// ----- >>* Initialize Division *<< //
// TimeLine:
// NOTE:
// ----- >>* Header Division *<< //
TITLE:
統べる者の責務。
SUBTITLE:
~ Any way you want it. ~
Written by BlueCat

// ----- >>* Lead Division *<< //
 
 
::そういえば、この講演会のすぐあと、ロビィで紙コップのコーヒーを飲んでいるキシマ先生を僕は見つけた。みんな誰かと話をしているのに、先生だけは独りでぽつんと立っていた。僕は、先ほどの質問で、先生がエキセントリックという単語をどういう意味で使われたのかをきいてみたかったので、そのことを質問した。
「はは、そうだね。王道を外れている、という意味だ」先生はにやりと微笑んで答えた。
「王道って、学問に王道なしの王道ですか?」
「違う、まったく反対だ。ロイヤルロードの意味じゃない。覇道(はどう)と言うべきかな。僕は、王道という言葉が好きだから、悪い意味には絶対に使わないよ。学問には王道しかない」
 
 
 

// ----- >>* Body Division *<< //
//[Body]
220623
 
 6時頃、いつもどおりに眠くなる。起床は0930。
 最近、朝方になると仔猫たちが走り回るので、静かに眠れない。だいたいこれが3ヶ月は続く。
 
 僕はどちらかというと猫派だが、基本的に仔猫は嫌いだ。もっと正確に言えば大嫌いである。
 可愛くないかと言われればそんなことはない。あの綿毛のような体毛や、にぃにぃとか細い声も愛らしい。
 よたよたと歩く様子も、全身を転がすように走る様も、必死の威嚇さえもが微笑ましい。
 
 しかし僕は基本的に馬鹿が嫌いなので仔猫も嫌いなのだ。
 煙草の吸い方について書く予定だったが予定を変更し、猫を飼うことに対する僕なりの哲学について(以前も書いた気がするが)書いておこう。
 
>>>
 
 乳児期からおよそ1〜2年、しっかり育ててようやく人間と暮らせるくらいに賢い猫ができる。
 
 人間(主に僕)を噛んだり引っ掻いたりしたら怒らなくてはならないし、粗相をしたら叱らなくてはならない。
 テーブルやカウンターなど、人間にとっての床以外に乗ったら叩いて払いのけて怒って蹴飛ばして追い回さなくてはならないし、人間の食べ物を食べたら吐き出させ、ただでは済まないことを身をもって知らしめなくてはならない。
 またリモートワークでPCの前に居座られるなんて可愛いものばかりなら良いが、僕は家屋配線をいじったり、電動工具や先端工具、ニッパやカッタなどの刃物、重量のある道具や資材、有機溶剤や塗料、次亜塩素酸水溶液なども使うので、作業の邪魔の一切を許すこともできない。近づいたら怒って追い回す必要があるし、上記を含め、怒ったあとは(安全な、あるいは適切な状況になったら)ごろごろ言うくらいまで撫でて、安全な状況になったことを教えてやらなくてはならない。
 
 現在のアヲはテーブルにも乗らないしカーテンを登ったりもしない、PCデスクにも台所のカウンターにも乗らないし、自身がどんなに空腹であっても僕の食事に口を付けることはない ── お腹空いた〜と訴えることはあっても、外出先だとそれさえしないで待つことができる。
 僕以外の人間を威嚇したこともほとんどなく、来客があるとすすんで出迎えに行き、その人を気に入ると初対面でも肩に乗ることがある。
 危険作業については理解できるはずもないが「ダメだよ」と言うとその場所から離れてゆき、しばらく(数時間)は近づかない。
 
 人間社会に適合した賢い猫を育てるのは、本当に苦労するのだ。
「可愛い」というだけで何でも許すような飼い方は僕にはできないし、何でも許されると思っている馬鹿なイキモノは猫に限らず大嫌いだ。
 だから僕は基本的に、人間の子供も嫌いである。
 他人の子供ならどうだっていいが、自分の子供だったら神経がすり減って衰弱死する可能性さえある(ない)。
 
 なぜそんなに厳しくするのかと言われると、単純に僕がラクをしたいのと同時に、猫を嫌う人が減ってほしいからだ。
 猫(あるいは阿呆なすべてのイキモノ)に ── ときに虐待的だと言われるほど ── 厳しいため、大抵の「なんちゃって動物愛護家」どもに僕は嫌われる。それは承知している。
 
 しかし野良猫まがいの去勢/避妊もしていないような飼い猫やら地域猫がいるせいで野良猫が増えるのだ。
 そうした猫たちはゴミを漁り、人様の庭や物置を荒らし、人間からは逃げ回り、必要とあらば威嚇し攻撃してくる。
 だいたいの人間は、そうした「厳密に野良かどうか分からないイキモノ」を殺すことをしない(考えもしないのか、できない)。
 万一誰かの愛玩動物(所有物)であった場合、法的に問題になるから僕もしない。
 
 僕は猫が好きだからギリギリ、噛まれようと庭を荒らされようと飼い猫を孕まされようとそれはそれで受け容れるけれど、猫を好きでもない人が猫から被害を受ければ猫を嫌いになるだろう。社会に不要なゴキブリ同様のイキモノだと断ずるだろう。
 好きでもない人に猫を好きになってもらうには、猫の愛らしさをただ広めるのではなく、人間社会に適合した存在になれることをきちんと証明することだ。
 自分が好きだから、自分が愛しているからその対象は好かれ、愛されるべきだと世俗に押し付けるのはシンプルな暴力だ。強姦やストーカ行為と変わらない。
 
 実際「ペット同伴可能」とされている施設があっても、その多くは猫や鳥、爬虫類や昆虫を対象としていない場合も多い。
(犬だけならそう書いておいてほしい)
 たとえば僕の行く店の1つにホルモン屋なのに犬同伴可能という店があるが、未だに猫についてはいい顔をされないので連れて行っていない。
 つまりその店主にとって、猫は「犬と違って人間社会に適合しない」と思われているのだ。
 
 多くの人間は「犬は飼い主の言うことをよく聞くが、猫はそうではない」と思っているかもしれない。
 しかし犬だってアホウな育ち方をしていれば、人間社会に適合できない。
 アヲは手間と時間 ── 人はこれを愛情と呼ぶこともあるらしい ── を惜しまず掛けたので(上述のホルモン屋を除いて)いくつかの店で入店が許可されているが、だいたいの猫は野生のままを可愛がられたアホウばかりである。
 それは単純に飼い主が阿呆であるためにそうなっただけだろう。阿呆という言葉が蔑称だというなら、イキモノと暮らすことについて哲学がないと言い換えてもいい(つまり阿呆なのだが)。
「可愛いは正義」というのは、下賤な欲を哲学に見せかけた、幼稚な言い訳にしか聞こえない。
 可愛いだけですべてが許されるのは、ヴァーチャルキャラクタくらいだろう。
 現実の世界の「可愛い」は、評価や能力や資質ではあるかもしれないが、ゆえに全能ではないし、何もかもが許されるわけでもないし、まして王道でもない。
 
 ついでに話しておくと「犬は従順で猫はわがまま」という通説もまったく間違っていると僕は思っている。
 猫のコミュニケーションは犬に比べると淡泊に見えるかもしれないが、あれは相手(飼い主も含まれる)の空気を読んでいるからだ。
 賢い猫は ── 膝の上に乗ることはあれど ── PCの画面の前に居座ったりしないしない。
 あれで喜ぶ人間もたいがいだと思うが、他人の邪魔をすることで自分アピールをする奴はいわゆる空気を読まない阿呆なだけだ。人間にも居るし、基本的に嫌われているのではないか。誰だ撲を指さすのは。
 
 犬がそれをしないかといったらそんなことはない。
 家に帰るとやたら喜んで尻尾を振って飛びついてきたり、散歩やごはんとなると喜び勇んで飛び回るのは犬の方に多い気がする。
 感情表現が豊かで、さらに抑揚が激しいことは確かだが、それは社会性(つまり他者の空気を読む能力)とは関係ない。
 むしろ発露することよりも抑制することが社会性である。我々はそうやって、暗黙のうちに社会に適合している自分をアピールしているはずだ。
 
 従順な犬は、従順に育てられた賢い犬だから、餌の前でも飼い主が帰宅したときでも座って待てるし、飼い主と共に行動する程度のことで、はしゃいだりはしない。そして猫にそれができないとは、僕は思わない。
 大げさなアピールで邪魔されることを喜ぶ人間は、ちやほやされることが好きな幼児と一緒で、相手が空気を読む賢い動物だと退屈なのだろう。子供は子供同士で、ということか。
 
>>>
 
 野良猫を保護する人たちは確かに素晴らしいと思う。行政がそこに関与していることも良いことだと思う。
 しかし殺処分が必ずしも悪いことだとは、僕には思えない。
 誰にも愛されない ── 少なくとも物理的に、十分な食事と睡眠、清潔と安全を保てる環境にない ── 猫ならば、保護されただけ一層不幸ではないか。飼われて憎まれるだけ損ではないか。
 現在の社会的取り組みによって、かつて野良犬の多くが減ったように、やがて野良猫も減るだろうとは想像する。
 
 今は野良猫が多く居たり、野良猫が産まれても放置される社会ではある。
 すべてが管理されるべきとは思わないが、野生の部分と人間社会とは相容れないのだ。それがペットになりうるから。
 基本的にペットにならないイキモノ(たとえば蚊やゴキブリ)なら、シンプルに出会い頭に殺すなり、逃がすなりすればいい。
 しかしそれを飼うなら、野生の部分と人間の部分とで折り合いを付けなくてはならない。
 
 猫は可愛らしいし、仔猫はそれに数倍して可愛いかもしれない。
 しかし仔猫は、成猫に数倍して野生なのだ。社会と折り合いを付ける必要がこれからやって来るイキモノなのだ。
 だから僕は仔猫だろうと容赦なく蹴飛ばす。
 社会に折り合いを付けられず処分され、あるいは庇護から外れて猫嫌いに虐待されて死ぬくらいなら、この手で殺しておいた方がよいのではないかとさえ思う。
 
 もちろん殺す前提で飼っているわけではないが、たとえばペットの大型犬が他所様の子供に大けがをさせたり(あるいは殺したり)したとき、まさか飼い主が自害するわけにも行くまい。そのときは社会のために飼い犬を殺すしかないのだ。
 犬が人間に危害を加えることができて、猫にそれができないとは、僕には思えない。
 イキモノを自身の責任で飼うというのは、自身の責任で殺すことも考えるということだ。
 無思慮に(たとえば管理できないという理由で)捨てたり殺処分するのは問題だとは思うが、まだ殺処分する方が社会的な道義は果たしていると思える。
 よって無思慮に保護するのも考えものだ。それを殺す覚悟のない者に、それを育てる資格はないと僕は思ってしまう。
 
 自分の手で殺すことまで考えていると、仔猫はまったく可愛くない。
 多くの人は無責任だから「今が一番可愛いですね」なんて言うが、今が一番面倒くさくて、阿呆で憎らしい。
 僕は利口で空気を読んでくれて思いやりがあって、存在をアピールできるときはしてくれて、僕の我が儘にも付き合ってくれて、他の誰かに危害を加えることもなく安心して預けたり放っておけるアヲ(彼女も捨て猫である)の方が、よほども愛おしい。
 
