喫茶店でママと妻と私とが会話をしていた時に、私が妻を謗(そしっ)たと言うことだった。その翌日一人で行ってママにたしなめられ、どこにそんな場面があったかなと納得いかないまま妻に話した。

妻は、私が年中そうするので、どの話か分からないと言った。

翌日改めてママにどの場面かを話されて、なるほどそうかと私も納得し反省した。

そのことを改めて妻に話したら、妻がママのことを気に入って、一人でその喫茶店に行ってママと話したりした。


その後二日ほどして私が一人で喫茶店に行ったら、彼女の友人のダンナさんの不倫話が出た。

男は本当にしょうがないという話になり、既婚男女の付き合いのどこからが浮気かという話になった。


ママの見たテレビ番組によると、女性の意見では、旦那や彼氏が相手の女性とキスをしたら浮気、男性の意見では男性が相手の女性と性的関係を持ったら浮気とするのが最大多数だったそうだ。

あるいは、自分の彼氏や旦那が性を商品としている風俗の女性などと金銭を払って性的関係を結ぶことと、そうではない女性と性的関係を結ばず親密な精神的交流をすることとどちらを容認するかという話にもなった。

ママは、彼氏や旦那がどのような相手であれ性的関係を結ぶのはいやだと思うといったが、テレビでは女性の意見が割れ、一方男性は、性風俗を職業としている女性との関係に対しては、容認的であったそうだ。


私は、ペルーのガルシア大統領(57)が23日、自身に隠し子がいることを認める異例のテレビ演説に臨んだというニュースを紹介した。

本心がどうかは別にして、大統領夫人はそのテレビ演説の席に立会い、大統領は、妻は私を許してくれた、と言った。


私はこれが逆だったらどうだろうかとママにたずねた。

大統領が、一時期夫婦別居している期間に別の女性と親しくなり子どもをもうけたように、夫人がその期間に別の男性と親しくなり子どもをもうけていたら、こんな風に関係の修復という演出は可能だったのだろうか。


ママが見たテレビ番組でも、問題は一貫して男性の浮気の話だったそうで、女性の浮気という場合はどこで線を引くのかとか女性が男性の性に対して金銭を払う話は出なかったと言う。


テレビ番組の話を聞いてあれこれのアンケートのデータより私が強く興味を感じたのは、そのことだった。

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妻が高峰秀子の伝記を読んだつながりで、数日前のBS2で「妻として女として」を観かけた。観かけたというのは、時間が遅くなるので妻は途中でもう寝ると言い出し、私も、途中から観かけたのだが、一応録画体制をとってあるので後でいいやと観るのをやめたから。

愛人に銀座の店まで持たせた大学教授が何やら愛人と縁を切ろうとしていて、それまで表向き仲良しに見えた妻と愛人がぶつかるという話のようだが、筋は陳腐といえば陳腐な話だった。正妻に子どもができず愛人が生んだ子ども二人は本人たちが知らないままに正妻が引き取って育てている。その時の妻と愛人の約束は、何があっても子供のことは蒸し返さないということだ。

話の結末は知らないが、愛人が妻と話し合うとき、あなたには何もあげないという正妻に、私もあれだけ尽くしたのにと愛人が言うと、あなたが尽くせば尽くすだけ私を傷つけていることにどれだけ気付いていたのか?と妻が反論する。

私はそのやり取りにいつもながら強い違和感を覚えた。いつの間にか男は二人の会話の中では人格も主体性も失ってしまっている。

共存しているのならそれでいいけど、こんな風にぶつかり合い始めたら、そのときこそなぜ彼女らは男を前にして連帯しないのだろうと、若い頃からいつも思っていた。

1960年代の映画で映し出された生活様式の中には懐かしい景色が一杯あって、ALWAYSのあとに続く時代の様子がよく分かるのだけれど、ちゃんと後で見て楽しめるかどうか怪しい。

それにしても、淡島千影と高峰秀子のやり取りはなかなか見ごたえがあった。


これが「既婚者の恋」となれば、また話は違うのかもしれない。

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 我が家の猫は素性が野良猫あがりのため、しつけがなっていない。普段は庭で用便を済ませるのだが、最近家に居つくことが多くなった。冬の夜に外に出すのはかわいそうなので、夏の間に、ちゃんと猫の便所で用便できるようにしつけようと考え、先日ネットで検索した。


