穴と橋とあれやらこれやら -308ページ目

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

 

2015年4月29日、この趣味で初めての能登遠征・初日。この日のネタで記事にしているのは女子口バス停大平隧道此ノ木隧道豊川隧道穴水隧道旧・七海第二隧道旧・七海第三隧道

 

今宵ご紹介するのは、豊川隧道の直前に見つけて思わず寄り道した三本の橋の一つ。エライ記事タイトルをつけてしまったが、実際思わず「なんじゃこりゃ…」とつぶやいてしまった物件だからして。

 

 

 

この、少し遠めのシルエットからでも

何かを感じ取れると思う。場所はコチラ

 

 

 

 

 

めっちゃ背が低い。そして、

波打ってるんですが!?

 

 

 

 

 

 

こうして見ると一目瞭然。そして気付いた。

あれ…桁材はじゃないのさ…。どうも木桁の上にコンクリ板を敷いてるっぽい?

 

いや、コンクリ板じゃないのか?なんで板ガムみたいにクニャっとたわんでるんだろうか。謎すぎる…。

 

 

 

 

 

改めて正対。

渡った先には個人宅しかない。

 

…のだが、個人宅手前に道路が横切っているので、プライベート橋だと断じることはできない。こんなナリして市道の可能性も…いやマジか(笑)。

 

 

 

 

 

川面からの比高が恐ろしく低いが、

どうやらこれが常態っぽい。ちなみに川の名は日用川。

 

 

 

 

 

正直、伝えるべき情報はほぼ出尽くした(笑)。

あとは写真のみでお楽しみください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後に。

 

記事を書くにあたって改めて写真を見直してたら、

この橋、お寺の正面やったんですな。

 

 

 

 

 

現場でもそれに着目したみたいで、お寺の写真も撮ってた。

「日谷山 徳照寺」。

 

余談だがこのお寺、門徒十二名による雅楽団が存在していて、一月と十月の報恩講で演奏しているのだとか。けっこう珍しいように思うのだが、能登にはここを含め四か寺にあるらしい。へえ~。

 

 

 

まあでも、お寺とこの橋とは関係ない気がする(笑)。

 

 

 

 

以上。

 

明日から3日間、福岡出張でございます。

 

 

 

 

ニーズがあろうとなかろうと、定期的にブッこむBAND-MAID記事、今宵はここ最近のお気に入りである“alone”をピックアップ。

 

 

まずは2016年2月にリリースされた公式MVから。

これ、彼女たちの自作で初めてリリースが認められた(それまでは外部作家の楽曲、現在は完全に自作曲のみでアルバム制作)曲だったらしいのだが、そりゃあコレを聴かされたら認めざるを得んでしょう。それほどに完璧。メインコンポーザー・遠乃歌波の楽曲だと思うのだが、傑作だ。

 

まず、ツイン・ヴォーカルがとっても効果的にフィーチャーされている。冒頭から、小鳩ミクの軽くて可愛い系の声が彩姫の低くて深い声に絡むのがめっちゃ気持ちよく、その彩姫のヴォーカルもロウからハイまで激しく昇降する複雑な歌メロを完璧に歌い上げていて素晴らしい。

 

中間部、2分11秒~の「ここにいたら窒息しそう…」のクールな語り部分に続く遠乃歌波のギターソロは、FAIR WARNINGのヘルゲ・エンゲルケを彷彿とさせるような、「天翔けるハイノート」が炸裂する、まさに鳥肌モノ。彼女のテクニックとセンスが凝縮された、珠玉のソロだ。

 

個人的に圧巻なのは、全編を通しての廣瀬茜のドラムプレイ。曲を邪魔しないのに耳に残り、テクニカルなのに聴きやすいという、まさにセンスのカタマリだ。ひたすらにカッコいい。

 

曲によってド派手なミサのベースプレイも、この曲では比較的ソリッドなプレイがメインになっている感があるが、先述した2分11秒~の彩姫の語り部分でのバッキングはじめ、モゾモゾ動くベースラインが絶妙に気持ちよく、「らしさ」を出している。

 

 

