MARYSOL のキューバ映画修行

MARYSOL のキューバ映画修行

【キューバ映画】というジグソーパズルを完成させるための1ピースになれれば…そんな思いで綴ります。
★「アキラの恋人」上映希望の方、メッセージください。

キューバの現代文学を代表する作家、レオナルド・パドゥラが〈ヘイト行為〉について発言している記事がったので、概要をお伝えします。

    

      Padura

 

・キューバにおける抗議行動の禁止について

 

P: 歴史的に見て、政府が抗議行動の妨害を決議すること、必要なら鎮圧することは予見できていた。あらゆる異論に対する検閲は、我が国において長年行われてきたことだ。70年代の暗黒の10年は、本質的に変わっていない。

 

私自身もその政策の被害者だ。もしキューバ国外の出版社がなければ、私の作品の一部は出版されなかっただろうし、されても私の望み通りにはならなかっただろう。

 

キューバにおいて異論に対する検閲は議論の余地がなく、最近頓(とみ)に強まっている。体制への不満が増しているからだ。意見の多様性を否定し、異論の広まりを妨害することは、盤石さではなく、弱さの表れだ。

 

・ヘイト行為をどう思うか?

 

P: この種の対応は、キューバでかなり頻繁に行われていた。克服されたと思っていたが、またもや不気味な脅迫がぶり返している。こうした行為は、憎しみに道筋をつけ、恐怖を植え付けようとする。被害者にとっては痛ましく、強者たる実践者にとっても品位を損なう行為だ。権力行使のメカニズムとして機能し、人間の最も暗い感情に訴える。

意見を同じくしないからといって、人道的にも肉体的にも相手を打ちのめす権限が与えられる。

1980年の卵や棒や石を伴ったヘイト行為の記憶は、キューバの政治において今も消せない汚点であり続けている。

ヘイト行為は、政治的な先見の明の欠如、弱さを示している。イデオロギーや政治姿勢がどうであれ、いかなるヒューマニズムにも反している。

 

・対立のゆくえについて

 

P:キューバ人同志の暴力的対立、外国の干渉を招かないことを願う。

いつの日か対話の場が開き、意見の一致をみること、生活がもっと充実し、より自由で良いものになるように、理性が解決の道を照らすことを願っている。国民生活は欠落だらけで、希望の回復が必要だ。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

付録:

俳優のエドウィン・フェルナンデスの意見が率直で良かったので、こちらも紹介します。

     

ヘイト行為は、卑怯な俗衆、あるいは“躾けられた”卑怯者によって実行された。

徒党を組んで攻撃・侮辱する卑怯者たちは、当局に援助されている。彼らのボスたちは正面には立たない。彼らよりも卑怯だからだ。そして、自分たちの駒、すなわち奴隷がいかに命令を全うするか見て喜んでいる。しかし、最悪なのはそのことではなく、2021年にもなって、しかもあんなに学習し、家庭でも躾けをし、本を読み、知識を得て向上すべく奮闘したにも関わらず、まだ(ヘイト行為)が任意の行動だと思い込ませようとする者たちがいることだ。

彼らは我々を無知で無学、愚か者、無教養、判断力や知性のかけらもない家畜のごとく見なそうとしている。

世界に対して我々を家畜 ―野蛮な行為ができ、プライバシーを侵害し、隣人を侮辱し、殴ることもできる家畜― として売りたがっている。キューバ人は躾がなってないから基本的な決まり事さえ無視し、他者の暮らしや命に敬意を払わない、というイメージを与えたがっている。

ヘイト行為を組織する者たちは、実行者よりもさらに卑怯で唾棄すべき存在だ。なぜなら、卑劣さゆえに正面に立たず、自分たちの駒、奴隷が命令を果たすのを見て喜んでいるからだ。彼らを正当化する者たちも同類である。

私は悪名高いヘイト行為を忌まわしく思っているが、さらに忌まわしく恥ずべきは、それを(顔を見せず、先頭にも立たないで)組織する者たちだ。

そういう者たちは確かにいるだろうが、極めて少数派の卑怯者たちだ。

私たち、大部分のキューバ人はそうではない。礼儀をわきまえ、躾も良く、誇りを持っている。たとえ考え方が違っても。

           

 

参考

人権擁護団体CUBALEXによると、キューバ各地で15Nを支持する市民に対して行われた攻撃(行方不明、任意逮捕、ヘイト行為、インターネットの遮断、監視、拘留など)の総数は168件。

 

関連記事:「ヘイト行為」にNO!と言ったアーティストたち | MARYSOL のキューバ映画修行 (ameblo.jp)

 

不発?に終わった15N(11月15日に実行を予告した市民による平和的行進)。

その要因には、15Nの推進者たちに対する妨害行為やヘイト行為がありましたが、SNSで「NO!」を唱えた人たちもいました。 

今回は、音楽家に的を絞って紹介します。

 

まず、大御所レオ・ブローウェル (作曲家・指揮者)!

