今日から7月。今や“夏の風物詩”という言葉自体がもう昔日の風物詩になってしまったが、コロナ禍もあって「ビアガーデン」というのはまさに昭和レトロな“夏の風物詩”だろう。梅雨が明けたら仕事帰りにターミナル駅前デパートの屋上で同僚と生ビールでカンパイ!というのが標準的なサラリーマンライフという時代もあった。

 

今やデパートという業態自体が多様化する流通業の中で存続の危機に瀕しているが、デパートの屋上と言えば夏はビアガーデンだった。何故か提灯で飾られた夜空を見上げながらスピーカ―からはハワイアン、そして必ずこの曲「真珠貝の歌」が流れていたはずで、これを聴くとビアガーデンを思い出す人も多いだろう。

 

 

この曲は映画「ドノバンサンゴ礁」(1963年)で使われた「Pupu O Ewa(エヴァの貝)」が原曲で、後から英語の詞が付けられて「Pearly Shells(真珠貝の歌)」になった。映画は監督ジョン・フォード/出演ジョン・ウェイン/リー・マーヴィンと豪華だが内容は他愛ないコメディで、今見ると典型的な“白人男性至上主義”が気になる。

 

そして“日本一のビリーヴォーン・ファン”と自称する私が言うのも難だが、戦後にバッキ―白片とビリー・ヴォーン楽団が得意としたハワイアンとは、当時の日本人や米中流白人の夢の観光地ハワイへの憧憬であって、ネイティブなハワイの音楽ではない。ただ同楽団のこの「真珠貝の歌」は洗練された秀逸なアレンジだ。

 

しかししかし、である。日本においてビリー・ヴォーンの代名詞でもあるこの曲実はアメリカでは全然ヒットしていない。「波路はるかに」は全米5位でミリオンセラー、「星を求めて」は全米19位、「峠の幌馬車」は全米28位、「サファリの夕陽」も全米13位なのに対し、「真珠貝の歌」はTOP100にも入っていないのだ(全米120位)。

 

【「メキシコの真珠」でも全米94位なのに…】

【これ、もしかしてあのアン・フランシス?】

 

つまり、この曲日本だけで大ヒット(1965年9位)した事になる。理由は何故か分からないが当時のラジオ番組のテーマ曲になったことが大きいと思う。それも毎週日曜夜6時からのNHK-FM「リクエストコーナー」で、これは当時の日本ビクターの洋楽営業担当のプロモーションの成果だと何かで読んだ記憶がある。

 

まだインターネットなど無い時代に最新の全米ヒットチャートの曲を、基本的にフェードインもフェードアウトもせずにフルコーラスで放送していた稀有な番組だったので、今や死語となった「エア・チェック(ラジオから録音する)」派の古い洋楽ファンなら毎週のように必ずこの曲を聴いていたはずである。

 

6時の時報直後にイントロ4小節に続いてビブラフォンのメロディが流れ出すとDJの石田さんがあの歌、この曲、新しいリズムに懐かしい調べの数々、あなたのお好きな曲を集めてご一緒に楽しむ1時間、リクエスト・コーナーです。ご機嫌いかがでいらっしゃいますか、石田豊です」の名調子が始まったものである。

 

この曲をステージで歌う際、曲紹介のMC時にタブレットを出し、youtubeで同楽団のこの曲を流し、上記の番組ナレーションをカブせて喋ったら「なつかしい!」と喜んでくれたオーディエンスが多くて嬉しかった。因みに石田豊さんは70年代にNHKを定年退職した後も同番組が終わる80年代半ばまでDJを続けたという。

 

♪Pearly Shells(真珠貝の歌)・・・2019年8月9日、渋谷「SEABIRD」二金ライブにて♪ ※2コーラス目の訳詞は早津敏彦氏のもの。

 