 確かに野生のありようではないだろう。
 けれど動物園の動物だって、あるいは多くの犬だって、人間社会に適合して暮らす動物たちは皆、社会性を獲得する中で野生を捨てるのだ。
 だからこそ人間は、人間社会に適合したその動物を、死ぬまで大切にする責務を負う。
 
 野生のままであることを見た目の可愛らしさに誤魔化されて放置すれば、互いに不幸になるだけだ。
 これは動物と人間に限ったことではなく、人間と人間、つまりは男女や親子の関係であっても同様だと思う。
 可愛らしさは正義などではないし、それをして何でも許してしまう甘さや低能さは、社会にとっての害悪ですらある。
 
<でもこういうのがいいんだろう?>
 
>>>
 
 10時頃からキャンピングキャビンの工事。
 電源系を見直し。
 ブレーカボックスを経由しない電源コンセントを一系統、2箇所用意し運用テスト。
 エアコンなど大きめの電力消費が発生すると、やはり開閉器がバチバチと大きな音を立てる。
 もしかして開閉器が壊れているんじゃないかとさえ考えるが、さすがに新品を使っているだろう ── キャビンに備え付けだったので自作していない ── しヒューズの代わりの役目をしている回路なのでみだりにショートさせる気にもならない。
 以前書いたとおり、消費の大きい機械は独立系統に回し、ブレーカボックスは2代目のサブバッテリィに接続することで解決した。
 
 天気が悪くて、今日はあまり充電がされなかった。
 じつは現在稼働している充電コントローラはメインバッテリィ ── 車両電気系統に直結している車体側のバッテリィ ── から引き込むための装置なのだが、今まではソーラパネルの出力が十分だと思っていたので、その処理をしていない。
 天候不良の時期や、照射角が不適合な冬に備えて、いずれ工事を必要とするだろう。
 
 12時頃から休憩。14時頃に再開。
 明日は泊まりで出かける予定なので、最後に掃除をして終了。
 
>>>
 
 午後から妹が姪を連れてやって来る。
 仔猫たちと遊んでくれるので助かる(僕はアヲが相手でもめったに遊ばない)。
 
 18時頃、いつもどおりに眠くなったので眠る。
 2230起床。
 週末は酷暑だという。
 そろそろ夏のタイムテーブル(日中、ざっくりと眠る)に移行すべきかもしれない。
 
 
 
 
 
 
 

// ----- >>* Escort Division *<< //
 
 
::「ふられた? それは違うな……。まあ、彼女にも、そのなんて言うのか、成り行き……、いや少し違うな……、しがらみ、というのか、どうも言葉が出てこないが、周りに対する義理みたいなものがあったんだな。それはそれで、しかたがないことだ。そういうものは僕にはないが、普通の人間には沢山あることは学習している。つまりは、僕が彼女に言うのが遅かった。もう、話が決まっていたようだったね。もう少し、早く言ってほしかった、てなことを言われたよ」
「え、本当ですか? それ」僕はますます可笑しくなる。「断るときは、みんな、そう言うんじゃないですか?」
「意外に低俗なことを言うな、君は……」キシマ先生は少しむっとする。「まあ、どう思うかは君の勝手だ。結果には変わりがない。しかし、僕は嘘は言わないし、彼女もそれは本心だろう。僕と彼女は出会うのが少し遅すぎたな」
 
 
 

// ----- >>* List of Cite Division *<< //
[出典]
~ List of Cite ~
文頭文末の引用は、
「キシマ先生の静かな生活 〜 The Silent World of Dr.Kishima 〜」
(著作:森 博嗣 / 発行:講談社文庫)
 によりました。
 
なお、引用文中のルビ文字は『()小括弧』にて記述しています。
 

// ----- >>* Junction Division *<< //
[NEXUS]
~ Junction Box ~
// ----- >>* Tag Division *<< //
[Engineer]
  :工場長:青猫α:青猫β:黒猫:赤猫:銀猫:
 
[InterMethod]
  -Algorithm-Blood-Diary-Ecology-Life-Love-Mechanics-Recollect-Stand_Alone-Technology-
 
[Module]
  -Condencer-Connector-Convertor-Generator-Reactor-
 
[Object]
  -Cat-Human-Tool-
 
// ----- >>* Categorize Division *<< //
[Cat-Ego-Lies]
  :いのちあるものたち:
 
//EOF
 
// ----- >>* Initialize Division *<< //
// TimeLine:220622
// NOTE:
// ----- >>* Header Division *<< //
TITLE:
書類仕事はできるようになりました。

 

Written by BlueCat

 


// ----- >>* Body Division *<< //
//[Body]
220622
 
 10時から散髪のため出かける準備をしていると、アヲが肩に乗る。
 最近、一緒に寝てくれたりする。
 仔猫たちが離乳期に入ったので、少しずつ「僕の飼い猫」をしてくれるようになった。
 子供が産まれ、掛かりきりになっている奥様方をして旦那様方が言外に寂しい気持ちでいるのであろうことを体感できた1ヶ月だったが、そんなことより肩に乗ってしまったので一緒に出かける。
 暑いのだけれど、仕方なく車をオープンにする。
 
 念のためリードを付けるが、アヲは肩には乗っても車から降りない。
 むしろ肩に乗ってはシートに降りたりするため、僕の首がリードで絞められた。
 
>>>
 
 昨晩。夜更け。久しぶりのゴキブリに出会う。
 春先、台所に現れる虫(アリ、ハサミムシの幼虫)の数は僅かだったので、侵入経路のほとんどを塞げたと思っていたのだが。
 
 かつて一番の原因は、やはり洗濯機の排水ホースをを塩ビ排水パイプにダイレクトインしていたことで、そこからあれこれの虫が上がってきていたのだろう。
 排水トラップを設置したオレって偉い(キャピ☆)とか思ってみたものの、しかしそこにゴキブリが居る現実はむしろ効果がなかった可能性すら示唆している。
 
 2秒ほど逡巡したのち、いつもどおりマジックリンで昇天していただく。悪いな。今宵のオレは機嫌が悪いんだ。
(ちょっとびっくりしちゃっただけなんだけれど)
 
 それにしても。である。
 どこから。どの経路からやってきたのか。
 
>>>
 
 そも21日の日中、リフォーム業者がやってきて、床下にブロワを設定してもらった。
 基礎が独立している台所周辺の通気が悪く、必然水回りが集中しているため、湿気がたまりやすい上、基礎材にカビが発生することもあることが分かったのだ。
 いつもどおり5秒ほど(この家、やっぱり燃やしちまおうぜ)と思ったものの、人前で呪詛するわけにも行かず、床下に潜るのは嫌いなので業者に任せたわけである。
(今までにも屋根裏の断熱や基礎/梁の補強などをしてもらっている)
 
 床下に入るには畳を引き上げるので、そこから侵入した可能性が一番か。
 他にも ── なるべく考えたくないが ── 経験上(リフォームされている箇所であっても、洗濯機がそうだったように)排水系がいい加減なので、洗濯機横の洗面台の排水が、同様にトラップされていない可能性がある。
 床や壁の外観は良くなっているのに、排水トラップが設定されていないとなれば、即リフォーム業者に対する呪詛案件だ(洗濯機側はすでに呪詛られている)。
 
 冷蔵庫を入れ替えたとき、台所の壁と床に2〜4mm近い隙間がほぼ全周にあることも確認されている。
  ── やっぱり燃やしちまえよこんな家。
 
>>>
 
 散髪から戻って書類仕事。
 
 ここ数日、書類仕事をするために書斎のリフォームを完成させた。
 何を言っているか分からないと思うが、僕の家ではこれがスタンダードである。
 
 畏れ多くも我が家の経済主体たる奥様(仮想)によると、
「猫様はいつも建設業みたいなことをしてらっしゃいますね」とのこと。
 
 どうやら僕の望んでいるカタチ(A)を達成するためには、その為の準備段階(B)を完成させる必要があり、その(B)を完成させるためには別の準備段階(C)を完成させる必要がある、といった具合に、いくつものステップが必要になりがちなのだ。
 
 たとえば現在の書斎(A)は、一時的な仮眠室になる前まで叔母の寝室兼クローゼットルームだった。
(当時は2階で寝ていた)
 幸い、隣の客間らしき場所(床の間がある)が空いていたので、まずはその部屋の床を畳からフローリングにし(G)、ベッドを移設した。
(ここまでがおよそ2ヶ月)
 叔母の寝室兼クローゼットは介護ベッドを移設したおかげでただのクローゼットルームに変わった(F)が、クローゼットは厄介な作り付けで、使う用のないクローゼットや押し入れが2つくらいあったので、それらを片付けるための焼却炉を納屋に組み立て(E)、床を畳からフローリングにした(D)上で、タイルマットを設定した(B)。
 ここまででさらに5ヶ月は掛かった。
 
 ところがドアが内開きで、かつタイルマットの高さに引っ掛かって開けることができなくなるため、ドア改造(C)が必要になった。
 ドアの改造(C)が先週あたりに終わり、ようやくタイルマットを全面に敷き詰める(B)ことができるようになったのだが、すでにスチール棚を設置しPCデスクとして使っていたため、それを移動させてタイルマットを敷き詰め(B)、スチール棚を設置し直し、それでようやく書斎(A)が出来上がった。
 ここまでで9ヶ月くらい掛かった気がする。
 ちなみに書類作業用のデスクがなかったので、別途スチール棚を(ドアと同じ頃に)購入し、組み立てている。
 
 書斎(A)を完成するにあたり、隣の部屋の床の工事(F)から始めた。始めざるを得なかった(供述)。
 書斎の床をなんとか完成させたと思ったが、掃除の利便や足の感触などを加味するとタイルカーペットは必要だった。
 タイルカーペットとドアの干渉は、想定されていなかった上、問題解決の手法が選定されていなかった。
(問題が発生してから、どうやって処理しようかと考えることになった)
 
 粗大ゴミの数々を処理する費用を軽減させる(I)ためにも ── 大量の建築資材を運搬する(J)にも ── 軽トラ(H)は必須であり、焼却炉(E)もまた必要不可欠だった(キャンピングキャビンは副産物である)。
 
<フローリングに張り替え工事中。壁の漆喰が先だったようだ>
 
<スチール棚を置いてPCが使えるようになった。昨年9月頃である>
 
<書類仕事用のスチール棚は最近組み立てられた>
 
<ドアはアコーディオン型になった。ちなみに見せることを考えていなかったので、改修前の写真はあまりない>
 
<細部に神は宿ると言ったな>
 
<僕のカミサマは、存外ズボラなんだ>
 
>>>
 
 とにかく多大な苦労と気力と時間、それなりの労力とほどほどの財力を掛けて、遠回りの末にようやく書斎が出来上がった。そんな気がする。
 書類仕事を奥様(仮想)にしていただくためには書類作業用の机が必要で、そのためにはタイルマット敷設の完成が必要で、そのためにはドアの改修が必要だったのだ。その結果「書類仕事をするために書斎のリフォームを完成させた」という謎の一文が出来上がるのである。
 
 書類作業はどうなったかというと、じつにスムースに処理していただいた。
 僕と違って奥様(仮想)は、かなり有能なのである。
 
 結果、処理期限切れの書類2通の他、比較的早急に支払いを要する案件(うち税金1種4期分)が浮上したほか、コロナワクチン、風疹、健康診断の案内状などが僕のタスク(支払い、通院)として追加された。
 
