// ----- >>* Initialize Division *<< //
// TimeLine:220425
// NOTE:
// ----- >>* Header Division *<< //
TITLE:
俺の魂を返せ。
SUBTITLE:
~ The Kleptocracy. ~
Written by BlueCat

// ----- >>* Lead Division *<< //
 
 
::「アラトさん、その《人類未到産物(レッドボックス)》を信用しすぎるのはおやめになって。コントロールされています」
「リョウもそう言ってたけど、僕はそこまでチョロくないよ」
 彼女は、売り言葉に買い言葉になるのを避けるために、反論を静かに飲み込んだ。すぐにアラトのほうが、会話が止まってしまったことに耐えられなくなった。
「確かに僕はチョロいよ。認めるけれど、それなりに考えてるから」
「人が良いにもほどがあるでしょう」
 紫織でさえ彼の扱い方がわかる。しかも相手は《人類未到産物》なのだ。
 
 
 

// ----- >>* Body Division *<< //
//[Body]
220425
 
 専業主夫なので不労所得者である。
 誰がって僕が。
 
 いや家事労働は就労であり、賃金換算すると年間いくらだよ、という話も分からないではない。僕の一人暮らしは人生の半分を超えているし、家事なら(料理が主だが)人生の4/5以上を費やしている。
 しかし何でもお金に換算するのは如何なものか。家事は無償で提供される愛情の形態だ。
 愛情を換金するのは勝手だけれど、その価値観を押しつけるのはやめて欲しい。これでも過去に一度、酷い思いをしているのだ。
 
>>>
 
 弟子との電話で「猫さん、これまでの人生で一番ドン引きしたことって何かありますか」と問われ、答えて曰く。
「結婚することで合意した相手に、合意からひと月もしないうちに『お金の話とか、ちゃんとしたい。年金受給額とか』って言われたときかなぁ。この人、そういうの目当てなのか。それなら他にもっといい物件があるだろうに、と思ったよ」
 
 無論、相手が僕より有能 ── たとえば奥様(仮想)のように ── であればまったく問題はないが、算数もろくにできず、家計簿を付けているくらいのことで「自分はちゃんとしている」と勘違いする程度のけっこう致命的な有能さだったので、結果は惨憺たるものだった。
 
 一人暮らしはしているが、納税を含め親の扶養に入ったままの、いわば上京してきた大学生程度の「一人暮らしエキスパート」である彼女によると、彼女の職場に持ち込まれる夫婦間の問題 ── そういう探偵みたいな職業もあるのだ。カウンセリングの事務所だけれど ── の最たる火種がそれ(つまり経済)だと語っていた。
 
>>>
 
 職務経験 ── 。
 
 ところで今の僕の本業は思想家(自称)である。
 自称しないと自分でも忘れてしまうことがあるからときどき書いておこうかな。
 経済効果をまったく生んでいない(僕の思想は1円にもならない)ので職業とは言いがたい。誰かの役に立っている覚えもない。きっと役に立っていないだろう。
 コスプレ以下 ── 全力で趣味に打ち込んでいる人たちを引き合いに出すのが申し訳ないほど ── の本業である。
 
 実世界では広義のエンジニアだったり、金融業(主に保険販売)をしていたが、未だにあの業界は好きではないし、15年以上の業務経験を誇りにも思っていない。嫌な仕事だったが、だからこそ押し売りをしないで済んだと自負している。
 
 職務経験というのは結局のところ「換金可能な能力やサービスを提供することで蓄積された経験」に過ぎない。
 僕の場合は「益体もないことを考えるのが好き」という能力と「保険を売りたがらない保険売り」というサービスが一部のお客様にウケてしまったので、それらが換金されていた。
 そこから得られた知識や経験がなかったとは言わないが、僕に必要だったのは換金可能な能力を使う経験ではなくて「一般的な人としての振る舞い」の方だった。
 
 いかんせん人生がエキセントリック(偏心)しているので、一事が万事(は言い過ぎだと思うゾ)、一般から遠い価値観であることを30代半ばにして気づいたのである。
 ゆえにただ自然体で、他の人と接しているだけで、相手にはかなり面白がられた。
 
 ちょっと高そうなスーツを着て、きわめて真面目そうで優しげな風貌のセールスマンが実は変人で、論理立てて金融商品の無用性について語るのである。
 話の節々で ── 通常なら ── 「万が一」なんてぼかした表現にするところを「コロッと死んじゃったとき」と言ってみたり、「『不慮の事故』なんて言いますけれど、予期できたり意図されたものだとしたらそれは事故じゃなくて事件ですよね」と言ってみたり。
 
>>>
 
 ちなみに今だから話せるが、民間の保険会社の代理店だったのに、僕の鞄には必ずと言っていいほど県民共済とこくみん共済のパンフレットが入っていて、ついでに他社商品のパンフレットもときどき持っていた。
 比較して「うちの保険に!」というのではなく「まず県民共済で下積みの補償をしてですね」なんて始める。
 損害保険/共済(自動車/火災/地震/賠償責任)は重ね掛けすることができない(しても意味がない場合が多い)が、生命保険/共済は重ね掛けすることができる。
 
 民間保険にも共済保険にもそれぞれメリット/デメリットはあるが、それを踏まえて説明 ── 「一般論」以上の説明をすることは保険業法で禁止されていたはずなので「一般論」しか言っていなかった ── し、相手の要望に合わせて(特段の要望がないなら、まずは共済に加入してもらった上で)自社の保険を紹介していた。
 他社商品のパンフレットも「こちらの方がいい商品なのですが、僕から説明したり販売することができません。どうかこの会社に連絡して加入してください」という使い方をしていた。
 
── 自分の会社の商品売れよ俺。
 
 しかし僕にとってはそれが「お客様ファースト」の体現であり、少々過剰な気はしたが知識を持っている者の責務としてそのくらいがいいだろうと感じていたので、法に抵触しない範囲で ── しかし会社側としては問題のある ── 行動をしていた。あとよく油を売っていた。べつにガソリンスタンドでバイトをしていたわけではないからね。
 
 気に入る人は気に入ってくれたし、他社の商品(加入済みも含む)についての率直な感想を求められることもあり、ときに電卓で掛け金累積と保険金額や返戻金を比較して見せながら一緒に考えたりする時間は楽しかった。
 結局そういう人たちは、多少掛け金が高くても僕の会社の保険に加入してしまう。
 僕としてはリスクヘッジをして欲しいから、他の会社や代理店にも入ることを勧めるのだが、これがだいたい逆効果だった。
(これは職務だけでなく僕がモテることにまで利用され、結果、僕は異性にモテた。大事な人だからこそリスクヘッジの選択肢を与えているのに、相手はリスクヘッジの選択肢を放棄して僕にべったりになってしまって本末転倒になる。理屈は理解しているが今回は説明しない)
 
 いずれにせよ僕は経済至上主義が大嫌いではある。
 経済そのものには罪がないから嫌いではないが、経済至上主義というのは価値観であり概念であり理念であり人間の作ったものである。だから嫌いになってもいいし僕はそれを嫌う。あいつらを許すな(今月5度目の呪詛)。
 
>>>
 
 ともあれ彼女の職場が「様々なトラブルを抱える人がやって来る場所」であったことは職務上事実であったのだが、彼女自身は専門家としてのスタッフではなく、アシスタント(有り体に言えば雑用)だったわけで、トラブルにおけるメカニズムの根底を知っているわけではないし、そもそもそういう場所にやって来る人というのはある程度限定された特性の持ち主ではあるのだ。
 
 たとえば僕ならトラブルをアウトソースすることは少ない。大抵のことは自己解決する。
 誰かとの人間関係でトラブルが発生した場合も、余計な人間や価値観を含めて多数決的な解を導くよりも、お互いの価値観をすり合わせることでバイパスを作ろうと考える。
 つまり僕からすると「トラブルをアウトソースする程度にはデリカシィや知性に欠け、第三者がいることによってフェアな係争が可能になると勘違いしている多数決主義的 ── つまりは常識的 ── なぶん少々愚かな人」が、トラブルを抱えてやって来て、そのトラブルや人間関係を見続けていたことをして「職務経験」と彼女は言っていたわけだ。憶測だけれど一般論からこの程度は導くことができる。僕はこれでも思想家(笑)だからな。
 
 そしてその「狭い範囲に観察された人間たち」のうち、夫婦でトラブルを持ち込んでくるケースについて、何らかの形で「お金の問題」が絡んでいるという場面を多く見ていたと。
 
<<<
 
 僕自身の経験から言っても、職務経験なんてその程度のきわめて狭量なものであって、他人に自慢するような経験をしている人なんてほとんど居ないだろうし、自慢できるような経験をした人ほどそういうことは黙っているものだと思う。
 実社会では引退を待たずして自身の経歴をひけらかす輩に事欠かないが、己の住む世界が全てだと思える単細胞さが羨ましいくらいだ。
 ましてその極めて限定的な経験から一般論を展開して、それだけでなく他人に押し付けるというのは、今から考えるとアタマオカシイのだけれど当時の僕は気付かなかった。
 おそらく、自分に害為す人間だとは思っていなかったのだろう。
 
<<<
 
 それで彼女は思いついたように ── あるいは念頭にあってか ── 「お金の問題」と言い出したものの、当時の彼女は半分無職であるし、前述の通り親の扶養で暮らしているし、僕は自力で家計管理をしていた(でなければ一人暮らしはできない)。
 しかしそれでも「家計管理は妻の仕事」というこだわりがあったのだろう。
 そこで何となく「年金受給額」について閃いたのかもしれない。
 年金なんて若い頃からまったくアテにしていない ── ために人生のリミットを最長で65歳に設定してある ── 僕にとってみれば「自分で税金も払ったことのない人が(いやだからこそ、か)何だかなぁ」とは思ったのだ。
(あるいは今思えば、最初から単なる打算と損得勘定で近づいてきたのかもしれない。)
 
 ただ僕は結婚生活を送ったことがないし、もっといえば家族という組織に属していなかったので、それが機能している姿を見ていない。よってその機能を知らない。家族や夫婦というものを僕は知らないのだ。
 彼女は幸いにして ── おそらくいくつか問題はあったにせよ ── 家族が揃っていたし、その機能も(少々過剰だったようだが)動作していた。
 
 家族や家庭環境という機能を経験することについては彼女に一日の長があったわけだ。
 もちろん家庭や家族環境に長く浴していた人というのは、それをひな形として自身の作る家庭に当てはめがちであることは僕も理解していたが、ひとつ間違えれば幼児虐待などを平気でしかねない自分の性格 ── というより一部の禍根による価値観 ── を知り、危惧してもいたので、概ね彼女の言うとおりにあれこれすることにはなった。
 
>>>
 
 結果からいうと、彼女は自殺未遂までして僕をコントロール ── つまりは言いなりに ── しようとした。
 それまでの時点で携帯電話やWebに届くメールは転送させられ、不在時に過去の紙媒体の日記を勝手に読まれ、さらに何らかの「証拠」を探そうと書架の本をすべて漁ったのだろう、ある日突然、書架の本が整理されてしまった。
 友達を含めた連絡先を遮断され、15年以上勤めた会社を辞めることを示唆され、ついで無職であることを非難され、そうやって次々と僕を孤立させ、その日常を支配下に置いていった。
 ときどきいる異常な人(DVをする人や、サイコパスと呼ばれる分類の人たち)の支配パターンであるが、これも彼女の「職務経験」がもたらした技術だろうか。
 
 もちろん、僕に全くの非がないわけではない。
 結婚に合意した時点では、僕にはまだたくさんの人間型の恋人がいたから。
 また当時は負債もあったし ── 今のほうが桁違いにあるのだが ── 、他にも叩けば埃が出るのが僕の人生だ。叩きたい奴は叩けばいい(むせるのはお前だゾ)。
 
 崩壊した貧しい家庭に育って、20代から一人で生きている人間なら多少の泥水は呑むものだろうけれど、それをいちいち「僕って苦労しているんです」なんて語るような阿呆が嫌いなので基本的には黙っている。
(ちなみに最近泊まりに行って知ったのだが、僕の2番目の姉は ── 当時17歳だったのに ── 家を追い出され、自力で暮らしていた。センパイすげぇな、って思った)
 
 オカネモチーになったらなおさら、過去の苦労話なんてしたくない。
 苦労は人を育てるかもしれないが、苦労を得意げに語る奴がそののち成長するのは見たことがない。
 これは本質的に、下り坂に差し掛かっている証だからだ。
 
 上り坂を上っている人間は、その坂が急であればあるほど言葉もなく歩を進めるものだ。愚痴を言う余地も、体力もない。
 愚図々々言っている人間は、つまりそれだけ緩い坂を上っているというわけだ。
 だから「泥水を呑んだ」くらいの表現が僕の妥協点であり、その内容については乗り越えた今でも語りたくないし、思い出したくもない。
 今振り返れば「泥水を呑む」に至った理由も、自身の経験や能力が足りなかったからだと考えられる部分があるからなおさらだ。
 