Saigottimo

43年間のサラリーマン生活を終えて早や3ヵ月「サンデー毎日は教育と教養か」で書いた通り、毎日、体温/血圧/体重測って栄養バランスの取れた食事に散歩/体操/ストレッチ、ウクレレ/ハーモニカ練習、英会話アプリにブログ執筆…そして週1でテニスに銭湯サウナ、気が向けば絵も描いている。

 

「あれ?これって子供の頃の学校だ」と気付いた。朝礼での体操や給食、「国語」~「英語」等の基本科目は毎日あり、週に何回か「体育」「音楽」「図工」があった。違うのは時間割が決まってないことくらい。てことは、あと「家庭科」があってもいいんじゃないか。特に料理は音楽や図工に負けないくらい創造的だしね。

 

小学校の家庭科では「粉吹きイモ」を作った。私は下戸でお酒が飲めず甘党だからたまにケーキを作る。「サバランショートケーキ」などの創作レシピもある(*1)。この際自分のオヤツも兼ねてもう少し長持ちするケーキを作ってみようかと百円ショップに行くと「パウンドケーキミックス」があったので作ってみることにした。

 

【処女作はバナナ入り、2作目はレーズン入り】

 

他に必要なのはマーガリン(60g)と卵1個だけ。これを混ぜてカップに入れてオーブントースター(170℃)で35分焼けば出来上がり。ホットケーキより簡単で旨いし5~6等分すれば約1週間のオヤツになる。但しプラモデルと同じで、このまま作っても面白くないので朝食でフルグラに混ぜてたバナナやレーズンを入れてみた。

 

【アーモンドはロースト、レーズンは洋酒漬けに】

 

レーズンは楊枝で突いて穴を開け、洋酒に一晩漬けてラムレーズン風にした。後日、違う百円ショップでカリフォルニア産より大粒のチリ産を見つけ、それを使うことに。アーモンドもフライパンで乾煎りし砕かず丸ごと入れた方が旨いことが分かった。チョコチップは板チョコを砕くのだが、重いので下に溜まるのが問題だ。

 

【チョコチップは重いので下に溜まってしまう】

 

卵やバナナは家の常備品を使うが、さすがにマーガリンをごっそり使うとカミさんに怒られそうなのでローソン100で買った(ほぼ3回分150gで百円)。板チョコもアーモンドも専用カップ(4個入)も百円ショップで揃うが、チョコベースの生地にするためのココアパウダーだけは無く、OKストアで80g(8回分)160円と最も高くついた

 

【ココアパウダーを混ぜアーモンドを入れる】

 

パウンドケーキミックス(粉)は百円で2個分、マーガリンが百円で3個分(毎回足りない10gはオリーブ油で代用)、専用カップも紙製で百円で4個分だったがアルミ製(5個分)の内側にキッチンペーパーを敷くと何度でも使えるので、豪勢にいろいろトッピングしても1個当り150円以下で作れて安いし創意工夫が楽しめる

 

*1:サバランショートケーキ…スポンジを洋酒に付けたカップ状のケーキ「サバラン」をショートケーキに採り入れた私の創作ケーキ。普通のショートケーキ用のスポンジを3段にして中段を洋酒シロップ漬けにするだけ。外から見たら普通のショートケーキだが食べるとサバラン!お試しあれ。

 

Saigottimo

「夏至」(今年は6/21)は、地球の回転軸が太陽側に最も傾いている日なので太陽の角度も高く日照時間が一番長く、ここから冬至(12/22)に向けてどんどん短くなる(南半球は逆)。つまり6月は一年を四季で4等分した「夏」のド真ん中のはずだが、日本では(北海道以外は)梅雨があるために「6月=雨≠夏」のイメージだ。

 

一方、梅雨のない欧米では6月は屋外で月を眺めるのに最適な季節なのだろう。「ムーンライト・セレナーデ」や「月光値千金」など月に関する曲が多い。雨は「セプテンバー・イン・ザ・レイン」など9月のイメージであり、中秋の名月でお月見をする日本とは、6月と9月で雨と月が逆転していて興味深い

