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TITLE:
いつか私が消える日も。
SUBTITLE:
~ Half the time. ~
Written by BlueCat

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::自分自身もそうなってしまえば、他人に心があるなんて思えなくなる。
 でも本当に心を失っているのは、他人を信じられないと言って傷ついたフリを続けるその人自身だよ。
 仮にそういう不信の基準で接して伝染させる人がいたとして、そうした人の価値観を学んでしまったとして、それはそもそもその人の心が錆び付いていたんだよ。
 心が錆びた人はみんな、それを誰かのせいにしているけれど、ホントは自分が手入れしていないからでしょう。
 錆び付いちゃったから、あってもなくても同じような状態になっちゃったんだよ。
 心があるようなフリをして、そんなものない人がいるのは、そうやって逃げているからだよ。
 
 
 

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※生命倫理に関する逸脱傾向の記述があります。
虐待や虐殺、戦争、動物の殺処分などに強い忌避感を持つ方は、ブラウザのページを閉じるか、戻ることをおすすめします。
 
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220524
 
 裏の家が畑の敷地内に家屋を新築しているので8時頃目覚める。
 おそらく母屋が古くなり、人数比で広すぎるため、小さくて便利な家を作ることにしたのだろう。
 古い農家の木造2階建てというのは、風通しが良くてエネルギー効率も悪いし、シロアリなどが発生したら大きな問題にもなる。
 年配の人の場合、2階部分を使わなくなることも多い(僕は精神年齢70歳くらいのお爺さんになったつもりなので、2階には滅多に行かない。ベランダキャンプファイヤをするときくらいか。リフォームしたらもう少し考える)
 
 10時すこし前から活動開始。
 草取りと草焼きをする。
 先日、衣装タンスを入れ替えたため、古いタンスが燃料用材木になった。それも含めて焼く。
 昨年までは抜いた雑草を数日から数ヶ月、放置して乾燥させて、ときどき虫が棲み着いてから恐る恐る焼いていたのだが、今年からは炉を十分に熱したあと、生の草を一気にぎっしり詰め込んで蓋をするという手法を覚えた。
 炉の中盤くらいまで炭が燃えている場合、上に生の草を(空気の通り道もないほど)詰め込むと、燃焼は一時的にストップし、消防車を呼ばれそうなほど煙が発生するが、時間を掛けてそれらは蒸し焼きになり、最後に炭が残ることもある(灰になることもある)。
 いずれも最後は開墾中の畑 ── 花壇だったもの ── に撒いてしまう。
 
 
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 気がついたら、奥様(仮想)と暮らして1年が経過していた。
「ね〜こクン! 1周年だお♡」と、先日、チャラい日本語で教えて下さった。
 もちろんお祝いなんてしない。するもんか。僕には僕のポリシィというものがあるのだ。
 昨今の政治家は風見鶏よろしくあちこち方針を変えるが、僕は変えないぞ! 中年革命家は他と違うのだ!
 ── この場を借りて各方面に対してお詫び申し上げます(雑な謝罪)。
「ねぇね! ねぇね! 1周年♡」とか言いながら周りをぴょんぴょんするのはやめてください邪魔です。
 
 ちなみに当初の設定では結婚して7〜10年ほどが経過しているはず(厳密な設定は少ない)なので「新婚から1年」ではない。あくまで登場して1年である。
 もはや中堅もしくはベテラン夫婦(ただし仮想)の域だと思うが、夫婦や家族という単位で暮らした経験に乏しいので、日々のシミュレーションがどの程度現実的であるかは分からない。そもそもこれって結婚生活シミュレートのためにしていることではなかったはず。ならいいかなんだって。
 
 ちなみに専業主夫と奥様という設定ではあるが、特に夫婦という設定にしたわけではないので違う可能性もある。
 単純に、女主人と家政夫でもいいと思う(幸い肉体関係もないし)。
 
