新聞小説 「国宝」 (9)  吉田 修一 | 私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)

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新聞小説 「国宝」(9)   7/26(201)~8/19(225)

作:吉田 修一  画:束 芋

レビュー一覧 

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感想
厳しい環境の中で、次第に壊れて行く喜久雄。そんな中での徳次の思い。何とも気が重くなる章だ。
映画で注目されたとしても、歌舞伎で身が立たない限り意味がない、と思っているのだろう。だが肝心の歌舞伎の方は姉川に押さえられている。

「太陽のカラヴァッジョ」は「戦場のメリークリスマス」のオマージュやな。

 

あらすじ

第九章  伽羅枕(きゃらまくら) 1~25
麻雀仲間だった荒風。膝を痛めて引退するためにマンションの引き払い。それを手伝う喜久雄。
荒風とは、東京に出て来てからの仲であり、喜久雄の方から声をかけた。一心に稽古に励み、兄弟子たちを追い越して関脇まで行ったところで膝の故障。迎えに来た両親が喜久雄に礼を言う。楽屋入りのため、早々に明治座へ向かう喜久雄。
このひと月は小野川万菊、姉川鶴若の共演による「伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)」。喜久雄は端役しか与えられない。それでも東京の大劇場の雰囲気を味わえ、万菊の演技を間近で見られる事で「よし」とした。

 

 

ここは金沢の観光ホテルの宴会場。「藤娘」を演じる喜久雄だが、安い照明、カセットの長唄という状況で、徳次は不憫でならない。
この金沢営業の指示が三日前。ホテル代節約のため、現地へも当日入りというぞんざいな扱い。
演目も終わり、客相手の即売会場へ顔を出すために紋付に着替える喜久雄。主催者であるサンライフ社長の遠慮のない物言い。
トイレで顔を洗ってから、地元の有力者、蜂谷夫妻のボックス席に導かれる喜久雄。酔いの回った蜂谷が、この場で踊れと命じる。
さすがに悪い冗談とサンライフ社長がとりなすが、蜂谷は無理やり喜久雄の羽織を引っ張って立たせようとする。丹波屋の家紋が握り潰されるのを見て思わず「なにさらすんじゃ、このボケ!」と蜂谷の髪をひっつかみ、殴りそうになる喜久雄。

 

徳次が間に入って何とかその場を収め、会場を出た喜久雄を追いかける。
この、金沢での営業は弁天が世話をしてくれたもの。舞台での役もつかなくなった喜久雄の窮状を聞いた弁天が紹介してくれた。

 

弁天は、持ち前の毒舌キャラで師匠の西洋花菱と入れ替わるように、人気者になろうとしていた。
その弁天から、自分が出演する事になった映画に喜久雄も出してもらえるよう監督に頼んだという話が入る。その監督とは、以前北海道から帰って来た時にドキュメンタリー映画を撮った清田誠。
その作品に登場する日本兵の中に、歌舞伎の女形が居るという事で、弁天自身が巡り合わせを感じていた。だがその話が喜久雄にとっていい道だろうかと悩む徳次。以前進出した映画でも喜久雄は失敗していた。

清田監督は寡作ながらも良作を撮り続け、今では巨匠といわれており今度の作品「太陽のカラヴァッジョ」は太平洋戦争末期の沖縄戦を描いたもの。

 

迷いながらも喜久雄を訪れた徳次は、喜久雄が電話口で慌てる姿を見る。洋子が首を吊ったという話に受話器を奪い取る徳次。
映画共演をきっかけに、喜久雄が洋子と同棲まがいの事をしていたのが4、5年前。その後別れてからは、洋子が映画の主題歌でヒットを飛ばしたが、失踪事件を起こしたりして、行方が判らなくなっていた。
幸い洋子と、一緒に逃げていた男は命を取り止めたという。

 

徳次の持ち込んだ話を、喜久雄は最初断った。映画には向いていないと言う。それに対し、現状の八方塞がり、もう二十八となる年齢等を引きあいに出して説得する徳次の言葉を受けて、ようやく決心する喜久雄。
だがそうしてやっと引き合わせた時、清田は「歌舞伎役者は演技が臭い」と一蹴。徳次が取り繕うが、喜久雄は最初から諦めている。
だがその話の中で、清田にひらめくものがあったのか、その役を喜久雄で行くと決めた。

 

そうしてアメリカの有名ロックバンドのメンバー、ミスター・ハドソンも巻き込んでの撮影がクランクイン。
だが撮影が始まってすぐ、喜久雄の演技を臭い!と言ってさんざんカットをかけて罵る清田。実際はハドソンらのミスであっても、なぜかそれが喜久雄のせいにされる。
最初は喜久雄に同情していたキャスト、スタッフも次第に苛立ち、八つ当たり。そうした状況が何日も続く。夜も寝られず、空耳まで聞こえるようになる喜久雄。

 

 

翌日はこの映画の中でも重要なシーン、喜久雄演じる中野上等兵が、米軍上陸の噂の中で兵士たちから暴行を受けるというもの。「出来るわけない」と寝床でつぶやく喜久雄の背後で気配を感じる。
突然濡れ手拭いで口を押えられた上で腹を殴りつけられる。なすがままに暴行を受ける自分を、まるで外から見ているように感じる喜久雄。

 

夜の街を走る徳次。銀座の「クラブ萩」に入り浸っている喜久雄のところに向かっていた。
過酷な映画の撮影が終わり、東京へ戻ってからの喜久雄は、人が変わったように飲み歩く様になった。徳次がいい知らせを持って来た。あの「太陽のカラヴァァッジョ」がカンヌ映画祭で賞を貰ったという。
だがその知らせのファックスを喜久雄は「あほくさ」と握り潰す。
「もうええて!」という喜久雄の表情は、今まで徳次が見た事のないものだった。

 

ミスター・ハドソンをはじめ、もてはやされる出演者の中で、唯一喜久雄の姿だけがなかった。三友からも名前を売るチャンスだと言われたが、一切応じない。
そのうちに体調を崩して入院した喜久雄。どんどん衰弱する姿を見て途方に暮れる徳次。

 

そんなある日、喜久雄はしばらく市駒のところで暮らしたい、と言い出す。虫がよすぎるわな、とも。
関西に戻ってしまったら、二度と戻れなくなる、といやな予感がする徳次。