さて、「四季」といえばヴィヴァルディの室内楽が有名だが、チャイコフスキーにも「四季(The Seasons)」というピアノ曲集があるのをご存じだろうか。但し春夏秋冬の4曲構成ではなく、1~12月に対応した全12曲構成だ。これは音楽雑誌の企画で毎月異なるロシアの詩人の作品をベースにして作曲したからだそうである。

 

各曲は4分間前後で次のようなタイトルが付いている。「1月:炉端にて、2月:謝肉祭、3月:ひばりの歌、4月:雪割草、5月:白夜、6月:舟歌、7月:刈り入れの歌、8月:収穫の歌、9月:狩の歌、10月:秋、11月:トロイカ、12月クリスマス」。6月の曲には「舟歌」というタイトルが付いている。切なく、もの悲しくも実に美しい曲である。

 

 

「舟歌」というと私の世代は八代亜紀の名曲演歌(阿久悠:作詞、浜圭介:作曲)をイメージしてしまうが、クラシック音楽の世界ではベネツィアのゴンドラで船頭が歌う曲という意味で「バルカローレ(Barcarolle)」という一つのジャンルになっておりショパンフォーレメンデルスゾーンオッフェンバッハの「舟歌」も有名だ。

 

ちょっと話がズレてしまったが、私は数あるクラシックの名曲の中でも、このチャイコフスキーの「舟歌」はとても好きな曲である。そして改めて「6月の曲」として聴いて見ると、実に内省的なこのメロディーは“日本の梅雨の季節”にも“欧米の月を愛でる季節”にも合うような気がするのである。

 

Saigottimo

一昨日(6/19)、近くの医院で2回目の新型コロナワクチン接種を受けた。1回目は5/29に地元の保健相談所で接種したので、(ファイザー社製ワクチンだから)丁度3週間のインターバルを空けたことになる。2回目は1回目よりも頭痛や発熱等の副反応が起きる事が多いとの事で気をつけていたが、幸い現時点では何も無い。

 

【予防接種済証】

 

最新時点(6/19)でワクチン接種を2回受けた人は国内人口(1.27億人)の7%にあたる886万人、私が属する65歳以上に限っても12%だ以前の記事でざっくり試算したが、全国民に2回のワクチン接種が完了するのはいつか?現在のペースで9ヶ月、政府目標ペース(100万人/日)でも7ヵ月半だから年内完了は難しそうだ。

 

「ほう。じゃ貴方はもう無敵でマスク無しでどこでも行けますね」と言う人もいるが、それは違う。結論から言えば「ワクチンを2回接種しても外出時にマスクは外せないし常にソーシャル・ディスタンスも取る必要がある」。何故ならワクチンが効果を発揮しても「他人に感染させるリスク」は変わらないからである。

 

変異株対応も含めて、ワクチンに95%の効果が認められているのは2回目の接種から一定期間経過後のこと。しかもその効果とは「発症抑止効果」であって「感染抑止効果」ではない。それに(95%ではあっても)100%ではないから数%程度は「発症」する可能性もあるので、やはり「感染」のリスクは避けねばならない。

 

ウィルスには、①「感染(ウィルスが体内の細胞に入ること)」、②「発症(咳等の症状が出ること)」、③「重症化(入院し人工呼吸器等が必要になるなど)」という段階があり、今回のワクチンの期待効果は②③の抑止による医療崩壊の回避であって、①の抑止効果は(実際あるかも知れないが)明らかではない。

 

「ワクチンを2回接種したのに、随分と慎重(要するに臆病)ですね」と思うかも知れないが、そうではない。私自身はワクチン効果によって「感染」しても「発症」や「重症化」はしないとして「感染」することで他人に「感染」させるリスクは残るから、他人を「感染」させないために、マスクもソーシャル・ディスタンスも必須なのである。

