先月、1年半ぶりにステージ復帰をしたものの、渋谷SEABIRD第一金曜ライブではRumikoさんのバックコーラス兼パーカッショニスト。そしてデュエットでのリハビリを終え、ソロヴォーカルでの復帰は、12/3(金)の第一金曜ライブから。曲目は、私としては新しい曲となる「恋の気分で(I'm In The Mood For Love)」にした。

 

この曲は持ち歌ではなかったが、自粛期間中にマッキー(牧かおるさん)が歌った音源を送ってくれて何度も聴いているうちに自分でも歌いたくなった。スタンダードだから様々な人が歌っているが、私のイチオシは布施明。彼はきっとディナーショウなどで歌っているのだと思うが、実にムードたっぷりなスロウバラッドとして聴かせる。


まだ歌い込んでもいないし、仮に歌い込んでも勿論こんな風には歌えるわけもないが、普段ハンドマイクで歌っている私が気分だけ布施明になってスタンドマイクにして歌ってみた。やはりスロウな曲の方が落ち着いて歌える。御子柴さんがイントロをテナーサックス、その後クロマチック・ハーモニカでムーディーに盛り上げてくれた。

 

原詞は例によって歌詞専門サイトをご参照戴くとして、ナンチャッテ和訳をすると、こんな感じだろうか。

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恋の気分で(I'm in the mood for love)

Written by: Dorothy Fields, Jimmy Mchugh

 

私は貴方と恋の気分
それはただ貴方が近くにいるから
ヘンでしょ、でも貴方が近くにいると
私は恋の気分になる

天国は貴方の眼の中にあり
それは頭上の星々のように明るい
それってちょっと不思議なこと?
私はいま恋の気分だけど

このささやかな幻が消えたとしても
想いが止まることはないでしょう
お互いが心をささげて
私達はいま一つになった
もう何も恐れることはない

空に雲がかかり、やがて

雨が降るなら一緒に濡れるだけ
でも今夜だけはそんなことは忘れて
だって私は恋の気分なのだから

(Translated by Saigottimo)

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♪恋の気分で(I'm in the mood for love)…2021年12月3日、SEABIRD第一金曜ライブにて♪

 

この日は私を含め6人のヴォーカリストがX'masソングを中心に歌ったが、私は11/7にコケた’S WonderfulのリアルDuetもさせてもらった。丁度、コケた時のセッションでドラムを叩いてくれていた藤井さん(ds.)も聴衆で来ていたのでレギュラーの岩渕さんと代わって飛入りしてもらい、何とか無事にリベンジを果たすことができた。

 

♪’S Wonderful with 牧かおる・・・2021年11月3日、渋谷第一金曜ライブにて♪

 

【上左:柳田(やなだ)さんは「Winter Wonderland」、

 上右:益田さんは「Blue Christmas」、中左:私とマッキーのDuet、

 中右:マッキーのソロは「The Chrstmas Song」】

【下左:高橋さんは「Almost Like Being In Love」、

下右:Rumikoさんは「Moonlight In Vermont】

 

Saigottimo

石貫慎太郎さんの新作オーディオ・ドラマ「実録・ももたろう」に出演させて戴いた。なるほどね!確かに田舎の村に金銀財宝があるとは思えないし、イヌやサルやキジが言葉を話すのもおかしい。そして絵本に描かれている「日本一」という旗は意味があるとは思えないから、実際はこんな感じだったのだろうと思う。

 

●「実録・ももたろう」【約40分間】←クリック!

