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しばらくご無沙汰だからと、日曜日に妻が娘に電話をした。
ただいま電話に出ることができません、という応答だったので、元気ですかとメールを書いた。

返事は来ず、子供のいない勤め先の昼休みに電話が来るだろうということで、その日は過ぎた。
翌日の、昨日月曜日も音沙汰がなかったら、今日の昼に電話があった。

家族みんな元気だが、休みの日は子供の世話などで、てんてこ舞いだという話だった。
夜、電話が鳴った。
娘が孫に、今日の昼おばあちゃんおじいちゃんと話したよ、と伝えたら、上の孫娘が、私も話したかったと泣いたので、電話しました、ということだった。

妻が少し話をして、私に受話器を渡した。
おじいさんですよというと、**ですと返事が返ってきた。いま何をしているのと聞いたら、おじいちゃんと電話で話しているという答えが返ってきた。
妻とも、同じ問答があったらしい。
保育園で何をしたの、と聞いたら、おままごとをしたというので、あなたはお母さんになったの、お客様になったの、と尋ねたら、お母さんという単語に反応して、、娘に受話器を渡した。代わってくれといわれたと思ったらしい。

わきで二つ下の男の子が騒いで、母親から受話器を受け取ったが、これはないやら会話にならなかった。

面倒なことが今身辺にあって、頭を悩ましているので、孫たちとの会話は、なんだかうれしかった。
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ひとつづつ

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昨日、義父のお骨を墓に入れた。

義母の9年祭を兼ねて、義弟が主宰し、甥たちの家族も一緒に義父が義母のために墓前祭としていた手順を踏まえて、簡単な儀式を行った。

義父の死後のもろもろの後始末について、私はあまりかかわらないできたけれど、妻と義弟はほとんど毎日連絡を取り合っている。
律義で生真面目な義弟は、ひとつづつさまざまの手続きを済ませ、その前と後で方針と結果について妻に報告している。
そして、昨日一つの節目が過ぎた。

義父が好きだった中華料理をみんなで食べて、彼をしのび、自分たちの生活についてよもやま話をした。

走り回の甥の子供の動きに気を取られながら、その子の未来の話になり、今の政治の動きがどうだということになって、話題がアベノミクスに飛んだ。
もっとも、それも大して続かずまた次の話題になった。

義父はアベノミクスが始まったころ、大いにそれに期待していたが、いまその席にいたら何を言っただろうか。
アベノミクスの話のおわりに、少し株にも手を出しているらしい甥が、苦笑いをしながら「明日はブラックマンデーですよ」と予言した。

今朝、確認したら、株価がおお下がりしていた。

日が高くなってきて、今は暑いが、朝は新聞を取りに出たら肌寒いくらいだった。
時間は確かに流れ、季節は行き戻りしながらも変わりなく巡っている。

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お疲れ様でした

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先ほど、義父が死んだ。

何かのはずみで目が覚めた。
隣を見たら妻の姿がなかったので、彼女がトイレに立った拍子に目が覚めたのだと思った。
気がつくと居間の電話が鳴りだしていた。
あるいは、その電話のベルで目がさめたのかもしれない。
薄暗い居間で電話機の子機をとったが、子機の受信ボタンの位置が分からずもたついていたら、妻が戻ってきて電話を受けた。

電話は予想通り義弟からで、義父の入っている施設から電話を受けそちらに向かっている最中だと言った。
しばらくしてもう一度電話があった。
義弟が施設に着いた時は義父は息を引き取った後だったという。

二日前にも同じ症状があった。急速に血中の酸素濃度が低下したのだが、酸素吸入をすると血中の酸素濃度が上がり、意識はしっかりした。
昨日も義弟といろいろ話をしたらしい。

