ソウルメイト・ドラゴン③ 運命は「もし・・・」を超えた積み重ね
ソウルメイト・ドラゴン④未来は過去を手放した「今」から開かれる
ソウルメイト・ドラゴン⑥ 一見ネガティブな出来事にでさえ、最善の未来がある
ソウルメイト・ドラゴン⑧ この結婚生活は、仮面夫婦でセックスレス
ソウルメイト・ドラゴン⑨ あきらめが明らかに改まった時、光が見える
ソウルメイト・ドラゴン⑪ 神様が用意した束の間のドルチェヴィータ
ソウルメイト・ドラゴン⑬ 幸せは与えられるものではなく、自らが作り出すもの
ソウルメイト・ドラゴン⑯ 人は誰かにコントロールされるのを、本能的に嫌う
ソウルメイト・ドラゴン⑱ 私がここにいる意味は、きっときっとある
ソウルメイト・ドラゴン⑳ 愛されていることに、自信がありますか?
ソウルメイト・ドラゴン㉔ 人はいつからでも変わることができる
ソウルメイト・ドラゴン㉕ 子を持つことだけが女でなく、新しく何かを育てられるのが女
ソウルメイト・ドラゴン㉖ この国の女達の未来が、もっともっと輝き愛に満ちていきますように
ソウルメイト・ドラゴン㉗そして思い出した・・・私は女だった、と
勝の肩にもたせかけた私の頭を、彼の大きな手が優しく撫でる。
何度も、なんども。
それは幼い頃、父上に頭を撫でてもらったことのようだった。
私は目を閉じ、懐かしい感覚を味わった。
そして誰かに頭を撫でられるのは、それ以来だと思った時、胸の奥がつん、と熱くなった。
「いい塩梅じゃねえか」
酔った客の一人だろうか。
軽口を叩き、ひゅう、と口笛を鳴らす音が聞こえた。
それでも頭は動かず、目は開かない。
勝にもたれたまま、この男に私の本当の正体をばらしたら、腰を抜かすかもしれない、と思い、くすり、と笑った。
「あなたはもう、十分頑張った。
これ以上、頑張らなくてもいいですよ」
勝の手が背中に移る。
そして私の背に抱えた重い荷物をそっ、と降ろすように撫でた。
彼に身をゆだねる力が抜けた。
遠くから勝の言葉が、寄せては返す波のような子守歌に聞こえる。
すべては夢なのかもしれない。
私が徳川に嫁ぎ、大奥で過ごしたことも。
大奥から出て、一人の女に戻ったことも。
全部、ぜんぶ。
ちちち、と鳴く鳥の声と刺すような光で目が醒めた。
夢から覚めた現実は、自分の家の布団の中だった。
思い切り煙臭いし、油臭い。
そのまま眠ってしまったのだろう。
お気に入りの黒地に赤の青海波の着物が放つ匂いに、顔をしかめた。
起き上がろうとしたが、身体を動かすと頭が銅鑼を鳴らすように痛い。
「天璋院様、少しはお控え下さいませ」
つむじを抑えどうにか起き上がった時、大奥時代からの世話人をしていた唐橋の声が降ってきた。
黒い漆の盆で茶を運んできた彼女は、大きなため息をつき、湯飲み茶わんを差し出した。
茶椀に緑の薬湯がなみなみとつがれていた。
「うわっ、苦いやつではないか!
それは嫌いだ」
離れても匂う強烈な薬草臭に、上半身がのけぞった。
「何をおっしゃいます!
昨日はあのようにへべれけになり、勝様に背負われて帰ってらっしゃったのを、覚えておられますか?」
まったく記憶にない自分に、目と胃が体からこぼれ落ちるかと思うほど、たまげた。
「いや、知らぬ。
まったく記憶にないのだが・・・・・・」
「ええ、そうでしょうとも。
天璋院様は勝様の背中で、寝息を立てお休みになっておられましたから」
「・・・・・・」
唐橋は後ろに回り、私の背中から着物をずらした。
「さぁ、そのすごい匂いのするお召し物をお脱ぎ下さい。
昨日は脱いでいただこうと手をかけたら、猛烈に反抗されましたので、お着替えしていただけませんでした」
そう言うと、煙と油にまもれた着物をはぎ取った。
代わりに藍色の浴衣を着させ、顔をしかめたまま急ぎ足で部屋を出て行った。
大奥にいた時からきれい好きで知られていた彼女の事だ。
すぐ洗濯するにちがいない。
「やれやれ・・・・・・」
昨日、店で勝に抱き着いた後の記憶が、そこだけ抜き取られたようにきれいさっぱり消えていた。
唐橋は私が勝に背負われ家まで戻ってきた、と言うが、頭にも体にも痕跡はない。
酔った挙句、何か恥ずかしいことを口走っていなければいいが、と肩をすくめ、唐橋の運んできた薬湯を口にする。
一口飲んだだけで、顔じゅう皺くちゃになった。
口がひん曲がるほど、苦くてまずかった。
このような失態もあったが、それからも勝つとは時々、共に食事をし、遊びに行った。
が、もう二度とあの時のような触れ合いはなかった。
一瞬、勝という男に惹かれた。
いや、頑張っている自分に甘えることを許した。
これまでずっと徳川を背負い、家定様のために頑張り続けてきた。
だが張り詰めた糸はいつかぷちん、と切れる。
勝はそれを察し、重い荷物を一瞬棚上げしてくれた。
ただそれだけのことだ。
それでも、楽になり、また、この先頑張っていこう、と思えた。
何を頑張る、というわけでもないが、とにかく命ある以上は生きていかねばなるまい。
私にとっての男は、家定様ただ一人だ。
あの世に還って、家定様に顔向けできないことはしていない。
だがあの時のことは、家定様も笑って許してくれるだろう。
勝は同じ戦火を潜り抜けた同志だ。
