流離の翻訳者 青春のノスタルジア -48ページ目

流離の翻訳者 青春のノスタルジア

福岡県立小倉西高校(第29期)⇒北九州予備校⇒京都大学経済学部1982年卒
大手損保・地銀などの勤務を経て2008年法務・金融分野の翻訳者デビュー(和文英訳・翻訳歴17年)
翻訳会社勤務(約10年)を経て現在も英語の気儘な翻訳の独り旅を継続中

一人ドライブで日帰り温泉に行くことも多かった。その中でもよく行ったのが山口県長門市にある俵山温泉「白猿の湯」である。

 

泉質がヌルっとして実に心地がよい。アルカリ性単純泉である。露天風呂にボォーっと漬かっていると思わぬ英訳が浮かぶこともあった。小雪が降る中露天風呂で俳句をひねったりもした。

 

「白猿の湯」には「涼風亭」というレストランがある。ここの料理が思いのほか美味しかった。

 

 

 

 

俵山温泉に行く途中に「道の駅きくがわ」を通り過ぎる。この辺りで車を停めて休憩をとることが多かった。

 

この近くに「お食事処ふじ」がある。いかにも昔ながらの食堂という感じで何となく立ち寄っていた。「ちゃんぽん」が美味しかった。なお、ここは「デカ盛り」ではない。

 

 

 

 

 

閑話休題 ……。今回は少し語彙の話を書いてみたい。

 

和訳をやっていると時々「あれっ」と思うような表現に出くわすことがある。普通は名詞として使う occasion がある英文で動詞として使われていた。

 

Occasion は動詞としては「(人)に(心配など)を引き起こす、生じさせる」の意味があり cause に近い。官庁用語であり普通の文書には用いない。今回、動詞の occasion が使われていたのは英文契約書だった。

 

 

動詞 occasion を用いた英文例は以下の通り。

 

① His rough behavior occasioned us much worry.

 

「彼の粗暴な行動が我々をとても心配させた。」

 

② Her manner occasioned my anger.

 

「彼女の態度に私はかっとなった。」

 

③ His queer conduct occasioned talk.

 

「彼の奇妙な行為が人の噂になった。」

 

④ The violent fall occasioned him to bleed at the nose.

 

「彼は激しく転倒して鼻血を流した。」

個人の顧客からの翻訳依頼には記憶に残っているものが多い。これもそんな個人顧客からの依頼だった。

 

 

依頼者は初老の紳士だった。自分の所有する車を寄贈したい旨の文書を英訳して欲しいという。

 

彼の愛車は1962年式のBMW。購入したのは1987年で、それ以来30年以上可能な限りの整備を重ねながら車を運転、維持しているとのことだった。

 

ただ、自分の年齢、車の寿命等を考えるといずれは手放さざるを得ず、それがあまりに忍びないため何とか寄贈という形が取れないかという文面だった。

 

 

当初はドイツ領事館を通じてドイツのBMW本社に掛け合ったが相手にされず、何処から調べたのか東京の在日スイス大使館を通じて「スイス交通博物館」への寄贈検討の依頼だった。

 

 

彼の手紙には、30年以上苦楽を共にしてきた人生の伴侶のような愛車への思いが切々と綴られていた。

 

「…… 一年、一日でも長く乗っていたいのですが、近い将来、私の命、または車の寿命、どちらにしても必ず来るであろう別れの時、こればかりは避けて通ることは不可能です。」

 

「…… これは私のわがまま、こだわり、夢かもしれませんが、ご検討いただければうれしく思います。最後にスイス連邦共和国、並びにスイス交通博物館の益々の発展、繁栄を心からお祈りいたします。」という言葉で締めくくられていた。

 

 

本件は、外注の登録翻訳者に任せることは無く、私自信が一次翻訳を担当し元・上司のGさんにチェックを依頼して納品した。

 

納品時、翻訳とは人の夢を叶えさせることができる素晴らしい仕事なんだと改めて思えた案件だった。

 

 

その後、依頼者から連絡は無かったが今も彼の夢が実現できたであろうことを祈って止まない。

 

 

 