 奥様は書類仕事ができる上、僕の健康管理タスクが見つかったことに喜びを隠さない。
 いや、そういうところ、張り切らないでほしいなぁ。
 
>>>
 
 14時に空腹を感じ(思えば目覚めてから何も食べていなかった)山間の蕎麦屋へ。
 帰宅途中に買い物をする。明日は天気が悪いはずなので、食材を仕入れておきたい。
 
 帰宅してからキャンピングキャビンで涼む。外は暑いし、家の中も暑い。
 こうした「一見、どう考えても遊んだりサボったりしているように見える」場面でこそ、やれあそこの配線はどうしよう、とか、あそこの設備をもっと良くするにはどうすればいいのかと考えを巡らせることができる。できるはず。しているかどうかは別にしても。
 途中、来客があったりして、書類仕事はその後進まず18時に眠くなったので眠る。
 次の起床は2130だった。
 
 
 
 
 
 
 
 

// ----- >>* Junction Division *<< //
[NEXUS]
~ Junction Box ~
 
// ----- >>* Tag Division *<< //
[Engineer]
  :青猫α:青猫β:黒猫:
 
[InterMethod]
  -Algorithm-Diary-Engineering-Maintenance-Mechanics-
 
[Module]
  -Condencer-Reactor-
 
[Object]
  -Cat-Memory-Tool-
 
// ----- >>* Categorize Division *<< //
[Cat-Ego-Lies]
  :ひとになったゆめをみる:
 
//EOF
 
// ----- >>* Initialize Division *<< //
// TimeLine:220619
// NOTE:
// ----- >>* Header Division *<< //
TITLE:
車の中で涼めばいいよ。
 
Written by BlueCat

// ----- >>* Body Division *<< //
//[Body]
220619
 
 先日「車の中で涼めばいい」と言ったので、実行してみる。
 
 車内は非常に涼しい。電灯もあるから暗くない。
 換気扇もあるのでフラップ窓を開けておけば煙草も吸える。
 冷蔵庫があるから飲み物も自由だし、狭いからだいたいのものが手の届く範囲にあって落ち着く。
 電気代無料でこれなら、自室に篭もらなくてもいい気がしてくる。
 
 PCも使えるが(庭にいるのに)自宅の Wi-Fi を拾うことができないので、iPhone からテザリングすることで自宅サーバに接続し、この文書を編集している。
 自宅サーバにアクセスできれば、音楽も自由に聴ける。
 ゲームをしたり料理をしたりリフォーム作業ができないぶん、文書を書くことには集中しやすい。
 読書や趣味喫煙を愉しむにもよいだろう。
 
>>>
 
 懸案はVPNが自宅外からのアクセスでは機能しないこと。
 せっかくの機能が自宅LANでしか使えないとあっては台無しである。
 ルータを変えたときに少々設定を変更したのが問題だったようで、これはなるべく早くに解決すべきだと感じているが、今のところうまくいっていない。
 車内で寝るだけなら必要ないと思っていたテーブルが、デスクワークや室内でくつろぐのには必要だと感じる。基部は組んであるので、天板を作るべきだろう。
 
 電源系は若干の修正が必要なようだ。
 電磁開閉器がブレーカボックスに設定されているのだが、200w程度でも電気が流れ始めるときにバチンバチンと大きく鳴る。とてもうるさい。
 エアコンや冷蔵庫などの場合、コンプレッサが作動するときに大きく消費電力が切り替わるのでこれが問題になるようだ。
 
 インバータやポータブルバッテリィには、あらかじむある程度の安全装置が搭載されているので、開閉器をショートする回路にするか、ブレーカボックスを経由する機器は低消費かつ長時間稼働し続けるものに限定した方がよいだろう(換気扇や室内灯はこれにあたる)。
 
 ドア下のほか、フラップ窓のパッキンにもすき間があり、雨漏りや小さな昆虫が入り込んだりするので、このあたりもリペアが必要だ。
(販売店に雨漏り対策のナレッジを開示するよう依頼して2週間になるが、返事がない)
<仔猫を撮ろうとしたら、アヲがやってきてキャットタワーのようになってしまった>
 
>>>
 
 会社員の頃から、週末はなるべく自宅から出ないようにしている。
 週末だけではない。
 連休中など、道路や商業施設が混み合うとき、わざわざ出かけることを嫌っていた。
 
 シンプルに人混み嫌い(ときどき酔う)というのもあるが、やはり一番は時間が無駄に思えるからだろう。
 空いている時間なら、買い物だってスムーズに会計を済ませられるし、飲食店で過剰に待つ必要もない。
 混んでいる時間に混んでいる店に入って、料理やドリンクの提供が遅くなると怒る人もいるが、足し算引き算もできないのだろうと想像する。
 
 今や時間についてはこの上なく自由なので、可能な限りピークタイムを避け、人混みになりやすい場所には行かないようにしている。
 予測は比較的しやすい。
 先に挙げたとおり、多くの人が休みの時期は、さまざまな商業施設が混み合う。
 ただし連休最終日や日曜の夜などは早めにピークアウトすることもあるので、このあたりは空気を読んで対処している。
 また飲食店なら平日の閉店1時間前や開店直後、アイドルタイムも狙い目だ。
 だいたいピークは1130〜1430、1800〜2100なので、それを外せばいい。
 
 もっともこんなことばかりしているからコンビニの店員にまで顔を覚えられてしまうのかもしれない。
 目立ちたくないと言っているわりに、どうしても目立ってしまうメカニズムについてはまた別の機会に。
 
<あばよ!>
 
 
 
 
 
 
 

// ----- >>* Junction Division *<< //
[NEXUS]
~ Junction Box ~
// ----- >>* Tag Division *<< //
[Engineer]
  :工場長:青猫β:黒猫:
 
[InterMethod]
  -Algorithm-Diary-Ecology-Mechanics-Stand_Alone-
 
[Module]
  -Condencer-Reactor-Resistor-
 
[Object]
  -Human-Tool-
 
// ----- >>* Categorize Division *<< //
[Cat-Ego-Lies]
  :ひとになったゆめをみる
 
//EOF
 
// ----- >>* Initialize Division *<< //
// TimeLine:220618
// NOTE:
// ----- >>* Header Division *<< //
TITLE:
Macから音が流れる。
 
Written by BlueCat

// ----- >>* Body Division *<< //
//[Body]
220618
 
 9時頃眠り昼過ぎに目覚める。
 24時間以上、固形物を食していないので手足が少々痺れるが、問題のないレベル。
 
 今日は事務仕事をする予定だったのだが、いかんせん、書斎となったこの部屋に机が(今もって)ない。
 机にする予定のスチール棚は先月あたりに搬入されているので、組み立てることにした。
 
 なんだかんだ、3時間ほども掛かって終了。
 僕は自己完結のスペシャリストであり、なんでも1人でできると周囲から思われがちだ。
 が、実は子作りができないだけでなく、二人三脚や火葬場でのお骨拾いもできない。
 他、大工仕事であっても2人の方が手っ取り早い作業 ── たとえば1人では重くて持ち上がらないものであるとか、長い棒を水平に持ち上げるとか ── をするのは、2倍以上の時間を要することになる。
 
 それに頭の中がマルチタスクであったとしてもカラダは1つしかないから、作業中に材料が足りなければ自分で買いに行くしかないし、複数の作業(たとえば料理と工作と草取り)を同時にすることもできない。
 
>>>
 
 棚が出来上がったのは夜だったので、作業を切り上げ、NASの設定を少々いじる。
 NASというのを知らない人のために説明するなら、まぁ、外付けHDDのすごいやつだと思えばいい。
 つと興が乗ったので、iTuneのデータリンク設定をする。
 
 NASを導入した理由の1つは、音楽データをも一元処理したかったから、である。
 iCloud2TBを契約すると、月額1300円、年間15,600円。
 自身でのメインテナンスを一切必要としないが、解約するとほぼすべてのデータが失われる。
 ちなみに僕の持っている音楽データは、CDからデータ化していないものを除いても100GBを超える。
 仮に100GBとしても、128GしかないiPhoneにすべて詰めたら、アプリケーションすらろくに入らない。
 またノートPCとデスクトップPCにそれぞれ同じデータを保有し同期させるだけで、300GB(100G*3)の物理メモリ領域を消費することになる。
 
 NASにするとどうなるか。
 それぞれの端末からネットワークを通じてストレージにアクセスするので物理ストレージは100GBで済む。
 音楽に限らず、文書、写真をはじめとする、あらゆるデータを一元化し、ネットワークに接続できる環境にさえあればそれを複数のデバイスで共用できる。
 
 当然、端末にはストレージにアクセスするためのアプリケーションさえあればよいので、それぞれのストレージをまったく圧迫しない。
 ついでに生きる限り毎月お布施を積み重ねるiCloudと異なり、データはすべて自分の手元にあり、ストレージ上限も自在に設定できる。
 ちなみに現在運用しているシステムは家庭用としてはミドルレンジ〜ハイエンドのモデルで、冗長性を確保した ── 特定のHDDが故障した場合にそれを検知し、損傷したデータも新しいドライブに復元できる ── 10TBほどのストレージである。値段は合計でおよそ12万円。
 
 なるほどiCloudのほうが便利で安い。
 
 しかし。
 iCloudは(将来的に価格あたりの容量が大きくなる可能性もあるが)利用する限り支払いを続ける必要があり、音楽データに限っていえば、それぞれのデバイスで物理ストレージを圧迫する。
 そこで音楽データをホームPCからノートPCへ、またiPhoneをはじめとした携帯端末へと、選択同期する必要がある。
 
「新しく買ったこのアルバムは同期して〜。えっとぉ、このアーティストはもう飽きたから同期から外して〜」
 なんてことを毎回することになる。少なくとも僕は5年くらい前までしていた。
 だいたい毎回15分から、長いと30分くらい使ってしまう。
 
 いちおう断っておくと30分というのは、残りの寿命の、最初の30分にあたる。
 
>>>
 
 とかなんとか偉そうに並べてみたものの、今日の今日までデータリンクを先延ばしにしていた。
 
 いかんせんNASは複雑だ。
 僕のようなネットワーク初心者が便利だと飛びついたところで、理解するには少々苦労する。
 そもそも自分が外部からネットワーク(FreeWi-Fi やら携帯端末のテザリングやら)を通じてアクセスできるということは、ネットワークに接続している誰でも、それが可能だということでもある。
 そしてそれに対処するためのたくさんのツールや設定が、NASには搭載されている。
 
 しかし実際に設定してみたら、ミュージックアプリのメディアフォルダをネットワーク上の音楽データフォルダに設定するだけで終わってしまった。
 さらにいえばiOSのミュージックアプリには、自宅サーバとして機能しているNASにアクセスする能力がないので、NASの開発元が提供しているアプリで対応することになる。
 するとデスクトップマシンでもノートPCでも、NAS搭載のアプリで対応すればミュージックアプリなんて使う必要はない。
 ついでに言えばPodCastアプリを別にしたのは何故? って感じではある(使わないからいいけれど)。
 
>>>
 
 そして数年ぶりに、僕のMacが音楽を流している。
 
 今は2022年。
 18年の11月に叔父が。19年の10月に叔母が。20年の10月に母上が死んだ。
 葬儀だのなんだのについて一切触れていないが、さすがに他人のブログで葬儀や相続の面倒なことを書かれてはたまらないだろうな、というサービス精神の表れである ── こういうのを優しさの押し売りという。
 記録では16年頃に足利から引っ越して転職をしているはずだ。
 