だからその後も静寛院宮様と一緒に、勝の家にも遊びに行ったこともあった。
勝の妻の作った料理を食べ、彼の楽しいトークに笑い、機嫌よく帰ってきた。
そうやって市井の中で私は充実した生活を過ごした。
ところが静寛院宮様の持病が悪化し始めた。
家茂様と同じ脚気だ。
彼女は静養のため、医師から箱根で湯治をすすめられた。
箱根に旅立つ前日、静寛院宮様に会いに行った。
「必ず、会いに参りますからね」
彼女の白く小さな手を取り、しっかり約束した。
静寛院宮様はくすり、と笑い首を傾げた。
「でも天璋院様、これまで江戸を出られたことは、ないのでしょう?」
「徳川に嫁いでからは、たしかに江戸を出たことはありませんよ。
でも私は徳川に嫁ぐ時、薩摩から江戸まで旅をして来ました。
それを思えば、江戸から箱根など近いものです。
それに・・・・・・」
握った手に力を込め、両手で包み込む。
「それに?」
静寛院宮様が、私の顔をのぞきこんだ。
「あなたがいないと、つまらないではないですか。
早く元気になって、また美味しいものを食べに行き、面白いことをしましょう!」
朝日に照らされた朝顔の花が開くように、静寛院宮様に笑顔が広がった。
「はい。
私も早く元気になって、天璋院様と一緒に遊びに参りたいです」
かなかな、とヒグラシの声が聞こえ、オレンジ色の光が私達の膝に手をのばす。
そろそろお暇する時間だ。
「それでは、また」
笑顔で別れを告げた。
夕陽に包まれ静かに頷く静寛院宮様は、はかない童女のようだった。
絵のような光景にヒグラシも声をひそめ、一瞬時が止まった。
名残惜しい気持ちをぬぐい、片膝を上げ勢いよく立ちあがり退出した。
約束通り翌月の九月、箱根まで出かけた。
けれど私を出迎えたのは、静寛院宮様の亡骸だった。
現実をまだ受け入れられず呆然と立ちすくむ私に、おつきのものが泣きながら言った。
「突然のことでございました。
静寛院宮様は天璋院様のお越しを、心待ちにしておられました。
それが急に昨日からお具合が悪くなり、心臓の発作を起こされ、そのままお亡くなりに・・・・・・」
あとの言葉は耳から流れ落ちていった。
目の前に、眠るようにあの世に旅立った静寛院宮様がいる。
小刻みに震える手で顔にかぶされた白い布をそっとよけ、冷たい頬に触れた。
眠っているような穏やかなお顔だった。
「驚きました?」
と目を開け、微笑んで欲しい。
嘘だ、嘘だ、と叫びたい声を飲み込むと、目から涙が流れ出した。
「どうして・・・・・・
どうしてもっと早くあなたに会いに来なかったのでしょう。
もう少し早く会いにきたら、あなたに会えたのに・・・・・・」
その場に泣き崩れた。
ヒグラシはもう鳴いていない。
夏は終わった。
静寛院宮様、享年三十二歳だった。
また私は一人、残された。
「君が齢 とどめかねたる 早川の 水の流れも うらめしきかな」
川の水の流れの速さが、あなたの命を黄泉の国に運んでいった。
そんな川の流れを見ると、あなたとの別れが悲しくて辛くてならない。
どうしてその流れに乗ってしまったの?
もっとこの世に留まってほしかった。
そう心から思うのよ。
静寛院宮様は生前強く望んだ通り、徳川家の菩提寺である壇上寺で家茂様のすぐ隣に眠った。
二人並んだそのお墓に手をあわせ、話しかけた。
「よかったですね。
これからはずっと一緒にいられますね」
そうつぶやき、二人のお墓を何度も撫でた。
その足で上野の寛永寺に行き、そこで眠る家定様に報告した。
徳川は壇上寺と寛永寺の二つの菩提寺を持つ。
それぞれ交互に埋葬される習わしだった。
「家茂様と静寛院宮様、お二人は今寄り添ってずっと一緒ですよ。
私もね、静寛院宮様と同じように、亡くなったらあなたのお墓の隣で眠らせてもらいますからね。
そのように手はずは整えています。
ご存知ですか?
徳川二代目の秀忠様以降、徳川将軍家で将軍と御台が並んで眠っているのは、家茂様と静寛院宮様、そして私と家定様だけですよ。
私もここで眠りますから、ずっと一緒です。
もう少しだけ、待っていて下さいね」
家定様の墓石を撫でながら、語りかけた。
死ぬことなど何も怖くない。
待っていてくれる人がいるのだから。
静寛院宮様が逝かれてから六年後、私は四十七歳でこの世を去った。
脳溢血だった。
生前から、病気で長引くよりも打ち上げ花火のようにパァッ!と散りたい、と望んでいた。
願いは叶った。
亡くなった時、財産はほとんどなかった。
亀之助の留学やあれやこれやで、ほぼ使い果たした。
サッ、と旅立てて、何よりだった。
そして家定様に約束した通り、上野の寛永寺で眠った。
願いは叶った。
願いは自分の力で叶えるためにある。
では、私からあなたに最後のメッセージを伝えよう。
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あなたの願いは何ですか?
どうしてその願いを叶えたいのでしょう?
願いを叶えるため、今、あなたは何をしますか?
願いは叶うもの、叶えるもの。
あなたがあなたに叶えさせるもの。
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