新聞小説 「国宝」 (16)  吉田 修一 | 私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)

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新聞小説 「国宝」(16)  1/22(376)~2/16(400)

作:吉田 修一  画:束 芋

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感想
俊介の復活に手を貸してくれた、小野川万菊の死。
喜久雄の側は綾乃の結婚、出産とめでたい事づくめだが、俊介の側には悲惨な試練が重なる。
両足を無くして、果たして歌舞伎役者を続けることが出来るのか。

それにしても、恐ろしいのは糖尿病。毛細血管が絡む場所に、ことごとくダメージを与える。要するに糖分が毛細血管を詰まらせる。
腎臓、網膜、指の末端、脳・・・・
自分も、通常の半分程度の腎機能だが、糖尿病なんかで詰まらせない様、食事管理はキチンとして行きたい。

 

しかし、ドラマ構成で若干疑問点が。
俊介が女蜘の演目を始めたのは襲名前。それから三年以上経っても、まだその演目の人気が維持され、それからの延長でTV番組化、とは考え難い。どうも時間経過にバラつきがある様に感じる。

 

あらすじ

第十六章 巨星墜つ  1~25
小野川万菊の通夜に駆け付ける喜久雄と俊介。
万菊は、山谷のドヤ街で、死亡後通報を受けて発見された。

万菊が公の場に出た最後は、三年前の俊介襲名披露。その後風邪をこじらせて三ヶ月あまりの長期療養をし、その後自宅に戻ってからは、人を寄せ付けず、付き人や身内も拒絶。
そのうちに万菊が住むマンションでの、彼によるゴミ問題が起こった。管理人が見に行くと、万菊がゴミの中で暮していた。

 

三友で何とか部屋を清掃し、万菊は入院させた。認知症の兆候もなく、九十歳にしては健康状態も良かったが、万菊は身ひとつで病院から出奔。そのまま亡くなるまで消息が判らなかった。
住んでいた場所は、ドヤ街の一泊二千円ほどの旅館。同宿の日雇い労働者の間では、元おかまバーをやっていた様に話していたという。
戦前から戦後の歌舞伎界で活躍した小野川万菊。各紙は九十三歳の大往生、と記した。

 

阿古屋の芝居稽古の場で、喜久雄が岩左衛門役の役者に小言を言う。伊藤京之助のとりなしで何とか収まるが、万菊の葬儀関係で寝不足もあって機嫌が悪い、と三友社員。

 


阿古屋の稽古を終えた喜久雄に、娘の綾乃からの電話。会って欲しい人がいるという。老舗の出版社で毎日忙しくしている綾乃。

三日後、指定の日本橋にあるすき焼き屋に出向く喜久雄。綾乃が連れて来たのは、相撲取りの大関、大雷(おおいかずち)。三年前、喜久雄が荒風に御馳走した時に、彼の息子が連れて来た中に大雷が居たのを思い出す。立合いが美しいと喜久雄も褒めていた。
食事も終わりかけた頃、綾乃がお腹に子供が居るという。大きな体を縮めて謝る大雷。
そして披露宴の時だけ、三代目花井半二郎の娘として嫁に行かせて欲しい、と頼む綾乃。

気まずいまま帰宅した喜久雄は、この話を彰子にした。まだ四十六で「おじいちゃんだ」と茶化す彰子。
彰子自身、花井半二郎の妻として、跡取りに対するプレッシャーを強く受けていた。
だが披露宴で出れば、自分の隣に立つのは市駒。
「いいのか?」という喜久雄に、綾乃ちゃんが初めて親を頼ったのだから、恥をかかせてはいけない、と彰子。

 

この月に「阿古屋」の舞台が開き、初日から大入り。観客は、喜久雄の美しさと凄みに圧倒された。
高評価を得て、また娘が天下の大関と結婚する喜びもあって、喜久雄は連日の深酒。

一方、「女蜘」を当てた俊介に、その女蜘をTVの時代劇連続ドラマでやるというオファーが来た。
若手の脚本家を充て、斬新な演出。慣れないながらもそれをこなして行く俊介。
ドラマは、初めこそ低調だったのが、回を追うごとに視聴率も上がり、俊介自身も時代の顔として注目される存在となった。
その後続編のオファーを受け、本業の歌舞伎「女蜘」も、再演が全国規模で計画された。
さすがに俊介の体も悲鳴を上げる。

 

九州熊本での「女蜘」公演での事故。女蜘に変化した俊介が花道へ駆け出す時に、足がもつれてそのまま客席へ転げ落ちた。
客に怪我はなく、俊介を引き上げて、何とか幕までの間を繋いだが、俊介の、尋常でない痛がりよう。
幕が下り、皆が駆け付けるが、立てない俊介。痛みのある右足の血色が甚だ悪い。

