続・英語の散歩道(その44)-通訳者の受難-「真冬の洗礼」 | 流離の翻訳者 青春のノスタルジア

流離の翻訳者 青春のノスタルジア

福岡県立小倉西高校(第29期)⇒北九州予備校⇒京都大学経済学部1982年卒
大手損保・地銀などの勤務を経て2008年法務・金融分野の翻訳者デビュー(和文英訳・翻訳歴17年)
翻訳会社勤務(約10年)を経て現在も英語の気儘な翻訳の独り旅を継続中

絶叫マシーンではないが通訳者も時々思いもよらない事態に遭遇することがある。

 

 

たぶん2013年の12月、若松区のある造船会社、T社から通訳の依頼を受けた。上司のGさんはT社に通訳の実績があった70代男性のUさんを通訳に立てた。ナイジェリアからのT社の顧客に対する技術的な通訳だった。なおナイジェリアの公用語は英語である。

 

Gさんの悪い癖だがこのような国の国民に対して直ぐに「土人」と言いたがる。明らかな差別用語だ。なお「土人」とは「未開の土着人。軽侮の意を含んで使われた。」(広辞苑②)のことである。「Uさん!通訳相手はナイジェリアの土人ですよ!」などと大声で話していた。

 

 

ともあれ、通訳の当日Uさんを車でT社まで連れて行った。12月初旬の晴れた寒い日だった。以前T社の社長が敬虔なキリスト教徒であることを聞いていた。自分や自分の家族はもちろん、従業員や顧客にも「洗礼(baptism)」を受けさせるという。

 

T社近くにある教会があり、そこで洗礼を受けさせるらしい。たまたまその教会の信者に知人がおり、洗礼では「泉に漬かって身を清める」らしいことは聞いていた。

 

理由はよくわからないが造船・海運など海事関係者には歴史的にキリスト教徒が多いようである。日本でも海難・水難除けの神社などが数多くある。それだけ危険が多い業界なのだろう。

 

 

Uさんによれば、当日一通りの通訳を終えた後、案の定、T社の社長は顧客のナイジェリア人を例の教会に連れて行った。Uさんは通訳として教会にも同行した。ナイジェリア人に教会に入信させ洗礼を受けさせるためである。

 

当日夕刻、UさんからGさん宛てに電話があった。Gさんが「えっ!なんでUさんが受けるんですか!?」と電話口で話すのが聞こえた。最後は「まぁ …… わかりました!とにかくお気をつけて!」とGさんは話を締めくくった。

 

 

当日の夕刻、Uさんを迎えに行った帰りの車中で聞いた話は以下の通りである。

 

もちろんUさんは通訳目的で教会に同行したが、ナイジェリア人の顧客が洗礼を受ける段階になってT社の社長から「Uさん!あなたも洗礼を受けては如何ですか!?」と強く要請されたらしい。牧師から色々と話を聞くうちに「この人間は信用できる!」と確信して洗礼を受けることを決意したという(笑)。

 

 

 

洗礼では全裸の上に白い浴衣みたいなものを着て冷水の泉に漬かるらしい。「ハレルヤ ハレルヤ ハレルヤ ……」と繰り返し唱えながら。なお「ハレルヤ(hallelujah)」とはヘブライ語由来の言葉で「神の賛美あるいは喜び・感謝を示す叫び」のことである。

 

 

 

この後Uさんが風邪をひいたという話は無かったが、これも一つの「水難」かも知れない。なお、このUさんのエピソードは以後私のセールストークの一つとして機能することになり多くの翻訳・通訳の顧客の知るところとなった。