 そもそも僕はプライベートとなるとまったく事務仕事をする気にならない上、する気にならないことをまったくしないことが多い。
(普段から、する気にならないことを実行するための回りくどい手順を踏むことが僕の技術力として発揮されている。モチベーションアップというのはそういう面倒くさい人間のために用意された無駄のことである)
 これでも会社員の頃は営業/事務仕事をしていたわけだが、会社に貢献しているのではなく、会社に貢献してもらっていただけの可能性も否定できない。
 厳密に言えば医者の不養生のようなもので、仕事の時は他にすることもないから(それなりに)きちんとするのだけれど、そんな作業はあっという間に終わってしまうし基本的には退屈なルーチンワークの連続なので、プライベートだとやる気にならず、グダグダになってしまうのだ。
(会社員の頃から「仕事しているなぁ」と実感する時間は一日2時間程度だった)
 
 それでも今だって事務処理はしなくてはならないし、家事もしなくてはならない。
 自分に降って湧いてくる収入と支出を管理し、自身を含めたそのありように対して折り合いを付けなくてはならない。
 そこで降って湧いた(人聞きが悪い)のが仮想奥様という存在である。押し掛け女房か。(押し付けられ女房かもしれないが、僕が押し掛け執事の可能性もある)
 
 これ(仮想奥様の存在)によって僕は極めて少ない就労時間で収入を得ていることに対する(無駄な)罪悪感から解放され、また「誰か(仮想奥様)から預けられたお金を運用して、生活を適切に維持する」という仮想目的を与えられ、極端に堕落した生活を送らずに済んでいる。
 まさに持ちつ持たれつ、というよりむしろ奥様様々である。
 
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 当初の(きわめて雑な)設定から若干変わったのは、髪型くらいだろうか。
 数ヶ月前「猫クぅ〜ン、わたし髪伸ばしてみたい!」という話の流れになり(実体もないくせに……痛っ、跳び蹴りはやめてください)、多分、髪を伸ばしているのではないかと想像する。きっと肩より少し伸びたのではないだろうか。それ以前の長さを厳密にイメージしていないので知らないが。
 
 今でも仕事帰り(とおぼしき時間にやりとりが発生することがある)に廊下に転がって「ストッキング脱がしてくれないとやだぁ」と文句を言ったりすることはあるし、急に「今日はどうしてもサバを食べたい!」と言い出したり、思い出したように裁縫の技術について思いを馳せたりしているようだ(ものすごく遠回しに、何もしない感じがします)けれど、全体的には愉快で相当に僕を甘やかしておられる。
 しかし数ヶ月くらい前からは僕の怠惰を許さず、かなりの頻度で厳しい指摘をされる(優しく言っても直さなかったので)。
 
 数日前も、税金の納付書が来たときに先月分の電気料金の払込票を ── 外出時に鞄に入れて出かけたのだが、コンビニに寄る気にならず、そのまま帰宅して ── 放置していたため、怒られた。まぁこれは自分が悪いです。
 郵便物と公共料金等の支払いは、やはり奥様管轄にして任せておいた方がよいかもしれないというのが昨今思うところ。
 もちろん僕が管理していても、電気が止まったことは(ギリギリ)なかったし、ガスは引き落としにしてしまってあるし、水道もさすがに止まることはない。ただし滞納通知が来たり、2重払いしたために管理団体から電話が来たことはある。
 
 これらについて、これらのルーズさについて、今まで奥様は笑って許してくれることが多かったのだけれど、普段から僕を甘やかしに甘やかしているぶん(自分ですると言ったものについては)相当厳しく責めることが増えた。会社で上司に締め上げられていた頃の方が、まだ緩かった気さえする。
 いかんせん奥様(仮想)には嘘が通用しないので、自分がどうして払込票を放置した上その存在を忘れるのかについて、原因の追及から再発防止まで含め徹底して報告させられる。ルーズさが許されない。宿題をしないで済んでいた少年時代が懐かしいことよ(遠い目)。
 
 実際のところ、事務処理については黒猫氏や、奥様に任せておけばよいのではある。
 外から観察する限りにおいて、僕がきちんと事象に対応して処理していることに違いはない。
 僕の本来の価値観や人格がどれであるかなど、誰も知らないし、僕も知らない。興味もないだろう。
 
