マグカップ

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妻が夫をマグカップで殴り殺したというニュースが流れている。
まず、マグカップで人を殺せるのか、しかも女性が男性を、と思った。

ネット上ではじめてこのニュースを見たときは、夫を怒りに任せて殴り殺した妻の腹立ちの理由が、二つ述べられていた。
一つは、止めたはずの飲酒を行ったこと、もう一つは自分の嫌いな女と付き合ったこと。
今回のニュースでは、「夫の女性関係ややめたはずの酒を飲んで帰ってきたことに腹が立って殴った。」となっている。

ちょうど、山口果林『安部公房とわたし』を読んでいるところなので、つい先ごろ読んだ、安部公房の妻、安部真知の怒りの場面を思い出してしまった。
だから、ポイントは「酒」よりも「女性」かなとまず思った。
一方で多くの場合、妻の怒りはむしろ相手の女性に向かうのではないかと思うし、浮気や不倫への怒りが夫に向かった場合は殺意よりも、いろんな報復や意趣返しに向かいそうな気がする。
しかもマグカップで殴り殺すというのは、その衝動はよほど強いものだと思える。

もしかしたら、うらみつらみの原因は他のことかもしれないし、ことの真相とは時には案外単純なものだから、
ただ単に物の弾みというものかもしれない。

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あたり

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一人暮らしの義父が熱を出したので、妻が駆けつけました。
95歳です。
義父の近くに住む義弟夫婦が旅行から帰るのを待って、昨日帰宅しました。

妻は、六日間の不在でした。
私は一向に不自由を感じませんでしたが、義父はしきりと私に悪いといっていたそうです。
妻は義父が彼女の都合や気持ちを斟酌してくれないことに不満で、「私には?」とつい聞いたら、「あんたはどこにいてもやらなきゃならないことは同じだから」と言われたそうです。
妻はその直後は「自分の親だけど口も利きたくない」と怒っていました。

それでも、義父も体調もだいぶ回復して、妻はほっとしています。

いつもはバスで帰ってくるのですが、電話で話しているときの様子が、精神的にも肉体的にもかなり疲れている様だったので、申し出て車で迎えに行きました。
義父が気にするといけないというので、いつものように電車とバスを乗り継いで帰る振りをした妻を、実家から少し離れた場所で拾って帰宅しました。

2時間弱のドライブの間中、妻はしゃべり続けていました。
そして、「まあ、こう考えてみると、あなたは『あたり』だったわね」といいました。
私が何も言わないでいたら、「あなたにとっても私は『あたり』だったとおもうけど」と付け足しました。

その軽口を聞いて、介護を通じて蓄積したストレスで凝り固まっていた彼女の機嫌が少しずつ直っていると感じ、それはそれなりにほっとしました。

今朝は朝から、ちょっとした生活習慣の行き違いでまた口げんかをしました。




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DV

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NHKのドラマ『シングルマザーズ』を観ていました。

DVで夫から逃げた母子を中心に、シングルマザーたちが助け合いながら厳しい現実を切り開いている姿を描いていました。

こういう問題はたいてい現実のほうがドラマより厳しくて、ドラマにリアリティーが無いことが多いのですが、このドラマは、話を面白くするよりは実際にあった話をいろいろ継ぎ合わせて映像化するといった、教科書の叙述のような印象の話の展開でした。それがかえってドラマに説得力を持たせていたように思います。

最終回の一場面で、はっとしました。

DVで妻に逃げられた男が、もう一人の同じようなDV男(ヒロインの元夫)に言います。

「私は、逃げた妻の気持ちも、自分のやったことが何だったのかもわからなかった。しかし、そんな私が妻を捜して、DVの被害者だったあなたの奥さんに出会い、『妻が勝手に逃げた、私は腹が立っているけど会えば許すつもりだ』と告げたとき、彼女は激しくパニックを起こした。それを見てはじめて私は、自分が妻に何をしてきたのかを悟った。」

これは、まさしく私が、このブログをはじめた初期に出会った場面でした。

今は消してしまっている記事ですが、ブログで少し行き来していたある女性が、私が妻に言ったと書いた非難の言葉か何かに激しく反応して、私をコメントで「とても許せない」みたいに激しく非難なさったのです。
私はその反応にびっくりしたのですが、その方もご自分のご主人から徹底的に言葉などで攻撃を受けていたようでした。
私はむしろちょっと気のきいた話のつもりで書いた記事でしたので、心外でもあり不思議でもありました。そこで、ちょっとシチュエーションを変えて、「知人の女性と話しているときに、あなたとのことをこう話したらびっくりするほど非難されちゃった。」といって妻の反応を見てみました。
すると妻が泣き出し、あなたの言葉の暴力には本当につらい思いをしてきた、でもどうせ言ってもあなたはわからないと思っていた、と言い出したのです。
ブログで、一人の女性の私に対する激しい怒りに触れていなかったら、私はいつものように妻のわがままや身勝手な思い込みを非難するという、得意の論調を展開していたでしょう。そして妻は、ほらやっぱりと思ったことでしょう。

