穴と橋とあれやらこれやら -76ページ目

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

2023年8月22日に敢行した薬院新川の古橋群探索は、酷暑のため福海橋宮の谷橋御陵橋土居橋で打ち切り。平尾架道橋(仮)を見て終了。翌々日8月24日、残る橋をチェックするため、再び西鉄平尾駅へ降り立った。

 

市崎橋餅田橋を経て、ついに白塗りの呪縛から逃れた新川橋姿見橋までをご紹介してきた本シリーズ、いよいよ今回が最終回。

 

 

姿見橋から150mほど、いよいよ最後のターゲット橋が登場。

これまた一見して古い橋だ。いや~、なんとかここまで辿り着いた。もう暑くてたまらん。

 

 

 

 

 

正対して一枚。現在地はこちら

高欄の意匠など姿見橋とよく似ている。違うのは、こちらは斜めってないとこだけ。

 

 

 

 

 

下流側からも一枚。

思えば、白塗りと無縁だったのって結局新川橋だけだったなあ。

 

 

 

 

 

下流側の親柱は、

やはり姿見橋と同じ耕地整理組合のもの。

 

そして先ほど読めなかった部分が判明した。「福岡市西南部」だ。福岡市にもエリア別で複数の耕地整理組合があったということなんだろうか。

 

 

 

 

 

で、上流側の親柱。

仮名での橋名。

 

 

 

 

 

橋上から望む、下流方向。

ちなみに高架は西鉄天神大牟田線。写真奥方向におよそ300mちょいで西鉄福岡(天神)駅という立地。

 

 

 

 

 

こちら上流方向。

遠くに姿見橋が見えておりますな。

 

 

 

 

 

渡って、高架下から。

実は、一刻も早くこの日陰に入りたかった(笑)。

 

この日ここまで歩いた時間は1時間弱、距離も全然大したことはなかったが、なにしろグリルされるような暑さ、そしてここまでにまとまった日影(日本語合ってるか?)がほとんどなかったので、いやもう、まさに砂漠にオアシス状態で。

 

 

 

 

 

とりあえず親柱だけ…って、

見えませんやん。

 

 

 

 

 

アップで…。

「大正十四年十二月建●」。最後の一文字だけ判読できなかった。

 

この後、もう吸い込まれるように目の前のローソンへ。ウィダーinゼリーでチャージ、アーンド水分補給でセルフ蘇生(笑)。

 

 

 

 

 

その後この日陰で休憩しながら一枚。

暑さのあまりイカレてたのか、最後の親柱を撮り忘れてたっていうね。たぶん肝心の橋名「新開橋」だったはずだが。

 

 

 

 

 

最後に引きで一枚。

大都会のど真ん中に古めかしい大正橋梁。こういうの大好き。

 

 

 

これでターゲットはコンプリート。思いがけず二日がかりとなってしまったが、初日に強行してたらぶっ倒れていた可能性大だったと思う。昨夏は体調悪かったから…。

 

この後は、高架下のビックカメラの涼しい店内にエスケープして天神まで歩き、昼飯を食べて仕事に行った。しんどかった(笑)。

 

 

 

以上、完結。

 

 

 

2010年8月8日、第一次宮城県探索。この日のネタで記事にしているのは、北浜隧道井戸尻架道橋根廻隧道サン・ファントンネル宮城県道2号石巻鮎川線・新小積トンネル旧廃道小積隧道女川橋雄勝隧道新竹の迫橋

 

今宵ご紹介するのは、女川橋の前に通りかかった隧道…だが、数年前に撤去されたというニュースを見たのを思い出し、記事にしとこうかと。

 

 

まずはこれ。

ここは女川町高白浜地内、宮城県道41号女川牡鹿線のコンクリトンネル前。地図こちら

 

 

 

 

 

お名前は、

高白隧道。お、隧道を名乗るか。

 

 

 

 

 

銘板。

1970年3月の完成と、めっちゃ古いわけではなかったが…。

 

最初の写真でわかるように極端に狭いトンネルではなかったのだが、大型車のすれ違いは困難。やはりこの訪問の7ヵ月後に発生した東日本大震災での被災を受け、災害に強い道路ネットワークの整備を行うべく、この隧道前後を含む狭隘区間の解消ということで、役目を終えたようだ。

 

 

 

 

 

坑口から振り返り。

道路もそこまで狭くもなかったけど、まあ屈曲ぎみではあったしな…。

 

