自己紹介①:子供の頃の話。 

自己紹介②:学生時代の話。 

自己紹介③:暗黒の二十代 〜序章〜 

自己紹介④:暗黒の二十代 

自己紹介⑤:仕事と結婚と子どもと。←イマココ

 

 

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自己紹介シリーズ、これにて完結です^^

最近、お会いする人に、

 

「面白いねー!」

 

と言っていただけて、

驚くやら嬉しいやら・・・

全てをさらけ出している甲斐があります(笑)

 

 

 

 

 

さて、元カレに振り回された(依存しまくった)

私の暗黒の二十代。

 

 

特に社会人になってからは、

ずっと恋愛がうまくいってなかったにも関わらず

私が仕事選びで重きをおいていたのは、

 

 

結婚・出産後も働き続けられるか

 

 

ということでした。

 

 

幼い時からの価値観が、顕著に表れていますね・・・

結婚も妊娠もしてないのにね・・・(汗)

 

 

 

だから、

CAの後ウエディングプランナーという

天職に出会えた後も、

 

「結婚・出産後も働ける?」

 

と、少しでも不安があると

次へ、次へ・・・

転職を繰り返し続けることに。

 

 

 

しかも、

ハードなお仕事にもかかわらず

昇給やボーナスがほとんどなく、

金銭的にも将来に不安が募り・・・

 

 

 

いわゆる「アラサー」の頃の私は、

彼氏もいない、

お金もない、

なりたい自分じゃない、

 

 

と、

不満で不安で、いっぱいでした。

 

 

 

でも、自分の価値観を見つめなおし、

「なりたい自分」

への地図を描くことで、

 

だんだん自分のことを自分でしあわせに

できるようになり、

 

 

「彼氏いなくても、毎日楽しいー♡」

「仕事楽しいから、なんとかなるかー♡」

 

 

と思っていると、アラ不思議。

 

 

 

 

素敵だなー、と思っていた

以前の職場で知り合った男性と、

偶然お食事に行けることになり、

 

トントン拍子にお付き合いができ、

 

あれよあれよと結婚でき・・・・

 

 

自分軸で動くとこんなに世界が変わるのか!

としあわせな毎日を送れるように

なったのです♡

 

 

 

 

 

 

 

・・・なんていいながら、

一筋縄ではいかないのが、私の人生。

 

結婚後、新たな課題ができあがります。

 

 

 

それが妊活。

 

 

 

結婚後、すぐに子供ができると思っていた私。

・・・にも関わらず、待てど暮らせど

妊娠しない・・・!!!

 

 

 

「同じ時期に結婚したあの子は、

もう妊娠したのに」

 

「妊活してたあの人も、妊娠しちゃった・・・!」

 

 

もうね、妊活した人にしかわからない、

あのどすぐろーーーーい感情。

嫉妬心と、自己嫌悪と。

 

人と比べるもんじゃないって頭ではわかってるけど、

心がついていかなくて。

 

 

 

友達の妊娠報告を聞いて、

電車の中で号泣したあの日のことは、

多分きっと忘れないと思う。

 

 

 

 

素直に喜んであげられない自分も、

嫉妬してる自分も、

すっごく嫌だった。

 

できることは全部してるのに、

これ以上何をしたら良いの、って。

 

 

 

 

そんな時、夫に、

 

 

「子供がいればもちろん嬉しいけど、

苦しんでるあなたを見るのは辛い。

 

それよりも、笑って過ごしてくれた方が

よっぽどいい」

 

 

って言われてハッとして。

 

 

 

あー、また私、

他人軸になってたし、

執着してたなーって。

 

 

コントロール出来ないことを、

コントロールしようとしても

無駄なんですよね。

 

 

だから、

一旦執着を手放して、自分を楽しむようにして。

そうすると・・・

 

 

 

 

幸運にも、こうのとりさんが

やってきてくれました。

 

 

 

 

 

 

よく、「諦めた頃に妊娠する」って聞くけど、

まさか自分がそれを体験するとは・・・。

 

 

苦しくて辛い妊活期間だったけど、

今振り返ると私たち夫婦にとっては

必要な時間だったな、とも思います。

 

 

 

それまで、

私は先回りをして、

 

「彼はこう想ってるに違いない」

 

って決めつけてる傾向があって。

 

でも、この妊活期間中に、

たくさんふたりで話をしなくちゃいけなくて、

そうすると、私が想像していた彼の考えは

全く見当違いなことも多かったんです。

 

 

だから、この期間に、

ふたりが「家族」になるための基盤

作れたことは、本当に良かったなぁ、って、

今振り返って思います。

 

 

 

 

 

 

 

でね、

最後に、ママになって思ったこと。

 

 

私、子供ができても働き続けたいって

ずっと思ってたから、

さっきも書いたように「産休・育休があるか」に

かなり重きをおいて転職してきたんだけど。

 

 

 

制度があったって、

子供が保育園に入れないと、

意味ないんだよね・・・・!!!