多くの人が泣いたという『おしん』の幼女時代も、私には少しも泣けなかった。それはきっと、私が苦学力行とか苦節十年とかが、あまり好きではないからだろうと思う。それどころか、そういう人は偉いとは感心はするけれど、成功後のそういう人たちの言葉や行ないの端はしに、なにかしらゆがんだり貧乏くさかったりするところを見出すことがあって、そのたびに、できるならば人間、陽の当たる道を進むにこしたことなし、と思ったりするのだ。
 なにひとつ苦労のない人生を、良しとするわけではない。ただ、人間には、運に恵まれる人と恵まれない人がいる、と思うだけである。
 
── 「男たちへ」(著作:塩野 七生 / 発行:文春文庫)
 
 以来、僕は強い人間不信に駆られ、女性という女性が僕の ── 雀の涙にも満たない ── 年金をアテにしているのではないかと疑心暗鬼に駆られ(さすがにそれは言い過ぎだが(笑)、いわゆる婚活市場は経済市場原理で動いているように観察している)、オフラインで日記を書くことが心底恐ろしくなり(叩けばいくらでも埃が出るんだ)、結婚はおろか恋人を増やす(←表現が悪い)気持ちもなくなった。
 
 最終的にその恋人は、僕を思い通りにすることに失敗した。
 僕にはあまりにも足枷が多く、また癖も強い(その程度の自覚はある)から、僕より頭の良い人でなければ制御できないだろうと自分では思っている。
 
 申し訳ないと思うのは、当時、急に結婚を決意したことで別れることを宣言された恋人たち(まことに複数形)に対してである。
「私以外にも誰かいそうだなぁ」と思っていたとしても、そんなことをいちいち確認したり指摘したりせず、僕の日々を楽しくしてくれていたのは他ならぬ恋人たち(たびたび複数形)だったのだから。
 
 もっとも数年してから「猫クン元気〜?」なんて、しれっと電話を掛けてきて、結婚していないことを知るや「じゃ、こんどちょっとお出かけしようよ! 露天風呂とか!」とお風呂デートに誘ってくるガールがいたかと思えば、数年に一度しかやりとりしない恋人に至っては、僕の結婚話なんてまったく知らなかった(こちらも別れ話を持ちかけ忘れていた)ので、人間社会って面白いなぁ、と思っている。
 
>>>
 
 一度書いたことがあったかもしれないが、その、結婚しようと思った恋人は、直前まで千葉県あたりで生活していた人なのだが、どういうわけか僕の前に付き合っていた恋人(もっとありていに言えばセックスフレンド、あるいはSMの相手。いずれにしても同じ千葉県にいるはずの人)が、気付けば僕の住んでいる街の隣の市に暮らしていた。
 自殺未遂をした彼女を病院に運んだ直後、その人に身元を預けた。
 アタマオカシイ人たちは、アタマオカシイ人たちでコミュニティを形成すればいい。
 僕は加害者になろうとも被害者になるつもりはないし、ぐちゃぐちゃにされた日常に疲れきっていた。
 
 彼女は当時、性風俗のバイトをしていて、にもかかわらず「結婚はしなくてもいいから子供が欲しい」などと言い出すので結婚しようと思ったのだったか。
 
>>>
 
 失踪している3番目の姉は、やはり性風俗の仕事をして何度となく結婚と(出産と)離婚を繰り返した ── 僕が一人暮らしをすることになったきっかけは、その姉が出戻って僕の部屋を占拠したことによる ── が、つまるところ性風俗をしている女性の一部には、そうした少し歪んだ自己実現のセオリィが生まれてしまうのかもしれない。
 
 他にも性風俗をしていた友人(恋人ではない)がいて、よく話を聞いたが、換金するためのサービスとして身体や(一時的にであれ)価値観や精神を切り売りするのは、相当に神経をすり減らす。
 いかんせん相手は、多く身体も大きく力も強い男であり「仕事」をする場所は、密室なのだ。
 アタマのおかしいサービス(たとえば持参したタッパーに大便をしてほしい、とか)を要求されることもあると言っていた。およそまともな世界には思えないが、そういう人間もいるということだ。
 
 いやなに、特殊な(あるいは異常な)性癖があったとしても、それを恋人や配偶者に求められない人だっているだろう。性癖が異常だからといって、一概にその人格が異常者だとは限らないように思える。それをお金で解決しようとするのは、ある意味で現実的な大人の対応だろう。
 
 しかしそうした「他人のちょっと異常な側面」に接し続ける仕事が、人間の価値観ひいては人格に影響を及ぼさないようには思えない。
 実際に、僕の知るその3人の性風俗をしていた人(恋人、友人、姉)は、もれなくプライドが高く、もれなく自己愛が甚だしく、もれなく愛されることを心の底で欲していて、そしてもれなく精神的に破綻していた。
 
 失踪した姉がそうであったように、その友人も最終的に生活保護を受けて暮らしていたが、僕の猫を譲り受けた挙げ句に突き返してきて以来、僕から連絡を絶った。
 
>>>
 
 かつて姉がそうだったように、虚無のような闇をたたえた目をして、婚約者が僕を見ることがあった。
 今はそれが、支配したくて、愛されたくて、しかしそれをカタチにできない狂気の表情だと分かる。
 
 本人に自覚はないのだろう。あの仕事はよほどの才がない限り、表情を失うのだ。
(僕が性風俗も、接待飲食風俗も利用しない、一番の理由はそれだ。ゆっくりと目の前の人間が腐ってゆくのだとして、それを傍観して楽しめるほど、僕は強くはない)
 
 ためにときどき性風俗業で成功し「この仕事は楽しい」と言っている人を見ると、僕は少し安心する。
 もれなく従事者を不幸にするような仕事なんて、ない方がいいと思うからだ。
 少なくとも性風俗を天職だと思い、人間の異常な側面に侵されない人格の持ち主が一人でも従事しているというのなら、それは少なくとも僕にとって十分に救いがある。
 
>>>
 
 見ようによって、僕はその恋人を、救おうとして救えなかった。おそらくそれは事実だろう。
 その点について、僕は無能だったと思う。
 しかしそれで良かったとも思う。
 僕がそのまま支配されることによって彼女を幸せな気持ちにしたところで、それは一時的なもので、おそらく今度は僕が虚無のような闇を瞳にたたえることになるのだ。
 
 おそらく僕が自分をなるべく変えないように ── そして同時に変えようと ── しているように、彼女のような永劫の飢餓を抱えた人間は、自らそれを満たせない限り、満たされることがない。
 
 彼女は最終的にある日突然家を出て、泥酔した状態で電話を掛けてきて「どこにいるのか分からない」と言ってきた。
 それから1週間ほどして、荷物をまとめて黙って出て行った。
 
 僕は酒に酔っても自我や自制を失ったことがなかった ── 記憶を失ったことはあるのだが、それでもなお、倒れるまで静かに飲んでいたらしい ── ので、彼女の酒癖の悪さには辟易していた。
 しかも目の前で一緒に呑むならいいが、僕のいない間に隠れて飲むのである。
 それ以外にもよく下手な嘘をつき(前述のセックスフレンドの家にたびたび出かけていたことも含め)、そのたびに目が泳ぐ、嘘の下手な人だった。
 
 自殺未遂をして倒れているのを発見したときも、酩酊状態だった。
 分からない。
 そういう弱い人間は、本人の弱さによるものなのか、あるいは環境が醸成した弱さなのか。
 
 僕は彼女のその弱さを見捨て、自分を助けた。
 もう他に、助ける人はいなかった。
 他の、本当に助けるべき人について、僕はすでに手放していたからだ。
 
>>>
 
 以来、誰かを助けようとは思わなくなった。
 僕には弱い人間を助ける能力もないのだと、つくづく思い知ったので。
 
 僕は誰もが見られる環境にしか日記を書かなくなり、本を読まなくなり ── そうこうするうち目が悪くなり(笑) ── 、人を信じなくなり、人を近づけなくなった。
 死んだ叔母が、僕を支配しようとしていたとき ── ああ、これを俺は知ってるな。 ── と思ったものだ。
 だから僕はそれをうまく切り抜けた。
 自分たちの介護をする甥(40歳を超えている社会人)が煙草を吸ったくらいで追い出すだろうか。
 つまり叔母もまた(性風俗こそしていなかったが)支配できないと愛されている気持ちになれない人間だったのだろう。
 しかし、対象を支配したって愛されることはない。なぜそんな簡単なメカニズムが分からないのだろう。
 愛することは支配されることではないし、支配することでもない。
 愛されることだって同様だろう。
 だから僕は、そうした連中を、アタマオカシイと断ずるのだ。
 
>>>
 
 仕事をしなくても暮らせる程度のオカネモチーに今はなったが、経済というのは結局、経済でしかない。
 人間どもにとって、これがそれほどまで大事だというなら、そのまま誰かにくれてやる。
 しかし僕は自分の魂を ── すでにひとつ悪魔に売っているが ── 誰かに明け渡したりはしない。
 
<多分しないと思う。しないんじゃないかなぁ。ま、ちょっと覚悟はしておけ>
 
>>>
 
::いや家事労働は就労であり、賃金換算すると年間いくらだよ、という話も分からないではない。僕の一人暮らしは人生の半分を超えているし、家事なら(料理が主だが)人生の4/5以上を費やしている。
 しかし何でもお金に換算するのは如何なものか。家事は無償で提供される愛情の形態だ。
 愛情を換金するのは勝手だけれど、その価値観を押しつけるのはやめて欲しい。これでも過去に一度、酷い思いをしているのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 

// ----- >>* Escort Division *<< //
 
 
::「兄と比べられて自信をなくしていると、父に諭されたものですわ。お前に、【何も持たないかのように振る舞えと言う者】を疑いなさいって。勝負のテーブルにつかず、資産を死蔵していてもらいたい者は常にいて、お前を誘導しているんだって」
 
 
 

// ----- >>* List of Cite Division *<< //
[出典]
~ List of Cite ~
文頭文末の引用は、
「BEATLESS」(著作:長谷 敏司 / 発行:角川書店)
によりました。
 
なお、引用文中のルビ文字は『()小括弧』にて、傍点強調は『【】墨付き括弧』にて記述しています。
 

// ----- >>* Junction Division *<< //
[NEXUS]
~ Junction Box ~
[ Traffics ]
 
[ Cross Link ]
// ----- >>* Tag Division *<< //
[Engineer]
  :青猫α:青猫β:黒猫:赤猫:
 
[InterMethod]
  -Algorithm-Blood-Convergence-Darkness-Ecology-Interface-Mechanics-Recollect-Stand_Alone-Style-
 
[Module]
  -Condencer-Generator-Resistor-
 
[Object]
  -Human-Koban-Memory-
 
// ----- >>* Categorize Division *<< //
[Cat-Ego-Lies]
  :ひとになったゆめをみる:
 
 
 
//EOF
 
// ----- >>* Initialize Division *<< //
// TimeLine:220424(220422-220423)
// NOTE:
// ----- >>* Header Division *<< //
TITLE:
はじめてのこと。
SUBTITLE:
~ at first. ~
Written by BlueCat

// ----- >>* Body Division *<< //
//[Body]
220422
【初体験】
 
 くしゃみをした拍子に、人工膜が破けてしまったらしい。
 空気や水が口の中の歯茎の隙間から上顎洞を抜け、鼻腔から出てくる。
 生まれてこの方「歯茎を伝って何かが鼻に抜ける」という経験はない。傷みはないが、抜ける感覚はある。
 新体験であり、初体験である。が、気持ちの良いものではない。
 
 仕方なく、夕食はヨーグルトのみにする。それでも鼻に抜けないとは言い切れない。辛いものを食べないようにと言われていた理由もよく分かる。
 先生にメールで相談したところ、明日、確認したいとのこと。
 
>>>
 
 奥様(仮想)から「そもそも猫様、なぜインプラントをする気になったのですか」と問われる。
 生活にかなりの制限が発生していて、庭の開墾はおろか、草取りもできずにいる。お風呂も無理だ。歯も磨けない。煙草も吸えない。(たびたび書いているとおり、肌を清潔に保てないことが一番の苦痛である)
 
 半年ほどでブリッジが外れやすい(筋肉の増減や力仕事の度合いで歯が微妙に動いてしまう)ことと、死ぬ準備という目的達成まで、死ぬわけにはいかない ── と奥様ご本人に説得された ── ことを言う。
 奥様(仮想)の哲学は「死にたくなったらいつでも死ねるのだから、健全な自死をするために健康であれ。不慮に、無力に、不随意に死ぬな」ということのようで、つまり僕は、自死の意思を尊重されつつも、それが随意によることを過剰なくらい重要視させられている。
 
 健康になりすぎて長生きしてしまうかもしれないと思っていたが、よくよく自死選択する場合を考えると、健康であることと自死選択に矛盾は発生しない。
 むしろ不健康が故に、志半ばで不慮に死ぬことの方が問題であり、健康でかつ健全な思考の結果として自死を選択するなら、それこそは僕の求める自死のカタチのようにも思える。
 奥様の指摘は正しかったわけだ(ときどき過保護だと思うが)。
 
