ご訪問ありがとうございます。2018年、第二子の次男ちゅけぷんが生まれる時の妊娠記録です。現在CAKUT(小児先天性腎低形成異形成)温存期の3歳です。

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99.9%死産になるとセカンドオピニオンでも告知された子の妊娠を継続する、と決めたかいマム夫妻。日本の小児医療の総本山のような病院を紹介してもらい、転院することになりました。

 

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 『ポッターと生まれて#21セカンドオピニオン最終話』ご訪問ありがとうございます。2018年、第二子の次男ちゅけぷんが生まれる時の妊娠記録です。現在CAKUT(小児先天性腎低形成異形成)温存期の3歳です。 登場人…リンクameblo.jp

 

 

 

 

さて、転院の初診までにかいマム家には時期的にビッグイベントがありました。きぃまるもとても楽しみにしているクリスマスパーティです。実はこの時お仕事でインタビューをとっていて、気の置けない友人達を一斉にお招きしてパーティを楽しみつつ、別室で一人ずつインタビューも撮らせていただく、というようなイベントでした。

 

 

 

 

 

これを決行するか、中止するか。

ハイリスク妊婦ということでしたが、マムの身体自体に悪いところは何もありませんでしたので、特に過ごし方への注意もありませんでした。羊水がほとんどないということだったので、とにかくお腹に負担がかからないように自主的に気をつけていただけです。メンバーは本当に久しぶりに会う友人たちでしたし、インタビュー自体は仕事でもありますし、きぃまるも楽しみにしているし、本当にどうしよう、と悩みました。

 

 

 

夫くんと相談の上、予定通り過ごそう、パーティはやろう、ということになりました。

 

 

 

 

 

このインタビューの内容が「生と死について」という重い重いテーマだったため、今まさにお腹の中に「生と死」を抱えている状態の私がちゃんとインタビューできるのか、という疑問もありました。しかし、生と死の間に立つような日々を過ごしていたからこそ、この時のインタビューは忘れられないものになりました。インタビュアーである私が、インタビュイーの話の中に引き込まれていって、境界がなくなるような不思議な体験になりました。

 

 

 

 

 

友人たちには負担になっては申し訳ないので、無事に出産してからこの時のことを後で伝えたのです。驚愕されましたが、私らしいとも言われたので、私たちにとっては、これでよかったのかな、と思います。とにかく、この子が生きる限り寄り添い、出産する、と決めた以上、「普通に生きる」を目標にしていたのだ、と今となってはそう思います。

 

 

 

 

矛盾していますが、一方できぃまるがもし、楽しみにしている弟と別れなくてはならなかった時のことを考えると、私はきぃまるへの準備をせずにはいられませんでした。いつどんな時でも、"理解"は人間の激情の中で心を保つ一本の係柱(船を繋ぐ木)になってくれる、と私は信じています。

 

 

 

 

この頃から人体の仕組みや人が病気になるのは何故か、幼稚園入園前の子に話すには到底早すぎる話をきぃまるに話すようになりました。この本を使ってお話ししていました。

 

 

 

 

 

 

また、女の人が妊娠し、お腹の中で赤ちゃんがどういう風に育っていくかという話もこの時にしたのですが、驚くことに3年後の年長さんでの性教育のお話会で、ちゃんとこの時のことを覚えていて、「赤ちゃんが育つお部屋の名前を知っている人〜?」とゲスト講師に聞かれた時にすぐに「子宮です!」と応えていました。入園前の子に早すぎることは分かっていましたが、私が真剣に話していたことがちゃんと伝わっていたんだ!と3年後に気付かされた時にはちょっと涙が出ました。

 

 




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