ある年の11月下旬、新規の顧客から一本の電話が入った。「おたくは技術系の英訳はできますか?取説と図面とかもあるんだけどぉ~」という。「弊社は新日鐵(現・日本製鉄㈱)の系列で技術系の英訳は得意としております!」と私は回答した。
先方は「原稿が結構あるんで、一度見に来てもらえませんかね?」というので「もちろん原稿を確認させていただきます。スケジュールを確認して再度ご連絡いたします。」と回答して電話を切った。
その企業は福岡県筑豊地方にあるK製作所というところだった。ホームページを確認すると代表取締役社長からの直々の電話だったことがわかった。
このK製作所は実にユニークな製品を製造していた。斜面走行モノレール(スロープカー)である。ホームページのスロープカー導入例を見ていると子供のようにワクワクしてきて訪問が待ち遠しくなった。
12月初旬の小雪が舞うような寒い日、筑豊地方のある駅に降り立った。改札を抜けようとすると「昼食中です。お声をお掛けください。」という立札が出ていた。「何じゃこの駅は!?」と思った。
駅員に声を掛けて改札を抜けて「さて!飯でも食おうか!」と思ったが食べ物屋が全く無い。「しまった!」と思った。幸い小さなスーパーがあったので弁当とお茶を買って、寒風の中駅前のベンチに腰かけてどうにか腹ごしらえを済ませた。
K製作所までは駅からタクシーで20分くらい掛かった。社長にご挨拶して早速原稿を見せていただいた。
原稿は残念ながらスロープカーのものではなく「クレーンエレベータ」の取扱説明書、図面、出荷検査基準、工場試運転記録などだった。十分対応可能という感触を得たので「宅急便などで原稿を弊社までお送りいただけないでしょうか?」依頼して了解を得た。
社長が「工場を見学して行きませんか?」と仰ったので「是非ともお願いします」と答えて工場を見せていただいた。
安全のためにヘルメットを被り社長に連れられて工場に入った。工場内には様々な製造機械・設備の他にスロープカーの試運転ができる斜面レールが配備されていた。またレール上には出荷を待つスロープカーが1基停車していた。
社長はスロープカーのブレーキの仕組みなどを素人の私にもわかるように説明してくれた。思わず「面白い仕事ですねぇ~」と本音で言葉がでた。
原稿が届いて数日間で見積りを作成して提示し同案件の和文英訳を受注した。まずは「機密保持契約書」を締結してから翻訳作業に入った。
取扱説明書、出荷検査基準、工場試運転記録の一次翻訳をベテラン翻訳者のKTさんに依頼し、チェックを元上司のGさんにお願いした。また図面の一次翻訳も図面経験が豊富なGさんに依頼した。
取扱説明書、出荷検査基準、工場試運転記録および図面の最終チェックは私が行い、翻訳後の編集作業を事務担当のYさんにお願いし、すべて精鋭部隊で処理することにした。
因みにKTさんは東大・工学部卒で新日鐵のOBのベテラン翻訳者で、若い頃マドリード大学に留学しており英語だけでなくスペイン語もできた。私に俳句(連句)の世界を教えてくれた師匠でもある。
結局、翻訳者作業は年明け早々に開始し、3月下旬に納品した。凡そ3か月の作業となった。
長崎市の夜景は札幌、北九州と並び日本新三大夜景の一つであるとともに、モナコ、上海と並び「世界新三大夜景」にも選出されている。稲佐山公園の展望台は夜景の絶好のビュースポットであり私とパートナーとの最初の旅行の思い出の場所でもある。
稲佐山公園にK製作所が製造した中腹駐車場から山頂までを結ぶ「長崎稲佐山スロープカー」が導入されたのは2020年1月のことであった。