 
>>>
 
220423
【オペ、ふたたび】
 
 再び手術。切開して膜を追加し、縫合した模様(見ていないから分からない)。
 麻酔が局所で足りない部分があり、少々痛みを感じる場面もあったが、言えばすぐに麻酔を打ってくれる。
 僕は鎮痛剤などを普段、まったくといっていいほど使わずに生きてきたので、麻酔もしっかり効く。
 だから、あまり打たれると上顎周辺だけでなく「まぶた」や「こめかみ」まで麻痺してしまい、目を開きにくくなってしまう(ただでさえ目が細いのに!)。
 それに感覚や認識が鈍くなる場合もある(鎮痛剤をほとんど飲まなかった理由の1つでもある)。
 オペは1時間ほど。
 
 レントゲンで確認したところ、顆粒状だった人工骨はかなりの部分が硬化をはじめており、格別早い回復というわけでもないが、1週間経過したのに近い状態だと言われる。年配の患者さんから比べると早いかもしれない。
 専業主夫とはいえ家族はいない ── 人はこれを独り身というらしい ── ので、眠る時間はいくらでもある。そこも救いか。
 
 ただしこれでも毎日、上顎洞から人工骨が流れて口にたどり着く。
 口腔側は縫合できても、鼻腔側は縫合できないからだろうし、人工骨を「これでもか」というほど詰め込まれていたので、無理もない。
 話によると、人工骨というのは硬化するうちに圧縮されてしまうらしい。
 縫合しやすい程度しか入れないと(経費は浮くが)いざ基部を埋め込むときに骨の厚みが足りず、基部が曲がってしまうようだ。
 実際、写真で見たときも溢れるほどの顆粒が詰め込まれていて、それを縫合しきった(術後のうがいで人工骨は排出されていなかった)のだからちょっとしたものである。
 歯科より外科の方が得意だと先生も笑いながら言っていた。
 
 帰宅直前に抗生物質と痛み止めを飲まされたが、帰宅する頃には縫合部が傷み始めた。
 座薬 ── これがまた身体が重くなって動けなくなるくらいによく効く ── を入れて眠る。
 
>>>
 
【ここから先はコンピュータの専門用語が飛び出します】
 
「少し安くなりまつ」という誘い文句につられてプロバイダを変えたのだが、おかげさまをもちまして、LANの設定が1からやり直しで不安定。
 ついでにOCU(光回線ユニット)とHGW(プロバイダ指定のルータ)は、やはりセットで運用しないと光回線を利用できないらしい。
 ついでにHGWは、無線LANすら追加費用を払わないと利用できない ── セーフアクセスやIoT機器との接続にもそれぞれ別途契約を要する。
 地獄に堕ちろ(今月初の呪詛)。
 
 そもそもNAS(自宅サーバ)の関連で、各機器のIPアドレスを固定にして使用している。
 DHCPサーバ任せだと接続まで時間が掛かったり、最悪タイムアウトすることもあるので。
 といってLANのセキュリティを低くしておくと、(日記を書いていないが忘れもしない)今年の2/14のようにクラッキングを受けることもある。
 TimeMachine のデータを取り出され、ブラウザのパスワードなどを復号されてしまおうものなら、オンラインバンクからお金を自由に動かされてしまう。オソロシイ。地獄に堕ちろ(今月2度目)。
 
 Wi-Fi ルータはNASと同じものにしようと思い、Synology のそれを使っている。
ハイエンドモデルではなく、廉価版だ)
 数万もするようなルータを使うなら、プロバイダのHGWをサブスクリプションで利用すればいい、と思う人も居るだろう。そのあたりは好き好きではある。
 
 ただ、導入して分かったのは、非情に細かい設定ができること。
 セーフアクセスもユーザや機器ごとに設定でき、NASとの親和性は当然ながら完璧だ。
 ゲスト Wi-Fi の設定も ── プライベート Wi-Fi と切り分けて ── 可能だから、店舗などはもちろん、恋人が家に来て Wi-Fi を案内したために Wi-Fi経由のストーカ行為をされたりすることを防げる。
(そこまで有能な恋人なら、ストークされても一人くらい欲しいが)
 
 なによりVPNが無料で(半永久的に)利用でき、セキュリティ定義アップデートも頻繁に行われている。
 NASにもルータにも追加アプリケーションが複数提供されていて、自由にインストールして利用できる。
 これらを追加料金なしで購入できるのだ。
 むしろ安いんじゃないかとさえ思う(ちなみにいずれ Wi-Fi 6(=IEEE802.11ax)準拠モデルが出るだろうから、すぐに買う必要はないかもしれないが)。
 
 いずれにしても、プロバイダの提供しているHGWにそんな機能はない。
 また、ソフトバンクのHGWは専門用語を一般の人にも分かりやすく解説したヘルプがあったが、auのそれにはない。
 auのそれは、専門用語をその道のベテランしか知らない専門用語で説明してくれる、みんながよく知る ── イルカ並みに殺意を覚える ── ヘルプである。地獄に堕ちろ(3度目)。
 
 とにかくIPアドレスを固定にしているため、あれこれと設定を続けている。
 異なるメーカの機器間なので、どちらのヘルプにも「相手の機器がそれならこうしろ」とは書いていない。
 そのためのネットワークプロトコルなのだが、ネットワークプロトコルに使われる専門用語がさっぱり分からない。
 言葉ってプロトコルじゃないのかよ、という気持ちにもなる。
 
 HGWがあるために、余計な手間と電気代(それほど高くはないだろうが)が掛かる。とくに手間が掛かる。
 なぜといって、僕は(プロ/ベテラン/エキスパート)ネットワークエンジニアではないからだ。
 ようやくDHCPとかDNSを「なんとな〜く」理解したつもりになっているものの、では素人の方に分かりやすく説明してください、と言われたらちょっと困る。つまり理解していない。
 VPNの仕組みも分からない(本も買ったのだが、みんなテキトーにごまかして濁したように書いてある)し、ポート設定だとかフィルタリング設定だとか、さっぱり分からない。
 IGMPスヌーピングに至っては「スヌーピーしちゃうのかよ!」と思わずツッコミを入れたほどだ。
 
 どうしてこんなことをしているのか、実は自分でもよく分かっていない。
 結構煩雑で、今までの僕にはちょっと高度なことをしている。
 もちろん外出時、自宅サーバにアクセスしたりできる利点はある。
 
 たとえば姉上の家にお泊まりしているときに、自宅サーバの文書を編集したりもできる。
(これで自宅サーバ設定の機能確認もできるし、好き勝手な文書を記録することもできる)
 あるいはブログサービスが終了したとき、今度は自宅サーバを解放することもできる。
(以前レンタルサーバでオリジナルのブログサービスを利用させて貰っていたことがあるが、そのサーバが個人所有のものだったこともあり、数年後に閉鎖されてしまった。自己所有なら簡単には閉鎖されない)
 
 しかしいずれもビジネスユースではない。
 僕はプロのネットワークエンジニアとして、設定することで収益を上げることはないし、構築された自宅サーバに積み重なる文書も収益を上げることがない。
(むしろ一度全部消えている。俺の青春 ── ろくなものではない ── を返せ!)
 
 ともあれ優れたルータを導入する価値はある。
 なぜといって、結構頻繁に外部からのアクセスがあって、もちろん毎回遮断しているのがリアルタイムログで分かるのだけれど、プロバイダ指定のHGWにはそんなログが残らない。
 だから誰かに侵入されていても、気がつかないのが普通なのだ。
 
>>>
 
【ラン活のはなし】
 ラン活が、変換ですぐに出てくるほど一般名詞なのこれ?
 大衆が使えばそれは日本語になるわけだけれど、何でも「活」を付けて略称にしたがる風潮であるとか、語感があまり美しくないなぁ、なんて昭和生まれのオジサンは思ってしまうのです。
 
【アヲ】
「ナデナデしてくり〜!」と迫ってきたとき、要望どおりに撫でてやると相変わらず白目を剥いて喜ぶのですが。
 お腹が大きくなって明らかに妊娠している。
 誰だうちの娘に手を出したのは! と怒りに震える昭和のお父さんの気持ちがよく分かります。
 許さんぞ! 地獄に堕ちろ!(4度目)
 
 
 
 
 
 
 

// ----- >>* Junction Division *<< //
[NEXUS]
~ Junction Box ~
 
// ----- >>* Tag Division *<< //
[Engineer]
  :工場長:青猫α:青猫β:黒猫:
 
[InterMethod]
  -Algorithm-Diary-Kidding-Maintenance-Stand_Alone-Style-Technology-
 
[Module]
  -Condencer-Reactor-
 
[Object]
  -Cat-Computer-Tool-
 
// ----- >>* Categorize Division *<< //
[Cat-Ego-Lies]
  :ひとになったゆめをみる:
 
 
//EOF
 

220419

 

 2箇所目のオペ。

 今回は上顎左奥手前(5か6番)、両サイドに歯のある、間。

 

 眼窩の下から上顎部にかけて、人間の頭骨は軽量化のため、中空部が多いらしい。

 これが他の骨のように高密度に詰まっていると、頸椎を捻挫、あるいはたいてい骨折するとか。

 猫の身体と比べても、人間は顎の比率は大きく、頭も大きい上、全て頸椎に垂直方向に乗っているのだから、無理もないか。


 中空の骨にインプラント基部を突き刺しても、曲がったり、折れたりしてしまう。

 ために中空の部分を人工骨で完全に埋め、密度の高くなったそこに基部を埋めて定着させる、という過程がインプラントにおける最も重要な部分らしい。

 

>>>

 

 インプラントというと、歯の模造品を、ただ歯列の1箇所に埋め込むだけだと思っていたのだけれど、実際はまったく違っていた。

 

<ちょっとここから血なまぐさいことを書くので、何も想像しないで読むと良いでしょう。それか読まずにYahoo!ニュースを見に行け>

 

 まず、患部付近の歯茎を切り開いて骨を露出。

 今回は横方向(顔の正面方向)から穴を開け、骨膜スレスレまで削ったあと、中空部に人工骨(隣の歯がダメになった時のために、隣の分も入れる)と人工膜を埋め込み、縫合する。

 この人工骨と膜が非常に高価らしい。

 今回は骨が2本分なので、確かに高かった。

(前回のおよそ倍。ちなみに前回は50万円ほど)

 人工歯代も含んで支払っているので、最初の施術以降、装着まで追加の費用負担はない。

 とはいえ、安くはないな。うん。安くない。

(医者によっては基部と人工歯で別請求のところもあるらしい。また、自身で麻酔をできない医者は麻酔科医を呼ぶことになるので、その分も加算される)

 

 上顎は神経と血管の走っている穴(骨に穴が開いている)も近くにあり、患部に近いため、かなり難度の高いものであるらしい。

 

 骨の厚みは数ミリに対して、膜の厚みは鶏卵の薄皮くらい。

(個人差あり)

 僕の場合、骨は6ミリで結構分厚く、にもかかわらず膜は卵のそれより薄かったらしい。

 膜を少し傷つけてしまったらしく、人工膜で以前より厚めにカバーしてくれたようだ(きちんと報告してくれて、写真も見せてくれた)。

 

 相変わらず麻酔が上手なのだろう、施術はとくに痛みもない(あったら大変だけれど)。

 

 施術中も何度かリアルタイムでレントゲンを撮って、確認しながら作業を進める。

(およそ3時間の間、撮影の移動以外、だいたいオペ台でうとうとしているだけだったが)

 

 今回の施術はここまで。

 

>>>

 

 前回のインプラント土台にもまだ人工歯を装着していないのは、こうした「骨を作る作業」と「骨が出来上がるのを待つ期間」があるからだ。

 

 1月下旬から3ヶ月経って、ようやく人工歯を装着しようかどうしようか、ということのようだ(今回はオペがあるので見送り)。

 

 上顎部は、骨が出来上がって安定したら、今度は歯の生えている方向から穴を開け、インプラント基部を埋め、人工骨と膜で固定し、再び骨が安定してからの装着になるものと思う。

 ざっと考えて秋から冬になりそうだ。

 

 ちなみに下顎部は、上顎よりしっかりとしているので、1度の施術で基部の埋め込みまでできたし、時間も半分以下だったように思う。

 

>>>

 

 施術後、やたらとお腹が空いて眠くなり、身体が重いのは前回と同じ。

 人工的に骨折させて、骨の再生をさせるようなものだから、それは疲れるのだろう。

 

 今回は抗生物質の働きを(約2割)妨げるため、腫れ止めの薬を使用していない。

 翌日から少し腫れ、施術含め3日目の今日ははっきりと腫れている。

 抗生物質のほか、痛み止めと坐薬があるので、痛みに応じて使うが、さほどでもない。

 咳や血痰(あるいは鼻血)に混じって、人工骨の顆粒が出てくる。

(上顎洞と鼻腔は繋がっているのだ)

 多めに入っているなぁ、という感じだが、2日目には安定、ほぼ排出されなくなった。

 

 とにかく、歯磨き、お風呂(シャワー)、運動、不摂生、飲酒、喫煙、喫茶(カフェイン)、辛いもの、刺激物を避けて、安静にすることが求められている。

 なるほど、無理もない。

 今のところ、うがいも優しく、優しく、だ。

 しかしやっぱり、入浴制限が一番つらいかなぁ。

 

>>>

 

 幸い、こういうときに僕の体は、一切の嗜好品を求めない。

 会社員の頃も、勤務時間中(休憩も含むので、出勤から帰宅まで)に喫煙することはなかった。

 