 FBに自らのビデオと手紙を投稿しました。(15Nが提案したように白い服を着ている)

 語っている内容は、以下の手紙とほぼ同じです。

 

  

 

手紙

私自身を含め、より良い国を求める全てのキューバ人を、我々が生まれながらもつ表現の権利と共に支持する。生きるからには尊厳と節度を備えるべきで、ごまかしや憎しみ、増してやキューバ人同志でいがみ合うなどもってのほかだ。私が願うのは、すでに失われ、今も失われ続けている全ての価値(最も卑俗なものから洗練されたものまで!)を取り戻すこと。私にとって悲しいのは、キューバを否定すること、失われた島と見なすこと。そこでは全てが検閲され、批判され、都合の悪いものは何でも非難される、(異端審問のような)権力によって!願わくば、今の世代および未来の世代が、あらゆる意味でこの国を誇りに思えるように。私は自分の仲間たち、すべてのキューバ人と団結する。悲嘆、苦痛はもうたくさんだ! 2021年11月15日 レオ・ブロウェル

 

     

 

ホセ・マリア・ビティエル(作曲家・ピアニスト)

「ヘイト行為は恥ずべきことだ。倫理の光に照らしても有罪であり、私も有罪とみなす」。

*彼は、先日ここで紹介したドキュメンタリー(ヘイト行為を被ったシンガー)のトレーラーに出ている(1:52)

 

チューチョ・バルデス (ジャズピアニスト) 白いバラ(=15N)の写真と共に自身のオフィシャルサイトに投稿

 

「バティスタ政権下、私が教員養成学校の生徒だったとき、構内に警察が立ち入る度に怖かった。自由な意思表示ができず、変化を求めたり、大統領の退陣を要求するなどできなかったからだ。1959年(注:革命が勝利した年)、二度とこんなことは起きないと、表現の自由や自由選挙が約束された。我々はそれを信じた。だが、今目にしていることは信じ難い。しかし現実だ」。

 

パブロ・ミラネス

「同じキューバ人として、まるで昔の逃亡奴隷狩りのごとき行為に手を貸す人たちを恥ずかしく思う。利用されているのだ。目を覚ませ!」

また、「花を通して自由の要求を示すことは美しい」と15Nを支持し、11月11日のアリカンテ(@スペイン)でのコンサートで「Flores de futuro(未来の花々)」を歌った。

 

エメ・アルフォンソ(シンガー)

  

「私は非難(ヘイト)行為を非難する」

「自分の国のやり方にひどく失望している。暴力はあっても寛容さはゼロ。何よりも平和と対話を」

 

Marysolよりひと言

忘れられない光景があります。

2010年のハバナ映画祭で『セルヒオの手記(原題:Memorias del desarrollo』を鑑賞中のことでした。

(小さめの映画館だったのですが)「マリエル事件(1980年)」の際のヘイトシーン(ニュース映像)が出てきたときのこと。

私の前に座っていた女の子が静かに泣き出したのです。(幸い、隣の恋人が彼女の肩を抱いて優しく慰めました)

 

私はそれを見て、なぜか安堵しました。

恋人のリアクションだけでなく、「マリエル事件」を知らない世代の女の子にとって、ヘイト行為は悲しむべき歴史なのだ、と分かったから。

頑で非寛容なイデオロギーではなく、柔らかな感受性を垣間見られたから。

 

私がブログで伝えたいキューバは、彼女のような人たち。

政府の意向に従って、罪もない人を躊躇なく攻撃できる人ではなく、暗い映画館で自国の歴史の闇を知って涙を流す、あの女の子のような人たち。

 

上に紹介した音楽家たちも、私が共鳴できる感受性(繊細でありながらも強い!)、伝えたい〈キューバの良心〉です。

たとえ政府の意向とは違っても。

 

関連記事:作家レオナルド・パドゥラ、ヘイト行為を告発する | MARYSOL のキューバ映画修行 (ameblo.jp)

今日、待望のラテングラミー賞の発表がありました。
期待と予想どおり、「PATRIA Y VIDA(パトリア・イ・ビダ)」が受賞を果たしました。
しかも2冠も!!!