 猫のしつけというHP の記事がおもしろかった。

 <猫の行動特性からみたしつけ>

 単独者であるため、他のねこに強さをアピールしたり、服従する行動はありません。 家庭の中での飼い主との関係は、母子関係または兄弟姉妹関係のどちらかです。それはねこの行動から分かります。

◆母子関係: 飼い主に始終体をこすりつける、膝に上がれば飼い主の懐に潜り込む、顔を腕の中にうずめる。

◆兄弟姉妹関係: 直接的な体の接触は少なくても、飼い主を避けるわけではなく、横でじっとしている。

  いずれにせよ飼い主との関係は、本当の母子や兄弟姉妹関係ではないことは彼らは非常によく分かっています。 そのような素振りをすることでうまく人間社会と共存して集団生活を行っているのです。

 極度の緊張状態では、ねこは飼い主を頼りとしません。狭くて安全なところに隠れます。そのようなときに手助けをするとかえってねこから攻撃を受けることもあります。犬のように飼い主をずっと覚えていることは少なく、環境が変われば別の人と新しい母子関係をきずくことも比較的容易です。
 

 カラーの部分は、男の婚外恋愛上の行動に当てはめると、それを解説するために書かれた分のように思えてくる。

 しばしば組織立った行動が得意な犬に男をなぞらえ、気まぐれで単独主義の猫に女性をたとえることが行われるが、恋愛特に婚外恋愛に関してはその特性は明らかに逆である。

 犬は自分たちの関係に秩序を持ち込みたがり、しかもそれにこだわろうとするが、猫は必要な限りでそれを演じるだけである。


 もっとも、どちらが正しくてどちらが正しくないなどとはいえないことはもちろんだし、世の中には犬のような猫も猫のような犬もたくさんいることもまた当然である。


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 台風は予想外に早く東の海に走り去った。

 昨夜9時頃様子を見に外に出たら、雨はとっくに上がっていた。そのまま何かに誘われるように、馬刺しを食いに 出かけた。途中のスナックは台風を見込んでか、並んだ2軒とも電気が消えていた。気のせいか通りから見た周囲の夜景もいつもより暗いようだ。その中で通りから少し離れた田んぼの中に目当ての飲み屋の明かりだけが浮き上がっていた。

 引き戸を開けてはいるとオヤジが「おやいらっしゃい」といった。先日来たばかりで少しペースが速いと思ったのか、台風の夜なのにという意味か。

 先客は中年と比較的若いのと男二人。私を気にせず中年がしゃべっていた。「そのくさやを、匂いが耐えられないって女房が捨てやがってさ」

 すると若いのが相槌を打ちながら「くさやってうまいっすよね、確か静岡の特産でしたっけ」と言った。店のオヤジと中年男が何いってるのと言って、ひとしきりどこの島のくさやが一番うまいなぞと薀蓄を傾けた。

 私はテレビのミステリードラマに見入っていた。

 親友(男)とその間にいる女との話。男の一人は何年かぶりに親友と、その妻になった女の元に返ってくる。親友は不倫関係に巻き込まれている。女は夫の親友だった男の子供をかつて妊娠したことがあり、そのときの流産が元で不妊となっている。夫も男もそのことは知らないが、妻の不妊症を悩んでいて夫は不倫をしてしまう。

 どろどろしたテンポの悪いドラマだったがそれなりに面白く作ってあって、所在もないのでじっと見ていた。

 気がつくと、客の中年男が叫んでいた。

 「愛人持つのは男の勲章だよ。ただし愛人も大事にしなきゃだめだ。それができることによってその分、妻も大事にできる。俺はそう思ってやってきた」どうやら話の本筋は、もともと酒肴の話ではなく妻の話であったらしい。

 支離滅裂な男の話が、妙にドラマと共鳴していて内心笑ってしまった。

 目的の馬刺しも食べ、ダンナの手作りのうまいキムチもご馳走になったので、ドラマの筋の大方が見えたところで私は立ち上がった。

 中年男の言い分は理不尽極まりない。しかし、そんなつもりで生きている男はゴマンといる。

 私だって、ほかの事では、分けのわからないことを言いつのって、大声で叫んで生きてきたような気がする。

 

 台風に肩透かしを食らって、妙にさびしくなって出てきたが、男の酔っ払った叫び声が私の心の隙間を埋めた。吹き返しの風に吹かれながら歩いて家に帰った。