 依存度合いが低いからなおさら、人からは(やめればいい)と言われるのだが、依存性の少ない嗜好品だからこそ、続ける価値があるのだ。

 

 依存性の高さは、おそらく身体の相性や形成された価値観と習慣によるのだろうけれど、依存の高い人間というのは、価値観が一貫しないだけでなく一部が崩壊している。

 その1箇所から、なし崩しに異常行動に走ったりするから、依存症とその価値観は嫌なのだ。

 

 一人だけそういう恋人(人間)が過去にいたが、本当に、思い出したくもない(すでにだいたい忘れてしまった、都合の良い私の記憶よ)。

 

 ひとまずは1週間、食べて眠ることにする。

 と、その矢先、粥を作ったら玄米が終わってしまった。

 

 あとで買い物には出かけよう。

 

 今回の文書でだいたい明らかになったと思うが「暗闇エトランジェ」というカテゴリィは、僕の身体と心のメカニズムについて書いている。

220415

 

 病院の待ち時間。

 

>>>

 

 社会から一定の距離を置くようになって、3年。

ようやく落ち着いた気がする。

 孤独は自由だが、自由は個人のマイペースを増長する。そもそも個人の自由というのはマイペースを飼うための広い牧草地のようなものだ。

 10代になる以前に一度、独善的な「こうあるべき論」ベースの価値観を眠らせたので、マイペース度合いが増長する土壌を整える方向が運命づけられたのは事実だろう。

 

 会社員を辞めたときも、最初こそ「きちんと就労して、給与所得者という立場に復帰しよう」と思っていた。その方が常識的で、良識的で、社会的に正しいありようだろう、と。

 

 なにもかも宙ぶらりんのまま、様々な不測の事態を放り投げられて(引き継ぎなく、放り投げた人が死んだので)、1年はひたすら受動的に、周囲の気配を窺った。

 お金の動きも、人間関係も、ルーチンとして扱うべき作業も、まだ分からなかった。

 そのうえ葬儀や相続といった、そうそう何度もする機会のないことをすることになった。

 特に埋葬関連は、父上が散骨であったため、まったく経験がなかったので判断に困ることも多かった。

 

 とはいえ葬儀も延べ4回ほど喪主(あるいはそれに近しい位置)で経験したし、埋葬も墓仕舞い直前まで経験した。

 おそらくこのまま僕が死んで、お寺との関係をフェイドアウトさせても、さほどの摩擦は起きないだろう。

 

 下品な話かもしれないが、その摩擦を軽減するために僕は経済を使った。

 僕の自由は孤独に大きく依存しており、他者との摩擦を極力ゼロにすることで達成したその孤独は、経済を燃料、もしくは潤滑剤として稼働している。

 

 お金で孤独の寂しさを埋める人もいるだろうが、お金で孤独を買うこともできるということだ。

 

>>>

 

 毎日、自由に時間を使えるというのは究極的な贅沢で、そんなことはおよそ実現不可能だと思っていた。

 

 もちろん今でも、こうして姉上の通院や入院で月に2〜3日を費やすし、それ以外の事務的所用とその調整で数日を要することもあるけれど、人間関係による心理的制約もほとんど無くなった今は、身体のストレスを減らすようにしているだけで快適だ。

 

 なので自堕落を過剰に自責しなくてもいいかな、と思うことにした。僕が自堕落であることで、誰かに迷惑を掛けているなら問題だが、僕は親のスネをかじっているわけではないし、経済的に(仮想奥様を除いて)誰かにタカっているわけではないのだから。

 

>>>

 

 僕の時間ケチは30代には始まっていた。

 さらにいえば7歳の頃にはすでに通学の時間がもったいないと感じていたので、退屈なことに時間を費やすことについて、相当に耐性がなかったのだろうとは思う。

 といって、たとえば授業中に騒いだりすることはなく(そもそも友達がほとんどいなかったので)、たいてい静かにしていた(寝ていることもあったが)。

 

 僕に限らず誰だって、好きなものは好きだし、嫌いなものは我慢ならないものだろう。

 そして理性によって、好きな気持ちを抑制したり、嫌いな気持ちを我慢したりするのは大人として基本的なマナーとなる場面も多いと思う。

 そうやってブレーキを掛けるものの、だからといって本心を忘れないのが人間ではないだろうか。

 

 僕はけっこうな頻度で、本心を忘れてしまう。

 もちろんそれが過剰で長期にわたると、最終的に原因不明の体調不良に陥るけれど、それさえうまく制御できる仕組みをかんがえながら作っていた。

 

 たとえば埋葬(墓仕舞い)が終わるまでは、叔母を憎んでいることに決めていたようだが、今となってはその憎しみも、理由も、思い出せなくなるほどどうでもいい。

 埋葬が終われば僕の叔母に関する全てのタスクが終了し、定期法要も(現在の環境にかこつければなおさら)しないで済ませられる。

 叔母を偲ぶ気持がないわけではないが、それこそ気持ちの問題だから、親族と集まる必要を感じない。

 思った時に思い出して、庭の花でも手向ければ十分だ。

 

 僕はそういう、コンビニエントな人間関係を指標にしている。

 もっと互いに都合の良い距離や速度やスタイルがあるものと思っている。

 たまたま僕の理想とするそれが、他の人からすると見慣れないもので、未経験なだけだろう。

 

>>>

 

 人間の社会は経済が個人の自我と癒着し、自我が肥大し、無秩序に増殖し、悪性新生物(いわゆる癌)のように、組織全体の機能を損なわせることがある。

 問題は経済と癒着しているがために、その肥大化も、それが原因で起こる機能損失も問題視されないことだろう。

 

 たとえば様々なハラスメント行為(セクハラ、パワハラなどなど)は、力関係と自己顕示欲などが過剰に作用した結果だろう。

 それでも組織(たとえば社会全体)が正常に成長するために必要な作用であれば、必要な犠牲ともいえるが、実際に日本の社会は衰退し、目指す方向を見失っているように観察される。

 あるいは汚職や横領のような利益を個に不正に流入させる行為も、個に与えられた権限の不正使用を防止する機能が組織に欠損したことによって起こる機能不全と考えれば、個の自我の肥大は、往々にして組織としての機能を不全にすると考えて然るべきだろう。

 

 しかし僕のような考えなしの夢想家は、何を言ったところで他人からは絵空事だと笑われてきたし、今後はますます誰に取り合ってもらうこともないだろう。

(僕は人間との関わりを減らし続けているし、社会との相互影響力を減らし続けているので)

 

 人間の社会は、組織化のために価値観を個々人に複製し、発展のために変容させてきた。

 そのDNAとも言うべき指針が、各個体から徐々に消えてしまうようになった。

 個々人が「これが正しい」と考える正義も倫理も、もはやかつてのような全体という規範が個々に等しく与えた青写真ではないし、個々の発信する正義とは、結局のところ個々のエゴや欲を正当化して投影したスクリーンのようにさえ見える。

 

 絶対的に意味を変えない、実存するモノはその多くが経済と紐付いているので、人間は自身の感情と自他の欲と実存のモノによる圧力の中でカタチを変えるしかないのだろう。

 

>>>

 

 子供の頃の僕は、とても正義感や倫理観が強かったのだが、上述のとおりそれが自身のエゴだと考え、ある時期からわざわざ道を少し外すように心掛けた。

 刑法に触れるような犯罪はさすがにしなかったが、仕事をサボったり、恋人を複数作るくらいのことは平気でしていた。

 

 どうだったろう。

 想定通りに僕は僕自身を歪めて、思った通りの筋道を歩んだはずだ。

 正しいだけでは見えなかった景色を ── それが桃源郷のように美しいこともあれば、阿鼻叫喚の地獄絵巻だったこともある ── 僕は歩くことができたように思う。

 

 もちろんもっと美しい場所もあれば、もっと目を覆うような世界もあるだろう。

 しかしそれらはいずれも、自分が望めば、望んだ通りに見ることができて、歩むことができることを僕は知った。

 

>>>

 

 青臭い話をするならば、僕は未だに反骨精神を心のどこかに燻らせていて、何かの拍子に適切に憎しみの焔を燃やすだろうと想像する。

 その毒をすでに失っているなら、その健全さを抱えて人知れず静かに朽ちるだろうが、いずれも悪くない結末だ。 

 

>>>

 

 のんびりぼんやり、と僕は自身を言い、そうあるように心掛ける必要があった。

 

 正しさで自分を押し潰さないように、あそびという余裕を作っておく必要もあった。

 

 今までも相当に自由だったのに、本格的に自由に染まってゆく。

 

 自由になればなるほど自分以外の誰をも、自身のエゴで縛るようなことをしたくないと感じる。

 他人から押し付けられる欲の、ときにおどろおどろしい姿を見ることはあったし、自身の持つ欲だってきっと、ときにおどろおどろしかったはずだ。

 

 いや。

 僕は僕自身に対する欲をも、そのうち捨ててしまうだろう。僕自身を僕が縛るなど、ナンセンスなこと。

 その血生臭さを、僕は味わい尽くしたはずだ。

 舌を焼く熱さも、手脚の腐るような冷たさも。

 

 実に、かくあれかし、なんてもう思わなくなってきているのだ。

 

<かくれんぼっ>

 

 今いる場所以上の自由を、僕は知らない。

 これ以上の自由をうまく想像できない。

 

 これは限界だろうか。

 それとも見えないだけだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

// ----- >>* Initialize Division *<< //
// TimeLine:220408
// NOTE:
// ----- >>* Header Division *<< //
TITLE:
奥様に買っていただいた洗濯機が冬も春も素晴らしい。
SUBTITLE:
~ Washin'machine. ~
Written by BlueCat

// ----- >>* Body Division *<< //
//[Body]
220408
 
 この数日、早朝に目覚める。
 そして昼寝を少しする。夕方に眠ることもある。
 一日の睡眠時間は8〜10時間ほどだろうか。
 眠くなったら眠り、目覚めたときに起きるので、よく分からない。
 
 8時頃から昼過ぎまで草焼き。
 昨年の秋に購入した石油式草焼きバーナがようやくの初仕事である。
 ちなみに、大きさが15cm以上のいわゆる雑草については、あらかじめ抜いて処理しておいた方がラクである。
(なので天気の良い日に、たびたび草取りをしていた)
 
 今回バーナを出したのは、手を触れただけで種が「びよんびよ〜ん」と大量に飛ぶ草を根絶してやりたくなったからである。
 あの草自体は小さく可憐な花を付けるし、種の「ばちびょん、ばちぴょ〜ん」と飛び回る様は愉快でもある。
 しかしその種が顔に当たり、目に入ったりする。
 そうなると可愛いも愉快もない。ただ不快である。
 
 ために抹殺することが提言され、承認され、計画され、実行された。あいつらを許すな。
 バーナの全長は1500mmほどだろうか。
 石油の噴射にあたって、予熱(灯油を流動経路内で加熱、気化させる。噴霧時の指向性燃焼を強力なものにするためには必須ではある)を手動で行う必要がある。これが結構危険。
 点火も点火装置なんてものもないので、ライタで直接点火する。ために点火も結構危険。子供には預けられない。
 
 しかし機構の無駄を省くことで軽量化に成功しているとも言える。
 標準モデルだが火力は満足できる。値上がりしてはいる灯油だが、ガスボンベタイプよりは燃費も安い。
(ガスボンベタイプを使っていたのだが、30分ほどでガスが終わってしまうことと、減圧による冷却で冬になるとガスが中途半端に残るので石油式を買った次第)
 
 使ったのはこれだ。
 
 隣家あたりからは、相当にアタマオカシイ人だと思われているかもしれない。
 しかし社会性なんてものは3年前に会社のゴミ箱に捨てたので、実質の迷惑を掛けない限り構わないことにしている。苦情や消防や警察が来てから対応を考えよう。
 
>>>
 
 春になって、我が家の経済主体たる奥様(仮想)の買ってくださった洗濯乾燥機の素晴らしさについて、新たな発見があった。
 結論から言おう。
 洗濯乾燥機は素晴らしい。いいぞ。本当に。
 
 前橋市に暮らしていた頃(物理的制限により)導入できなかったことが悔やまれる。
 その失敗や悔しさをバネにしたわけではないが、だからこそ満を持して導入することができたということもできるわけである。
 
 春というのは花粉の季節であり、黄砂の季節であり、出会いと別れの季節であり、虫が出てきて、いわゆる雑草の種の飛び始める季節でもある。
 ために基本的に屋内に洗濯物を干すしかなかったのだが、隙間風のひどい我が家では、家の中に居るだけで、ときどきアレルギィ反応が強く出る。
 屋外に干すよりは「まし」だが、十全な対応と言い切れない。少なくともリフォームが終わるまでは。
 
 冬は寒さに震えて洗濯物を干す(取り込む)必要がなくなり、夏は暑さに文句を言いながら干す必要がなくなり、春は花粉に怯えて干す必要がなくなる。
 諸君、素晴らしいとは思わないかね?
 