 

欧米の一部の大都市などでは「住民の7割以上がワクチン接種をしたのでマスク無しで外出OK、飲食店も酒類含めて夜間営業解禁」にしていると聞くが、これはあくまでも欧米人がマスクへの忌避感が強いために仕方なく取っている政治的な措置であろうから、感染症対策の見地からは大いに問題があるはずだ。

 

そもそも今回のウィルスに百年前のスペイン風邪のような「集団免疫」が機能するかどうかも分かってないし、ワクチンで「発症」が抑止できたとしても、その効果がどのくらい続くかも分かっていないもし集団免疫が機能せず、ワクチンの持続効果が1年程度なら今後もマスクと対人距離は必須で毎年接種が必要だ。

 

つまり、最悪のシナリオでは「もう、コロナ禍以前の生活には戻れない」という事である。これはあくまで最悪のシナリオだから、実際には「いつか必ずマスク無しの元の生活に戻れる」という可能性もあるし、そう願っている。でもそう「願う」と同時に「元に戻らなくても致し方ない」という「覚悟」もしなければならないと思う

 

鉄道や航空などの旅客運送業、観光業や飲食業、オフィス賃貸業、イベントや興行関連の事業者・従事者は、生業に関わる重大なリスクヘッジとして業態変更や多角化、職種転換等の準備を粛々と進めるべきだろうし、私の様な趣味のステージパフォーマーでもリモート化や他分野へ転換する等の「覚悟」は必要だ。

 

私はワクチンを2回接種した事で、ライブステージにオーディエンス(聴衆)として参加する道は開けた。でもヴォーカリストとしてマスク無しでステージに立つことは依然として他人を感染させるリスクが高いからまだ控えたいいつか復帰出来る事は「願い」ながらも、それが叶わなくなるという「覚悟」もしておくつもりだ。

 

Saigottimo

「マイ・スペシャル・エンジェル(My Special Angel)」は「ジングルベル・ロック」で知られるカントリー&ロカビリー歌手ボビー・ヘルムズの1957年のヒット曲だが、その後も1959年のコニー・フランシス盤1963年のボビー・ヴィントン盤1968年のヴォーグス盤、そして私イチオシのビリー・ヴォーン・シンガーズ盤等多くのカバーあり。

 

 

原詞は例によって歌詞専門サイトをご覧いただくとして、ナンチャッテ和訳をすると、こんな感じだろうか。

--------------------------------------------

マイ・スペシャル・エンジェル(by Jimmy Duncan)

 

貴方は、空から舞い降りた、私の特別な天使!
主は私に微笑み、愛するために天使を遣わされた
貴方は、楽園から来た、私の特別な天使!

私は貴方が天使であることも、貴方の眼の中に

天国があることも知っている

貴方の唇からは夏の陽差しのような笑顔、

貴方の眼からは慈雨のような涙がこぼれる

貴方に触れ、貴方の暖かい抱擁によって

私はいつでも天国にいられる

貴方は、永遠に変わらない、私の特別な天使!

私の特別な天使がいつもここで私を見守っている

(Translated by Saigottimo)

--------------------------------------------

【Photo by ナンバーさん from photoAC

 

洋楽を和訳するたびに思うことだが、よくもまあ、こんなこっ恥ずかしい文言をズラズラと臆面もなく並べ立てられるものだ。でもそうやって言葉にしないと伝わらないのだろう。だから「そこはかとない」というか「言わぬが花」というか、はっきりと言葉にしない日本文化の方が、逆に世界的にはガラパゴスなのかも知れない。

 

だが、意外にも作詞・作曲者のジミー・ダンカンは、当時4歳の娘への愛情をこめたというから、この曲も「この世の果てまで」と同様に男女の色恋ではなく父と娘の歌だった。私には娘がいないが、確かに幼い女の子は他人の子供でも天使のように見えるから、この舞い上がった歌詞も、ま、分からなくはない気がする。

 

 

♪My Special Angel…2020年3月22日、渋谷「SEABIRD」第四日曜セッションにて♪

※jazzスタンダードではないのでヨンニチバンドは恐らく初めて伴奏したと思うが、沢田さん(ts.)のソロの泣きっぷりが、イイネ!

