「書初め」-『荀子』 宥坐編より | 流離の翻訳者 青春のノスタルジア

流離の翻訳者 青春のノスタルジア

福岡県立小倉西高校(第29期)⇒北九州予備校⇒京都大学経済学部1982年卒
大手損保・地銀などの勤務を経て2008年法務・金融分野の翻訳者デビュー(和文英訳・翻訳歴17年)
翻訳会社勤務(約10年)を経て現在も英語の気儘な翻訳の独り旅を継続中

こちらは天候にも恵まれ穏やかな年越しとなりました。拙ブログの読者の皆様、新年明けましておめでとうございます。

 

昨年もブログ更新の頻度は相変わらずの低調でしたが、漢詩の英訳など結構掲載できたかとも思っております。本年も拙ブログをどうぞよろしくお願いいたします。

 

一方で仕事は波乱万丈の一年となり、変動する業績に一喜一憂する自分の弱さを思い知った年でもありました。そんな中、新しい分野の勉強を進めることができたことが唯一の収穫でした。

 

かかる情況を踏まえ、本年の書初めは以下の通りといたしました。

 

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「君子之学、非為通也、為窮而不困、憂而意不衰也、知禍福終始而心不惑也」 (『荀子』 宥坐編)

 

(書き下し文)

「君子の学は通ずるが為に非ず。窮(きゅう)するも困(くる)しまず、憂うるも意衰えず、禍福終始を知りて心惑わざるが為なり。」

 

(口語訳)

君子が勉強に励むのは、出世して高い地位を手に入れるためではない。困難にあってもたじろがず、逆境に陥ってもやる気を失わず、禍福の循環する道理をわきまえて心が惑わないようにするためである。

(【新訳】荀子/守屋 洋 編訳 より引用)

 

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本年が皆様にとって幸多き年となりますようお祈り申し上げます。

 

201712

 

流離の翻訳者