閑話休題 ……。今年は梅雨明けが早く既に暑い日が続いているが、今回は環境関連の専門用語について少々書いてみる。

 

「省エネ」は英訳すると普通は energy saving である。これを「節約」という意味のやや格式のある語 conservation を使って energy conservation ということがある。

 

「法」は普通 act を使うので「省エネ法(略称)」を英訳すると energy saving act となる。実はある翻訳者がこれを energy conservation law と訳していた。なんとなく違和感を持ったので調べてみた。

 

 

なんと! energy conservation law の意味は、物理学でいう「エネルギー保存の法則」のことであった。全く異なるものを示すので英訳の際には注意されたい。

 

 

なお、省エネ法の正式名称は「エネルギー使用の合理化に関する法律」でその英訳は Act on the Rational Use of Energy である。

絶叫マシーンではないが通訳者も時々思いもよらない事態に遭遇することがある。

 

 

たぶん2013年の12月、若松区のある造船会社、T社から通訳の依頼を受けた。上司のGさんはT社に通訳の実績があった70代男性のUさんを通訳に立てた。ナイジェリアからのT社の顧客に対する技術的な通訳だった。なおナイジェリアの公用語は英語である。

 

Gさんの悪い癖だがこのような国の国民に対して直ぐに「土人」と言いたがる。明らかな差別用語だ。なお「土人」とは「未開の土着人。軽侮の意を含んで使われた。」(広辞苑②)のことである。「Uさん!通訳相手はナイジェリアの土人ですよ!」などと大声で話していた。

 

 

ともあれ、通訳の当日Uさんを車でT社まで連れて行った。12月初旬の晴れた寒い日だった。以前T社の社長が敬虔なキリスト教徒であることを聞いていた。自分や自分の家族はもちろん、従業員や顧客にも「洗礼(baptism)」を受けさせるという。

 

T社近くにある教会があり、そこで洗礼を受けさせるらしい。たまたまその教会の信者に知人がおり、洗礼では「泉に漬かって身を清める」らしいことは聞いていた。

 

理由はよくわからないが造船・海運など海事関係者には歴史的にキリスト教徒が多いようである。日本でも海難・水難除けの神社などが数多くある。それだけ危険が多い業界なのだろう。

 

 

Uさんによれば、当日一通りの通訳を終えた後、案の定、T社の社長は顧客のナイジェリア人を例の教会に連れて行った。Uさんは通訳として教会にも同行した。ナイジェリア人に教会に入信させ洗礼を受けさせるためである。

 

当日夕刻、UさんからGさん宛てに電話があった。Gさんが「えっ!なんでUさんが受けるんですか!?」と電話口で話すのが聞こえた。最後は「まぁ …… わかりました!とにかくお気をつけて!」とGさんは話を締めくくった。

 

 

当日の夕刻、Uさんを迎えに行った帰りの車中で聞いた話は以下の通りである。

 

もちろんUさんは通訳目的で教会に同行したが、ナイジェリア人の顧客が洗礼を受ける段階になってT社の社長から「Uさん!あなたも洗礼を受けては如何ですか!?」と強く要請されたらしい。牧師から色々と話を聞くうちに「この人間は信用できる!」と確信して洗礼を受けることを決意したという(笑)。

 

 

 

洗礼では全裸の上に白い浴衣みたいなものを着て冷水の泉に漬かるらしい。「ハレルヤ ハレルヤ ハレルヤ ……」と繰り返し唱えながら。なお「ハレルヤ(hallelujah)」とはヘブライ語由来の言葉で「神の賛美あるいは喜び・感謝を示す叫び」のことである。

 

 

 

この後Uさんが風邪をひいたという話は無かったが、これも一つの「水難」かも知れない。なお、このUさんのエピソードは以後私のセールストークの一つとして機能することになり多くの翻訳・通訳の顧客の知るところとなった。

が勤務するS社の事務所は日本製鉄㈱構内の入口のそばにあったが、時々個人の翻訳の顧客がネットなどで事務所を検索して翻訳を依頼に訪ねてくることがあった。

 

