大晦日

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孫三人が家の中を走り回る大晦日。
何人もの知人友人を見送った一年。

数年前に年賀状の交換はやめますと知らせがあったが、一方的に挨拶をさせていただいていた恩師に送った喪中欠礼のハガキが、受取人不在で戻ってきた。
何が起きたのかわからない。

関東に住んでいる古い友人が、奥さんの実家のある東北の町に移るという。
いつでも会えると思っていたけど、どうやらもう会えないのかもしれない。

別れることに明け暮れた一年だった。

新しい出会いはあまり期待できないが、くる年は、せめて今あるつながりを少しでも長く大切にしていきたい。

皆様良いお年を。

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ワープロ専用機

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一年以上前のこと。
妻が以前使っていたワープロ専用機を物置から取り出した。AC電源を入れたら、ちゃんと画面が開いた。
妻は捨ててくれと言ったが、市内のリサイクルショップを二軒回った。どちらも引き取ってくれなかった。
電気店に有料で引き取ってもらうことを考えたが、なんだか踏み切れずに部屋の片隅に置いておいた。

先日机の上を片付けていたら、ガラクタの下からメモが出てきた。
山口県にあるワープロ専用機の修理店の名前がメモしてあった。
かなり前のテレビ番組で紹介されていたのを書き留めてあったのだと思いだした。
ネットで検索したら、HPが見つかった。
ワープロ専用機を引き取りますと書いてあった。
数日後電話をして、「送料はこちらで持ちますから引き取ってくれますか」と聞いたら、「着払いで送ってください。寄贈する旨文書で明示してください」という返事だった。
分解して、不燃ごみで出そうか、とまで考えていたのだけれど、もしかしたら部品の一部でも誰かの役に立つのかもしれない、と思えるだけで、救われた気がした。
古い段ボール箱に詰めて、発送した。

義父の部屋は間もなく売却される。
使えば使えるものもいろいろあるけど、処分は業者に一括して頼むことになっている。
産廃のように、ダンプで運び出されて廃棄されるのだろう。

それは、何年か後の、私の家のもろもろの物品の行く末でもある。
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いろいろあって

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体調は七分くらい回復した感じ。
いろいろあって、考えることがたくさん。
義父は超人的な生命力で、少しづつ復活している。筋肉は衰えていてもうほとんど寝たきりだが、先日は、義弟に頼んでしっかりした本を買ってこさせ、二三日で読了したという。
先日久しぶりに訪問した際は、外出希望にこたえなかったので、憤慨していた。
この一月の間に、高校時代の同級生の訃報が届き、大学時代の親友の介護付き施設への入所が分かり、昔職場で大変世話になった先輩の奥様がなくなった。
当たり前のように暮らしていることの意味をもう一度じっくり考えたい。
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花の散るころになって

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川岸の桜並木がほとんど散った今朝になって、ようやく熱が下がった。
午後からは地域団体の総会の議長をすることになっていて、ようやく間に合ったという感じ。
久しぶりに声を出したので、総会が終わって帰宅したら、喉がかれていた。
万全ではないが少し食欲も戻ってきたので、回復は本物かもしれない。
代わりに、同じように一進一退を繰り返していた妻の調子が悪化している。
ほとんど寝ていた私と違い、買い物にも行き食事も作っていたので、大したものだと感心していたのだけれど無理をしていた分、今になって悪くなったのかもしれない。
義父のところに行けないことをずっと気にしているのも、かわいそうだ。

春は来たけれど

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先々週の木曜日早朝娘から電話があった。子供が熱を出して保育園に預けられないが、あすの会議の準備で今日は午後からでもなんとか会社に行きたい。応援に来られないか、という。すぐ行くよと答え、9時過ぎに家を出て11時ころ娘の家についた。孫ふたりは思いのほか元気で機嫌も良かったが、下の男の子は40度の熱があった。
翌日もみる予定だったので宿を探したが近場に適当な宿はなく、そうかと言って狭い部屋の中で一緒に寝たら、体が休まらないと思ったので、車で一時間ほどの場所に宿を取った。
家に残っていた妻は、翌金曜日に朝から横浜の義父を見舞い、その足で娘の所に回ってきた。娘夫婦が戻ってきたあと私の車で二人一緒に帰宅した。
土日は自分の家で少しホッとしていたが、夕方気になってこちらから電話をしたら、一旦下がった熱がまた出て、通っている病院が休みだから救急車を呼んだという。
翌日熱が下がる保証などないので月曜の朝から行くといった。ただ夕方私自身の用事が自宅付近であるので、午後は早めに帰らせて欲しいと言ったら、午後は半休を取りますという。火曜日は朝用事があるので、10時過ぎでないといけないと言ったら、旦那が午前中半休を取るという。それで段取りが済んで、電話を切った。
月曜の朝から昼過ぎまでと火曜日の昼前から夜までと二日孫たちを見た。上の娘が早く良くなったので火曜日は下の男の子だけを見た。次第に熱も下がり元気も出て来ていたが、午後医者に見せたら、まだ喉が赤いから普通の生活は無理と言われたので、妻と二人で先日のホテルに泊まり、水曜日も下の子だけ見た。
食欲も戻り元気も良くなったので、水曜夜に帰宅した。
昨年末も同じようなケースで子供から風邪がうつり二日ほど寝込んだので心配だったが、水曜には既に私の喉がいがらっぽくなっていた。
体調が落ちているのは分かっていたが、木曜には遠方から来る友人との一年半振りの飲み会が予定されていた。
3時間飲んで愉快な時間を過ごしたが、酒も食事もいつもほど進まなかった。
金曜日はこれも半年ぶりに、昔のクライアントOIさんとのおしゃべり会があった。ショッピングモールの喫茶店で三時間コーヒー一杯で喋っていたが、鼻づまりと喉の痛みがひどくなり、別れたあと、ぐらりと足元が揺れた気がした。
帰宅して熱を測ったら8度近くあったのですぐに寝た。
土曜日に医者に行った。
もう熱は下がり始めているので快方に向かいそうだと思ったのだが、気分がスッキリせず、喉の痛みは軽減したが、今日はまた熱が出た。
土・日・月と基本的にゴロゴロし、布団の中にいる時間も長いが、いくらでも寝られる感じだ。
体重はこの一週間あまりで二キロ減った。

