新聞小説 「国宝」 (13)  吉田 修一 | 私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)

私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)

日々接した情報の保管場所として・・・・基本ネタバレです(陳謝)

新聞小説 「国宝」(13)  11/5(301)~11/30(325)

作:吉田 修一  画:束 芋

レビュー一覧

                  10  11  12  13  14  15  16  17

18 19 20  全体まとめのあらすじはこちら

 

感想
俊介、喜久雄それぞれが演ずる「鷺娘」が、高い評価を受ける中で迫る綾乃の危機。
小説でも、映画でも子供にシワ寄せが来る話は、切ないものだ。徳次も幼い頃から面倒を見て来た綾乃を、自分の娘の様に感じていたのだろう。

 

「指詰め」は「ザ・ヤクザ」「ブラック・レイン」等で任侠の儀式として行われるが、自分でもしやると考えると体が震える。徳次が綾乃と引き換えに、迷いなく指を詰めるシーンは、数回繰り返して読んでしまった。
徳次の献身。この深い心情には共感出来る。

 

また、自分が不利になると判っていて、辻村のパーティーへの出演を行った喜久雄。この気持ちは尊いが、辻村は父権五郎の仇。それがいずれ判る時が来るのだろうか。

 

しかし、もうそろそろこの小説も一年経つ。「国宝」と言われる年齢に彼らがなるのには、まだまだ物語が必要だが、さて・・・・・

 

あらすじ

第十三章 Sagi Musume  1~25
俊介が、芸術選奨を受けた直後に国立劇場で披露したのが「鷺娘」。この内容は、長く絶えていた「四季詠寄三大字(しきのながめよせてみつだい)」によるものを、自ら文献を研究して復活させたもの。
目の肥えた歌舞伎ファンも唸らせた。

 

 

この話にすぐ飛びついたのが竹野。今ではフリーのプロモーターの様に動いている。
個人事務所社長となっている彰子に、喜久雄にも鷺娘をやってはどうかと持ちかけた。
喜久雄には、あるプランがあった。それはオペラとの競演。
反対しかけた彰子だが、マネージャーの素質があり、ツテを求めて世界的なオペラ歌手のリリアーナ・トッチとの競演をまとめてしまった。
その東京公演はたった七日間だったが、マスコミがこぞって報道し、評価も高く話題をさらった。パリの劇場からのオファー。

 

そして行われたパリ公演。満員の観客は、喜久雄の白鷺とリリアーナの歌声に酔いしれ、予想を超えた大成功を収めた。
帰国してもその騒ぎは続き、歌舞伎に興味のない者さえ半二郎の名を口にした。
だがこの時期、俊介が低調だったわけではなく、喜久雄にない「いぶし銀」の芸風で一目置かれていた。

 

 

そんな折りに九州の辻村から電話が掛かって来る。辻村が愛甲会を継いでからもう二十年。その愛甲興産創立二十周年のパーティーで、喜久雄の鷺娘を踊って欲しいという。
九州の勢力図も変わり、辻村の力が落ちて来た今、この祝賀会で巻き返しを図ろうとしていた。
ほとんど二つ返事でその申し出を受ける喜久雄。

だが電話を切った後、それに反対する徳次。世話にはなったが、今さら喜久雄にとって何の得もない。
更に、警察がこのパーティーを狙って、見せしめのための逮捕劇を計画している、という噂もある。
だが喜久雄は、ここで小父さんの頼み聞いてやれなんだら、生まれて来た甲斐がない、と話す。

 

徳次の元へ京都の市駒から電話が掛かったのはそんな頃。ここしばらく綾乃が帰っていないという。元々活発だった綾乃だが、例のバッシング騒ぎでは強く傷付いた。母親も芸者。

それでも本人なりに耐えて来たのが、中学に入って一気に変化。髪を赤く染めてチリチリパーマに般若メイク。だがバーをオープンしたばかりの市駒は手が掛けられず、どんどん素行が悪くなった。

 

舞台に穴を開けられない喜久雄に代わって、徳次が京都に向かった。

京都に付くと徳次は、弁天から聞いていた裏社会に顔の利く男から、綾乃を引き回している暴走族のタカシを割り出した。
その家に行くと、細々とストアをやっている母親が、勝手に入って、と裏の実家を指した。
荒れ放題の部屋は、シンナーの臭いもして数人の男女が転がっている。そこに一人、制服姿で座っている少女。綾乃だった。

 

綾乃を入院させ、治療をしているところへタカシたちが連れ戻しに病院へ乗り込んだ。その男らをブチのめし、タカシが目から出血するほどに殴って追い返した徳次。
話はそれで終わらず、暴走族の上の組織、南組の組員が包帯姿のタカシを連れてやってきた。
「事務所に連れてってもらえへんやろか」と徳次。

