穴と橋とあれやらこれやら -75ページ目

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

2023年8月22日に敢行した薬院新川の古橋群探索は、酷暑のため福海橋宮の谷橋御陵橋土居橋で打ち切り。平尾架道橋(仮)を見て終了。翌々日8月24日、残る橋をチェックするため、再び西鉄平尾駅へ降り立った。

 

 

市崎橋を後にして7分。

次なる橋が現れた。現在地こちら

 

ここまで徹底的に共通のこのフォーマット。さすがにかなりお腹いっぱいになってきてた。撮影枚数も減る一方(笑)。

 

 

 

 

 

お名前は、

もちだばし。なんでここは文字が黒く塗られているのかわからないが、すっごく見やす~い。

 

 

 

 

 

上流側の景。

下流側?ううん、もう撮ってない(笑)。

 

 

 

 

 

渡って東側より。

毎回書いてるけど、写真とか記事タイトルを入れ替えてもわからんだろこれ(笑)。

 

 

 

 

 

こっちもまた、

お誕生日黒塗り。いやほんと見やすい。

 

 

 

 

 

ほんでさあ…。

白塗りのままにしてるヤツはなんですのん?

 

 

たぶん漢字での親柱もあったと思うんだが、写真もないし、読み取れもしない。とりあえずQ地図には「餅田橋」とあるので、まあそうなんだろうと。

 

 

 

 

次回、遂にデフォルトが崩壊!

 

 

 

昨日に続き、今回もインスパイア記事。ブロ友の星★二郎さんの当該記事をリブログさせていただく。

 

この記事では大々的に拙ブログをフィーチャーしていただき、嬉し恥ずかし(笑)。二郎さん、いつもありがとうございます!

 

 

この記事の最後に登場する廃隧道が今宵のお題。好きに使ってよしとのご厚意に甘えて、画像も何枚かパクらせていただいております。

 

実はこの隧道が現役のころ…2010年7月18日の第四次房総探索で訪ねたことがあったものだが、それがなにせ13年半も前のこと、記憶もほぼないし、にわかには同じ隧道だと思えなかったんだが、ある「決め手」で同一物件と特定した。そんな部分も含め、こうして記事にしておこうと。

 

ちなみにこの日のネタで記事にしているのは、観音隧道四町作第一隧道西日笠の謎の狭隘区間蔵玉隧道大沢港隧道

 

 

 

 

つうわけで、いきなり、ドン。

二郎さんの記事とは逆に南側からの接近…つうか、ここが現役ならほぼほぼ誰もがそうなったはずだ。現在位置はおおむねこのへん

 

ついこないだもどっかで書いたが、昔のわたくしの悪いとこで、引きの写真を全く撮ってない。しかも当日の日差しの加減で、なんだかわかりにくい写真(汗)。

 

現在の引きを含めた周辺状況は、ぜひ二郎さんの記事を!

 

 

 

 

 

こちら概ね同アングルの、

二郎さん撮影写真。

 

この2枚を見比べても、すぐに同じだ!とわかる感じではないよなあ。

 

 

 

 

 

じゃあ、どこで同じ隧道だとわかったかというと…

この、洞内にぶっ刺さった謎の棒。これ現場で気になったんよなあ確か。

 

 

 

 

 

二郎さん撮影分でも…

ほらね!

 

 

 

 

 

当日撮った、洞内。

房総ならではの地層の加減により、実際以上に登り勾配が強いように見えるマジック。

 

 

 

 

 

そして抜けながらのカーブ。

しびれる線形ですな~。

 

 

 

 

 

抜けて振り返り。

こうして見ると、狭さもなかなか?