 

ということで、今週のナンバーワン(笑)は、この“alone”。

 

 

 

 

 

 

で、このMVのリアクション動画を。

MagicLunchBoxというリアクターさん、低い声でちょっとコワモテなタトゥー入り、いかにもメタルヘッドっぽい感じの方で、BAND-MAIDのリアクトもすでにけっこうやってらっしゃる。中でもこの曲はかなりお気に召したようで(笑)。

1分19秒からリアクション部分は始まる。2分41秒、いわゆる「二番」が始まったところで思わず笑顔になり一度ストップ。「ドラムが最高だ」「パーフェクト!」とのたまう。ギターソロのところでも思わずエアギター出てるし(笑)。

 

 

 

 

で、これは同曲のライヴ・ヴァージョンへのリアクション動画。

画面では“MATCHLESS GUM”という別の曲名になってしまってるが、中身は“Alone”だ。

 

これは、Shaun Stockhouseというリアクターさんの動画。リアクション部分は1分15秒あたりから。のっけから「ナイスハーモニー!」と。終わってからも「ヴェリー、ヴェリーナイス!」とのたまってる。何度となく「PAPA ROACHっぽい」とコメントしてるようだが、わたくし残念ながらPAPA ROACHを聴いたことがないのでなんとも言えない。

 

とりあえず、ライヴでこそ証明されるタイトなプレイと、爽快なドライヴ感がたまらないっす。

 

 

 

 

 

 

みたいな感じで、ついつい書きすぎてしまったが、今後もちょこちょこリアクション動画を絡めてBAND-MAIDを紹介していくので、興味無い方はあきらめていただければ(爆)。

 

 

 

 

 

 

 

 

2010年7月18日、第四次房総探索。この日のネタで記事にしてるのは、四町作第一隧道

 

 

と、西日笠の謎の狭隘区間

 

 

と、大沢港隧道

 

 

今宵ご紹介するのは、レンタカーを借り出したJR君津駅から最初にやってきた物件。

 

最近リンク挿入がリニューアルされてこんなふうになったけど、これってどうなんすかね?かえって見にくい?あるいは見やすい?今回3リンクだけでこんなんやから、7つも8つも、ってなったら、本篇始まる前に見るのいやになるよなあ(笑)。

今回、試験的に使ってみたので、よければこれの感想も教えていただければ…。

 


 

 

 

 

わたくし、普通に県別マップルに描かれてるトンネル表記を訪ねてきただけなんだが、

そうじゃないことは、ひと目でわかった(笑)。

 

 

 

 

 

 

これって完全に、

廃隧道ですやん?

 

 

 

 

 

 

のっけからですか。まあ、むしろ望むところで(笑)。

早速に接近。場所はコチラ

 

 

 

 

 

 

 

扁額を見ると、

「観音隧道」

「昭和33年12月竣功」。

 

その名の通り(地図を見ればわかるが)、この道は東京湾観音へのアクセス道路である。公式ホームページを見ると、高さ56mにも及ぶ観音像は「昭和31年の構想から5年に及ぶ歳月をかけて昭和36年9月に完成(開眼供養)」とのことなので、隧道の竣功年から考えれば、当初は工事用道路でもあったってことか?

 

 

 

 

 

 

さてと…

これ、わたくしがやったんじゃないですぞ(笑)。

 

 

 

 

 

 

せっかくフルオープンで迎えてくださってるので…

遠慮なくお邪魔します~。

 

基本的には素掘りで、天井部がモルタル補修されている他、中央部や両側坑口部のみコンクリで巻かれているようだ。

 

 

 

 

 

 

そして素掘りの側壁部は、

このようにところどころ小崩落を起こしていた。

 

ちなみに拙ブログでよく書くパターンだが、ここも「帰って調べてみたら、有名な心霊スポットでした」っていうアレだった。洞内でクラクションを鳴らすと云々っていう、凡庸なヤツですわ(笑)。いつものごとく、全っ然なにも感じなかったけど。

 

今回、いくつかその手の記事を見ててわかったのは、遅くとも2007年春には廃化していたことと、昨年時点ではフェンスでなく鉄板封鎖に変わっていたこと。

 

