食べ物を作る

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寒くなってきたので、つかりが悪いからと妻は糠漬けの糠をしまいました。

庭の大根が少し大きくなってきた、この時期から妻は大根の間引きをします。間引いた大根の葉や小さな大根は私が塩漬けにします。昨日今日と、今年初めての間引き大根の塩漬けを作りました。来年の三月まで我が家の漬物の柱は、大根の葉の塩漬けです。

先日から、数回スルメイカを使って塩辛を作っています。

以前に友人の晩酌に付き合った時、彼の手作りのイカの塩辛が出ました。

塩かげんが柔らかくておいしかったので、自分で作ることを考え、ネットで作り方を調べてやってみました。なかなかおいしくできました。

夏の間は作らなかったのですが、寒くなってきたのでまた作り始めました。今度は塩と合わせて、新潟の特産品の「かんずり」を混ぜています。「かんずり」は唐辛子を塩に漬けて発酵させたものです。大昔に妙高高原にスキーで行ったとき見つけた香辛料ですが、最近広く出回っていて、近くのスーパーで買えるので常備しています。

「かんずり」で作った塩辛のビン詰めをどこかで見かけたことがあって、一度、市販の塩辛と「かんずり」を和えてみたのですが、塩分が多くなりすぎました。

今は塩加減を自分で工夫しているので、おいしいピリ辛の塩辛ができています。

夏の初めに夏みかんの皮でマーマレードを作りました。

ミカンの実は焼酎に漬けました。

10月末にみかんの実を取り出し、夏みかん酒は一升瓶に詰め替えました。

夏ミカンの実は、砂糖で煮て、ミカンジャムにしました。

 

秋から冬にかけて、こうした食べ物作りが続きます。

コストや手間を考えると割りが悪いのですが、面倒がらずにやると、結構楽しいものです。

 

 

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アゲハチョウ

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8月下旬のこと、夏の盛りを過ぎたころ、玄関の明り取りガラスの桟に、緑色の大きな芋虫が張り付いていた。

全く動かないので放っておいたら、数日後茶色の鞘を作って蛹になっていた。

9月に入っても変化しないので、つづく暑さのため中で死んでいるのかと思ったが、妻が「蛹の時期は思いがけず長いから」というので手を出さなかった。

9月下旬に、蛹の殻の脇が裂けているのに気付いた。

殻を割ってみるとすっかり空洞になっていた。

妻に教えると、大人になって飛んで行ったんだ、と喜んだ。

つい先日、テラスのハイビスカスの花の周りを碧いアゲハチョウがひらひら飛んでいた。

あの蛹が変態した成虫だろうかと思った。

妻に教えたら、また妻が喜んだ。

そういえば、私は最近また一つ歳をとって、テレビの報道によれば、その歳はもはや男子の平均健康寿命を超えたのだという。蝶の一生に比べると人の一生はまるで永遠のように永いなと、ふいに思った。

また別に、「胡蝶の夢」の故事も思い出した。

 

 

 

 

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サラダ記念日

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『この味がいいね』と君が言ったから七月六日はサラダ記念日 この歌に出会った時の新鮮な驚きを思い出した。 そして、同じ作者の  万智ちゃんを先生と呼ぶ子らがいて神奈川県立橋本高校 という歌の記憶もよみがえった。 30年近く前のことだったろうか。 当地の梅雨明け宣言はまだ出ていないけれど、先週から梅を干す作業に入っている。
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コスモス

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彼岸花のことをかいて一月が過ぎたら、私の周りではコスモスが花盛り。

妻に言われて庭の一部を耕した。
見ると、二月近く前に妻が種をまいた大根の畝では、若い大根の葉が密集して生えている。
もうすぐ間引きが始まると、大根の葉の塩漬けの季節。
この時期に妻は糠付の糠の表面に塩を張り、容器をしまい込んで、糠漬けを来春まで休みにする。代わりに毎食卓の漬物は、大根の葉の塩漬けがメインになる。

