流離の翻訳者 日日是好日 -49ページ目

流離の翻訳者 日日是好日

福岡県立小倉西高校(第29期)⇒北九州予備校⇒京都大学経済学部1982年卒
大手損保・地銀などの勤務を経て2008年法務・金融分野の翻訳者デビュー(和文英訳・翻訳歴17年)
翻訳会社勤務(約10年)を経て現在も英語の気儘な翻訳の独り旅を継続中

立秋を過ぎ甲子園で熱戦が続く中、今年も終戦の日を迎えた。戦後77年。猛暑の盆が静かに過ぎている。

 

NHKで太平洋戦争の特集番組が組まれたりして人は悪しき歴史を振り返る。最近昔の戦争映画を観ることが多くなったが、気が付けば歳をとったものだ。

 

 

先日の日経新聞の「春秋」にこんな言葉があった。「私たちもやがて誰かの思い出の中で生きる」寂しいような ……、少しほっとしたような ……。

 

 

「鎮魂歌」とは死者の魂を鎮めるための歌のことで英語では requiem という。ラテン語のrequies(休息・安息)が語源らしい。英英辞典の定義は以下の通り。

 

Requiem (or requiem mass):

A Christian ceremony for a person who has recently died, at which people say prayers for his or her soul, or a piece of music for the ceremony.

 

「最近亡くなった人の霊魂に人々が祈りを捧げるキリスト教の儀式、またはその儀式で演奏される音楽」

 

 

以下の曲は Fiction Junction の「花守の丘」というもので作詞・作曲は梶浦由記。元々「真救世主伝説 北斗の拳 トキ伝」の主題歌らしい。

 

アニメは見たことがないが動画の映像は映画「俺は、君のためにこそ死にに行く」(2007年)のものである。

 

戦後77年の終戦の日に寄せて以下のレクイエムを英霊たちに捧げたい。

 

ある年の11月下旬、新規の顧客から一本の電話が入った。「おたくは技術系の英訳はできますか?取説と図面とかもあるんだけどぉ~」という。「弊社は新日鐵(現・日本製鉄㈱)の系列で技術系の英訳は得意としております!」と私は回答した。

 

先方は「原稿が結構あるんで、一度見に来てもらえませんかね?」というので「もちろん原稿を確認させていただきます。スケジュールを確認して再度ご連絡いたします。」と回答して電話を切った。

 

 

その企業は福岡県筑豊地方にあるK製作所というところだった。ホームページを確認すると代表取締役社長からの直々の電話だったことがわかった。

 

このK製作所は実にユニークな製品を製造していた。斜面走行モノレール(スロープカー)である。ホームページのスロープカー導入例を見ていると子供のようにワクワクしてきて訪問が待ち遠しくなった。

 

 

 

 

 

 

12月初旬の小雪が舞うような寒い日、筑豊地方のある駅に降り立った。改札を抜けようとすると「昼食中です。お声をお掛けください。」という立札が出ていた。「何じゃこの駅は!?」と思った。

 

駅員に声を掛けて改札を抜けて「さて!飯でも食おうか!」と思ったが食べ物屋が全く無い。「しまった!」と思った。幸い小さなスーパーがあったので弁当とお茶を買って、寒風の中駅前のベンチに腰かけてどうにか腹ごしらえを済ませた。

 

 

 

K製作所までは駅からタクシーで20分くらい掛かった。社長にご挨拶して早速原稿を見せていただいた。

 

原稿は残念ながらスロープカーのものではなく「クレーンエレベータ」の取扱説明書、図面、出荷検査基準、工場試運転記録などだった。十分対応可能という感触を得たので「宅急便などで原稿を弊社までお送りいただけないでしょうか?」依頼して了解を得た。

 

社長が「工場を見学して行きませんか?」と仰ったので「是非ともお願いします」と答えて工場を見せていただいた。

 

安全のためにヘルメットを被り社長に連れられて工場に入った。工場内には様々な製造機械・設備の他にスロープカーの試運転ができる斜面レールが配備されていた。またレール上には出荷を待つスロープカーが1基停車していた。

 