 

 

 

私は今までのキャリアは

全て無駄にならないと思っているし、

それぞれでたくさん成長できたから

結果としては満足してるんだけど、

 

 

結局、育休取れても保育園に入れないと

復職できず、辞めざるを得ないってことが

分かっていたなら、

また違う働き方をしていたのかもしれないなって

ほんの少し思います。

 

 

 

(たまに、

「保育園に入れないから、仕事辞めないといけないの?」

って聞かれるんですけど、

 

保育園に入れないと、預ける人がいないので、

物理的に会社員は続けられません。

(私の場合。親も近くにいないしね。)

 

逆に、保育園は入れなかったけど、

仕事辞めずに続けられてるって人、

いるのかなー??)

 

 

 

 

 

ということで、私が伝えたかったこと。

 

 

 

自分の価値観をしっかり見つめること、

経済的にも精神的にも自立すること。

 

そうすることで自分を幸せにできて、

自分の大切な人も幸せに出来るようになるよ。

 

 

だから、

 

今なんだかもやもやする、とか、

うまくいかないなー、

なりたい自分じゃないなー、

って時は、

 

ぜひ自分と対話して、

自分の価値観を見つめなおしてください。

 

 

しあわせな結婚がしたいなーと思ったら、

まずは自分で自分をしあわせにできる

基盤をつくってみてください。

 

 

きっと、世界が変わると思います^^

 

 

 

 

自己紹介シリーズ、

長々とお読みいただき、ありがとうございました♡

 

 

 

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自己紹介①:子供の頃の話。 

自己紹介②:学生時代の話。 

自己紹介③:暗黒の二十代 〜序章〜 

自己紹介④:暗黒の二十代 ←イマココ

 

 

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さて、恋にハマって旅に出てしまった

私の自分軸さん。

 

 

 

一方、私の恋愛はというと、

とーーーーーっても幸せでした♡

 

 

 

 

 

・・・最初の一年は。

 

 

 

 

恋愛経験がない女の子が、

ものすごーーーく好きな人と付き合うと

どうなるというかとですね、

 

 

とてつもなく重たい女になるんですよ。

 

 

ひーーーーー!!!(画像はお借りしました)

 

 

 

しかも、

今考えると結構なダメンズだったのに、

「運命の恋♡」

なんて思ってるから、

 

あばたもえくぼ、

恋は盲目、

 

状態。

完全に目を瞑ってました。

 

 

(どれくらいダメンズだったかというと、

結構な大金を貸したり(返ってきてない)、

半同棲なのに生活費一切くれなかったり、

半同棲なのに家事一切しなかったり・・・

 

 

・・・たまーに、

連絡が取れない夜があったり。)

 

 

 

 

 

恋に生きていた私は、

大学卒業して少ししたら

彼と結婚すると思っていたし、

(そんな話もしてたし)、

 

だから、

だんだん「なんかおかしいな?」って

事が増えてきても、

 

気づかないフリして、

嫌われないようにして、

 

付き合っていました。

 

 

 

 

だけど、その反面、

やりたいことを結構我慢した大学時代で、

 

本当はもう一度留学したかったけど、

彼に反対されてできなくて、

 

友達と旅行に行きたかったけど、

彼に反対されてできなくて、

 

(完全に他人軸・・・)

 

もちろん、そんな自分に悶々としている部分もあって、

 

 

 

 

だから、就職活動で自分の棚卸しをして、

 

「やっぱり、自分のやりたい仕事をしたい!!」

 

と思い、

新卒で念願だった外資系エアラインの

CAとして内定をいただきました。

 

 

 

 

 

 

正直、賭けだったんです。

 

そのエアラインは、外資系なので

ベースが海外。

海外に住んで、日本便と、LA便に

乗務するというフライトパターンで。

 

 

なんとなくギクシャクしてる私達、

少し離れたほうがうまくいくかな、って。

 

少し離れたら、すぐ結婚できるかな、って。

 

 

 

 

(もちろん、CAという仕事は

なりたくて仕方なかったし、

実際ものすごく楽しくてやりがいもあって、

なれてほんとうに良かったと思ってます!)

 

 

 

でも、距離が離れると、

余計に心も離れていくのが、すごく分かって。

 

 

そんな中で決定的な浮気事件があり、

私の心はズタボロ・・・!!