 なので現在までに判明した、横/斜めドラム式洗濯乾燥機のメリット/デメリットを列挙する。
 
○ 時間が節約できる。/ 私が自堕落になる。
○ 洗剤と水の量が少ない。/ 電気代は上がる。
○ 季節の影響を受けない。
○ ティッシュを洗濯してもぐしゃぐしゃにならない。
 
 また今回、導入を取り計らっていただいた洗濯機(あろうことか「一人暮らしならこのくらいのサイズが」という店員を無視して「このタッチパネルが付いているのは?」と質問を始めた挙げ句、最上位モデルを容赦なく購入されていた)に特有かもしれないメリットを列挙する。
 ちなみに奥様に購入していただいたのはこれだ。
 
○ タッチパネル操作の上、ヘルプ機能もあるのでマニュアルの出番がほとんどない。
○ 洗剤/柔軟剤タンク搭載。
○ 掃除が必要になると自動でアラートが出る。
○ かなりの数のプリセットコースがあるほか、オリジナル設定も可能。
(ただし「おまかせ」が有能なのであまり使わない)
○ 謎のナノイーX(宇宙から来たのだろう)搭載。
 
 軽く詳細を説明しておこう。
 
「時間の節約」については以前書いたとおり。
 洗濯物を干して取り込むのは面倒である。ただ水分を除去するために干し、それが終わるとたいていの人は取り込んで、収納する。その手間。およそ1回あたり30分。年間延べ時間で3日分ほど。
 ただし浮いた時間で子供の塾の送迎であるとかをする必要のないワタクシについては、自堕落になりがちで、せいぜいが奥様(仮想)のための料理にちょっと手間を掛けようかと思うくらいである。
 
「洗剤と水」は横/斜めドラム式の特性そのものである。
 以前は縦型で風呂水を使っていた。
 今回も風呂水ポンプを最初は使っていたのだが、ろくに浴槽の水が減らない。1回目のすすぎにも使っているのに全然減らない。
 そのわりに一定期間ごとにホースを洗浄する必要がある(僕の身体から出たダシが通るので必然に)。
 なので風呂水ポンプに必要なホース(付属品)を捨てた。いらんわ。
 
 また運転中に一時停止して洗濯中の衣類に触れたことがあるのだが、結構濃い洗浄液で洗われている。
 水量が1/4とか1/5程度だろうと思うので、必然か。
 落下による運動エナジィと濃縮された洗浄液の効果で、汚れやゴミを衣類から剥離する効果が凄い。
 作業着にしみこんでいた漆喰(半年以上前のもの)が、次第に落ちるほどである。
 だからといって繊維が傷むかというとほとんど傷みを見せない。すごい。
 
「季節の影響」
 これは前述の通り。
 春は花粉、梅雨があり、夏は花粉、暑いしゲリラ豪雨もあり、秋は花粉、台風もある。冬は寒い。
 これらの影響を受けない。洗濯物は洗われ、乾く。
 僕が洗濯機に放り込んでボタンを押すと、できあがる。天才か。
 
「ティッシュを洗濯する」
 ポケットにティッシュが入っていることがある。僕は花粉症で慢性鼻炎持ちなので、外作業やデスクワークで大量のティッシュを消費する。ベッドの上での比ではない。年単位でぱやぱやしていないので、使用量なんて覚えていないが。
 洗濯乾燥機は、ティッシュがポケットに入っていても、大抵ボール状になってポケットに入ったままである。
 仮にポケットから出てしまっても、乾燥時にほぼすべて排出される。だからティッシュくずがべたべた付いた衣類を前に絶望する必要がない。
 最大で2つのボールがポケットインし、1つがポケットアウトしたことがあるが、洗濯物はいつもどおりきちんと綺麗になっていた(乾燥機フィルタが毛布みたいになっていたが)。
 
○「タッチパネル操作」
 べつに操作そのものはタッチパネルである必要などない。
 しかし各種設定やヘルプがタッチパネルから確認できる。
 フィルタ詰まりや排水フィルタの定期清掃も自動でアラートされ、手順を画面で確認することもできる。おそらく洗剤残量もだろう。
 ときどき「便利な機能」を勝手に教えてくれる。
「タオルふんわりコース」とか「槽洗浄モード」についてとか。
 
○「洗剤/おしゃれ着洗剤/柔軟剤タンク」
 詰め替え用を買ってきて、放り込んでおけばいい。超ラクちんだ。
 タンクの洗浄コースもある。空になったら洗ってやろう。
 
○「アラートの数々」
 乾燥フィルタは基本的に毎回掃除する(そのくらい大量に繊維くずが出る)が、忘れているとフィルタが詰まってアラートが出る。ティッシュを洗うと決まって出る。
 定期的に脱水ゴミ受けアラートが出る。ろくにゴミは溜まっていないのだが、汚れないうちに掃除するのが水回り掃除の基本である。好感が持てる。他にも何か言ってくると思う。まだ一緒に過ごして1年も経っていないから分からない。少しずつ知っていこう。
 
○「多彩なプリセットコース」
 全部把握するのは面倒なくらいある。槽洗浄やタンク洗浄なども複数のコースがある。
 潔癖症の人はもちろん、節約したい人にも対応している。
 
○「ナノイーX」
 なんだろうね、これ。あまり信用していない機能。オゾンとも違うようである。
 
 
 以上、素晴らしい機能が目白押しである。
 
 年間3日を買い戻せるというだけでも破格だと僕は思う(奥様も思ったに違いない)。
 水と洗剤による費用と電気代を天秤に掛けると相殺するか若干高いだろう。
 しかし毎回30分、時給800円のバイトに充てると、年実働200日で8万円ほどになる。
 僕は専業主夫なので、浮いた30分で昼寝をしたり、ゲームをしたり、焚き火をしたり、奥様のためのごはんをちょっと工夫したりする程度だけれど、一人暮らしの人だったらこの30分は大きいと思う。
 
 デメリットがあるとすれば、まず「値段」が挙げられる。
 新品でも3万円を切るような全自動洗濯機もある一方で、本体価格は30万円を越える。
 僕の会社員時代の月収を軽く上回る。
 しかし年あたり3日くらいの時間をまるっと買えるので、個人的には格安だ。
(いっそのこと畳んで仕舞ってくれる機械も欲しいくらいだ。)
 会社員の頃にお金を貯めて買おうとしたのも頷ける。
 
 ついで「スマートフォンアプリが残念で、Wi-Fi 機能が無駄」になる。
 本当は洗濯が終わったときに通知がもらえると便利なのだ ── 乾燥後、一定時間ごとに槽を回転させ、洗濯物にしわが付くのを防いでくれるから ── けれどアプリを利用するのにメーカサイトでアカウントを作る必要がある。
 そのアカウントに個人情報を入力しないとならない(不可避)。
 洗濯機から、動作終了のお知らせを受け取る、あるいは遠隔操作をするために、なぜ個人情報が必要か理解できない。
 企業といえど個人情報の管理能力が高いなどと僕は思っていない。まぁ、僕個人にはどうでもいいことだけれど、キモチワルイから登録しないので、結果アプリが使えない。
 
 最後に、個人的には「パナソニックが嫌い」である。
 ナノイーとかプラズマクラスタとか、謎技術を推すメーカはイマイチ信用できない。
(アップル社のマシンの「以前と比較して2倍速い」という常套句くらい信用できない。何と比較してるんだよ)
 それなりに効果はあるようだけれど、その上その装置がメインテナンスフリーとは信じがたい。
 しかし今回は機能から絞り込んだら日立ではなくパナソニックになった。なってしまった。
 
 でもまぁ時間は浮くし、操作は簡単なのに高機能だし、バカでも使える優しい設計 ── 高性能がゆえに無能な人に使えない汎用機械は、ために一部の人にしか恩恵を与えない。バカでも安全に高機能を享受できるというのは優れた設計の証左だ ── だから、本当に素晴らしいと感じる。
 悔しいけれど、この洗濯機について言えば、パナソニックは侮れない。
 ちなみに(全然関係ないが)「侮る」と「悔しい」の漢字は似ている。
 
>>>
 
 奥様(仮想)に、
「このような高価な品物は、ワタクシには身分不相応に思えますが」と進言申し上げたところ少し驚かれたようで、
「道具にできることは道具にさせて、人間は人間にしかできないことをすべきだ、と猫様はいつもおっしゃっていたように思います」と突き返された。もっともだ。それなりの頻度で言っている。
 
 しかし僕が浮いた時間で寝たり遊んだりしていることを申し上げると、
「道具は昼寝もしなければ遊びもしません。それはイキモノにしかできないことです。青猫様はそれをして然るべきだと思います。猫様のように有能な道具にも相応のメンテナンスやレクリエーションは必要ですし」などと言う。
 
 ちょっと待って。今どさくさ紛れに言うに事欠いてワタクシのこと道具って言いました? 言いましたよね。
「『有能な人間ほど道具のように都合が良くて高機能だ。私は有能な道具や機械が好きだし、それらを大切にしているし、愛してさえいる』とまでご自身でおっしゃっていたではありませんか」と諭される。
 そんなこと言ってた? ……言ってたね。言ってた。言った。
 
「猫様は家のリフォームを格安でしてくださったり、家事をしてくださいます。20代にして嫁要らずと呼ばれた実力に相応した、優れた道具といえるでしょう。心身共に壊れやすいのが難点ですが、高性能な精密機械は往々にして手が掛かるものですし、その高価な道具が優れた機能を発揮するよう環境を整えるのは、管理者として当然の義務ではないでしょうか」
 
 うわぁ。
 こういうことよく(誰にともなく)言っていたけれど、直接言われるとこんな気分になるのか。
 ぐうの音も出ない。
 
「高機能が過ぎて、会社とか家庭とか、そういう組織に従属できないのではありませんか。かつては洗濯機と乾燥機は、別の機械だったように思います。ひとつにまとまってしまうと、他と組み合う必要がなくなってしまうのです。もっとポンコツでいいのではありませんか。誰かを必要としたり、頼るのもある種の能力です。猫様はひとりでできることがかなり多い結果、そうした能力に乏しいように観察されます」
 
 
 僕が一人でできないことというと……。子作り?
 待って。叩かないで。
 
>>>
 
 いずれにしても洗濯機が高性能で、折に触れ「いいなぁ。幸せだなぁ」と感じる。
 優れた道具というのはこういうのものだと思い知らされる。
 
 来世で(自身の能力が乏しいために)結婚することがあったら、配偶者には一番高い洗濯機を買い与えようと思った。
 そのくらい、いい洗濯機を使っていると買ってくれた人から愛されている気がする。
 きっと高性能の愛情は、高値で取引されているのだろう。
 
<春はあくびが出ちゃう>
 
 
 
 
 
 

// ----- >>* Junction Division *<< //
[NEXUS]
~ Junction Box ~
[ Traffics ]
 
// ----- >>* Tag Division *<< //
[Engineer]
  :工場長:青猫α:青猫β:黒猫:
 
[InterMethod]
  -Algorithm-Diary-Ecology-Link-Love-Maintenance-Mechanics-Technology-
 
[Module]
  -Condencer-Connector-Convertor-Generator-JunctionBox-Reactor-Resistor-Transistor-
 
[Object]
  -Bicycle-Book-Camouflage-Cat-Computer-Dish-Fashion-Friend-Game-Garden-Human-Koban-Memory-Music-Night-Poison-Rain-Tool-
 
// ----- >>* Categorize Division *<< //
[Cat-Ego-Lies]
  :ひとになったゆめをみる:
 
//EOF
 
// ----- >>* Initialize Division *<< //
// TimeLine:220406
// NOTE:夕方過ぎに眠ってしまって、夜中に目覚めて眠れなくなっちゃったんだよぅ。
// ----- >>* Header Division *<< //
TITLE:
神童もすべて知っているわけではない。
SUBTITLE:
~ Cook up. ~
Written by BlueCat

// ----- >>* Body Division *<< //
//[Body]
220406
 
 数日前、歯医者に行ったら大量の野菜を頂いた。
 大きな段ボールに詰め込まれたそれを、トラックで持ち帰った。
 
 キャベツ2玉、かき菜が買い物袋いっぱい。
 ニラが4束。菜の花がひと束。ねぎ坊主がひと袋。
 いずれも趣味農家さんの手作りで、採りたてのものだ。
 
 驚いたのはねぎ坊主で、天ぷらなどにして食べるという。
 食べたことがないから想像がつかないが、わざわざそれだけを欲しがる人もいるという話だから、決して不味いものではないのだろう。
 
 そのようなわけで3日ほど、おひたしばかり食べている。
 採りたての野菜なので、慌てて下処理しなくてもくたくたになりにくいが、そろそろコシが弱くなる頃か。
 
 春の野菜は、ほんのりと甘くて、ふんわりと苦い。
 花粉症の季節だけれど、野菜について考えると春もなかなか嫌いになれない。
 
>>>
 
 父上の教育(今で言うところ食育)の成果なのか、僕はアレルギィを起こすもの以外は大抵のものを抵抗なく食べる。
 子供の頃から野菜と豆腐が好きで、肉より魚の方が好きだった。
 