社長はスロープカーのブレーキの仕組みなどを素人の私にもわかるように説明してくれた。思わず「面白い仕事ですねぇ~」と本音で言葉がでた。

 

 

原稿が届いて数日間で見積りを作成して提示し同案件の和文英訳を受注した。まずは「機密保持契約書」を締結してから翻訳作業に入った。

 

取扱説明書、出荷検査基準、工場試運転記録の一次翻訳をベテラン翻訳者のKTさんに依頼し、チェックを元上司のGさんにお願いした。また図面の一次翻訳も図面経験が豊富なGさんに依頼した。

 

取扱説明書、出荷検査基準、工場試運転記録および図面の最終チェックは私が行い、翻訳後の編集作業を事務担当のYさんにお願いし、すべて精鋭部隊で処理することにした。

 

因みにKTさんは東大・工学部卒で新日鐵のOBのベテラン翻訳者で、若い頃マドリード大学に留学しており英語だけでなくスペイン語もできた。私に俳句(連句)の世界を教えてくれた師匠でもある。

 

結局、翻訳者作業は年明け早々に開始し、3月下旬に納品した。凡そ3か月の作業となった。

 

 

長崎市の夜景は札幌、北九州と並び日本新三大夜景の一つであるとともに、モナコ、上海と並び「世界新三大夜景」にも選出されている。稲佐山公園の展望台は夜景の絶好のビュースポットであり私とパートナーとの最初の旅行の思い出の場所でもある。

 

稲佐山公園にK製作所が製造した中腹駐車場から山頂までを結ぶ「長崎稲佐山スロープカー」が導入されたのは2020年1月のことであった。

 

 

以前、市内のある廃棄物処理業者、N社からホームページの英訳の依頼を受けたことがあった。

 

ホームページのコンテンツには廃棄物処理(廃品回収)の起源・歴史に触れた学術的な部分もあり楽しみながら一次翻訳ができた記憶が残っている

 

その後、市内にコストコ(COSTCO)が進出することに関連して、その廃棄物処理の全般を請け負わんとしてN社から通訳者を立てて欲しい旨の依頼もあった。その時は通訳者を東京に派遣したが残念ながらN社の受注は獲得できなかった。

 

 

 

通訳者の派遣にあたって、通訳者を同伴してN社に赴きミーティングを行ったときN社の社長と少し話をすることができた。当時、同社は東南アジアの各国での破棄物処理も企画しており、コストコの受注についても社運を賭けている様子が社長の言葉から窺われた。

 

私の先入観とは明らかに異なり、廃棄物処理業はリサイクルを中心とした国際的なビジネスとなっていた。その時の社長の言葉で記憶に残っているのが「くず屋にはくず屋のプライドがある」というものだった。苦労されたであろう昔が偲ばれた。

 

 

私の幼い頃は廃棄物処理業者(廃品回収業者)のことを「バタ屋」と呼んでいた。何となく差別的な響きがあった。

 

少し歴史を紐解くと、江戸初期の浮世草子作者・俳人、井原西鶴の「好色一代女」や江戸中期の国学者、山岡浚明(やまおか・まつあけ)の「類聚名物考」に関東地域に紙屑拾いが存在したことが記述されており、既に江戸時代の日本にいわゆるリサイクル・システムの基礎が構築されていたようだった。

 

 

 

それが近代になって「くず屋」は手車やリヤカーを引いて廃品や不用品を買い集めるようになり、紙屑拾いは「バタ屋」と呼ばれるようになった。1970年代には「バタ屋」は廃品回収業と呼ばれるようになり、拡声器を備えたトラックで町や村を巡回して古新聞や古雑誌を回収して「チリ紙交換」していたことは私の記憶にも残っている。

 

 

それから2~3年経ってN社からの案件が途絶えたので、営業方々同社の様子を見に行った。あいにく社長は出張中で国際業務担当の女性と面談することができたが、その訪問は実に印象的なものとなった。

 

本社事務所は改築されていたが、玄関を入ってまず感じたのが微かな香水の香が漂っていたことだった。玄関ロビーにはお洒落な調度品が配備されていた。受付の女性もきちんとした服装を身に着けており社長秘書のような雰囲気があった。

 