それぞれの受賞シーンをご覧ください。


ベスト・アーバン・ソング部門での受賞シーン👏👏👏

ジョトゥエルの妻、ベアトリスがコンポーザーとして受賞。


  ※ こちらでは〈皆で受賞を喜びあっている〉シーンが見られます。タイムコード 3:20~

今年度のベスト・ソング部門での受賞シーン👏👏👏👏

全員白の衣装は、15Nとの連帯を表しているのでしょうか?

 

☆ラテングラミーでのパフォーマンス👏👏👏👏👏


拙ブログでもこの歌については何度か取り上げてきましたし、歌詞の拙訳も紹介しました。
これを機に一読して頂ければ幸いです。

Patria y Vida(祖国と生) | MARYSOL のキューバ映画修行 (ameblo.jp)

訳詞:Patria y Vida(パトリア・イ・ビダ) | MARYSOL のキューバ映画修行 (ameblo.jp)
「Patria y Vida」ラテングラミー賞にノミネート! | MARYSOL のキューバ映画修行 (ameblo.jp)
 

 

キューバに関心のある方なら〈11月15日に実行が予告されていた市民による平和的行進15N)がどうなるか〉緊張して見守っていたことと思います。

私自身、これで体制が変わるなどとは考えませんでしたが、それでも〈白い服を着て白い花を手に平和的に街を歩く〉(もし行進できなくても白いシーツを窓に出して応援する)という行為が実現できることを願っていました。キューバの若者が希望を国外に求めずに済むためにも。

 

結果的には、“反体制派”と目される活動家たちは家から出ることを妨害されたり、逮捕されたりして、行進できませんでした。

推薦記事:キューバ政府、「反体制行進」を封じ込める (guaravaul202002.blogspot.com)

 

事の顛末については上の記事に詳しいので、私は今回目に余った行動=〈アクト・デ・レプディオ〉、すなわち“反体制派”に対する〈ヘイト行為〉について書くことにします。

率直に言って、自分のブログに不快な映像は載せたくないし、キューバのイメージを貶めるようなことはしたくないのですが、この現実を知らなければ理解できないことがあるし、声に出せずに嘆いている人たちもいることを知って欲しいので。

 

ヘイト行為(acto de repudio)

まず、私が〈この言葉〉を意識したきっかけは、昨年見たこのドキュメンタリーでした。

Sueños al pairo (2020年)ドキュメンタリー | MARYSOL のキューバ映画修行 (ameblo.jp)

 

 

上のトレーラーに映っている集団デモは、「マリエル事件」の際の〈ヘイト行為〉。

1980年に起きた同事件は、10万人以上の大量出国者を出したのですが、彼ら“裏切者”、“虫けら”を非難するべく大規模に行われました。

私は『セルヒオの手記』(2010年)でもっと暴力的なシーンを見ていましたが、いずれにせよ〈過去のこと〉だと思っていました。ところが、今も行われていると気付いたのも、上のドキュメンタリーを見た頃から。

 

以下は、15Nのリーダー、ジュニオール・ガルシアに対して行われたヘイト行為および嫌がらせです。

去る10月22日朝、彼の家の入口に吊る下げられていた〈2羽の首を切られた鳩 〉

       

 

このようなおぞましい脅迫にも負けず、彼は〈平和的行進〉の実行を宣言していました。

そして15日の混乱を防ぐべく(と言っていた)、予定を変更し、14日に一人で歩くことを発表していました。

 

抗議に訪れる近所(?)の人たち

 

 

11月14日、数日前からネットを遮断され、妻と監禁状態に置かれていた彼はついに家から出られませんでした。 下のビデオは、14日のジュニオールの住むアパートを映したもの 

タイムコード

1:10~ ジュニオールの家の窓をすべて国旗で覆い、彼の姿、「我が家は封鎖されている」と書かれた紙、15N支持を示す白いシーツが外から見えないようにしている。

2:58~ アパートから200メートル以内は立ち入り禁止(報道陣、支援者を近づけない)

6:07~ 人気のないマレコン通りの風景→動員されたコンガ(『低開発の記憶』の街頭デモのシーンを思い出す…)

 

その他:各地の15N支持者に対するヘイト行為(クリックして見て下さい)

 15N en Santa Clara: Segundo acto de repudio contra la familia del preso político Andy García - YouTube

 15N acto de repudio a Saili - YouTube

 Acto de Repudio a Raúl González en Cienfuegos 15N - YouTube

脅迫行為に怯える作家夫婦(夫妻のメッセージを報告している記者とはキューバで会ったことがある)

 Noticias de la Isla: policía política de Cuba acosa al poeta Rafael Vilches - YouTube

15N支持を示す張り紙を剥がしに“違法侵入”する治安要員

 Esto ocurrió ayer en Cuba en el domicilio de un ciudadano que había colocado un cartel. - YouTube

 

FBの投稿で、15Nに関するキューバ大使のスピーチ(日本語通訳付き)を聞きましたが、アメリカの陰謀や暴力性を強調するばかりで、〈言論・報道の自由〉や、〈11Jの逮捕者(650人以上!)の釈放要求〉は触れられていなかったように思います。

果たして、暴力的なのはどちらでしょうか?