 

Saigottimo

このコラムでは私の趣味としてのヴォーカルや朗読を中心に綴ってきたが、自らの創造性を発揮する手段として退職を機に絵も描き始めることとし、「図画がアリなら工作も」と先日は折紙も折ってみた。そこで思い出したのが子供の頃に夢中になった「プラモデル」、これこそ「口先小手先男」の面目躍如でもある。

 

プラモデルというと説明書通りに組み立てるのでクリエイティブじゃないと思われるかも知れないか、いやいやどうして、プラカラーでどんな色をどう塗るか、ラッカーや艶消しなどでテクスチュア(材質感)をどう出すか、また貼るシールや周囲のディスプレイをどうアレンジするか等、けっこう創造性が発揮できる遊びでもあるのだ。

 

私より少し上の世代はベーゴマやメンコが主だが、我々昭和30年代の小学生のお小遣いの殆どは駄菓子屋とプラモデル屋に消えた。通常買うのは150円~500円くらいの1/36~1/24スケールのクルマ、これをマブチモーターと乾電池で走らせて遊ぶ。だから千円以上する大型のプラモは眺めるだけの憧れの存在だった。

その最たるものが今井科学の「サンダーバード秘密基地」!TVで観る国際救助隊「サンダーバード」自体がまだCGではなく人形と模型だった頃なので、本当に作ってみたかったが、これはもう“夢のまた夢”だった。今はもう跡形も無い近所のプラモデル屋のショーケースの最上部にいつも飾ってあった記憶しかない

ところがオトナになると、当たり前だが自分の小遣いでも買える。長男の3歳の誕生プレゼントを口実に購入して本気で作ったのが、えーと、彼は今年30歳だからもう27年前か…。当時もTVで何度目かの再放送をしていたので長男も喜んだが子供はすぐ飽きる。そこで私が引き取って補修してケースに入れて今も飾ってある

 

【アクリルは高価なのでビニルケースをユザワヤで買って収納】

この作品についても、山を土の茶色や草の緑ではなく岩山っぽく鉄鉱色にした事、4号(潜水艇)のウィンドシールド(フロントガラス)を青ではなくブロンズ色にした事等は説明書にない私独自のアイデアだし、プールサイドにタイル地のプラ板を、また鉄道模型用の人形や樹々や砂を用いてリアリティが増したと思っている。

 
【箱側面に描かれた完成イメージ】

【箱絵よりもリアルでしょ?】

【会心作は一番好きな4号↑】

【タイル地のプラ板に鉄道模型用の小道具↑】

【↑22年前にデジカメで作ったポストカード】

特別サイトで配布している画像↑】

 

あ、そういえばこの秘密基地を作ってあげた長男から数年前、「親父はプラモ好きだったよな」と私の誕生プレゼントに映画「スター・ウォーズ」のミレニアム・ファルコン号のプラモデルを贈ってもらったままだった。よし、これから時間をかけてサンダーバードにも負けないスターウォーズの世界観を表現してみるか!