「これが廃棄物処理業者の事務所!?」と思わせるような演出だった。セールストークを行いながら「もしかして、これがくず屋のプライド!?」と社長が言った言葉を思い出していた。

 

 

 

 

残念ながら、その後社長が代替わりして我々が英訳したホームページは跡形も無くなってしまったが、今も市内を走る同社の廃棄物回収のトラックを見かけると当時のことが思い起こされる。

 

中国四大奇書の一つに「水滸伝」がある。英語で「水滸伝」を Heroes of the Marshes とか Water Margin ともいう。Marsh は「湿地・沼地」のことであり「水滸伝」の物語の主たる舞台となるこの marsh は「梁山泊」と呼ばれた。

 

 

「梁山泊」の英訳を調べてみたが説明的な訳語しか見つからなかった。

 

 Place of assemblage for the bold and ambitious

 

「大胆で野望に燃えた英雄・豪傑たちが集うところ(塞)」

 

 

「水滸伝」ではいわゆる好漢たちが中国全土を旅して一芸に秀でた者など見どころのある英雄・豪傑を仲間にして最終的に「梁山泊」に集結させる。彼らのスローガンが「替天行道」(天に替わって道を行う)というものだった。

 

「替天行道」の英訳を探してみると

 

 Enforce justice on behalf of the Heaven

 

というものがあった。

 

「梁山泊」で軍隊を組織・訓練して悪徳官吏を倒して勢力や領土を拡大し最終的には勅令を得て殿帥府太尉である奸臣・高俅を打倒するストーリーとなっている。

 

 

 

 

私が翻・通訳者の戦力の増強を本格的に開始したのは2014年に入ってからのことだった。当時特に必要としたのが環境分野を含めて工業・技術分野の英訳がこなせる翻訳者だった。2014年当時、受注案件の7割くらいが工業・技術および環境分野から入っていた。

 

 

翻・通訳者はネットを通じて全国から募集した。翻訳者には翻訳トライアルを課し、通訳者には面接を実施した。当初の翻訳トライアルは一般ビジネス・工業技術・環境の3分野について英文和訳および和文英訳の計6種類の問題を準備した。

 

毎回、募集を掛けて3日間くらいで20名ほどの応募があった。応募者には履歴書・業務経歴書を提出させたが皆様々なキャリア・資格・経験を持っていた。さながら「水滸伝」の英雄・豪傑集めを彷彿とさせるものだった。

 

 

トライアルの提出には一週間程度の納期を定めたが納期厳守とはしなかった。トライアルの和訳・英訳を見て初めて応募者の真の実力が判明した。まあいつも玉石混淆といった感じだった。

 

英検1級など上位資格を持っていても英訳で基本的な動詞の使い方すら間違っている者もいた。「少しは辞書で調べりゃいいのに!」と思った。

 

そんな中でも毎回2~3人はトライアル合格者がおり2014年~2019年の6年間で40名余りの翻・通訳者登録することができた。言語は英語、中国語、韓国語、ロシア語などで翻訳者が凡そ6割、通訳者が4割ほどだった。性別でいえば女性が7割、男性が3割程度だった。

 

 

トライアルでは素晴らしい英文を提出してきたのだが、実際の案件を英訳させると品質が極端に低い者もいた。正直言って「騙された!」という感じだったがそういう者には2度と仕事を依頼することは無かった。結局、どんな案件でも安心して依頼できる翻訳者は10名ほどで、いつもそのくらいのメンバーで案件をこなしている状況だった。

 

 

いずれは翻訳者の能力を高めて翻訳者軍団を組織し、同業他社を凌駕して市場から大型案件を受注しよう(「替天行道」)などと夢をふくらませていたが、現実はそんなに甘くは無かった。

 

翻訳・通訳部門の責任者となった2014年10月頃、そんな現実が見えるようになった。夢を追うよりは、まずは「どのように翻訳・通訳の営業を行うか?」が課題だった。

 

元々このブログを立ち上げたのは地元の翻訳会社に社員として入社した2011年3月だったのでもう11年と5か月になる。

 

当初は翻訳実務の中で気が付いた事項を備忘録的に綴っていた。また好きな漢詩、日本の詩歌、俳句などの自作英訳を公開していた。これが2017年5月くらいまで続いた。

 