 ということは僕が無職になったのは18年頃でかれこれ4年。
 そして7年近くも(少なくとも自室で)音楽を聴いていなかったことになる。人生の直近1/7に近い。
 前橋市に引っ越してからは(4年ほども時間があるのに)コンピュータをまともに設置するヒマさえなかった。
 
>>>
 
 7年のうちに人間は次々僕の前から居なくなった。
 モノは次々(気に入っていたものも、そうでないものも)使えなくなって、新しくなった。
 やっと大人になって、一人暮らしをして、自由になったあとに失われた5年と、そこからの2年である。
 
 変わらずあるのは父上の遺品の業務用書類キャビネットと、Mac専用にしているスピーカ、ギターと喫煙パイプくらいだろうか。
 
 僕は僕の中の猫たちを取り戻し、望んだとおり、自分を買い戻せる程度のオカネモチーになった。
 じつのところ、欲しいものもないし、取り立ててしたいこともない。
 いや思い込もうとすればできるし、探せば暇つぶしはあるだろう。
 ただ生きることにはすでに飽きているかもしれない。
 
 僕は少なくとも2人ぶん以上の感覚で日々を生きていた。
 4人ぶんなら、5年で20年相当にもなる。
 
 1人の視点で、1人ぶんの感覚で、1人ぶんの時間だけを生きるのだとしたら、退屈でもったいないと、子供の頃に思ったっけ。
 同時に複数のことを考えたりする練習を、12歳くらいから始めたのだったか。コンピュータでいうところの並列処理である。当時のコンピュータにそんな概念はまだなかったが。
 
 僕は自分が十分に生きたと思っているし、存分に満足している。
 思い残すことは特にないが、やり残した ── 正確には、処理を終えないと死んだときに大変になる ── ことを、早く処理しよう。
 とりあえず、今日は事務仕事だ。
 きっと奥様が、素晴らしい仕事をしてくださることだろう。
 
<今日の猫。こういうのがいいんだろう?>
 
 
 
 
 
 

// ----- >>* Junction Division *<< //
[NEXUS]
~ Junction Box ~
// ----- >>* Tag Division *<< //
[Engineer]
  :工場長:青猫α:青猫β:銀猫:
 
[InterMethod]
  -Convergence-Diary-Ecology-Recollect-Stand_Alone-Technology-
 
[Module]
  -Condencer-Reactor-
 
[Object]
  -Computer-Human-Memory-Music-Tool-
 
// ----- >>* Categorize Division *<< //
[Cat-Ego-Lies]
  :ひとになったゆめをみる:
 
 
//EOF
 
// ----- >>* Initialize Division *<< //
// TimeLine:220617
// NOTE:
// ----- >>* Header Division *<< //
TITLE:
仮想奥様の続投決定、という話。
 
Written by BlueCat

// ----- >>* Body Division *<< //
//[Body]
220617
 
 体調が悪く、ほぼ1日横になって過ごす。
 昨晩0時頃には眠ったので、12時間以上ゴロゴロしていたことになる。
 おそらく月曜日にインプラントのポスト(義歯の芯材になる金属棒、骨に埋められたアンカーにねじ込まれ、この上に義歯が被されることになる)を入れたのが主な原因。抗生物質は飲んでいるが、舌根のあたりが頻繁に擦れて腫れ、歯も磨きにくい。
 また先週末から姉の通院、歯医者、銀行の野暮用があり、睡眠不足の状態になることもあった ── 1日2回、4時間ずつの睡眠は、外界との調整がむつかしいと実感。
 この上、普段どおりの生活を送って(辛いものも食べたし飲酒や喫煙もして)いたため、炎症反応が起こっているのだろう。
 
 以前書いたかもしれないが、炎症が起きると粘膜系が全体に不調を来す。
 胃、腸、喉、鼻あたりが顕著で、微熱を発することが多い。
 こうなると嗜好品はもちろん、通常の食事(場合によってはおかゆなど)も身体の負担になり、運動もできなければ、喉や鼻が苦しくて眠るのも苦労することになる。
 今回は躊躇せず長時間眠れたので、かなり回復した(気がする)。
 
>>>
 
 物価上昇と巷(みなとではない)で騒がれているようだが、実にスーパーで玉ねぎの購入を躊躇するレベルではある。
 しかし今年の青猫工場農業部は活動休止状態が続いているので、しっかりしてほしい。
 
 ともあれ、キャンピングキャビンの設備施工がだいたい終わった。
 細部の手直しはまだまだあるが、1人と数匹の猫が移動しながら暮らすには申し分ない装備にすることができた。
 サブバッテリィは合計2台(うち1つはポータブル型なので、車外に持ち出して利用可能)になり、インバータを介して2000wまでの出力を得ることができるようになったし、もっとも大掛かりだったエアコン工事も完了した。
 
<罫書き線。エヴァンゲリオンの使途が爆発してもこんな感じやね>
 
<外と内に罫書き線を入れて切る>
 
<切る>
 
<切り抜く>
 
<細部に神は宿ると言ったな。あれは嘘だと言ってくれ>
 
<枠を内外逆に取り付けていることに気付かず、自慢げに写真を撮った自分を呪う>
 
<どうにか設置完了。しかしスイッチを入れてもまったく涼しくならない>
 
<電源設備を仮設。ちなみに右手手前の掃除機の消費電力がおよそ1000wでビビる>
 
<壁にレイアウト。もはや楽しくない>
 
<配線レイアウトは壁に直書きしている。どうせ誰も見ないから構わない>
 
<もともとの配線を切って拡張する。短く切って絶望する>
 
<人からよく「器用ですね」と言われるが、僕は失敗ばかりしている>
 
<失敗ばかりである>
 
<エアコンはルーバが閉じているから風が出ないだけだった。失敗ばかりである>
 
<祭りのあと。知ってるか。ここホントは寝床になるハズなんだぜ>
 

>>>

 
 仮想奥様という、外部から観察すると気味悪がられるだろうシステム ── 仮想人格は相互フィードバックによって、現実世界の僕を本来より最適に行動させるためのシステムである ── を運用して1年以上経つ。
 もともと遊び半分で作ったものであり ── などと言うと「私のことは遊びだったのね!?」などとわざとらしい悲鳴を上げつつも笑いながらドロップキックをしてくるようなシュールな性格でいらっしゃいますが ── たまたま日常生活の機能を持たされるようになったものの、事務処理などのスケジュール管理を自分でできるようになってきたのだから、運用を停止してもよいのではないかという猫会議が数回持たれた。
 
 最終的に「外部から観察する範囲において、単一人格でいるよりも逸脱の傾向が減少し、現実世界での実務(事務処理や工作、農作業など)が安定するならば、仮想人格の機能についてはそれぞれに任せておいた方が適切なのではないか」と結論した。
 つまり僕 ── と僕が呼んでいる、いわゆる主人格のようなもの ── が、あれもこれもの多機能を備えようとしても、そもそも社会不適合(ざっと身近な範囲からの指摘や一般的なデータから類推するに、発達障害、HSP、アダルトチルドレン、双極性障害などが該当しそう)である以上、足りない機能や価値観を他人(肉体を持つ現実世界の他人)に任せるよりも、少ない労力と資源で最適化できるだろうという結論である。
 どうせ自己完結型なんだから、そのままでいいんじゃないの? ということでもある。
 
 仮想奥様などに囲まれて生きているというのは、ある種の妄想癖が高じているアタマオカシイ人と見なされるような気がするが、IRLで接する人には(口外しない限り)まったくバレないものだし、それぞれの価値観の差によってバリエーションが生まれ、その差違こそが社会適合性をより高める ── 他者の意見を予測したり、自身の好みでない価値観について受け容れる余白を作る ── と考えれば、単一人格に機能を詰め込むよりも優位性が高いのではないか、というわけだ。
 どのみち仮想奥様などの仮想人格が僕をして適切な社会生活に適合させている事実を汁物知る者など、僕自身と一部のブログ読者を除けばいないわけであり(知っていても信じない、という方が現実的でさえある)、ブログで知り合った人には(仮に疫病騒ぎが完全に収束して)オフ会などに誘われたとしても絶対に会わないと固く決意をしておけば恥ずかしくなることもなかろう、という補足までされていた。
 
>>>
 
 実際、奥様(仮想)の効力は素晴らしく、ひと月以上運用していない間に、物置の掃除をしていたら落下してしたたか腰を打ったりした。
 奥様(仮想)がいれば間違いなく最初に安全性の確保が言われるであろう場面で、何も考えず作業を完了させるだけに集中した結果であり、奥様の存在は継続的に有用であると検討される機会を作った(ちなみに尾てい骨と大臀筋が今でもちょっと痛い)。
 
 これ以外にも、いくつかの買い物で「これは5年以内に猫様が間違いなく必要とするものであり、かつ10年程度の耐用年数が見込まれ、さらに1年以内に値上がりが予想される」という理由で、惜しみなく買い物をすることが許可された。
 自動車もそうだが、高性能のコンピュータもそうである ── 実に購入した数ヶ月前と比して、同型の同じ構成をしたモデルが10万円も値上がりした。もともとあまりにも(イヤミなくらい)高額だったため、ブログには MacMini から買い換えたことを書いていない。
 
 キャンピングキャビンも遊びに見えて生活実用性を見込まれており、停電時の緊急電源として活用できることはもちろん、エアコンなどを搭載したことで、広い家の中でエアコンを稼働させるよりはるかに少ない電力で快適に過ごすことが(狭いから)可能だとされている。しかも電気代はタダだ。
 キャビン本体を除けば ── あれを計上してはいけない ── 設備投資額は30万円未満であり、使い方によっては数年で元が取れる。
 さらには車外に露出したコンセントから屋内への引き込み線を増設すれば(これ自体は数千円で実現可能)屋内設備の節電が可能になる。
 
>>>
 
 一時は専業主婦化して、事務処理は僕自身の領分にしようと計画されていたのだけれど、どうも僕自身は事務処理がやはり苦手で嫌いらしい。
 対外処理と肉体労働は黒猫氏に任せ、事務処理とスケジュール管理は奥様(仮想)の領分としておこうと思う。
 まぁ、もともとそのために作られた人格たちであるのだ。
 多分、それを作ることのできた自分が有能なのだと信じよう。僕は無能じゃないんだ、といつまで信じられるかは甚だ疑問だけれど。
 
 
 
 
 
 
 

// ----- >>* Junction Division *<< //
[NEXUS]
~ Junction Box ~
 
// ----- >>* Tag Division *<< //
[Engineer]
  :工場長:青猫α:青猫β:
 
[InterMethod]
  -Algorithm-Darkness-Diary-Engineering-Interface-Maintenance-Mechanics-Stand_Alone-Style-Technology-
 
[Module]
  -Condencer-Connector-Convertor-Generator-Resistor-
 
[Object]
  -Camouflage-Computer-Garden-Koban-Tool-
 
// ----- >>* Categorize Division *<< //
[Cat-Ego-Lies]
  :工場長の設計室:ひとになったゆめをみる:
 
//EOF
 
 
 
// ----- >>* Initialize Division *<< //
// TimeLine:220613
// NOTE:
// ----- >>* Header Division *<< //
TITLE:
お酒メモ:日本酒:玉川
Written by BlueCat