 数年前から食肉が過ぎると身体の炎症反応が強くなるので調べたところ、こんな文書が見つかった。
 
 たびたび書いているが、僕は精製度の高い炭水化物(たとえば白米や精製度の高い小麦を使ったパンなど)を摂食すると、代謝の影響で異常な眠気が発生する。
 誰でもある程度は眠くなるらしいが、僕は気絶するほど眠くなる。
 それが原因かは分からない ── 母乳で育っていないので親由来の消化酵素が少ない可能性もある ── が、子供の頃から白米をあまり食べず、父上はずいぶんと気を揉んでいた。
 他にも子供の頃は肉(特に脂身)が嫌いだったので、消化吸収系が弱く、合わなかったのだろう。
 
 幸いにして、好き嫌いは少なく育った。
 父上は白米を食べない僕に、様々な料理を作って食べさせてくれて、よく食べるものについては食卓に並べる頻度を高くしてくれていたように思う。
 もっとも冷や奴や湯豆腐は、さして高価でも手間の掛かるものではなかったので、都合も良かっただろう。
 白米よりも味噌汁を好む傾向が強かったので、味噌汁やスープ類がないことはまずなかった。
 
 今でこそ好んで食肉をすることも増えたが、牛よりも豚や鶏の方が好きなのは、身体との相性が関係していたのかもしれない。
 そう考えると僕の味覚は、子供の頃から、相当に未熟というか、偏っていたというか、変わっていたと思う。
 多くの子供が嫌ったという、トマトや人参やピーマンが好きで、むしろ最近の(青臭さや苦みやえぐみが少なく甘みの強い)それらは味が薄くてつまらないと感じる。
 一方で、一部の人があまり興味を持たない豆腐については、子供の頃からとても美味しいと感じている。
 
>>>
 
 無職になった3年前あたりから、子供の頃の記憶の幾つかが戻ってきた。
 単に年齢のためなのか、そういう条件で復元するプログラムを作っていたのか、忘却の仕組みにほころびができたのかは分からない。
 不思議なことに、記憶が戻ると、却って曖昧になる部分がある。
 
 客観的に自分の記憶を眺めていた頃は、それが何時あったことなのかを結構はっきり覚えている反面、何があったのかが曖昧だった。
 今は「具体的に何があって、どう感じたか」を結構はっきり思い出せる反面、それが何時のことだったのか、すこし曖昧である。
 
 8歳の頃から家事をしている。
 いまどきの言葉で言えば、僕はヤングケアラだった(もちろんそんな名称を冠されることを好まないが)。
 
 いかんせん父子家庭であるし、父上は仕事で文字通り昼も夜も家にいないし、2番目の姉上は家を出て行ってしまっていた(よくよく考えると彼女は18歳にも満たない年齢で家を出て自立している)し、3番目の姉上は部活と称して非行に走るようになっていったので。
 
 3番目の姉上の名誉のために付け加えておくと、料理実技の初歩(包丁の握り方と野菜の炒め方)を教えてくれたのは彼女である。
 まぁ、神童と呼ばれた僕が腕を上げるにつれ彼女は料理をしなくなり、15歳(僕が10歳)になったとき、進学のため家を出て学校の寮に入ったので、料理はそこから僕の領分になったわけである。
 
>>>
 
 それ以前から家には料理やお菓子づくりの本がごろごろしていたので、学校で漢字を教わるより以前に、そうした本には慣れ親しんでいた。
 文字を知らないうちから百科事典などを眺めるのが好きだったし、辞書の引き方も小1くらいで姉上に教わったように思う。
 3番目の姉上は短気な人だったので、知らない文字を教えてほしがる僕に辞書を引く技術を(イライラしながら)与えたわけである。
 
 こう書くと3番目の姉上は(短気な点を除けば)先見性のある、たいそう優れた人だったように思えるのだが、どこで道を間違えたのか、ひどく傲慢で自己中心的で怠惰で言い訳と嘘で塗り固めるような人格を形成し、現在は表向き行方不明になっている ── 「表向き」というのは「調べれば居場所は分かるが、連絡を取りたがっていない人を追い回す趣味が僕にない」からだ。
 
 彼女が道を誤った原因はシンプルで、小学生だった頃の彼女に性行為とお金の交換を教えた大人がいたのである。
 もっともそれを僕が最初に知ったのも8歳くらいだったので、彼女が電話越しの友人に得意げに性的な隠語を使っていてもその内容を理解することができなかった。
 それが良いことか悪いことかも、分からなかった。
 
 当時の僕の難点は今と違ってそれなりに優れた記憶力を持っていたことで、年齢を重ね、性的なことを男友達どもがあれこれ言い合うたびに、記憶の中の言葉の意味を知ることになった。
 良いことか悪いことか、分からないことは悪いことだろうか。それとも良否を決定できないことだろうか。
 しかし過去に遡って、何かを変えることはできない。
 そんなどうすることもできない人生の法則を、10代になるかどうかの頃に思い知った。
 ためにある時期から僕の記憶力は著しく低下しているが、当然ながら自分で作った性質である。
 
 いずれにせよ素性も知れないその成人男性と小児性愛を僕がひどく憎み、金銭と性行為の交換 ── 売春であろうと援助交際であろうと性風俗業であろうと、僕には同じものである ── を忌避(場合によっては嫌悪)するだけでなく自身の性欲についてさえ長らく取り扱いに困ることがあったのは、姉の売春の意味を理解したためだ。
 今でこそ広義なロリコンは問題はないと思えるようになった ── 子供はなかなかどうして可愛らしいものだから ── が、小児性愛は明らかな倒錯であるからどうにも度しがたい。その憎悪や嫌悪について、適切に表現しうる言葉を僕は持たない。
(姉を嫌悪したことはない。小学生の女の子が成人男性を性的に誘惑するとは思えないからだ)
 
 ともあれ今回は3番目の姉の話でもなければ倒錯した人間の性愛についてでもない。
 神童であった僕と料理の話だから安心してほしい。
 
 今で言うところのレシピ付きミールキット(レシピ本が週に一度、必要な材料はセットで毎日宅配される)を父上が注文していた ── 40年前からそれは存在していた ── ので、基本的な切り方や、火加減、包丁やまな板を始めとする調理器具の名称や使い方を知っていれば、調理そのものは比較的簡単にできた。
 献立を考える必要はなかった。そもそも僕はどんな料理があるかを知らなかったのだから。
 
 それでも1年も経つうちに、炒める煮る焼く蒸す揚げるといった基本調理はひと通りできるようになり、10歳を待たずして「酢豚って面倒だよね。一度肉を揚げて、餡を作って、炒めて混ぜ合わせるんだよ。本当にどうかしている。エビチリもそうだけれど、ああいうのは宮廷料理であって家庭料理じゃないんだよ」ということをさらりと言ってのけることができた。
 さすが神童である。
 
 実際、八宝菜も面倒だったが、酢豚については美味しくできるまでの道のりがおでんに等しいと今でも感じる。
 しかも、おでんなら2日は楽しめるが酢豚は一食限りである。正気の沙汰とは思えない。宮廷貴族にでもなったつもりか。
 
 とはいえ料理は楽しかった。
 知らないところから、書かれているとおりのことをするだけで、見たこともないものが出来上がり、それがまぁそれなりには美味しいのだからまったくもって素晴らしいと思った。
 
 もちろん失敗がなかったわけではない。
 ときどき指に包丁を当てて血まみれになったり、天ぷら油でキャンプファイヤのごとき烈火を生じさせ天井を黒くしたり、鍋の中で煮物になるはずだった炭を作ったりはしたが、幸い失血死したりはしなかったし、家も燃えなかった。
 父上は注意したり心配したりはしたが、鍋を焦がそうと天井を煤だらけにしようと、怒ることはなかった。
(まぁ神童が作った料理を食べているのだから当然だろう)
 
 他にも調味料を加えすぎたために味が濃くなり過ぎて食べられなくなった料理もあったが、そういう料理は食べなければ味見をした僕以外の誰も傷つけない(父上は文句を言いながらも食べたが)。
 天井が燃え上がったら傷つくどころでは済まないのだから、不味い料理を食べさせられたくらいで文句を言う奴がいたら天井を燃やしてやればいいと思うよ(口調が変)。
 
>>>
 
 そのような次第で、僕は10歳以前に茶碗蒸しも卵と昆布と椎茸と鰹節から作ることができたし、天ぷらを揚げることはもちろんのこと、天ぷら鍋が火を噴いたときの消火方法まで会得していた。
 
 そうこうするうちに家庭訪問か何かの機会に、学校でも(おそらく)有名だった奇人たる僕の家の素性を、担任が知ることになる。
 それでどういうわけか市(だったか県だったか)の教育委員会か何かに呼び出されて、表彰されたことがある。
 賞状などずいぶん昔に捨ててしまった(そもそも僕はそういうものにまったく興味がない)ので、どこがどんな理由で作ったタイトルに選ばれたのかは分からないのだが、まあ「苦労してるのによくやってるね賞」といった趣旨のものだったのだろうと想像する。
 担任から校長に、校長から教育委員会や市の組織にと、話が流れ、書類が流れたのだろうと今は想像できるが、当時の僕はある日「市で表彰されるから行ってきなさい」と言われて、担任だったか父上だったかに連れられて、市民会館か県民会館か何かに行って、賞状と粗品を貰って帰ってきたのである。おそらく学校を休んで行ってきたのではないか。
 
 これによって従前の奇行を自戒し、勉学に励んだかといえばまったくそんなことはない。
 粗品は文房具だったような気もするが、よく分からない楯(シールドの方ではなくトロフィの方)だった気もする。
 自分が欲しいと思っていないものをもらっても嬉しくない性格は当時からなので、すぐに捨てようとして父上にとがめられた気がする。
 
 当時すでに(デキの悪い生徒に合わせるため遅々として進まない)授業に退屈して眠ることがあったのだが(市だか県だかの)教育委員会で表彰された記録が残っているからか、ほとんど教師から叱られなくなってしまった。
 
 もはや僕には宿題さえ出ていなかったのではないだろうか。
 少なくともその前後から宿題の提出を求められなくなっていたのだが、完全に容認された(あるいは放任された)感もある。
 もちろんどれだけ叱っても僕は宿題を提出するどころか、宿題というものの存在を忘れてしまうのでどうしようもなかったのだが。
 
>>>
 
 いずれにしても料理というのはむつかしいものではないし、一事が万事、手取り足取り教えてもらわないとできないものでもない(じつに僕は ── 教材こそ与えられたが ── 独学で身に付けるに至ったわけだし)。
 フライパンや水の張った鍋を両手で持てるようになれば、とりあえず台所に立っても問題のない年齢だと考えていいとさえ言える。
 
 ただ、最初は大事だろう。
 分からないことを尋ねれば教えてくれる人がいることは大事だし、最初は怪我のないように見守ってくれる人がいるのは重要だ。
 僕の場合はミールキットという教材が、非常に多くの経験をさせてくれた。
 
 今思えば、父上や教師は僕に甘かった。
 父上は父上で子供に料理をさせる負い目について思う部分もあったのだろうと今は思うし、教師は僕が何を言ったところで行動を変えないことを理解したのだろう。
 
 人間はけっこう優しいのだと思える。
 当時は日々を過ごす苦痛にばかり意識が向いてしまうことが多かったし、振り返れば過去の不運や現在の不幸を味わい直すことになり、将来に希望なんて持たなかったから、僕はなすすべもなく自身を憐憫することさえあった。
 
 子供の頃を思い出すとしかし、僕は不幸ではなかったのだと思い知らされる。
 神童だったかどうかに関係なく、おそらくずっと、思った以上に多くの人から、愛されていた。
 
 ただちょっと不運で、ただちょっと貧しかった。
 少々、表現を受け取る機会が少なかったから、味覚の発達が独特で遅かったように、表現を読み取る能力に乏しくて、実感できなかったのだ。
 未熟な僕は自身を知らなかったから、当時の感覚に抜け落ちている現実を知る手段を持たなかった。
 
 どれだけ怪我をしても刃物を取り上げられることはなかったし、天井を焦がしても台所に立つことを禁止されたりはしなかった。
 口に合わない料理を作ったのに「これは塩からいなぁ。まいったなぁ」などと言いながらも食べてくれた。
 
 僕は当時、それを知らなかった。
 それが愛されているから経験できる、とても贅沢な現象だなんて露ほども。
 
>>>
 
 ねぎ坊主は、ニンニクのような食感が少しあって、ネギのような甘みと、うっすら、ふきのとうのような苦みが隠れている。
 
 複雑な味わいだ。
 
 複雑で、それはきっと、僕の理解の及ばないほど綺麗だ。
 
 
 
<水になじませて粉を振り、フリット状になることをイメージして揚げたところ、ねぎ坊主は水を弾いただけでなく熱で膨張して丸くなり、およそ全ての粉を油にはじき出したので素揚げ状になった。
 大量の野菜は、おひたしにすればだいたいカサが減る。
 揚げ油は大量の粉で汚れ、すぐ捨てる羽目になった>
 
 
 
 
 
 
 
 

// ----- >>* Junction Division *<< //
[NEXUS]
~ Junction Box ~
[ Traffics ]
 
 
// ----- >>* Tag Division *<< //
[Engineer]
  :工場長:青猫α:青猫β:黒猫:赤猫:銀猫:
 