プライベートな理由から暫くの間ブログの更新を休止した。ふとしたきっかけでブログを再開したのが2021年2月のことだった。

 

2021年6月以降は、中学3年(15歳)くらいからの「自叙伝」を時系列で綴るようになった。自分の記憶が確かなうちにそれらを文字にしておきたいと考えたことが掲載の理由である。その構成は以下の通りである。

 

 

・「自叙伝(その1)」~「自叙伝(その41)

 

中学3年の後半から小倉西高校に入学し、卒業後北九州予備校での1年の浪人生活を経て、京都大学経済学部に合格するまでのエピソード・思い出を時系列に綴っている。時期は1973年10月頃から1978年3月までの内容である。

 

 

 

 

 

 

・「英語の散歩道(その1)」~「英語の散歩道(その36)

 

小学校時代にに遡って自分とローマ字⇒英語との関わりについて時系列に思い出を綴っている。後半は大学時代のエピソードや大学の友人たちのこと、また大阪・淀屋橋での就職戦線についても綴っている。時期は1969年頃から大学を卒業する1982年3月にわたる内容となった。

 

 

 

 

 

・「安田保険学校(その1)」~「安田保険学校(その6)

 

安田火災海上保険㈱に入社した内務部での新入社員研修の1年間の内容を綴っている。時期は1982年4月から1983年3月までで楽しい思い出もあれば失敗談も数多い。

 

 

 

 

・「効率化の牙城にて(その1)」~「効率化の牙城にて(その34)

 

内務部での新人研修終了後に配属された総合システム部電算オンライン課勤務時の楽しくも苦労した思い出やエピソードを綴っている。時期は1983年4月から1989年9月までの内容となっており、ほろ苦い恋バナ、同期の「いいとも会」のメンバーたちのこと、また三多摩地区のグルメに関する話題も記載している。

 

 

 

 

 

・「福岡・博多慕情(その1)」~「福岡・博多慕情(その23)

 

地方銀行(関連会社および本体)に転職して博多で勤務した頃の思い出を綴っている。銀行本体の資金証券部勤務時は辛くも楽しいエピソードが多い。時期は1989年9月から銀行を退職する阪神淡路大震災直後の1995年1月までの内容となっている。

 

 

 

 

 

・「特集・入試英作文への挑戦(その1)」~「特集・入試英作文への挑戦(その20)

 

受験シーズンを終えて今年の大学入試の日本語指定型の英作文問題について、産業翻訳者としてプロの英訳を作成して公開している。2022年については東京大学、京都大学、大阪大学、東北大学の問題に挑戦したが、京都大学については過去問についても多くの英訳を公開している。

 

 

 

 

 

・「続・英語の散歩道(その1)」~「続・英語の散歩道(その47)

 

NOVAでの英語(英会話)の再勉強を決意した1999年3月から始まり、2006年に一念発起してフリーランス翻訳者を目指し、それを実現した後に地元の翻訳会社に入社し翻訳者、翻訳・通訳コーディネーターさらに営業マンとして勤務した時代を含めた現在までのエピソード・思い出を綴る予定である。現在2014年あたりをうろうろと漂っている状況にある。

 

 

 

 

今後も、翻訳・通訳に関して記憶を頼りに印象的な内容を逐次綴ってゆく予定である。

一人ドライブの話題をもう一つ。山口県下関市豊田町に「蛍街道」と呼ばれるところがある。

 

 

観光の中心のスポットは「道の駅 蛍街道西の市」である。ここは日帰り温泉「蛍の湯」やバイキングも人気が高くて週末はいつも混雑していた。

 

2010年の師走にこの道の駅を訪れたときは陶器市が開催されていた。値切って買った群青色の丼と大皿は今も手許に置いている。

 

毎年6月には「ホタル舟」を運航しており木屋川の川下りを楽しめるが、未だに乗れていない。いつも「来年こそは ……」と思いつつ歳を重ねている。

 

 

 

 

この蛍街道の近辺にあるカフェを2つほど紹介する。1つ目はガーデンカフェ「カモミール」(Chamomile)。まさに林の中に埋もれたようなカフェだ。

 