この際ぜひとも「恥ずべきヘイト行為はやめるべきだ」と呼びかけて欲しいものです。

 

ジュニオール・ガルシアたちは、私が聴いてきた限りでは「非暴力」を一貫して主張していました。

一方、「11J」で「革命家と共産主義者よ、戦いに出よう」とテレビで呼びかけたのは、ディアス・カネル大統領でした。

拙ブログ関連投稿:

https://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-12686030701.html

https://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-12687125309.html?frm=theme

https://ameblo.jp/rincon-del-cine-cubano/entry-12688996417.html?frm=theme

 

ジュニオール・ガルシアの証言(上の投稿記事より転載)

あの日(注:7月11日=11J)、僕たちはテレビでサッカーの試合を観戦しようと、友人宅で劇団の仲間たちといたところ、SNSでサン・アントニオ・デ・ロス・バニョスのデモを知り、居ても立ってもいられなくなった。ネットが切られた時点で、弾圧が起きると分かった。人々に呼びかけ、暴力行為を防ぐのが任務だと思った。戦いをけしかけた大統領の言動は、キューバの歴史の中でも類のないほど無責任で卑怯だ。ICRT前の映像はキューバの公式報道と正反対のことを示している。我々の振る舞いは最大限に平和的だった。我々の仕事とも関わりのあるICRTの前で、寛容と秩序を呼びかけたいと、たった15分間の反論の権利を要請した。彼らのいう秩序(安定)はニセモノだ。軍人のいる街路、逮捕され、裁判にかけられる多くの若者、我々は釈放されたが監視下にある。これは本物の秩序(安定)ではない真の安定に達するには、新たなコンセンサスが必要だ。前のコンセンサスは7月11日に壊された。ずっと前に壊れていたとも言えるが、少なくとも市民の一部が「もう認めない」と町に繰り出した。これまで我々は数えきれないほど対話を試みてきた。11月27日の試みは、1月27日に壊れた。腕力とヘイト行動で、若者グループを連行した。だが、この日曜日に起きたことは許し難い。愛国的でも、人道的でも、マルティらしくもなく、ファシストだ。ほかに呼びようはない。国民の一方に対し、もう一方を攻撃するように言うのはファシストだ。一部の民衆を蔑視し「乱暴者」「売国奴」「のけ者」呼ばわりする。あの日起きたのは、全くのマニピュレーションだった。二つの集団が対立し、互いに石を投げたが、投獄されたのは片方だけ。つまり、政府に反対して、街に繰り出した人々。もう一方も棍棒を持って、他のキューバ人たちを傷つけた。政府を擁護するために。だが、こちらはテレビに出て、ヒーローのように見られている。途方もない虚偽だ。私は暴力には真っ向から反対している暴力への呼びかけにも反対だキューバで必要な変化は、キューバ人の手で行う。私は寛容を唱えているのだが、全くの断絶がある。この事態を平和的に解決する唯一の手段は、新しいコンセンサスの形成だ。7月11日に前のコンセンサスは壊れてしまったのだから。使い古したレトリックに効力はない。国民の一部の声を封じ、インターネットを遮断する社会をなんと呼ぶ?テレビもメディアも真実を伝えない。おびただしい数の若者が逮捕されている国を何と呼ぶ? 7月11日が示したのは「キューバにあるのは独裁制」ということだ。

 

Marysolより

〈ヘイト行為〉については、キューバ国内でも「恥ずかしい!」と公言する声が「15N」を機に上がってきており、次回はこれらの声を紹介したいと思っています。

なぜなら、私にとって、彼らの声こそ〈キューバの良心・知性・感受性〉であり、伝えたい姿だから。

皆さんはどちらの主張に共感するでしょうか?