今日、息を引き取る直前、施設の職員には、苦しくないから吸入器をはずせと言ったということだった。

義母が倒れて以来、何年もの間、妻の苦労を見てきた。

もう少し働きたいという思いを殺して退職し、旅行や趣味の稽古事も控えて義母の介護や義父の世話に通った。
その苦労が義父や義弟に十分に理解されていないという思いが、妻の苦しみの源の一つだった。
過ぎた日々の苦い思いがいまさらなかったことにされることはないだろうが、この一年、義弟が義父に寄り添ってあれこれ世話を焼き続けるようになったことで、妻の負担は大きく減少し、義父とも義弟とも、おもいやり深く仲良い関係が維持されるようになった。

98歳の人生を生き抜いた義父に、お疲れ様といいたい。
そして、妻にも義弟にも、同じように。




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懐古

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義父の老衰が進んで、入っている施設の施設長は、意識がしっかりしているのが奇跡のようだ。体はすっかり弱りきっている、といいます。
数日か数週間か、終末は確実に近づいているようです。
2006年秋の義母の逝去の頃の記事を読み返しました。
過ぎた時間が無性に懐かしく感じられました。


おいでおいで

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疾風怒濤の一週間が過ぎた。
3日に息子と娘の家族が帰り、昨日今日と我が家は嵐の後始末を、ゆるゆるとやっている。
二度も三度も洗濯機を回し、保育園状態になっていた居間のゴミを片付ける。
娘の婿さんが20個ほど風船を買ってきてふくらまし、娘と二人でいろんな顔を書いた。正月の間、幼い孫たちは風船の中で遊んでいた。
昨日、10個ほど割った。なんとなく少し残してしまったが、明日はゴミにしてしまおう。

昼食の片付けをしていたら、ダイニングに猫が入ってきた。食卓の足元に置いてあるエサ入れが空っぽで、ちらりとそれを見た猫は居間に戻ろうとした。
私は猫の餌を袋から器に移しながら、「おいで、おいで」と呼んだ。
猫はのそのそ戻ってきて餌を食べ始めた。
居間にいた妻が笑った。
「あなた、あの子(孫)たちを呼ぶのと猫を呼ぶのとまったく同じ調子で、おいでおいで、と言うね。」


風船

4月末日

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娘が、第二子出産のため、二歳間近の孫と一緒に里帰り中。
かわいい盛りの孫なのだが、おきている間中続く途切れない動きとおしゃべりに付き合っていたら、妻はほほがコケ私も少し体重が減った。
仕事や自分自身の課題に正面から向き合えず、そのうち大きなミスが出てきそうで怖い。
妻は、月二回欠かさず訪問していろいろ身の回りを片付けていた父のところに行く体力が出ず、その点では気持ちが追い詰められている感じがする。
私の父や母は遠方にいて余り手を出せなかったが、子育てでは妻の母には何かと世話になった。その思いが今にして身に染みてくる。

彼女らが我が家に来て十日だけれど、なんだか夢のうちに日々の暮らしが飛んでいくみたいだ。

へのへのもへじ

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妻があわただしく出かけていきました。
義父のところに行って、年末年始の支度をするのです。
先週、義父の風邪のため想定外の介護に出かけていましたから、体も心も疲労できつくなっているようです。

高速バスのターミナルまで送っていって、戻ったら居間の窓にへのへのもへじが書いてありました。
出かける間際に庭を見て何か言っているなと思ったのですが、そのときに書いたようです。

こうして、ひとり心を奮い立たせて、行ったのだと思いました。

老人とブログの海-へのへのもへじ

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孫を見に行った。
孫って、本当に面白い。

娘の娘は、私の顔を見てもあまり笑わない。
以前はすぐ泣いたけど、この間は、抱いて街中をしばらく歩いてもおとなしくしていた。
ただ、何を考えているのか、じっと顔を見ている。