ちょっと風変わりなホワイトソースのオムライスが美味しい。店内に猫が居た。結構走りまわって愛嬌(?)を振りまいていた。

 

 

 

 

 

もう1つは「カフェリーフ」(Café Leaf)。コーヒーがとても美味しい。最近は茶道で使う茶器にたっぷりの量のコーヒーが出されている。ハンバーグなどの食事もできる。

 

店内では一日中ユーミンの曲がかかっている。アルバムではなくオーナーが厳選した曲目らしい。一度「今かかっているのは何という曲ですか?」オーナーに尋ねたことがあった。

 

曲名、アルバム名を即答されたのには恐れ入った。ユーミンの曲は90%以上知っているが曲名となると知らないものが多い。

 

またここは冬は暖炉が楽しめる。ユーミンの曲を聴きながら暖炉の炎を見つめているだけで心が癒される。従って、ここに行くなら季節は晩秋から冬がお勧めだ。

 

 

 

 

一人ドライブで日帰り温泉に行くことも多かった。その中でもよく行ったのが山口県長門市にある俵山温泉「白猿の湯」である。

 

泉質がヌルっとして実に心地がよい。アルカリ性単純泉である。露天風呂にボォーっと漬かっていると思わぬ英訳が浮かぶこともあった。小雪が降る中露天風呂で俳句をひねったりもした。

 

「白猿の湯」には「涼風亭」というレストランがある。ここの料理が思いのほか美味しかった。

 

 

 

 

俵山温泉に行く途中に「道の駅きくがわ」を通り過ぎる。この辺りで車を停めて休憩をとることが多かった。

 

この近くに「お食事処ふじ」がある。いかにも昔ながらの食堂という感じで何となく立ち寄っていた。「ちゃんぽん」が美味しかった。なお、ここは「デカ盛り」ではない。

 

 

 

 

 

閑話休題 ……。今回は少し語彙の話を書いてみたい。

 

和訳をやっていると時々「あれっ」と思うような表現に出くわすことがある。普通は名詞として使う occasion がある英文で動詞として使われていた。

 

Occasion は動詞としては「(人)に(心配など)を引き起こす、生じさせる」の意味があり cause に近い。官庁用語であり普通の文書には用いない。今回、動詞の occasion が使われていたのは英文契約書だった。

 

 

動詞 occasion を用いた英文例は以下の通り。

 

① His rough behavior occasioned us much worry.

 

「彼の粗暴な行動が我々をとても心配させた。」

 

② Her manner occasioned my anger.

 

「彼女の態度に私はかっとなった。」

 

③ His queer conduct occasioned talk.

 

「彼の奇妙な行為が人の噂になった。」

 

④ The violent fall occasioned him to bleed at the nose.

 

「彼は激しく転倒して鼻血を流した。」

個人の顧客からの翻訳依頼には記憶に残っているものが多い。これもそんな個人顧客からの依頼だった。

 

 

依頼者は初老の紳士だった。自分の所有する車を寄贈したい旨の文書を英訳して欲しいという。

 

彼の愛車は1962年式のBMW。購入したのは1987年で、それ以来30年以上可能な限りの整備を重ねながら車を運転、維持しているとのことだった。

 

ただ、自分の年齢、車の寿命等を考えるといずれは手放さざるを得ず、それがあまりに忍びないため何とか寄贈という形が取れないかという文面だった。

 

 

当初はドイツ領事館を通じてドイツのBMW本社に掛け合ったが相手にされず、何処から調べたのか東京の在日スイス大使館を通じて「スイス交通博物館」への寄贈検討の依頼だった。

 

 

彼の手紙には、30年以上苦楽を共にしてきた人生の伴侶のような愛車への思いが切々と綴られていた。

 

「…… 一年、一日でも長く乗っていたいのですが、近い将来、私の命、または車の寿命、どちらにしても必ず来るであろう別れの時、こればかりは避けて通ることは不可能です。」

 

「…… これは私のわがまま、こだわり、夢かもしれませんが、ご検討いただければうれしく思います。最後にスイス連邦共和国、並びにスイス交通博物館の益々の発展、繁栄を心からお祈りいたします。」という言葉で締めくくられていた。