 

 

 

さて、そう長くもない隧道、

間もなく抜ける。

 

 

 

 

 

 

はいこちら、

観音様側(笑)ポータル。

 

 

 

 

 

 

 

扁額を撮ったが、

いろいろアカーーン(笑)。

 

 

 

 

 

 

なんだか異常に狭くなってしまったように思える道を

そのまま進んでいくと…

 

 

 

 

 

 

 

数十mで

現道と合流。

 

見たところ、典型的な線形改良目的による道路付け替えのよう。確かに長い目で見れば、隧道を拡幅して使うよりも理にかなっていると思う。隧道に綻びが見られるのは、ひとえに放棄されたからだろう、きっと。

 

 

 

 

 

 

戻りももちろん、

隧道経由で。

 

しかし、なんでこの隧道におかしな因縁話がつきまとうようになったのかなあ。観音様への道だというのに。

 

 

 

 

 

 

まぁどうでもいいけど、

素晴らしい廃景ですなあ~。

 

 

鉄板封鎖となった今では望めないね。それ以前に立入禁止か(笑)。

 

 

 

 

 

以上。

 

 

 

 

 

今宵は、「気になった社寺」テーマ新設後二発目のネタとして、京都の各所にひっそりと息づく小社のひとつをご紹介。

ここは何度か訪ねてるんだが、最新の訪問である2020年6月2日の写真で構成する。

 

なお今回、周辺立地に配慮し、拙ブログ初の「モザイク処理」を施した写真が数点あることをご了承いただきたく。

 

 

 

まずはいきなり、ドン。

街中にぽっかりと開いた、異界への入り口、みたいな。

 

この道路は三条通りで、蹴上~九条山の山越えに向けて高度を上げているところ。なので、写真が歪んでいるんじゃなくて実際に勾配がついている。

ちなみに、かつてはそこの中央分離帯あたりを京阪京津線の線路が通っていた(道路と軌道の併用区間)。

 

 

 

 

 

 

では、道路を渡って正対。場所はコチラ

細長い入口には、「相槌稲荷大明神参道」と刻まれた石碑が建っている。

 

 

 

 

 

扁額には

「正一位 相槌稲荷大明神」。

 

 

 

 

 

 

ちなみにこの石碑

こんな面白い形をしている。

 

何のモチーフなのか、あるいは何かの転用なのか?どうあれこんなん見たことない。あと、基部が真っ黒でテイストが違うのも非常にユニーク。

 

 

 

 

 

縁起書…というか、説明板があった。

内容を書き起こしてみる。

 

 

相槌稲荷明神

 

ここは刀匠三条小鍛冶宗近が常に信仰していた稲荷の祠堂といわれ、その邸宅は三条通の南側、粟田口にあったと伝える。

宗近は信濃守粟田藤四郎と号し、粟田口三條坊に住んだので三条小鍛冶の名がある。

稲荷明神の神助を得て名剱小狐丸をうった伝説は有名で、謡曲「小鍛冶」もこれをもとにして作られているが、そのとき相槌をつとめて明神を祀ったのがここだともいう。

なお宗近は平安中期の人で、刀剣を鋳るのに、稲荷山の土を使ったといわれる。

 

謡曲史跡保存会

 

 

ビミョーに意味不明な部分もある説明だが、とりあえず「相槌」の意味が、刀匠が刀を打つ際の相方である「相槌」であることはわかった。

 

 

 

 

 

さて、この相槌稲荷大明神だが、

参拝には高めのハードルが設定されている(笑)。

 

 

 

 

 

 

ほら…

ハードルが近づいてきましたぞ。

 

 

 

参道は20mほどで突き当りとなり、初訪問の人はこの時点で少なからず動揺すると思われる。なぜなら突き当り右は完全に住宅しかない極狭路地であり、

 

 

 

 

じゃあ左か、とそちらへ向くと見える光景が

これなんだもん(笑)。

 

