朝日 新聞小説「早雲」(5)97~117 作:砂原浩太朗
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登場人物
伊勢新九郎 のちの北条早雲
伊勢盛定 新九郎の父
伊勢八郎 新九郎の兄
大道寺太郎 伊勢家の家宰
山中才四郎 伊勢家の近習
蕨子(わらびこ) 新九郎の姉
龍王丸 蕨子の子
芳乃 乳母
今川義忠 蕨子の夫 駿河の守護
関叟梵機(かんそうぼんき) 法泉寺住職
吾平 法泉寺の寺男
さよ 吾平の孫
仁吉 荏原庄の百姓若頭
お甲 五郎次の情婦
珠徹(しゅてつ) 祥雲寺住職
伊勢盛頼(もりより) 新九郎の従兄
鰐淵 盛頼の従者
笠原平左衛門 家臣(高越山の城代格)
清水孫三郎 家臣(高越山の城代格)
感想
前章では一休との出会いや、小弥太との再会と見せ場が多く、毎朝ストーリーを追うのが楽しかった。
さて、荏原庄を出てから二年半ののちの帰郷。原因となった寺領争いで、例の村祭りで揉めた従兄の伊勢盛頼と対峙する新九郎。
それを何とか片付けた後さよを見つけた新九郎。まさかの仁吉と夫婦になっていた。関叟和尚に読んでもらうのを憚るのは分かるとして、なんで仁吉なんかに読んでもらう?(オカしいだろ)
さよの、半分諦めの境地がそうさせたか。元々新九郎を知る前は仁吉といい仲だったし・・・
刀を抜こうとした新九郎を止めた、才四郎のファインプレー!
これからも、新九郎を長く支えて行くんだろうな。
この一件でやっぱり新九郎はちょっと「放っておけない」ヤバいヤツの雰囲気を醸し始めた(まあ五郎次を殺した件もそうだが)
そして訪れた家宰の大道寺太郎。危急の用とは父上の事か?と思ったが違うみたい・・・
あらすじ
帰郷
一 10/8(97)
乾いた秋の風。大きく息をつく新九郎。
「──やはり荏原はよいな」しみじみと洩らす。山中才四郎はじめ、控える者たちが頷き返した。
父の命を帯びて二年半ぶりに備中荏原庄へ戻って来た。
宿老たちは喜び、休む間もなく乞われるまま、居城のある高越山へ登った。頂で辺りを見回す。お言葉を頂き士気が上がる、と言う笠原平左衛門に清水孫三郎が半畳を入れる。
父と同年配で、この二人が城代格としてこの山と荏原庄を預かっている。宿老たちの遣り取りを眺める才四郎。
「今宵は、ぜひ帰郷を言祝ぐ宴を」と告げる笠原。
それは受けるが、まずは詳しい話を聞こうと言う新九郎。
そう言いつつも、胸の奥に女の面影が広がるのが抑えられない。
二 10/9(98)
宿老たちが眉を顰める。代表して笠原が「例の盛頼さまが・・」
伊勢盛頼は新九郎の従兄にあたり、荏原庄の半分を有している。
それに飽き足らずの難癖。今回は祥雲寺の寺領を横領しているという。手段は不明だが、根拠となる書き付けがあるとの事。まずはこちらに裁定の意がある事を示すべしというのが、昨年入道し、今は正鎮と名乗る父 盛定の命。こたび同行していないのは、一昨年管領 細川勝元が亡くなった後、三春君が義尚として九代将軍となった事もあり、都から離れ辛いため。
祥雲寺と従兄、どちらに赴くか迷った。まことは菩提寺である法泉寺へ行き、さよに会いたかったが、そうもいかぬ。
「従兄どのの方かな」と皆を見回して言った。
三 10/10(99)
そのわけを清水孫三郎が問うた。笠原平左衛門も頷く。
従兄どのの方が面倒だからだと返す新九郎。揉めている相手方へ先に赴いたと知れば無駄に機嫌を損ねる、と言って合点させた。
そうと決まれば、と才四郎と笠原を伴って出発の手筈を決める。
少しでも早く役目を終え、さよの居る法泉寺を訪れたい気持ち。
そのまま山を下り麓の居館で栗毛を引き出す。新九郎の事を覚えていた様だ。三騎連れ立って門を出る。秋風が身を擦り抜ける。
ほどなく着いた盛頼の屋敷。門で才四郎が来訪を告げると、さほど間を置かずに出て来た者が「あっ」と声をあげる。
四 10/11(100)
相手は盛頼の側仕えで、確か鰐淵という男だった。いつぞや祭で喧嘩になった折り、新九郎が肋を折った相手。
