みなさん、こんにちは♪
ソマティック心理カウンセラー・セラピストの澤田 じゅんです。
今回のブログは、前回の続きです。
まずは、こちらから読んでみてくださいね![]()
前回の記事では、私たちが知らず知らずのうちに「死の淵」や「変性意識」を体験し、その境界線(針の目)に神経系が取り残されてしまうことがある、というお話をしました。
今回は、その「境界線」に長く留まっていた私自身の体験について、
少し深くお話しさせてくださいね。
その前にお知らせです♪
■ お知らせ ■
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私がEONに惹かれたのは、、、
わたしがEON(針の目)トレーニングに興味を持ったのは、私自身の臨死体験からでした。
私の人生には、いくつかの「死の淵」がありました。
1歳半という幼い頃の肉体的な危機。
高校時代の、ふっと自分の体から抜け出してしまうような体外離脱の体験。
(大人になってからも、夢で身体を抜け出し、よく空や宇宙を飛んでいました)
けれど、私の人生を根本から変えることになったのは、
42歳の時に訪れた「精神的な死(自我の死)」でした。
重いPTSDの症状の中にいたその頃、
私の意識は4ヶ月以上もの間、
現実から切り離された「変性意識状態」の中にありました。
ドアガラスから差し込む光が、あまりにもただ美しくて。
ただただ力無く佇んでいる私の目の前で、
人生のあらゆるシーン走馬灯のように目の前に映し出されてました。
それは、不思議な体験でした。
そのシーンに登場する人たちの気持ちが
「自分の気持ちそのもの」のように伝わってきて、
そのシーンにいる自分の気持ちも知っていて、
わたしはわたしであり、わたしでなく、
ただ「わかる」ということが起きていました。
人生で出会った人、交流した人、身近な兄弟、家族、、、
彼らの気持ちや行動の背景が、、
ただただ「わかる」「伝わってくる」ということが起きていました。
多くのすれ違いや勘違いが、
実はそれぞれが抱える「痛み」からの防衛だったと、
深い納得とともに伝わってきたのです。
そしてわたしは「愛されていた」ことを知ったのでした。
「わたし」が欲しがっていた愛は、すでにもうそこにありました。
痛みから見えなくなっていただけで、、、
それはとても明白でした。
人間意識の私がその時思ったことは、
「わたしはなんでこんなこともわからなかったのだろう」
「なんてことをしてしまったのだろう」でした。
そしてそこにあった愛は、
人間からだけではなく、
ただただ、、なんだろう、(うまく言えないのですが、、、)
純粋な光に包まれた、優しい愛と、きよらかな静けさがそこにありました。
「死」の先にあるものに繋がった、
非二元の世界で言われる、「悟りの一瞥」のような、
至福の瞬間がそこにありました。
しかし、現実はそれほど甘くはありませんでした。
意識がどれほど高い視点や至福に触れていても、
私の「身体」は依然として、トラウマの激しい渦中に取り残されていたのです。
内臓や筋肉、器官には、その痕跡が色濃く残っていて、
意識が身体に戻ると、ショックや圧倒、混乱で容易に過覚醒になり、
朝目が覚めた時からぐったりとしていました。
その経験から7年以上をかけて、感情や身体、神経系の癒しを通して、
今の「わたし」に統合されていったプロセスがあります。
それは何世代もの生きた魂の癒しにもなりました。
不思議ですが、生と生の間、『中間生』というものがあるか分かりませんが、
私という個人の歴史を超えた、もっと大きな命の大きな流れに触れ、
そこから癒しが届けられるような感覚もありました。
その経験から多元的な視点を持つようになりました。
臨死体験状態というととてもレアなものと感じるかもしれません。
しかしながら、私たちは意外にもそれを知らず知らずのうちに経験していることがあります。
特に自分ではどうすることもできない圧倒的な状況で、
心が無意識に『諦め(ギブアップ)』を選んだ瞬間、
私たちの意識はスッと身体を離れ、目に見えない針の目を通り抜けてしまうことがあります。
身体はいつも生き残るための最善を選択して、
私たちが究極の苦しみを味わないようにしてくれているのです。
ひどくトラウマを受けた人間の美しさ
トラウマとは、自分を自分でなくさせていきます。
ひどく怯えたり、圧倒されたり、怒りが湧いてきたり、解離したり、、、
自分の本来の姿から切り離され、バラバラになっていく心と身体、そして魂。
癒しとは、それらが統合されていくプロセス(旅路)です。
それは以前の自分に戻るのではなく、
もっともっと視野が広がり、
自分だけでなく、人間というもの、生命に対しての愛や優しさが深くなっています。
また自分を守るための強さや健全さも培われています。
『ひどくトラウマを受けた人間が美しい』のは、
生と死を超えた境界にある静寂に中で、
『引き裂かれた痛み』と『圧倒的な慈愛』のそのどちらも自分から切り離さず、
両方を抱えながら、
バラバラになった欠片を今の身体に繋ぎ合わすことができたから。
それは、ただ生き延びるだけでなく、
本当の意味で、『この世界に受肉して生きる在り方』が
わたしたちを魅了するからだと思うのです。
1歳半からの呼びかけ (Calling)
思い返せば、1歳半という言葉も持たないほど幼い頃に経験したその大きな怪我以来、
私の心はどこかでずっと「針の目」の中にいたのかもしれません。
幼い頃から、私にとって「死」は遠い先のことではなく、
いつもすぐそばにある、とても身近なものでした。
「死ぬってどういうことだろう」
「生きてるって、どういうことなんだろう」
そんなことを、意識的にも、無意識的にも、
考えない日は一日としてなかったように思います。
いつもどこかビクビクとしていて、
意識は外側を警戒することに向けられていて、
意識が身体からみ出ることのほうが多かったように思います。
大人になってからの至福体験も、
PTSDの苦しみも、実はすべてこの「1歳半のあの日」から続いていた、
長い長い境界線(針の目)の上の旅だったのだと、今になってようやく繋がったのでした。
ずっと「針の目」の境界線にいて、
どこか「あっち側」や「空の上」を漂っていた意識が、
7年という月日をかけて、
痛みも喜びも詰まった「この重たい身体」の中に、納得して戻って来れたのでした。
それは、もう死を隣人として見つめるだけでなく、
「この身体で、この世界を味わい尽くすぞ」と、
生命に対してやっと「イエス」を告げること。
それは、半世紀という長い時間をかけて、
あの1歳半からの呼びかけにようやく応えられた瞬間だったのかもしれません。
あなたの抱えている痛みが、
いつかあなたという生命(いのち)からの大切な『呼びかけ』に変わる日が来ることを信じて。
読んでくださり、ありがとうございました。
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note で夫とのやりとりや私のことをゆる〜く語っています♪
心理セラピストとしてではない、等身大のわたしの言葉で書かれた好評のエッセイです。
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