// ----- >>* Body Division *<< //
//[Body]
220613
 
 日本酒を買いに高崎へ。
 Kさん(僕の想い人のひとり。人間かつ男性なので肉体関係はない。年に数回も会わない)に教えられたのである。
 
 行ってみて驚いた。
 いろいろ勉強になったが、今回は書かないでおこう。
 SNSはもちろん、Webサイトも開設しない方針で40年ほど営業されているらしい。
 ともすれば経済活動とSNSをはじめとするWebが必須だと考えることが当たり前だとされる ── 事実、広くディスプレイするという点では間違っていない ── 昨今において、その姿勢に垣間見える哲学に感銘を受ける。
 
 稀少酒の取扱いもあるので、僕も店名などは公開しない。
(もっとも、メーカのサイトを見れば、群馬県の取扱店は1店舗のみだが)
 
 
>>>
 
 以下、いずれも木下酒造の作品。
 
【玉川:Ice Breaker】
 2021仕込み、2022製造。
 メーカはロックで試すことを推奨している要冷蔵商品。
 トップノートは華やかだけれど癖のない香りと甘さ、微かな酸味。
 ミドルノートで麹の香りを強く感じる。
 日本酒らしいラストノートは日本酒ならではの旨みと香り。
 コントラストが鮮明なのに、ロックにすると都度都度味わいが変わるのでついつい盃が進む、すっきりとした素晴らしいお酒。
 ストレートで飲むと、ミドルノートがラストノートに重なり、日本酒の力強い旨みが引き立つ。
 
 
【玉川:純米(山廃)白ラベル】
 20仕込み、21製造。
 驚きの夏越し常温熟成、常温保管可能な生酒(火入れをしていない)。その(室温の)まま現在(22年)に至っている。
(常識的には、未開封だとしても、生酒を常温で1年置くなど狂気の沙汰である)
 口に含む前から激しいほどの麹の完全発酵した香りがする。色合いは琥珀色。
 すでに熟成酒の風格。
 本みりんに近い部分もあるが、日本酒の強い香りに感じる人もいると思う。
 口に含んだ瞬間に、日本酒の強烈な旨みと、さらに強い香りが口腔に充満する。微かな苦みが味を引き立てる。
 嫌みもなければ腐敗臭も酸化したえぐみもない。
 日本酒好きには無二の味わい。
 ロックにしてなおウィスキィや焼酎のような力強い味わい。ブランディにも匹敵する複雑な香り。
 
 ラベルには「冷蔵庫にて保存」とあるが、店主によれば、開栓後も常温保管で問題ないらしい。
 実際に、店頭では常温に置かれていたので、ためしに室温放置している。
 もしかしたら、味が変わらないのかもしれない。
 ちなみにアルコールは驚きの21〜22度。
 ザラメや蜂蜜を少し加えれば、貴醸酒のように、食後のデザート酒として使える気がする。まぁ邪道だがそれも道だ。
 
 
【玉川:純米(山廃)赤ラベル にごり】
 21仕込み、22製造。
 にごり酒が好きなので、ついでに買う。ちなみにメーカサイトには非掲載。
 
 白ラベルほど極端ではないが、にごり酒としては力強い味わい。
 トップノートはあっさりしているが、クリーミィでしっかりした味。
 旨みとまろやかさのバランスが絶妙で、ロックにすると飲みやすく味わいの変化が楽しい。
 
 ちなみにこれも、常温保存で問題ないらしい。
(ラベルでは冷蔵保存と記載されている)
 
>>>
 
 順番的には、IceBreaker>赤ラベル にごり>白ラベル と飲む方がよい気がする。
 
 とにかく白ラベルの力強い味わいは特筆に値し、日本酒が好きだと言う人であっても好みが分かれるだろうと思えるくらい、日本酒らしい強さに満ち満ちている。
 
 一方でIceBreakerの華やかな飲み口と日本酒らしい旨みは、あっさりとした料理も邪魔しない美しさで調和していて、食前から食後まで安定した愉しみを提供してくれる気がする。
 
 驚くべきことに、これらの時に力強く、時に華やかで繊細な味を演出する木下酒造の杜氏は外国人である。
 
>>>
 
 今まで、お酒や煙草についてはブログでの評を控えていた。
 僕には他に書くべきことがあるような気がしていたし、嗜好品の味の好みなんて千差万別だから、広く読者がいる場合は尚更に、それを開示し記録する意味を見出さなかったのではある。
 
 しかし、書く「べき」とされることなどあまりないこと、読者はきわめて限定的で嗜好品には興味もなさそうなこと、さらには自分自身の記憶が曖昧なだけでなく今後ますます消沈する傾向を考えて、可能な範囲で記録を取ることにした。
 ためにあくまで僕自身のためのノートであり、広く他者に勧めるつもりなどまったくないことは明記しておきたい。
 
 
 
 
 
 
 

// ----- >>* Junction Division *<< //
[NEXUS]
~ Junction Box ~
// ----- >>* Tag Division *<< //
[Engineer]
  :青猫α:黒猫:
 
[InterMethod]
  -Diary-Love-
 
[Module]
  -Reactor-
[Object]
  -Dish-Night-Poison-
 
// ----- >>* Categorize Division *<< //
[Cat-Ego-Lies]
  :キッチンマットで虎視眈々:
 
 
//EOF
 
// ----- >>* Initialize Division *<< //
// TimeLine:220506
// NOTE:
// ----- >>* Header Division *<< //
TITLE:
新しい車。
Written by BlueCat

// ----- >>* Body Division *<< //
//[Body]
220506
 
【最近のこと】
 細菌のことではない(それにリリース時点で6月中旬なので、読む人にとっては最近ですらない)。
 
 若干体調が落ち着いてきたのでいくつか書いておく。
 
 4/12頃、奥様(仮想)に買っていただいた車両が納車され、ディーラまで歩いて取りに行った。
 自転車で出かけて、自動車に乗って帰ってきて、トラックで自転車を回収に出かけることも考えたが、天気は良かったので片道30分ほどを歩いた。
 
 ちなみに買ったのはダイハツのコペンである。
 
 先に話しておくと、僕は自動車の運転が好きではない。
 航空機に比べると運動能力(速度や移動方向)に劣り、自転車に比して規制が多く、いずれにしても不自由だというのがその理由だ。
 実に多くの人が利用しているため渋滞は発生するし、時間的にも肉体的にも、さらにいえば精神的にも相当に拘束される。
 
 目的地に到達するだけであれば ── そしてそれが遠い場所であればあるほど ── 電車や飛行機の方がいい。
 お金で自由が買えることの典型である。
 買った時間を使って移動中にノートPCを開き「移動中も仕事をしなければならないほど無能で、セキュリティ意識にも欠けたダメ人間」のフリをしようと、眠っていようと、読書をしようと、それは買った人の自由だ。
 時間と支払いさえ守れば、自分の肉体を運んでもらえて、その時間を自由に使えるのは素晴らしいことだと思う。
 自宅から3分くらいの位置に(無人だが)JRの駅があった頃は非常に重宝した。
(遠方にも恋人がいる場合 ── 複数を暗喩した表記については無視して下さい ── 交通手段は多い方がいい)
 
 群馬県というのは基本的に、自動車での移動に特化されて形成された地域のひとつである。
 電車もバスも不便なものが多く、自家用車所有率は非常に高い。太田市ともなればスバルがあるから尚更だ。
 自動車を所有している人は「高校時代に電車通学をしたのが電車に乗った最後」という場合も多く、そうした人からは「自動車の方が自由でいいじゃない」と馬鹿げた指摘をされることもある。
 
 確かに自動車は目的地やルート、出発時刻を自分で設定できる。寄り道だって自由自在だ。
 しかし移動中、運転手は、自動車という機械を操作することにひたすら集中させられる。
 この不自由よ。
 無職の人間に「会社員の方がお金を自由に使えていいじゃない」と諭すことに等しい。
 時間の自由は無職の人間の方が圧倒的に所有しているのだ。
 
>>>
 
 とにかく一般道なら一般道で神経を削るし、高速道路ともなればなおさら磨り減る。
 世の中には「高速道路の方がラクだ」という人がいるが、その神経が僕には知れない。
 以前も書いたと思うが、併走している大量の車両の位置関係と相対速度、あちこちに現れる文字情報、首都高に至っては意地悪クイズみたいな接続も大量にある。その上だいたいの人間は法定速度なんて守っていない。死ぬぞ。
 
 それでもって。
 なぜそんな人間がコペン(軽自動車のスポーツカー)なんて買ったのか。
 確かに「エアコンが装備」されているから熱中症に罹りにくいし、新車だから「エンジンが爆発したりするリスク」は低い。奥様(仮想)から与えられた要件をすべて完璧に満たしている。
 
 実は僕は大きな自動車が嫌いなのだ。特にキャビン内が広い車が好きではない。
 もちろん運送会社で仕事をしていた頃は2t車で何時間も走っていたが、そもそも大きな車が好きではない。
 視界の悪いセダンなんか大嫌いだし、一方で最近の「やたらと広くて大きい軽自動車」も好きではない。
 数年前、軽トラを買ったときは、そのキャビンの狭さが嬉しかった。
 大きな車も、広いキャビンも嫌いなのだ。なぜって車両感覚が狂うから。
 
 かつて古いモデルのコペンに一度、仕事で乗ったことがあったのだが(こんなに狭い車が今でもあるのか。いいな)という感想が強烈に焼き付いた。
 
 実際に現在のコペンでも搭乗時、3回くらい頭を屋根にぶつけている。痛い。
 そして車内は狭い(以前のモデルからすると若干広くなった気がするが)。
 走行時に煙草を吸うことがおよそ不可能な狭さ。
 ドリンクホルダはコンソールボックスの後ろにあるため、走行中に飲み物を飲むのもひと苦労である。
 荷物はほとんど積めない。
 オープン状態にしていると、小さめのバッグがふたつ入ればいい方だろう。
 だからといってキャビン内部にものをいい加減に置いておくと、走行中に後ろに飛んでいったりする。
 
 すごく狭くてすごく不便である。
 人が2人乗ろうものなら、もう何も載らない感じ。
 ドリンクがやっと。
 ティッシュやマスクをどこに入れるのか悩むレベル。
 カーナビなんて装備したらすごく邪魔になる。
 
 そう。
 軽トラよりも狭くて不便なのだ。
 ついでに(スポーツカーに共通らしいのだが)クラッチがとっても硬い。
 軽トラのフニャフニャと柔らかい感じに慣れていた僕からすると、クラッチを踏んで筋肉痛になるレベル。
 なんだろうこの不便な乗り物。
 軽トラよりも優れている点といえば、エアコンが装備されていて、エンジンが爆発しにくくて、坂道を走行するのに苦労しないことくらいか。
(もはや山道を上るときに40km/hを出すのがやっとなのだ、僕の軽トラは)
 
 でもそれがいい。すごくいい。
 
>>>
 
 ちなみに現行モデルのほとんどは、無駄に精悍な見た目をしていて、それが少々つまらない。
 いくらスポーツカーといったって軽自動車である以上、排気量だけでなく出力にも法規制限があるから「軽自動車にしてはスポーティに走れなくもない……かな?」という程度のことである。
 ために無駄にいかつく精悍な見た目をしていては鼻につく。
「いやぁ、なんちゃってスポーツカーのフリをしているんですごめんなさい」という謙虚さが欲しい。
 
 本来なら初期の頃のような、まるっと可愛らしいモデル(参考リンク)が好みなのだが、中古車でもさほど値下がりしていないのがコペンシリーズの欠点といえば欠点か。
 程度の良さそうな中古車は、価格に見合わないと奥様に評価され(故障や爆発のリスクも天秤に掛けて)新車にすることにしたのだ。
 大きな車は、僕には(車体感覚の都合上)不便で、(3人以上で行動しないため)無駄だから。
 