 

 

 

 

 

ほぼ同アングルの、二郎さん撮影分。

ほとんど変化なし。

 

そういえば当日この隧道もレンタカーで抜けたはずなのに、車と一緒には撮ってなかった。二郎さん、ご期待に沿えず申し訳ございません。

 

 

 

 

 

カーブのため正対写真撮れずで、

こういう感じに。

 

 

 

 

 

これまたほぼ同アングルの、二郎さん撮影分。

このように西側の山をパッカーンした新しい道が、平成29年度(2017~8年)に完成したようだ。結果隧道は置き去りとなり、その役目を終えた。

 

 

 

 

 

隧道自体は健全そのものに見えた。ただ一つ問題だったのは、

やはりこのサイズだったんだろう。

 

 

この奥にある諸崩集落に通じる唯一の車道、安心して通行できる道路の確保は長年待たれていたはず。趣味者としては残念ながらも、これは致し方ない。お役目ご苦労様でしたと、労ってあげたい。

 

 

それにしても諸崩隧道って、凄い名前よなあ…「諸崩」する前に現役を退いてよかったよかった。

 

 

 

 

うう…二郎さんみたいにキレイに〆たかったのに…(笑)。

 

 

今回は、ブロ友のハルニチさんにきっかけをいただいた記事になる。

 

 

 

それは先日、いつものように広報checkを拝見した時。のっけから知ってる物件が登場したのだった。当該記事はこちら。

 

冒頭に登場したのが、島根県道244号青原停車場線の区域変更。そこは2022年8月27日、中国地方縦断迷走・2日目に訪ねており、ああ、あそこだ、となった。ちなみにこの日のネタで記事にしているのは上畑隧道紙祖の名称不明廃橋飯田橋

 

今はもう失われた景を、このきっかけで記事にしておきたいなということで。

 

 

 

 

 

いきなり、ドン。

これは先述の島根県道244号青原停車場線・青原橋東詰から高津川上流方向を見たところ。

 

 

 

 

 

一本の立派な橋が架かっているのだが、よく見ると…

ぶった切れてる~!

 

実はあの橋を目的としてここに来たのだが、この状態は想定外。これは…ギリ間に合ったやつか。

 

 

 

 

 

つうわけで県道を進み、

JR山口線・青原駅前へやってきた。駅前っぽくないが、向こうの提上が駅である。

 

 

 

 

 

そこから、写真左方向に移動すると…

この景である。現在地はこちら

 

正面に見えるのが、あのぶった切れ橋。あの橋も青原橋という。この状況は明らかに、県道の橋の架け換え=路線付け替え。今見ているこの道路こそが、元の青原停車場線で間違いない。それも、見えているのがほぼほぼ路線の全てだっただろう。

 

ハルニチさんの記事で知った県道の区域変更は、駅前から旧橋までのこの写真の区間の県道指定が外れたという内容だった。かつては、この旧橋で国道9号/187号に接続していた。

 

 

 

 

 

新橋も完成・供用開始され、

いよいよ待ったなし、の段階か。

 

 

 

 

 

看板を見るまでもなく、

すでに撤去が始まっていたのは、最初にご覧いただいた通りだ。

 

向こうに見えるのが、最初の写真を撮った「現」青原橋。老兵は消え去るのみか…。

 

 

 

 

 

右側の親柱。

写真ではわからないと思うが、「あおはらはし」とあった。

 

 

 

 

 

で、左側の親柱には、

これも見にくいが、「昭和拾弐年七月改架」と。少なくとも先代橋もあったわけだ。

 

 

 

 

 

立派な高欄からは、

架橋当時には地域に欠くことのできない重要な橋だったという位置づけが読み取れるような。

 

わたくし、この記事を書くまで、なぜかこの橋が土木遺産に選定されてると思い込んでいた。それは勘違いだったわけだが、わたくしの中の評価にはあまり影響しない(笑)。

 

 

 

 

 

それにしても、

スパンを欠いた橋というのは、なんというかこう…

 

 

 

 

 

ショッキングに見え、かつ想像力をかきたてる。

ミロのヴィーナスのような…というのは言い過ぎだと思うけど…(笑)。

 

 

 

 

 

個人的に一番響いたのは、

すでに橋もないのに、律儀に灯り続ける赤信号。

 

