氏独占インタビュー
京都大学iPS細胞研究所の所長を務める山中伸弥教授は、ノーベル生理学・医学賞受賞の報告を受けて首相官邸を訪問する直前に、バイオ業界のイベント「BioJapan2012」(横浜市)で講演。iPS細胞(人工多能性幹細胞)がなぜできるかまだほとんど解明されていないが、研究所で最近ヒントをつかみ、しばらく論文執筆に専念することを明らかにしている。山中氏の研究への尽きぬ意欲に、満員の会場は沸いた。本記事では、10月12日の講演の楽屋裏で行われた日経バイオテク誌による独占インタビューをお届けする。
──毎年、山中教授はノーベル生理学・医学賞の受賞者を当ててきたが、今年(2012年)の受賞者は誰だと思っていたのか。
高コレステロール血症の治療薬、スタチンを開発した東京農工大学名誉教授、バイオファーム研究所代表取締役の遠藤章先生だと思っていた。第一三共でスタチンが高コレステロール血症の治療薬となることを証明、最終的にブロックバスターの開発に成功した。心臓血管障害の治療薬の商品化を通じて、人類に福音をもたらした。
──ご自分が今年、ノーベル生理学・医学賞を受賞するとは予想していなかったのか。
全く予想していなかった。ただし、今から思い当たるとすれば、受賞を知らされる前日に京都で開催されたSTSフォーラムに参加したおり、スウェーデンKarolinska研究所のHarriet WALLBERG-HENRIKSSON所長が、共に参加していたセッションが終わった後で、なぜかウインクしたような気がしていた。
──世界のiPS細胞臨床研究の現状はいかがか?
最も研究が先行している米国は、意地でもヒトES細胞(胚性幹細胞)[注1]の臨床応用にこだわっているように見える。iPS細胞の臨床研究の準備では日本が先行している。
──iPS細胞の臨床応用のリスクとは何か。
もはやiPS細胞とES細胞は区別ができないところまで、研究が発展した。一言で言えば、どっちもリスクがある。移植後に良性腫瘍ができる可能性がiPS細胞にも、ES細胞にも残っている。現在までの研究で、悪性腫瘍やテラトーマ(奇形種)[注2]が移植後に発生することを抑止することにはメドがたった。しかし、ヒトES細胞由来の細胞でも報告されているが、移植後長期間を経た後に、細胞が増殖をしてしまう、例えばiPS細胞から分化した神経細胞、そのものが増殖することはまだ、防止することができない。
[注1]iPS細胞とES細胞は、体のあらゆる臓器や組織の細胞に育てることができる万能細胞であるという点は同じだが、作製方法が異なる。iPS細胞は、皮膚などの細胞に幾つかの遺伝子などを作用させて作製する。一方、ES細胞は胚を壊して作るため、実用化に向けて倫理的な壁が立ちはだかる。
[注2]胚の細胞に由来する腫瘍で、一部悪性のものもあるが、主には良性腫瘍である。iPS細胞であることを確認する方法の1つとして、マウスの皮下に移植して奇形種を形成するかを調べるというものがある。また、iPS細胞由来の細胞を移植する際、未分化状態の細胞が残っていると奇形種が形成されることが、臨床応用の上で大きな課題となっている。
もう一つの問題は、たとえマウスで移植後の細胞の安全性を確認してもたかだか1年間の安全性の評価しかできないことだ。ヒトに臨床応用した場合には長期の安全性を確保しなくてはならない。前臨床試験に方法論上の問題があるのだ。
──iPS細胞の臨床応用の最大の敵は何か。
科学的な問題以外にも、臨床応用には社会の理解などの問題が存在する。しかし、こうした問題も、結局は科学的にきっちりと研究を進めて解決するしかないと思う。もう1つ付け加えれば、再生医療はiPS細胞の応用先のほんの一部だ。むしろ、創薬研究のためのスクリーニングや安全性試験などにiPS細胞が幅広く貢献される可能性があることを忘れてはならない。
──山中教授が提唱していたiPS細胞バンクはどこまで進んだか。これが出来れば、幅広い疾患に応用が広がり、経済的に分化細胞を提供できる可能性がある。つまり、iPS細胞の産業化の鍵を握っている。
iPS細胞バンクを創設するためには、HLA(組織適合型抗原)がホモ(両親から引き継いだ遺伝子の型が同じ)の人から細胞をご提供いただかなくてはならない。確率的にも数の少ないHLAホモの方を探すのはとても大変である。
そこでHLAの情報を既に解析済みである日本赤十字社の血小板輸血のドナーなど、幅広い外部機関との連携が必要となる。日赤とは前向きの議論を行っているところだ。骨髄バンクとはまだ話が出来ていない。臍帯血バンクは先の造血幹細胞委員会で、iPS細胞細の研究に協力するには、現状の同意書でも対応できるとの見解を示したくれた。ただし、生後3カ月以降にはドナーとコンタクトしない原則があり、難しい問題がある。もちろん、京都大学の病院の協力をいただき、京大でも積極的にiPS細胞バンクのドナーを探している。
──大型のiPS細胞の政府の研究プロジェクトが2013年度に終結し、iPS細胞研究所で雇っている研究支援者を雇い止めしなくてはならない「2014年問題」は解消したのか。
今年度の予算ではまだ解消していない。文部科学省のライフサイエンス課がiPS細胞を支援する新規プロジェクトを検討しているとは聞いている。一番重要なのは雇用の継続だ。知財や広報、研究費の確保などiPS細胞研究を支える優秀な専門家が安心して働く条件を整備しなくてはならないと思っている。
──最後に、ノーベル賞を受賞する機会は一般人にはとても得られない。受賞が決まったと告知された瞬間に味わった無上の喜びとはどんなものか。
喜びなどほとんどない。あえて言えば、カエルで核移植によって「初期化」[注3]という現象を最初に報告した英国Cambridge大学のJohn B. Gurdon教授と一緒に受賞できたことがうれしい。今年来日した時にご一緒したが、高齢でその時は体調が優れず心配していた。
[注3]生物が卵から成体になる過程で、未分化な細胞は皮膚や筋肉、髪の毛、各種の臓器といったそれぞれの組織を構成する特殊な細胞へと分化していく。従来、特殊な細胞に分化すると、さまざまな細胞になる能力は失われると考えられてきたが、山中氏らは4つの遺伝子を作用させることによって、分化の進んだ細胞を、未分化な細胞と同様の細胞(iPS細胞)に戻せることを見いだした。分化した細胞を未分化な状態に戻すことを「初期化」(リプログラミング)と呼ぶ。
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【解説】iPSの生成メカニズムが明らかに
山中氏は、本インタビューの直後に行われた講演で、iPS細胞についての基礎研究の最大の課題として「なぜiPS細胞ができるかがほとんど分かっていないこと」を挙げた。だが、間もなくそこに大きな前進が見られそうだ。以下、講演での山中氏の言葉を引用する。
「iPS細胞研究所の高橋和利講師らの研究でかなりおもしろいことが明らかになってきた。来週からは論文執筆に専念することになる。実はノーベル賞受賞の知らせがあったとき、高橋講師は海外の学会に参加するため成田空港に向かっているところだったのだが、メールで連絡すると『早く論文を見てください』という返答だった。iPS細胞ができるメカニズムはそんなに単純なものではないが、それが解明されてくるとiPS細胞の作製効率をどうやったら改善できるかが分かってくる。iPS細胞の応用のためにも、基礎研究を発展させることが極めて大切だ」。
(日本経済新聞)
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK2402S_U2A021C1000000/




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