昨夜、運転免許証の不在に気づいた。
小銭入れをカード入れとして使っていて、いつも身につけていられるということで、普段からその横ポケットに入れてあった。
小銭入れごと無くなっていた。
書斎や居間、車の小物入れ~座席の下。持ち歩いているいくつかのかばんや袋。
思いつくところをくまなく探したが見つからない。
何度かこうした遺失行為を繰り返してきた。

昨日は地域団体の役職にかかわる宴会があって、休むこともならず、80人ほどの参加者の末席で飲んだ。古い友人なども見かけて、何人かが声をかけてくれた。しかし心はまったく浮き立たず、酒はひたすら苦かった。

私の留守の間中、妻もそれなりに部屋の中を見てくれていたようだが、見つからなかった。
どうやら外で落としたらしい。
いつまで手元にあったかはっきりとは思い出せないが、一昨日の夕方自転車でショッピングモールに出かけ、その後少しあたりを走った時間帯が怪しい。

昨夜は不安と失意で落ち着かないまま寝て、なにやらその気分をそのまま反映した夢を見た。途中で目を覚まして、再び寝入るとまたその続きを見た。

さて今日はどう対処するか。
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裏切り

仕事が休みで朝から家にいた。
午前中は洗濯やら洗い物やら取りためた録画の整理などをしてすごした。午後は友人宅に届ける頼まれ仕事をしていた。
実家にいる妻から電話がかかり、夜のテレビ番組を二つ録画しておいてほしいと頼まれた。承知して、少し用事をしてからテレビの前に座ったら、番組のひとつが思い出せなかった。
番組表を見るとそれらしいのがいくつかあったが、番組名を言った妻の声が思い出せず特定できなかった。
友人宅から帰った後、妻にメールを打っておいた。妻は、遠方から来たおばと義父と義弟とで食事に食事に出かけていて、そういう時は携帯には出ないはずだった。
夜の8時に電話がかかってきた。
9時からの時代劇スペシャルが希望だった。
私は、自分が予約してあった映画を取り消して時代劇を録画予約した。

何ヶ月も前に録画した二時間ドラマを、ウィスキーを呑みながら見た。
途中でたまに書斎に来てメールを打ったりしながら、ダイニングで見ていたのだが、気がつくと転寝をしていた。目を覚ましたら11時になっていた。
妻に頼まれた録画を確認したら、時間の設定が狂っていたようで、2時間物なのに1時間しか録れていなかった。

妻は、二度も連絡したのだからまさか録れていないとは思っていないに違いない。
私は、頼まれた録画をしばしば録り損ねる。
妻は「結局あなたは自分の好きなことしかちゃんとしない」とよく言う。
そんなことはないと思うのだが、今夜は、もしかしたらそうかもしれないと思った。

がっかりするだろう妻の気持ちを考えたら、私はずいぶん周囲の人を裏切ることばかりしてきたなあと、少し気持ちが落ち込んだ。

眠気が飛んでしまい、風呂で昨年の芥川賞、磯崎憲一郎「終の住処」を読み始めた。
受賞発表時に文春を買ってあったのだが、読まないまま半年以上が発ってしまった。

半分ほど読んだら少し気分が戻ってきたので、風呂を出た。


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夢の話

仕事が繁忙期に入った。あと3週間は気を抜けない。
そのくせ、昨日は読みかけの小説に時間をとられた。そして、妻に隠れてウィスキーを飲み、少し酔って寝た。
いつもより2時間早く、3時少し前に一度目がさめた。
夢を見ていた。ねじれた脈絡の出来事が少し続いて、その詳細は忘れたが目覚める直前のひどくあせった気持ちは生々しく記憶に残っている。

私は、見覚えのある景色の道を、家に向かって単車で走っていた。すると数百メートル先に警官がいるのが見えた。
私はあわててUターンした。そのとき、警官が確かに私を見たのがわかった。
彼が私を見逃すか、猟犬のように追いかけてくるか、私には分からなかったが、私は半ばあきらめながら僥倖を願って、あたかも何事もなかったかのように単車をゆっくりと走らせた。
夢の中で、私は単車で走り出す場面の少し前に、誰だったかはもう思い出せない昔なじみと昼間から酒を飲んでいたのだ。
そして、単車に乗り始めたときにはそんなことはまったく覚えていなかったのに、警官の姿を見たとたんに先まで酒を飲んでいたことを思い出してしまったのだ。
その警官が後ろから今にも声をかけそうな気がした瞬間に、私は目が覚めた。