従兄どのに会いに来たと言うと、不在だとの応え。どこへ行ったと聞いても答えない。追いかけるかここで待つと言うと「ではお連れ致しましょう」と下人に馬を引き出させた。
笠原が危ぶむが、無言で頷いた新九郎は鰐淵のあとを追った。
促されるまま馬を駆ると、見覚えのある道筋が続く。
思案するうちに長い築地塀が目に入って来た。「えっ」
思わず声を上げると鰐淵が馬を止め「着きましたよ」
下馬した新九郎は呆然と見上げた。それは見慣れた法泉寺の門。
五 10/12(101)
先ほど辿った道筋は、いつぞやわざと遠回りしたものと気付く。
「なにゆえ盛頼さまがここに」と呟く笠原に、来れば分かりますよ、と言って先導する鰐淵。鼓動で胸苦しくなる新九郎。
さよの小屋の前を通る時は足先の感覚もなかったが、幸い当人には出くわさない。本堂の前で「ご免候え」と才四郎が言った。
小僧が顔を出す。知らない顔。「高越山の新九郎様じゃ」
驚愕する小僧。慌てて本堂に入った後、すぐ戻り「どうぞお入りください」と頭を下げた。
懐かしく天井を見上げながら歩んで行くと、ご本尊の前に影が三つ腰を下ろしていた。
六 10/14(102)
近づく新九郎をみとめ「おお、見違えましたな」と声をあげる法泉寺の住職 関叟梵機。もう一人はむろん従兄の盛頼。渋面。
最後の五十歳ほどの僧衣をまとった男を、祥雲寺の珠徹(しゅてつ)和尚だと紹介する関叟。つまり寺領横領の被害者当人。
なにゆえここに、と洩らす盛頼に事情を話す新九郎。連れて来るべからずとは言われていなかったと言い訳する鰐淵。
実は寺領の件で、珠徹どのに相談を持ちかけられたと話す関叟。
珠轍は盛頼及び新九郎にとっての叔父だが、出家しているので付き合いはない。法泉寺での法要で数度会ったのを漸く思い出す。
他ならぬ和尚様の呼びかけゆえ参ったと言う盛頼。
七 10/15(103)
寺領は頂くが、叔父御にはいくばくかの食い扶持を宛がうと言う盛頼。その言葉に体躯を震わす珠徹。関叟がその背をさすった。
波風を立てる事もあるまいと言う笠原平左衛門に、伊勢家一門の話に口を出すなと返す盛頼。鰐淵も「はい、いかにも」
「では、それがしならよい道理ですな」と膝を進める新九郎。
なぜ祥雲寺の寺領に執着するのか訊くと、子のない叔父の所領を、甥である儂が引き継いで悪い道理はないと言い放つ。
「だいいち、珠徹さまはまだ生きておわす」と言ったものの、相手には端から道理などない。寺領絡みの書き付けを、たまたま手に入れたという程度の話だろう。
八 10/16(104)
見かねた関叟が、寺に費えが要りようだと言い、下男などへの費用も話す。声にこもる実感。盛頼も苦笑しながら刺々しさが薄らぐ。それを見澄まして語を継ぐ関叟。
先ほどの食い扶持は、しばらくは寺領から上がるのと同じだけを朱徹どのに渡してはと提案。唖然とする新九郎。
それでは寺領を我がものとする意味がない。童にも分かる道理。
が、盛頼は片頬を歪めつつ、和尚どのには敵わぬと、この年の内はそうしてもよいと返した。今年と言っても残り幾月。
それでも関叟は笑みを浮かべて、感謝に堪えぬと頭を下げた。
盛頼が立ち上る。ようやくこちらへ目を向けた。
「たまには遊びに来い」不思議なほど気軽に呟いて、鰐淵を伴い去って行った。
九 10/17(105)
気付くと関叟が微笑んで新九郎を見守っている。
「関叟どの」と言って珠徹和尚がかたじけのうござった、と額を床につける。新九郎たちもそれに倣い、深々と腰を折った。
その場しのぎだと顔の前で手を振る関叟。
それはそれとして、と新九郎に向き「よう戻られた」と関叟。
こちらに通えなかったことを謝る新九郎に、八郎どのは残念だったと返す関叟。
──さよは、どうしているだろうか。寺領の件が先送りされたため、押し込めていた思いが湧き出す。だが皆の前で口に出来ず。
その時「では、拙僧はこれえにて」と珠徹が腰を上げる。
我らも参りましょうか、と笠原がそれに続いた。
十 10/18(106)