何十年か前に、この庭にもコスモスが群生した時期があったが、今は影も形もない。
妻が熱心に野菜作りをしているからかもしれない。

彼岸花

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前の日曜日は、この地域の秋祭りだった。私の町内も手作り屋台をひいて参加した。
町内を巡行し、昼休みにホテルの敷地内の空き地を借りて、引手の子供たちや世話人のみんなで昼食をとった。
おにぎりやハンバーガーを食べ終えた数名の未就学児たちが裏の林に駆け込んだ。大人たちもみんな談笑しているので、私は遠目からその動きを、少し気にかけて眺めていた。
やがてぞろぞろ出てきたが、おしりからついて行った3歳くらいの女の子の姿がない。
立ち上がって様子を見に行ったら、少女は一人だけ離れて、草むらに数本固まって咲いていたヒガンバナを摘んでいた。
少し離れてところで年上の男の子がひとり女の子を見守っていたので、なるほど誰かが責任を果たすものだと感心したが、「みんなのところに戻ろうね」と声をかけた。
広いところに出たら、別の子供が「その花、毒だよ」と叫んだので、少女は花を投げ捨てた。
私が、「その花はヒガンバナだよ」と教えたら、少女は、「ヒバンガナ」と口真似した。
「ヒガンバナ」だよ。「ヒバンガナ」。
数回教えなおしたら、やっと「ヒガンバナ」と言えた。
母親がかけてきて、「一人っ子だから誰にでもついて行って」、と言い訳し、「みんなから離れちゃダメでしょ、ごめんなさいは?」と叱った。
心配は分かるけどちょっと理不尽な叱りのように思えたので、「ヒガンバナって上手に言えたね」と頭を撫でて、私はその場を離れた。
ヒガンバナは、本当に彼岸の頃にパッと咲く。
咲き始めると急にあちこちで目立つが、姿を消すのもあっという間だ。
今年は庭にも数カ所で彼岸花が咲いた。明日あたりから姿を消し始めそうだ。
ヒガンバナ

梅仕事が終わった

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知人のパソコン環境の整備を手伝ったら、たくさん梅をもらった。
今年は、庭の小梅が少し取れたので梅漬けを作った。
梅酒は作らないつもりで、青梅1キロを砂糖につけてシロップづくりを仕込んだ。使った瓶が大きかったので隙間がいっぱいあるのが気になり、昨日もう1キロ青梅を買って、それは今日シロップづくりの瓶に砂糖と一緒に追加した。
もらった梅は大きくて1.5kあった。それで、作らないつもりだった梅酒を仕込んだ。

春から仕事を全部終わらせたので、義父の介護に行く妻のサポートと孫の世話に出動しないときは、何をして暮らしているのあまり記憶がはっきりしない。

そんな時間ができて、気が向くとちょっとした食べ物作りに励んでいる。

3月末に作った桜の花の塩漬けはうまくできて、暖かいご飯に混ぜて食べると桜の香りと程よい塩気が何とも言えない。

4月から勢いよく生え広がっていて食べきれないパセリは、つくだ煮にしたりふりかけにしたりしている。
味醂とだしと醤油で甘辛く煮ると、パセリの香りが残った佃煮は冷奴に合わせたりするととてもおいしい。
細かく刻んだパセリをしらす干しや鰹節、とろろ昆布や梅漬けのたたきなどと混ぜて、電子レンジKで根気強く水分を飛ばし、よくもんでふりかけにするとやはりパセリの香りが残って美味しい。一宮氏T身も混ぜてピリ辛にすると大人のふりかけになる。

梅仕事が一段落したから、しばらくはすももの収穫を楽しみたい。

2年ぶりくらいで今年は豊作の模様だ。

食べるものの工夫や世話はそれなりに面白いのだが、気が付くと、「生きるために生きている」という感じがしてしまう。
それでいいのだという思いと、何やら座り心地の悪い気分と。




サクランボの実が色づき始めた

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初夏のような日差しと暖かい大気。
庭のさくらんぼが色づき始めました。一昨年枝を切ったので、昨年はあまり実がつかなったのに、今年は花もたくさん咲き、実もたっぷりとついています。
三月に二年ぶりで作った桜の塩漬けも、まだ小瓶一瓶残っていて、時々温かいご飯に混ぜ、塩味と桜の香りを楽しんでいます。

一昨日は満98歳の誕生日に合わせて義父の白寿の祝いをしました。
一月前にはあと数週間かも、会わせたい人には連絡をなどとも言われていたのに、少しは食事もとり、もともとしっかりしていた頭もますますはっきりして、義弟の主宰した祝いの会では、一時間半車いすで和やかに参加者たちと歓談していました。

古い友人も出ていた地元の市議会議員選挙。
あれこれのつながりもあって、思いはちじに乱れます。
とりあえず、友人は当選。

どんどん季節が流れていきます。
目が回りそう。

サラ・パレツキー『セプテンバー ラプソディー』を一月以上かけて読了。途中で何度も筋を忘れたり人間関係が混乱したりしました。体調が悪かったせいもあるが、もう長い小説は読めないのかなあ。
面白かったという印象は残っているけど、筋はどんどん忘れていきます。

いっそ目をつぶって、じっと眠っていようかなどと思うこともあります。



正月二日

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娘の連れ合いがひとりで帰省し、奥さんの実家で正月を迎えていた息子の家族がやってきました。孫たち三人の距離感は微妙ですが観ていて面白いものです。
妻はかなり疲れています。
明日、我が家はまた二人だけの家になります。
息子の家族を最寄り駅に送り、そのあと娘と二人の孫を東京まで車で送ります。
細かいことは妻にも話していませんが、車を運転していて、数日に一度、ひやりとする瞬間があります。
今年は安全運転を一番の課題にしたいと思っています。