車で向かう道中、辻村の顔がよぎった徳次だが、辻村のパーティーに出るなと言った事、また今まで喜久雄が一度たりとも辻村の暴力に頼った事がなかった事もあり、それはないと決心した。

 

男たちに通されて組長の前に出される徳次。組長は父親の半二郎に話がある、と言って部屋を出ようとしたが、その半二郎の名代や、と組長を呼び止める徳次。
肝の据わったその姿に、死ぬ覚悟で来たことを悟る組長。

くだけた物言いになった組長が、仮名手本忠臣蔵の九段目の一節を口にする。忠義のために死ぬのが当然の歌舞伎のなかで、珍しい演目。「・・・子故に捨つる親心」と続ける徳次。子供のために命を捨てるという台詞。
あんたの事を気に入った、と言って、娘のことは諦めるから、指詰めて帰ったらええ、と続けた組長。それには組員がざわついた。
徳次の前に出されたまな板と鑿。袖をまくり、酒を口に含んで淡々と準備を進める徳次に、役者の付き人にしとくのは惜しい、と組長。
「兄弟の杯交わしたんが、あいにくの色男、しゃーないですわ」と言いながら、小指の関節に置いた鑿に体を乗せる徳次。

 

 

福岡一の繁華街に建つグランドホテルの、一番大きなホールで開かれた愛甲興業創立二十周年の祝賀会。
辻村による挨拶。辻村の立場が弱くなったのは、それまでに長い付き合いのあった代議士が、力を失ったことに起因するが、このパーティーの見掛けは、そんな事を思わせない盛況ぶり。

ステージ演出のため、席に戻るようにというアナウンスの後、周辺が暗くなり、明るくなったステージにはらはらと白雪。そして白無垢姿の喜久雄。
拍手も忘れてその美しさに見とれる客たち。それを見ながら幼い頃を思い出す辻村。8月の長崎で背中を焼かれて息絶えた母親。そして復員して来た喜久雄の父、権五郎に闇市で出会った。

 

舞台ではクライマックスが過ぎ、最後に白鷺が羽ばたこうとした時、照明が点けられた。
「静粛にしてください!」という声。警察のガサ入れ。麻薬、労基法、銃刀法・・・と続けられる逮捕容疑。
連行されようとする辻村に「小父さん」と声を掛ける喜久雄。無言で首を横に振る辻村。

 

辻村逮捕は大々的なニュースとなった。なかでもその舞台に立っていた半二郎の、愛甲会を巡る関係を暴くスクープ合戦が激化した。
今までも、喜久雄の過去は特に隠されていたわけではなく、背中の入れ墨についても周囲が気遣って守られて来たもの。その歯止めが一気に崩れた。
これを受けてNHK始め民放各局、一般企業も喜久雄との付き合いを辞退。新派そのものの死活問題にもなるため、座長の曽根松子も、しばらくは喜久雄抜きでの運用として謹慎をさせた。

 

そんな頃、綾乃は退院して市駒のもとへ戻ったが、男に会いに行く。だが南組からの指示で男に追い返された。混乱した綾乃は、更にたちの悪い者たちへの接触を行い、薬物にまで手を出しかけたところで補導された。
今度はさすがに喜久雄が徳次と共に京都まで行くが、決定的な親子の断絶を味わう。

このままでは同じ事の繰り返し、と綾乃を東京に連れ帰った喜久雄だが、心を開かない綾乃を前にして途方に暮れる。

 

そんな時に春江から電話。彰子と共に話を聞きに行く喜久雄。春江は、薬は地獄や、自分には大切な人がそれに苦しんだという経験がある、と言った。口にはださないが、それは俊介のこと。

最初は反抗的だった綾乃も掃除、洗濯、炊事とこき使われているうちに生活の乱れも正されて来た。
だが喜久雄の状況は明るいものではなく、貸してくれるホールもなかった。

 

父千五郎からの電話を受ける彰子。
彰子の話では、今度二人で家に来い、とのこと。別れろとの話なら行かない、と言ってもただ来い、としか言わないらしい。
覚悟を決めて千五郎の前に座る喜久雄。「お前、戻って来い」と彰子ではなく喜久雄に言った。
貧乏くじだと判っていて、自分が世話になった親分さんの顔を立てた事を評価した千五郎。

 

喜久雄に対して千五郎の許しが出た事は、あっという間に歌舞伎界に広まった。千五郎自ら三友幹部に出向いて喜久雄を弁護した。
だが無条件で復帰させるわけにも行かず、喜久雄に記者会見を行わせ、今後一切暴力団との付き合いをしないと宣言させた。
この会見を受けて三友が満を持して発表したのが、半二郎と半弥による「源氏物語」。配役を日替わりにして喜久雄が光源氏をやる時は俊介が女を、翌日はその反対という前代未聞の趣向。