 

(当時は、彼が言う言い訳をなんとか

信じようとしていたけど、

今考えるとやっぱりありえない言い訳で・・・(笑))

 

 

 

 

 

 

それでも別れられなくて、

でも、もっともっと重い女になって、

本当に本当に辛い遠距離恋愛で。

 

 

そんな私に、彼も耐えられなくなったのでしょう。

 

(今振り返ると、本当にひどい女だったので・・・)

 

 

合計で7年間付き合ったんですけどね、

 

まさかの自然消滅( °д°)( °д°)( °д°)

 

 

いや、私は必死に連絡取ろうとしたんですよ!

 

夜中に数十回電話したり(←怖い)、

 

「○×でいいから返信ください」ってメールしたり(←怖い)、

 

あの手この手で連絡を取ろうとしたけど、

一切連絡が取れなくなってしまって、

(当たり前。)

 

 

 

ちーーーーーーーーーーん。

 

 

 

悲しくて苦しくて、

 

「元カレと復縁する方法」

 

的な本を何冊も読んだり(もちろん実行済み)、

 

 

有名な占いに行きまくったり、

(そこでまた、「運命の相手よ!」的なことを

言われることもあったので、余計執着する結果に・・・)

 

 

 

「私には彼しかいないし、彼には私しかいない!」

思い込んで、自分で忘れられないように

首をしめていました・・・。

 

 

 

 

恋愛がこんな感じでしたので、

やっぱり常に自分が満たされない。

 

不安で、不満で、

苦しい苦しい二十代でした。

 

 

 

 

「引き寄せ」をやったって効果ないし、

忘れたくても忘れられないし、

私は彼しかいないのにどうしたらいいの!?

 

って。

 

 

 

 

 

効果ないのは当たり前ですよね。

この時の私、完全に他人軸でしか

動けてなかったから。

 

 

 

でも、そんな自分、やっぱり嫌だったんです。

そんな自分、なりたい私じゃなかったんです。

 

 

 

彼に(他人に)振り回されて、

自分を見失って、

「なりたい自分」

から程遠い自分。

 

 

彼氏もできないし、

将来も不安だし、

何度泣いたか分からないけど、

 

泣いて、泣いて、

苦しんで、苦しんで、

自分と向き合った結果、

 

 

彼への執着を「手放した」時から、

 

 

本当ーーーにすべてが

うまく回り始めました。

 

 

 

 

 

 

ここまでにかかった期間は、

別れてから、5年。

 

 

片思い、付き合った期間を入れるとね、

 

まさかの15年間も

彼に執着していたことに・・・・( °д°)

 

 

 

こ・・・

怖すぎる・・・!!!(笑)

 

 

 

でも、

彼への執着を手放して、

自分としっかり向き合って、

 

 

本当に自分がやりたいこと、

なりたい自分、

を見つめて。

 

 

 

そうすると、やっっと、

旅に出ていた自分軸が戻ってきてくれて、

ブレない自分を少しずつ作れるように

なりました。

 

 

 

 

 

本当に泣いてばかりの二十代だったけど、

この苦しい恋愛から、

やっぱり

精神的にも自立しないと、

恋愛もパートナーシップも

うまくいかない、

ってことを学べました。

 

 

 

この経験のおかげで、

今しあわせな結婚生活が送れているのかな、

と思うと、

 

ほんの少しだけ、元カレに感謝してやらないこともないかな!

(←上から(笑))

 

 

 

 

・・・思い出すと熱が入りすぎて、

かなり長くなってしまいました(反省)。

お読みいただき、ありがとうございました!

 

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自己紹介①:子供の頃の話。 

自己紹介②:学生時代の話。 

自己紹介③:暗黒の二十代 〜序章〜 ←イマココ

 

 

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さて、やってきました、

暗黒の二十代の話(笑)

 

 

もう、ここで忘れてはならないのが、

元カレYくんの存在。

 

 

本当に彼抜きでは私の二十代は語れません。

(悪い意味でね。)

 

 

 

 

 

 

彼と出会ったのは、高校1年生の夏・・・(遠い目)

短期留学していたアメリカでした。

(1年間留学する前に、短期留学してたんです。)

 

 

 

この恋を語る前に、

改めてお伝えしておきたいのが、

私の恋愛スペックの低さ。

 

 

 

 

そう、身近な男性といえば

絶対に結婚したくない男No.1(私調べ)の父!

 

そして、両親不仲が引き起こす、

恋愛アレルギー!!