トイレに行って寝ようとしたが、しばらく寝付けなかったのでまたおきだし、結局2時間近く湯船の中で、読みかけの小説を読んだ。

ようやく眠気がきざしたので、5時頃にもう一度寝た。
今度は、夢の中で私は自家用車を運転していた。
行き止まりの細い路地からバックさせて車を通りに出すと私は車の尻を左に回して、右車線を少し後進した。それから左車線に移り前進しようとした。すると、またもや警官が近くにいて、車を路肩に止めて降りてくるように大声で呼びかけた。
私はどのように言い訳をしようかと思いながら、車のドアをあけたとたんに目が覚めた。
妻が私にそろそろおきるように呼びかけていて、へんな寝方をしたので私はなんだか頭の芯が痛かった。

こんなに警官のことばかりが出てくるのは、今朝まで読んでいた小説が悪徳警官と冷酷で腕利きの殺し屋の戦いの話しだったからかもしれない。
もっとも夢の仲の私の事件は、はるかにけちくさい出来事だったのだけれど。
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失敗

またやってしまった。

今度も携帯の水没。

また、というのは同じ失敗を繰り返すという最悪の愚行をまたやってしまったという意味。

交通違反や、大事なものの紛失や、私は同じ失敗を繰り返す。


一年余り前の春に、洗面所で水に落とした。

今度はもっとひどい。

さっき、家の近くの公営プールに泳ぎに行った。

トランクス型の水着で30分ほど泳いで、更衣室で着替えようとしたらポケットが膨らんでいる。

なんだろうと思ったら携帯が入っていた。


家で海水着を身につけ上からズボンをはいてプルまで歩いていった。そのとき、何かの勘違いでズボンではなく水着のポケットに携帯を入れてしまったらしい。


泳いでいる間はもちろん、更衣室で着替えたとき、棚の上に置いた水着の中の何か硬いものが手に当たっておや?と思うまで、全く気付かなかった。


明日、サービスショップで新しいのを買うけど、、なんだか力が抜けてしまった。

ずっと前から分かっていたことだけれど、私が片付けられない要因の一つは、物を捨てないこと。


今朝はどういうわけか本を片付けようと思いついて少し、手近かな本を分類し始めた。

捨てる本(つまり売れない本)、売る本、置いておく本。


分かったことは、読んで内容を覚えている本は置いておきたくて、読んでない本はやはりいつか読むときのために置いておきたくて(多分今までに読まなかったからきっとこれからも読まないだろうに…)、読んでないとも読んだともはっきりしない本は、もし読んでいたとしたらそれだけなんてことなくすんでしまったということなのだけれど、もし読んでいなかったのだとしたらやはり一度は読みたいから、捨て難くて。


二十分ほど判別に苦戦苦闘して、少し読み始めたりしてしまって、ついに中断しました。

馴致

新しいことをした。

年が明けてから、食卓に自家製の野沢菜漬が出るようになった。妻が種から育てたものを摘んで簡便な漬物器で塩漬けにしている。

市販ものとは少し風味が違うが、ちゃんと野沢菜の香りがしてそれなりに食べられる。

先日から、そろそろ野沢菜が仕舞いになりかかっていて、虫もずいぶんついたので早く抜いてしまいたいと、妻が何度か口にした。私は、特に関心を示さずに生返事をしていた。

「今日、ちょうどいい天気だから野沢菜を着けてくれない?」と朝食時に妻が言った。

今日中に全部抜いて、洗って樽に漬け込んでほしいというのだ。いつもなら即刻いやだというのに、今日はなぜか「いいよ」といってしまった。

今朝見た美しい夜明け時の空があんまり奇麗だったからだろうか。

昼食後、一昨年の小梅漬けが入ったままになっていた樽から小梅を取り出してビンに詰め替えた。梅酢は壜につめた。

樽をよく洗ってから庭に出て、野沢菜を抜いた。

どれが野沢菜か分からないでしょう?と妻が庭に付いて出て、百株ほどの野沢菜が生えている場所を示した。

野沢菜を抜きながら、妻の野菜作りには手を出さないと決めていたのに本当にしまったと後悔した。

ただ抜くのではなく、痛んだ葉や虫喰いの酷い葉は捨てて、一株ごとの形を整えながら抜くので意外と時間がかかる。土の中から出てきたばかりの野沢菜の蕪はひどく冷たくて、むしりとっているとしんしんと指先が冷えた。