 

最後に、この記事は、ジュニオール・ガルシアの出国を知る前に書きました。

彼は妻とキューバを出て、昨晩スペインのマドリードに到着したとのこと。

事情は「明日、公表する」そうです。

 

PM10:30

ネットでジュニオールの会見ライブを視聴しました。

(15Nのリーダーとしての責任を問う声はあるものの)、キューバでコミュニケーションを絶たれた状態でいるよりも、スペインから世界に向けてキューバの現状を伝えたことは良かったと思います。

 

追記(11月21日)

「パトリア・イ・ビダ(Patria y Vida)」と外壁などに書いた人に対するヘイト行為

拙ブログ記事の下の方、コメント欄の3をご覧ください。

 

追記(11月22日)

「ヘイト行為」にNO!と言ったアーティストたち | MARYSOL のキューバ映画修行 (ameblo.jp)

(先月末のニュースですが)在キューバ・ノルウェー大使館は、キューバの自主製作映画を支援しており、今年で8回目となる支援基金コンクールの受賞者に、カルロス・レチューガ(写真左)とジュニオール・ガルシアが選ばれました。
      


レチューガ監督の受賞作品『ビセンタ B』(製作中)は、すでにサン・セバスティアン国際映画祭でも受賞を果たし、3万ユーロの賞金を獲得しています。ちなみに、その内容は「大勢の母親がいるが、その子供たちはいない国の話」。(この意味が分からなければ、キューバの実情を知っているとは言えない)

一方、今もっとも話題の人(今月15日に予定されている民主化デモのリーダー)ガルシアのプロジェクトは短編でタイトルは『8分』。果たしてどのような内容なのか、興味津々です。

尚、同基金の目的は、キューバ映画の製作者の成長を促し、映画産業を文化表現として強化すること、同国のオーディオビジュアルシーンの多様性を促進し、その創造性、芸術的表現、イノベーションを促すこと。
審査員には、クラウディア・カルビーニョやアルトゥーロ・インファンテなどキューバ人の名が挙がっていました。
賞金の総額は、10万から25万キューバペソ。
受賞者は、〈援助を受けてから1年以内に作品を完成させ、そのコピーを提出すること〉が条件。

それにしても、“反体制派”と政府が呼ぶガルシアや、ICAICやUNEACに反旗を翻したレチューガを支援するノルウェー政府って、カッコいい!
かねがね自主製作映画を支援するイベントを開催したり、ネット通信の場を提供していて、その活動に注目すると同時に、問題が起きないのか気になっていましたが、忖度せずに、〈表現の自由と促進を擁護する〉筋の通った態度には憧れと尊敬の念を抱いています。日本もこんな国になって欲しい。

ピーター・シスが誰かも知らず、チラシを見たときからなぜか心引かれた展覧会。

終了が間近に迫り(14日まで!)慌てて見に行ったのですが、プラハの迷路に足を踏み入れ、ハバナへの思いに溢れて出てくる、という不思議で貴重な体験になりました。

 

  

 

チェコスロヴァキア出身(1949年生)で、1980年代からアメリカで活躍する絵本作家。

神秘的な感性と豊かなイマジネーション、そして繊細で美しい色彩。

絵本の原画に添えられたストーリーと、

解説から垣間見える作品と作家との深い関係性。

彼の絵本は、けっこう大人向きな印象を受けました。

 

    3冊購入 

 

会場で原画の魅力を堪能したあと、下の動画で解説を聞くと、さらに味わいが増します!

あるいは、動画を見たら、会場に足を運びたくなるに違いありません。

 

   前編:プラハの街と絵本「チベット」について

 

   後編:自伝的絵本「かべ」と最新作「ニッキーとヴェラ」について

 

展覧会HP:https://neribun.or.jp/event/detail_m.cgi?id=202107021625192960

 

Marysolにとっての収穫 :プラハからハバナへ(キューバや映画、個人的体験との接点)

①  ソ連支配下のチェコスロヴァキアの様子:「鉄のカーテン」、自由がない(色彩のない世界)

  束の間の自由な体制:1966年から68年。69年、憧れのビーチボーイズのコンサート

*ロック・ミュージック(=西側音楽)への憧憬はキューバも同じ。

 それが伝わるキューバ映画:『ダビドの花嫁』

 ローリング・ストーンズのハバナ公演

*キューバ革命の変節点(反ソから親ソへ):1968年

 

②  ピーター・シスと映画(映像)

*父は映像作家で、外国出張が多かった→「鉄のカーテン(闇)」の外の世界=希望・夢

*チェコで暮らしていた時代は、アニメーション作家として活躍。

*父がミロス・フォアマン監督と友人だったことから、アメリカで『アマデウス』のポスターを手掛ける。

          

 