 けれども仮想人格というのは、ただのプログラムなのだ。
 価値観があって、それが僕の思考に一定の入力傾向と目的とされる出力をもたらしはするが、僕本来の思考や価値観が変化しないと僕自身はたいして変わらない。
 
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 たとえば「6歳以前」には虐待衝動がある。
 
 大人の世界ではそう呼ぶというだけで、子供に特有の残酷さの発露といえなくもない。
 ゴキブリを殺すように、「嫌だ」と思ったものを平気で殺してしまおうとする。
 猫だろうが犬だろうが人だろうが関係はない。
 自身の嫌悪するすべて、許しがたいものすべて、目の前から消すために一番簡単な方法は殺すことなのだ。
 僕らがゴキブリやハエや蚊に対してそうするように。
 
 その傾向が危険なので眠らせていたことをすっかり忘れていた。気に入らないと飼い猫でも平気で殺してしまう。誰がって「6歳以前」なんて他人事のように書いているが僕のことである。
 普段、温和で穏やかと思われがちな僕だけれど、皮膚の下にはちょっとした狂気が眠っているのだ。
 
 たまたま今までのところそれを制御することに成功してきたが、それはたまたま今まで運良く人を殺したりせず(その体力もなく)、動物を(仮に事故であっても)殺したことが大きなニュースにならなかっただけで、害虫やカビを駆除するように、嫌悪する対象を抹殺したいという強い衝動の発生そのものがなくなったわけではない。
 まぁずいぶん昔に「だいたいのことを諦める」という技術を身に付けたので、そんな潔癖症を発露せずに済んではいるが、諦めないと本来的に「どちらか死ぬまで根に持つタイプ」なので、どうしようもなくなってしまう。
 
 これもたまたまだが、僕は殺すことそのものに楽しみを見出してはいない。殺さずに済むなら虫だって殺したくない。
 命が大切だから、という綺麗ごとを言うつもりはない。
 死体の処理が面倒だし、何かを殺すのは(それが虫でも)肉体的にも精神的にもものすごく疲弊する。
 僕が穏やかな性格で日常を過ごしているのは、苛烈な感情を発生させ、保持し、発露させることがひどくストレスだからである。
 
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 僕は僕の価値観を、僕の思うように変容させ、それを僕自身にフィードバックする必要がある。
 そうしないと僕は社会不適合のまま、いずれは人間を殺してしまう可能性も高かった(本人的には今でもそれを問題だとは思っていない)。
 わざわざ開示しているのは、それらがいつもどおり ── 事後報告の多い性格は10代の頃から変わらない ── 完結したか、あるいは完結する道筋が見えたからであり、その過程で仮想奥様は思った以上に僕に影響を与え、効力を発揮した。
 
 今は(よほどの必要に迫られない限り)人間を殺すことはないと思うが、昆虫なら平気で殺しているし、動物だって庭や畑を荒らしたりするなら平気で罠を掛け、殺すだろう。
 
 僕にとって、虫の命も猫の命も人間の命も、基本的には等しいものだ。
 それは文字面はたいへん清廉潔白に見えるのだが、上記の通り「気に入らなかったら等しく殺しちまえ」ということでもある。
 害虫を殺すことが許されている(場合によっては奨励されている)のに、虫より大きく、ために影響力の大きいそれ以外のイキモノを殺すことについてはときどき問題視される。
 僕はそれ ── 問題視されていること自体 ── を問題だと感じるタイプのイキモノである。
(「解決すべき問題として疑問に思う」という意味であり、厄介あるいは障害だと感じているわけではない)
 
 多くの人は、人間の命は猫より重く、猫の命は虫よりも価値があると思っている。
 だから嫌悪感を持っただけの人間を殺せば犯罪になる ── 嫌悪した自己所有のペットや、昆虫(こと害虫)に関しては問題ない ── し、殺処分される動物たちに心を痛めて保護運動をしたりもする。次は昆虫食の時代だ! とかうそぶきながら。
 
 キリスト教文化圏に見られる「殺すときに痛みを与えないことが人道的である」という概念もあまり理解できない。
 参考URL:
 