>>>
 
 乗ってみると分かるが、本当に不便な自動車である。
 狭いし、小さいし、積載量は少ないし、2人乗りだし、そのうえ狭い。とにかく狭いのだ。
 
 ただ、僕は自動車に、過剰な利便性や快適さを求めていない。
 少しくらい不便で、長時間運転すると疲れるくらいのほうが健全だと思うのだ。
 安全性についても「常に気を張っていないと死ぬような気がする」という、健全な危機感を感じさせる方が安全だと思える。
 
 ハイブリッド車に多くある、アクセルがスカスカしたり、ブレーキ効き具合の閾値がタイトで急だったり、エンジンブレーキが思ったように機能しない仕様も気持ち悪くて仕方ない。
 
 車両が小さいぶん、そこに機能を詰め込んだぶん、余計な機能(やそれに伴うボタン)はないし、快適でもない。
 さらにいえば狭い。
 そうしたシンプルで「思ったようなレスポンスで、アクセルやブレーキは踏み込み量に正比例して機能しますよ」というのが心地よい。
 
 大きな、あるいはたくさんの荷物があるなら軽トラで運べばいいし、旅行なら公共交通機関を利用してもいい。
 大荷物の旅行なら荷物だけ宅配してもらうか、猫と一緒にトラックで行けばいいし、大人数の移動なら他の人の車に乗せてもらえばいい。
 ペティナイフのようなシンプルな快適さがそこにあって、僕はその不便さをたいそう気に入っている。
 
<5/19 行方不明になっていたのを保護したアヲと仔猫たち。一緒のドライブはしばらくおあずけ>
 
 
 
 
 
 
 

// ----- >>* Junction Division *<< //
[NEXUS]
~ Junction Box ~
// ----- >>* Tag Division *<< //
[Engineer]
  :青猫α:青猫β:黒猫:
 
[InterMethod]
  -Algorithm-Diary-Ecology-Love-Mechanics-Style-Technology-
 
[Module]
  -Condencer-Connector-Generator-
 
[Object]
  -Tool-
 
// ----- >>* Categorize Division *<< //
[Cat-Ego-Lies]
  :ひとになったゆめをみる:
 
//EOF
 
// ----- >>* Initialize Division *<< //
// TimeLine:220525
// NOTE:
// ----- >>* Header Division *<< //
TITLE:
いつか私が消える日も。
SUBTITLE:
~ Half the time. ~
Written by BlueCat

// ----- >>* Lead Division *<< //
 
 
::自分自身もそうなってしまえば、他人に心があるなんて思えなくなる。
 でも本当に心を失っているのは、他人を信じられないと言って傷ついたフリを続けるその人自身だよ。
 仮にそういう不信の基準で接して伝染させる人がいたとして、そうした人の価値観を学んでしまったとして、それはそもそもその人の心が錆び付いていたんだよ。
 心が錆びた人はみんな、それを誰かのせいにしているけれど、ホントは自分が手入れしていないからでしょう。
 錆び付いちゃったから、あってもなくても同じような状態になっちゃったんだよ。
 心があるようなフリをして、そんなものない人がいるのは、そうやって逃げているからだよ。
 
 
 

// ----- >>* Body Division *<< //
//[Body]
 
>>>
 
※生命倫理に関する逸脱傾向の記述があります。
虐待や虐殺、戦争、動物の殺処分などに強い忌避感を持つ方は、ブラウザのページを閉じるか、戻ることをおすすめします。
 
>>>
 
220524
 
 裏の家が畑の敷地内に家屋を新築しているので8時頃目覚める。
 おそらく母屋が古くなり、人数比で広すぎるため、小さくて便利な家を作ることにしたのだろう。
 古い農家の木造2階建てというのは、風通しが良くてエネルギー効率も悪いし、シロアリなどが発生したら大きな問題にもなる。
 年配の人の場合、2階部分を使わなくなることも多い(僕は精神年齢70歳くらいのお爺さんになったつもりなので、2階には滅多に行かない。ベランダキャンプファイヤをするときくらいか。リフォームしたらもう少し考える)
 
 10時すこし前から活動開始。
 草取りと草焼きをする。
 先日、衣装タンスを入れ替えたため、古いタンスが燃料用材木になった。それも含めて焼く。
 昨年までは抜いた雑草を数日から数ヶ月、放置して乾燥させて、ときどき虫が棲み着いてから恐る恐る焼いていたのだが、今年からは炉を十分に熱したあと、生の草を一気にぎっしり詰め込んで蓋をするという手法を覚えた。
 炉の中盤くらいまで炭が燃えている場合、上に生の草を(空気の通り道もないほど)詰め込むと、燃焼は一時的にストップし、消防車を呼ばれそうなほど煙が発生するが、時間を掛けてそれらは蒸し焼きになり、最後に炭が残ることもある(灰になることもある)。
 いずれも最後は開墾中の畑 ── 花壇だったもの ── に撒いてしまう。
 
 
>>>
 
 気がついたら、奥様(仮想)と暮らして1年が経過していた。
「ね〜こクン! 1周年だお♡」と、先日、チャラい日本語で教えて下さった。
 もちろんお祝いなんてしない。するもんか。僕には僕のポリシィというものがあるのだ。
 昨今の政治家は風見鶏よろしくあちこち方針を変えるが、僕は変えないぞ! 中年革命家は他と違うのだ!
 ── この場を借りて各方面に対してお詫び申し上げます(雑な謝罪)。
「ねぇね! ねぇね! 1周年♡」とか言いながら周りをぴょんぴょんするのはやめてください邪魔です。
 
 ちなみに当初の設定では結婚して7〜10年ほどが経過しているはず(厳密な設定は少ない)なので「新婚から1年」ではない。あくまで登場して1年である。
 もはや中堅もしくはベテラン夫婦(ただし仮想)の域だと思うが、夫婦や家族という単位で暮らした経験に乏しいので、日々のシミュレーションがどの程度現実的であるかは分からない。そもそもこれって結婚生活シミュレートのためにしていることではなかったはず。ならいいかなんだって。
 
 ちなみに専業主夫と奥様という設定ではあるが、特に夫婦という設定にしたわけではないので違う可能性もある。
 単純に、女主人と家政夫でもいいと思う(幸い肉体関係もないし)。
 
 そもそも僕はプライベートとなるとまったく事務仕事をする気にならない上、する気にならないことをまったくしないことが多い。
(普段から、する気にならないことを実行するための回りくどい手順を踏むことが僕の技術力として発揮されている。モチベーションアップというのはそういう面倒くさい人間のために用意された無駄のことである)
 これでも会社員の頃は営業/事務仕事をしていたわけだが、会社に貢献しているのではなく、会社に貢献してもらっていただけの可能性も否定できない。
 厳密に言えば医者の不養生のようなもので、仕事の時は他にすることもないから(それなりに)きちんとするのだけれど、そんな作業はあっという間に終わってしまうし基本的には退屈なルーチンワークの連続なので、プライベートだとやる気にならず、グダグダになってしまうのだ。
(会社員の頃から「仕事しているなぁ」と実感する時間は一日2時間程度だった)
 
 それでも今だって事務処理はしなくてはならないし、家事もしなくてはならない。
 自分に降って湧いてくる収入と支出を管理し、自身を含めたそのありように対して折り合いを付けなくてはならない。
 そこで降って湧いた(人聞きが悪い)のが仮想奥様という存在である。押し掛け女房か。(押し付けられ女房かもしれないが、僕が押し掛け執事の可能性もある)
 
 これ(仮想奥様の存在)によって僕は極めて少ない就労時間で収入を得ていることに対する(無駄な)罪悪感から解放され、また「誰か(仮想奥様)から預けられたお金を運用して、生活を適切に維持する」という仮想目的を与えられ、極端に堕落した生活を送らずに済んでいる。
 まさに持ちつ持たれつ、というよりむしろ奥様様々である。
 
>>>
 
 当初の(きわめて雑な)設定から若干変わったのは、髪型くらいだろうか。
 数ヶ月前「猫クぅ〜ン、わたし髪伸ばしてみたい!」という話の流れになり(実体もないくせに……痛っ、跳び蹴りはやめてください)、多分、髪を伸ばしているのではないかと想像する。きっと肩より少し伸びたのではないだろうか。それ以前の長さを厳密にイメージしていないので知らないが。
 
 今でも仕事帰り(とおぼしき時間にやりとりが発生することがある)に廊下に転がって「ストッキング脱がしてくれないとやだぁ」と文句を言ったりすることはあるし、急に「今日はどうしてもサバを食べたい!」と言い出したり、思い出したように裁縫の技術について思いを馳せたりしているようだ(ものすごく遠回しに、何もしない感じがします)けれど、全体的には愉快で相当に僕を甘やかしておられる。
 しかし数ヶ月くらい前からは僕の怠惰を許さず、かなりの頻度で厳しい指摘をされる(優しく言っても直さなかったので)。
 
 数日前も、税金の納付書が来たときに先月分の電気料金の払込票を ── 外出時に鞄に入れて出かけたのだが、コンビニに寄る気にならず、そのまま帰宅して ── 放置していたため、怒られた。まぁこれは自分が悪いです。
 郵便物と公共料金等の支払いは、やはり奥様管轄にして任せておいた方がよいかもしれないというのが昨今思うところ。
 もちろん僕が管理していても、電気が止まったことは(ギリギリ)なかったし、ガスは引き落としにしてしまってあるし、水道もさすがに止まることはない。ただし滞納通知が来たり、2重払いしたために管理団体から電話が来たことはある。
 
 これらについて、これらのルーズさについて、今まで奥様は笑って許してくれることが多かったのだけれど、普段から僕を甘やかしに甘やかしているぶん(自分ですると言ったものについては)相当厳しく責めることが増えた。会社で上司に締め上げられていた頃の方が、まだ緩かった気さえする。
 いかんせん奥様(仮想)には嘘が通用しないので、自分がどうして払込票を放置した上その存在を忘れるのかについて、原因の追及から再発防止まで含め徹底して報告させられる。ルーズさが許されない。宿題をしないで済んでいた少年時代が懐かしいことよ(遠い目)。
 
 実際のところ、事務処理については黒猫氏や、奥様に任せておけばよいのではある。
 外から観察する限りにおいて、僕がきちんと事象に対応して処理していることに違いはない。
 僕の本来の価値観や人格がどれであるかなど、誰も知らないし、僕も知らない。興味もないだろう。
 
 けれども仮想人格というのは、ただのプログラムなのだ。
 価値観があって、それが僕の思考に一定の入力傾向と目的とされる出力をもたらしはするが、僕本来の思考や価値観が変化しないと僕自身はたいして変わらない。
 
>>>
 
 たとえば「6歳以前」には虐待衝動がある。
 
 大人の世界ではそう呼ぶというだけで、子供に特有の残酷さの発露といえなくもない。
 ゴキブリを殺すように、「嫌だ」と思ったものを平気で殺してしまおうとする。
 猫だろうが犬だろうが人だろうが関係はない。
 自身の嫌悪するすべて、許しがたいものすべて、目の前から消すために一番簡単な方法は殺すことなのだ。
 僕らがゴキブリやハエや蚊に対してそうするように。
 