 

 

 

 

抜けてこちら、女川市街地側。

坑口両側の縦型交通看板がいいアクセントだった。

 

2021(令和3)年3月22日、新道への切り替えが行われ、高白トンネルは通行できなくなった。新道にトンネルは掘られず、山まるごと「パッカーン」して軽やかにパス。

 

 

 

 

 

トンネルは、その後しばらくはまだ姿を残していたようだ。これは2022年5月のストビュー。

素寒貧、というワードがふと浮かんだ。意味は違うけど、なんとなく。

 

そして本記事執筆時点で最新の2023年7月撮影分では、すでに解体されてなくなっている。わざわざお金をかけて撤去しなくてもよさそうな立地に見えるが、なにか土地使用の目的があって撤去されたのだろうから、2024年夏現在ではもっときれいに整備されているものと思われる。

 

高白浜側の旧道、今どんなんなってるのかちょっと気になる。

 

 

 

つうわけで大した写真もないが、ひっそりと消えた地味なトンネルへの手向けとして。約52年間、お疲れ様でした。

 

 

 

6月16日が誕生日だったわたくし、その直前にはささやかな賞与をいただきまして、奥様よりなんかほしいものはないのかとの温かいお言葉が。

だから、前からキャメラが欲しいって言うてるやろ~。

 

 

 

…みたいな会話の末に、

誕プレとして買っちゃった。

 

 

 

 

 

いや~、一昨年の9月にカメラの「お怪我」をやらかしまして、

わが予想通りそっから我慢してだましだまし使い続けてるわけですが…痛々しいお姿でしょ。

 

最大の問題は、レンズカバーが閉まらないためにレンズが汚れ放題&ホコリ入り込み放題なことで、もう内側に入り込んじゃって取れないんですわ。なので、やっぱ新しいカメラが欲しいわ~、ということで今回の購入となったんですが…。

 

実は同じカメラ(CanonのPowerShot SH720 HS)が希望だったんですけど、今や品切れ…っていうか、コンデジ自体がほぼ絶滅危惧種状態なんですね~。

この希望機種だと新品は入荷見込みナシ、中古でも「状態よくない」と明記されているにもかかわらず4諭吉(もうすぐ栄一か)超えとか、頭おかしいやろ!って金額で、出せるかそんなもん。

 

 

 

 

 

で、ほぼ選択の余地なし。

同じくCanonの、IXY650。もうこれしかなかったっす。

 

バッテリーの互換性がなくって新たに予備バッテリーも買わないといけないのが二重に腹立たしいけど、もうしゃーないですよねえ。

 

 

 

 

 

何度か書いたことあるけど、わたくし写真を撮ることは好きだけど技術的なことや高級カメラとかには一切興味がなくって、行動様式的に歩きながらパッと撮ってすぐ移動、みたいなことも多々。

なので、コンデジが一番適してるのですよね~。

 

奥様なんかは「スマホに上等なカメラがついてんだからそれで撮ればいいやん」ってのたまうんですが、まず撮る枚数が一般人とは違うのよ(笑)。そして地図を見るにも使うし、運転中にはナビ代わりに使うこともあるしブログのチェックにも使うし、何ならコメント返しにももちろん使うし、その上カメラとしてバシバシ撮りまくったら、とてもバッテリーもストレージももたないっすわ。何より暑さにめっちゃ弱いし。

 

 

しかし…カメラとして使うためにスマホを買う、みたいなこともアリってこと?でもでも、スマホに予備バッテリーみたいな概念ってあるのかね?モバイルバッテリーみたいなんじゃなくってさ。

 

 

 

 

まあ新しいカメラは来たけれど、現在のPower Shotも処分したりはせず、引き続き手元に置いておくつもり。だってカメラとしては壊れてないし、生きてる限りは活躍の機会もある…かも。

 

 

 

 

あーーあ、遠出したいなあああああ。

 

 

 

2023年3月30日、春爛漫の江東・墨田区境周辺散策。この日のネタで記事にしているのは、終盤の小名木川橋梁新辻橋

今宵ご紹介するのは、この二つの間に訪ねた物件。期せずしてこの日のラスト三件を記事にしたことになる。

 

 

桜を愛でながら歩いてきた、猿江恩賜公園。

その園地から出る前に…すでに見えた。

 

 

 

 

 