■スタッフ
脚本/制作/ギター演奏/編曲:石貫慎太郎

■キャスト

ナレーション/老婆:山木梨花

桃太郎:南春奈

五作/青鬼:Saigottimo (開始1分15秒頃から登場)

お花:中田真由美

赤鬼:能登洋宇

赤ん坊:しょしょ、Towako

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私にとっては「キューピッドは雪女」「海沿いの夜行列車」「桃太郎達の焚火を囲む会」「コケノコの旅立ち」「夏の夜空を見上げて」「夕闇トンネルの幻」「煙突の上のコンペイトウ」「魔女のツリーハウス」「加乃子の海辺の夏休み」に続く、記念すべき第10作目となる石貫作品への出演だ。どれもホッコリ癒される作品である。

 

私以外のキャストは皆プロフェッショナル揃い、と毎回書いているが、桃太郎の赤ん坊役のお二人は、存じ上げなかったので石貫さんに伺ったところ、南さんと石貫さんのお子さん(の赤ん坊時代の声)とのこと。まあ、このお二人は正確にはプロフェッショナルではないかも知れないが、逆に“本物”である。

 

また、本編のエンディングテーマ曲「春芽」の作曲/演奏はGuo Ganさん。彼は映画のサントラや世界80カ国以上でリサイタルを行なう世界的な二胡奏者とのこと。この曲は石貫さんとの共同制作アルバムから。因みにオープニングテーマ「月」の作編曲はHinakoさん。石貫作品はいつも美しい音楽に彩られている

 

今回、私は桃太郎のお爺さん(五作)と青鬼の二役をさせてもらったのだが、何故か青鬼は台本に(おねえ風)と書かれていたのでビックリした。う~ん、まあ、最近はマツコやイッコーさんや尾木ママなどオネエもキャラの一つとして市民権を得ているのでオネエの鬼もあり得るな、と思って演ってみたがどうだっただろうか?

 

Saigottimo

今月の渋谷SEABIRD第一金曜ライブ(11/5)で、Rumikoさんのバックコーラス兼パーカッショニストとして一年半ぶりのライブステージ復帰を果たした。当のRumikoさんからは「ダメですよ!これはステージカムバックになってないですよ」とダメ出しされたが、私は彼女の様なクソ度胸は持ち合わせてないから仕方ない。

 

それに私は高齢者だから無理せず徐々にリハビリをしていくつもり。だからバックコーラス兼パーカッショニストをしたら、いきなりソロで歌うのではなく次はデュエットしようと考えた。1人より2人なら負担もプレッシャーも半分になる。以前、4人の混声ジャズ・コーラスをしていた頃、負担も4分の1になることは体験済みだ。

 

折しもSEABIRD一金レギュラーのマッキーこと牧かおるさんがご自身のバンド(3tet)で11/7(日)に新宿aliveにてライブ&セッションをするというので聴きに行った。バンドとしてはコロナで中止になった「すみだストリート・ジャズ・フェスティバル」に向けて準備をしていただけあって演奏曲目(10曲)はどれも完成度が高かった。

 

【リアルDuet初演は私がコケて歌い直しに】

 

そして休憩を挟んだ後半のセッションタイム.。お店にはポップスを上手に歌うお姉さんや、スキャットを達者に操るジャズシンガーのお兄さんらが来ていた。早速、マッキーとネットでの音声合成デュエットをした「’S Wonderful」を実際に演ってみたが、私が最初の音を取り損なって見事に大コケした。ま、そうなるわな。

 

翌週の11/12(金)、SEABIRD第二金曜ライブ。ここも一年半ぶりの参加となる。もう席が無くなってても仕方ない状況だが岩井バンマスやメインヴォーカルの出雲井さんらは心優しく迎えてくれた。この日は、以前演ったことのあるボサノヴァのデュエット曲を出雲井さんと一緒に歌わせてもらうことにした。

 

【ポルトガル語?の歌詞はバッチリ】

 

このデュエットは出雲井さんの作譜と発案で、先ず1コーラス目は私が「Este Seu Olher(エスチ・セウ・オリャール)」を歌い、2コーラス目は出雲井さんが「Só em teus braços(ソエン・テウス・ブラコス)」 を歌い、3コーラス目は2人がこの2曲を同時に歌うのだ。この2曲はほぼ同じコード進行なのでそんな事も可能なのだ。