2012年以降については、そんな翻訳の個人顧客や通訳での特記すべきエピソードについて、記憶を頼りに順不同に綴っていくこととしたい。また工業・技術英語など英語の話題を記事の中に随時織り込んでいくこととする。

 

 

2014年10月に翻訳・通訳部門の部門長に昇格した。その頃、Uさんは嘱託期間が満了して在宅のフリーランス翻・通訳者となっており、Gさんは嘱託となって事実上私の部下になっていた。

 

そんなある日、ある顧客が事務所を訪ねてきた。キリっとした雰囲気のジーンズを身に着けた髪の長い30代後半の女性だった。

 

彼女の依頼は「シンガポールでの転職が決まったので自分のクレジット・カードなど信用情報を先方に提出しなければならない。それで持参の日本語の情報を英訳して欲しい。」というものだった。

 

私は「それはおめでとうございます。」と告げて少し彼女と話をした。彼女と面と向かって気になったのが強いタバコ臭だった。「ヘビー・スモーカーだな?」と感じた。

 

彼女の原稿を見て翻訳料金を見積もり、翻訳の手順や納期、納品の方法について話をした。彼女が言うには「英会話は見よう見まねで何とかなりましたが、書く方がなかなか難しくて ……」とのことだった。

 

彼女の転職先にちょっと興味を持ち「シンガポールではどんな仕事に就かれるんですか?」と尋ねてみた。彼女の答えは私の想定外のものだった。彼女は「実は私はカジノのプロのディーラーなんです。シンガポールのカジノのディーラーに応募して採用が内定しました。」と答えた。

 

 

彼女が持つ独特な雰囲気と漂う強いタバコ臭の意味がわかったような気がした。私は「それは大変な仕事ですね!翻訳ができ次第ご連絡いたします。暫くの間お待ちください。」と彼女を事務所から送りだした。

 

 

数日後、彼女に連絡し、翻訳料金と引き換えに翻訳成果物の印刷結果を渡しデータをメールにて彼女のメール・アドレスに送信した。私は「シンガポールでも頑張ってくださいね!どうぞお元気で!」と餞の言葉を贈った。

 

 

それから2週間ほど経って「お蔭さまで無事シンガポールのカジノに就職できました。ありがとうございました。」の旨のメールを受信した。

 

 

 

閑話休題 ……。工業・技術英語の話を少しだけ。

 

工業の世界に「製缶(製罐)」(せいかん)という言葉がある。これは、単なる缶だけでなくボイラーやタンク、また一般の鋼板製容器、鉄鋼構造、クレーン、橋梁などの製作(製造)に広く使われている。

 

従って「製缶」という日本語を見たら何を製作するのかをしっかり確認してから処理しなければならない。

 

 

この「製缶」によく使われる動詞が fabricate である。実はこの単語、工業・技術の世界に入るまでは「捏造(ねつぞう)する」という意味しか知らなかった。

 

「捏造」とは「事実でない事を事実のように拵(こしら)えて言うこと」と広辞苑にある。これを和英辞典で引いてみると make up, invent, fabricate, concoct などの動詞(句)が出てきた。「化粧する」にも make up を使うがこれも捏造の一形態と考えてよさそうである。

 

 

因みに fabricate の英英辞典の定義は以下のようになっている。

 

Fabricate:

1) If someone fabricates information, they invent it in order to deceive people.

 

「人を欺くために情報を拵える(捏造する)こと。」

 

2) Is something is fabricated from different materials or substances, it is made out of those materials or substances. (= manufacture)

 

「異なる材料・物質から物を作り上げること。」

 

 

英文例は以下の通り。

 

1) Scientists fabricated the results of the experiments.

 

「科学者たちは実験結果を捏造した。」

 

2) All the tools and instruments are fabricated from high quality steel sheets.