私はひどく妻から理不尽な扱いを受けていると感じつつ、妻の言い分をじっと聞きました。
そして私がどんなつもりで言っているにせよ、いろんな場面でいかに妻の気持ちを傷つけ続けてきたのかを、少しずつ理解するようになったのです。

そういう意味では、見ていて心が痛むドラマでした。
そして、私に呪詛とも思えるような言葉を投げつけたあのブログの女性に、改めて感謝したい気持ちになりました。





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何を知っているか

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昨夜NHKBSハイビジョンが放送したビビアン・リーの評伝のドキュメンタリーを録画して、さっき妻に見せた。ビビアン・リーが、自分の夢は必ず実現させるという強い意思を持った女性だったと、ナレーションが語った。

見ていた妻は、「スカーレット・オハラそのままだわ」と手を打った。

私は「風とともに去りぬ」という映画の題も、「明日は明日の風が吹く」という、ヒロインのスカーレットの最後の有名なせりふも、意味も分からない子どもの頃から知っていたが、ついに映画そのものを見る機会は無かった。

妻は中学か高校生のとき、日本で何度目かの映画公開に合わせて全校で見に行ったという。
結婚以来何度も、「私が見た映画の中の一番をあげろといわれたら「風とともに去りぬ」ね。あのスカーレットの行き方ほど衝撃的なものは無かったわ。」という言葉を聞いた。
そして今夜もまた。

私は妻の中にある思いの何を知っているのだろうと、改めて思った。

晩秋の朝に

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いつもごみためのような書斎を年に一度片付ける日が近づいた。
ピアノの調律師が今週末にやってくる。

今朝もおきぬけの入浴を終えた後、重い気持ちを抱えて書斎に入った。
しばしぼんやりしていたた後、机の脇に積み上がったガラクタの中から、今年9月30日付けの文春を取り上げた。
どの記事が読みたくて購入したのか、今となっては見当もつかない。ゴミ箱に捨てる前に、ぱらぱらとページをめくっていたら川柳の投稿ページに目がいった。

 暑いなと云える妻亡き猛暑かな

という句が特選に入っていた。
そういえば今年の夏は暑くて長かったと、遠い日の話のように思い出した。

「暑いなと云える妻居る猛暑かな」と言い換えてみた。さらに、「冷えるなといえる妻居る秋の暮れ」と今の季節に置き換えてみた。
そんな風にしてみると、元の句の味わいがことさら身に染みた。
そして、とりあえず妻と暮らしていることの安寧にも、思いが至った。
一人で悦に入っていたら、いましがた妻がおきだしたもの音がして、ほどなく足音が近づき「風呂の脱衣所に脱ぎ捨ててある下着は昨夜着替えたばかりのものではないのか、あまり頻繁に着替えないで欲しい」と書斎の入り口から文句を言って、台所に戻って行った。

それでも、この川柳に出会えた僥倖を思い返しながら、古雑誌をゴミ箱に投じた。

選挙

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朝、十時頃夫婦で投票所に出かけました。車に乗るときから喧嘩になりました。
私がジャージのズボンにくしゃくしゃのTシャツという服装で出かけようとしたら、もう少しちゃんとした服を着ろというのです。
せめて上だけといって、妻は家の中にとってかえし、黒いポロシャツを持ってきました。
車の中でずっと口論をしながら、五分ほど走って投票所につきました。
妻にとっては、投票所に行くという行為には、それにふさわしい少しは改まった服装が必要らしいのです。
「ほら、みんなちゃんとした服で来ているのに」と言いましたが、私はそれを無視しました。
車を降りるとき、妻はひどく腹を立てており、「私は歩いて帰るからあなたは車で帰ってね、一緒に乗っていたくないから」と言いました。
私たちは口もきかずに並んで受付を通り、投票用紙をもらってそれぞれの意思に添った投票をしました。
私は一足早く投票所を出、車のほうには行かずさっさと、歩き始めました。
おりしも台風の余波の雨がぱらつき始めていました。