とっさに笠原を呼び、才四郎と二人で珠徹を送ってくれと頼んだ。どうするのか訊かれ「積もる話もあるゆえ」と応えるが、わずかに後ろめたい。才四郎が「ごゆるりと」と言って踵を返す。
彼らが出て行くと、改めて静けさが迫る。
「・・・見違えましたな」改めて言う関叟。
「いえ、まだまだで」と言うと「それは分かっており申す」
それで二人して笑った。都で様々な人に会ったと言う新九郎。
小弥太のことも一から伝えた。離れている間に、この方との距離がいっそう近づいた気がする。腹蔵なくとはこういう事か。
人と人との関わりは、時に会わずとも深まると呟く関叟。
が、いいざま、寺男の吾平が亡くなったと伝えた。
十一 10/19(107)
小屋の前に立ち、しばらく動けない新九郎。
関叟は、もう一年以上前の事だと言った。
歩く鳩の眼差しに促されて縁側へ上がり、軋む戸を開けた。
饐えた様な匂いが押し寄せる。中は意外なほど荒れていない。
ここで眠っていた老人の姿が眼裏に浮かぶ。
──俺のせいなのだろうか。
さよと思いを通じてからは、折々に野菜や米を渡していたが、都に上ってからは絶えた。家臣に命じることは出来なかった。
──ここに居てよいと申したのですが、との和尚の言葉が痛い。縁側に出ると、ゆっくりと戸を閉めた新九郎。
これから、行くところがあった。
十二 10/20(108)
新九郎は法泉寺を出ると南に馬首を向けた。見覚えのある大木。村祭りの夜、さよを待っていた杉の木。しばらく見つめ、再び馬を走らせる。さよ宛ての手紙は関叟から渡されていたが、読んでやろうかとの申し出にためらったさよ。
せめて、文を送った自分の気持ちが届いているよう願った。
刈り入れ後の土作り作業が進んでいた。その様子を窺いながら、馬をそろそろと歩ませる。百姓たちの不安そうな顔。
新九郎が、ふいに息を止める。行く手の田で動く影に、はっきりと見覚えがあった。
十三 10/21(109)
手綱を木に結び畔に向かった。「さよ──」
ゆっくり振り返ったさよ。近くはないが、唇の震えが分かる。
「・・・お帰りなさいませ」声も震えている。おじいの事を話し、食料を送ってやれなかった事を詫びる新九郎。
つまるところ、こうなるしかなかったと話すさよ。
和尚様は居ていいと言ったはずだが、と僅かに咎める口調。
男の人と同じには働けないと、強い言葉が返って来る。
それに、と言って眼差しが険しくなる。「あなた様にも、もうお会い出来なくなりましたし」
十四 10/22(110)
「・・・どういう事だ」呆然となって発した新九郎。
あなた様が仰ったのですよ、もう会えないと」と返すさよ。
「そんなこと──」言った覚えはないと応える前に、畦道を近づく人影。自分と同年配の、百姓。新九郎に気付くと足を止め、全身が震えて抱いた赤子を取り落としそうになった。
地に額を付け、這いつくばる仁吉。赤子はさよに渡して来た。
その場を離れる二人をくらい眼差しで見送るさよ。
「・・・どういうことだ」との問い。声に怒りがこもる。
夫婦になったと、滑稽なほど甲高い声で返した。
「なぜ、そういう事になった」拳を握りしめる新九郎。
手前が是非にと頼んだと続ける。「──それだけではなかろう」
新九郎の鋭い声に、仁吉の背がぴくりと撥ねた。
十五 10/23(111)
もう会えないと俺が言ったと、さよが言ったとの話をする。
身を震わせる仁吉。「言った覚えなどない」足を進める新九郎。
後じさる仁吉。「だが、誰かがそう伝えたとしたら」
逃げる仁吉の襟をつかみ、かたわらの樹に叩き付けた。
おゆるしを、の声にも構わず続けざまに拳を見舞う。
新九郎の直感に相違なく、さよは仁吉に手紙を読んでもらった。
頭分だった仁吉がかなを読めることは、新九郎も知っていた。
そこで仁吉は内容を捏造した。新九郎が嫡子になった事は領民にも伝えられていた。「・・・汚いぞ」
手がひとりでに動き、太刀の柄を握った。それを見て、領主の倅と女を取り合うなら、汚くなきゃ勝てねえと返す仁吉。
十六 10/24(112)
いくら惚れてても、奥方には出来ねえと開き直る仁吉。