 その傾向が危険なので眠らせていたことをすっかり忘れていた。気に入らないと飼い猫でも平気で殺してしまう。誰がって「6歳以前」なんて他人事のように書いているが僕のことである。
 普段、温和で穏やかと思われがちな僕だけれど、皮膚の下にはちょっとした狂気が眠っているのだ。
 
 たまたま今までのところそれを制御することに成功してきたが、それはたまたま今まで運良く人を殺したりせず(その体力もなく)、動物を(仮に事故であっても)殺したことが大きなニュースにならなかっただけで、害虫やカビを駆除するように、嫌悪する対象を抹殺したいという強い衝動の発生そのものがなくなったわけではない。
 まぁずいぶん昔に「だいたいのことを諦める」という技術を身に付けたので、そんな潔癖症を発露せずに済んではいるが、諦めないと本来的に「どちらか死ぬまで根に持つタイプ」なので、どうしようもなくなってしまう。
 
 これもたまたまだが、僕は殺すことそのものに楽しみを見出してはいない。殺さずに済むなら虫だって殺したくない。
 命が大切だから、という綺麗ごとを言うつもりはない。
 死体の処理が面倒だし、何かを殺すのは(それが虫でも)肉体的にも精神的にもものすごく疲弊する。
 僕が穏やかな性格で日常を過ごしているのは、苛烈な感情を発生させ、保持し、発露させることがひどくストレスだからである。
 
>>>
 
 僕は僕の価値観を、僕の思うように変容させ、それを僕自身にフィードバックする必要がある。
 そうしないと僕は社会不適合のまま、いずれは人間を殺してしまう可能性も高かった(本人的には今でもそれを問題だとは思っていない)。
 わざわざ開示しているのは、それらがいつもどおり ── 事後報告の多い性格は10代の頃から変わらない ── 完結したか、あるいは完結する道筋が見えたからであり、その過程で仮想奥様は思った以上に僕に影響を与え、効力を発揮した。
 
 今は(よほどの必要に迫られない限り)人間を殺すことはないと思うが、昆虫なら平気で殺しているし、動物だって庭や畑を荒らしたりするなら平気で罠を掛け、殺すだろう。
 
 僕にとって、虫の命も猫の命も人間の命も、基本的には等しいものだ。
 それは文字面はたいへん清廉潔白に見えるのだが、上記の通り「気に入らなかったら等しく殺しちまえ」ということでもある。
 害虫を殺すことが許されている(場合によっては奨励されている)のに、虫より大きく、ために影響力の大きいそれ以外のイキモノを殺すことについてはときどき問題視される。
 僕はそれ ── 問題視されていること自体 ── を問題だと感じるタイプのイキモノである。
(「解決すべき問題として疑問に思う」という意味であり、厄介あるいは障害だと感じているわけではない)
 
 多くの人は、人間の命は猫より重く、猫の命は虫よりも価値があると思っている。
 だから嫌悪感を持っただけの人間を殺せば犯罪になる ── 嫌悪した自己所有のペットや、昆虫(こと害虫)に関しては問題ない ── し、殺処分される動物たちに心を痛めて保護運動をしたりもする。次は昆虫食の時代だ! とかうそぶきながら。
 
 キリスト教文化圏に見られる「殺すときに痛みを与えないことが人道的である」という概念もあまり理解できない。
 参考URL:
 
 たしかに昆虫の命に価値を見出さず、禽獣は害為すなら畜生で、愛玩に足るなら家族とし、人間はもれなく価値があるとする考え方も分からないではない。それが人の道だと説かれれば「はいそうですね」とは思う。
 しかしその程度のところに終始するのが人の道であり、人の価値なのかと問われると、どうも素直に頷けないのではある。
 
>>>
 
 僕はたびたび、独善のままに他者を断罪する人々 ── たとえば「不倫するような芸能人は表に出るな地獄に堕ちろ」というような ── について懐疑的な姿勢を取るが、それはつまるところ本来なら僕自身がそういう類いの「危険な潔癖症」の持ち主だからだ。
 潔癖の倫理とは単に「快/不快」の感情で量られている場合も多く、論理に欠ける場合も少なくない。
 たとえば不倫が悪であるとするならば、そもそも婚姻という制度がどの程度善良であるかについても考えなくてはならない。
 一夫一妻制の善良さとはいったい何だろう。
「みんなと仲良くしましょう」と子供の頃に教えられたが、大人が「みんなと仲良く」することがたびたび問題になるのはなぜだろう。
 
 これは不倫に限らず、会社などの組織でも同様だ。
 人間は思想のもとに派閥を作る。ここまでは良いが、派閥の持つ思想が個人を過剰に縛り、結果的に社会通念から逸脱することさえある。
 Aさんの仲良しグループに所属していて、Bさんと仲良くしたらAさんから意地悪された、なんていうのは子供たちの集団でもよく見かける光景だった(僕は子供の頃から派閥に属さなかったので関係なかった)。
 一般的な大人は子供たちのこれを「Aさんは心が狭い」と断ずるだろう。
 ありとあらゆる大人の属する派閥がこれとまったく同じことをしていて、自身がそれに加担していることもあるだろうに。
 
 僕にとっては不倫の問題は、戦争の問題とイコールで結ぶことさえできる。
(ちなみにどちらを擁護するつもりもないし、だからといって非難するつもりもない。いずれも無いに越したことはないが、あったときのことを考えていないのは無能だとも思う
 思想を持つことは時により高尚な人間のありようだと思われることがあるだろう。
 少なくとも持っていないよりは持っている方がよいと思われがちだ。
 しかし思想を持って集団を作り力が集まった結果、その力によって社会通念から逸脱するならば、その思想は結局間違っていたことになる。
 一般に、他国への武力侵攻は許されざる様々な権利侵害の行為であるように、不倫を始めとする不貞行為もまた権利や利益を侵害する行為である。にもかかわらずその行為に人が進んでしまうのは、力か思想が間違っていたのか、凡俗な劣情が思想に勝ったのだろう。つまりその程度の思想だったし、その程度の思想の持ち主だったということだ。
 
 理解して欲しいのは、崇高な思想ほど非現実的で、人間のありようから離れてしまうという事実についてだ。
 つまり思想というのは、誰にでも分かりやすく、誰にでも実行しやすく、誰にでも維持できるものが良い。
 崇高で難解なのは結構だけれど、そういうものは基本的に、広く浸透せず、長く(最低でも十年単位、可能なら百年単位で)保たれない。
 そういう思想は確かに高尚かもしれないが、3本毛の多い程度のサルに定着させるには弱いのだ。
 
「みんなと仲良く」は「特定の誰かとだけ仲良く」という思想とは、結果的に相反する。
 しかしどちらがどれだけ正しいかなんて、誰にも判定できないのではないだろうか。
 同じ土俵に乗せるな、と言うかもしれないが、国際問題というのはいつもこの問題を抱えている。何となれば内政でさえそうだろう。
 つまり家庭や会社や仲良しグループがそれを抱え、個々人がそれを抱えて悩むのも無理はない。いったい正しさはどこにあるのか。
 高潔な考え(みんなと仲良く)は実現と維持がむつかしい。一方で凡俗な考え(特定の誰かとだけ仲良く)はときに独善が過ぎる。
 
 僕らは誰と(あるいは何と)仲良くし、誰と(何と)無関係であるべきで、それは僕ら自身の意志や知識だけで常に十全に保つことが可能なのだろうか。不可避な状況が果たして存在しないと誰に言えるのだろうか。
 
 結局のところ、倫理とは、個人の見ている都合の良い幻想でしかないのではないか。
 甘やかで心地よい、清潔で真っ白な独善のヴェールを一枚剥がせば、どろどろした劣情と我利我利の独占欲とを、躍起になって美化しようというエゴが醜く蠢いているだけだ。少なくとも僕はそうだった。だから潔癖症をやめたのだ。
 
>>>
 
 もちろん、もちろん。
 政治を理解するために大統領になる必要はないように、犯罪心理を理解するために犯罪者になる必要もないし、倫理をより深く理解するために俗悪に身を染める必要はないだろう。
 
 しかし今日のスーパーの特売と、近所や会社の顔見知りとの間でやりとりされる情報に振り回されて疲弊するうち、自身にとっての正しさが何であったかなんて忘れてしまう人も多くいるのは事実だろう。だから経済こそが正しいといった俗悪に身を染めてしまうのだ(あなたの寄付を青猫工場はいつでもお待ちしています! 浄財を渡して心を清めよう!)(ここ笑うところです)。
 
>>>
 
 庭木もいくつか選定。
 謎の柑橘系の枝を下ろし、松の枝を数本、幹から落とす。
 そのエリアを囲んでいた杭と竹の柵を折り壊して、それも順次焼く。
 
 昼前に軽く休憩。
 その後、キャンピングキャビンを軽トラから初めて外す。
 カメラを4つ後付けで設置したのだが、この配線を外すのが一番手間取った。
 その後、固定具を外してから、脚を4本取り付け、キャビンを持ち上げてトラックを前進させて完了。
 荷台のあおりは明日付けることにして、今日の作業はここまでとする。
 
 少し休憩をして筋トレ。
 ひと月ほども満足に身体を動かしていなかったので、すこし太ってしまった上、筋力はぐっと落ちている。
 その後、シャワーを浴びて日焼け止めクリームを塗ってホームセンタに買い出し。
 帰宅して食事をしたら、猛烈な睡魔。これは疲れてしまったのだな、と思い、素直に眠る20時。
 
 目覚めた零時半からシャワーを浴びて文書を書く。
 
 そういえば、シリーズとなるような文書を長らく書くことができなかった。
 オフラインでそれなりの文書を書き溜めないとシリーズとして成立させるのがむつかしいからであり、オフラインに文書を書くことにはやはりまだ、少し、抵抗があるので。
 でも、そろそろ練習してみようかとも思う。物理的にはもう、安全なはずだから。少しずつ。
 
 結局、奥様(仮想)の話をほとんどしないまま終わってしまった。
 
 
 
 
 
 

// ----- >>* Escort Division *<< //
 
 
::ねぇ青猫クン。人間に絶望したら、物語が救ってくれるんだよ。青猫クン、そう言ってたよ。

 自分のための物語でいい。誰かの役に立つ物語でなくていい。誰かに見せる物語でなくていい。経済を含めた何かと交換するような目的を持たなくていい。ただただ青猫クンが人間を書けばいいんだよ。それが青猫クンを救ってくれるんだよ。
 
 
 

// ----- >>* List of Cite Division *<< //
[出典]
~ List of Cite ~
文頭文末の引用は、
ツクリモノ。」From「青猫工場」
 によりました。
 
 

// ----- >>* Junction Division *<< //
[NEXUS]
~ Junction Box ~
[ Traffics ]
 
[ Cross Link ]
 
 
// ----- >>* Tag Division *<< //
[Engineer]
  :青猫α:青猫β:黒猫:赤猫:銀猫:
 
[InterMethod]
  -Algorithm-Blood-Convergence-Darkness-Diary-Ecology-Engineering-Eternal-Life-Link-Love-Mechanics-Recollect-Stand_Alone-
 
[Module]
  -Condencer-Connector-Convertor-Generator-Resistor-
 
[Object]
  -Human-Memory-
 
// ----- >>* Categorize Division *<< //
[Cat-Ego-Lies]
  :夢見の猫の額の奥に。:
 
 
 
//EOF
 

220519

 