 

「すべての工具・器具が高品質の鋼板から製造されている。」

 

その他2011年に行ったのは、元・NOVA講師のジェームスとネイティブチェックの委託契約を締結したこと、またUさんが住友金属工業㈱で知り合った女性通訳者2名をS社のフリーランス翻・通訳者として登録したことなどである。自分なりに少しずつS社の翻・通訳の人材の補強を開始していた。

 

 

ネイティブチェックについてはサン・フレアやサイマルなど大手翻訳会社ではすべての翻訳製品について行っているが、S社ではあくまでもオプションであり、依頼主が希望する場合のみ実施していた。それ一つをとっても品質管理が杜撰だった。

 

まあ、日鉄エンジニアリングや日鉄プラント設計など「身内」からの依頼は、兎も角も「納期」が最優先であり翻訳品質が二の次になっていたことも事実だった。

 

我々が納期ギリギリでどうにか納品した成果物を顧客サイドでチェック・修正して使用するケースも多く品質について「ぬるま湯」的な体質が沁みついていた。顧客にそれなりの英語力があったこともこの体質を助長していた。

 

 

2011年12月の翻訳・通訳の忘年会には、私が幹事を担当し主たる登録翻・通訳者を招待した。時期はクリスマス直前の金曜日、場所は西小倉の「食楽庵 ふる川」、ふぐの専門店だった。このとき初めてUさんが連れてきた女性通訳者2名と顔を合わせた。

 

 

 

このうちの一人が安田火災・北九州支店での勤務経験があり少し話をした。短大卒で安田火災に入社、北九州支店で営業事務を担当した後に退職、一念発起してカナダに留学して英語を勉強し通訳者となっていた。九大・大学院で比較社会文化学の修士まで取得していた。

 

彼女は営業店時代に事務本部でのオンライン研修の経験があるなど共通点も多く話が合った。「それにしても安田火災はすごい会社でしたねぇ ……」が我々二人の結論だった。

 

残念ながら、彼女がS社の通訳の仕事をすることはあまりなかった。アメリカの何処かの州に渡ったと聞いてからもう7~8年になる。

 

 

なお、もうお一人の女性通訳者MBさんとは、以後も長い付き合いになった。記憶に残っているのは既に閉園したスペースワールドの通訳である。通訳の相手方はドイツのメーカーだった。絶叫マシーンの車両の営業だという。「通訳は英語で構わない」というのでたまたま空いていた彼女を割り当てた。

 

 

翻訳日当日の午後12:00過ぎ。スペースワールド近くのホテルで、仲介の商社およびドイツ人の営業マンに彼女を紹介して引き渡した。通訳作業を終えた16:00過ぎに彼女をスペースワールドまで迎えに行った。

 

通訳自体は技術的にさほど難しいものではなかったようだが、彼女に「絶叫マシーンに乗った?」と尋ねると「もちろん!乗りましたよ!」との答えが返ってきた。

 

さらに「乗っている間も通訳したの!?」と尋ねると「できるわけないでしょ!」という答えが返ってきた。まあ当然と言えば当然の答えだった。

 

実は、彼女は絶叫マシーンが嫌いではなかったようで事なきを得たが、別の通訳者であればどうなっていたかわからない。例えば70代男性のUさんを割り当てていたら果たしてどうなっていたことやら …… !?

 

 

 

1980年代後半「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」という番組があった。その中で爺さん連中をジェットコースターに乗せて反応を楽しむという悪趣味な企画があったが、そんなことを思い出していた。

 

 

 

まあ通訳業務とは、概してそのようなリスクを孕んでいるものである。

やはりドライブは山陰線が良い。夏でも冬でも海の色が濃く様々な表情を見せてくれる。また国道191号線沿線は観光スポットも多い。

 

週末はいつも一人車を走らせては海や山を眺めたり観光スポットを訪ねたりしてストレスを発散していた。

 

 

よく行ったのが「吉母海水浴場」である。海水浴シーズンでなければ白い砂浜と静かな海が美しい。砂浜のベンチに腰かけて穏やかな海を眺めていると翻訳で疲れた目や心が癒されていった。

 

 

 

さらに山陰線を暫く走ると下関市豊浦町宇賀に「福徳稲荷神社」という神社がある。海に面して天空に建つ大鳥居や千本鳥居。夕刻には日本海に沈む夕日を拝むことができる。ここで何度夕日を拝んで黄昏れたことやら ……。

 

