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穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

【1】より続く。

 

 

 

いきなり、

入水自殺みたいな写真で失礼(笑)。

 

こういう水遊びもしたかったから、日没間近は避けたかったのよね~。

 

 

 

 

 

はい、もちろん

もう入っておりますよ~。

 

小さな魚がいっぱい泳いでいたなあ。左足つま先のところに二匹写ってるのがわかるだろうか?気持ち良かったな~。

 

気持ちは良かったがその一方で…。ウェーダーを導入して初めて、いわゆる水圧と浮力というものを改めて実感することになった。この程度の水深でもまあまあの締め付け感があり、肌にぴったりとまとわりつく。

それと浮力(と我が貧弱な体幹)のせいで、抑えが効かずにやたらフラフラと不安定になってしまう、など。

 

 

 

 

 

さらにこのあたりの水底は、

斜面からの落石がそのまま転がっていて、非常に不整。さらに足を運びづらくて、もうおっかなびっくりで進んだ。片手でデジカメを持っているから余計に気を遣う。

 

 

 

 

 

結果、ある程度のところでもう諦めて(笑)、

改めまして、これが中崎の材木流し隧道。なんともいい雰囲気ではないかいな。もちろん正式名称は不明だ。そもそも名前があるのかどうかも。

 

 

ここで超簡単に説明を。

 

林道・林鉄などが未整備だった時代に、山中で伐り出された材木の搬出方法として、川に流して運ぶという手法が多く採られた。そして、材木を流すうえで障害となるものをかわすために掘削された隧道を、ここでは「材木流しの隧道」と呼んでいる。

拙ブログではこれまで河川トンネルをいくつか記事にしているが、確実に(あるいはほぼ確実に)材木流し用であるのは、一雨の材木流し隧道池郷川不動滝の隧道千人場の滝の隧道だけかな。

 

ちなみに、「材木流しの隧道」が全国的に分布しているのか、国内有数の林業王国であった紀伊半島ならではの事象なのかは不明。個人的にはあと2ヶ所把握しているが、いずれも紀伊半島ではある。

 

以上、簡単な説明終わり(笑)。

 

 

 

 

 

しかしまあ、

現在のこの広い川幅において、材木流しにこの隧道が必要とされた事情は見えてこない。

 

確かに大きく張り出した大岩だが、隧道を掘るほどの大した障害には思えないのだが…。かつては川の様相がかなり違うものだったのだろうか?もちろん、伊達や酔狂でわざわざこんなものを掘るわけがないからには。

 

 

 

 

 

呑口前にて、可能な限り水面ギリギリアングルで。

この部分の段差はなかなかのもので、

 

 

 

 

 

ちょっと視点を上げると、こんな感じ。

どうかなあ、1.5m近くはあったかも?

 

 

 

 

 

それにしても、

デカい穴だ。

 

 

 

 

 

そのデカい穴に、

 

写真一枚で収まらないほどの大きな流木が、

 

うまいことハマっているのがまたいい。

 

 

 

 

 

上から見下ろした時にも見つけたが、

こうした用途不明の穴。

 

何かを差し込んだのだと思われるが、実際どうだったかなんて、もうサッパリ。

 

 

 

 

 

道路隧道ではないので、

洞内もまた、不整。

 

 

 

 

 

もちろん天井も

掘りっぱなし。

 

 

 

 

 

洞床には

水たまり程度の水があるのみ。こんなんじゃとても材木は流せない。やっぱりかつてとは川の様相が一変してしまったのか。

 

 

 

 

 

いや~、

イイねえ~。絶景だ。

 

 

 

 

執拗な感じで(笑)【3】に続く。

 

 

 

【中崎隧道】より続く。

 

 

 

驚きの情報ゲットから1年以上が経過した2021年11月13日、「南紀宿題回収ツアー」初日。まさにその「宿題」を回収すべく。

 

千人場の滝の隧道からいくつかの訪問&寄り道を経て、この場所に戻って来た。

お変わりなくて何よりです、中崎隧道・西側抗口。

 

が、実はこの時、時刻は17時前。もうちょい早くに到着したかったのだが、元より朝イチから予定が崩れたために立ち回りが変わり、こんな時間になっちゃった。この物件は時間を気にせずゆっくりと鑑賞したかったのだが…。

 

 

どうしたもんかと考えながら、まずはロケハンを。

 

 

 

 

 

目的のブツは、

「下」にあるらしい。

 

 

 

 

 

抜けて、隧道東側。

こちらもまた、全然お変わりなくご健勝で。

 

 

 

 

 

6年前の初訪問時と同じく覗き込んだ断崖絶壁。

今回は「なんかある」ことをわかって見ているわけだが、いや~、それでもほぼほぼ何もわからないな。

 

まあやはり、降りるなら隧道西側から、というのを再確認できた

 

 

 

…というのをロケハンの成果とし、本番は明日に回そうと決めた。ゆっくり見たいのと、立地も危険なので、暗くなることは避けたい。

 

そういえば、中崎隧道初訪問もこんな展開だったな~、と思わず失笑しちゃった。

 

 

 

こういうことは別に書かなくてもいい部分だが、こういう裏話も書いておきたいのが拙ブログ(笑)。

 

 

 

 

 

 

で、翌14日、本番(笑)。

 

 

これまた初日予定から2日目に回した元新宮市道・畝畑1号線訪問を完了し、戻ってきたのは14時すぎ。これなら時間を気にすることなく探索できる。

 

 

我がいで立ちは、

ウェーダー着用~。何するつもりやねん!って、まぁお察しを(笑)。

 

 

 

 

 

改めて、

上から偵察。

 

 

 

 

 

やっぱり絶妙に何も見えないのだが、

むむ、あれは?