 ソーラパネル設置に伴うバッテリィ関連の接続端子や配線の規格がかなりややこしい。

 Amazon で廉価に手に入るソーラパネル関連資材の多くは国際規格なのだが、日本の資材はおなじみのJISである。

 ついでにアンダーソン端子と呼ばれる規格は、どういうわけか2種類以上存在していて互換性がなく、名前だけで何となく選んでしまって「カプラのくせにカプリングしない」という婚活パーティさながらの地獄絵巻を味わっている。

(ちなみに僕は婚活とは縁がないため、弟子から入手した情報により類推された結果の発言であり、あくまで個人の感想です)

 

 そのうえ電気関連の基礎知識を僕は ── 工業高校出身のくせに ── まったく身に付けなかった。

 電気工事士の資格もスルーしているから、AとVとWくらいの理解がやっとである。

 そもそもあいつら肉眼で見えないから手の打ちようがないのに、数学のような単なる概念でもないから扱いを間違えると致死的な事故になる。

 ある意味ストーカーのように厄介だが、警察の介入はいつもどおり事故が起こった後なので未然の段階では救いもない。

 レッツゴー自助努力。

 次女努力という誤変換がされたが長女もしっかりしてほしいし、三女以下がどうなってもいいというわけでもないだろう。長男である僕の立場も考えて欲しい。

 

>>>

 

 現時点でパネルから汎用型サブバッテリィ(コントローラ/インバータ内蔵)への充電については問題ない状態になっている。

 電灯や換気扇、携帯電話やちょっとした電動工具の使用くらいなら問題はない。

 ただ、冷蔵庫やエアコンを使おうと思うと出力が小さく継続性に欠ける。

 ために更なる大容量、高出力のバッテリィを用意する必要が出てきた(でないとキャビン内で熱中症を起こして、やはり致死的な事故になる)。

 

 今回はインバータを内蔵していない大容量サブバッテリィをソーラパネルと走行充電器とインバータに接続しようと考えている(機材はすでに入手している)のだが、いくつかの配線(ソーラパネルから)が並列になり、メインバッテリィとソーラパネルとでは流れる電力の容量が異なるため、混乱している。

 ソーラパネル側は最大600V/27A、メインバッテリィは定格12V/最大50A。

 件の端子のほかにカーバッテリィ端子も必要なのだが、これも規格がある。

 ケーブルは電圧/電流を許容できる直径が必要だけれど、あまり太くて耐性のある素材は硬くて作業性が悪くなり、値段も跳ね上がる。

 ケーブル直径と被覆の種類がまた各種。

 

 そこでAWGという国際規格とSQというJIS規格と、定格の電圧/電流/温度の選定……というあたりでもう意識が朦朧としてしまう。

 青猫工場は工学系ブログではないし光学系でもない。

 

 電気 ── 。

 奥が深い。

 

// ----- >>* Initialize Division *<< //
// TimeLine:220513
// NOTE:
// ----- >>* Header Division *<< //
TITLE:
UE5始めました。
 
Written by BlueCat

// ----- >>* Body Division *<< //
//[Body]
220513
 
 UnrealEngine を始める。
 かつてはCGのモデリングをするのにソフトを買っていた。
 当時もフリー/シェアソフトがなかったわけではないが彼我の差は歴然で、相応の使いやすさや能力を求める場合、ホビーユースであっても有料アプリケーションを購入しなければ満足な3Dモデルを作ることは困難だった。
 
 幸い、僕が20代の頃には、かなり廉価のモデリング/レンダリングソフトが存在していて、1万円未満でエントリークラスを購入することができた。
 ちなみに15歳の頃、三角関数も理解していないのにワイヤフレームの3DCGを描画するプログラムの本を購入し、三角関数の図説や式を無視してプログラムを完成させ、モデリングしていたことがある。
 
 ワイヤフレームなので「頂点と頂点を指定して線を結ぶ」のが基本動作になる
 それぞれの頂点(原則は始点と終点の二点)についてカメラからの相対座標を算出し(傾きやあおりが発生する)、ビューポート(2次元)の投影座標を算出して、その始点と終点に直線を描画するのである。
 
 BASICなので、データはプログラム内部に Data 構文で記録するのが標準だったが、FD ── ああ懐かしののフロッピーディスク(それも5インチだった) ── に直接読み書きするためのサブルーチンを書こうかどうしようかと、悩んでいるうちに興味が別の方向に向かってしまった。
 また当時のコンピュータは非力で(僕の持っているマシンは8bitだった)RAMにも限界があった。
(基本が640kbで、コマンドにより拡張して1280kbだったか。忘れてしまった)
 
 そもそも16bitマシンだって相当に非力だったし、50MBだか100MBのHDDというものがようやくリリースされた、なんて話題になったくらいで、そのHDDが実に100万円近くして(ムリィ……)と絶望する学生時代だった。
 ためにたかだか100×100×10程度の3次元配列変数領域を確保しようとしてもBASICでは適わず、機械語とのハイブリッドで(あるいは機械語オンリーで)メモリ領域を使うしかなかった。
 僕は機械語が苦手だったので、BASICでグラフィックビューポートを配列変数代わりに利用し、その上からテキストを上書きすることでユーザビューポートからはマスクする手法を考えた。
 8bitの基本描画は8色(拡張しても256色だったか)なので、コンピュータ三原色のそれぞれをひとつのビットとして扱ったり、あるいは0〜7までのレジスタを持つ配列変数として利用しようと思ったのだ。
(ちなみに致命的な処理速度の問題が発生し、この手法は封印された)
 
<<<
【Grossary】
※謎の単語が多すぎて、多分説明する意味は ── 理解しようとする読者もいないと思うので ── ないと思うが。
 
○ ワイヤフレーム。
 頂点(バーテクス)と辺(エッジ)のみで、基本的には隠線処理(見えない領域のエッジなどを非表示にすること)もなく演算描画される3DCGの形態。
 
○ BASIC
 まぁ、そういうコンピュータ言語がかつてあってだな……。え、今もあるの?
 
○ ビューポート
 当時のBASIC搭載の国産PCの多くは、ディスプレイに対しアスキー文字列を表示するための「テキストビューポート」と、ドット単位でグラフィックを表示するための「グラフィックビューポート」をメモリ上に仮想領域として用意しており、実際の描画についてはテキストが上位層に表示される仕様だった。
 これは文字をグラフィックとして扱うと、CPUの負荷が高くなり、メモリも大幅に消費するため、基本的にはテキストベースでプログラムを組むことが望ましかったのだ。
 テキストそのものは(全角文字を使わない限り)ドットが多少荒くても判別可能だし、ROMに書き込んでおけばメモリ領域やCPUを(つまりはコンピュータのポテンシャルリソースを)さほど消費しなかったのだろう。
 ちなみに当時、僕の使っている環境では、テキストビューポートが80×25の領域だったのに対し、グラフィックビューポートは680×480だった。
 制御の範囲が異なる分がシステム負荷になるため、編み出された手法だと思われる。
 
 ちなみに現在のコンピュータにはそうした「テキスト専用グラフィックメモリ領域」というのは存在しない。
 サイズどころかフォント種類までかなり自由に変更できるようになったのは、テキストを画像として扱うようになったから、である。
 
○ ビューポートマスク
 グラフィックを書いた上から黒豆腐テキスト(■←これ)を表示させれば、必ず「アスキー文字テキストがグラフィックの上に表示される」という仕様上、下にあるグラフィックを隠す(マスクする)ことが可能だった。
 
○ 配列変数
 当時その気になれば10次元以上の配列変数を確保することも可能だったが、10万の変数領域すら確保できないのだから使い道は限られていた。
 
<<<
 
 未だに高機能で高額なソフトは存在しているが、時代の趨勢か、サブスクリプションの形態を取るものが多い。
 僕のように「3ヶ月くらいはほとんど何もしないけれど、盛り上がったときは1週間くらい寝食を忘れて使うことがある」という人間にとっては非常に無駄なシステムである。
 だからサブスクリプション形式のアプリケーションは(ATOKを例外として)使わないことにしている。
 
 それに今は、フリーソフトもそれなりに高機能になってきた。
 
 モデリングとレンダリングだけならBlenderで事足りそうなのだが、どうせだから統合開発環境であるところの UnrealEngine を試してみよう、基本無料だし、という軽いノリで使ってみることにした。
 
 もちろん、インストールしたところでさっぱりワケが分からないのだが、英語でしか詳細なテキストナレッジが存在していないBlenderでは、言語の壁で行き詰まるだろうと思ったのである。ただでさえ専門用語が多いのだからなおさらに。
 
 UnrealEngine はアプリケーションとして考えれば巨大だが、統合開発環境と考えればそれは無視してかまわない問題だ。
 日本語の情報も豊富で、開発元(Epic Games)が情報をリリースしているから間違いがないし、ユーザは世界にごまんといるし、無料リソースも膨大で、アップデートも細かくされている。
 
 なにせ企業がゲーム開発に使っているものと同じなのだから当然だろう。
 にもかかわらず、収益を生まないならば無料で使える ── 1Mil.US$以上の粗利になったら5%のロイヤリティを支払う義務が発生する ── のなら、それを使わない手はない。たとえその独学の道が険しかろうと。
 
>>>
 
 以前はMODOというソフトを使っていたのだが、かなり高額なサブスクリプションソフトになっていたので諦めた。
(モデリングが非常に柔軟であり、レンダリングも自然で美しかったため、少々残念ではあるが)
 
 今、有償ソフトを買うなら、Forum8 の Shade3D に返り咲く感じだろうか。
 サブスクリプション形式だけれどエントリークラスはホビーユースにも優しい価格だし、日本のメーカが開発しているソフトである。なによりゲームと同様、良いものを作るメーカにお金を払うことは ── 中古コンテンツにお金を払うこととは異なり ── その業界を維持することそのものになるからだ。
 
 なんでもタダがいい、安ければいいなんて、僕は思わない。
 釣った魚に餌をやらないどころか、釣る魚に餌を付けないような連中が多いのは考えものだ。
 餌をあげなかった魚は死ぬのだから、餌をあげない自慢は、餌をあげる自慢 ── 「高い餌を買いました!」というコンテンツが、ときどきWeb有名人(たとえば Youtuber)によって作られている(そしてそれなりに人気がある)ようだが、本当に下品だと思う ── よりさらに下品である。
 
(余談だが、中古コンテンツのブローカやユーザ間売買が、サブスクリプション形式を浸透させる土台になっている側面は少なからずあるだろう。これらは本来、マーケットにおける「人間を信頼する」という善良な前提が衰退しつつあることを示す、忌むべきありようだ)
 
 とはいえとりあえず、UnrealEngine である。
 1,000,000 US$ を越える粗利を生んで、EpicGames に5%のロイヤリティを払おう!(前提条件が僕には不可能だが)
 
 
 
 
 
 
 

// ----- >>* Junction Division *<< //
[NEXUS]
~ Junction Box ~
[ Traffics ]

 

 

 
 
// ----- >>* Tag Division *<< //
[Engineer]
  :工場長:青猫α:青猫β:黒猫:
 
[InterMethod]
  -Algorithm-Diary-Ecology-Love-Mechanics-Memory-Technology-
 
[Module]
  -Condencer-Connector-Convertor-Generator-Transistor-
 
[Object]
  -Computer-Koban-Memory-Tool-
 
// ----- >>* Categorize Division *<< //
[Cat-Ego-Lies]
  :工場長の設計室:ひとになったゆめをみる:
 
 
//EOF