ゆきなやむ日々

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 生きていれば、どうしようかと迷うことはありふれた日常だけれど、以前は悩みながらでも歩き続けていれば答えが出て、答えを出しさえすればつぎの日の暮らしが始まるという感じだったのに、最近はそうはいかない。

 何かにつけて、足が前に出ない。

 見通しが持てず、手だてもよく理解できなくて、迷いが不安につながる。

 これが老いるということだと痛感する。

 大げさなことを書いたけれど、今しきりと迷っている些細なこと。

ガラケーからスマホへの切り替え。

 ほとんどの人にとっては解決済みの問題が、自分では解決できない。何が問題かさえ定かでなくなっている。

 十分用が足りているのだからガラケーでいくとの居直りもできず、当初は生活に多少の混乱が生じても先々のことと利便性の増大を考えたらスマホにするのが適当との決断もできない。

 見る前に飛べた日々が懐かしい。

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介護の話 『銀の猫』

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朝井まかての『銀の猫』を読んだ。

介護の話を、今の時代に置いて書けばどう書いても不十分な話になるところ、江戸時代の江戸の市井に舞台を移すことで、身に染みる話にうまく仕立ててある。

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謹賀新年

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あわただしい年末年始でした。

息子娘の家族が彼らの日常生活へと戻っていきました。私と妻も、ほっと一息をついています。新しい一年に向かう決意とか目標とかは今更思い浮かびませんが、私たち夫婦が日々つつがなく暮らしたい、家族や知人、あるいはこの国や世界の人々がそれぞれつつましくも穏やかに暮らせればと願うばかりです。

届いた年賀状の整理を始めました。送信記録をチェックし直して、いつも送っている相手10人ほどに対して出し落としがあったらしいことがわかりました。今はそれでがっくりしています。明日出すつもりですが、これも歳のせいかと思いました。

このブログを訪れて下さった皆様にとって良い一年でありますように。

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征く夏

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今日も終日厳しい暑さだった。
我が家の畑の夏野菜は、例年になく実りが多くて、紫蘇の葉も茂り方も例年よりずっと濃い。
それでも、明日は当地の花火大会で、これが過ぎるとこの町のひと夏の賑わいは、潮が引くように消えてゆく。
子どもが小さくて海に泳がせに連れて行った頃は、7月の最後の日曜が終わると、ああ夏が征くと思ったものだった。
土用波がよせるようになるとクラゲが出るので、海にはあまり近づきたくなくなるのだった。
8月初めに、南三陸と松島と仙台を訪問した。
見たいと思ったものは見てきた。
津波で壊れた南三陸の防災庁舎の姿と、そのエピソードを語った語り部の方の話は忘れられない。
松島では、立ち食いの屋台でホヤを食べた。
20年以上も前、2年ほど職場で一緒だった若い同僚の女性が、宮城出身で、ホヤを食べたいとしきりに故郷を懐かしんでいたことが思い出された。
七夕の準備であわただしい仙台では、街を見ずに、郊外に建てられたマンション型の老人ホームに入った古い友人を訪問した。
20年以上会っていなかったが、時間の隔たりを感じることなく和やかに話した。
別れる際に再会を約すことはなかった。
連絡は取り会えても、もう一度会えるかどうかは全く分からない。
彼はもう、東京までも出るつもりはないと言っていた。車の免許も返納したという。
豪華なホテルのようなエントランスを持つマンションで、奥さんと二人でゆっくり余生を過ごすことに決めている風だった。
私は何度も彼と会いたいと思うけれど、仙台まで繰り返し行けるかどうかは、何とも言えない。
だから二人は、再会を約さずに別れた。
彼もらいものだけどもううちでは食べないからと言ってよこした何種類ものレトルト食品は昨日からさっそく妻と食べているのだけれど、もう飲まないからと言って持たせてくれた国産の高級ウィスキーは妻には見せず隠してある。
彼のことを思い出しながら、書斎でちびちび飲むつもりだ。
私のささやかな生活と関係なく世の中は動いているが、時代の流れがどうであれ、私の時間もまた、確実に過ぎて行っていると、ことさらに思い知ったこの夏である。