 たしかに昆虫の命に価値を見出さず、禽獣は害為すなら畜生で、愛玩に足るなら家族とし、人間はもれなく価値があるとする考え方も分からないではない。それが人の道だと説かれれば「はいそうですね」とは思う。
 しかしその程度のところに終始するのが人の道であり、人の価値なのかと問われると、どうも素直に頷けないのではある。
 
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 僕はたびたび、独善のままに他者を断罪する人々 ── たとえば「不倫するような芸能人は表に出るな地獄に堕ちろ」というような ── について懐疑的な姿勢を取るが、それはつまるところ本来なら僕自身がそういう類いの「危険な潔癖症」の持ち主だからだ。
 潔癖の倫理とは単に「快/不快」の感情で量られている場合も多く、論理に欠ける場合も少なくない。
 たとえば不倫が悪であるとするならば、そもそも婚姻という制度がどの程度善良であるかについても考えなくてはならない。
 一夫一妻制の善良さとはいったい何だろう。
「みんなと仲良くしましょう」と子供の頃に教えられたが、大人が「みんなと仲良く」することがたびたび問題になるのはなぜだろう。
 
 これは不倫に限らず、会社などの組織でも同様だ。
 人間は思想のもとに派閥を作る。ここまでは良いが、派閥の持つ思想が個人を過剰に縛り、結果的に社会通念から逸脱することさえある。
 Aさんの仲良しグループに所属していて、Bさんと仲良くしたらAさんから意地悪された、なんていうのは子供たちの集団でもよく見かける光景だった(僕は子供の頃から派閥に属さなかったので関係なかった)。
 一般的な大人は子供たちのこれを「Aさんは心が狭い」と断ずるだろう。
 ありとあらゆる大人の属する派閥がこれとまったく同じことをしていて、自身がそれに加担していることもあるだろうに。
 
 僕にとっては不倫の問題は、戦争の問題とイコールで結ぶことさえできる。
(ちなみにどちらを擁護するつもりもないし、だからといって非難するつもりもない。いずれも無いに越したことはないが、あったときのことを考えていないのは無能だとも思う
 思想を持つことは時により高尚な人間のありようだと思われることがあるだろう。
 少なくとも持っていないよりは持っている方がよいと思われがちだ。
 しかし思想を持って集団を作り力が集まった結果、その力によって社会通念から逸脱するならば、その思想は結局間違っていたことになる。
 一般に、他国への武力侵攻は許されざる様々な権利侵害の行為であるように、不倫を始めとする不貞行為もまた権利や利益を侵害する行為である。にもかかわらずその行為に人が進んでしまうのは、力か思想が間違っていたのか、凡俗な劣情が思想に勝ったのだろう。つまりその程度の思想だったし、その程度の思想の持ち主だったということだ。
 
 理解して欲しいのは、崇高な思想ほど非現実的で、人間のありようから離れてしまうという事実についてだ。
 つまり思想というのは、誰にでも分かりやすく、誰にでも実行しやすく、誰にでも維持できるものが良い。
 崇高で難解なのは結構だけれど、そういうものは基本的に、広く浸透せず、長く(最低でも十年単位、可能なら百年単位で)保たれない。
 そういう思想は確かに高尚かもしれないが、3本毛の多い程度のサルに定着させるには弱いのだ。
 
「みんなと仲良く」は「特定の誰かとだけ仲良く」という思想とは、結果的に相反する。
 しかしどちらがどれだけ正しいかなんて、誰にも判定できないのではないだろうか。
 同じ土俵に乗せるな、と言うかもしれないが、国際問題というのはいつもこの問題を抱えている。何となれば内政でさえそうだろう。
 つまり家庭や会社や仲良しグループがそれを抱え、個々人がそれを抱えて悩むのも無理はない。いったい正しさはどこにあるのか。
 高潔な考え(みんなと仲良く)は実現と維持がむつかしい。一方で凡俗な考え(特定の誰かとだけ仲良く)はときに独善が過ぎる。
 