歩行者用信号と連動しているために停止できない、とかなんだろうか。理由はさておき、なんかグッときた。

 

 

本当は、「旧」青原橋への花向けに、渡れるところまでは渡りたかった。でも国道から丸見えだし人家も至近ということで、そこは自重。最後に間に合っただけでも良かった。

 

 

 

 

 

去り際にもう一枚。

85年間、お疲れ様でした。

 

 

 

 

 

最後に、国道からも一枚。

停車する場所もなく、これが精一杯だった。看板によれば、このあと三週間ほどで、残りも撤去されたはず。

 

 

 

いつかは記事にしようと思っていたけど、いいきっかけを下さったハルニチさん、ありがとうございました。

 

 

で、実はきっかけをいただいたのはこの案件だけではなくって、同記事にもうひとつあったのだった。そちらも遠からず記事にする予定。

 

 

 

 

 

以上。

 

 

2024年2月28日、チョー近所の物件を初訪問してきた。

 

 

仕事場が変わった影響もあり、ここ最近すっかり出不精になってしまっているわたくし。とはいえどこにも行かないのも病んでしまうので、近場で行きそびれているような場所をつらつら考えてるのだが、そんな中で思い出したのが今回の物件。平日休みで天気もいいし、何よりめちゃ近。行こう、すぐ行こう(笑)。

 

 

 

つうわけで、我が家から車で15分もかからず、

現場付近到着。

 

 

 

 

 

そこからものの5分も歩けば、

草津川を渡る洗い越しが登場。現在地こちら

 

わたくしの知る限り、滋賀県内の洗い越しはここを入れて四例ある。記事にしているのは小入谷の洗い越し、ここからもそう遠くない天神川の洗い越し(記事では冠水橋としているが、今の目で見ればこれは洗い越しだろう)で、残る一件は、もっとも有名な東近江市百済寺町、県道34号の洗い越し(うむ、やはりマイナー体質)

 

なので本来であれば単独記事にしてもいいのだが、ここではやはりオープニングアクトに過ぎない。

 

 

 

 

 

ちなみに右端に写っている看板、けっこう手が込んだ手作り。

メイン写真はベロンとめくれちゃっているが、右上には「あの方」のお顔も…。

 

 

 

 

 

で、洗い越しの上から上流側を望むと…

じゃーーん!

 

 

 

 

 

写真ではすっかり良く知っているあの物件、

その名も、「オランダ堰堤」。さっそく接近してみよう。

 

 

 

 

 

これは見事!

花崗岩と思われる切石が、少しずつセットバックしながら階段状に組まれており、草が生えたりしているものの、その構造は剛健そのもの、ほとんど綻びはなさそうに見える。

 

ここは有名な土木遺産で、冒頭に書いた通りウチからもめっちゃ近い。その近さゆえに、いつでも行けるからと後回しに…いわゆる「近場の甘え」により、これまで実に15年も(!)スルーしてきた物件なのだった。堰堤に関しては後ほど。

 

 

 

 

 

堰堤前からの振り返り。

季節が季節なら、休日のここは水遊びの家族連れで賑わうという。いかにも我々には場違いで、そういう情報もこれまでここに足が向かなかった一因ではある。

 

 

 

 

 

洗い越しに戻り、振り返り。

この状況だと冠水橋にも見えるが、これはやっぱ洗い越しと呼ぶべきかと。

 

 

 

 

 

で、上の写真右端に見切れたところに、

こういうものたちが。

 

 

 

 

 

まずは我々にはお馴染み、

土木学会選奨土木遺産のプレート。内容は各自ご覧いただきたい。要は、明治期の砂防ダムである。

 

 

 

 

 

そしてこちら、「あのお方」の胸像だ。

この趣味に片足でも突っ込んでおれば、その名を知らぬはモグリといっても過言ではない。明治期の我が国における治水分野に偉大なる功績を残したオランダ人技師、ヨハネス・デ・レーケその人である。

 

当然、「オランダ堰堤」という名の由来はこのデ・レーケによる。彼の関与した治水施設は全国各地に現存しているが、このようなネーミングのものは他にもあるんだろうか?