③  絵本「鳥の言葉」のメッセージ:

  誰もが問題を解決してくれる誰か(リーダー)を求める。

  でも最後には自分で解決しないといけないと知る。  ピーター・シス

   弱さを克服しながら飛ぶ鳥たちに自己を発見するための心のたびを見た。(展示解説より)

 

④  「フライング・マン」:ヴァーツラフ・ハヴェル大統領へのオマージュ

    

      鳥たちを導く心臓の鳥がハヴェル大統領

 

アムネスティ・インターナショナル「良心の大使賞」授賞式ポスターには、 上の画像にシェイマス・ヒ―ニ―の詩を表す《目・口・耳・ペン》が描き加えられていた。 

参考:Havel was a hero who didn’t disappoint, says Art for Amnesty’s Bill Shipsey | Radio Prague International

 

 *キューバの民主化を求めるデモ(今月15日実施予定)のリーダー、ジュニオール・ガルシアもハヴェルと同じ演劇人。

   「フライング・マン」の絵をキューバの人々に贈りたい。

 

*"Black is the perfect backdrop for the stars and for hope".

  黒というのは星と希望のための最高の完璧な背景だ。(絵本「チベット」/ 動画前編より)

去る10月26日、キューバの著名な肖像写真家、チノロペことフェルナンド・ロペス・フンケ氏が亡くなりました。享年89歳。

謹んでお悔やみ申し上げます。

 

          

 

チノロペ(チェ・ゲバラが付けた呼び名)のことは、今から16年前!に拙ブログで紹介しています。

ゲバラの命日によせて | MARYSOL のキューバ映画修行 (ameblo.jp)

が、そのとき書かなかったことを、この機会に書きます。

 

まずは繰り返しになりますが、1932年、ハバナ・ビエハのヘスス・マリア地区の小さな家で生まれました。

たぶん私生児だと思うのですが(違っていたら失礼)、「父は日本人」。

 

貧しさゆえに若くしてニューヨークに渡り、そこで初めてカメラをもらい、ジャズバーで客の写真を撮って売るなどしていたとき、シャッターチャンスが舞い込みます!

1957年10月、マフィアのボス、アルバート・アナスタシアの暗殺現場のスクープ写真をものにしたのです。

(街を歩いていたら銃声が聞こえ、暗殺現場となったホテル・シェラトンの床屋に駆けつけたらしい)

 

          「ライフ」誌に掲載されたチノロペのスクープ写真

          

 

チノロペの証言:「シャッターを連打した。何回押したか分からない。そのとき、いきなり誰かに肩を掴まれ、車に押し込まれた。それから暗い部屋に連れて行かれた。〈厄介なことになった〉と思った。私は写真について素人同然だった。ところが『見ろ、君が撮った写真だ。君には才能がある」と言われ、2000ドルくれた。当時としては大金だった」

 

こうして写真は「ライフ」誌に掲載され、活躍の場は「タイム」や「パリマッチ」にも広がり、キューバ人としてフォト・ジャーナリズムの先駆的カメラマンとなります。

 

1959年の革命勝利後は、チェ・ゲバラを始め革命政権の要人(セリア・サンチェス、アイデー・サンタマリア、ラウル・カストロ他)も撮りましたが、有名なのは、作家や芸術家の肖像写真(カサ・デ・ラス・アメリカスで活躍する)。レサマ・リマ、ビルヒリオ・ピニェイラ、G.C.インファンテ、フリオ・コルタサール、ロケ・ダルトン、ジャック・ケルアック、アレン・ギンスバーグ、テネシー・ウィリアムス(以上、作家)、ビクトル・マヌエル、ウィフレド・ラム、アリシア・アロンソなど第一級の人物を記録しました。

ちなみにレサマとは仕事を超えて親交を結び、チノロペの写真無しにはレサマの資料は成立しないと言われるほどだとか。

 

そのレサマが寄稿したチノ・ロペの写真集が‘Una temporada en el ingenio(仮:製糖工場の可動期)’

Una Temporada En El Ingenio, G. F. López Junqué (chinolope) | MercadoLibre

元々はチェ・ゲバラの依頼で撮り始めた《砂糖黍》をテーマにした写真シリーズ。

1970年には完成していたにもかかわらず、出版されたのは1987年で、17年ものタイムラグがありました。

その理由は、〈当局の求めるイメージとは違った〉という説もあれば、〈「(第一次)パディージャ事件」でレサマが当局から疎まれたから〉という説も。

   チノロペから頂いたDVD(5分・サウンドトラック入り)

 