[InterMethod]
  -Algorithm-Blood-Cooking-Convergence-Darkness-Diary-Ecology-Engineering-Eternal-Life-Link-Love-Mechanics-Memory-Recollect-Season-
 
[Module]
  -Condencer-Connector-Convertor-Generator-JunctionBox-Reactor-Resistor-
 
[Object]
  -Dish-Human-Memory-
 
// ----- >>* Categorize Division *<< //
[Cat-Ego-Lies]
  :暗闇エトランジェ:いのちあるものたち:ひなたぼっこ:キッチンマットで虎視眈々:夢見の猫の額の奥に:
 
 
//EOF
 
// ----- >>* Initialize Division *<< //
// TimeLine:220402
// NOTE:
// ----- >>* Header Division *<< //
TITLE:
220402 猫様観察日記
SUBTITLE:
~ confuse again. ~
Written by BlueCat

// ----- >>* Lead Division *<< //
 
 
::「センセイ、ビールつぎましょうか」わたしが聞くと、センセイは首を横に振った。
「いいえ。ワタクシがツキコさんについであげましょう。ワタクシのぶんもワタクシがつぎます」あいかわらず、つがせてくれない。
「センセイはお酌されるのが、嫌いですか」
「上手な人ならいいんですがね、ツキコさんは下手だ」
「そうですか」
「ワタクシが、教えてあげましょう」
「いえ、結構です」
「かたくなな人だ」
「センセイこそ」
 センセイのついでくれたビールは、泡が固くたっていた。ひよこはどこで飼うんですか、と聞くと、しばらくは家の中で、とセンセイは答えた。ひよこが動く音が、帽子の中の箱の中から、かすかに聞こえる。動物を飼うのはお好きなんですか、と聞くと、センセイは首を横に振った。
「得手ではないですね」
「だいじょうぶですか」
「ひよこならね、そんなに可愛くないでしょう」
「可愛くないのがいいんですか」
「可愛いと、つい夢中になる」
 かさこそと、ひよこは箱の中で動いている。センセイがコップを干したので、私がビールをつぎ足した。センセイはこばまなかった。もうちょっと、泡たてて。そうそう。そんなふうに言いながら、わたしの酌を静かに受けた。
 
 
 

// ----- >>* Body Division *<< //
//[Body]
220402
 
 猫くん(6歳以前)の自己嫌悪が凄い。
 簡単に言えば、ダークマター(暗黒物質)をぬるま湯でこねて作った泥人形みたいな感じ。
 
 アヲくん(彼女はメスだけれど)が3/21頃に発見された。
 3/10からそこまでの落ち込み具合も相当で、未だに少し引きずっている。
 
 日常生活に支障を来して、モチベーションがおよそマイナスに傾いていた。
 ようやく食事や睡眠などについて、ある程度の規則正しい生活を取り戻し、現実逃避をやめて現実と向き合い、身体機能の維持やメインテナンスを正常化しつつある。
 わたしが「猫クぅン、わたしキャベツサラダ食べたいなぁ」と言えば、猫クンは作ってくれる。
 この条件反射とも呼べる性質を利用しない手はない。
 
 しかしβくん(「猫くん/6歳以前」ベースの置換用仮想人格)が作られた理由が少し分かった気がする。
 猫くんは単一の事象に対し、それが解決した後にもとにかく引きずる。「重いコンダラー」くらいの試練の道である。
 
>>>
 
※アニメ「巨人の星」のオープニングソング「ゆけゆけ飛雄馬」の歌い出しは「思い込んだら」である。
 手動式整地用ローラを引いているシーンと重なって「重いコンダラー」と誤解している人もいると聞く。
 あれは「コンダラ」というトレーニング器具ではないのだが、思い込んだらなかなかそれを手放せないのが人間だろう。
 思い込みって怖いね。みんなも気をつけよう。
 
>>>
 
 とにかくいつになったら元に戻るのかが分からない。
 しかも要因となった外部の問題が解消され、およそ元通りの日常が戻ったにもかかわらずの引きずりっぷり。
 その執念深さ。これはモテないわ。
 つまるところ内部の問題で、たとえば倫理観であるとか、正義感であるとか、履歴にまで完璧を求めるから起こる失望が原因だろうか。
 
 しかし具体的な対策を立てるほどの気力もない。
 思考能力も判断能力もひどく低下していて、まるで痴呆症の人である。
  ── 子供の頃から「老成している」なんて言われていたのはそれが遠因かもしれない。
 
 今でこそ外的な強制要素がほとんど影響しない環境を作って生きているが、学校があったり、会社があったり、家族や友人や恋人が多かったりすれば、それら一つ一つがつまづくきっかけにもなる。
 たとえそれらが好ましい存在で、あるいはもっと積極的に自分から好きであったとしても、むしろその場合は尚更びくびくしながら過ごすことになる。
 
 まして様々な関係性に付随して、そこで求められるタスクに対する反応が著しく低下していれば、組織にとっても自分自身にとっても、あまりよい結果をもたらさない。
 料理を作っても食べない子供がいれば、心配してあるいは怒る親もいるだろう。
 仕事を頼んでも作業が進まない部下がいれば、査定を低く見積もるよりなくなる。
「好きだよ」と伝えても、反応の薄い恋人というのはなんとも味気なく「この人は私のことなんてどうでも良いのではないか」と思ったりするものだ。
 
>>>
 
 僕の知っている、僕の持っていた、一番ひどい生きづらさの体現だ。
 それは主観的で、何の根拠もなくて、何らの実効性を持たない。
 
 好きな気持ちに恐怖し、好きなものを失って絶望し、好きな気持ちがあってもなくなっても、怯えて身動きがとれなくなる。
 嫌いなものに囲まれて憎悪に生きている方が、まだまともに機能するのだ、本来の僕というのは。
 
 しかし好きなものを持たず、作らず、増やしもしないというならば、どこに生きることに意味を見いだし、愉しむことができるだろう。
 嫌いなものを憎悪して機能し、好きなものを感じることのない生に、いったい何の喜びがあるというのか。
 
>>>
 
 実際のところ、私たち(ここでいう「私たち」とは内部表現なので、外部的には単に「私」あるいは「僕」となるべきだろう)は、あれこれ提案したのだ。
 
 保健所に電話して、必要なら出向くこと。
 探し猫のチラシを作って、動物病院やらスーパーやらコンビニに張ってもらうこと。
 
 もう昔の、無力な猫クンではないのだ。
 対物対人のいかなるスキルも身に付けた猫クンなら、チラシのデータを3時間半で(猫クンαが)作り、BP(友人です)のご子息に頼んで印刷してもらい、(黒猫クンが)あちこちに電話を掛けたり、責任者と交渉してチラシを貼ってもらうことなど造作もない。
 手を尽くし、思った通りの未来を誘導するために力を発揮することは、そしてそれによって、正しく未来を誘導することは、さほどむつかしいことではないのだ。
 
 でも猫くんは動けなかった。動かなかった。
 
 無論、私たちは猫くんを責めないし、責めるわけにもいかない。
 猫くんはもともと消極的で引っ込み思案で悲観的で人見知りで引きこもりで面倒くさがりではあるけれど(ひどい評価)。
 何かを失うことに人一倍臆病で、取り返しの付かない痛みに立ち向かうきっかけに対して動いても、何も変わらなかった記憶しか持っていない。
 誰にも相談できず、ひとりで考えた手法はあっさりと否定され、拒否され、失敗する。
 
 彼は、成功した記憶がないのだ。
 特に、好きなもの、積極的に自分から好きだと感じているものを失ったことについて、どうすることもなく立ちすくむ以外の経験を持っていない。
 励まされる経験も、促される経験も、誰かの庇護下で守られている経験にも乏しいから、戸惑ってしまうのだろう。
 
>>>
 
 ために猫会議が長引いている。
 
 恐怖というのは、いつだって外側ではなく内側に巣くっている。
 ここまで環境を整えてなお当然に、不測の事態は発生するし、当たり前に全ての事象をコントロールすることはできない。絶対に。
 それ自体をも愉しむような仕組みを私たちはすでに持っているのだけれど、猫くんは持っていない。
 
 苛立ちがないといえば嘘になる。
 私たちはすでに、それらを乗り越えて、よりすぐれた機能を手に入れている。
 最終的にアヲは帰ってきたけれど、猫くんは何もしなかった。
 失敗を恐れて何もしないことを、猫クンは嫌う。それは猫クン自身が自分を動かしてきた哲学だろう。
 何もしないことは失敗することより致命的で、悪質なことも多々ある。
 その猫クンが、何もできない猫くんをわざわざ内包して生きる理由はないだろう。
 
 とはいえ誰でも、どんなイキモノでも、生きることには理由などなくて、ただただ生きているという事象に合わせて、理由を見繕って、取り繕って、みんな自分を納得させるそれを捏造しているだけだ。
 その捏造を許さないから、猫クンは生きる理由を持たない。
 
 その姿勢はじつのところ、ただの面倒くさがりの延長線上にある。
 猫クンは、理由がないことや矛盾していることを好む。
 高い理想も、倫理観あふれる理念も、完全主義も、潔癖症が大事に抱える、ずぼらな綺麗事と鼻で笑う。
 行動のない理念も、綺麗事ばかりで歪みを押し殺した理想も、ありもしない努力や頑張りも、机上の空論で嘘っぱちだと嗤う。
 反動形成だとしても、しかしそれは有用だ。
 そうすることで猫クンは、現実世界を動かす手段を少しずつでも身に付けたのだから。
 
 もっとも猫くんだって、立ち直るのに何年も、何ヶ月も掛かっていた頃から比べれば、立ち直りは早い。
 猫くんとして生きることを決めた以上、これはこれで仕方ないことなのだ。
 猫くんが身をすくめているというのなら、私たちは待つしかない。
 
 猫クンがいつか言っていた。
 忍耐は、優れた資質の1つだ。
 何もできないのでもなく、何もしないのでもなく、期待せずしかし失望することなく、ただ待って、見守って、必要になったら迎え入れることができるのは並大抵の能力ではない、と。
 
 猫くんはできるだろうか。
 猫クンは、できるだろうか。
 
 
 
 
 
 
 
 

// ----- >>* Escort Division *<< //
 
 
::「泣くでしょうか、あの男の子は」センセイは興味しんしんといった様子で身を乗り出している。
「泣かないんじゃないかな」
「いや、男の子は、泣き虫が多いですから」
「反対じゃないんですか」
「いいえ、女の子よりも男の子の方が、よほど弱虫です」
「センセイも、小さい頃は弱虫だったんですか」
「今だって、ずいぶんと弱虫ですよ」
 
 
 

// ----- >>* List of Cite Division *<< //
[出典]
~ List of Cite ~
文頭文末の引用は、
「センセイの鞄」
(著作:川上 弘美 / 発行:文春文庫)
 によりました。
 
 

// ----- >>* Junction Division *<< //
[NEXUS]
~ Junction Box ~
[ Traffics ]
 
 
// ----- >>* Tag Division *<< //
[Engineer]
  :none:
 
[InterMethod]
  -Algorithm-Blood-Diary-Ecology-Engineering-Form-Interface-Link-Love-Mechanics-Memory-Stand_Alone-
 
[Module]
  -Condencer-Connector-Convertor-Generator-Resistor-
 
[Object]
  -Human-Memory-
 
// ----- >>* Categorize Division *<< //
[Cat-Ego-Lies]
  :暗闇エトランジェ:
 
 
 
//EOF
 
// ----- >>* Initialize Division *<< //
// TimeLine:220307
// NOTE:
// ----- >>* Header Division *<< //
TITLE:
キャベツ/白菜サラダのテキトードレッシング。
SUBTITLE:
~ Seasoning. ~
Written by BlueCat

// ----- >>* Body Division *<< //
//[Body]
220307
 
 BPが遊びにやって来る。
 歯医者があるので、ゲームをしているBPを置いて出かける。
 
 帰宅したのは19時過ぎ。
 
 酒を呑むのにあたって肴を作ったのだが、キャベツサラダがとくにウケた。
(彼は気に入ったものがあると「次も作って欲しい」と素直に言うので楽しい)
 
>>>
 
 一時期、塩ダレキャベツを食べ続けていた時期がある(およそ2ヶ月)。
 しかし市販の塩ドレッシングは、たとえばガーリックが、化学調味料が、塩味が、強すぎたりした。
 あるいはレモンの香りが人工的に過ぎたり、油脂分の舌触りが気持ち悪かったりした。
 それでも出された店では「(業務用だけれど)市販品だよ」ということだったので、わざわざ自作せず、市販のものを次々試した。
 結果(捨てるよりない)塩だれや塩ドレッシングが溜まってしまった。
 
 冬になってからは白菜サラダを作り続けた。
 これも外食で覚えたのだが、その店ではマヨネーズベースのドレッシングだった。
 
 自宅でなんとなく作るドレッシングは、それにアレンジを加えたもので、店出しするわけでもないから多少原価は高いものの、いちいちドレッシングを買うよりは安いはず。
 
 さぁそんなわけで、今日はキャベツ/白菜サラダのドレッシングレシピをご紹介。
 ドレッシングついでに、キャベツ/白菜サラダの作り方も伝授しちゃうぞ♡
 
>>>
 
【材料】
○マヨネーズ
○粒マスタード
○ピンクペッパー
○コショウ(できればミックスペッパー)
○ヨーグルト(あれば)
○余って使わないタレやドレッシング(あれば)
○ワイン(あれば)
 
【作り方】
1.適当な容器に上記を適当に入れて、混ぜる。おしまい。
 
 
2.ここからワンポイントアドバイスが始まる。
 いつもどおりワンポイントのくせに長いから、覚悟して刮目せよ!
 