年賀状を書いた

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昨日までの三日間で、100枚余りの年賀状を書いた。書いたといっても、ほとんどはパソコンとプリンターの操作で、最期に宛名を見ながら一言ずつ書き添えていく。
何年も使っているエクセルの名簿で出す相手をチェックしていくのだが、「逝去」と発信記録欄に書き込んだ名前が、次第に増えていく。名簿から消すべきなのだが、なかなか消せずに、名前と住所をそのまま残している。
書きあがった分をその日毎に投函していたが、今朝、最期の数十枚を市の中央郵便局に投函しに行ってきた。少しでも早く配達ルートに乗ってほしかったから。

昨日義弟から連絡が入り、病院の検査の結果、義父はインフルエンザだったという。
「お義兄さんの無実は最終的に証明されました」と電話の向こうで笑っていたそうだ。
義父は、昨日も「壬生さんの風邪がうつった」と言ったそうなので、義弟は「インフルエンザの潜伏期間は長いい、それはあり得ない。お義兄さんは、インフルエンザではなかったし」と説明したそうだが、義父は今一つ納得していなかったらしい。納得するためには、では誰がうつしたのかという別のはっきりした答えが必要なのだ。
治療の結果、熱は下がり始めているという。

秋から暮にかけて、近隣で二人の老人が亡くなった。
Sさんは、我が家の東隣の小さな農地でずっと家庭菜園をやっていた。妻が庭で野菜を作り始めると、その師匠になった。我が家の作物の出来具合を逐一観察し、妻にいろいろアドバイスをした。種や苗や作物をたくさんくれた。
昨年夏から畑に出なくなり、今年の春には一旦姿を見せていたが、夏には再び姿を見せなくなった。奥さんは、今は入院しているけどそのうち戻りますよ、と言っていたが、秋に突然訃報が届いた。
畑は、今年の夏雑草で覆われていて、その草が今は枯れ果てて地面を覆っている。
Aさんは我が家の南隣の広い農地の所有者だった。30年前にはまだ畑を作っていて、庭に出た妻に声をかけ、野菜をくれたこともあったらしい。
そのうち耕作をやめると、広い休耕地は一面背の高い草が生えて、山のようになり向こうが見通せなくなった。土地の周りに植えてあった気がどんどん大きくなって、我が家にも枝が入り込むようになった。
ある時期には除草剤が撒かれて、隣の我が家の庭で野菜を作っている妻は激怒した。
晩秋のある日、終日草刈り機やのこぎりのエンジンの音が鳴り響いて、広大な農地はあっという間に見晴らしの良い空き地になった。
風の強い日には大きな手を振るように揺れて、今の中にいる私たちに居ながらにして外の嵐の激しさをおしえてくれた背の高い栴檀の木は、根こそぎ切られ影も形もなくなっていた。
A家の当主が変わったんだよ、きっと、と私があて推量を言った数日後、Aさんの訃報が地域の新聞に載り、その翌日葬儀が行われた。





冬の嵐

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立春は過ぎたと言うのに、関東一円は冬の嵐。
我が家の周りにも雪が積もった。
今、外ではごうごうと風の音。

地域団体の次の役員を決めるのに難渋している。
めぼしい人のうちを一軒ずつ回りながら、口説いている。
四人の役員のうち三人まで引き受け手が見つかった。
その間にたくさんの断りの言葉を聞いた。
人の心の奥のホンの一部を垣間見た。

隣の空き地。
一昨年に、持ち主を尋ねて草刈を依頼した。その際、我が家との境に立っている梅の実を取る許可を得た。去年の夏は、ざる一杯の梅を拾った。
その話をしたら、近所で家庭菜園をやっていおじいさんも私に断って、ざる二杯の梅を取っていった。
先月半ばに、小型重機が入って、土地をきれいに整地した。梅の木は跡形も無く切られてしまった。
持ち主とその連れ合いの今は無くなったおじいさんが、この土地を、息子が帰ってくる日のために買い入れ小さな梅ノ木を植えてから二十年以上がたっている。
息子はついに帰ってこず、土地は最近に手放されて不動産屋のものになったらしい。
梅の木は何年も前から立派な実をたくさん生らせていたが、誰も採る人は無かった。
昨年、その梅の実を梅酒したのだ。
たった一度だけれど、あの梅の実を使うことができて物言わぬ梅ノ木のためによかったと、何もなくなった空き地を見ながらとりとめもないことを考えた。

家庭菜園のおじいさんは、暮れから姿を見せていない。
それとなく人に聞いたら、腰を痛めて外に出られなくなったという。
庭で野菜を作っている妻の師匠株だった。

轟々となる風の音を聞いていると、今夜、我が家のあたりとは比べ物にならないくらい深い雪に沈んでいるであろう遠い友人のことと、すぐ近くで姿を見せなくなったおじいさんのことと、妻が今朝足が止まる前に帰ろうとあわてて別れてきて、一人で夜を過ごしている義父のことなどが、しきりと頭に浮かんでくる。