新聞小説 「国宝」 (11)  吉田 修一 | 私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)

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新聞小説 「国宝」 (11)   9/15(251)~10/9(275)

作:吉田 修一  画:束 芋

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感想
順調に復帰の道を歩む俊介に対して、スキャンダルまみれの喜久雄。竹野の策略とはいえ、今まで丹波屋を支えて来た努力が報われないのが辛い。その事を幸子、春江は判っていても口に出せない。

 

それにしても、歌舞伎のためと言いながら、目上の歌舞伎役者の娘に手をつけて、一体喜久雄は何を考えているのか。こうなって来ると、喜久雄を応援する気持ちがちょっと萎えてくる。

 

あらすじ

第十一章 悪の華 1~25
大阪、故花井白虎の屋敷内。春江が息子の豊一に柿を食べさせている。奥の間で幸子が入信している西方信教の面々がお題目を唱えている。
信者たちに食い物にされている幸子。春江は豊一をけしかけて奥の部屋まで競争!と言って走らせる。驚くお勢。

駆け込んで幸子に抱き付く豊一。叱責する代表の幸田にも動じない春江。
幸子が豊一に引かれて部屋を出ると、幸田と信者三名の前に座る春江。幸田は、元はと言えば春江が俊介を唆して家出させたのが原因だと、いいがかりをつける。
それをさらりと受け流し、用は終わったとばかりに襖を開ける。
幸田らを追い出した手腕を見て感嘆するお勢。

お勢と気兼ねなく話せるおかげで、春江もここに住む事が出来ていた。お勢は俊介のダメな所をイヤというほど知っており、よくこの十年やって来れたと話す。春江も、旅行用トランク一つで春江のアパートの前に座っていた俊介を思い出す。
「俺は逃げるんちゃう」 「本物の役者になりたいねん」あの時そう言った俊介。

 

幸子が春江に相談。明治座での舞台復帰もあり、この屋敷をたたんで東京に出てはどうかという話。もちろんそれに反対する理由はない。
いっぺんだけ聞く、と言って幸子は「喜久ぼんのことは・・もうええんやな?」  「はい」と強く頷く春江。

 

東京進出へ向けて動き出す幸子。これまで丹波屋を支えて来た礼と、今後の展望についての手紙を喜久雄へ出す事を春江に命じる。
そして俊介が借りた代々木の借家へ移った幸子と春江母子。お勢と源吉も近くにアパートを借りた。俊介は稽古漬けの毎日で雑多な事は出来ず、屋敷の明け渡し手続き、贔屓筋への挨拶回り等は全て幸子と春江がこなした。
贔屓筋からは、やはり丹波屋の本流は俊介だという励まし。
喜久雄からの返信が春江に届いた。短いもので、大阪の屋敷を三友に返す事、借金の移譲、それから丹波屋への感謝。

 

 

竹野が準備した俊介復活劇が始まろうとしていた。
当初竹野が考えていたシナリオは、歌舞伎ファン以外の大多数には全くアピールしない。そこで目を付けたのが、喜久雄が京都の芸妓に産ませた隠し子。昔なら役者の隠し子など話題にもならないが、世はワイドショーの時代。このテの話題が視聴率を稼ぐ。

 

上層部の一任を得た竹野は、世間のお家騒動好きも利用して、喜久雄が部屋子から白虎の代役を奪い、三代目半二郎まで名乗っている事を、悪意を込めて発信しているうちに、喜久雄を悪者にするイメージが世間に浸透し始めた。
その上で、喜久雄の隠し子に関するスクープを、当時創刊間もない写真週刊誌に売り込んだ。
その結果、記事は大きな反響を呼び、喜久雄の悪いイメージが定着した。

 

続けて竹野が打った策は、俊介たち一家のTV出演。トーク番組として出て欲しいとNHKが食い付いて来た。歌舞伎通で知られるアナウンサーを起用して、丹波屋の歴史を振り返りながら、豊富な映像資料と共に盛り上げる。あくまでも謙虚な俊介は、この10年についても控えめな表現。それが更に喜久雄憎しという空気を醸成して行った。
TV出演効果もあって、復帰公演のチケットはほぼ完売。歌舞伎不振の中での光明。

 

 

そして迎えた初日。人目を避けて舞台裏に立つ喜久雄。それに気付いた幸子は申し訳なく思う。
万菊と俊介の競演。十年前とは明らかに違うその姿を見つめて息を飲む喜久雄。
大団円の鐘入りを前にして逃げるように駐車場へ行こうとした時、多くのフラッシュに包まれる喜久雄。取材の群れの中から、大阪の屋敷が売りに出された事についての質問が。喜久雄が追い出したのではないかとの濡れ衣。沈黙のまま車で立ち去るが、TVでは、屋敷を喜久雄が勝手に売りに出した事にされていた。

 

俊介の初日を視聴した早大教授で劇評家の藤川が寄稿した評論。俊介を、若手の一群から頭一つ抜け出したと評価した。
評論を読んで喜ぶ幸子たち。
俊介が誰か連れて来るという話を聞いた直後に訪れた竹野。客は彼だった。竹野が持って来たのは家庭用ビデオデッキ。
そんな時に、松野と名乗る男が訪れた。春江が対応して外に出るのを気にする幸子。

 

朝のドタバタ。吾妻千五郎の次女、彰子が身支度をして降りて来る。母の桂子が、婚約した久住達夫の話をする。
歌舞伎役者だが、学のない千五郎の希望で彰子が見合いをしたのが一年前。久住は東大の経済学部を卒業。
キャンパスの公衆電話から喜久雄に電話をかける彰子。たわいのない話の後で彰子が気になる話を始める。覚悟は決めている、と喜久雄。

 

電話を切った喜久雄は自分に喝を入れる。注目される俊介にひきかえ、スキャンダルを抱えながら、端役しか与えられない現状に焦っていた喜久雄。
彰子が婚約中と知っていて抱いた。策略で女を抱いたのは生まれて初めて。それもこれも吾妻千五郎の後ろ盾欲しさ。愛していなくても、歌舞伎のためなら彰子を愛せる。

 

吾妻千五郎の足元で土下座をしている喜久雄。横には彰子。何が娘さんを下さいだ!と興奮して喜久雄を足蹴にする千五郎。すがりつく彰子を蹴飛ばす。それを抱き抱える母の桂子。
家の前に止めた喜久雄の車が邪魔で、後続車のクラクションが鳴り響く。
お前は騙されている、と繰り返す千五郎。こいつは舞台の事しか頭にないんだぞ、とも。
一緒になりたいならこの家から出て行け、と言って部屋を出て行く千五郎。
母の桂子は、とりあえず喜久雄に帰ってくれと懇願。彰子は、それなら私も一緒に出て行くと言った。
思わず目を逸らす喜久雄。