 

バンドは同じ曲を3コーラス分伴奏していれば、オーディエンス(聴衆)にボサノヴァ2曲を一度に提供できるという趣向だが、私にとっての難点はポルトガル語で歌詞を覚える事と、3コーラス目では2人が違う曲(メロディ&歌詞)を同時に歌うので、出雲井さんの歌につられたり惑わされたりしないようにする事だ。

 

以前にブラジルでの生活経験もある出雲井さんはネイティブ・ポルトギーだから歌詞は揺るぎないし、絶対音感もあるから音程も盤石だ。一方の私はピッチ(音程)感は悪いし外国語はダメだから耳で聴いてカタカナで丸暗記した。前回は不覚にも出雲井さんの曲を聴いて自分の音程がブレたが今回はなんとか耐えた!

 

♪Este Seu Olher & Só em teus braços with 出雲井裕美・・・2021年11月12日、渋谷SEABIRD二金ライブにて♪

 

よーし、これでリハビリも済んだことだし、12月からはいよいよ本格的にソロ・ヴォーカルで歌うことにしよーっと。

 

Saigottimo

海外では感染再拡大の動きもあるが、日本では新規感染者数も重症者数も激減し、4回目の緊急事態宣言も全て解除された。これによりマスク等の予防措置は継続しつつも飲食店やエンタメ関連への規制も緩和されたので、私も昨年3月以来自粛していた音楽ライブへの参加を再開することにした。

 

まずはオーディエンス(聴衆)として9/25(土)渋谷・SEABIRDでの唐沢寧(pf.)トリオライブを皮切りに、10/23(土)高田馬場・サニーサイドでの益田伸子(vo.)ライブ、11/1(月)代官山・レザールでの岩井千尋(tp.)バースデーライブを聴いた。マスクをしての飲食ではあるが、やはりナマの音楽を聴ける歓びは格別である。

 

【左:唐沢寧(カラサワ・ヤスシ)Trio、中:益田伸子&Rumiko】

【右:岩井千尋Birthdayライブのフライヤー】

 

高田馬場では嬉しい再会もあった。私と一緒にSEABIRDでレギュラーVo.をしている益田伸子さんのライブにゲスト出演したRumikoさんだ。彼女は以前Rositaとして一緒に雑居祭りに出演したり、私が自由が丘の彼女のライブに客演したことがあり、この日はその自由が丘ライブ以来、3年ぶりにお会いしたのだ。

 

この日は”益田伸子カラー全開”の楽しいライブだったが、彼女が師事している智恵先生(vo.)とRumikoさんが同郷で師弟関係、なのでRumikoさんは益田さんの妹弟子という関係でゲスト出演したようだ。変わらず上品で瑞々しい彼女の歌を聴いた私は「来月一緒にステージに立って欲しい」とお願いをした

 

そして11/5(金)、昨年3月以来1年半ぶりに渋谷SEABIRD第一金曜ライブに参加した。これまで短縮営業で参加が難しかった益田さんも久々に復帰し元気な歌声を響かせた。私は本多バンマスに事前にRumikoさんの飛入りの了解を得て、そこにパーカッション奏者兼バックコーラスとして参加することにした

 

Rumikoさんが歌う曲は高田馬場でも歌った「Bridges」。私は知らぬ曲だったがミルトン・ナシメント作のブラジル音楽「Travessia」英語詞版でセルジオ・メンデス盤等がある。彼女は「2番を歌って下さい」とか言うが女声キーなのでムリ。「サビだけバックで歌うから」と言ってパーカッション奏者としてステージに!