気になるのは、〈チノロペは徐々に文化当局から遠ざけられ、晩年にはほとんど展覧会も開催されず、経済的にもかなり不安定だった〉という指摘。〈作品は国家の所有物とされ、クレジット表記も無く使用されたことも多かった〉とか。

 

1998年、フランス人写真家と共作でESPRITS DE CUBA出版。

 

2016年、若手監督作品上映会にて、マルセル・ベルトラン監督がチノロペを撮ったドキュメンタリー『El tío Alberto』発表

El t?o Alberto | Muestra Joven (cult.cu)

 

 

合掌。

1本のキューバ映画(邦題:『低開発の記憶』=メモリアス)との出会いがきっかけで、キューバ映画にハマった私。

ゆえに「映画史」を学んでおらず、今更ながらオンラインで映画史講座を受講しています。

 

無声映画からトーキー、そして第二次大戦前後のハリウッド古典映画を経て、前回は「ネオレアリズモ・Part1」でした。

「ネオレアリズモ」については、何本か作品を見たことがあるし、ICAIC(キューバ映画産業庁)映画のルーツでもあるので、ある程度は知っているつもりでしたが、大寺眞輔先生のお話は奥が深く、とりわけその〈実存主義的な背景〉への言及に引き込まれました。

『低開発の記憶』と共通する気がしたからです。

 

★(個人的)特筆事項(メモリアスとの接点)

・時代背景:第二次大戦前は何かを信じて生きていられたが、大戦(ファシズム、占領、アウシュビッツ、原爆などの体験)後は何も信じられなくなる。 そういう世界に生きている心のリアルを描く→ネオレアリズモの現実主義(新しい現実

・ファシズム時代の映画の否定

・オープンエンド(物語的な完結を拒絶)

 世界の中で翻弄される人間を描く(人間と世界との関わり)…実存主義的状況

・単なる娯楽ではなく、批評的視座を文化に導入

 現実の諸問題に対する思考やコミットメントを観客に促す。

 

お話のなかで『ドイツ零年』を薦められていたので、これを機に見てみました。

        

 

講義のおかげで、ネオレアリズモの歴史的意味が理屈でなく、実感できました!

 

それにしても、「イデオロギーの偏向は犯罪と狂気をつくりだす」という冒頭のテロップが、「何事も絶対化してはならない」というデスノエス(『低開発の記憶』の原作者・脚本)の主張と重なります。

〈イデオロギーの宗教化(絶対化)を批判していた〉というアレア監督とも。

先週は忙しくて、10日ぶりの更新になってしまいました。

久しぶりだし、「たまには明るい話題を」と思い、去る16日に結婚式を挙げた俳優、ダニエル・ロメロの話題を。

 

ダニエル・ロメロは、キューバの若手俳優のなかでも一番の注目株。

1990年生まれで、国立芸術学校(ENA)の一年生のときに、フェルナンド・ペレス監督の『El ojo del canario(仮:カナリアの目)』(2010年)のオーディションで青年期のホセ・マルティ役に選ばれ、スクリーン・デビュー。

 

     

 

阪本順二監督の『エルネスト』(2017年)にも出演していました。 ハシント役。

 

『El Mayor』(リゴベルト・ゴメス監督/2020年)では、主役のイグナシオ・アグラモンテ・イ・ロイナスを演じています。

          

 

そして、この映画でアグラモンテの妻を演じたクラウディア・トマスと結婚。

 

Marysolが注目したのは、2人が教会で結婚式を挙げたこと。(結婚はすでに数か月前にしていたはず)

というのも、時代が違えば宗教は禁止されていたし、今でもキューバでは教会婚は珍しいのでは?

結婚式を挙げるにあたり、2人とも洗礼を受けたそうです。

 

こうして、法の上のみならず、神の前で結婚を誓った2人。

「僕たちは神において結ばれている。死が我々を分かつまで君を愛す」と、ロメロ君はフェイスブックに投稿したそうです。

末永くお幸せに。

 

Marysolよりもう一言

私が初めてスクリーンでロメロ君を見たのは「El ojo del canario」がハバナ映画祭で上映されたときでした。

今から11年前!

シネ・チャプリンでの上映後の夜道、すぐ近くで熱心に映画を語る声がすると思ったら、ロメロ君でした。

当時まだ無名でしたが、役柄と同じ〈生真面目な熱血漢〉のイメージが刻まれた次第。

 

その後ずっと注目していたので、阪本順二監督の『エルネスト』で彼を見たときは「やっぱり選ばれたか!」と納得。

 

『El Mayor』は未見ですが、つい最近、デル・リャノの新作(短編コメディ)『La campaña(識字運動)』で久しぶりに彼を見ました。

やはり真面目な好青年の役ですが、それがユーモラスに作用していて大いに笑えます!