 

 

Saigottimo

私はジャズスポットで歌う事が多いが自らをジャズ・ヴォーカリストではなくスタンダード・ヴォーカリストと称しているのは「ジャズ好き」な訳ではなく「ジャズ好き」だからだ。だが、ミュージシャンとの雑談で「どんなヴォーカリストが好き?」と聞かれ「ピアフとプレスリーかな?」などと答えると、そこで会話が終わってしまう

 

 

いわゆる“ジャズ屋”さんの多くはジャズの巨人達を崇めているから、男性ヴォーカルならきっとシナトラとかサッチモとかナット・コールという答えを期待しているのだろう。従って、シャンソンのエディット・ピアフ等は論外で知らない可能性もあるし、プレスリーは知っててもジャズから遠すぎて話題が嚙み合わないのだ。

 

プレスリーが開祖とされるロックンロールは1950年代に白人のカントリーと黒人のR&Bが融合して生まれ、一方のジャズも1900年初頭に当時フランス領だったニューオリンズで白人教育を受けた仏系黒人(クレオール)らによって創られたとされている。素性が似ている両者が何故こんなに距離があるのか不思議だが。

 

そのプレスリーの曲の中でジャズスポットでも演奏されるのは「ラブミーテンダー」くらいだろう。でも、この曲は南北戦争時代のアメリカ民謡「オーラ・リー(Aura Lee)」なのだ。そして「Love Me Tender」とは、プレスリーの初主演映画のタイトルで、彼は劇中でもこの曲を歌って1956年に全米No.1の大ヒットにしている。

 

 

プレスリーはカントリー分野で人気が沸騰してメジャーレーベルのRCAに移籍後、マネージャーのトム・パーカー大佐(「大佐」は階級ではなく愛称)の戦略によって、ライブコンサートは一切やらず映画出演に専念し始めた頃だったから、この曲の大ヒットは彼にとってもRCAにとっても大佐にとっても大きな起爆剤となった。

 

上記の様な事情もあってか、プレスリーも作詞者としてクレジットされている原詞は歌詞専門サイトをご参照戴くとして、このプレスリー盤は、石原さとみ主演の2019年のNTVドラマ「高嶺の花」の主題歌にも採用された。まだ2年前のことだから、もしかしたらこのドラマを通して若い人達にも耳馴染みがあるかも知れない。

 

ただ私自身のイチオシはカナダの歌姫、リンダ・ロンシュタット盤だ。カントリー/フォーク系からロックンロールに舵を切った1978年のリンダのアルバム「Living in The U.S.A」の最後の曲として収録されており、ワディ・ワクテルがギター伴奏とバック・ヴォーカルを担当し、Duet風の静かなバラードに仕上がっている。

 

 

 

このリンダ盤をイメージしたDuetをNostal♪sicとして2019年秋の雑居祭りで披露したのだが、下記の音源はその前年のスタジオでのリハーサル。一般的にはプレスリーの歌というイメージがあるので女声は遠慮がちになるところを私が「前面に出て!」とお願いしたのでマッキーの存在感あるヴォーカルがイイ感じでしょ。

 

♪ラブミーテンダー Duet withマッキー(牧かおる)…2018年11月30日、都内スタジオでのリハ(pf:Joejii)♪

 

Saigottimo

石貫さんの新作オーディオブック「コケノコの旅立ち」に出演させて戴いた。今回の作品はこれまでの石貫作品とは一線を画していて、児童文学作品の趣がある。子供が成長への一歩を自らどうやって踏み出すか、という「小さくて大きなテーマ」の物語であり、主人公は「コケノコ」という名の小さな“苔の妖精”だ。

 

まるでヒーリング・ビデオを観ているように、ボーっと眺めているだけで癒されるくらい画像が美しく、SE(効果音)も音楽も素敵だ!最後のエンドロール画面で演奏者の動画が流れるが、贅沢なことに「Au Bonheur(オーボヌール)」という、バイオリンとピアノのDuoが、石貫さんが創った曲を実際に演奏してくれている。

 

●「コケノコの旅立ち」【21分間】 ←クリック!