 

 

ブラジル音楽だからどんなパーカッション楽器でもサマになるのだが、お店にあったギロという楽器を使うことにした。これは二つの穴に左手の親指と人差し指を入れて掴み、右手でスティックを表面のギザギザに擦り付けて音を出す。当然、楽器である以上、演奏の奥は深いのだろうが、取り敢えず初心者でも音は出る。

【これがギロと呼ばれる楽器】

【中央赤矢印の怪しいギロ奏者が私】

 

彼女が呼ばれてステージに立つと同時に客席の椅子を持ち何食わぬ顔をしてバンドの中に潜り込みギロを構える。マイクで歌う訳ではないのでマスクはしたままだ。うん、やはりステージの向こう側(客先側)とこっち側(演者側)では景色が違う。彼女の歌と御子柴さん(ts.)のソロを聴き、久々の演者の高揚感を楽しんだ

 

Saigottimo

先日(10/5)、ジョージ・ガーシュインの記事の末尾で「マッキー(牧かおるさん)からこの曲をSaigottimoと、トニー・ベネットとダイアナ・クラールのようにデュエットしたいとの社交辞令あり」と書いたら、律儀な彼女は本気で私の老い先を案じ、ネットによる音声合成Duetに応じてくれた。わーい、わーい、これも爺ぃの特権だぁ。

 

♪’S Wonderful・・・Mackyとのネットによる音声合成Duet♪

 

【’S Wonderfulは、このアルバムに収録されています】

 

ま、当然ながら私はトニーの様には歌えてないけどマッキーはダイアナに勝るとも劣らない低音の響きと高音の伸びを発揮。実は何takeか録音を送ってもらった中にはもっとグラマラスな低音の魅力が炸裂しているものもあったが私のショボさが余りにも際立つので「Duetはバランスだから…」と却下しましたゴメンチャイ。


※マッキーの低音炸裂バージョンは、先の記事の末尾にリンクしておきました。

 

Saigottimo

遂になんちゃって作詞をしてしまいました!石貫慎太郎さんのオリジナルメロディに、生意気にも歌詞を付けさせて戴いたのだ。これまで「作詞」っぽい事では「讃美歌496番(うるわしの白百合)」「君といつまでも」に英訳詞「星を求めて(Look For A Star)」に歌える創作詞を作ったりしたが、原詞が無いメロディではなかった。

 

唯一のオリジナル曲(「風よ」)は詞も曲も自作だが、他人が作ったメロディに最初から詞を付ける「作詞」経験は初めてだ。先日出演させて戴いたオーディオ・ドラマの中で流れていたBGM(「想い」)が余りにも美しく心惹かれるので何度も聴いていたら、やはりヴォーカリストだからか、自分で歌いたくなってしまったのである。

●「想い」石貫さんのオリジナル曲ギターソロ ←クリック!

 

「これ、私に歌わせて下さいませんか?」と石貫さんに申し入れたところ「ぜひ歌って頂けたら嬉しいです!」と快諾して下さり、譜面まで送って下さったが、ギター曲だから歌詞は無いようだ。う~ん、でも歌詞が無いと歌えない。私はjazzシンガーではないので、シャバダバ、デュビダバとスキャットは上手く出来ないし・・・。


そこで「もともと歌詞は無いと思いますが、歌詞を付けて戴くことは可能でしょうか?もし難しければ、作曲時の思いなどを散文的に頂戴できれば、それらを基に私が歌詞案を作ることは出来るかも知れません」と作詞の経験もないのに図々しく言ってみると「作詞、ぜひ、よろしくお願いします!」とのご返事、おお大変だぁ。

 

そして「(この曲は)淋しくて、切なくて、優しいイメージで作りました」え、それだけ?う~ん、あと作詞に使える情報としては、「想い」というタイトルと、Youtube動画に出て来る海辺のイメージだけか…。でも、ここまで来たら引き返せないのでエイヤッと、一応、下記のようなナンチャッテ歌詞案を作ってしまったのである。

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「想い」

(作曲:石貫慎太郎、作詞:Saigottimo)