この神社には白地と紫地の「ひめあやめお守り」というお守りがある。ご利益は縁結びらしい。なお「ひめあやめ」については以下の古歌が詠まれている。由緒の古い神社のようである。

 

「長門なる稲荷の山の姫あやめ時ならずして如月に咲く」

 

 

 

「福徳稲荷神社」を過ぎて少し走るとJR山陰本線湯玉駅より手前に「ドライブイン犬鳴」という食堂がある。実はここ、いわゆる「デカ盛り」の店である。最初に入った時は看板メニューのチャンポンを注文した。もちろん普通盛りである。

 

通常量の2.5倍ほどのチャンポンにライスが付いてきた。ライスはサービスという。味は悪くなかったが全部は食べられなかった。隣席で老夫婦が私と同じように苦戦していた。

 

以後は「小盛り」か「ライスは要りません」と注文するようにした。なお「量」については店も注文時にアナウンスするようになった。

 

新鮮な刺身に小鉢などが5品、味噌汁、ライスがついた「刺身定食」がおすすめである。

 

 

 

 

閑話休題 ……。再び工業・技術英語の話題を少しだけ。

 

議事録の中にも「契約上の優越的地位」が感じられる文面がある。例えば顧客と請負先との会議の議事録の場合、「承諾する」の意味の文言が顧客の場合は「了解」、請負先の場合は「拝承」と表記されていた。これらは通常以下の通り英訳していた。

 

「了解」: Understood.

「拝承」: Yes, certainly.

 

 

また、顧客が請負先に対して何らかの要求を行う場合は「~してほしい」、その逆の場合は「~していただきたい、~するようお願いしたい」などと表記されており、この英訳は以下の通りとしていた。

 

例えば「本件について継続して検討を要求する」ケースでは、

 

◎顧客(A)⇒請負先(B)

We request B to study this matter continuously.

= B is requested to study this matter continuously.

 

◎請負先(B)⇒顧客(A)

We would like A to study this matter continuously.

日鉄エンジニアリング㈱からの工業・技術関連の仕様書や要領書、またKITAの環境(省エネ)関連の英訳を日々こなしながら2011年の秋が過ぎていった。

 

 

そんな2011年11月のある木曜日の午後、北九州市の国際○○局から翻訳の入札を行うという連絡が入った。EU関連の和文英訳の案件だという。16:00に説明会を行うというので市庁舎まで赴いた。

 

説明は国際○○局の女性課長が行った。本入札には北九州市からS社(私)とA社の2社、福岡市からH社の合計3社が参加した。同業他社の人間と初めて顔を合わせた。

 

女性課長は「各社の翻訳品質をチェックするために、これから和文英訳のトライアルを実施して委託先を決定します!」と我々に告げた。

 

彼女はトライアル用のサンプル原稿を我々に渡した。A4用紙3枚にびっしりと日本語が書かれていた。約4,000文字程度か。英訳すれば2,500ワードくらいになるだろう。

 

さらに、これを「明日(金曜日)の朝10:00までに提出してください!」という。私は「えっ!明日ですか!?」と驚いて反応した。

 

これから帰社して一次翻訳者に原稿を渡しても出来あがりは頑張って翌朝、さらにチェックして、またネイティブチェックまでかければどう考えても納期に間に合わないのである。

 

女性課長は「我々も納期を急いでおりますのでとにかくよろしくお願いします」とだけ告げると説明会を散会した。

 

 

私は福岡市のH社と顔を見合わせ「御社はどうしますか!?」と尋ねてみた。彼は「いやぁ~応札は時間的にちょっと難しいですねぇ」と答えた。私も「上司に相談してみますがうちも厳しいと思います」とこちらの本音を話した。

 

その時A社の営業マンと目が合った。彼はニヤッと笑うと「皆さんには納期が厳しいですか?」と他人事のように言うと説明会の会場から出ていった。「何じゃ!あいつは!?」と思った。

 

 

帰社して上司のGさんに今回の入札の経緯について説明した。彼は「たぶん官製談合ですよ!」と言った。事前に北九州市・国際○○局⇔A社の間で翻訳委託の話がついているのである。結局「入札は形だけ」ということであった。