 

■スタッフ
原作・作曲・編集:石貫慎太郎

演奏:Au Bonheur(オーボヌール)

■キャスト

ナレーション:中田真由美

コケノコ、小魚:南春奈

北風、お月さん:能登洋宇

春風、雨粒さん:​山木梨花

大岩さん:Saigottimo

 

そしてキャストも素晴らしい。いつも安定したナレーションの中田さん、南さん演じるコケノコの声は可愛くて思わずキュンとしてしまうし、幼気な雨粒と妖艶な春風の全く異なるキャラを演じる山木さん、江戸っ子な北風と優しいお月さんの能登さんも。そうそう、私以外の配役陣はみな二役を見事に語り分け、さすがプロは凄い。

 

「自分も出演していながら何をいまさら感動してるの?」と思うかもしれないが、リモート共演なので私は台本の自分(大岩さん)の台詞を録音して石貫さんにお送りしただけで、他の共演者の声や映像やBGMは完成時に初めて知る。原作者で編集者の石貫さんの頭の中には最初から完成イメージがあるのかも知れないが…。
 

石貫さんとは一面識もないまま、これまで「キューピッドは雪女」「海沿いの夜行列車」「桃太郎達の焚火を囲む会」に参加させて戴いたので、これが石貫作品4作目の出演となった。中田さん以外の共演者とも面識ないままこうしてコラボレーション出来てしまうのは今風だが、コロナ禍が収束したら是非、皆さんと会いたい。

 

Saigottimo

「月光値千金」(1928年)の原題は“Get Out And Get Under The Moon”。ナット・キング・コール盤が有名だがスタンダードとして多くの歌手が歌っている。原詞は歌詞専門サイトをご覧いただけばお分かりのように、“give me a night in june”という歌詞があるので、「ムーンライト・セレナーデ」と同様に、これも6月の歌である。

 

邦題が漢詩のようで特徴的だが、これは日本でも戦前に流行歌として大ヒットした証でもある。この曲には様々な日本語詞(訳詞、意訳詞、作詞など)が存在しているので、ここではそれらをご紹介することにして、敢えて私のナンチャッテ和訳は控えたい。

 

「♪ただ一人さみしく 悲しい夜は~」で始まるのが一番有名で、邦題(「月光値千金」)の命名者とされている伊庭(いば)孝の訳詞。ディック・ミネ盤がこの歌詞を基本にしており、波島貞の訳詞も、ロック仕立ての山下久美子盤もこの詞がベースだ。

 

「♪月しろく輝き 青空高く~」で始まるのは三根徳一(ディック・ミネ)の詞。昭和10年(1935年)にレコーディングされた川畑文子盤、そしてこの時代の上海を舞台に1974年からロングランとなった「上海バンスキング」の吉田日出子もこの詞で歌っている。

 

「♪美しい女(ひと)に 出会った時は~」で始まる波島貞の詞は、往時、浅草オペラで一世を風靡したエノケンこと榎本健一に宛て書きしたような一種独特な詞で「エノケンの月光値千金」として知られる。面白いことにジュリーこと沢田研二が、この詞で歌っている動画があった。

 

「♪青い月あかるく 差し込む窓辺~」で始まる詞は作者不詳だが、美空ひばりが歌っており、Wikipediaの「月光値千金」のページでも紹介されているので一般にもかなり知られている。

 

しかし結論を言えば、私はフランキー堺盤が一番好きなのだ。フランキー堺といえば相当年配の方以外は映画「駅前シリーズ」等で活躍した存在感抜群の喜劇役者としてしかご存じないだろうが、元々彼はジョージ川口、白木秀雄と並んで“栄光のドラマー”と称されたジャズ・ミュージシャンである。

 

 

残念ながらネットで音源が見当たらないが、キングレコードの「フランキー堺/この素晴らしき世界」(1976年)に収録されている。そして彼は上記のどれでもない雨宮雄児の訳詞で歌っている。この詞は明るいフランキー堺のイメージにも、原曲の曲調にもピッタリだが、この詞に関してはネットで見つからないので敢えて記す。

―――――――――――----------

「月光値千金」(雨宮雄児・訳詞)