今チェックしたら、スペインのバリャドリード映画祭でプレミア上映中。

評判はいかに? 

来月になったら、拙ブログでも紹介したいと思います。

今週月曜日(現地時間)の夜10時(ゴールデンタイム)に、キューバのテレビが2014年に製作されたドキュメンタリー映画を放映したことがネットで話題になっています。
一番の注目ポイントは〈7年間の検閲〉
ちなみに、前にも書きましたが、キューバ映画の中にテレビでは放映されない作品が何本かあり、その代表例が『苺とチョコレート』(フィクション)。テレビ放映されたのは、公開から20年後だったとのこと。

今回の話題のドキュメンタリーのタイトルは『CANCIÓN DE BARRIO』。
日本語にすると『バリオ(スラム)の歌』。

 

            


内容は、キューバ革命を代表するシンガーソングライター、シルビオ・ロドリゲスが、2010年から2012年にかけて、キューバの貧民街(バリオもしくはスラム)を巡って行ったライブツァーを、そこの住民の暮らしや声(思い)をメインに紹介したもの。
シルビオの他にも、ミュージシャンが登場しますが(ラスト近くにはオマーラ・ポルトゥオンドも!)、彼らの音楽はむしろバックミュージック的。主役は、名もない、社会の底辺の人々です。

本作が検閲にあった理由としては、(私がネットで読んだ限りでは)政府にとって不都合な現実を写しているから。
そこで、実際どうなのか、私もYoutubeで見てみました。
(Youtubeにはシルビオ自身が2015年1月からアップしていました)

CANCIÓN DE BARRIO (仮題『バリオ(スラム)の歌』)/2014年/80分
監督・脚本:アレハンドロ・ラミレス・アンダーソン


 

 

冒頭でシルビオは、ツァーの意図をこう言っています。
「この経済的に困難な時期こそ、弱者の住む場所、最も貧しく、痛手を被っている場所でライブをする必要があると私は感じている。彼らは劇場に行けない。だから、私から出向かねばならない」

ハバナの中でも特に貧しい人たち、底辺で暮らす人々の暮らしは、映像を見て下さい。
人びとの声は多様ですが、オリエンテ地方(東部)から仕事を求めてハバナに出てきて、違法に暮らしている人々を見て、映画『ビヘイビア』や短編『ジュナイシー』を思い出しました。これらの作品を通して、ハバナでは彼らが〈パレスティーノ(パレスチナ人)〉と呼ばれていることを知ったから。

また、崩壊寸前の家で命の危険にさらされながら暮らしているところも写されています。
(パドゥラの小説「犬を愛した男」には、こうした現実を目にしたことのない人には想像できない事が書かれています。)
「苦情を訴えても、当局は何もしてくれない」

もちろん、場所によっては「護られていると感じている」という人々もいました。

が、「この国の給料では生活できない」「なんのために革命を闘ったのか?」という声もありました。
こうした声は、キューバ映画を15年以上見てきた私には珍しくありませんが、本作を見て驚く人は多いかもしれません。
後半に映るかなり物騒な光景(落書きが暗示)には、私も引きました。

シルビオ・ロドリゲスの発言:
「ツァーを始めたときの私は盲人のようだった。そして少しずつ目が開かれていった」「場所が変われば、ライブも変わる」「自分が生きている間に、スラムの現実が変わるかどうか分からない。このツァーに終わりはない」


ある老人:「働きに働いたあげく、年老いて無一文だ」
ある若者:「未来が今よりずっと良くなっているように!」


ホセ・マルティの胸像に書かれている言葉:「悪は一時のこと。善だけが永遠である」

Marysolよりひと言
本作を見て、11Jの老婆の姿が思い浮かびました。

       

そして〈本作のテレビ放映は、むしろ11Jのデモを正当化するのでは?〉と思いましたが、なぜ今になって放映したのでしょうか?
ネットには、「もっと早く本作を公開して、皆が問題意識を共有すべきだった」と検閲を非難する声が多く見られました。「今はもっと貧困が広がっている」という声も。

私としては、改めてキューバ映画が果たしてきた意味を確認しました。
「キューバでは、映画がジャーナリズムの役割を果たしている(ジャーナリズムが役割を果たさないから)」 

という故トマス・グティエレス・アレア監督の言葉を。

日本のジャーナリズムも(手遅れにならないよう)がんばって!