妻が傘をさして追いかけてきて、「車に乗りなさいよ」と言いました。
「買い物があるんだろ。ぼくは歩いて帰るからあなたが車で行きなさい」
「良いから車に乗りなさい。こんなところでごたごたしていたら人が見るし」

それで結局二人で車に乗り、スーパーで一週間分の買い物をして、昼食前に帰宅しました。

国政の行方を決めると、テレビでは大騒ぎしていましたが、私たちは、そんな小さな諍いに気をとられながら投票したのでした。

昼食は、私がつくった素麺でした。



扇風機

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 南の台風のせいで数日いかにも秋めいた雨が続いた。

 そんな昨朝、妻が「今日は不燃物ゴミの日なの。出勤の時に扇風機を出してくれる?」と言った。

 例の扇風機は、あれ以来ずっと台所の片隅、勝手口脇にたたずんでいた。

 「いいよ。でも、もし直す気ならメーカーに聞いて羽を取り寄せても良いよね。」

 「まあ、もう良いでしょう。古くなっていたし。」

 「ウン。微妙に唸っていたしね。」


 そして、私が出かける時までに、扇風機は玄関口に運ばれていた。

 私が持ち上げて車に積もうとしたら、妻が見送りに出てきて、「ごめんね」と扇風機に手を合わせるまねをした。

 そして、「まあ私が悪いんだけど。」とまた扇風機に言った。

 私がちょっと笑ったら、「でも、半分はあなたのせいだから」と今度は私に言った。

 イラついて動揺していた彼女の神経を最後に逆なでしたのが私の一言だったからだそうだ。


 車を乗り換えたときも、十年以上使い慣れた電子レンジが火を噴いて、買い換えたときも、とにかく捨てるものには何かしら思いがまといつく。

 もっとも、それにもかかわらずそれらの大部分については、さほど間もおかずすっかり忘れてしまう。

 

 私はかすかに感傷的になった。

 そして、私はゴミの集積所に扇風機を置きながら、「夫婦のどちらかががしたことについては、結局どんなことでも責任の半分は相方にあるのかなぁ」と、妻の言ったことをぼんやりと反芻していた。



誕生日

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数年前に、このブログで皆さんに後押しされて、妻の誕生日を祝った。

その時に贈った胡蝶蘭の白い花びらの一つだけが、乾いたまま庭の壁掛けに張り付いている。


あの頃から私たち夫婦の関係は平穏期に入り、次第に熟年夫婦らしい趣を見せはじめている。

めったにここに帰ってこない娘はそのことに気付くのが遅かったようで、この間の帰省ではなにやら驚いたことがあったようだ。

「お父さんたち何か変わった?」と言っていた。


今月19日の前後は、しかし、我が家に少し風が吹いた。

義父の生活の詳細をめぐって、妻の思いに義弟も私も、そして義父自身も十分に答えていないと妻が思うような出来事があり、妻は物に当たって、扇風機を壊してしまった。

19日の朝、私が何も言う前に、妻は「あ~あ、誕生日だというのにひどい気分だわ」とこぼしていた。


事態はそのうちに改善されて、妻も気を取り直したと見え、我が家はいつもの気配に戻った。


それにしても、妻に「誕生日おめでとう」といった人は、世界に一人もいない誕生日だった。


ケーキくらいは買って帰ろうかと思わないわけではなかったが、なんとなくしばらくは放っておきたい雰囲気だったのだ。

偽装

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勤めから帰る途中で、車を運転しながら、車中に隠してあった珍味「味付きゲソ」をかじった。


この「ゲソ」は先週後半にやはり勤めの帰りにスーパーで買い込んんだものだ。買ってすぐに車中で袋の半分ほど食べた。。


その車で、実家から帰ってきた妻を駅まで迎えに出たら、車に乗るなり、「この生臭いにおいは何?」と騒がれた。

「何のこと?知らないよ。」ととぼけたら口許に顔を寄せられ、匂いをかがれて、「イカを買い食いしたね」と文句を言われた。とにかく私の間食まで管理しようと彼女は必死なのだ。