あの日の想いを 忘れぬように

どこまでも 私はひとりで歩くよ

海が呼んでいる 水平線の遥か先

面影は波間に揺れて

さあ ゆこう 風のなか ふと佇むだけ
そしてあの日 君が残したかすかな兆しを胸に

あの日の想いを 忘れぬように

どこまでも 私はひとりで歩くよ

 

果てしない道

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素人のクソ度胸で目を瞑って「歌詞案です。ご確認下さい」とお送りすると即座に「とっても素敵です!!これで完成で良いのではないでしょうか??」と意外なご返事。ええーっ?ホントにこのままでいいんですか?あの、作曲者として「ここはちょっと」とか「この言葉は変えて欲しい」とかご遠慮なく、と申し上げたが…。

 

という訳で作詞家Saigottimoのナンチャッテ処女作が出来た。石貫さんが私の声域に合わせて移調したカラオケ音源を作って下さったので、それに合わせて歌った音声をお送りしようと試みたが歌唱で苦戦した。何度録音しても「ここでブレス(息継ぎ)しちゃダメだろ」「声の出し方が違〜う」「あー全然ダメだダメだ!」となる。

 

行き詰まって「いっそ作詞だけして歌うのは遠慮しようか」と思い「いや本末転倒だろ、自分が歌いたいから歌詞作ったんだろうが!」と七転八倒を繰り返す。「あ、こういう事か?」今迄ドラマの台詞を毎回即刻録音し提出する私だが、他の声優さん達が台詞の録音で苦心されていた心境がようやく理解(共感)できたのだ。

 

「やはり専門性というか多少なりとも拘りがある分野に関してはこうなっちゃうんだろうな」と諦め、結局自分では納得していない録音のまま観念し石貫さんにお送りした。ところが「音と動画を編集してみました」って、石貫さんの編集と映像化の力は素晴らしい!何ですか、これは?もうMV(ミュージック・ビデオ)の世界だ。

●想い / affection…作詞/歌:Saigottimo ←クリック!

 

ま、実際の歌はしょうもないんだけど石貫さんの編集によってホワイトノイズやブレス音の削除はもとより自分で気になっていた部分を全て綺麗に修正処理して下さっているし、映像が素晴らしい!そして原曲が良いから歌詞もそれっぽく聴こえる。でも結局、オリジナルのギターソロの方が良かった気がするのはなぜ?

 

Saigottimo

「10月は青空」という事でスタンダードの「ブルースカイ(Blue Skies)」をご紹介したが、同じスタンダードで「私の青空(My Blue Heaven)」があるじゃないか、と思われる向きもあろう。確かにこの曲は戦前から日本でも有名な超スタンダードだし、まさに「青空」ド真ん中のタイトルなのだが、ちょっと引っかかる事がある。

 

この曲は1927年に出版され、翌年ジーン・オースティン盤が大ヒット、日本でも昭和3年(1928年)に堀内敬三氏が訳詞を作り、二村貞一、エノケンこと榎本健一ほか数多くの歌唱で知られている。歌詞は温かい家庭の素晴らしさを称える内容で「狭いながらも楽しい我が家」という堀内敬三氏の名フレーズでも有名である

 

【数多ある音源の中で私のイチオシはビング・クロスビー盤】

 

ところがところが、タイトルの“Blue Heaven”をどう訳すか、堀内敬三氏もきっと悩んだであろう挙句に「青空」と訳しているが、果たしてどうなのか、怪しいのだ。“Heaven”=「天国」だから“Blue Heaven”⇒青い天国⇒晴天となって“My Blue Heaven”⇒「私の青空」ということなのだろうが、それではどうも合点がいかないのだ。

 

堀内敬三氏は、“Blue Heaven”を「青空」と和訳しても辻褄が合うように上手に意訳している。だが、原詞は歌詞専門サイトでご参照の通りで、“My Blue Heaven”以外の部分を出来るだけ原詞に忠実にナンチャッテ和訳を試みると下記の様な感じになり、“Blue Heaven”を「青空」と置き換えると意味が通じない