仁丹看板探しで街中の極細路地を歩き慣れてるわたくしでさえも少々たじろがざるを得ない、このプライベートゾーン感。しかも、パッと見だとどう見ても個人宅の玄関先で行き止まっているようにしか見えない。ここで思わず心が折れて帰る人も多いのではないか。

 

 

 

 

 

そう、恐る恐る進んでいってようやく見つける、

この表示がなければ相当にキツイと思うぞ(笑)。

 

この訪問時もそうだったんだが、こういうところのお宅、真冬でもなければ基本的に玄関やら窓やらは網戸のみの開けっ放し状態で、生活音がバンバン聞こえる。よって季節によっては、さらにハードルは上がるかもしれない。くれぐれも節度ある態度での参拝を。

 

 

 

 

 

 

つうわけで、最奥部の極狭クランク(笑)を抜けると、

ようやくお出ましの、相槌稲荷大明神。思わずホッとする瞬間。

 

 

 

 

 

手前の表示には拝殿とあるが、

本殿じゃないのだろうか?

 

 

 

 

 

夜に訪問すれば、

さらに独特の雰囲気かもしれないな。

 

 

 

 

 

 

向かって左側には

境内社?である二ノ富弁財天が鎮座。真新しい櫁(シキミ)がお供えされている。

 

実はここに到着した際に手前のお宅の方がここの手入れをしておられた。声をかけてお参りさせていただいたのだが、おそらくその方が供えられたのだと思う。

 

 

 

弁財天の向こうはガレージになっているが、相槌稲荷とはまったくつながっていない。

元々はガレージ向こうの道からこの神社に気づき、どっから参るんだろう?と気になったのがこことの馴れ初めだった。

 

 

 

 

今回も、ありがとうございました。

現世へと戻ろう。

 

 

 

 

 

 

最後に、先述のガレージ側からの景を。我が馴れ初めの景だ。

京都には、こういうささやかな、かつ密やかな神社や町内ごとのお地蔵様が、それこそ数千社はあるんじゃないだろうか。

 

 

有名社寺だけではない、こうした「ひっそり系」の放つ「常世(とこよ)感」こそが、異界都市・京都の独特な空気を醸成していると思うのだ。

 

 

 

 

以上。

 

 

 

 

2017年5月4日、深遠なる紀伊半島彷徨の初日。この日のネタで記事にしているのは、時系列でカナウナギトンネル四ノ川の吊り橋北山トンネルその奥小又川の吊り橋だが、今宵ご紹介するのは北山トンネルとその奥を極めた後に訪ねた物件。

 

 

 

イントロは、その移動のひとコマより。

国道169号に残されたわずかな酷道区間である、北山村下尾井~小松間。そこを、2台のバスの後ろにつけて進んでいた。

 

 

 

 

 

 

どこに行くバスなんだろう。もしや?と思ってたら、ビンゴ。

なんとわたくしの目的地に吸い込まれていくではないか(爆)。

場所コチラ

 

 

 

はっはーーん!?となったね。あのバスが入って行ったってことは、やはりそういうことか。

 

 

 

 

実はあのトンネルは、過去に記事にしている上滝トンネル

 

 

以下しばし前記事を見ていただいた前提で進めるので、よければまずは目を通してから進んでいただきたい。

 

 

 

抜けた先で行き止まりのこのトンネル。先ほど

はっはーーん!?

となったのは、例のバスがどういうバスなのかわかったためであり、そのことが、前回書いた「それなりのお金をかけてこのトンネルを建造した理由」を裏付けると思われたからだ。

 

それならば、目の前でバスが吸い込まれていったのを目撃した上で、このまま追尾するのはちょっと気が引ける。邪魔にならないよう、少しタイミングをずらそうかな。

 

 

ちなみに見ていただくとわかるように、最初の訪問時にはトンネルに進入してないのだ。これが心残りで改めて訪ねたいと思っていた次第。

あと、今回改めて記事にした理由だが、なんでだかやたらと閲覧されているこの記事に全くもってまともな写真がないのがなんか恥ずかしくって、補足記事として紹介しようかという意図だったりする(笑)。

 

 

 

 

 