今日は、帰路の途中でゲソを食べるのをやめ、後はガムをかんでさらにペットボトルのお茶でうがいをして家に入った。家に入ると、たまたま妻は庭で畑仕事をしていた。

私はさっと食卓の脇の棚においてある「乾燥納豆」を何粒か口に放り込んだ。

この強い香りで、私が食べてきたイカの匂いは完全に隠されるに違いない。


私の帰宅に気付いた妻が庭から上がってきた。

「おやつ食べた?」「いや、ぜんぜん」「じゃあ、少しね。」

そして、小さな饅頭がお茶と一緒に出てきた。


お茶を飲みながら、昔ある女性のブログで拝見した、男性の行動を思い出した。

その女性の恋人の男性は、女性の部屋に来るとまず下着まで脱いで裸になる。そしてその部屋での着物に着替えてしまう。それはその女性の部屋の匂いを家にもって帰って妻に悟られないためのらないための工夫なのだ。

私は長い間自分の体にまつわる匂いをそんな風に気にしたことが全く無かった。

最近は、隠れて飲み食いした食べ物と酒の匂いをどう妻の嗅覚からごまかすかに結構気を使っている。


なんだか全く艶っぽくない話で馬鹿馬鹿しいのだけれど、私としては少しだけ秘密の恋のスリルの真似事みたいに思ったりもしている。


乾燥納豆





箸を洗う

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今朝早く私が目を覚まして起き出したとき、妻も目を覚ました。私が休みの日はゆっくり寝ていたいと思っていた彼女はその後、意に反してなかなか思うように寝付けなかったらしい。結局七時半頃起き出してきた時から、なにやら不満たらたらだった。

一昨日息子と娘に近況報告のメールを打っておいた。昨日娘から電話があった。娘とやり取りをした後、妻は私が打ったメールの内容を知りたがった。メールを打ったこととその内容の概略は昨日の朝に伝えてあったから、それ以上のことは何もないと言った。

朝食時に、息子から返信メールがきていた事を告げ、準備してあったプリントアウトを食卓に持ってくるのを忘れていたので、書斎に取りに立った。

立ち上がった私に妻が、「どんなメールを送ったのかそれも見せてよ」とまた言ったので、「私信は見せられないよ」と答えてダイニングを出た。

プリントを持って戻り妻に見せたら、妻は息子の短いメールを読んでから、彼の健康のことを心配したり、そこに書いてある内容について感想を述べたりした。

その後はたいした会話もなく食事が進んだが、私が何気なく茶を飲むと、向かいに座っている妻が伸び上がるようにして半分ほど飲み干してテーブルの戻した私の茶碗を覗き込んだ。

さりげない動作だったけれど少し気になったので、私は、「勝手に人の茶碗を覗くんじゃない。」と大げさな言い方で冗談を言った。通常、こういうつまらない冗談には妻は余り反応しないのだけれど、今朝は彼女が妙に明るく笑った。

「あなたの態度がむかついたから、さっきそのお茶で箸を洗ってやったのよね。ちょっとだけど。そしたらもの凄く気持ちがすっとしたのよ。こんなことならもっと若いときから、むかつくたびにそうしてればよかったわと思ったの。」

私の飲むお茶に遣いかけの自分の箸を漬けて洗うという行為のどこがどうなのか、私にはさっぱり分からなかった。そんなことより、私のどこにどうむかついたのかの方に関心があったからそれを訊ねた。しかし、もうどうでも良くなったのよとか、忘れたとかいって、余りはっきりはいわなかった。息子と娘宛のメールを見せないことを 「私信」と言う言葉できっぱり拒否したことも、むかついた理由の一つではあったらしい。


けらけらとご機嫌で笑っている妻の顔を見ていると、私はなんだか不思議な気がしてきた。


潔癖癖のある妻にとっては、多分お茶で箸を洗われるという事はとんでもない嫌がらせに類することなのだろう。しかし、さすがに他人からそうされたらちょっと驚くだろうが、妻本人の使いかけの箸をつけたぐらいは、食器の扱いなどにだらしない私の関心の対象に、ほとんどなりえない。



性癖の違いは時にはお互いにとって結構好都合なこともあるのだと思った。



大小いろいろなビンに作っていた梅ジュースの一つが、よく見ると少しあわ立っていた。あわててふたを開けてみるとツンと発酵臭がした。とても残念だったが、梅ごと庭に撒いた。

先日から少しずつ、加熱処理をしてビンにつめ直していたのだが、この壜は少し痛みの進んだ梅を使った分だったからそれがいけなかったのかもしれない。


今のことろ、アーリータイムスのビン三本、いいちこのの壜二本、一升瓶一本分のジュースが出来た。aあと700ccくらい取れそうだ。

 ジュースを採った後のしなびた小梅は煮るとジャムになる。大きな梅と違い種が多いので手間がかかるが、味は悪くなかった。





ジュース