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My Blue Heaven

 

ヨタカが鳴きだすと夜は近い
私はMy Blue Heavenに急ぐ
右に曲がれば、小さな白い光が

My Blue Heavenに導いてくれる

笑顔、暖炉、居心地の良い部屋
私と妻と子供の3人だけの

バラが咲く小さな愛の巣

私はMy Blue Heavenで幸せだ

 

(translated by Saigottimo)

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結論から言えば、原詞の“Blue Heaven”は「青空」ではないと思う。“Heaven”に相当する日本語の「天」という概念には特定の宗教的色彩は余りないが、“Heaven”という英語にはどうやらキリスト教的な意味合いが含まれているようだ。「理想の家庭こそ天国(=キリスト教的価値観の理想境)」だという境地なのかも知れない。

 

そういえば随分昔「青空」という名前を付けた某メーカーの洗濯機のTV-CMでこの曲のエンディング部分を「替え歌」にして「○○のあおぞら~」と歌っていたことを思い出した。宗教や信仰を生活の基軸に置かない我々日本人にとっては、こんな牧歌的な雰囲気が相応しい。だから堀内敬三氏意訳は名作だと思う!

 

♪My Blue Heaven・・・2010年3月22日、茅ケ崎「Hi-Hat」での前週リハ♪

 

♪My Blue Heaven・・・2022年10月8日、松戸「Corcovado」にて♪

※2コーラス目は覚えたてのハーモニカで窒息しそうになった(複音ハーモニカなので「吹く/吸う」の見通しを誤るとそうなる)。

 

Saigottimo

小さい頃に習った「一年中の歌」の歌詞には“♪おめでとう一月、つもる雪二月”と続き“♪青い空十月”だった。日本の10月は秋まっ盛りで“天高く馬肥ゆる秋”だから「青空」に象徴されるのだろう。9月が「月」なら10月は「青空」、通常なら私は「ヴォラーレ(Volare)」も歌う。何故この曲が「青空」なのかは既に書いた通り。

 

 

日本で青空に関する歌となると、まあ世代にもよるが西城秀樹の「ブルースカイブルー」を思い浮かべる人も多いだろう。この曲は彼の代表曲とも言われているが、まさに晴れ渡った青空という曲調だ。物悲しい「短調」の曲が多い我々日本人のメンタリティでも「青空」ならさすがにこの曲の様に「長調」になる。

 

ところが洋楽は違うのだ。コンチネンタル・タンゴには「碧空(あおぞら)」という名曲があり、ジャズスポットで一般的なスタンダードには「ブルー・スカイ」(綴りはSkiesだから「ブルー・スカイズ」と記載すべきかも)という曲もあるが、両曲とも明るい曲調の「長調」ではなく、何故か「短調」なのである。

 

「青空」なのに短調になっている理由として、私は二点考えた。一点目は“blue”という英語には「青色」以外に「憂鬱な」「悲しい」という意味があることだ。例によって原詞は歌詞専門サイトをご参照戴くとして、原詞にある“Blue days”は「青い日々」ではなく「憂鬱な日々」だろう。ナンチャッテ和訳をするとこんな感じである。

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「ブルースカイズ」

(作詞作曲:アーヴィング・バーリン)

 

青い空が私に微笑む
私には青い空以外何も見えない

青い鳥が歌をうたっている
一日中ずーっと、青い鳥だけが

太陽がこんなに輝いているなんて
物事がこんなにうまく運ぶなんて
恋に落ちてからは、まるで飛んで

行くように日々は目まぐるしい

憂鬱な日々は全て消え去った
もうこれからは青い空以外何もない

 

(translated by Saigottimo)

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2点目は、この曲がヒットした時代背景が影響していると思うのだ。この時代に起きた最も大きな出来事は「世界恐慌」である。1929年に“暗黒の木曜日”で米国株式市場が大暴落し米国内の失業率は20%を超え、翌年には全世界に拡大した。日本でも翌1930年(昭和5年)に昭和恐慌が起きている