「──こいつ」と怒りに任せ太刀を抜いた。
はずが、刀身が動かず。山中才四郎に手を押さえられていた。
気になり戻って来たという。この男はやり返す事が出来ず、それは領主となる方のなさることではないと諫めた。
「百姓の一人や二人、殺したとて何だっ、さような領主はいくらでもいる」口にして思わず息が止まった。──今、何を言った。
やっぱりそう思っていると返す仁吉。百姓なんて蚯蚓(みみず)かなんかだとしか・・・「──違う」と返すが声が震える。
「違わねえ」嵩にかかって続ける仁吉。「さ、侍なんてどうせ」
「蚯蚓など抱けるかっ」との言葉に仁吉の目が潤む。
十七 10/25(113)
仁吉が、ちきしょうと叫んで走り去る。追う気力はなかった。
さよの面差しが浮かんだ。──騙されたかったのか。
仁吉が言ったようにさよを奥方には出来ない。さよ自身、いずれ身の振り方を、と考えていたか。都へ上る前夜、執拗に求めたのは、もし孕めば側女としての道も考えていたか。
だが、それを確かめる折はもうないのだろう。
気がつくと頬を伝うものが。──おわった。
何か大きなものを失い、終わった事は、はっきりと感じた。
深々と才四郎に頭を下げた。「留めてくれてよかった」
たぶん、と言い添えた。才四郎も濃しを折り、「はい、たぶん」
才四郎に向けて言う。「我ながら、ひどいことを言った」
十八 10/26(114)
百姓のひとりやふたり、と口走ったあの言葉。
今日は己の用意の良さを悔いたと言う才四郎に「留めたくせに」
「間に合ってしまえば、ああせざるを得ません」と、松の根方に座り込んだ新九郎と背中合わせで腰をおろす才四郎。
「男としては」とひとりごつ新九郎に「あんなものでは、すみますまい」真顔で応える。「打ち果たして女も奪う」と続けた。
「悪領主だな」「悪領主です」二人揃って笑う。
百姓とは存外強かだな、と呟く新九郎。
自分があなた様に仕えている訳が分かった様だ、と言う新九郎。
十九 10/27(115)
心もちの話だという。放っておけないところがあると続けた。
「──頼りないということかな」韜晦ぎみに応える。
何でも出来てしまうが、どこかぽつりとしている・・・
「ぽつりと──」女の面影が湧き出して来る。
「さよにも言われたな・・・村祭りの折だ」
ああ、と呟き笑みを浮かべた。「夕涼み」「そうそう」
自分が居てやらねば、という気になるのはさよも小弥太も・・・
ひとり合点だと言い添える才四郎。
大道寺太郎も、新九郎が嫡子になってから、楽しげだと言う。
あの男は昔からにこにこだと言うと、それは顔だけで、相当な切れ者だと続けた。
二十 10/28(116)
「そうなのか」の問いに深々と頷き返す。畏れてでもいるのか。
何とか腰をあげ「ああ、負けた、負けたなあ」と手足を伸ばす。
同様に続き「粉微塵に、とはこのことですな」とつけ加える。
「そこまで言わずともよい」と苦笑して歩き出す新九郎。
父・盛定からは半年ほど荏原庄に居て良いと言われていた。寺領横領の件が長引くとの判断。実際、年明けに改めて談合を行うことを、和尚の仲立ちで決めていた。
梅も盛りを過ぎた頃、あの大道寺太郎が訪ねて来た。
「いかがした」家宰の面もちがいつになく強張っている。
余人には託せぬ知らせだという。硬い声で告げた。
「ただちに、都にお戻りください」
茶話 その五 10/29(117)
以前触れた年齢に続いて。もう一つの早雲の謎、彼の素性。
本編で採用している①備中伊勢氏説以外で
②伊勢素浪人説、③京都伊勢氏説 がある。
早雲直筆の書状で、自分は伊勢の関氏と同族だとある。だがその事がなぜ素浪人に繋がるのかは定かでなく、今では「同じ伊勢平氏に連なる血筋」として解釈されている。
京都伊勢氏説も古くからあるが、享年八十八歳説と矛盾する。
一方早雲の出身を備中とする説が復活したのは、昭和三十年代に備中荏原庄の伊勢新九郎盛時なる人物が発見されてから。
これが様々な検証を経て、今主流の備中伊勢氏説に落ち着いた。

