読む

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 少し前のこと。正月の疲れがようやく取れて、風邪気味だった体調も戻ってきたら、。直木賞芥川賞選考のニュースが目に入った。昨年夏の直木賞作品をまだ読んでいなかったことを思い出し、市立図書館に購読を申し込みに行った。貸し出し中なので購読を予約しておいたら、一週間ほどして予約本が入りましたと電話連絡がきた。

 佐藤正午『月の満ち欠け』をいま半分ちょっとまで読み進んだ。私の好まない筋立てなのだが、人物の心理描写が細やかで、語り口が手馴れているので面白く読んでいる。

 

 

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コペル君のこと

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『君たちはどう生きるか』が今再び活字とコミック版で読まれていることは、ネットで知っていた。

 

今日、イオンに買い物に行ったついでに店内の書籍店に行き、平積みされていたのでそのコミック版を手に取ってみた。

私は吉野源三郎のこの本をいつ読んだのか覚えていない。中学か高校の国語の教科書でだったような気もする。一冊全部を読み通したかどうか、記憶はさだかでない。

覚えているエピソードは、高いビルから通りを見下ろして、アリのように小さく見える人々を見ながら(あるいは隣のビルの窓の中の人を見てだったかもしれない)、見ている自分とみられている自分を意識して、少年が自分で驚いた話だ。

 

この本のことは、そのうち忘れたけれど、人生のいろんな場面で時々ふいに懐かしい景色を思い出すように頭に浮かんできだ。

今日、パラパラと立ち読みをしたら、少年が自己嫌悪に陥って立ち往生している話が出てきた。そういえばこの話もあったと思い出した。

しかし、私がこの本で思い出すのはいつも、道徳的倫理的な話ではなく、ビルのエピソードによって、自我が形成されて他者から自己を分離した後、次にその自己を客観視することを発見するという、一つ高いステージに上がった自己認識の形成について、私は初めて意識できたことである。

コペルニクス的転換という言葉もその時知ったと思う。

 

そういえば、小林多喜二の『蟹工船』は1929年に書かれて2008年にブームとなった。吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』は1937年に書かれて2017年にブームとなった。

これはただの偶然なのだろうかと、ふと思った。

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底冷え

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今日は朝から底冷えがします。

二十年近く前から納戸代わりになっている娘の部屋に入って、古いオーバーズボンを取り出し、ジャージの上に穿きました。下半身が温まって、気分がゆったりしました。昼の間はまだしばらく部屋の暖房は入れずに済みそうです。

復活しました

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パソコン環境が基本的に復活しました。

しかし、いくつかのアプリが使えなくなり、時々利用していたサイトにも行けなくなりました。

 

秋の気配が少し深まり、先日大蒜酢と唐辛子のウイスキー漬けと自家製の梅酢を使った紅ショウガづくりをしました。

 

医者になった昔のクライアントと数十年ぶりに会って飲みました。

飲む前に、日本だか世界だかで500台だけ限定生産されたという車に乗せてもらいました。

 

地域ボランティアの仕事で、激しい腰痛に苦しむようになった女性に、福祉協会から歩行を補助する杖をもらってきて届けました。

 

今、中村文則の『掏摸』を読んでいます。

 

 

 

 

 

 

数日前に、3年半使っていたパソコンがクラッシュ。

突然だったので、メールも失われ、アドレスもなくなり、情報検索も含めて、携帯と自宅電話以外の何もかもが通信不能となっています。

別のパソコンを用意し、外付けHDに残った断片的なデータから、やっとこのブログにたどり着きました。

今日明日生きることにすぐの不具合はありませんが、自分の過去の半分と突然断ち切られたみたいで、なんだかふわふわしています。

どうやって修復するか、手探りを始めました。

ルーペ

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 朝ドラと同じノリで毎日「やすらぎの郷」を見ている。見終わると「は*きルーペ」なる商品の宣伝が入る。

 初夏に、オジキが死んだ。10人近くいた母の弟妹の一人で、90歳を超えた大往生だったという。四十九日の法事の後、喪主を勤めたいとこが香典返しを送ってきた。海苔や茶の詰め合わせのほかにいくばくかの商品券が入っていた。何に代えようかと迷ったが、思いついて「は*きルーペ」購入金の一部に充てた。毎日手近に置いて耳に掛けるたびに、優しかったオジキを思い出せるからと思った。

 私が物心ついたころはまだ結婚していなかったので、おじさんではなく「Y兄ちゃん」と呼びならわしていた。

 我が家が関西にあったころは、年に一度なつやすみに母の里帰りに合わせて会いに行っていたが、我が家が関東に出てからは二三度行ったきりだ。一番最近はもう30年ほど前、子どもたちに一度は私の母の故郷を見せておきたいと車で出かけて、一晩止めてもらった。

 そのあとは私の父の葬儀に来てくれて話をした。

 今、新聞や本を読むときは、「は*きルーペ」を使っている。

 そしてオジキのことを、たまに思い出す。

サルトリイバラ

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密会や サルトリイバラ トゲをはれ

今プレバトで人気の夏井いつき氏の作品。

夜霧よ今夜もありがとう と同じ発想かな。でも味わいはずいぶん違う。

斉藤由貴の話題で、思い出した。

好き嫌いは人によって違うだろうが、私はあのとぼけた会見の雰囲気は面白かった。

新聞を届ける人

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 7月20日過ぎに、定期購読している新聞の集金人が来た。この人は朝刊の配達人でもあって、我が家がここに家を建てて以来の付き合いである。

 「いつもより集金時期が早まってすみません」が今回の最初の挨拶だった。数か月前に配達所の経営者が変わり、 いろいろ様子が違ってきたと、先月聞いたばかりだった。早い集金はあまり気にもならなかったけど「何かと大変ですか」と話を合わしたら、「今月でこの仕事をやめることにしました」と返ってきたので驚いて子細を訪ねた。

 白内障の手術のため少しの休みを申し出たら、「うちもいっぱいいっぱいの人数でやっているのだから」と休みを取ることを断られたので、思い切って退職を申し出たという。長い間務めてきたのにねえ、と私は功労者に対する情の薄い待遇を非難して見せた。はっきりそうは言わなかったけれど、今までの付き合いの長い経営者ならば少しは扱いも違ったのではないかと思ったのだ。「まあもう**歳だから」と彼は私より二つ三つ上の歳を言った。まだ働けるという思いとそろそろ潮時だったという気分とをにじませていた。

 「長い間お世話になりました」と挨拶したら、「ええ、ああ」と応じ

何度か頭を下げ玄関のドアを閉じて彼は出て行った。

 居間に戻って妻に「新聞屋さんが辞めるってよ」というと、時には彼女が応対して世間話をいろいろ話し込んだりしていたので、「まあ」と彼女も少し感慨を示した。

 30年以上のつき合いだからねえとどちらかが言って、私たち夫婦は年寄り二人の日常に戻っていった。