 

それを考え併せると「青い空以外何も見えない」のは住居を失ったから?「青い鳥が一日中歌っている」のが分かるのは失業したから?「憂鬱な日々が全て消え~これからは青い空以外何もない」のは全財産を処分してどん底まで落ちたから?などの解釈も可能で、もしそう解釈するなら、まあ「短調」が相当だろう。

 

でも、この曲は1926年のミュージカルの曲で恋の曲だから、“作り手側”にその発想はない。上記のような解釈は私の勝手な妄想に過ぎない。ただ、この曲がその後、大衆に広く受け入れられロングセラーとなった背景として“受け手側”の一つの要素としてはあったかも知れないと思っている。

 

なので私はこの曲を歌う際には、日本人的な「青空」というイメージとはどうしても相容れないからか、「明るい表通り」と同じように、どこかで世界恐慌のご時世を意識して歌ってしまうのだ。

 

【カントリーのウィリー・ネルソン盤もヒットした】

 

♪Blue Skies ~ Blue Moonメドレー…2011年3月27日、茅ケ崎「Hi-Hat」でのHi-Hatカルテットライブにて♪

 

Saigottimo

石貫慎太郎さんの新作オーディオ・ドラマ「加乃子の海辺の夏休み」に出演させて戴いたが今回のテーマは音楽!石貫さんはオーディオ・ドラマ制作以外に、もともとishinuki soundsというサイトも運営し、作曲・編曲・ギター演奏などもされている人なので、今回はまさに石貫さんの専門領域フル稼働の作品でもある。

 

私は海辺のログハウスに暮らすフルート吹きの爺さん役である。海を眺望できるテラスで若い子達とジャムセッションをしながらバーベキューが出来るなんて夢のようだ。実際の私自身は、このコロナ禍でウクレレとハーモニカを60の手習いで始めたものの、本来は楽器が出来ないのでヴォーカリストになった人である。

 

そして今回も美しい映像と素敵な音楽が素晴らしい演奏で楽しめる。ヴァイオリンの高須さんとピアノの渡邉さんは、Au Bonheur(オーボヌール)というDuoでこれまでも石貫作品に参加されているし、今回参加されたチェロの田中さん&フルートの森川さんも音楽大学ご出身というから、実に豪華なアンサンブルである。

 

●「可乃子の海辺の夏休み」【約40分間】←クリック!

■スタッフ
脚本・制作・作曲:石貫慎太郎

演奏:ヴァイオリン/高須さくら

    ピアノ/渡邉理砂子

    チェロ/田中里奈

    フルート/森川明日香

    BGMギター/石貫慎太郎

■キャスト

ナレーション:中田真由美

可乃子:南春奈

サトル:能登洋宇

アカリ:山木梨花

シゲジイ:Saigottimo (開始から16分頃に登場)

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私にとっては「キューピッドは雪女」「海沿いの夜行列車」「桃太郎達の焚火を囲む会」「コケノコの旅立ち」「夏の夜空を見上げて」「夕闇トンネルの幻」「煙突の上のコンペイトウ」「魔女のツリーハウス」に続く9作目の石貫作品。どれもホッコリする癒し系の作品で、キャストの方々も私以外は皆プロフェッショナル揃いである。

 

今回は劇中の「snow」、エンディングテーマ「流れゆく時」と石貫さんのオリジナル作品が2曲も楽しめるが、開始から31分半頃にちょっと流れる石貫さんのBGMギターにいたく感動した。これはサイト上で公開されている「想い(memories)」という曲だが、実に素敵で心が癒されるオリジナル曲である。

 