 バランスは
 マヨ:ヨグ:マス:ピペの比率が
 2:2:1:1くらい。好みで変えろ。己の道を歩め。
 
 余ったタレやドレッシングは少なめにしろ。
 焼き肉のタレとか、多いと変な味になるけれど、マヨネーズがだいたいなんとかしてくれる。マヨを信じろ。
 
 味が濃くなった場合ヨーグルトやワインを増やして薄める。
 粘度が高い場合はワインの方がいい。
 ワインは赤でも白でもロゼでもシャンパンでもいい。
 何も無ければオロナミンCだっていい。
 
 しかし誰にだってヨーグルトもワインも(ついでにオロナミンCも)無い夜がある。
 買えないときもあるし、買い忘れたうえ、買いに行く気力も無いときがある。
 誰にもあるならば、オマエにだってあるし俺にだってある。
 
 気にするな、水を入れろ。
 マヨは気取った奴らにも融合するが、水にだって溶ける。
 マヨを信じろ。
 ただし大さじ1くらいにしておけ。
 水が多いと水みたいな味になるぞ。
 
 なに水がない? そんなオマエも豆腐の1丁くらい冷蔵庫に常備してあるだろう。
 豆腐が絹ごしなら完璧だ。俺は木綿派だから完璧には届かない。これは仕方ない。
 どっちにしても豆腐の水を入れろ。
 美味しい豆腐の水は甘くて旨いぞ。
 水が不味くて飲めない豆腐は不味い豆腐だ。
 絹ごし豆腐を潰し入れてもいい。甘みが出るぞ。
 木綿豆腐を潰して入れると、舌触りが変わるから覚悟しろ。
 
 それと混ぜたときの色は気にするな。
 茶色いタレを混ぜると茶色っぽくなるし、赤ワインを入れると淡いピンク色になる。
 ケチャップを入れるのはおすすめしないが、入れれば毒々しいピンク色になる。
 
 最後に味見をしろ。
 足りない成分があれば足せ。
 もちろん味見をしなくてもいい。
 足りない味も味わいだ。
 完全だと思える味は、すでに過剰になっているかもしれない。
 どうだ、ミニマリスト哲学っぽいだろう?
 
【使い方】
1.ボウルで材料とドレを混ぜろ。
 材料といったって、適当にちぎったり刻んだりした白菜だとかキャベツでいい。茹でたニンジンだけでもいい。
 気取った材料を使って「サラダ女子アピール」をするな。いや今回だけは忘れて。ね?
 今日のオマエはキャベツ(あるいは白菜)のシンプル(あるいは質素、もしくは貧相)なサラダを作るのだ。気取ってんじゃねえ。
 SNSに載せられるようなキラキラサラダはホームパーティ女子会とか、彼と初めてのお泊まりのときとかに「キャピ☆」って感じで別の機会に作って写真に撮れ。撮ってSNSで自慢しろ。
 
 ボウルに材料を入れたらドレを掛けろ。
 ドレ? って不思議顔をしてこっちを覗き込んだってドキッとしたりはしないからな。俺は10代/20代の思春期ボーイじゃねえんだ。キョトンとしてないでドレッシングを黙って掛けろ。
 掛けすぎるとあとで酷い目を見るから、ちょっと足りないくらいにしておけ。
 
 混ぜるときにトングを使うなら、材料とドレを掴んだらロールするように手首を捻るんだ。
 掴んでロール、掴んでロール。それを繰り返せ。そうすれば最小限のスペースで素早く混ぜられる。そうだ。それでいい。
 これを会得するだけで(作り慣れない)キラキラサラダを作るときに(いつもサラダ作ってマース、キャピ♪)感を出すことさえ可能になる。普段サラダどころか冷凍食品の揚げ物を温めることさえしていないとしてもだ。
 
<ミニマリスト哲学に基づいた質素なサラダ。もはや生野菜と呼ぶのもおこがましい>
 
2.質素な、あるいは貧相なお皿を用意しろ。
 そもそもサラダボウルはだいたい質素で素朴(ひどい場合はそれを通り越して貧相)だ。そういうお皿を使え。
 オマエの家にキラキラサラダボウルしかないなら、近所の家の犬小屋の前にある皿を奪ってこい。弱肉強食だ。犬だろうが何だろうが、この世界にある使ってない皿はすべてオマエの皿だと思え。オマエのおサラダを盛るためのお皿だ。ここは駄洒落だぞ。
 
 中に盛るのはラディシュもベビーコーンもブロッコリィもない、色味に欠けたキャベツ(もしくは白菜)だ。それだけだ。
 それ以外を盛らないのだから、派手なキャピキャピサラダボウルを使うと落ち込むぞ。
 オマエじゃない、それを食べる誰かが落ち込む。オマエが作ってオマエが食べるなら落ち込む奴はいないだろう。むしろ侘び寂びを感じるために華美な皿を使う手もある。
 
 しかしどのお皿を使うかなんて自分で決めることだ。誰かに言われたことに従う必要なんてない。まるでない。オマエが使いたいと思ったお皿を使え。それがラケンロー(Rock'n'roll)でありパンクだ。好きにしろ。
 
3.盛り付けろ。
<貧相だろう? これがキャベツサラダだ。食べると味わい深くてびっくりするぞ>
 
 オマエに教えることはもう、ない。
 盛り付けたら、おためごかしにピンクペッパーをちょっと掛けろ。
 キラキラ感が少しだけアップするぞ。
 掛けすぎると味が分からなくなるから気をつけろ。
 どうせ貧乏舌だから、キャベツの甘みとか、白菜の滋味とか分からんだろう。それならたんまり掛けてしまえ。SNSで炎上するぞ。
 
【備考】
 ピンクペッパーや粒マスタードは、業務スーパーやお酒の量販店で安く売っている。
 びっくりするほど安い。マヨも結構安い。
 その安い素材を使うと、しっかりアクセントのあるドレになる。
 作りすぎてもラップする程度の密閉度で冷蔵庫に入れておけば3,4日は保つ。
 
>>>
 
 レシピ書くのって楽しいなぁ。
(これをレシピと呼ぶならば、だけれど)
 
 
 
 
 
 
 
 

// ----- >>* Junction Division *<< //
[NEXUS]
~ Junction Box ~
 
 
// ----- >>* Tag Division *<< //
[Engineer]
  :青猫α:青猫β:黒猫:
 
[InterMethod]
  -Chaos-Cooking-Diary-Form-Kidding-Style-
 
[Module]
  -Condencer-Generator-Transistor-
 
[Object]
  -Dish-Tool-
 
// ----- >>* Categorize Division *<< //
[Cat-Ego-Lies]
  :キッチンマットで虎視眈々:
 
//EOF
 

こんばんは。


最近の楽しみの一つは、スパム退治です。

どうでもいい「いいね」を付けたり、ろくに読みもしないくせにフォローしてきて自分のサイトに誘導し、アタマワルソーなリンクを貼り付けて宣伝してるあいつらです。


だいたいまともに読んだりしません。時間がもったいない。

あいつらを許すな。


いいねの場合、いちいち覚えていないので、ときどき見に行ってしまう。

見に行って(またこいつか!)と思う。

時間がもったいない。


なので、多少時間がかかっても報告して削除する。

これに尽きる。


ここのブログシステムにはあれこれ思うことがありますが、基本的には黙っています。

ただweb版と、スマートフォンアプリ版で、いくつか仕様が共通していない点については辟易している。


今回取り上げるスパムの報告についても同様。

端的に、web版のブログサービスにアクセスされている皆様におかれましては、スパム退治はしない方がいい。

なぜって、スパムそのものよりもスパム報告の方がイライラするから。

だいたい当社比で20倍イライラする。


スパムブログに辿り着く→(またこいつか)

を1キッ!(キッ! は、イラッとして睨む気持ちの単位です)とした場合、


webでスパム報告をしようとする→報告リンクをやっと見つける→入力項目が多い→入力項目の意味が分からない→IDやアドレスを手入力させられる→(やってられるかバーロー!ふざけんじゃねえ!)

この流れはだいたい57キッ!に相当し、ヘソでお湯が沸きます。熱湯です。


みなさんも(こんなやつ消えた方がいい)というブログを見つけたらスパム報告しましょう(スパムを消すんだぞ。青猫工場は、スパムブログじゃないから報告するんじゃないぞ?)。

ただしスマートフォンアプリ版で。


ヘソでお湯を沸かしたい場合を除いて、スマートフォンアプリ版がおすすめ。


>>>



スパムブログのユーザを確認しようとすると、ブログ一覧画面になります。

この右上の「…」ボタンを押すと「報告する」というメニューがある。

「センセー! 田中くんが今日も早弁してます!」とか、そういう委員長タイプになったつもりで、報告しましょう。ちなみに委員長タイプ、めんどくさいよね、あいつら。


>>>




いくつか入力項目はあるものの、IDやアドレスは自動入力されますから、それ以外を入力する。

アプリ版のユーザインタフェイスは相当ひどいけれど、自動入力するだけのサービス精神はあるようなので、そこは評価したい。


スパムブログなので、サービスはブログ。

報告種類はスパム。

ところで年齢詐称でID報告できるんですか?!

ちょっとキビシくないですか?

永遠の17歳で〜す♡ っていつも言ってる俺の青春を返せ。返せよ!


そのあと、スパム種類まで指定させられます。

面倒ですね。

スパムはスパムです。

種類なんて余計なお世話です。

自分で考えてよ、って思いませんか?

これは「その他スパム」でよい。


さらに「具体的な内容」なんて意味不明な項目があります。

僕は面倒なので、スクリーンショットのとおり「サイトを確認ください。」と書いています。

消す側だって、確認もせず消すわけはなかろうし、確認せず消されても困る。


それより年齢詐称くらい許してやれよ(笑)

これじゃ「だいたい50歳です」って逆サバ読んでる俺が浮かばれないよ。

アラフィフ〜♤ とか アラフィフ男子〜♡ とか言っておけばいいのか?

やめてくれよアタマワルソーな日本語使うの嫌なんだよ。


それでもって。

一番下に、報告ボタンがあるような気がするので、それを押せば報告終了。

運営が「こんな奴はブログを使わなくてよい」と判断すると、あら不思議、消えてしまう。

だいたい数日で。

消えなかったら、そのブログはそれなりの意義があるのだから、許してやろう。


自殺について青猫工場でも書くけれど、自殺をほのめかしてるんじゃないからな、報告するなよ?

19年ぐらい先の自死を予測して計画しているだけだからな。

あれはライフプランであって、衝動的な自殺ではない。だから警察にも連絡しないでほしい。されてもお互い困る。とくに俺と警察が困る。少しはお前も困れ。


>>>


スパムブログにフォローされて、そのブログを確認して1キッ! が発生しても、この程度の作業であれば、慣れてしまうと0.3キッ! くらいで済むようになる。

合計1.3キッ! なので、カロリィ消費が少ない。

ダイエットしたい場合は、web版で報告するといい。

動的サゼッションで広告やらおすすめブログやらが出てきたいちばーん下に、文字リンクで報告できる。

ただ、ヘソでお湯が沸くから気をつけろ!


>>>


追伸。


今朝、アヲが帰ってきました。

めっちゃ叱ってやった。

それから一緒にお風呂に入った。


孫の子を見たいヒトの気持ちも分かるので、イケてるボス的なオスネコがいたらカポーにしてあげたい。


220305

 

 昨日から作業を開始していた、キャンピングキャビンにバックモニタを付ける作業を終える。

 電気系作業はニガテだ。

 

 屋内の電気工事だって、得意とは言いがたい。

 車のそれは、電気事故の予防のほか、防滴防水の処理や配線を車外から車内へいかに引き込むかなど、考えることが多くて、鉄板の上で焼かれて嫌になっちゃうよ。

 

 キャビン内装工事のためにいくらか木材を買ったけれど、木壁にしなくてもいいような気がしないでもなくて、どうしようかなぁ、って材木を眺めながら考える。

 

 カメラは広角で4つあったので、キャビンの先端左右と、後方ビューと後方下部ビュー(バック駐車時の確認用)で設定した。

 

<軽トラのくせに、ものものしい>

 

<軽トラのくせにメカメカしい>

 

<左右カメラはミラーよりも視野が広いのだけれど、まぁ、そんなに使うものでもない。ただの気分です。飾りです。

モニタは遠近感で大きく見えるのかと思いきや、本当に大きい>

 

>>>

 

 アヲがすっかりオトナになってしまって、発情期だからなのか、玄関の引き戸を自力で開けてしまい、昨日から脱走している。

 野垂れ死ぬことは無いと思うけれど、これで妊娠して帰ってきたらと思うと、年頃の娘を持つおとーさんの気持ちはいかばかりかと考える。

 

 キサマのヨメにやるなどとは言ってない!!

 娘を返せ!