 

 

当日の夕刻、北九州市・国際○○局宛に「応札せず」のファックスを送って応札を辞退したが、あのにやけたA社の営業マンと生意気そうな国際○○局の女性課長の顔は今も覚えている。

 

 

官製談合(collusive bidding at the initiative of government officials)の罰則規定は5年以下の懲役または250万円以下の罰金となっているが、残念ながら、本件ついては5年の時効(duration of prescription)が成立しているようである。

 

2011年8月に夏休みをとって島根県、鳥取県から中国地方を縦断して広島を経由して北九州に戻るドライブ旅行を企画・決行した。高速は一切使わずすべて一般道をひたすら走るという行程だった。

 

 

初日、朝5:00に北九州を出発、国道9号線を走り益田からは海岸線沿いに東に進み出雲に着いたのが15:00頃だった。出雲大社に参詣した。高校二年時の1975年、父、弟と参詣して以来36年ぶりのことだった。

 

その日は出雲市駅周辺のビジネスホテルに泊まった。ホテルは新しくて清潔だった。夜一人で飲みに出た。居酒屋に入ると不思議と一人で飲んでいる若い女性が多かった。良縁を願っての旅なのか、悪縁を断つための旅なのか。ただ話しかける勇気はなかった。

 

 

翌日は鳥取県境港市の水木しげるの「妖怪の町」へ。こちらがメインの目的地である。島根県松江市から国道431号の「境水道大橋」を渡り鳥取県に入ると「妖怪の町」が見えてきた。夏休みでもあり男女を問わず子どもから大人まで相当な数の観光客で町は溢れていた。

 

 

 

あちこちに水木しげる氏の妖怪を象ったブロンズ像があったが、歩いている観光客が何となく妖怪に見えてくるのが面白い。車を停めて自分も妖怪の仲間に入った。商店街の他、メインの観光スポットは「水木しげる記念館」である。

 

記念館の中で放映されていたプロモーションDVDの中で水木氏が面白いことを言っていた。

 

「…… たしかに妖怪はこの町に富をもたらしたが ……  あと10年もすれば町は妖怪に完全に征服されるだろう ……  おそらく現在の町おこしスタッフの中にも人間のふりをした妖怪が一匹か二匹紛れこんでいるにちがいない ……  云々」

 

 

 

「妖怪の町」を後にして松江市内に入った。松江市内に「水の都」と呼ぶに相応しい色の高層ビルが遠くから見えていた。県庁?市庁舎?と思ったが「山陰合同銀行」の本店だった。

 

 

 

駅の観光案内所で古い商店街の場所を教えてもらい散策してみた。空き店舗が多い中も少しだけ懐かしさを感じた。

 

 

松江を後に国道54号(別名「出雲神話街道」)に入った。中国地方を北から南に縦断しその日は広島県三次市に一泊した。翌日、豪雨の中、広島を経由して山陽線を北九州へと戻った。「妖怪との縁結び」の旅が終わった。

 

 

閑話休題 ……。工業・技術英語の話を少しだけ。

 

以下の英文をどう訳すか?

 

Check holidays in the painting.

 

「塗装の休日をチェックすること!?」

 

何のことやら解らない。実はこの holiday は「休日」ではなく「塗り残し」、「塗り落ち」を意味する。従って正解は「塗装の漏れや落ちをチェックすること」という意味となる。実は名詞 holiday には「し忘れられた仕事」、「中途半端な仕事」の意味がある。

工業英検を終えて一息ついた2011年6月以降、週末また一人ドライブを楽しむようになった。

 

 

山口県には観光地が多いが世界三大美女のうちの二人の墓(と伝えられる場所)がある。楊貴妃と小野小町だ。さすがにクレオパトラの墓は無い。

 

 

楊貴妃の墓があるのが山口県長門市油谷の「楊貴妃の里」である。「楊貴妃の像」や寺が建てられており、楊貴妃を観光資源とした「町おこし」が進められているようだった。

 

そこへ向かう道は「楊貴妃ロマンロード」とお洒落な名前が付けられており北九州からの日帰りドライブにはちょうど良い距離だった。

 

 

 

因みに彼女たちのような美女を「傾国の美女」と言ったりするが、以前これを seductive beauty と英訳していた。たまたまフランス語系のより適切な訳語を見つけたので英英辞典の定義とともに以下に紹介しておく。

 

Femme fatale:

If a woman has a reputation as a femme fatale, she is considered very sexually attractive, and likely to cause problems for any men who are attracted to her.