 

 

(男は敵だ!的なマインドが

埋め込まれていたことに、

最近気づきましたよ、トホホ・・・)

 

 

 

 

 

 

とにかく

 

「男に負けない私でいなきゃ!」

 

という想いが潜在意識にあったので、

それまでに恋愛はほとんど上手くいかず。

 

 

 

な・の・に!!

 

 

思い出してください!

私の趣味!!

(知らねーよ!なんて言わないで!)

 

 

そう・・・

田舎だからすることがないからね、

私がひたすらやっていたのは

 

 

 

少女漫画を読むこと。

 

 

 

さらには、

ジャニーズにハマること。

 

 

 

 

はいー!!

もう、男子に引かれる方程式、ここに完成!!

 

 

 

 

 

 

 

口では「彼氏が欲しい♡」なんていいながら、

潜在意識では「男なんて!」と思ってて、

顕在意識では「白馬の王子さまが迎えに来てくれる♡」

 

 

・・・なんて思っちゃってる、

どうしようもない学生時代だったんです・・・

 

 

 

 

 

 

ああ・・・

ここまで書くだけで切ない・・・。

 

 

 

 

 

 

そんなどうしようもない私が進んだのは、

まさかの女子校。

なので、どんどん理想が高くなるわけです。

 

 

 

 

そんな中で出会ったYくん。

(私にとって)どんぴしゃでタイプの顔。

さらに大阪人で面白い!

しかも関西弁!!

 

(当時の私は、KinKi Kidsの大ファンでして・・・)

 

 

 

 

 

 

まぁ・・・・

好きになるよね。

 

 

 

 

 

 

そんなYくんとですね、

なんとなんと、出会ってから2年後、

私が高校3年生の時、

彼が大学1年生の時、

 

 

付き合えるようになったんですよ・・・!

 

 

 

脳みそが少女漫画で構築されている

当時の私にとって、

この恋、運命・・・♡♡♡

と思っても、無理なくないですか!?

 

 

こんな気持でしたよ、ええ。

 

 

まぁ、そんな感じでですね、

散々留学で「自分軸」なんて言ってましたが、

当然のごとく

見失います。

 

 

 

 

 

しかも、

なかなか帰ってきませんでした。

 

 

 

 

 

ちーん。

 

 

 

 

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①から続きますー。
 
 
お酒を飲んだ父は大嫌いでしたが、
そんな父にもいいところはありました。
 
 
 
 
 
経営をやっているだけあって、
常に先を先を見ていた父。
 
 
まだワープロが出始めの頃から、
 
「これからはコンピューターの
時代になる」
 
と、小学生の私にブラインドタッチを
覚えさせたり、
 
 
 
私がやりたい!と言った習い事は、
なんでもさせてくれたり。
 
(小学生の時は、毎日習い事してました。
やることない田舎だからね(笑))
 
 
 
 
 
幼い頃から、
 
「きちんと頭で考えて話すクセをつけろ!」
 
と口を酸っぱくして言われたり。
 
 
 
image
 
 
とにかく、
やりたいことには挑戦させてくれたし、
応援してくれた父でした。
 
 
思えば、好奇心旺盛な私を
常に応援してくれた父の姿勢が、
私の行動力を作ってくれたんだと思います。
 
 
 
不器用だけど愛を感じることもあったから、
結局私は、父を心の底から嫌いには
なれなかったのかもしれないなー。
 
 
 
 
 
 
高校生の時には、1年間アメリカに
交換留学もさせてくれて、
私の人生は大きくかわりました。
 
 
 
 
それまでの私は比較的優等生で、
あんまり大きな失敗もしてこなかった。
 
(だから、社会人になって挫折を
味わって、苦しみまくるんだけど・・・!)
 
 
でも、アメリカはぜーーんぜん違ってた!
 
 
日本の片田舎で、ちょっと英語が得意で
ちょっと調子に乗ってたけど、
すべてが甘すぎました!!(笑)
 
 
 
日本人が、というよりアジア人が
1人もいない町で、
普通の公立校に通い、
現地の子と同じように授業を受け、
テストを受け、単位を取る。
 
 
 
もうねー、
ほんとに死ぬほどハードな1年だった‥‥!!
失敗だらけの1年でした‥‥!
 
 
 
こんなにキラキラしたのなんて、最後!(笑)
 
 
 
なんかさ、
私の考えが甘いのは分かるの!
 
でも、もうちょっと留学生に
特別扱いしてくれると思ってたのに、
全っ然してもらえなかったんです‥‥!!(笑)
 
 
 
そこそこ自信のあった英語力なんて、
初日に
 
「McDonald」
 
が通じなくて、
(なんならwaterすら通じなくて)
打ちひしがれたし!(泣)
 
 
 
こんなに大変なんて思わなかった~(´;ω;`)
 
 
なんて毎日泣きながら、宿題してました‥‥
 
 
 
 
 
そんな孤軍奮闘する毎日で、
苦しい日がほとんどだったんだけど、
 
だんだん英語がわかるようになってきて、
(成功体験!)
 