腰も痛かったので、三分の一ほど抜いたところで「今日はここまで」と言った。

機嫌よく庭の一角で春菊や大根を抜いていた妻は、「集中力の持続性がないね、瞬発力はまああるようだけど。十五分か。小学校二年生くらいのレベルだな」と笑った。

それが悔しかったわけではないのだけれど、その後もダラダラと作業を続けた。そのうち本当に面倒になって、やけくそに残りの菜を抜いてから、流し場に移動した。

泥を流し、痛んだ葉を捨てながら野沢菜を洗っていたら、また時間がかかった。しかし井戸水はほんのりと暖かくて指先に優しく、抜いているときよりも作業は楽だった。

抜いてしまった菜は捨てるわけにも行かないので、小1時間かけてきれいにした。

台所に戻りもう一度水道水で菜を洗って桶に漬けた。

終わると、三時を過ぎていて、妻が大福とコーヒーを用意してあった。

腰が痛くなったし、何よりも妻の野菜作りに手を添えるという実績を作った事が悔やまれた。

野沢菜の漬物を食べるのはあなただけなのだからという妻の言葉にのせられた部分もあるのだが、馴致されていると感じてしまったのだ。


写真は丁度午前六時頃に南東の空に浮かんでいた三日月と金星と木星。


夜明け

やっと縁が切れたと思っていた歯医者に、別の歯のかぶせ物が取れたのでまた通いだした。

この前の歯の治療の最中に、片側で物を噛むようにしていたら、舌の動きがうまく処理できなくて、二度も同じところを噛んでしまった。

その場所の傷がまだ治らないようで、痛いし染みる。


数日気分が落ち込んでいたのは、溜まった仕事のせいばかりではなくて、この口の中のトラブルのせいかもしれない。

いろいろ考えるのだけれど全く考えがまとまらないのだ。


今朝も朝から頭の芯がぼやけて重かった。

妻は一昨日から、恒例の実家行き。

思いついて、庭のコンポスターの中身を切り返すことにした。

妻のささやかな家庭菜園には全く手を出さないようにしている。だが、頼まれ仕事は、三四度言われると重い腰を上げて、少しだけやる。

生ゴミを土と交互に入れて堆肥を作るコンポスターが一杯になっているのは知っていた。いずれ何とかしてほしいと言い出すだろう。


からりと晴れ上がった雨上がりの天気にも誘われて、ねこ(タマ)がテラスに置いたダンボールで見守るなか、コンポスターの隣に同じ大きさの穴を掘り、容器をそこに移動して、まだ発酵し終わっていない上半分をその中の新しい空間に入れた。穴を掘ったところから出た土を上からかぶせ、ふたをして終わり。

堆肥交じりの土になっているコンポスターの元の内容物の下半分は、妻が使いやすいようにほぐして小さな山にしておいた。


作業の最中に、古い知人からの電話があった。

有能で学歴もある彼女は少し精神的な疾患にかかった時期があって、今でも継続的に治療を受けている。その薬のせいで、思うような仕事ができないという。

先日やっと見つけた仕事も試用期間中にミスをして、辞めることになってしまった。その知らせを一昨日聞いて、彼女の張り切りぶりを知っていただけに私もがっかりしたし、彼女自身の気落ちも心配だった。

昨日短い電話のやり取りをしたが、お互いに時間のタイミングが悪くてちゃんと話ができなかった。

今朝は思ったより元気な声で話をしてくれた。年末か年明けに会おうということになった。


中断した作業に取り掛かったが、なんだか目に消えて気分がスッキリしてきた。

さっき私の他愛のない冗談に笑った彼女の声が、耳元に甦った。


やらなければいけない頼まれ仕事になかなか手がつかなかったけれど、ちょっとやる気が出てきた。




喪失

今朝の食卓で、たまたま横においてあった携帯が光りながら震えた。私は携帯をめったに自宅の食卓には持ってこないし、震えても五回までで止まればそれはメールだから、すぐには手にとらないことが多い。