写真は松島で食べたホヤの焼き物。

いまだに原因が分からないのだけれど、4日前の午後、パソコンがネットにつながらなくなった。
私のPCも妻のPCも同じだったので、原因は我が家のネット接続システムにあることは分かっていた。
モデムやルーターの電源を一度切って再接続するというような、意味不明のまじないめいた行動を数回繰り返した(以前の不調時に何度かこれででうまくいった経験がある!)。一晩過ぎても事態は改善されないので、書斎の棚のガラクタの中からネット接続関連書類の一部を見つけ、モデムの説明書を読んだりした。結局いくつかの知識を整理し、モデムとルーターをつくづく観察して不調の主因はルーターにあると結論が出た。ルーターは、妻のパソコンを買い替えた時に業者に来てもらって設定してもらったので、取説も何もかもが所在不明。いくらでもないと思い買い替えを決意した。
それから二日半。
数多くのミスを繰り返し、手探りで悪戦苦闘して、昨日ネットへの接続が回復した。
たくさんの時間とお金を無駄にしたけれど、分かっている人には簡単であろう、ネットへの接続の仕組みが、私にも少しわかった。
それもさることながら、我が家の生活が、どれほど深くネット情報に依存しているかを痛感した三日間だった。
そうなってみると新聞もテレビも目じゃなかった。
妻は、ネットにアクセスできないことを私のせいのように非難し始めた。

事態が深刻化する前にネットに回帰できたことはよかった。
しかし逆にこのことには漠然とした不安と恐怖を覚える。

なにかに依存してしまう生活の怖さ、だ。




落日

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羽生善治が王位戦第一局で負けた。
昨年末から、タイトル戦で負け続けている。
7つあるタイトルのうち4つを持っていた。かつての7冠時の勢いはなくとも、その強さすごさは年齢を考えれば奇跡的だった。
しかし、今はまるで将棋倒しのように負け続けている。
名人位を失い、棋聖戦で追い込まれ、また王位戦の初戦にまけた。
それで彼のすごさが消えるわけではないが、やみくもに寂しい。
大山も中原も谷川も勝てなくなっていった。
羽生にその時が来たのだろうか。
そもそもタイトル戦に出るだけでプロ棋士としては大変なこと。
いわんや将棋連盟のタイトルの過半を持ち続けることは、それだけで超人的なことだ。
むしろタイトルに手が届かなかったプロ棋士がほとんどなのだから。

それでも羽生の落日は悲しい。

私だけではなかった

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先日の記事。
中原昌也が正しい表記だった。
「国家転覆 中原昌也」 で改めてググったら、たくさんの人が20日のすっぴんを聞いていて、「国家転覆」に反応していた。
ネットを使うようになって分かったことの一つは、私が感じたことはたいてい、私だけではなくてほかの人も感じているということだった。
その逆に、私には思いもつかない感性もまた、この世にたくさんあることも思い知らされるのだが。
数日前のNHK「クローズアップ現代」で、時々お邪魔するブログが紹介されていた。
番組のテーマは自分が死んだ後のパソコンの中の自分をどうするかという話だった。
なくなった大切な人がブログの中で生きているように思えるシチュエーションもあるという一例として、お子さんの残されたブログを引き継いだ御夫婦が紹介されていた。
時々ネットの上ではその方々の言葉に触れていたけれど、おふたりの映像を拝見して、なんだか不思議な気がした。

黙祷

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3年たちましたが、私は、本当にあの出来事ときちんと向き合ってきたのでしょうか。
そして、この国は。

今朝のNHK「あさいち」で、「福一」の近くに住み「福一」で配管工事などをして働いていた男性が言っていました。

彼は原発事故で家族ごとふるさとを追われました。
今は、三春に住んで、ちりじりになったふるさとの住民と行政をつなげる仕事をしているそうです。
この仕事はいつか終わってしまいます。
「その後、何をしますか」というレポーターの問に、彼は「廃炉工事にかかわりたい」と答えました。
その理由を聞かれ、「私たちの先輩と私たちがいいと思って原発をつくりました。
これだけ大きな事故を起こし、片付かない問題が多いものだとわかった以上、子供たちの時代に残しておくわけに行かないので、私たちの責任できちんと片付けたいのです」と彼は答えています。

今日、一番心に響いた言葉でした。