 

 

 

 

 

明らかに人為的に開けられたと思われる穴を発見。

目指すブツそのものではないが、この下の「人工物」の存在をうかがわせる発見だった。高鳴ってきた~。

 

 

 

 

 

いささか引っ張りすぎっすな。

 

いよいよアタック開始。

なかなかの急斜面…てか崖だが、幸い手がかりは多い。動きづらいウェーダーでもなんとか降りていけた。

 

 

 

 

 

そして…そいつは現れた。

ターー!!先人のレポで見た通りのデカい穴!いや~現物だ~。

 

 

 

 

外側には、

上から見えたものと思しき、例の穴が見えた。

 

これは、「先人」ことペッカーさんが地元の方からその存在を聞きつけて探索され、2020年夏に記事にされた物件。ペッカーさん、毎度お世話になります(笑)。ここ数年個人的にも大変興味を持っているジャンルである、「材木流しのための隧道」なのだそうだ。

 

連載の最後に(勝手に)リンクを貼らせていただくが、教えてもらわなきゃ絶対にわからない、まさに「現地民最強!」。

 

 

 

 

位置を変えまして…

改めて正対。この時点ではサイズ感は伝わりにくいかな?

 

 

基本的にメインターゲットはここが最後。後は帰るだけなので、時間と気持ち双方に余裕たっぷり。しばしこの付近で遊ばせてもらっちゃうよ~。

 

 

 

 

 

 

【2】に続く。

 

 

 

【予告篇】からの本篇なのだが、先に紹介しておきたい物件から始める。

 

 

2015年12月27日、南紀徘徊2日目。この日のネタで記事にしているのは、出雲隧道宇津木隧道旧道一雨の水路隧道中村の吊り橋南平橋和深の名称不明橋(Q地図で「丸ノ元橋」と判明しているが)

 

 

 

で、いきなりこれなんだが、

味わい深い素掘り隧道~。

 

現在地はここ。和歌山県道43号那智勝浦古座川線の隧道…だったが、この訪問の4ヶ月ほど前に中崎トンネルが開通し、旧道の隧道となっていた。本来なら前日に訪ねていたはずだが、日没時間切れで2日目のこの日に改めてやってきた、と。

 

現地には扁額も銘板もないが、お名前は同じ中崎隧道。1918(大正7)年製の古洞である。

 

 

 

 

 

隧道東側から覗き込む、断崖絶壁。

眼下には小川(大きな川だがそういう名前なので・笑)の流れ。

 

切り立ち具合に思わず撮ったものだったと思うが、後にこの写真を見返すことになるとは、その時は知る由もなし。

 

 

 

 

 

洞内は、

しっかりとモルタルで固められていてきれいなもの。

 

 

 

 

 

振り返りの、鉄板の構図。

延長22mと短い隧道なので、ここで中央くらいかな?

 

 

 

 

 

そして西側へ。

法面たけぇ~。

 

 

 

 

 

隧道も切り立った法面も、

ガッチリと固めてある。さすが(元)主要地方道の隧道。

 

 

 

 

 

西側より正対。

どっちから見ても、好ましいな~。うん、「好ましい」という表現がしっくりきた。

 

 

 

 

 

…てな感じの初訪問。まあいわゆる通常進行で特筆すべきこともなく。

 

 

 

 

 

そして時は流れて2020年の夏、驚きの情報をゲット。ここにはもう一つ、「あるもの」が存在しているという。

 

 

 

 

マジか。戻らねばならない、この場所に。

 

 

 

 

 

 

【次回】に続く。

 

 

 

夏真っ盛り。猛暑が続いております。

 

 

 

ここはやっぱり、

涼しさをお届けしたい~。

 

 

 

 

 

【本篇】に続く。

 

 

 

 

 

2019年9月16日訪問物件群の月イチ連載記事。月見橋遊覧橋笠屋橋神日橋神寶橋より続く。

 

 

西側より正対。

まあ…共通意匠の橋たちなんで、もはやコメントなし(笑)。

 

 

 

 

 

今度の橋のお名前は、

…見にくいな。

 

 

 

 

 

しっかり寄りまして、

「三笠橋」。

 

 

 

 

 

お誕生日、

やはりすべて共通銘板の「昭和八年架設」。

 

 

 

 

 

今度は東から正対。

判で押したようだ(笑)。

 

 

 

 

 

しかし考えてみれば、銘板に関して

少々状況の多様性があるな。

 

ここを含めてこれまで6本の橋を見てきたが、銘板が白く塗装されている遊覧橋、進寶橋とここ三笠橋、サビサビで放置?されている月見橋、笠屋橋、いったんベンガラ色に塗装されている(もののサビサビな)神日橋と、三つのパターンが見られた。

 

で、改めてここ三笠橋の銘板をよく観察すると、ベンガラ色の塗装がはみ出している部分が見られる(雑な仕事…)ので、サビサビが第一形態、ベンガラ色が第二形態、そして白塗りが第三形態なのかと思われる。

 

Q地図によればどの橋も西宮市の管理であり、全て架橋年が同じ(経年が同じ)なのにこの差はどこから?ちょっと面白いな。

 

 

…これだけ似た橋が続くと、もはやこのあたりに興味を見出していくレベル(笑)。

 

 

 

 

 

そしてこの欄干意匠。

これまでのところ共通意匠だが、唯一遊覧橋だけが明らかに違うものだった。やはり鳴尾百花園…じゃなくて武庫川遊園の入り口としての性格を付与されたためだろうか。

 

 

 

 

余談ながらこの三笠橋、Q地図ではなぜか二本上の神日橋が重なってプロットされており、三笠橋のデータが見られなくなってしまっている。まさにザ・余談(笑)。

 

 

 

 

…てな感じで、まだまだ続くよ(笑)。