 

「傾国の美女とは非常に強い性的な魅力がある女性をいい、彼女に魅了されたすべての男性に災いを引き起こしかねない女性をいう」

 

 

閑話休題 …。少し工業英語に話題を戻す。

 

工業の世界ではしばしば「燃焼」という語が現れる。通常は combust という動詞を使い burn はあまり使わない。

 

ただ combust という動詞を掲載していない辞書もあり、名詞の combustion や形容詞の combustible のみを載せているものが多い。まず名詞ありきの語のようである。

 

Combustion:

Combustion is the act of burning something or the process of burning.

 

「モノを燃やす行為、または燃やす過程」

 

 

これは以前も書いた記憶があるが、「燃焼」に関連して当時以下のことを知った。

 

形容詞 flammable と inflammable は反意語ではなく、ともに「可燃性の」という意味の形容詞であり、これらの反意語は nonflammable である。なお形容詞 combustible の反意語は incombustible である。

 

flammable = inflammable

flammable ⇔ nonflammable

inflammable ⇔ nonflammable

 

combustible ⇔ incombustible

 

 

「燃焼」といえば随分昔にこんなCMがあった。今でもメロディが浮かぶことがある。

 

翻訳の師匠のGさんは、日鉄プラント設計㈱(NPD⇒2021年4月日鉄エンジニアリング㈱に吸収・合併)の若手エンジニアに対して「技術英語」の講習・指導を行っていた。

 

講習は原則週一回で若手エンジニアたちからは「G先生」と呼ばれていた。この講習の最終ターゲットとされていたのが「工業英検2級」(現・技術英語能力検定)だった。

 

講習担当部門の一員として「工業英検2級」を取得する必要があると判断し「受験したい」旨、Gさんに話をした。TQE金融・経済の再受験も考えていたが「工業英検」を優先した。

 

いずれは講師を担当することになるだろうし「落ちる」わけにはいかなかった。Gさんの面子を潰すことになるからである。

 

 

当時の「工業英検2級」は古風な試験だった。英文和訳の他はテクニカル・ライティングが中心で英文の結合・書き換え、和文英訳などが課された。また「辞書を2冊まで持ち込み可」という試験だった。これは科学・技術分野の語彙が多岐にわたることが理由で、高専や大学理科系の英語試験に近いものだった。

 

 

辞書は本試験で定評の高い語彙が豊富な「グランド コンサイス英和辞典」と「グランド コンサイス和英辞典」を会社費用で購入してもらった。これらの辞書2冊を持ち込むだけでもリュックが必要になった。

 

それよりも一番大変だったのは「手書き」で英文を書くことだった。パソコンばかりで手書きなど全く慣れていなかった。またこの時知ったのが、いわゆる「ゆとり教育」により中学校・高校で筆記体を教えなくなったことだった。文科省もバカな政策をとったものだと思った。

 

そんなことは気にせず、とにかく筆記体の手書きをGW返上でひたすら練習することになった。

 

 

かくして2011年5月29日(日)。「工業英検2級」を受験した。試験会場は博多駅・博多口の朝日ビルだった。手ごたえは「楽勝!!」だった。翻訳経験者にとって辞書が使える試験で怖いものなど無かった。

 

 

翌2011年5月30日(月)。会社に着くとGさんやUさんに「工業英検どうだった!?」と聞かれた。「悪意がある採点官でない限り絶対大丈夫です!」と答えておいた。

 

 

それから1か月後の2011年6月29日(水)。「工業英検2級」の合格通知を受け取った。これで工業・技術英語の登竜門を通過した。第一分野の「法務・契約書」、第二分野の「金融・経済」に加えて第三の分野として「工業・技術」を専門とする下準備ができつつあった。