それは、スパムメールがとても多いからだ。

アドレスが短いことや、以前から仕事の関係でほとんど無制限にアドレスを開放してきたことが原因だろう。しかも、ツーカーで購入して依頼一度も変えていない。

少し詳しい人は、せめてPCからのメールだけでも拒否すれば良いというが、私の友人には年寄りが多く彼らはパソコンからしばしばメールをよこすのでそれはできない。。それならばドメイン指定で、などともアドバイスされたが、なにやら面倒で放置してある。

その結果、毎日数十のスパムメールを消去することになる。


今朝は、何気なくすぐに携帯を手に取った。

私は妻の話を聞きながら携帯をひらいた。案の定、訳のわからないスパムメールだった。慣れた調子で操作して、最後に『はい』を押してあっと思った。指が滑って、『一件を削除してよろしいか』ではなく『メールすべてを削除してよろしいか』にOKを出してしまったのだ。

あわてて電源を切るかどうかして操作を中止しようとしたが、画面には「しばらくお待ちください」が出たまま操作はなにもできず、やがてきっちり受信箱は空になってしまった。


私があわてて声を出したので妻は驚いていた。

私が「受信メールが全部消えてしまった」というと、携帯メールをやっていない妻はぴんと来ない様子で、「まあ大変ね」と余り共感せずに同調した。


それから一時間以上たったいまでも、私はとらえどころのない喪失感に悩まされている。


丁度昨夜読み終わった桐野夏生の『リアルワールド』は、高校生の群像劇のような小説で、携帯電話がほとんど唯一のコミュニケーション手段として使われている。それが最後に交換される二つの『手紙』の意味を際立たせる仕掛けになっているのだけれど、携帯が私たちの生活に果たしている微妙な役割を、今朝の出来事で改めて痛感した。



昨日は職場で一日中みんなが忙しくて、私もその流れに乗って、たいした仕事をしていないのにせわしい気分でした。

夜の送別会は大変和やかで、何人かの他業種の人がわざわざよって来て挨拶してくれたりしたので気分がよく、二次会も元気で参加しました。

日付が変わる頃にホテルに入って、布団に入りテレビを少し見ながらながら何か忘れていたような気がしましたが、そのまま寝ました。

素泊まりだったのでファミレスで朝食をとってから帰宅しました。

今しがたパソコンの前に座って、昨夜ふと気になった忘れ物のことを思い出しました。

一昨日の「アイルケ」を録画したのです。そして、見るか見ないか決めかねたまま昨夜分も取るつもりだったのに、朝出かけるときは忙しくてすっかり忘れていました。

まあ忘れてもいいのだけれど、一度は決めたことをしくじったので少し気分が悪いのです。


先日から少しごたごた書いていた友人女性から、月曜の夜「急に今週後半に帰省することになったので、会う時間は取れますか」という意味のにメールが来て、金曜の昼に会うことにしたのです。

2月のメールでご主人と「アイルケ」を見ましたとのことだったので、本も映画も読んだり見たりする気にはなれないのだけれど、ドラマくらいなら見られるかなと思っていました。

旅に出る楽しみの一つは、持っていく本を選ぶこと。

ここ数回持ち歩いては読まずに持ち帰ってミステリーを選んで鞄に入れた。

雑然と積み上げた書架の片隅にある『二十世紀旗手』(太宰治)が目に入った。何ヶ月に一回かそこに目がいって、何度もどんな話だったか思い出せず気になっていた。それももっていくことにした。

てにとって汚れたカバーをはずし、巻末をなにげなく見たら、へたくそな殴り書きで

『73.2.24 山形で買い、車中で読む。アア、ダザイはイヤダ! @(実際は私の姓の頭文字と一致するサイン)』

と書いてあった。

この本を読んだ記憶は全くない。

私が買って読まずに積んでおいたのだと思っていたのだけれど、実際には読んだのだろうか。字体は私のそれに似ているが、こんなふうに感想を本に書き込む習慣はあまりないので、書き込んだのが私かどうかも自信が持てない。

この時期に山形に出かけたかどうかも覚えていない。

別の機会にやはり車中で太宰の「桜桃」かなにかを読んで、結構新鮮な感想を持ったのを思い出した。それは、もう80年代に入っていたころだから、この書き込みの時とは全く時期が違うことは分かっている。


とりあえずこの旅で、もう一度太宰と少し出会ってみようと思った。