 


救急車で到着した病院の医師の診立てでは、右足先の壊死。原因はまだ特定出来ないが、糖尿病などで起こり易いという。早く東京に戻って、ベテランの医者に診てもらおうと考える俊介。

昼の部の休憩時間に、春江からかかって来た電話を受ける喜久雄。俊介が右足を切断しなくてはならない、と話している様だが要領を得ない。昼の舞台を勤めてから、喜久雄が築地の病院に入る。
俊介は、こんな時に綾乃の結婚の話など始める。
「おまえ、足を・・・・・」と喜久雄が言うと、足に掛けられた布団を捲った俊介。「・・・膝下から切断らしいわ」
この段階だと、本来ならもっとどぎつい変色になるらしいが、特殊なケースで色が出ず、その上白粉で隠れて、今まで気付けなかった。
一本足でもやれる役があるか、と聞かれて初めて事態を理解した喜久雄。「あかん、あかんて・・・・」
医師から言われ、既に覚悟を決めている俊介。

だが手術、リハビリで時間がかかる事を心配していた。
「一豊のことやろ?」喜久雄の気持ちは伝わっていた。
「俺がしっかりと預かる」
俊介は、それからすぐ切断手術を受けた。

幻肢痛という、失ったはずの部分の痛みに苦しむ。

 

楽屋見舞いに来た遊び仲間と、賑やかに笑い合う一豊。父親がわりとして、同じ楽屋に出入りさせている。
仲間たちが帰って、素直に「うるさくしてすみません」と謝る一豊は、もう二十歳。今度「娘道成寺」をやるという。喜久雄らがそんな歳の時、地方巡業で演じた「娘道成寺」が劇評家、藤川の目に留まったのがきっかけ。だがそんな大事な事も一豊は父親から聞いていなかった。
一豊が話を逸らして、綾乃の結婚式には親父も出たい、と伝えた。それを目標にリハビリをしているという。
腹が目立つ前に、という事で婚礼を早めて計画している。元国会議員の媒酌人を始め、豪華な招待客。
綾乃は元々派手な事を嫌う。この大規模な結婚式は、全て夫となる大関大雷の世間体のため。

 

披露宴は素晴らしいものになった。何より感動的だったのが、親方からの祝辞に涙を溢れさせる大雷。綾乃の幸せを確信する喜久雄。
更に嬉しい事。俊介が、手術後初めて、義足姿で公式の場に出席した。松葉づえもつかず、人の支えもなく歩く姿に、彼の復活をイメージした出席者。
披露宴から数ケ月後に、綾乃が女児を出産。まさにその日、大雷の横綱昇進が決定。
舞台がはねてから病院に駆け付けた喜久雄は、赤ん坊を抱いて涙ぐむ。孫の名は「喜重(きえ)」と綾乃らがつけた。

俊介の復帰舞台は、春日八郎の「お富さん」の元になる「与話情浮名横櫛(よはなさけうきなのよこぐし)」。

お富と、切られ与三とのかけあい。
花井白虎の復帰舞台とあって、客席は満員。俊介も舞台を勤めあげ、「奇跡の復活」と讃えられた。

 


出来を聞く俊介に、世辞を言っても詮ない、とばかりに「無理に隠そうとするな」、とアドバイスする喜久雄。
ふと弱音を吐く俊介に、白髪の話などして務めて明るく振る舞う喜久雄。

 

深夜、彰子の携帯に春江から電話がかかる。ベッドから起きてそれを受け取る喜久雄。俊介が暴れているという。
タクシーで俊介の自宅へ入った喜久雄。部屋には割れた皿やグラスが散乱。座敷では俊介が肩で息をしている。
俊介の話では、今日、病院の検査で、左足も壊死のため切らなくてはならないという。言葉が見つからない喜久雄。
以前彰子が調べた情報では、糖尿病性腎症で透析している患者が足を切断すると、五年生存率は二割を切る。

だが俊介の場合、糖尿病の家系ではあるものの、透析まではしておらず、楽観していた。
割れたものの始末をする声。それを聞かせたくなくて襖を閉める喜久雄だったが、却って言葉が詰まる。
長い沈黙の後、口を開いたのは俊介。
「喜久ちゃん、もうあかん・・・。悔しいけど、ここまでや」
喜久雄に浮かんで来たのは、ほぼ盲目となった時の先代白虎。喜久雄が両手を取って楽屋から舞台まで連れ立って歩いた。あれが役者の意地。本当は息子に見せたかった。
「俊ぼん、旦那さんはな、最後の最後まで舞台に立ってたよ」