 僕らは誰と(あるいは何と)仲良くし、誰と(何と)無関係であるべきで、それは僕ら自身の意志や知識だけで常に十全に保つことが可能なのだろうか。不可避な状況が果たして存在しないと誰に言えるのだろうか。
 
 結局のところ、倫理とは、個人の見ている都合の良い幻想でしかないのではないか。
 甘やかで心地よい、清潔で真っ白な独善のヴェールを一枚剥がせば、どろどろした劣情と我利我利の独占欲とを、躍起になって美化しようというエゴが醜く蠢いているだけだ。少なくとも僕はそうだった。だから潔癖症をやめたのだ。
 
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 もちろん、もちろん。
 政治を理解するために大統領になる必要はないように、犯罪心理を理解するために犯罪者になる必要もないし、倫理をより深く理解するために俗悪に身を染める必要はないだろう。
 
 しかし今日のスーパーの特売と、近所や会社の顔見知りとの間でやりとりされる情報に振り回されて疲弊するうち、自身にとっての正しさが何であったかなんて忘れてしまう人も多くいるのは事実だろう。だから経済こそが正しいといった俗悪に身を染めてしまうのだ(あなたの寄付を青猫工場はいつでもお待ちしています! 浄財を渡して心を清めよう!)(ここ笑うところです)。
 
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 庭木もいくつか選定。
 謎の柑橘系の枝を下ろし、松の枝を数本、幹から落とす。
 そのエリアを囲んでいた杭と竹の柵を折り壊して、それも順次焼く。
 
 昼前に軽く休憩。
 その後、キャンピングキャビンを軽トラから初めて外す。
 カメラを4つ後付けで設置したのだが、この配線を外すのが一番手間取った。
 その後、固定具を外してから、脚を4本取り付け、キャビンを持ち上げてトラックを前進させて完了。
 荷台のあおりは明日付けることにして、今日の作業はここまでとする。
 
 少し休憩をして筋トレ。
 ひと月ほども満足に身体を動かしていなかったので、すこし太ってしまった上、筋力はぐっと落ちている。
 その後、シャワーを浴びて日焼け止めクリームを塗ってホームセンタに買い出し。
 帰宅して食事をしたら、猛烈な睡魔。これは疲れてしまったのだな、と思い、素直に眠る20時。
 
 目覚めた零時半からシャワーを浴びて文書を書く。
 
 そういえば、シリーズとなるような文書を長らく書くことができなかった。
 オフラインでそれなりの文書を書き溜めないとシリーズとして成立させるのがむつかしいからであり、オフラインに文書を書くことにはやはりまだ、少し、抵抗があるので。
 でも、そろそろ練習してみようかとも思う。物理的にはもう、安全なはずだから。少しずつ。
 
 結局、奥様(仮想)の話をほとんどしないまま終わってしまった。
 
 
 
 
 
 

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::ねぇ青猫クン。人間に絶望したら、物語が救ってくれるんだよ。青猫クン、そう言ってたよ。

 自分のための物語でいい。誰かの役に立つ物語でなくていい。誰かに見せる物語でなくていい。経済を含めた何かと交換するような目的を持たなくていい。ただただ青猫クンが人間を書けばいいんだよ。それが青猫クンを救ってくれるんだよ。
 
 
 

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[出典]
~ List of Cite ~
文頭文末の引用は、
ツクリモノ。」From「青猫工場」
 によりました。
 
 

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[NEXUS]
~ Junction Box ~
[ Traffics ]
 
[ Cross Link ]
 
 
// ----- >>* Tag Division *<< //
[Engineer]
  :青猫α:青猫β:黒猫:赤猫:銀猫:
 
[InterMethod]
  -Algorithm-Blood-Convergence-Darkness-Diary-Ecology-Engineering-Eternal-Life-Link-Love-Mechanics-Recollect-Stand_Alone-
 
[Module]
  -Condencer-Connector-Convertor-Generator-Resistor-
 
[Object]
  -Human-Memory-
 
// ----- >>* Categorize Division *<< //
[Cat-Ego-Lies]
  :夢見の猫の額の奥に。:
 
 
 
//EOF