友だちもできてきて、
(成功体験!)
 
 
小さいけれど成功体験を積み重ねて、
少しずつ自信が持てるように
なっていきました^^
 
 
 
それと同時に、周りのみんなは
「自分の価値観」っていうものを
本当にしっかり持ってて、
 
 
「なんで自分の考えや価値観持ってないの?Why??
 
 
っていう向こうの同級生に衝撃を受け、
 
 
「自分の価値観」「自分軸」
 
 
というものを、すごく一生懸命
考えるようになりました。
 
 
 
 
 
 
 
そんなアメリカで一年過ごして、
アメリカのこともすんごく好きになったけど、
それ以上に、日本のことが好きになって。
 
なのに、日本のことを知らない自分が
恥ずかしくて。
 
 
 
だから、
帰国後京都の大学に進学することを
決意しました。
 
 
 
 
 
(あ、アメリカの学校はちゃんと単位
とって、無事に卒業しましたよ~!)
 
 
 
パンッパン(笑)だけど、達成感!!な顔^^;
 
 
そう‥‥
この京都から、私の暗黒恋愛時代
はじまるのです‥‥(笑)
 
 
 
 
書きたいけど、
読んでくれる人いるのかな、恋愛話・・・(笑)
 

Blogを書き始めて、やっと1ヶ月。

最初は

 

「何書いたらいいんだろ〜!?」

 

と、

書くこと自体がプレッシャーでしたが(汗)

最近は書くことを楽しめるまでに

成長しました^^

 

 

そして、きちんと自己紹介

していなかったことに気づき・・・!

 

今更感満載ですが、

改めて自己紹介をさせてください^^

 

 

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私は福岡県の小さな町で生まれ育ちました。

海も山も空気も綺麗で、

とーってものどかないいところ♡

 

 

 

image

 

 

 

でも、学生時代は

そののどかさ、田舎さがイヤでした。

 

コンビニも車でいかなくちゃいけない、

エンタメも何もない。

 

だから、子供の頃は、

友達と外で遊ぶか少女漫画ばっかり

読んでました^^;

 

 

 

 

私は四人姉弟の長女で、

両親と、妹弟と、隣の家には父方の

祖父母と叔父が住んでいて、

中々の大家族でした。

 

 

学校から帰っても、誰かが家にいる。

 

 

そんな環境が当たり前でした。

 

実家は自営業を営んでいたので、

両親も家にいることが当たり前だったなー。

 

 

そんな環境で育ったので、

私は家族が大好きだったし、

家族といることがしあわせでした。

 

 

 

 

 

 

でも、

私の父は完全なる九州男児。

亭主関白で、家事育児には一切協力しない、

そのくせ酒癖が悪いときた。

 

 

夜、お酒に酔って

大きな声で暴言を吐く父が、

本当に本当に嫌いでした。

 

 

母は、

自営業の手伝い(事務)をしながら、

家事育児を一手に引き受けていて、

(やらざるをえなくて)

今振り返ると、いつ寝ていたんだろう、

ってくらい、常に家族のために働いてました。

 

 

 

 

そんな両親がね、

だんだんと、だんだんと、

仲が悪くなっていって。

 

 

仲が悪いというか、

母が父に意見するようになっていったんですよね。

 

 

会社の経営方針、子育ての仕方、

それまで一切口を出さなかったのに、

母なりに考えることがあり、

意見するようになっていったら、

もちろん父は気に喰わないわけで(笑)

 

 

酒に酔った父の、母を罵倒する大声に、

妹達を避難させて、

泣きながら仲裁に入っていった

あの辛い日々のことは、

やっぱり忘れられない。

 

 

 

 

 

 

母を、女を、下に見るような

父の態度が大嫌いだった。

 

親が喧嘩しているのが、

本当に辛かった。

 

 

 

 

だから、

私は絶対、しあわせな家庭を作るんだ、って。

子供の時から思っていました。

 

 

そして、

収入がないから、

離婚したくてもできない母を見ていて、

 

女でも、絶対に経済的に自立しなきゃダメだ

 

って、強く思うようになっていました。

 

 

 

 

 

 

 

大好きな家族を守るために、

経済的に自立した女性になりたい。

 

 

 

幼少期の経験から、

そんな風に考えるようになりました。

 

 

 

②へ続く。