 

 

本件は、外注の登録翻訳者に任せることは無く、私自信が一次翻訳を担当し元・上司のGさんにチェックを依頼して納品した。

 

納品時、翻訳とは人の夢を叶えさせることができる素晴らしい仕事なんだと改めて思えた案件だった。

 

 

その後、依頼者から連絡は無かったが今も彼の夢が実現できたであろうことを祈って止まない。

 

 

 

閑話休題 ……。今年は梅雨明けが早く既に暑い日が続いているが、今回は環境関連の専門用語について少々書いてみる。

 

「省エネ」は英訳すると普通は energy saving である。これを「節約」という意味のやや格式のある語 conservation を使って energy conservation ということがある。

 

「法」は普通 act を使うので「省エネ法(略称)」を英訳すると energy saving act となる。実はある翻訳者がこれを energy conservation law と訳していた。なんとなく違和感を持ったので調べてみた。

 

 

なんと! energy conservation law の意味は、物理学でいう「エネルギー保存の法則」のことであった。全く異なるものを示すので英訳の際には注意されたい。

 

 

なお、省エネ法の正式名称は「エネルギー使用の合理化に関する法律」でその英訳は Act on the Rational Use of Energy である。

絶叫マシーンではないが通訳者も時々思いもよらない事態に遭遇することがある。

 

 

たぶん2013年の12月、若松区のある造船会社、T社から通訳の依頼を受けた。上司のGさんはT社に通訳の実績があった70代男性のUさんを通訳に立てた。ナイジェリアからのT社の顧客に対する技術的な通訳だった。なおナイジェリアの公用語は英語である。

 

Gさんの悪い癖だがこのような国の国民に対して直ぐに「土人」と言いたがる。明らかな差別用語だ。なお「土人」とは「未開の土着人。軽侮の意を含んで使われた。」(広辞苑②)のことである。「Uさん!通訳相手はナイジェリアの土人ですよ!」などと大声で話していた。

 

 

ともあれ、通訳の当日Uさんを車でT社まで連れて行った。12月初旬の晴れた寒い日だった。以前T社の社長が敬虔なキリスト教徒であることを聞いていた。自分や自分の家族はもちろん、従業員や顧客にも「洗礼(baptism)」を受けさせるという。

 

T社近くにある教会があり、そこで洗礼を受けさせるらしい。たまたまその教会の信者に知人がおり、洗礼では「泉に漬かって身を清める」らしいことは聞いていた。

 

理由はよくわからないが造船・海運など海事関係者には歴史的にキリスト教徒が多いようである。日本でも海難・水難除けの神社などが数多くある。それだけ危険が多い業界なのだろう。

 

 

Uさんによれば、当日一通りの通訳を終えた後、案の定、T社の社長は顧客のナイジェリア人を例の教会に連れて行った。Uさんは通訳として教会にも同行した。ナイジェリア人に教会に入信させ洗礼を受けさせるためである。

 

当日夕刻、UさんからGさん宛てに電話があった。Gさんが「えっ!なんでUさんが受けるんですか!?」と電話口で話すのが聞こえた。最後は「まぁ …… わかりました!とにかくお気をつけて!」とGさんは話を締めくくった。

 

 

当日の夕刻、Uさんを迎えに行った帰りの車中で聞いた話は以下の通りである。

 

もちろんUさんは通訳目的で教会に同行したが、ナイジェリア人の顧客が洗礼を受ける段階になってT社の社長から「Uさん!あなたも洗礼を受けては如何ですか!?」と強く要請されたらしい。牧師から色々と話を聞くうちに「この人間は信用できる!」と確信して洗礼を受けることを決意したという(笑)。

 

 

 

洗礼では全裸の上に白い浴衣みたいなものを着て冷水の泉に漬かるらしい。「ハレルヤ ハレルヤ ハレルヤ ……」と繰り返し唱えながら。なお「ハレルヤ(hallelujah)」とはヘブライ語由来の言葉で「神の賛美あるいは喜び・感謝を示す叫び」のことである。

 

 

 

この後Uさんが風邪をひいたという話は無かったが、これも一つの「水難」かも知れない。なお、このUさんのエピソードは以後私のセールストークの一つとして機能することになり多くの翻訳・通訳の顧客の知るところとなった。