息子の息子は、あまり泣かない。しかも、時々愛想笑いをしてみせる。
半年年上のいとこ(娘の娘)より3割がた重い。
妙に落ち着いていて、老成?した感じだ。

どちらにしても、祖父さんは気楽で、育てている両親は必死だ。

妻は優しく車をなぜた

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九月に車検切れとなるので、妻は自分の車の買い替えを考え始めていた。町の買い物だけだから軽自動車にすると決めていた。行きつけの車屋がセールスをするというので、先日一緒に見に行った。そして気持ちが固まったので、数日後に再び訪問し、購入する車を決めた。
今日昼前に電話がなって、出かけていた妻が「車が動かない」といってきた。駆けつけてみると見ると、彼女は車を大通りの路肩に止めてハザードランプを光らせていた。
エンジンをかけてみたが、セルが回ってもエンジンはピクリともしない。
妻が数ヶ月前に点検をしたばかりの車屋に電話をかけた。ほどなく顔見知り整備部門の青年が大きな車両搬送トラックでやってきた。妻にしきりと謝っている。
妻を乗せて家に帰った。
数時間後、妻担当のディーラーから電話がかかってきた。
出かけていたので連絡が遅くなったと謝り、「新車の購入間近かなので修理はしないようにと整備にいってあります」といったそうだ。整備担当者同様しきりと謝っていたという。不調場所はエンジン周りだとほのめかしたらしい。

妻の車は購入した直後からエンジンの不調がしばしば起こった。数回修理したが、同じトラブルが何度か起こった。それでも13年大切に乗ってきたのだからもう潮時だった。
妻は「捨てられるのが分かってすねたのかしら」などといかにも彼女がいいそうなことを言って、「でも大切に使ってきたんだよ」などと、整備が来るまで路端で車に話しかけていた。
代車が来る前に、車に積んだままになっている私物を回収したいというので、私が車屋まで妻を連れて行った。
思いがけず一気にその車を手放すことになったので、私は駐車場に並べられている、ついさっきまでの妻の愛車を携帯で撮った。
私物を私の車に移し終えた妻は、シートの上の埃を手で払い、フロントガラスの下の端についていた木の葉やゴミをしばらく摘んで取っていた。それから、ボンネットの縁を数回そっとなぜてから私の車に戻ってきた。

私もちょくちょく使った、日産のリッターカーは、それなりに使い勝手のいい車だった。

老人とブログの海


孫話

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連休の中の一日、息子夫婦が義父に孫を見せに行くというので、それに合わせて妻と出かけました。
一人暮らしの義父が息子夫婦を迎えるのは、ほんの数時間のことでも大変だろうと、妻が心配したのがひとつ。
義父は誇りが高く、客はそれなりにきちんと迎えたいと今も思っているからです。妻が「私たちもいていい?」と聞くと義父は素直に「助かる」と言ったそうです。
もうひとつは、私たち自身が孫の顔を見たかったこと。二ヶ月ぶりになります。息子は連休明けに我が家に来るといっていましたが、家を片付けたり準備をすることを考えると、四月中何かと忙しかった妻としては、それよりも外であったほうが結果的には楽だと思ったのでした。息子の嫁さんへの気遣いもありました。
孫はどんどん成長していてますます面白くなっていました。義父もご機嫌で、私たちも満足しました。
息子夫婦のがんばりもそれなりに垣間見えました。
娘と少し連絡が切れていたので、妻が何度か携帯電話を入れました。つながらないまま日が変わって、風邪で娘と孫が寝込んでいたとメールが入りました。
職場に復帰した早々に、結果的に連休を挟んで二日、休暇をとってしまったと言うことでした。
昨日、改めて電話があり、ようすがわかりました。
孫娘はすぐに回復したけれど娘はちょっと長引いたようでした。連休中は婿殿が家事や育児をせっせとしてくれたようでした。「連休を損した」と娘は言っていましたが、連休でよかったと内心思いました。

私たちにもあった話のはずですが、そうした苦労をどんな風に乗り越えてきたのか、自分たちのことなのに今は遠い夢のような気がします。
とにかく無事であったのは、周りのたくさんの手助けと幸運の賜物かと思います。