Saigottimo

朗読は“最も手軽な趣味”と言われる。勿論、奥は深いのだが、自分が気に入った文(詩や小説や絵本等)を声に出して読むだけなのでお金もかからずハードルは低い。毎月、朗読仲間とのネット朗読会に参加しており、先日読む番になったので昔買った絵本「地球がもし100cmの球だったら」を一部抜粋して読ませてもらった。

永井智哉・著/世界文化社・刊


この本は我々に「知る(知識)と分かる(感覚)の違い」を教えてくれる。我々は“地球が自転しながら巨大な太陽という恒星の周りを公転している第3惑星である”ことは知っているが、その大きさや位置関係がどの程度なのか感覚的には分からない。そして我々の感覚的な想像と実像とはかなり違うことも気付かせてくれる。

 

この本は地球を直径1mに縮めることで(縮尺率1千万分の1)、月や太陽の大きさや位置関係を日常感覚で示してくれる。曰く太陽は水道橋駅前の東京ドーム大で地球は大森駅、木星は平塚駅、最も遠い冥王星は岡山県に位置する。これじゃあ図鑑ではとても正しい縮尺で記載できないという事情も納得できる。


さらに驚くのは地球が直径1mなら、空気の層は1ミリ㍍程度しかなく、1万㍍上空を飛ぶジェット機は地表から僅か1ミリ㍍未満の高さを飛んでいて、国際宇宙ステーションも地表から2~3センチ㍍ほどの高さを回っているとのことだ。宇宙から飛来する隕石が燃え尽きる程の空気の層が実はこんなに薄いなんて吃驚する


本書には地球上の淡水量(僅か17cc、氷を除けば5cc)とその汚染問題、陸地面積(0,5畳)と砂漠化問題などエコロジストならずとも息をのむような現実が実際のデータと縮尺された日常感覚の両面から著されている。地球温暖化が世界的に問題となっている今、大袈裟に言えば“全人類必読の書”といえるかも知れない。

 

以降はこの本に書いていない事だが、宇宙ステーションがこんなに地球の近くを飛んでいるのに何故、宇宙ステーション内は無重力状態なのか?私は“空気が無い宇宙は無重力”と単純に思っていたが、よく考えれば空気の有無と重力は無関係だし、月はあんなに離れても地球の重力の影響で公転しているのだから。

 

この答えは意外にも中小企業診断士の某研究会で得られた。今年6月に発表した診断士の先生がたまたま宇宙マニアで教えて下さったのだが、宇宙ステーションは(地表とほぼ同等の重力がかかっているが)、高速で地球を周回しているために“遠心力と地球の重力が釣り合っている”ので無重力“状態”なのだそうだ。*1

 

宇宙ステーションの周回速度はジェット機(時速900キロ㍍)の30倍(時速2万7700キロ㍍)で、約1時間半で地球を1周(4万キロ㍍)する。そんなに速くなくてもいいと思うが、これより遅いと重力が勝って地上に落下、逆に早いと遠心力が勝って地球の軌道を離れてしまうから、このスピードで飛び続けるしかないらしいのだ。

 

宇宙には空気抵抗がないので、一旦その速度で大気圏外に出ればあとは推進力不要で同じ速度で飛び続ける。そもそも地球自体が時速1700キロ㍍(赤道付近)で自転しているが地上の空気も一緒に回っているので我々は気付かない。丁度時速280キロ㍍で走る新幹線車内の空気が静止しているようなものだ。

 

地球は上記の様な高速で自転し、さらに太陽の周りを時速10万キロ㍍で公転し、その太陽だって銀河系内をもっと高速で公転しているらしいから、我々がいくら地上でじっとしていても、宇宙の中で見れば猛烈なスピードで動き回っていることになるのだ。嗚呼、ゆく河の流れは絶えずして~諸行無常の響きあり、チーン。

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*1:正確には「重力と遠心力が釣り合っている」のではなく、「水平方向への推進による地上との乖離距離」が「重力による自然落下と同じ距離」になる速度で周回しているのだそうだ(下記参照)。

 

Saigottimo