新聞小説 「国宝」 (10)  吉田 修一 | 私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)

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新聞小説 「国宝」(10)   8/20(226)~9/14(250)

作:吉田 修一  画:束 芋

レビュー一覧 

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感想
出奔して生死も定かでなかった俊介の出現で、ちょっとダレていたドラマに流れが戻って来た。

 

必死で丹波屋を支えて来た喜久雄とは裏腹に、俊介の復活劇演出のため、喜久雄を悪役に仕立てる計画が着々と進む。
しかし彰子って、前に出てないよな?

 

あらすじ

第十章  怪描 1~25
雑然とした店内で飲んでいる竹野。かつて三友の社員で、喜久雄と取っ組み合いをした男。三友の梅木社長に引っ張られて大阪の大国TVに出向中。もう一人は同僚の松浪。企画の打合せだが、素人参加番組でゲテモノ趣味。
そんな話の折りに松浪が、最近気色の悪い劇団が人気らしいとの事。見世物小屋で化け猫を演じるとか。今は鳥取の三朝温泉で公演中。

 

 

ほろ酔いで三朝の温泉街をフラ付く竹野。いかがわしさの漂う温泉劇場で切符を買う。第一部「有馬の猫騒動 化け猫伝説」、第二部「お色気マジックストリップ」。
最後列で缶ビール片手に座ったとたん開演のブザー。本格芝居どころか目もあてられない田舎芝居。だがその中で召使いのお仲を演じる者が出た瞬間、舞台の空気が張り詰める。
その中で見事に化け猫への早替わりを見せるお仲。目の肥えた竹野が見ても素晴らしい化け猫と女の演じ分け。
舞台に釘付けになっていた竹野、我に返ってビールを口にするが、その手が震えている。

楽屋に行きたいと受付に顔を出す竹野。だがそんな気のきいたものはない。横の暖簾の先へ案内されると、そこで化粧を落としている男と目が合う。
奥の間から「俊ちゃん」と女の声がかかる。

 

若狭の海水浴場で綾乃と遊ぶ喜久雄。喜久雄が東京から京都に惑ったのが、俊介が三朝温泉で見つかる前年の夏。
長逗留する父親に、次第に慣れる綾乃。喜久雄の心も回復して来る。
海の家で和む喜久雄、市駒、綾乃の三人。そんなところへフラリと訪ねて来る徳次。
はしゃぎ疲れた綾乃を寝かせて、大人三人で飲み交わす。顔色の良くなった喜久雄を見て喜ぶ徳次。
徳ちゃんにいい人おらんのやろか、という綾乃の話でからかう喜久雄。
ここしばらく京都で暮らして、頭も体も若返ったと話す喜久雄は、そろそろ東京に戻ろうかと話し始める。

 

別府行きの特急列車に乗る竹野と小野川万菊。竹野の画策で、万菊に俊介の芸を見せようとしている。
本件を上司の梅木に話した竹野。一連の説明をして、俊介の復活劇を、うちのTV局で特集すれば一大ブームになると売り込む。梅木は、俊介が生きていた事にまず安堵し、その後を竹野に任せた。
竹野のアイデアは、喜久雄を完全な悪役に仕立てること。そのために後ろ盾となるべき万菊に相談した。
「そう、丹波屋の半弥さん、やっぱり死ねなかったのねぇ」と言い、会いに行く事を快諾。

 

別府の高級ホテルからタクシーで、鉄輪温泉郷まで行き、芝居小屋の前で降りる万菊と竹野。あらかた埋まった席の中でようやく空席を見つけて万菊を座らせる竹野。
開演し、例によって最初は稚拙な踊り。苦痛に歪む万菊の顔を見て祈る思いの竹野。その場も過ぎて召使いお仲の出番となり、前のように見事な化け猫の早替わり。観ているうちに、次第に手が動き出す万菊。

「楽屋へまいりましょう」芝居が終わり、万菊が言う後に続く竹野。土間を抜け、背中を向けて化粧を落としている俊介に声をかける万菊。
「ほんとにあなた、生きててくれてありがと」

 

三友本社から、俊介が見つかったという知らせを受け、急いで車を走らせる徳次。風呂敷に包んだ白虎の位牌を持っている。
「もう十年やで」と徳次。喜久雄の苦しみは俊介のせいでもあり、複雑な気持ち。

 

三友本社で、俊介との対面。この十年の思いがお互いの心を熱くする。
「遅刻や」と言って俊介のおでこに思い切りデコピンをする喜久雄。

再会の十五分ほどの後、俊介が春江に会ってくれないかと言う「ガキ、おんねん」
男の子を遊ばせている母親がじっとこちらを見つめている。
もうすぐ三歳だという。名前は一豊(かずとよ)。立派な名前だと言って子供を抱きしめる喜久雄。

 

 

再会してから二週間ほど経ったが、俊介とは二度しか逢わず、空白を埋めることが出来ない。この間に喜久雄が肩代わりした借金は自分が引き受けるとの俊介の言葉もあったが、喜久雄の意地もあり進まず。
ただ借金は膨れ上がるばかりで、舞台のためという事もあり、大部屋俳優を切ることも出来ず、年の瀬には辻村から援助をしてもらって何とか繋いでいる始末。

 

手伝いの花代が三友からのファックスを喜久雄らに見せる。俊介の復帰公演を明治座でやるという。万菊と絡む大役。徳次としては、結局この世界、血筋なのかと腹を立てる。徳次を制止しながらも、その思いが心に沁み込んで来る喜久雄。

 

喜久雄が、出演している劇場の楽屋で化粧を落としているところへ俊介が訪ねて来た。春江らを住まわせる家が決まった事の報告だが、この後上階の稽古場で万菊から直接稽古をつけてもらうという。
早々に出て行く俊介を見送りながら、自分がそれをひどく羨んでいる事に気付く喜久雄。

帰り支度をしたものの、上階が気になる喜久雄は、そっと稽古場に近づく。厳しくも心のこもった指導に、胸を締め付けられる喜久雄。悔しさで壁に押し付けた拳から血が滲む。
力なく帰路についている喜久雄の前に、ふいに若い女が飛び出して来た。

「喜久雄お兄ちゃん!」
江戸歌舞伎の大看板、吾妻千五郎の次女、彰子だった。現在大学生。