つうわけで、上滝トンネルに続いて訪ねるつもりだった物件を先に訪ねることにした。

 

 

それは、先ほどの写真でそのまま道を直進した先にある…

こちらの吊り橋遺構。

 

場所コチラ。ドンツキの集落・小松は目と鼻の先。ちなみに、対岸は三重県熊野市紀和町である。

 

 

 

 

 

かつてここに架かっていた、車道吊り橋。

高さ制限と、(見切れているが)主塔に向かって右側には、1.4mの幅員制限標識があった。

 

 

 

 

 

 

銘板でもないかとジロジロ舐めまわしていると…

とんでもないものを見つけた。

 

 

 

 

 

 

主塔に引かれた白い線。見にくいが、その下書かれていたのは…

左から右に読むんだと思うが、

最高水位

昭和三十四年九月廿六日

15号台風ニ依ル最高水位午后11時

 

エゲツな…。

 

昭和34年9月26日の台風15号、いわゆる伊勢湾台風において、北山川の水位がここまで到達したというのである。こんだけの広くて深い谷が…。エゲツなすぎる。

 

そして2011年9月3日。紀伊半島に甚大な被害をもたらした台風12号により、伊勢湾台風にも耐えたこの橋は流失してしまった。

 

毎年のように台風被害に見舞われている紀伊半島だが、この年は本当に酷かった。大雨による洪水や土砂崩れ、そして深層崩壊による河道閉塞(天然ダム)の発生…。多くの人命が失われ、ここのように多くの橋が流失、道路もズタズタにされた。

 

 

 

「近畿の吊り橋」さんで、在りし日のこの橋を見ることができる。紀伊半島でよく見るタイプの、グレーチング敷きの車道吊り橋だったようだ。

 

http://kintsuri.main.jp/302_komatsu.html

 

 

立地を考えても、この橋が生きていれば面白いルートが組めるのに…と思わされる。そういう意味でも実にもったいない橋だが、今では小松の集落もほぼ無住に近い様子、この感じでは架け直されることはもうないんだろうな…。この橋が生きている間に渡れなかったことが残念だ。

 

 

 

 

この写真に写っている範囲全てが水に呑まれた。

なんという恐ろしい光景だっただろうか。想像を絶する。

 

 

今年は、災害なく台風シーズンが過ぎ去りますように…。

 

 

 

 

 

 

 

…てな感じで、小松の吊り橋にひとしきり想いを馳せてから…

 

 

改めて、上滝トンネルへ。

今なお道路地図には描かれないこのトンネル。ご覧のように、進入を止めるものは何もない。

 

 

 

 

 

なので、前回は(ビビって)果たせなかった

通り抜けを。

 

 

 

 

 

で、初めて目視するその先は、

かねてわかっていたとおり、バッサリと終了。その脇には、北山川へと降りるスロープが設けられている。

 

ちなみに止まっている車は先客?で、車内に人がいたので

 

 

 

 

 

転回してトンネルに向き直った景がコチラ。

ほんとこれだけを見ると、なんのために建造されたトンネルなのか謎すぎるわけだが…。そのヒントとなる先ほどのバス2台のうち1台が、トンネルに突っ込むような位置で待機していた。

 

 

 

 

ヒントは、バス後部に表示されたある文言。

ちょっと見にくいが「筏専用バス」とある。

 

やはりこのトンネルは、北山川の観光筏下りに関連して建造されたものなのだろう。ここは筏下りのスタート地点でもゴール地点でもない途中の場所だが、ここに一か所「セーブポイント」を設けておくことで、万が一に備え安全を担保している…のが真相か否かはわからないが、実際にこうして筏専用バスが入っているということは、当たらずとも遠からずか。

 

疑問なのは、日常的にここでバスが待機しているものなのかということと、もう1台のバスがどこに行ったのかということ。

 

 

考えてみれば、バスの運転手さんに聞いてみれば一発解決やったのにな(笑)。

 

 

 

…という、ちょっと異色な記事でありました。テーマ分類に困るんだが、ここは吊り橋に敬意を表して「道路橋・橋梁」にしとこうかな。