 

 

 

 

 

近くには、このような解説看板も。

これも各自お読みいただきたいが、まずまず詳しく書かれている。

 

今は周囲と同化していてわからないが、これだけの規模の砂防堰堤が造られた当初の姿は、そりゃあ壮観だっただろうな。

 

 

 

 

 

しかも完成から130年以上も経過して、

なお重要な現役施設であるところが素晴らしい。

 

 

 

 

 

堰堤上部あたり…

石がむき出しになってて気になる。当然あのあたりにも行ってみる。

 

 

 

 

 

堰堤上には、

草津川の起点標があった。

 

一級河川としての草津川はこのオランダ堰堤からということか。地元なのに初めて知った。

 

 

 

 

 

先ほど見えていた、切石が露出しているところ。

元々はこの上を水が流れる想定なのか、この日のように堰堤の中に水を通す想定なのか、どっちだったんだろう。どっちもか?

 

 

 

 

 

見下ろすと、

階段状になっているのがよくわかる。それにしても、マジで全然綻びなど感じられない。素晴らしいね。

 

 

 

 

 

こういうのを発見したんだが、

そうなのか、これ公式に「オランダ堰堤」って呼ばれてるんだ。通称だと思ってたけど、なんか嬉しい。

 

 

 

 

 

最後に、お気に入りの一枚。

この具合なら、まだまだ現役を続けられそうなオランダ堰堤。淀川水系の源流の一つ・草津川を守り続けてくれると思う。

 

 

 

改めて、近場にこういう素晴らしい土木遺産があることに感謝。次は鎧ダムやな。

 

 

 

 

以上。

 

 

 

先日、チョー近場にお出かけした。

そのことは別途記事にするが、今宵はちょっとしたトラブルの話。

 

 

 

実は前回のお出かけのとき、助手席側のガラス中心に謎の汚れがこびりついてて、「なんじゃあこりゃああ!!」となった。

 

年末に洗車したし、その後に乗った時には絶対こんな汚れはなかった。拭いてみたけどなかなか取れなくて、こんな汚れ、いつどこで付いた?と考えることしばし…もしかして、駐車場か?

 

ウチはマンション住まいなんで、マンション下の立駐に置いてるのだが、そこで何らかの液体が降りかかってるんじゃないか?いったんある程度拭き取ったんで、次回乗る時に同じように汚れてたら、そういうことやな、と。

 

 

 

わたくし典型的なサンデードライバーなので、そのとき以来初めて乗ったのが先日だったんだが、

べっとり汚れとるやーーん!!駐車場確定!

 

 

家に着いたらさっそく管理人氏に相談、いっしょに車と駐車場所の上部を見てもらった結果、どう見ても上の配管からの漏水で汚れてますね、と認定された(笑)。汚れが取れないって、何の水(液体)やねんこれ。きっしょ~。

 

 

取り急ぎ、当面は今空いてる別区画に停めさせてもらうことになり、その間に対策してもらうことに。汚れに関しては洗車代を支払ってくれるとのことで、そこはひと安心した…が!

 

 

前回どんだけ拭いても落ちきらなかったことを考えると、これって、単なるコイン洗車では落ちない予感。然るべき洗剤を使ってプロに洗ってもらおうと思うんだが、どういうとこがいいとか、なにかアドバイスとかありますかね?

 

 

最悪な話、これは落ちませんね~、でドア交換とかになった場合も、ちゃんと金払ってもらうことになるよなあ。ヤカラみたいなことは言いたくはないけど、実際だれの責任かといえばわたくしじゃなくて管理会社の責任になるだろうし。そんなんなったら、イヤやなあ…とか思っている今日この頃。

 

 

 

…というこの日に訪ねた近場物件を、次回にご紹介。