久しぶりにパソコンに向かってこの記事を書いている。
世間では、花見のニュースや年度末新年度の話が飛び交っているようだが、私はすっかり病人暮らしだ。

昨日娘から電話があって、元気な孫の声も聞けた。何よりだ。
今日一日ほとんど布団の中にいた。あすはなんとが枕が取れて欲しい。

謹賀新年

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娘夫婦と孫二人を車に乗せて、近くの神社に初もうで。
上の子ははしゃいでいたけど、下の子は父親の腕の中でずっと寝ていました。
この子は、車に乗るとすぐ寝ます。

義父の体調は一進一退です。

昨年から引き続いているいろんなことが、改めて始まった正月です。

皆様にとって幸多い一年でありますように。

昨日は義父のところに行った

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昨日、義父を訪問した。
義父は11月末に有料老人ホームに移った。
転居の日と、その後二回妻とホームを訪問したが、昨日は一人で行った。

妻が風邪で調子が悪いし、うつしてもいけないので、ほぼ体調の戻った私が一人で出かけた。

妻はこの後年内には行けそうもなかったし、彼女は義父に元の家から保湿用塗り薬を持ってくるよう頼まれていた。私は年賀状の印刷も頼まれていたので、投函する前に出来上がったものを見せておきたかった。

義父は、気分・体調がすぐれないと、数日前から電話で妻に愁訴していた。
会ってみると、顔色などは悪くなかった。
「せっかく来てもらったので、ドライブなどに連れ出してもらいたいが、体調が悪いので勘弁してください。昼食も外で一緒に食べてごちそうしたいけど、そういうわけですみません」と、しきりに気遣いを見せた。
元の家に立ち寄りとってきた薬を渡し、年賀状を見せてから、このまま投函しますからと預かった。20分ほど話して、昼食前に部屋を辞した。

今日になって、昼過ぎに義父から妻に電話がかかった。いつも午後妻がご機嫌伺いの電話をしているのだが、「今日は朝から体調が悪いので、もうねるから電話に出ないよ」ということだった。
「昨日、壬生さんが来たけど、体調が悪そうだった。壬生さんの風邪がうつったようだ。」と言ったという。
妻は、「昨日接触して今日発病するのは早すぎるし、今風邪で調子が悪いのは主人ではなく私だから」と言いかけたが、最近の義父はいったん思い込んだらほとんど意見を変えることはなく、今日も妻の言うことに耳を貸さず同じことを繰り返した。
妻はその話を打ち切り、改めて老人ホームに電話をして、義父が体調が悪いと言っているようなので気を付けてほしいと伝えた。第一保証人の弟にもそのことを伝えた。
義弟は「わざわざ出かけて行ったのに、風邪をうつしたと思われているけど、気にしないでください」と私をねぎらう言葉を妻に伝えた。