が勤務するS社の事務所は日本製鉄㈱構内の入口のそばにあったが、時々個人の翻訳の顧客がネットなどで事務所を検索して翻訳を依頼に訪ねてくることがあった。

 

2012年以降については、そんな翻訳の個人顧客や通訳での特記すべきエピソードについて、記憶を頼りに順不同に綴っていくこととしたい。また工業・技術英語など英語の話題を記事の中に随時織り込んでいくこととする。

 

 

2014年10月に翻訳・通訳部門の部門長に昇格した。その頃、Uさんは嘱託期間が満了して在宅のフリーランス翻・通訳者となっており、Gさんは嘱託となって事実上私の部下になっていた。

 

そんなある日、ある顧客が事務所を訪ねてきた。キリっとした雰囲気のジーンズを身に着けた髪の長い30代後半の女性だった。

 

彼女の依頼は「シンガポールでの転職が決まったので自分のクレジット・カードなど信用情報を先方に提出しなければならない。それで持参の日本語の情報を英訳して欲しい。」というものだった。

 

私は「それはおめでとうございます。」と告げて少し彼女と話をした。彼女と面と向かって気になったのが強いタバコ臭だった。「ヘビー・スモーカーだな?」と感じた。

 

彼女の原稿を見て翻訳料金を見積もり、翻訳の手順や納期、納品の方法について話をした。彼女が言うには「英会話は見よう見まねで何とかなりましたが、書く方がなかなか難しくて ……」とのことだった。

 

彼女の転職先にちょっと興味を持ち「シンガポールではどんな仕事に就かれるんですか?」と尋ねてみた。彼女の答えは私の想定外のものだった。彼女は「実は私はカジノのプロのディーラーなんです。シンガポールのカジノのディーラーに応募して採用が内定しました。」と答えた。

 

 

彼女が持つ独特な雰囲気と漂う強いタバコ臭の意味がわかったような気がした。私は「それは大変な仕事ですね!翻訳ができ次第ご連絡いたします。暫くの間お待ちください。」と彼女を事務所から送りだした。

 

 

数日後、彼女に連絡し、翻訳料金と引き換えに翻訳成果物の印刷結果を渡しデータをメールにて彼女のメール・アドレスに送信した。私は「シンガポールでも頑張ってくださいね!どうぞお元気で!」と餞の言葉を贈った。

 

 

それから2週間ほど経って「お蔭さまで無事シンガポールのカジノに就職できました。ありがとうございました。」の旨のメールを受信した。

 

 

 

閑話休題 ……。工業・技術英語の話を少しだけ。

 

工業の世界に「製缶(製罐)」(せいかん)という言葉がある。これは、単なる缶だけでなくボイラーやタンク、また一般の鋼板製容器、鉄鋼構造、クレーン、橋梁などの製作(製造)に広く使われている。

 

従って「製缶」という日本語を見たら何を製作するのかをしっかり確認してから処理しなければならない。

 

 

この「製缶」によく使われる動詞が fabricate である。実はこの単語、工業・技術の世界に入るまでは「捏造(ねつぞう)する」という意味しか知らなかった。

 

「捏造」とは「事実でない事を事実のように拵(こしら)えて言うこと」と広辞苑にある。これを和英辞典で引いてみると make up, invent, fabricate, concoct などの動詞(句)が出てきた。「化粧する」にも make up を使うがこれも捏造の一形態と考えてよさそうである。

 

 

因みに fabricate の英英辞典の定義は以下のようになっている。

 

Fabricate:

1) If someone fabricates information, they invent it in order to deceive people.

 

「人を欺くために情報を拵える(捏造する)こと。」

 

2) Is something is fabricated from different materials or substances, it is made out of those materials or substances. (= manufacture)

 

「異なる材料・物質から物を作り上げること。」

 

 

英文例は以下の通り。

 

1) Scientists fabricated the results of the experiments.

 

「科学者たちは実験結果を捏造した。」

 

2) All the tools and instruments are fabricated from high quality steel sheets.

 

「すべての工具・器具が高品質の鋼板から製造されている。」