月影に誘われ 楽しい夜は 二人で手を取り そぞろ歩こう

頬寄せて 貴方の笑顔を見れば この世はバラ色 心は弾む

いま 夢のような いま 愛に燃えて いま 恋の小径

オー 音もなく輝く 月の光が 優しくいつまでも 二人を包む

―――――――――――----------

 

私自身も1コーラス目は原詞の英語で、3コーラス目はこの雨宮版の日本語で歌うことにしている。ただ下記の録音を聴くと、ところどころ違っている(「二人で手を取り」⇒「手と手を繋いで」、「二人を包む」⇒「二人を照らす」)のは意識的にアレンジしたのではなく、単純な覚え間違いである。雨宮さん大変失礼しました。

 

♪月光値千金…2016年9月2日、渋谷「SEABIRD」第一金曜ライブにて♪

 

折しも今日、6月10日は、今から25年前の1996年に67歳で他界した稀代のマルチタレント、フランキー堺の命日でもある。合掌。

 

Saigottimo

このブログでは「デザインとアート」について持論を展開し、デザイナー(設計者)とアーティスト(芸術家)の役割の違いを述べた。また、岡本太郎の著書から「芸術と芸能の違い」も紹介した。彼は歌舞伎や能などは「芸能」、日本刀などの工芸は「技術」で、どちらも「芸術」と言葉は似ているが本質は全く違うと述べている。

では、そもそも日本語の「芸術」と英語の“art”は同じ概念なのだろうか?「美術」も「芸術作品」も英訳すれば確かに“art”になるが、「工芸」を英訳しても“artwork”となり同じart(芸術)の範疇になってしまう。岡本太郎が指摘する「芸術」への人々の誤解は、英語の“art”を以てしても解決しないようである。

 

逆に“art”を和訳すると「芸術」以外に「技術、技芸」という意味もある(*2)から、“Art”にはどうも「人工の」という意味があるようだ。日本人は景色でさえ「自然が織りなす芸術」と思ってしまうが、「nature(自然)」と「art(人工的)」が対立的概念なら英語圏の人達は「自然が織りなすアート」には違和感を覚えるかも知れない。

 

“Artificial flower”は「芸術的な花」ではなく「造花」、“Artificial tooth”は「入れ歯」、“Artificial Satellite”は「人工衛星」だ。いま流行りの「AI(Artificial Intelligence)」も「人工知能」であって決して「芸術的知能」ではない。因みに、何故、あんなに賢いのに「人工頭脳」ではなく「人工知能」と呼んでいるのかご存じだろうか?

 

実は1950年代のSFの世界、例えば1951年に創作されたあの「鉄腕アトム」の頭の中には(「人工知能」ではなく)「電子頭脳」が入っていた。そしてアトムは21世紀初頭の2003年4月7日(今から18年前)に誕生することになっていた。つまり、コンピュータもロボットも、半世紀前に期待したほどには進展しなかったのである。

 

【鉄腕アトムには電子頭脳が搭載】

手塚治虫オフィシャルサイトより】

 

私は草創期のIT業界に入った元SE(System Engineer)なので、この分野の昔話だけはよく知っている。詳細は下記のコラム(*1)を読んで戴くとして、結論だけ申せば「“頭脳”はとてもムリ!」とギブアップし「作れても“知能”まで」と構想を縮退させたのだ。コンピュータは「計算」では人間を遥かに凌いだが、以降は苦戦したのだ。

*1:AIやIOT,DXは,どこから来てどこへ行くのか -③

 

だから「AIは賢くて私よりお利口」というのは、あくまでも限られた機能においてであり、総合的には我々人間の頭脳には遠く及ばないのである。とはいえ、いつか凌駕しないとも限らないが、その時は、もう「AI(Artificial Intelligence:人口知能)」ではなくて「AB(Artificial Brain:人工頭脳)」などと呼ばれているだろう。

 

*2:「研究社新英和中辞典」第3版

 

Saigottimo