老人ホーム常駐の看護士が様子を見てくれたが、義父が発熱しているとのことだ。
ホームで様子を見てもらうことになる。

義父のことが心配なことに加え、自分は行かずにひとりで行かせた上に風邪をうつしたと義父に思われている私に気兼ねして、妻はしばらく落ち込んでいた。

今年一年はことさら、自分とその周囲の高齢化が身に染みる年だったと、改めて思う。


年の瀬に

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あわただしい年の瀬。
妻が風邪で、半ば寝込んだ状態。
今日は昼夜と私が食事を作った。
この風邪は先週初めに孫からもらった。
衆議院選挙の終わった朝、娘が電話をしてきて、「昼までに来てもらえないか」といった。
その前の週末に熱を出していた孫は、月曜になっても親たちが期待したようには熱が下がらなかった。保育園には出せないが、娘は昼からの会議には何とかして出たいので、息子を夕方まで看てほしいというのだ。
30年以上前の私たちの姿だ。
月曜に予定していた三つの約束をすべて電話で断って、私は昼前から夜まで、水鼻を垂らしてずっと咳をしている孫と狭い部屋で暮らした。熱はあったが、機嫌がよかったので、風邪は快方に向かっていると思った。
娘と、保育園に出ていたもう一人の孫と四人で夕食をとり、車で2時間走って帰宅した。
翌日は娘が休みを取る算段だったが、昼休みに電話があって、朝にはすっかり熱が下がっていたので保育園に出しました、とのことだった。
水・木曜日あたりから、私ののどや鼻の気配がおかしくなった。金曜日に東京で昔の仲間と会い、結構長い時間飲んでしゃべった。
夜、家に帰るバスの中で鼻水が止まらなくなった。家に帰ったころはしきりとくしゃみも出た。
土・日と風邪の症状が強まり強い咳まで出始めた。
次の火曜日(昨日)に義父のところに行く予定だったので、土曜日には医者に行って薬ももらってきた。しかし結局症状は行くところまでいかないと、快方に向かわなかった。
月曜にもまだのどが痛く、深いところから咳が出るので、妻と相談して義父訪問は木曜に日延べした。
月曜には、妻に風邪の症状が出始めた。
妻の風邪は今日がピークである。
私は昨日からぐっと症状が改善した。
明日は私だけが義父のところに行くことになった。

今夜の夕食は、食べやすいように、しゃけと梅を入れ、あっさりゆかりをまぶして海苔で巻いた握り飯。
おかずは、大根、ニンジン、マイタケなどのたっぷり野菜と鶏団子を薄めの醤油味で煮た汁。
冷奴。里芋の煮っ転がし。塩こぶと漬物少々。
デザートはミカンとアイスクリーム。
普段なら、年寄りにはこれで十分なのだが、今夜はそう言えば、クリスマスイブだった。
しかしそのことは、私も妻も口にしなかった。私は忘れていたのだが、自分は信仰を持たずともクリスチャンの両親を持っていた妻の気持ちはどうだったのだろうか。

夕食後の洗い物をすませて、近くのドラッグストアに買い物に走ったら、静まり返った街の上をひどく冷たい風が蕭蕭と渡っていた。

幸せと不幸せのはざまで

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ひと月近く前に「今年は梅仕事はお休み」と書いたが、そのことがかえって気持ちを押したみたいで、数日後梅二キロを砂糖漬けにして、シロップを作った。
もっともきっかけは、息子の家からの帰りに立ち寄ったサービスエリアで、安い青梅の実を見つけたことだ。
甘い梅の実は6月のうちに食べつくしたが、一升瓶一本分のジュースはいまでも毎日ソーダ割りにして楽しんでいる。

昨日、妻が知人に電話で話しているのが聞こえた。
「この7週間のうち5週間は父のところか息子のところに行っていたの」

妻が月二回義父のところに介護に行くのは定例のことだが、そのほかに、妻と私は息子のところに4週出かけた。
息子夫婦がそろって家を空ける都合ができたことや、孫の発熱など、事情はいろいろだった。

そして、先日から息子が入院した。治療は数週間続くというので、来週も、場合によっては再来週も、何日かは妻や私が息子の家に泊まることになるだろう。

たいていは妻と二人で行動するのに、今週は妻が義父のところに行き私は一人で孫を看るというように分業になった。

昨日妻が定例の電話を掛けたら、体調がすぐれないと義父が言っているという。
一週間ほど前から、猫の食欲が落ちてきて心なしか元気がない。

気がかりが多いので、妻は愚痴を言っている。
「のんびり老後を楽しむなんて、どこの話かしら」
「何でこういうことになるのかなあ」
彼女の友人は、ご主人の運転するキャンピングカーで北海道に出かけて、3週間になる。たまに電話で連らくを取っているようだが、それもうらやましいようだ。
キャンピングカーの旅自体は趣味ではないからは別に羨ましくないが、自分にもやりたいことや過ごしたい時間はあるというのだ。

しかし、猫を犬猫病院に連れて行って待合室に座っていいたら、「それでも私たちは恵まれている」という気になった。家に帰ったら妻にそう言おうと思った。

とりあえず二人は元気で、疲れはたまってきているけど、子供たちの求めに応じることができるし、猫の世話までできる。
世の中を見たら、助けを求める相手もいないで子育てをしている若い人たちや、助けたくても自分のことさえままならず子供や家族を助けられない年寄りがいっぱいいるのだ。

帰宅してそう言おうと思っていたら、食事の用意をしていた妻が、「やっぱり家族って大切だよね」とつぶやいた。

私がネコと一緒に思い付いた言葉は言わずもがなだったと気がついて、ただ、そうだなと相槌を打った。

私たちはいつも、幸せと不幸せのはざまで生きている。












梅仕事を休む

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今年は梅仕事を休むことにした。
庭の小梅の木は、昨年末に人を入れて、ほかの雑木やスモモと一緒に、バッサリ枝を剪定してもらった。
今年はほとんど実が付かなかった。
義父と息子のところへ、明日からの孫の世話を含めて四週連続で出かけている。
そんなわけで、今年は、梅酒も梅ジュースも梅漬けも作らないことにした。
なんだか寂しい。