あれが目指す橋、

松本橋だ。

 

ここはストビューで見つけておおっ!となり、このエリアを訪ねるきっかけとなったもの。いや~見たかった。

 

 

 

 

 

間近へ接近して一枚。そう、これこれ。

高速道路(首都高速7号小松川線)に踏んづけられた橋。

 

それ自体は東京は言うに及ばず大阪にもあるし、大都市圏であれば少なからず存在するだろうが、古びたプラットトラス橋が、っていうここの特性が個人的に響きましてね。

 

 

 

 

 

すでに書いた通り、

 

お名前は松本橋。

 

 

 

 

 

トラス両脇に歩道部分が後付けされていて、

さらに脇に川へと下っていくスロープが。

 

 

 

 

 

どうなってんのかというと、

こんなんなっております。

川の名は堅(たて)川。

 

 

 

 

 

これは上の写真の先の景を橋上から見たもの。

向こうに見えるは横十軒川だが、堅川はその先にも続いている。

 

堅川は江戸時代に開削された人工河川で、ウィキ先生によると江戸城に対して縦(東西)に流れることからその名がついたらしい。実際、横十軒川だけでなく大横川とも交差していて、西側の隅田川と東側の旧中川の間を流れている。が…

 

 

 

 

 

このように松本橋から西に向かっては暗渠となっていて(新辻橋の記事でも書いたとおりだ)、

こういうなんとも言えない見え方で、絵に描いたような美しいプラットトラスを楽しめる。これはなかなか見ないテイストだ。

 

 

 

 

 

そして橋上へ。

プラットトラスのセンター、美しい。

 

 

 

 

 

後付けの街燈とか…

 

 

 

 

 

「そろそろ塗装が必要じゃないですか?」

って話しかけてみたりとか(謎)。

 

 

 

 

 

なんか立ち去りがたい橋だった。

そう、この塗装のヤレ具合が醸す哀愁(笑)もその一因かもね。

 

 

 

 

 

こちらの親柱も南側と同じく、漢字とかなでの橋名だった。

銘板も発見できず、現場ではお誕生日がわからなかったのだが、Q地図によれば1929(昭和4)年。これもまた、現代まで生き残った1923(大正12)年の関東大震災からの復興橋なのだろうか。その現役っぷり、実にイイ。

 

 

 

 

 

最後に、ちょっと引きで。

この不条理さがたまらない、松本橋でありました。

 

 

 

以上。

 

 

 

 

2019年10月6日に敢行した、大津市南部の仁丹看板一網打尽作戦。大石曽束町田上森町そしてもう一枚を首尾よく発見し、やってきた最後のターゲット。

 

ありがたいことに、

ここもストビューで見つけられた。

 

 

 

 

 

はい、確認できました!

「田上稲津町」。「救急護身薬」は、これまで記事にした中では上馬場町もそうだったな。

 

 

 

 

 

この場所はけっこう意外だったな~。

もっぱら辻になってるような場所を探していたのでね。いや~、残ってるとこには残ってるのね。

 

 

これが、わたくしが確認した現存する滋賀の仁丹看板では最後に確認したもので、これをもってコンプリートとなった。今からの新発見も相当厳しそうだしな~。

 

小出しにしてきた滋賀の仁丹看板シリーズだが、段々残りのタマ数が少なくなってきた。いよいよ奈良の仁丹看板ハントに出向くしかないかな。まあおいおいに、だけど。

 

 

 

最後に恒例のリストを。

 

1、膳所網町(現地確認済み

2、新栄町(現地確認済み

3、上馬場町(現地確認済み

4、元会所町(現地確認済み

5、上京町(現地確認済み、記事未)

6、山中町(A)(現地確認済み

7、雄琴千野町(現地確認済み

8、東浦垣内町(現地確認済み

9、神出小関町(現地確認済み

10、船頭町(現地確認済み、記事未)

11、柳町(現地確認済み、記事未)

12、膳所大津町(現地確認済み

13、膳●●●(現地確認済み

14、大石曽束町(現地確認済み)→現在消息不明?

15、田上森町(現地確認済み

16、田上石居町(現地確認済み、記事未)

17、田上稲津町(現地確認済み、本記事)

18、山中町(B)(探索するも不明)→ほぼ消滅?

19、東上栄町(探索するも不明)→ほぼ消滅?

20、南滋賀町(消滅)

※現地確認済み分は、確認した順